西暦2023年5月22日、浮遊城第20層(最前線25層)。
僕とジェイドの久し振りの再会は、説明無しの一方的な突発
「定期試験みたいなものなの? それとも、抜き打ちテストって言った方が近いかな?」
「まあ、そんなとこだ……」
ジェイドに詳しく答える気はないようで、登場時のオフザケな雰囲気はもうどこにも無かった。
あるのは、彼にしては異様な緊迫感。
何かに恐怖しているようにも見えるし、また僕らを遠ざけようとしているようにも見える。
しかも今回のデュエル、彼は「一振りしかしない」と宣言した。いくら僕が準攻略組レベルか、それ以下の実力しかないのだとしても相当なハンデでもある。――これは流石にナメすぎだ。
「(でも、今は勝つことに集中……)」
理由の詮索は後回しだ。
もうすぐカウントがゼロへ……、
「行くよっ!」
僕は一気に間合いを詰める。そしてボクシングで例えるなら軽い『ジャブ』をする感覚で、右側から
ただこれは先述の通り『一振り限定』縛りをしていないからこその牽制であり、この一撃に決定打としての速度も重さも存在しない。一撃で決めようともしていない。
間合いを強制的に限定させる、挨拶代わりの攻撃だ。
「どうした、トバさねぇのか!」
「わかってるよっ!!」
金属バットのような武器は初速こそ両手で与えられていたが、途中からはほとんど片手で振り回している。
そこで僕は、半周軌道を描いた得物の『柄』の部分を左手で受け止めた。
踏み込みの足を入れ換えながら、ベクトルは逆方向へ。柄の部分が長ければ、『てこの原理』と同じですんなりと攻撃方向を変える。
その先はジェイドの足下。今度は先ほどよりさらに速い速度で足払いを敢行する。
「やぁああっ!!」
「くッ!?」
連撃からの急加速にすかさずジェイドはバックステップで距離を空けた。
ここまでの動きすべてが計算通り。あと1手でこの戦いの詰みまで持って行ける。
「(……いける!)」
無理な駆動はない。そう判断した僕は、作戦通り再び長柄部分を両手で持つと顔の横で武器の先端を相手に向けたまま、腰を低くしてダッシュ体制を取った。
そしてジェイドが着地、さらに剣を構え直すと僕の得物が
「いっけえぇええええッ!!」
「ッ……!?」
《
スキルアシストとして過剰な加速度を直進方向に与えられるだけの、シンプルといえばシンプルな突撃技だ。
技の出は若干遅いが、しかしその速度が段違いである。武器を振らない、と言うよりあまりのスピードに振っている暇がないだけに玉砕戦法のようにも見えてしまうが、激突した時のダメージ判定は一方的に相手が背負う。そういった類のスキルなのだ。
いくら何でも、これを直撃で受けたらジェイドとてひとたまりもないはず。
「うおォおおおおッ!」
ブォンっ!! と、風を切る音だけが聞こえた。
彼は真上へ飛んで避けきったのだ。あの距離で、あの速度を、掠りもしないほど完璧に避けきって見せた。股を大きく開いた格好悪いジャンプだったけれど、こればかりは敵ながら称賛せざるを得ない。
それにしても信じられない。攻略組はいったいどんな反応速度を持っているのか。
「くおォおおお!!」
「うっそお!?」
しかも着地地点を後方に選んだのか、最悪技を外してなお推進力を利用して距離を取り、リスクを回避する算段だった僕の真後ろにジェイドはズダンッ、と降ってきて土煙を上げたのだ。
一瞬、お互いに背を向け合った。
僕の
「らああぁあァアアああッ!!」
「(間に合えェッ!!)」
しかし、硬直が解けて振り向くと大きな誤算があった。
それは彼の武器がアッシュグレイに輝いていたこと。そしてこの技名を知っていた僕は、このタイミングで使用されるソードスキルを予見して『ガード』ではなく『回避』の選択をしなければならなかったことだ。
振り向きモーションにソードスキルの反撃を混ぜながら大剣装備でそれを実行できるとしたら、それは《両手剣》専用ソードスキル、旋回単発上段水平斬り《サイクロン》しか有り得ない。
