SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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クォーターポイント戦の日と同じ日です。



リコレクションロード1 フレンドエール(前編)

 西暦2023年5月22日、浮遊城第20層(最前線25層)。

 

「(はふぅ、もうやだ……)」

 

 5月に突入して早3週間。15層の迷宮区でジェイドと再会の約束をしてから1ヶ月半がたっている。

 しかし彼には強気に豪語したが、僕としてはもう攻略すら止めたくなってきていた。

 僕は小さい頃から、それこそ幼稚園に通っていた頃から今に至るまでずっと、虫や昆虫に対して強烈な嫌悪感を(いだ)き続けてきたのだ。クラスメイトにも散々からかわれたけど、いつまでも克服できなかった。

 だのにまさか、ゲームの世界でまでそれを強要されるとは思ってもみなかった。

 ソードアートの世界では戦闘センス云々の前に、前提としてモンスターに対する闘争心を削られるわけにはいかないのだ。寸前の躊躇(ちゅうちょ)こそ死への直通路であり、致命的なミスを誘発するものである。

 

「あの〜、ルガ大丈夫?」

「へっ? あ、ああ大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ」

 

 突然話しかけられて驚いたけど、ロムライルは仲間の不調に本当によく気がつく。

 けれど集中力不足は反省である。ソロプレイなら自分が死ぬだけだ。しかし、ギルドに所属しているなら勝手が違う。

 現に僕が足を引っ張っているせいでペースは落ちている。

 なるべく避けてくれているとは言え、ギルドメンバーである彼ら2人にだって欲しいアイテムをドロップさせるモンスターや、効率の良い経験値をくれるモンスターとの戦闘は進んで行いたいはずだ。それを僕は妨害してしまっている。早く虫系MoBに慣れてみんなの負担を軽減させなければならない。

 それにしても……、

 

「(ゲームの制作者達、この層だけ頑張り過ぎでしょう!)」

 

 と、クレームをつけたくもなる。

 異常なモンスターの種類を誇るこの20層フィールド、《ひだまりの森》には誇張ではなく、多種多様な虫がわんさか湧いてくるからである。

 ちなみに僕の苦手な奴らだけでも挙げると、体の各所が銅製でできているバッタのようなモンスター、《カッパー・グラスホッパー》。ネチャネチャした酸を吐く、カタツムリのような全長1メートルもあるモンスター、《ポッタシウム・スネイル》。攻撃反応圏(アグロレンジ)がやたら広くコオロギのような形をしている、膝下ぐらいの全長を誇るモンスター、《ヘイトレッド・クリケット》。HPの消耗がかなり早い強力な毒を持ち、蜂のような姿で空中を飛び回るモンスター、《エストック・ビースパイク》。流体フォルムで接近戦では相当手強く、かつ強力な羽ばたきが時にプレイヤーに対して行動遅延(ディレイ)すら巻き起こすカマキリのような上級モンスター、《ゲイル・マンティス》。体力は多いが特殊能力がなく、「これ大きいだけのゴキブリじゃない? 嫌がらせかな?」と寒気の走るモンスター、《ビッグマーチ・コックローチ》。キリがなかった。

 思い出していると鳥肌を通り越して鮫肌が立ってくる。

 

「ルガぁ! そっち行ったよぉ!」

「へっ? ふぇえあぁああああッ!?」

 

 昆虫特有のブツブツした多眼を目の前にすっかり竦み上がってしまった僕は、それでもぎりぎりのところで両手用棍棒(ツーハンド・スタッフ)を滅茶苦茶に振り回す。

 すると偶然にも攻撃のいくつかがクリティカルで命中し、グシャアアッ、というとても不快な感覚を僕にプレゼントしてから、モンスターは『割れる』ことによって消滅した。

 ちなみに先ほど眼前にまで迫ったとんでもなく気持ち悪いモンスターは、棲息地域が設定されていないトンボのようなモンスター、《トラヴェル・ドラゴンフライ》である。

 『滞空時間が長い』と言われる虫系の中でも、さらに《エストック・ビースパイク》同様飛行系MoBとして名高い、つまり出現率が高く広い範囲に知れ渡っているモンスターだ。

 

「今ので全滅だね、お疲れ~。でも、やっぱりルガはタイミングおかしかったから、もっかいオレと特訓かもね」

「ええ~ロム意地悪しないでよっ!」

「あはは。ほら、さっきは大丈夫って」

「い、言ったけどさぁ。……ハァ、僕もうやだよこんなところ。1層下に戻って、《霊剣》使ってくるモンスター達と戦おうよー。あっちも怖いけどここよりはまだマシだよ!」

 

