SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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アグレッシブロード2 破壊者の愉悦(後編)

 西暦2023年4月22日、浮遊城第19層(最前線20層)。

 

「く……動けないッ。くそっ、2人目がいたなんて!」

「カインズくん! ウィンドウは開ける!? ダメならポーチの《回復ポーション》を使って!! 何本かは持ってるでしょ!!」

「わ、わかった!」

「イヒヒヒ! ざまーねェなカインズぅ!!」

 

 密室になった途端、ジョニーは態度を一変させた。カインズを足場から引きずり降ろそうとして、突如現れた新手によってそれは完遂される。カインズはというと、右腕、左脇腹、右太股にそれぞれ長柄長槍(ポールランス)が深々と刺さり、現在は行動及び脱出不可。残された左手でどうにかポーションを飲むのがやっとだった。

 

「でも、どうやって隠れて……っ!!」

 

 言いかけて、ヒスイは気付いた。

 PoHはこのエリアの特徴を利用した。この不自然なアリーナ状の戦闘エリアは、イベントの手続きをしなければモンスターすらポップしない、いわば疑似安全地帯。

 必然的に、長時間同じエリアに留まることで《隠蔽》スキルは最大限機能する。

 さらに、時間をかけて《隠蔽(ハイディング)》スキルを万全の状態で使用していた『伏兵』が口を開く。

 

「手口ぐらい、もう気づいてんだろ?」

「あなた、『PoH』ね。常時オレンジとまで言われている危険な人。それに最初から偽名だとは思ってたけど、まさか『ジョニー』の名前まで聞くなんてね。2人共そろって最低の人達じゃない」

「Oh~ホッホ、有名人は辛ェな。だがそういうお前も、最近じゃあ愉快なあだ名を付けられてたよな。お互い有名人同士だ、仲良くやろうぜ」

 

 ヒスイは冷や汗を垂らしながらも、油断なく敵2人を凝視した。さすがに最前線で活躍するたった1人の女性ソロプレイヤーである。肝の据わり方は他の有象無象とはわけが違い、泣いて叫ぶ愚行は犯さない。

 気丈に振る舞う姿はジョニー達ですらそそるものがあった。

 

「あいにく、二つ名通りのことはできないわ。あなたと仲良くしようとも思わないしね」

「フッ、それは俺も同じだ。現に今はグリーンだしな。そしてお前とはやっていけそうにないという意見も、今ので共通したよ」

「ヒヒっ、悪くねぇ! もうちょい早く俺の名前に気付いてりゃあ、こンなことにはならなかったのになァ!」

「そうね、ご高説どうも。パーティ申請しないなら、今度からは誘われたら必ずデュエルでも申し込んで、相手の名前を確認してから行動するようにするわ」

 

 ジョニーはその軽率な発言から、相手に対抗策のヒントを与えてしまった。ここが詰めが甘いと称される所以(ゆえん)である。

 しかし、この状況においてもヒスイの眼に絶望はなかった。武器を構えて敵対心すら()き出しだ。その信じ難い胆力に、ジョニーは心底感心していた。むしろ汚物でも見るように(にら)むその表情は、ますます嗜虐的な感情を呼び起こす。

 

「シビレるねぇ。ヘッドぉ、まだトドメの一撃やっちゃいけないんすかぁ?」

「まだ我慢しろ。あの時(・・・)の約束通り、それなりの『場』を整えてから存分にやらせてやるからよ」

「なんで……どうしてそんな会話が平然とできるのよ。なんの恨みがあって! あなた達は、こんな酷いことを……!!」

 

 ヒスイは極限環境下(アインクラッド)における殺人に対し、耐性はない。もっとも、そのような耐性を持つ人間のほうが少ないだろう。

 この状況を前に泣き崩れて助けを乞わない時点で気高い。女性プレイヤーには何度か遭遇してきたが、最近PoHが目を付けている『ある人物』を除き、そのほとんどが軟弱者だった。

 しかし続くこ言葉によって、ジョニーはなぜ相手がこれほどまでに冷静でいられるかを知ることになる。

 