それを僕は手と手の間、つまり武器の構造上衝撃に弱い『柄』の部分で受け止めてしまった。
「ぐあぁああっ!?」
バガアアァァアッ!! と、爆裂音を響かせ僕の愛刀、《ボスマンズ・ハンマー +7》は半ばから完全にへし折れていた。
数秒とたたない内にハンマー武器が割れると、データの残照として光だけを手元に残す。
唖然とするしかなかった。完敗である。
彼は一昔前の、性能で言ったら僕と大差ない武器を使用していた。だのに「デュラビリティの強化を疎かにしていたから」などという理由でこちらの武器が一撃で破壊されるなど、ゲームバランスが破綻しているのではないだろうか。
「うっそ……でしょ……」
「ふう……これは俺の勝ちでいいよな? 筋力値差は誤魔化しようがなかったけど、まあ仕方ねぇわな。デュエル中に武器の入れ替えとか普通ないし、これで……」
「じゃなくてっ! 信じられないよ、どーしてくれるの!? 僕、今強い武器っていったらさっきのボスマンズ・ハンマーしかなかったんだよ? ヤバいよこの先もう戦えないよ!」
「え? ああ、そういやそうだな。悪い……あ、でもボスマンズ・ハンマーつったらもう通用するのってこの辺が限界じゃね? それならほら……ってか、元々これルガにやるつもりだったしな」
ぶつぶつ言いながら彼が取り出したものは、各所が金属で補強されつつも煌びやかな木製武器。
カテゴリは僕が使っている《両手用棍棒》だったけれど、たった今破壊されたことを考えると、木製武器では少しばかり不安が残る。
僕はレジクレの中でも、特にダメージディーラーとしての役割を任されている。隙は仲間が作ってくれるので、手数が増えることより一撃ごとの攻撃力の方が僕としては重要だからでもある。
「木製武器はな~、とか思ってんだろ? 安心しろって。こいつもそこそこレア武器だ」
「『そこそこ』なの……?」
「……ぜ、ゼータク言うなって。重さも補正しながらやりくりすれば、今後しばらく武器を換えずに戦っていけるはずだ。おまけに要求筋力値が相当低い。ここまで低けりゃSTR重点上げのルガなら、きっと今すぐにでも装備できると思うぜ?」
「う~ん……あ、ホントだ余裕で持てる。でもいいのこれ?」
持ってみると確かに
だがこのままだと、先ほどまでの武器をただ単にバージョンアップさせただけになってしまう。いくら何でもこれを貰うだけというのはジェイドに悪い気がする。もっとも、相棒を壊した張本人は紛れもなくこの人だが。
「へぇ~、よかったじゃんルガぁ。いいなぁ1人だけずるいなぁ……」
「ハハハ、まあそう言ってやるなジェミル。あの~、それより何か悪いね、気を使わせちゃって。ハンデもあったのに」
ジェミルやロムもデュエルが終わるとみると続々と集まってくる。もちろんゲーマーとして癖となりつつある、自分より上位の他人の武器の鑑定をしながら。
「いいってことよ。あと一応さっきの説明しとくけど、アレはシステム外スキル《アームブラスト》ってやつだ。どうやら『武器破壊』って意味らしい。まあ俺が発案したわけじゃないんだけど、攻略組が編み出した最新のシステム外スキルでな。武器に存在する『もろい部分』への直撃なら、なんと1回か2回程度で破損するらしいんだよ。でもこれが難しいのなんのってなあ。正直言うと、さっきのもぶっつけ本番でよ。いや~成功してよかった。最初はさ~、自信なかったんだけどさ~……」
「あ、いや、ジェイドのシステム外スキルへの愛はいいから。ここに来た理由をそろそろ聞いてもいいかな?」
「…………」
口元だけにまだ笑みの形を残し、他のパーツから感情を取り除くという、中々に器用な表情を数秒間維持してから、彼は今1度まじめなオーラを醸し出して次の言葉に繋げた。
「ん……じゃあまあ、単刀直入に言うけどさ。……レジクレの力はだいたいわかった。メンバー全員に言わせてもらうけど、今後は攻略組目指すのをやめてほしい。さっきのデュエルであんたらが向かないことはよく理解できた」