 ゴーストやアンデッド、もしくはリビングデッド系は精神的には怖い。けれど生理的には耐えられる。よって、僕はここより19層の迷宮区で武器を振り回している方が、いくらか安定した戦いが見込めると思っていた。

 しかし我らがギルド《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》のリーダー、ガタイのいいロムライル隊長は、見た目に反して高い音声で僕の意見に異を唱えてきた。

 

「あの~、《霊剣》はすり抜けてくるから盾持ちのオレにはキツいものがあるんだよね。あの技って対タンク用だし。それにペース落ちてるを通り越して、ほとんど成長止まっちゃってるから、この層でもう少し頑張らないと」

「賛成ぃ。今頃はぁ、攻略組も25層のボス倒しちゃってると思うよぉ?」

 

 確かにロムやジェミルのおっしゃる通り。ここ最近19層と20層で幾度となく精神的な妨害を受けてかなりの遅れを出してしまった僕らは、こんなところでしょげていないでもっと頑張らなくてはいけないはずだ。

 それに攻略組に所属する大規模ギルドが編み出したボスフロア必勝攻略法、『2レイド攻め』が確立してからというものの、僕らと最前線との距離は縮まるどころか開く一方だった。

 大規模で強引な超スピードPoTローテーションが成立してしまう以上、きっと今日の戦いもあっという間に片付くだろう。

 

「もぉロムももっと強く言わないとぉ。それにルガは臆病だなぁ。こんなのゲームじゃん。本当にはいやしないんだからぁ、気にせず斬りまくればいいのにぃ」

「ええ~っ、触れたら感覚ある時点で現実と変わらないよ!」

「ジェミルはホント戦闘になると心強い……シッ!」

 

 冗談混じりの雑談を繰り広げていると、突然ロムライルが姿勢を低くして、人差しを口元に当てるジェスチャー付きで僕らを黙らせる。

 そして彼は利き手ではない左手の方の人差し指も突き出すと、それをある一点に向けて傾けた。

 僕とジェミルは(いぶか)しみながらも、彼の視線がフィールドの木に集中していることに気づいた。

 目を凝らす。すると、そこには眩いばかりの『金』がいた。

 正確に表現すると全身を純金で覆う、それこそ体積全てが金塊とほぼ同価値とまで言われる、全長30センチほどの幻のレア度A級モンスター、《ゴールデン・ゴールドバグ》。プレイヤーにはあだ名で『幸せを呼ぶ黄金虫(こがねむし)』と囁かれ、遭遇するかあるいは狩猟に成功した場合、大量のコル以外にも《幸運判定ボーナス》の支援(バフ)効果が与えられているのでは、とまで信じ込まれている非攻撃(ノンアクティブ)モンスターである。

 

「いや、僕はイヤだから……」

『却下っ!』

 

 僕の意見は賛成多数で強制送還されてしまった。

 

「よーし、満場一致だな。でもオレは重量級で、しかも遠距離武器が無い。武器(ランス)のレンジはロングだけど、跳び道具のそれには勝てないしな~」

「ボクはぁ、ダガーもブーメランも投げるの得意だから任せてぇ。あ、でもボクのスキルだけじゃゲージ飛ばしきれないかもぉ。あいつHPだけはそこそこあるって聞いたしねぇ。大幅に削ったあとはぁ、逃げ道の誘導ぐらいしかできないかなぁ」

 

 ジェミルは本当に狩りになると元気だ。それにしてもこの雰囲気はマズい。僕にとってかなりマズい。

 

「じゃあトドメはルガに任せてもいいかな? 確か《投剣》スキルもジェミルとそん色ないぐらい上がってきてるよね?」

「う~んどうだろう、そもそも満場一致って部分おかしいからね。まあ、僕的にはここは無理せず……」

『却下っ!!』

 

 僕の主張は問答無用で強行突破されてしまった。

 だが口では嫌だと言いつつ何やかんやで戦闘配置に着いている僕にはやはり主張が足りないのだろう。流されやすいと言うか、影響されやすいと言うか、他人の色に染まりやすいと言うか。

 

「(うぅ……僕、絶対この世界に向いてないよ……)」

 

 泣きそうになりながらも僕は何とか涙腺決壊に耐えて、今度こそしっかりと対象を見つめた。

 そしてロムが盾で日の光を反射させると、僕の目の端でチカッチカッと合図が送られてきた。

 次の瞬間……、

 

