西暦2023年4月22日、浮遊城第19層(最前線20層)。
「く……動けないッ。くそっ、2人目がいたなんて!」
「イヒヒヒ! ざまーねェなカインズぅ!!」
密室になった途端、俺は態度を一変させカインズをステージから引きずり降ろそうとし、突如現れた新手によってそれが完遂される。当の本人はというと、右腕、左脇腹、右太股にそれぞれ
さらに、時間をかけて《
「PoH……聞いたことあるわ。いいえ、有名な名前よ。常時オレンジとまで言われている危険な人。それに偽名だとは最初から思っていたけど、まさか『ジョニー』の名前まで聞くなんてね。2人共揃って最低のプレイヤーと名高い人達じゃない」
「Oh~ホッホ、有名人は辛ェな。だがそういうお前も、最近じゃあ愉快なあだ名を付けられていたよな。お互い有名人同士だ、ケンカせず仲良くやろうぜ」
冷や汗を垂らしながらも、油断なく俺達2人を監視し続ける女。さすがに最前線で活躍するたった1人の女性ソロプレイヤーなだけはある。肝の据わり方は他のバカ女共とはわけが違うし、気丈に振る舞う姿は俺ですらそそるものがあった。
「あいにく、二つ名通りのことはできないわ。あなたと仲良くしようとも思わないしね」
「フッ、それは俺も同じだ。現に今はグリーンだしな。そしてお前とはやっていけそうにないという意見も、今ので共通したよ」
「ヒヒっ、悪くねぇ! もうちょい早く俺の名前に気付いてりゃあ、こンなことにはならなかったのになァ!」
「そうね、ご高説どうも。パーティ申請しないなら、今度からは誘われたら必ずデュエルでも申し込んで、相手の名前を確認してから行動するようにするわ」
おっと、俺の発言から対抗策のヒントを与えてしまった。これは失敗だったか。
それにしても、汚物でも見つけてしまったかのように顔を歪める女の表情は、ますます嗜虐的な感情を呼び起こす。本当にこの女は誘うのが上手い。生唾ものだ。
「シビレるねぇ。ヘッドぉ、まだトドメの一撃やっちゃいけないんすかぁ?」
「まだ我慢しろ。
「何で……どうしてそんな会話が平然とできるのよ。誰かに恨みでもあるの? あなた達は、どうしてそこまで……」
女は未だに、
むしろ、たかがメスガキが俺達2人を前に泣き崩れて助けを乞わない時点で気高い。女性プレイヤーには散々遭遇してきたが、最近ヘッドが目を付けている『ある人物』を除いて、だいたい気の弱い矮小な人間しか見てこなかった。
「そー考えるとお前はまだマシだよ。他の女共に比べて、という条件付きだがな」
「……他の女の子達も襲ったりしているというの?」
「ハッ、男も女もかんけーねェんだよなぁッ! 攻略に参加しない女の割合いは多いが、なぜか死ぬ。なぜ
「…………」
「勘のいい《反射剣》サマならもう気付いてんだろ? 意図的に殺しているからさ。フラグを立てずに殺す方法なんて、この世界には溢れている! ま、今回はお前がターゲットにはならなかったけどなァ。ヒヒッ」
「くっ……キモいわね、あなたって……ッ」
「『いやぁ……それほどでも』なんつってなァ! ヒャハ、ヒャハハハハハッ」
女1人にどう思われようと、今さら考え方など変えるはずがない。説教を乞う時間もその気もない。それはこの女も理解するところだろう。
だが洞察力は驚嘆する。この女はおそらく、ヘッドがいかにして奇襲できたのかさえ気づいているだろう。
ヘッドはこのエリアの特徴を利用していた。この不自然なアリーナ状のエリアはモンスターもポップしない、言わば疑似安全地帯だ。イベントの手続きをしなければ、本当に何も発生しないのである。それは女が最初に《索敵》スキルをオフにしていた理由でもあるはずだ。
必然的に、チマチマと場所を移動する必要もなくなり、長時間同じエリアに留まることで《隠蔽》スキルは最大限機能する。
しかし俺が白々しく『武装を整える』と言って数分間だけ2人と離れた時、奴らが口裏合わせていたように、俺もヘッドに情報を流していた。
その手順を、おそらくこの女は看破しているだろう。
「つってもジョニーは甘い。成功してねぇのに笑いだすは、最終的には尻拭いさせるはでよ」
「あっー! ヘッドぉ、それ言っちゃあシマらないじゃないっすかッ!」
だが会話もほどほどに、この場にいる3人は同時に反応した。