「こんなことをしても無駄よ! あなた達に逃げ場はない! 出口はすでに攻略組のギルドによって包囲されているわ! クエストをクリアした瞬間、すぐに捕まるだけよ!!」

「ほう……?」

「ウソじゃない。こんな事態を想定して声をかけておいたの。今すぐ投降して! カインズくんを助けないと……ッ」

「バ~カ。索敵(サーチング)スキルを使ってこなかったとでも?」

「大人数で後をつければ作戦がバレる。時間差でこのエリアに来てもらうように頼んだの!! こ、こんな話をしてる時間はないわ! 早く彼を!!」

 

 「時間がない」というのも、貫通継続ダメージ(DOT)を指して言っているのだろう。

 それが起きる原因は、外周の底に設置された槍が刺突(スラスト)属性ではなく、貫通(ピアース)属性だからである。カインズの各部を貫通するそれらは、ヒットの瞬間以外にも、刺さり続けることで対象にダメージを与え続ける。そうなれば時間経過により、やがてカインズの《回復ポーション》も底を尽きる。

 時間的縛りのないジョニー達は冷静だった。

 

「ハハッ、やっぱりバカだ。《転移結晶(テレポート・クリスタル)》の備えがないとでも? こっちはわざわざカルマ回復させてグリーンになってるんだ。ちったァ理由考えろよ!」

「くっ……キモいわね、あんた達って……ッ」

「『いやぁ……それほどでも』つってなァ! ヒャハ、ヒャハハハハハッ」

 

 プレイヤー1人にどう思われようと、今さら考え方など変えるはずがない。説教を乞う時間もその気もない。それは、ヒスイも理解するところだった。

 

「つってもジョニーは甘い。成功してねぇのに笑いだすは、最終的には尻拭いさせるはでよ」

「あっー! ヘッドぉ、それ言っちゃあシマらないじゃないっすかッ!」

 

 だが会話もほどほどに、この場にいる3人は同時に反応した。

 ついに《退路無き闘技場》クエストが幕を上げたのだ。そして、ジョニーを含むこの場にいる3人の《索敵》スキルはモンスターの反応をキャッチした。

 

「ぐあぁッ、くそっ。お、おいッ!! 助けてよ……助けてくれよ! ヒスイさん! 早くしてぇええっ!」

 

 情けなくも涙声で女に助けを求める姿は、醜く見窄(みすぼ)らしい。ジョニーにとってそれは、餌として申し分のないの反応だった。

 

「戦闘が始まったら助けられなくなる! このままじゃ彼、本当に死んじゃうじゃないっ!!」

「What? こいつァ思ったよりマヌケな質問がきたな。それを理解していないとでも?」

「くっ、この……卑怯者!! やるなら直接あたしを斬りなさい!」

「いいジョークだ。オレンジになったらこっちも終わりだ。なあ? ついでに落ちていった男の命、逆算してやるよ。そうだな……残りは5分切ったってところか」

 

 その逆撫でるような挑発に、ジョニーは相も変わらずシビれていた。ショーを繰り広げるとき人だけ出す、その嗜虐的な美声を聞くと、何度でもテンションが上がる。PoHがあの時、ジョニーを仲間に向かい入れた瞬間から、それは変わらない。

 そう思わせるほど、このジョニーにとって魅力的な『力』を持っていた。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

「ヒャッハーッ! イヒヒッ、抵抗しても無駄だったなぁオイ!!」

「うわ、うわあぁああああ!? なんだ、お前! 俺はベータ上がりだぞ!? こんな事をして……」

「元ベータがどうしたってェッ! 脅しになっかよ、ボケがァあッ!!」

 

 響く斬撃音。轟く悲鳴。

 朝早く。時間にして5時をようやく回っただけの寒い早朝。日付は1月18日の真冬日だった。

 この浮遊城(アインクラッド)へプレイヤーが閉じ込められてから、実に2ヶ月以上。現在の最前線である7層の突破も間近に、しかしジョニー攻略に参加せず、あまつさえ5層のフィールドをフラフラとさ迷っては、寝ぼけ(まなこ)のプレイヤーを先制攻撃(ファーストアタック)で襲っていた。

 レベルだけなら最前線プレイヤーに引けを取らない数値をキープしていたジョニーにとって、最後に必要なのは『精神力』だった。

 ゲームオーバーが脳を焼かれることと直結した今、こうした狂人的行為を実際に決意した人間は、この世界にはまだいない。

 