そして彼の喉から発せられた言葉は、しばらくここにいた全員をフリーズさせるに事足りる内容だった。
「言い方悪いかも知んないけど、俺はテーネーな言い方とか苦手なんだよ」
「は……え? ……いや、意味がわからないよ。一緒に旅をしようって言ったのに! それに、この武器だって僕らを攻略組にさせたいから渡したんでしょう? 本当に……わけわかんないよ。唐突に現れたと思ったら急にそれ? 今さらやめられないよ!」
「武器は安全を期して渡しただけだ。しばらく換えなくてもやっていけるのは本当だけど、さっき上層でも通じるって言ったのは本心じゃない」
でもだからといって「はいそうですか」にはならない。
それを証拠に、ロムも彼の意見に異を唱えている。
「あの~。でもジェイド、こればっかりはこっちも意見を変えられないよ? オレはともかく、そこにいるジェミルは《はじまりの街》に知り合いを1人残してきてるんだよ。……あの日、『君を助けてあげる。だからここで待っていて』と、こう言って前線に飛び出してきている。そうだよね?」
「えっ? う、うん……」
「まあ、その人物が誰かまではオレらも詮索してないよ。けど、ここで進むのをやめたら、その人への裏切り行為になってしまうんじゃないかな?」
「でもッ! それでも……こっからは危なすぎる。あんたらに死なれるよりはマシだ……」
ジェイドは悲痛な叫びを漏らした。本気で心配しているがゆえに、そんなことを言うのだろう。
「ボクの友達のことはおいといてぇ。それでも危険というならぁ、それはジェイドにも言えることだよぉ? だって君だって攻略組でしょぉ?」
「く……それでもだよ! あんただって、攻略しようともしない奴のために体張ってさ、そんなのおかしいだろ? んで、レジクレの誰か1人でも欠けてみろ。俺らバカみてぇじゃねぇか! そうなってからじゃ遅いんだぞ!?」
「あの~、だから、それが君自身にも言えるってことなんだけど。出会い頭にも言ったけど、それは『ビーター』の考え方だよ。《はじまりの街》にいるプレイヤー全員が、この世界で生き抜くことを頑張っているんだし。……いったいどうしたんだ? 武器を渡すだけならともかく、オレらを止めようなんてこと……」
「今日……」
そこでジェイドが口を挟む。
今度こそ顔に暗過ぎる影を落として。
「今日、26層への道が開いた。……最初の2時間は攻略隊の特権だけど、それは26層へ上がる時の話だ。俺が下層へ降りる分には問題ないから降りてきた。すでに《転移門》は稼働してるよ」
「ああ、そう言えばジェイドがここにいる時点で、ボス攻略は終わってるってことだよね。で、どうだった? 20分ぐらいで終わった?」
「1時間で……討伐隊の25人が死んだ……」
「……え……?」
僕達3人は例外なく絶句した。それどころか、しばらく言葉の意味を理解することさえできなかった。
理解不能なまでに、ジェイドの言っていることが
「え……いや、でも……そんなはずは……」
「それは……いくら何でもあり得ないんじゃないの? ジェイド、オレの記憶が正しければ、前層まではむしろ圧倒的に……」
「そうだよッ! 前までは余裕だったさ! でも変わったんだッ……変わっちまったんだよ。もう今までの戦法は通用しない。これからも、時間かけてペースは戻ると思う。でも、ボス戦で死ぬ可能性が上がったってことは、新米共を討伐に参加させ辛くなったってことでもあるんだ。俺は……そこにこのメンバーを入れたくない」
「入れたくない」というのはおそらく『フロアボス討伐隊』にではなく、きっと《はじまりの街》にある名前だけの墓標、《生命の碑》にあるネームに横線を入れられた状態で名を連ねて欲しくないという意味だろう。