「(ジェミルが攻め込んだ! いけるっ!?)」

 

 緊張の静寂を振り切って、銀のダガーが視界に映るもう1つの輝きに吸い込まれていくのが見えたのだ。

 それが《ゴールデン・ゴールドバグ》の左羽に命中する。体の芯に直撃しなかった時点でアレをジェミルが『左手』、つまり利き手で投げていないことが推測できる。それほどまでに彼の投剣技術は、正確さ(アキュラシー)補正を通り越して抜群に巧いのだ。

 攻撃によるダメージ総量はさしおいて、命中精度だけを競うなら今なお前線で攻略組を名乗るプレイヤー集団にも、彼のそれは決して引けを取らないだろう。

 そして追撃の一手が迫る。

 彼は草陰(くさかげ)から身を乗り出すと、《軽業(アクロバット)》専用ソードスキル、空中側転跳躍移動《スカイサイド》で一気に距離を詰めた。

 続いて角度を調整しながら右手に持つ《クラッシュ・ブーメラン》を淡黄色に輝かせ《投剣》専用ソードスキル、中級軌道変化用投擲技《カーブシュート》を発動。ゴールドバグが逃げ出す方向を視認した直後に、足が地面から離れている不安定な状態であるにも関わらず、迷わず進行方向に向けて右手の溜めを解放していた。

 今度は流石に利き手である。

 見事空中の敵にヒットさせると、連続攻撃によって8割以上を削った。

 しかし《レッドゾーン》のゴールドバグは止まっていた木を正面に見て右側へ飛び立っていた。この方向に沿ったままだと攻撃命中ポイントがあると確認したのか、少しずつ軌道を左へずらしている。

 しかもそれだけでは終わらない。

 《カーブシュート》は野球でいうカーブ。おまけに投げた武器は《ブーメラン》だ。

 よって、アシスト揚力を得た《クラッシュ・ブーメラン》は、『曲がり』をさらに鋭い角度に変えたのだ。

 これによりゴールドバグは無理な空中機動を行ってしまい、気付いた時には僕の正面の位置にまでヒョロヒョロとおびき寄せられていた。一連の動作はどんなゲーマーが見ても、もはや『神業』と評価する以外ないものだった。

 ジェミルのトスにより、ボールは最高の位置でラストアタッカーである僕の前に来ている。あとは僕が格好良くシュートを決めるだけだ。

 

「いっけぇえええッ!!」

 

 《投剣》専用ソードスキル、初級基本投擲技《シングルシュート》。右手の投擲用ダガーを赤く染めると、僕は体全体を使って右腕を思いっきり振りかぶった。

 そして虚空へ放たれた弾丸は『空飛ぶ金塊』に迫っていき、その真横を通過することで本当に空の彼方へ飛んでいってしまった。

 

「へっ!?」

 

 ――外したぁああッ!?

 

「うっそぉ!? やだやだお金~! 待ってよー!!」

 

 幸運を呼ぶ黄金虫は当然逃げる。凄まじい勢いで逃げていく。

 そして……、

 

「おらよッ!!」

 

 ズッバァアアアアッ! と真っ二つにされてから、光の粒となって跡形もなく砕け散っていった。

 ゴールドバグにラストアタックを決めたその張本人、暗い色彩の装備で全身を覆う目つきの悪い僕の親友(・・・・)は、パズルか何かを組み合わせるように骨素材を重ねた無骨な大剣を、さらに片手で軽々と掲げて一言。

 

「あんたらはツメが甘ぇんだよ!」

「…………」

 

 開いた口が閉じなかった。

 おそらく《両手剣》専用ソードスキル、空中回転斬り《レヴォルド・パクト》を決めたのだろう。そして彼を見た僕の心を埋め尽くしたものを、恥ずかしながらも素直に表すと「うわぁ、格好良いな~」というものだった。

 

「あ、ヤベ……剣重すぎたわ。ちょいタイム……」

 

 折れそうなほど細い右腕は、自然の摂理であるかのように剣の重みに耐えきれず、ふにゃんと曲がって彼は決めポーズを3秒と持たせることなく剣を地面に下ろした。

 ――前言撤回。あんまり格好良くないな、この人。

 

「っていうかジェイドッ!? どうしてここにっ? 最前線は5層も上でしょ?」

「え? あ、ああ……まぁちょっとな。ん、なんつーんだろ。なんかルガの顔見たくなってな。は、ハハハ……」

 