「(なら俺ァ、この世界で1番突き抜けてた人間ってワケだ!!)」

 

 そう考えるだけで、甘美な優越感に浸れた。

 初の発想、初の試み、初の達成。ジョニーは一躍有名人になるだろう。現実世界で刃物を見る度に人を殺したくてウズウズしていた男は、とうとう法の裁きを受けない『仮想現実』という空間で、それらを存分に成し遂げることができるのだ。

 やっと満たされる。報われる。衝動のままに人を攻撃し、完膚無きまでに破壊し尽くせる。(くすぶ)っていた欲望をぶちまけることができる。

 自分こそがこの世界を1番理解し、堪能している。

 

「ひ、イヒヒ……そうだ、俺にこそ相応しい世界。人じゃなきゃ足りなかったンだ。初の殺人者に……俺ならやれる!!」

「お、おい!? 待ってくれよっ……アイテムなら渡す! 頼むから殺さないでくれぇッ!」

「うるっせぇよ……!!」

 

 だが、いざ鋭利なナイフを沈ませようとした寸前で、ジョニーは運命を変える人物と出会った。

 この世界のために生まれてきたかのような天才。のちに愚民共が恐怖し、震え、最も警戒すべき人物として降臨したプレイヤー。

 

「Hey you、勿体ないな。命は大事にするべきだ」

 

 声に反応して振り向くと、『ソイツ』は岩の上に呑気に腰掛けていた。そして残酷な一部始終を目撃していたにも関わらず、眉一つ動かさずにジョニーに話しかけた。

 

「ん〜しかし、雑な遊び方が目に余る。お前がこの世界に相応しいだと? ハハッ。お門違いだな」

「なんだ……誰だ、てめぇは」

 

 しかしその言葉を、ジョニーは理解しきれなかった。

 感じたのは、情けない声を上げるプレイヤーを(かば)うために声をかけたのではなく、狂気のイントネーションがあったことだけだ。

 

「ひっ、ひぃいいッ」

 

 ジョニーが追撃をやめると、襲われた男は走り去っていった。しかしこれで、今のターゲットを逃がした原因は、このツヤ消しポンチョを纏った男のせいということになった。

 

「オイオイ、記念すべき獲物第1号を逃がしちまったじゃねぇか。この落としは前どォしてくれンだよ」

「些末なことだろう。慌てなくても奴らは逃げられない。そして1つだけ言えるのは、お前が幼稚な遊び方をしているってことだけだ」

「ンだとぉ?」

 

 人を見下した物言いに、ジョニーは手元のナイフを逆手に構える。が、男はまるで友達に話しかけるような落ち着いた態度で、次の言葉を切り出した。

 

「So fool。だがまぁ、粋の良さでお前をマークしていたが、結果的にアタリだったわけだ。俺の名はPoH。ちょうどいい、ついてきな」

「(……こいつ、いったいどこまで本気なンだ?)」

 

 フザケた名前を名乗った男は、ごく当たり前のように腰を上げ、迷いなく一点を目指した。

 不用意に背を向けた時点で後ろから奇襲してやってもよかったが、しかし例えようのない期待感に、ジョニーは首筋にゾクゾクと走る興奮が募り、自然と後を追っていた。

 そして数分移動し、5層主街区の出入り口付近で停止。草むらの陰に2人して潜むと、そのままさらに5分が経過した。

 

「おい、てめぇいい加減に……」

「Keep still。お客さんだ、あそこを見な」

 

 ちょうどジョニーが我慢できずに文句を付けようとした直前、PoHと名乗る男は首を振って位置を知らせた。

 その先は主街区の入り口付近だった。そこには、コソコソと怪しい動きをする2人のプレイヤーが見える。NPCから借りることができる《人力車》を利用し、プレイヤーを1人乗せて隅の方へ隠れている。

 不可解なのは他にもある。彼らは無防備に寝ている男の右腕を掴み、何やら小刻みに振り回していたのだ。

 

「んん? 何やってンだあいつら」

「お前もウィンドウを開けばわかる。左下のオプションには何がある?」

「……なるほど、可視化か。見えさえすればやりたい放題……せっかくのレアアイテムも総ざらいってか? ヒヒッ、ウケるぜ。奴ら冴えねぇツラして、エゲつないこと考えつくじゃねェか」

 