ついに《退路無き闘技場》クエストが幕を上げたのだ。そして、俺を含むこの場にいる3人の《索敵》スキルはモンスターの反応をキャッチした。
「ぐあぁッ、くそっ。お、おいッ!! 助けてよ……助けてくれよ! ヒスイさん! 早くしてぇええっ!」
情けなくも涙声で女に助けを求める姿は、醜く
だがカインズが慌てている理由を俺は知っている。それは外周の底に設置された槍が
「カインズ君!? これは……貫通
「What? こいつァ思ったよりマヌケな質問がきたな。それを理解していないとでも?」
「……聴いてた通りの最低っぷりね。そして姑息だわ。やるなら直接あたしを斬りなさい!」
「わかってねぇな。俺らはしばらくグリーンのまま楽しもうってんだよ。なあ? ついでに落ちていった男の命、逆算してやるよ。見たところ3秒で1パーだから、そうだな……残りは5分切ったってところか」
相も変わらずシビれる。ヘッドの声を聞くとテンションが上がるのだ。ヘッドがあの時俺を仲間に入れてくれた瞬間から、俺はこの男と面白おかしくこの世界で生きると決めた。
そうさせるほど、この男は俺にとって魅力的な『力』を持っていた。
◇ ◇ ◇
「ヒャッハーッ! イヒヒッ、抵抗しても無駄だったなぁオイ!!」
「うわ、うわあぁああああ!? なんだ、お前! 俺はベータ上がりだぞ!? こんな事をして……」
「こんなことしてなンだってぇえ? あァッ!? 元ベータでどうしたってェッ! 脅しになっかよ、ボケがァあッ!!」
響く斬撃音。轟く悲鳴。
朝早く。時間にして5時をようやく回っただけの寒い早朝。日付は1月18日の真冬日だった。
この
そう。死という枷を突きつけ、人生初のプレイヤー狩りをしていたのだ。
最前線プレイヤーならばレベル的には問題はない。必要なのは『精神力』である。
ゲームオーバーが脳を焼かれることと直結した今、それを実際に行動に移そうと決意した人間は、この世界にはいない。なら本当に「殺してもいいし、死んでくれて構わない」と思っている俺は、この世界では1番突き抜けているのではないだろうか。
そう考えるだけで、甘美な優越感に浸れた。
初の発想、初の試み、初の達成。俺は一躍有名人になるだろう。現実世界で刃物を見る度に人を殺したくてウズウズしていた俺は、とうとう法の裁きを受けない『仮想現実』という空間で、それらを存分に成し遂げることができるのだ。
やっと満たされる。報われる。衝動のままに人を攻撃し、完膚無きまでに破壊し尽くせる。
俺がこの世界を1番理解し、堪能している。
「ひ、イヒヒ……そうだ、俺こそが……相応しい。人じゃなきゃ足りなかったンだ。この男を殺して、初の殺人者に……俺ならやれる!!」
「お、おい!? 待ってくれよっ……アイテムなら渡す! 頼むから殺さないでくれぇッ!」
「うるっせぇよ……!!」
だが、いざ鋭利なナイフを沈ませようとした寸前で、俺は運命を変える人物と出会った。
この世界のために生まれてきたかのような天才。のちに愚民共が恐怖し、震え、最も警戒すべき人物として降臨したプレイヤー。
「Hey you、勿体ないな。命は大事にすべきだ」
「なんだ……誰だ、てめぇは」
「雑な遊び方が目に余る。お前がこの世界に相応しいだと? お門違いだな」
「はァ?」
振り向くと、岩の上に腰掛けていた『ソイツ』はことの一部始終を目撃していたにも関わらず、眉一つ動かさずに俺に話しかけてきた。
しかし言っていることは理解できない。
感じたのは、この情けない声を上げるプレイヤーを
「ひっ、ひぃいいッ」
俺が追撃をやめると男は走り去っていった。しかし、これであの男を逃がした原因は、このツヤ消しポンチョを纏った男のせいということになったわけだ。
「オイオイ、記念すべき獲物第1号を逃がしちまったじゃねぇか。この落としは前どォしてくれンだよ」
「些末なことだろう。慌てなくても奴らは逃げられない。そして1つだけ言えるのは、お前が幼稚な遊び方をしているってことだけだ」
「ンだとぉ?」
人を見下した物言いに俺は手元のナイフを逆手に構える。が、男はまるで友達か何かに話しかけるような落ち着いた仕草と言葉で、次の言葉を切り出した。
