SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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ジャスティスロード1 犯罪の手口(ギミック・オブ・クライム)(前編)

 西暦2023年6月22日、浮遊城第29層。

 

「点呼ぉおッ!」

 

 オレが肺から全力で声を出すと、手榴弾でも投げ込まれたかのようなビビり方をしてから、隊員3名が順に「いちっ!」「に」「さんっ!」と、1人を除いて元気よく返事をした。

 ちなみに返事をした3人は順に、『リュパード』、『ステルベン』、『オーレンツ』。

 リュパード。少々気性が荒いが、短髪黒髪で性格までさっぱりしている好青年である。数人のパーティからハブれてしまい、しばらくソロを続けていたらしい。

 我々のギルドが人手に不足してから久しぶりに求人を行ったところ、速攻で釣り上がった人物でもある。おそらくソロの寂しさにうちひしがれたのだろうが、実力に折り紙つきの攻略組で、劣悪環境も経験済みとあれば貴重な人材だ。

 続いてステルベン。彼は完全に実力主義者といったスタンスである。暗く、露出の少ない装備を好む。口元はマスクで覆われ、目つきは悪い。コミュニケーション能力も極めて低い。もしギルドに人事部なんてものが存在し、しかも書類選考や面接があったならば即切られていたに違いない。

 されど、戦力補強がギルドの目的であることを考えると、やはり他のギルドの息がかかっていない高性能な単体戦力は惜しいらしい。結局は採用。

 最後はオーレンツ。どう見てもファンタジー防具よりスーツの方が似合いそうなおっさんだったが、死人を出して攻略をやめたギルドから抜けてまで前線にいる物好きだ。

 しかもオレの所属するギルドが巨大化して、ますます面倒になってきた書類の処理や各種システム的手続きについて、正規員になれば引き受けてもいいと申し出たのである。雑務上等なんて、ある意味レアなプレイヤーだった。

 

「よ~しお前ら、朝の《圏内》模擬戦はこれにて終了! 10分の休憩を与えるが、それからは実際にフィールドに出てレベリングを行ってもらう。気を引き締めたまま休憩するように!」

 

 それを聞いて腰を下ろしつつも、さらに隊員の顔に影が落ちた。

 がしかし、例え期間限定だとしても、オレがこの誇り高き《聖龍連合》の新規メンバー教育係を任されている以上、気の抜けた号令・指導を晒すわけにはいかなかった。

 最前線が29層へと移り、より一層《聖龍連合》と《血盟騎士団》の重要性――《軍》は25層フロアボス戦で壊滅的な打撃を受けて以来、攻略行為に消極的である――が上がる中、我々のギルドが至上最強の集団だと示さねばならないのだ。

 しかし当然の摂理か、コアゲーマーの集まるこの世界において、単純な社会構造は通用しない。たかだか少し先にギルドに加入しただけの、どこの馬の骨とも知れない男の命令。それに唯々諾々(いいだくだく)と従う彼らではなかった。

 

「あのっさぁ! ミケーレさーん! もう終わったことだけど、そもそもこの模擬戦意味あったん!? 点呼も! 新人だからって、こちとら端っから攻略組だぜ!? いくら何でも見くびりすぎだろ。つうか範囲限定してねぇのにタンクが勝てっかよッ!!」

 

 早速メンバーの1人、リュパードとやらが反抗してきたのだ。自衛隊のバイト研修レベルのトレーニングに嫌気がさしたと見える。

 もっとも、攻略組である自尊心がそうさせるのだろう。危険と隣り合わせの前線で、その腕っぷしと判断力でどんな局面をも切り抜けてきたと自負する、手前の信ずる条理がある。

 なるほど。ヌルく、そして単調な環境への反感は一理あるだろう。

 しかし、いくらここが『即戦力部門』だからといっても、ギルドの細かいルールは覚えて貰わないと困るし、そもそも加盟にあたって『1週間の訓練』は条件欄にしっかり明記してあったはずだ。それまでは付き合ってもらわないと、過去の加入メンバーに示しがつかない。

 ちなみに『ミケーレ』とはオレの名だ。恥ずかしい話だが、ネカマとして女のアバターを選んでこの世界に来たオレは、言うまでもなく最初は女性キャラクター用の名前を使用していた。そしてあの日、全てのプレイヤーの性別が……いや、全てのプレイヤーの『真実』が明かされてしまった時、オレも現在の三十路間際の姿が暴露されたわけである。