 野外で寝ている男の指を勝手に使って泥棒するという、その発想は見事である。

 不可視のままでは他人のアイテムストレージを操作できない。逆説的に、『可視状態』にすれば複雑な操作も可能になる。そしてウィンドウの可視化までの手順は、メニューを呼び起こしてから1タップのみ。そこに気付いたあの2人組は中々の器量だと言える。

 しかもコソ泥2人組は、人からアイテムを奪うにあたり、項目を1つずつ律儀に網羅するのではない。《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》、つまり《全アイテムオブジェクト化》ボタンで、一気にアイテムを物体化したのだ。

 それらを《人力車》の上で作業し、ターゲットを地面に降ろせば、アイテムをいちいち自分のストレージに格納する、という(わずら)わしいスキームをスキップできる。

 

「一応《隠蔽(ハイディング)》スキル使っときな」

「あ、ああ……」

 

 PoHが命令口調で話しかける。なぜジョニーの取得スキルを把握しているのか。そもそも、なぜ隠蔽が必要なのだろうか。ここまで彼らまでの距離はかなりある。

 いくつかの疑問をよそに、ジョニーはひとまず指示に従った。

 すると直後に信じられないことが起きた。

 

「げっ!? あいつら見つかってやがる!」

 

 主街区から 6人のプレイヤーが現れ、不審な動きをする2人をとっ捕まえていたのだ。

 当然、すでに隠れているジョニー達には気付いていない。その6人は捕まえた2人のプレイヤーに方法やら動機やらを問いただしているように見える。

 しかもあろうことか、6人の内1人の女がジョニー達の視線に気づいたのか、周りを警戒し出したのだ。確か、名はヒスイ。普段はソロで活動していたはずだが、この日は小ギルドと組んでいたらしい。

 数分も前から《ハイディング》スキルで隠れていなければ、存在を気取られていた可能性もあった。

 

「……奴ら、行ったみたいだ。てかスゲーな、アンタ。預言者かっつの。にしても、あっさり捕まっちまうとは運がねぇ。あの2人はキレ者だったが……」

「本当にそうかな」

「……は? なにが言いたい」

「じゃあ答え合わせといこう、あいつら2人の不完全な部分のな」

 

 ジョニーの文脈から回答しているのではなく、明らかに相手をシカトして勝手に話を進めている。

 

「なンだよ答え合わせって。連中はなんかミスってたのか?」

「That's right。それが何か、お前にわかるか」

 

 ジョニーは少し考えに(ふけ)った。この男は答えを知っているのか。

 まさか、このデキすぎた状況は……、

 

「(信じ難いが、まぁいいだろう。試されてるなら……)」

 

 頭が回りだす。冷静に考えれば、先ほどの一幕にはツッコミどころがいくつもあった。

 

「……そうだな、強いて言うなら時間帯か。やるなら深夜だろう? これじゃ遅すぎるし、手際も悪かった。ありゃ練習してねーな。そして1番の問題は場所だ。門出てすぐじゃ人目に付きすぎる。……んん? ってことはあの2人は素人ってことに……」

「オゥケー、合格だ」

「合格って……じゃあ何か、お前がこの状況を作ったのか!? 連中に手口を教えて、これを俺に見せるために……!?」

「今度は応用を考えてみろ。もしかしたら、お前みたいにオレンジカーソルにならなくても、人を殺せるかもしれねぇぜ?」

「…………」

 

 確信に変わる。犯罪の手口を場所や時間帯まで――成功率の低い情報を流し込まれ、あの2人組は利用されたのだろう――指示して、あの男達を『カモ』にしたのはこのポンチョ姿の男だったのだ。ジョニーに見せつけるためだけに。

 だが、これでも納得はしきれなかった。

 

「……わからねぇ。つーか、殺しをするならオレンジになるしかねぇだろ? そのための《アンチクリミナルコード》だ」

「今の光景を見ていたろう? ウィンドウの他人への可視化は情報交換を行ううえで頻繁に使用するコマンドだ。手軽に実行できる。今回の実験で、その手順が素人にも可能だという証明になった」

「ウィンドウの可視化……あんた、盗みがしたいのか?」

「Use your head。もっとあつらえ向きなのがあるだろう。……決闘さ。ターゲットの名が判明していなくても、『相手から自分に向けてデュエルを申し込む』ことはできるからな。あとはどうだ?」