「That fool。だがまぁ、粋の良さでお前をマークしていたが、俺のカンは結果的にアタリだったわけだ。俺の名はPoH。ちょうどいい、ついてきな」
「(……こいつ、いったいどこまで本気なンだ?)」
フザケた名前を名乗った男は、ごく当たり前のように腰を上げ、迷いなく一点を目指した。
不用意に背を向けた時点で後ろから奇襲してやってもよかったのだが、しかし例えようのない期待感……首筋にゾクゾクと走る興奮が募り、自然と足を動かしていた。
そして10分ほどの戦闘スタイルや殺人までの動機の話をしつつ移動し、5層主街区の出入り口付近で停止。草むらの陰に2人して潜むと、そのまま5分が経過した。
「おい、てめぇいい加減に……」
「Keep still。お客さんだ、あそこを見な」
俺が我慢できずに文句を付けようとした直前、男は首を振って位置を知らせた。
その先は主街区の入り口付近だった。そこには、コソコソと怪しい動きをする2人のプレイヤーが見える。NPCから借りることができる《人力車》を利用し、プレイヤーを1人乗せて隅の方へ隠れている。
不可解なのは他にもある。彼らは無防備に寝ている男の右腕を掴み、何やら小刻みに振り回していたのだ。
「んん? 何やってンだあいつら」
「お前もウィンドウを開けばわかる。左下のオプションには何がある?」
「……なるほど、可視化か。見えさえすればやりたい放題……せっかくのレアアイテムも総ざらいってか? ヒヒッ、ウケるぜ。冴えねぇツラしてる割に、エゲつねぇこと考えつくじゃねェか」
野外で寝ている男の指を勝手に使って泥棒するという、その発想はいい。
確かに不可視のままアイテムストレージを操作して順にタップするより、『可視状態』にして同じことをすれば複雑な操作も可能になる。そしてウィンドウの可視化までの手順は、メニューを呼び起こしてから1タップのみ。そこに気付いたあの2人組は中々の器だと言えよう。
しかもコソ泥2人組は、項目を1つずつ律儀に網羅するのではない。奴らは《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》、つまり《全アイテムオブジェクト化》ボタンで、一気にアイテムを物体化したのだ。
それらを《人力車》の上で作業し、寝ている奴を地面に降ろせばアイテムをいちいち自分のストレージに格納する時間を省いてトンズラできる。
これは相当デキる。彼らはかなりの切れ者野郎達だ。
「一応《隠蔽》スキル使っときな」
「あ、ああ……」
例の男が命令口調で俺に話しかける。なぜ俺の取得スキルを把握しているのか。先を見越したセリフもいちいち不気味である。しかし、そもそも隠蔽は必要なのだろうか。ここまで彼らとの距離はある。
疑問をよそに、俺はとりあえず指示に従っておいた。
すると直後に信じられないことが起きた。
「げっ!? あいつら見つかってやがる!」
主街区から 6人のプレイヤーが現れ、不審な動きをする2人をとっ捕まえていたのだ。
当然、俺たちには気付いていない。その6人は捕まえた2人のプレイヤーに方法やら動機やらを問いただしているように見える。
しかもあろうことか、6人の内1人の女が俺達の視線に気づいたのか、周りを警戒し出したのだ。確か、名はヒスイ。普段はソロで活動していたはずだが、この日は小ギルドと組んでいたらしい。
それにしても、数分も前から俺達が《ハイディング》スキルで隠れていなければ、存在を気取られていた可能性もあった。
「スゲーな、預言者かよアンタ。にしても、あっさり捕まっちまうとは運がねぇ。あの2人はキレ者だったが……」
「本当にそうかな」
「……は? 何が言いたい」
「奴らは行ったか。じゃあ答え合わせといこう、あいつら2人の不完全な部分のな」
俺の文脈から回答しているのではなく、明らかにシカトして勝手に話を進めている。
「意味わかんねぇよ、なンだよ答えって。連中のミスだと?」
「That's right。それが何か、お前にわかるか」
この男は答えを知っているのか。
そもそもこのデキすぎた状況はいったい……、