 だが救済措置はあった。1層の街外れにある簡単なクエストをこなせば、1度だけネーム変更のチャンスが与えられていたのだ。

 イカレ野郎である茅場晶彦は同時に天才野郎でもあった。おそらくこうなることを予見して、わざわざあの《ネームチェンジ・クエスト》を追加したのだろう。

 そしてクエスト受注上限が1回限りなのは、推測だが『非マナー行為』をしたプレイヤーがその名を晒される度に名前をコロコロ変えさせないため。せっかく犯罪者の所在を掴んでも逃げられてしまうからだ。

 なんにせよ、オレはデスゲーム宣言のあった日はゆっくり新しい名前を考えている暇もなかったが、今では『ミケーレ』という名も気に入っている。

 ふむ、それにしても確かにリュパードの指摘した『戦域が広すぎる』というのは改善点だったか。タンカーは例外なく重い盾を携えることから、戦闘時は機敏に動けないからだ。

 

「ふん、だが言わせてもらう。……最初ぐらい先輩に従えいっ!! オレだってなぁ、長いことここにいて、よ~やく大役を任されたんだぞ!? 少しぐらいやりたいようにさせろ!」

「いや、新人の育成とか、ぶっちゃけ嫌な役押しつけられただけじゃあ……」

「くそ、何で俺が。最悪だ、こんなことなら、来るんじゃなかった」

 

 リュパードは冷静に突っ込み、横にいたステルベンがそのやり取りを見て文句をブツブツと漏らす。

 

「えぇい、うるさいうるさいっ! 将来の役には立つはずだ! だいたい、ステルベンは声が小さいんだよ! 文句を言うならシャンと背筋を伸ばしてはっきりと! さっきも点呼はなんだ!? 君の声だけやたら小さかったではないかっ!」

「うるせえ。だいたい俺は、お前より強い」

 

 反論に次ぐ反論の応酬。ただ、確かに先ほどの模擬戦において、自分を含む4人の総当たり戦の結果はステルベンの1人勝ちという、とても隊長の威厳を示せるものではなかったのも事実だ。

 しかし、言い訳かもしれないが、そこには負けた理由もある。

 

「ぐぬぬ……けど! お前さんの武器は速度に優れる《エストック》で、《細剣》カテゴリの武器だ! 対人戦には向いている! うむ、隊長のオレが負けた理由はそれしかあり得ん。オレのは不向きな両手用戦斧(ハルバード)だしな! ハッハッハァ!!」

『…………』

 

 何とも言えない視線が痛かった。

 

「よ、よおし休憩終わり! お前らフィールドに出る準備をしろ!」

「あぁん!? おいおいまだ5分しか……」

「ええい、やかましいわリュパード! ちょっと顔がいいからって、お前も図に乗っているなぁ!?」

「いや顔関係ねーし……」

「攻略組なら、どーせこのぐらいどうってことないだろ。ほらちゃっちゃと準備する!」

 

 俺が手をパンパン鳴らすと、ようやく3人も重そうに腰を上げて、最前線フィールドへ赴くための支度をした。

 ものの30秒で整うと、オレ達は意気揚々と行進していく。

 

「(う~ん……)」

 

 それにしても、オレは東京には行ったことがないが、どこか20世紀初頭を思わせる東京のような街を歩いていると、ふと思うのが《圏内模擬戦》における総合優勝者のステルベンについてだ。

 言うまでもなく3人目の新人であるオーレンツさんを含み、能天気なリュパードに至っても、さすが攻略組を歩いてきただけはある。敗北したとはいえ、今さらそのプロファイルにつべこべと文句をつけるつもりはない。

 しかしその全員を実力で下すだけのパワーを誇るステルベンの強さは、何と表現していいか正確にはわからないが、とにかく『危ない』の一言に尽きるのだ。

 対人戦特化とでも表現すればいいのか。人体に対して攻撃する技術が、群を抜いている気がするのである。

 この世界には、数え切れないほどの《ソードスキル》が設定されている。ならばもちろんのこと、それを利用するモンスターも増えてくる。他のRPGに出現するモンスターより、剣を握って戦うことのできる『二足歩行ユニット』が圧倒的に多いのは、製作者側からしたらコストパフォーマンス的意味合いからだろう。

 ゆえに。彼のように、対人戦法を体に叩き込むことは決して浅はかな選択ではないし、ギルドの一員として特筆すべき性能を持っているなら、むしろ連合としては大歓迎だ。

 

「(じゃあこの違和感は……ま、気のせいか。……てか、知らん間に見ない顔の女が後ろ歩いてるけど、なにか用かな? 道に迷ったとか?)」

 