「……ッ!! ……そう、か。《完全決着モード》! これを相手から自分に挑ませられれば……確かに、カーソル変化なしに殺害できる。マジかよ……」

 

 ジョニーは初めて体が震えた。

 知り尽くしている。この世界におけるロジックやギミックを知り尽くし、『合法殺し』を満喫する気満々だ。手当たり次第に斬りかかって、単調な威しで満足してい自分とは大違いである。その行動を雑な遊びと揶揄(やゆ)したのも頷ける。

 

「お前……いや、PoH。あんたはこの方法で早速狩りをする気だな……?」

「答えはNoだ。言っただろう? この世界をゆっくり楽しむとな。そして『直接殺し』は最後のお楽しみだ。相応のステージを整えてからにする。そうだな、俺達(・・)が殺人ギルド結成をする時、その記念パーティとして解禁しようじゃねぇか。楽しみにしてな」

 

 ここまでを聞いたジョニーは、すでに一種の感動を覚えて目の前の男に惚れ込んでいた。

 彼といれば、きっと楽しい生活が望める。ユニークで、ユーモラスにあふれる男。ハッピーな気分にさせてくれる存在。それこそ、全てを投げ出してもいいと思わせるほどに。

 

「1つ聞かせてくれ。なんで俺なんだ?」

「クックッ。趣味っていうのは共有したいものだろう」

 

 自然と笑みが零れた。

 ドクン、ドクン、と心臓がうるさい。これは一種の恋なのかもしれない。(あらが)いようのない期待の増幅が、ジョニーの頭を快楽で埋める。

 

「ヘッドと呼ばせてくれ。……ヒヒヒッ、俺ぁラッキーだ。今日という日に感謝しかないッ!! 中途半端に殺るのはもうやめだ! 俺はヘッドとこの世界を楽しむぜ!」

「まぁ初めのうちは俺の指示に従いな、きっと充実した狩りができると思うぜ。さあイッツ、ショウタイムだ!」

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 ジョニーはあの日から、こういった『イベント』がある度に笑いが絶えない。今ではそれが生き甲斐だった。

 

「ある意味お前はラッキーだよ! 特等席で見れるなんてなァ! さァどうした、踊れよ! 抵抗してみせろ女ぁ!!」

「くっ……言われなくても! こんな奴ら、3分もあれば片付けられる。……待っててね、カインズ君!」

「早くッ、してくれっ! 死んじゃうよぉ!! ……誰かぁ!!」

 

 物理的な恐怖が、モンスターと化して女に襲いかかる。だが女は目尻に涙を浮かばせつつも、決して剣撃を止めようとはしなかった。

 

「おっと! ハハッ、MoBが俺らも狙うからやり合えてんじゃねぇかッ! どうしますヘッドぉ!?」

「どうもこうもアレやれよ」

「了解っす……よォ!!」

 

 バギィインッ! と、耳をつんざくような高周波音が破裂する。

 ジョニーが右手のダガーでヒスイの持つ片手直剣を弾いた音だ。

 

「なっ!? 何するのっ! グリーンでいたいのならジャマしないで!!」

「ヒヒッ、俺は『武器』を攻撃しただけだ! これじゃカーソルは変化しねぇんだよッ!!」

「……ッ……!?」

 

 ヒスイもようやく気付き、改めて驚愕(きょうがく)した。

 このクエストの受注条件に『参加プレイヤー2人以上』とあるのは、いわば救済措置である。

 誰かがステージから滑落(かつらく)しても、残りのプレイヤーがクリアすれば助かる可能性がある。即死設定ではない槍とは言え、落ちたら高さ的にも脱出手段はない。されど複数参加の条件があるからこそ、『落ちたプレイヤーが死ぬまで何分もそのまま』という事態にはならず、生存確率が残り続けるということだ。

 しかし時間との勝負である。

 そしてこのクエスト条件を読んだ瞬間、『グリーンアイコン』のまま殺しができると真っ先に考えたのがPoHだった。

 メインアームへの攻撃。これだけに集中していれば、相当な時間を稼げる(・・・)。そして時間さえ稼げばショーは大成功。

 仮にヒスイが一か八かでジョニー達に牙を剥いたとしても、彼女がオレンジカーソルになった瞬間に反撃許可のボーナスがつく。オレンジプレイヤーを攻撃してもオレンジにはならないからだ。