「(信じ難いが、まぁいいだろう。試されてるなら……)……そうだな、強いて言うなら時間帯か。これじゃ遅すぎるし、手際も悪い。そして場所だろうな。あそこはマズいだろう? 門出てすぐじゃ人目に付きすぎる。……んん? ってことはあの2人は素人ってことに……じゃあ何か、お前が教えたのか。これを俺に見せるために……!?」
「オゥケー、そこまで気付けりゃ合格だ。今度は応用を考えてみろ。もしかしたら、お前みたいにオレンジカーソルにならなくても、人を殺せるかもしれねぇぜ?」
「…………」
やはりそうだった。犯罪の手口を場所や時間帯まで――成功率の低い情報を流し込まれ、あの2人組は利用されたのだろう――指示して、あの男達を『カモ』にしたのはこのポンチョ姿の男だったのだ。俺に見せつけるためだけに。
だが、これでも俺も納得はできなかった。
「は、ハハッ……ンだよ自慢かよ。だからって……」
「いいから、気づいたのかどうかだ」
「……わからねぇ。つーか、殺しをするならオレンジになるしかねぇだろ? そのためのアンチクリミナルコードだ」
「今の光景を見ていたろう? ウィンドウの他人への可視化は情報交換を行う場合は頻繁に使用するコマンドだ。当然手軽に行うことができる。今回の実験で、その手順が素人にも可能だという証明になっている」
「ウィンドウの可視化……あんた、盗みがしたいのか?」
「Use your head。もっとあつらえ向きなのがあるだろう。……決闘さ。ターゲットの名が判明していなくても、『相手から自分に向けてデュエルを申し込む』のはできるからな。あとはどうだ?」
「……ッ!! ……そう、か。《完全決着モード》! これを相手から自分に挑ませられれば……確かに、カーソル変化なしに殺害できる。マジかよ……」
――すげぇ。すげぇよこいつ。
俺は初めて体が震えた。
知り尽くしている。この世界における全てのロジックやギミックを知り尽くし、それでいて『合法殺し』を満喫する気満々だ。手当たり次第に斬りかかって、単調な威しで満足していた俺とは大違いである。俺の行動を雑な遊び
「お前……いや、PoH。あんたはこの方法をすぐにバラして狩りをする気だな……?」
「答えはNoだ。言っただろう? この世界をゆっくり楽しむとな。そして『直接殺し』は最後のお楽しみだ。相応のステージを整えてからにする。そうだな、
ここまでを聞いた俺は、すでに一種の感動を覚えて目の前の男に惚れ込んでいた。
こいつといればきっと楽しい生活が望める。ユニークで、ユーモラスにあふれる男。ハッピーな気分にさせてくれる存在。それこそ、全てを投げ出してもいいと思わせるほどに。
「1つ聞かせてくれ。何で俺なんだ?」
「クックッ。趣味っていうのは共有したいものだろう」
自然と笑みが零れた。
ドクン、ドクン、と心臓がうるさい。これは一種の恋なのかもしれない。
「ヘッドと呼ばせてくれ。……ヒヒヒッ、俺ぁラッキーだ。今日という日に感謝しかないッ!! 中途半端に殺るのはもうやめだ! 俺はヘッドとこの世界を楽しむぜ!」
「まぁ初めのうちは俺の指示に従いな、きっと充実した狩りができると思うぜ。さあイッツ、ショウタイムだ!」
◇ ◇ ◇
俺はあの日から、こういった『イベント』がある度に笑いが絶えない。今ではこれだけが俺の生き甲斐だ。
「ある意味お前はラッキーだよ! 覚えてるぜェ! 俺とヘッドが
「くっ……言われなくても! こんな奴ら、3分もあれば片付けられる。……待っててね、カインズ君!」
「早くッ、してくれっ! 死んじゃうよぉ!! ……誰かぁ!!」
物理的な恐怖が、モンスターと化して女に襲いかかる。だが女は目尻に涙を浮かばせつつも、決して剣撃を止めようとはしなかった。
「おっと! ハハッ、MoBが俺らも狙うからやり合えてんじゃねぇかッ! どうしますヘッドぉ!?」
「どうもこうもアレやれよ」
「了解っす……よォ!!」
バギィインッ! と、耳をつんざくような高周波音が破裂する。
俺が右手のダガーで女の持つ片手直剣を弾いた音だ。
「なっ!? 何するのっ! グリーンでいたいのならジャマしないで!!」
「ヒヒッ、よォく考えてみろ。俺は『武器』を攻撃したんだぜェ!? これだけじゃカーソルは変更しねぇんだよッ!!」
「……ッ……!?」
女もようやく気付き、改めて
このクエスト、受注条件に『参加プレイヤー2人以上』とあるのはいわば救済措置だ。