「レジクレが攻略組に参加すりゃあ、大規模ギルドからフロアボス討伐への勧誘がくる。そして気のいいあんたらは言うだろう。他のプレイヤーのために全力を尽くします、ってな。でもそれじゃダメなんだよ! 俺は頭悪いけど、悪いなりにも考えたさ。順番通りならあのバランスブレイカーは50層でも間違いなく現れる。75層でもだ! このギルドは50層戦に参加できる。……参加しろと言われたら……するんだろ?」
「……オレらは……きっとするだろうね……」
「だから止めにきた」
ジェイドがここに来たほぼ全ての理由は明かされた。そして主張自体も理解した。
しかし肝心なところが抜けている。それは彼自身が過去に犯した罪の
間違っている。僕が死んだって、レジクレの誰が死んだって、ジェイドを含むこの世界の誰であれ、死ねば悲しむ人がそこにいる。過去に何をしようとも、彼が死んだら僕が悲しむ。
だとしたら、僕達だけ安全地帯で縮こまっていろという話は筋が通らない。
彼は守らなくてもいいように僕らを遠ざけ、悲しみを背負わないようにしているのだろう。はるか高みから弱者を
1番怖いのは、指をくわえて帰りを待つことである。彼が僕らに強要していることそのものだ。
――冗談じゃない。
「冗談じゃないよ……」
だから僕は拒絶した。こんな交渉は成立しない。こんな要件を提示できるほど、彼は最低条件すら満たしていない。
「ジェイドが攻略をやめないなら僕もやめないっ!」
「ンでわからねェんだ! 言うこと聞けって!」
「イヤだ! 君が言うべきはこんなことじゃないはずでしょう!? 僕らの前に格好良く現れたのなら、この世界に捕らわれている人を解放しようとしてるなら! みんなを守る気概ぐらい持とうよ!」
「ルガ……そうは、言っても……」
「こっちでやるから後は見ていろ? そんなの通用するわけないじゃないか! ……僕らにだって守りたい人がいる。もうあの時とは違う、僕だってジェイドを守りたいよっ!!」
「そうだよぉ、ジェイドだけはずるいよぉ。ボクだってねぇ、もーすっごく強くなったんだよぉ?」
「ま、そういうことだよ。それにジェミル、『ボクは』じゃなくて『ボクらは』……だろう? ナメないでほしいな、オレだってレジクレのリーダーなんだからさ!」
「ル……ガ……みんな……」
ここまで言って、そこまで聞いて、時間がたって。初めて彼は、僕らに対して弱者というレッテルを剥がしたようだ。
「一方的に支えようなんて考えないで。僕らはこれから死に物狂いで君に追いつく。やれることは全部やるし、君に負担がかからないように強くなる。へへっ、その時はまたデュエルの1つでもしようよ。正々堂々とハンデなしで、ね」
「ルガ……」
僕は右手を差し出す。
差し伸べるのではない。変わらず対等な立場として。
レベル差やステータス差なんていうものはこの際知ったことではない。今ここで必要なのは、そんなちんけなものではない。相手に頼られて、相手を頼る。互いが力を合わせて困難に立ち向かう。そういうものだ。
信頼があれば人はいつだって対等なのだから。
「そう……だな、ああそうだ。ヤッベ、ざまーねェな俺も。ちっとばっか敵が強かったからって超ナイーブになってたよ、悪いな」
「えへへ、ジェイドは考えるより先に体が動くタイプだからね~」
「オイオイ、俺が脳筋の考え無しみたいに言うなよ!」
おどけて言われて僕らは皆笑っているが、かなり冗談では済まない部分があったからか、苦笑いがいくらか占めてしまっていた。
「ハハハッ……ああ、ところでだな。ナイーブって使い方あってるっけ?」
――意味知らずに使ってたのかい!
「やっぱりジェイドはジェイドだなあ、まったく。……でもおかげで俄然やる気がわいたよ。上で待っててね、すぐ追い付くから……」
「ああ、待ってる。もう止めに来ねーから覚悟しろよ!」
こうして彼は最前線に戻っていく。
そして僕らは最前線を目指していく。
再会の時は近い。なぜなら、彼が僕らの前を歩く限り、僕らはこの足を決して止めたりはしないのだから。