 このシステムが生きている限り、否が応でも攻撃できない。それは自殺行為となんら変わらない。

 しかし……、

 

「(ああ……でも、殺してぇよ。武器を取り上げ、レッドゾーンまで落として……泣いて命乞いする首をナイフで裂きてぇ)」

 

 ジョニーは殺人衝動を抑えるのに必死だった。

 もっとも、それを実行しないのにはもう1つ理由があった。実は本日のショーにおいて、《反射剣》を絶対に殺さない気でいたのだ。無論、女子供が対象外というわけではない。彼女にはすでに『先約』があるからである。

 こんな旨そうな獲物をくれてやるなんて、と。仲間思いの譲り合いに、ジョニーは勝手に身震いする。

 しかしそうとも知らないヒスイは、必死に落ちた人間を助けようとしている。時間をかけすぎると死んでしまう。それを理解している以上、達成が絶望的でも剣を振るしかない。

 無様でも、滑稽(こっけい)でも。

 

「ほォらよッ! とっととクエ終わらせねぇと下の奴が死んじまうぜ!? イヤなら俺を斬るかァ? あァッ? ヒャッハハハハッ」

「やめなさいよ! ジャマしないでって言ってるのに!!」

「ククク、なんだよ。ガッカリさせるな。泣かれてもなんの足しにもなってねぇぜ?」

 

 絶対的な力を前に、決定的な無力を前に、女の動きは自然と鈍くなる。達成し得ない目的を、そのための惜しみない努力を、とうとうやめてしまう。途絶えさせてしまう。

 あと10秒もない。

 ――さあ、消滅の時間だ!

 

「イヤっだあぁぁあああァアああああアあッ!!」

 

 バリィン! と、声とほぼ同時に聞こえた破砕音。ステージの端、槍が連なる跡にはカインズの愛用する武器だけが乾いた音を立てる。

 その断末魔(ストローク)に、ジョニーの全身が震えた。

 この日この時を境に、カインズという男は見た目の現象だけではなくサーバーにおけるデータバンクからも、そして現実世界においても『死んだ』のだ。

 

「ン~いいね、いいねェええっ! こればっかりは毎度味が違う!!」

「壮観だな。これだからやめられねぇ」

「……い……ンズ君……そんな……」

 

 イベントも終了したということで、ジョニーとPoHはすぐにでもレベル差による一方的な力技でモンスターを全滅させた。ヒスイがいくら頑張ってもできなかったことを、皮肉なほど速攻で成し遂げたのだ。

 静まり返ったフィールドに響くのは、女の(すす)り泣く声のみ。今にも消え入りそうな、小さな(さえず)りだけだった。

 

「い……てぃよ。最っ低よあなた達! ……なにも! 殺すことはなかったじゃないッ! ウサ晴らしのつもり!? なんでこんなひどいことができるのっ!!」

「Shut up。いいか女、あの男は確かに死んだ。が、殺されたんじゃない。『トラップにかかった』だけさ。現に俺らはグリーンのままで、お前の言う殺しとやらも今となっては証拠がない」

「詭弁よ! あなた達が殺した!! 人でなしっ!!」

「ククク、あんま騒がれると余韻に浸れねぇだろうが」

「クッハハハァッ!! 嫌なら俺らを斬ってみろよ、反射剣サマよォ! ほらどーしたァ!?」

 

 斬れるはずがない。ヒスイ単独では、現段階ではどうひっくり返っても2人には勝てない。ジョニー達は殺しこそするが、殺し合いはしないのだ。

 ヒスイは泣きながら膝を突いて罵るように声を荒げるが、そんなことで心動かされる人間でもない。

 

「ジョニー。クエストの報酬は入った。興が冷める前にとっととクリスタルで移動するぞ」

「あっ、待ってくださいよォヘッド!」

 

 こうしてジョニー達は、これまでと変わらずゲームの世界で殺しを楽しむ。その後ろで何人の人間が泣こうが、それは決して止まるものではない。

 そしてまたあの言葉を聞く。また軽やかに口ずさむ。

 人を幸せにする言葉を。イッツ、ショウタイムと。

 

 

 

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