誰かがステージから滑落しても、残りのプレイヤーがクリアすれば助かる可能性がある。即死設定ではない槍とは言え、落ちたら高さ的にも脱出手段はない。されど複数参加の条件があるからこそ、『落ちたプレイヤーが死ぬまで何分もそのまま』という事態にはならず、生存確率が残り続けるということだ。
しかし時間との勝負である。
そんな中でヘッドは、『グリーンアイコン』のまま殺しができると思いついた。そして手順がこれだ。
メインアームへの攻撃。これだけに集中していれば、相当な時間を
女が一か八かで俺達2人に牙を剥いても、女1人がオレンジカーソルになった瞬間に反撃許可のボーナスがつく。オレンジプレイヤーを攻撃してもオレンジにはならないからだ。
俺達は縛り遊びで手を出さないだけ。少なくとも『そう見える』女にとっては、このシステムが生きている限り、否が応でも俺達に攻撃などできない。それは『自殺』と変わらない行為だからだ。
「(ああ……でも、殺してぇよ。武器を取り上げ、レッドゾーンまで落として……泣いて命乞いする首をナイフで裂きてぇ)」
俺は殺人衝動を抑えるのに必死だった。
もっとも、今日の俺達は《反射剣》を絶対に殺さない。この女にはすでに先約があるからである。
なんて仲間思いなのだろうか。こんな旨そうな獲物を譲ってやるなんて。
しかしそうとも知らない女は、慌てて下の人間を助けようとしている。時間をかけすぎると死んでしまう。それを理解している以上、達成が絶望的だと悲観していても剣を振るしかない。
無様だ。実に無様で
「ほォらよッ! とっととクエ終わらせねぇと下の奴が死んじまうぜ!? イヤなら俺を斬るかァ? あァッ? ヒャッハハハハッ」
「やめなさいよ! ジャマしないでって言ってるのに!!」
「ククク、なんだよその目。ガッカリさせるなって。泣かれてもなんの足しにもなってねぇぜ?」
絶対的な力を前に、決定的な無力を前に、女の動きは自然と鈍くなる。達成し得ない目的を、そのための惜しみない努力を、とうとうやめてしまう。途絶えさせてしまう。
あと10秒もない。
――さあ、消滅の時間だ!
「イヤっだあぁぁあああァアああああアあッ!!」
バリィン! と、声とほぼ同時に聞こえた破砕音。ステージの端、槍が連なる跡にはカインズの愛用する武器だけが乾いた音を立てる。
その
この日この時を境に、あの男は見た目の現象だけではなくサーバーにおけるデータバンクからも、そして現実世界においても『死んだ』のだ。
「いいね、いいねェええっ! こればっかりは毎度味が違う!!」
「壮観だな。これだからやめられねぇ」
「……い……ンズ君……そんな……」
イベントも終了したということで、俺とヘッドはすぐにでもレベル差による一方的な力技でモンスターを全滅させた。女がいくら頑張ってもできなかったことを、皮肉なほど速攻で成し遂げたのだ。
静まり返ったフィールドに響くのは、女の
「い……てぃよ。最っ低よあなた達! ……なにも! 殺すことはなかったじゃないッ! ウサ晴らしのつもり!? なんでこんなひどいことができるのっ!!」
「Shut up。いいか女、あの男は確かに死んだ。が、殺されたんじゃない。『トラップにかかった』だけさ。現に俺らはグリーンのままで、お前の言う殺しとやらも今となっては証拠がない」
「詭弁よ! あなた達が彼を殺したんだわっ! 人でなし!!」
「ククク、あんま騒がれると余韻に浸れねぇだろうが」
「クッハハハァッ!! 嫌なら俺らを斬ってみろよ、反射剣サマよォ! ほらどーしたァ!?」
斬れるはずがない。俺達は殺しこそするが殺し合いはしないのだ。
実力差ははっきりとしている。つまり女は、現段階ではどうひっくり返っても俺達には勝てないということである。
女は泣きながら膝を突いて罵るように声を荒げるが、そんなことで心動かされる俺達でもない。
「ジョニー。興が冷める前にとっとと移動するぞ」
「あっ、待ってくださいよォヘッド!」
こうして俺達はゲームの世界で殺しを楽しむ。俺達の後ろで何人の人間が泣こうが、それは決して止まるものではない。
そしてまたあの言葉を聞く。また軽やかに口ずさむ。
俺を幸せにする言葉を。イッツ、ショウタイムと。