 この嘘をつく下手さ加減はここいらで少し何とかしておかなければ、アイテムなどの物々交換やその他の交渉の時に大損をこく可能性が高い。事態は深刻だ。

 しかし、そんなことよりもまずは彼がここにいる理由である。

 

「ジェイドじゃないか。あの〜……久しぶりだね、でも、どうしてここに? ゴールドバグについてはすでに逃がしていたからいいんだけど、まさかホントに会いに来ただけじゃないよね?」

 

 ロムが指摘すると、ジェイドは「こいつ鋭いな……」的な顔をしているけれど、残念ながらここにいる全員がすでに気付いていることだった。

 ジェイドのアクションにはどう反応すればいいかわからない。

 

「まあ、な。ちょっとゴールデンレディバグ見たの初めてだから……」

「『ゴールデン・ゴールドバグ』だけどね」

「……見たの初めてだからテンション上がっちまったけど、実は違うこと言いに来たんだよ……」

『…………』

 

 微妙な沈黙だった。ただ、気づいていないふりという気遣いは皆にあったようだ。

 

「言いたいことは山ほどあるんだ。けど……その、いきなり言っても納得しないだろうしな。……そうだ! とりあえずルガ、俺とデュエルしてくんないかな?」

「え? 僕がジェイドと決闘?」

「少し確かめたいことがあるんだ……」

 

 そう言って彼は有無を言わさず決闘コマンドを押し、対戦対象者設定欄に『ルガトリオ』を英文字で打つ。ただし、慣れていないのかすご~くゆっくりと。

 そしてすぐに僕の目の前にも《デュエル・ウィンドウ》が現れて、対戦を受けるかどうかを聞いてきた。

 僕はリーダーであるロムライルの方を見るが、彼は首を少し竦めるだけで受けろとも受けるなとも言ってこなかった。なので僕は疑問に思いながらも、とりあえず了承の旨を伝えて、『OK』ボタンを押す前に体力回復用ポーションでHPを全快状態にしておく。

 

「悪いな時間とらせて。遅れ気味だってのは最近メールで知ってたけど、どうしてもな。……ん、そだ。ホレ、これさっきの黄金虫で手に入れたコルだ。全額やるから勘弁な」

「え? ああ、ありがとぉ……」

 

 袋詰めにされた大金をジェミルが空中で受け取っている。ついでにその重さに驚愕しているようだった。

 

「あ、あとルガも安心しろよ。武装はほら、《ブリリアント・ベイダナ》に変えてある。なついだろう、これ。ここら辺の層で換え時になった昔の剣だ。さっきの《ファントム・バスター》は使わねぇ。それに俺は今回のデュエル、一振りしかしないと断言しておく」

「え……?」

 

 《初撃決着モード》においては確かに最初の一振りを命中させることで勝利条件を満たすことはできる。だが互いに外した場合は相手のHP半減が勝利条件だ。これでは僕に対する明らかな過剰ハンデであり、実力を見くびっている証拠でもある。

 

「全然納得いかないけど、それでも僕に勝てるってこと? そもそも、僕らがここでデュエルする意味ってあるの?」

「勝っても負けても全部話すよ。今は俺に勝つことだけに集中してくれ」

 

 もうここまでくると、彼の突発的な行動は理解しがたい。

 ただし、僕も負けず嫌いなゲーマー。一騎打ちをする以上は例え相手が誰だろうと、そこがどんな状況だろうと、勝ちにいくのは当然の選択だ。ハンデはいただくが手加減しない。

 

「じゃあお言葉に甘えて全力でいくよ。なんだかよくわからないけど、ロムとジェミルはもう少し下がっといて。危ないから」

「マジメな話、確かめたいことがある。だから手を抜くなよ……」

「へへんっ。元よりそんなつもりはないよ!」

 

 状況に流される。これは先ほど僕が注意しなくてはと思ったことだ。

 それでも僕は久しぶりに、それこそ実に1ヶ月以上振りに生の姿を見て、声を聞いて、彼とこうして相間見(あいまみ)えている現状が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 ジェイドはレディバグの遭遇でテンションが上がったのかもしれないけれど、僕はジェイドの姿を見てテンションが上がっている。今は自分の実力を試せるこの状況を少しでも楽しんでおかないと損というやつだ。

 

「じゃ、行くよジェイド」

「おう、殺す気で来い!」

 

 カウントは休むことなく刻まれていった。

 そして僕と彼との初めてのデュエルが始まる。

 

 

 


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