 もろもろ気になるが、些末(さまつ)なことを考えている暇があったら、隊員を育てるための練習メニューでも考案しておかなければならない。

 新人のレベルが高すぎて地味に危機的状況である。出だしからハイレベルプレイヤーが集まる即戦力部門とはいえ、新人の方が俺より強いという事実も作りたくない。

 ちなみに、オーレンツさんだけに敬称を使うのは、彼がどうみても40を越えているようにしか見えないからで、まだギリギリ三十路にいっていないオレはどうも呼び捨てにできないからだ

 とそこで、いよいよ彼女が口を開いた。

 

「ね~ねえぇ、気付いてるんでしょ〜! はーじめましてぇ!」

「……こっちも任務中でね。歩きながらで良ければ聞くぞ」

「あっはははっ、さてはミリオタ! ねぇアタシもせーりゅうれんごー入りたいなぁ~。レベル高いよーアタシ!」

「……無理だ」

「おーねーがーいー! 入れてったら入れてぇ~!」

「ミケーレさん、この子知り合い……じゃなさそうっすね?」

「ああ、知らん」

 

 金髪のナイスバディ女がずいぶん馴れ馴れしく……もとい、フレンドリーに話しかけてきた。

 敷地を出てくる瞬間を狙っていたのだろうが、この鼻にかけたような甘ったるい声色はどういった了見か。男をたぶらかすことが目的だと宣言するかのごとくである。

 装備も然り。デザインは胸元を派手に開いたホルターネックのドレス型で、さらにスカートはプロパティのカスタマイズで極限まで短くされている。風俗顔負けの童顔に(つや)のある頬やぽってりとした唇、健康的な細さを保つ肢体にいくつかホクロの覗く魅惑的なバスト。おまけに長い金髪なんて、一世代前の勘違いお嬢様を思わせるほどロールをぐるぐると巻いていた。

 明らかに攻略組として、そして前線のモンスターと渡り合ったことはなさそうである。

 かなりのグラマーであることは認めるが、総じてキャバクラのお嬢にしか見えなくて接し辛く、かつ直視し辛いプレイヤーがオレ達に話しかけてきたのだ。

 

「入隊はムリだ。そもそも決定権がない。おとなしく帰りなさいな」

「ええ~、いいじゃないっすかミケーレ隊長。この子メッチャ可愛いっすよ?」

「口を挟むなリュパード、面倒になる! オレは手続き上の話をしてるんだよ。だいたい何で今さら敬語なんだ。下心が丸見えだぞバカ者め!」

「いいでしょねぇ~、アタシ二十歳よ? はたち! これ逃す手はないってぇ~、こんな娘探したって他にわぁ……あ、ヤバ。血盟騎士団にいたかも」

「えぇいやかましいわ!」

 

 苛ついてしまう。セリフの最後の部分がやたら低いトーンだったことに「クスっ」と笑ってしまった自分に苛ついてしまう。

 

「困るよ、キミ。繰り返すが権限がない。もっとこう、聖龍連合の本部にいる上役にだなぁ……」

「ええ~、そんな堅いこと言わずにぃ~……事後報告でいいじゃん、ね?」

 

 ペタッ、と肌が触れ合う……直前で彼女は身を翻して距離を取ったが、香水の香りはやけに鼻孔に粘りつき、不覚にも心臓が跳ねる。

 そして間近で見て判明したことがある。それは、この女性が年齢とふしだら装備で女子力パラメータを誤魔化したビッチ女ではなく、至ってよくいる普通に可愛い大学生(たぶん)ということだった。余談だが彼女のたれ目はオレのストライクゾーンでもある。

 ……い、いや、言っている場合ではない。

 

「ああ……じゃあ、オレにどうしろと?」

「どうしろって言うかぁ~、単にアタシも仲間に入れてほしーの~。……それに、確かにアタシのレベルはホントに高いし。地味な活動してたから知らないと思うけど、それは基本ソロだからよ?」

「し、しかし……キミのことは……」

「知らない? 当然よ。この世界では女性はみんなそうやって隠れてる。それがなぜかは、わざわざ言わなくてもわかるわよね?」

 

 自然と足が止まる。前方に回り込まれたからではなく、途中から真面目な口調になって仁王立ちする今のこいつには、先ほどまでのおどけた雰囲気やふざけた態度は微塵も感じられなかった。

 その変貌ぶりに怖気(おぞけ)半分、感心半分なリアクションをとりつつ、警戒レベルをほんの少しだけ上げながら同時に今一度彼女の姿を確認した。

 そしてさらに驚かされた。彼女の装備をよく観察し、記憶の断片と照らし合わせると、信じられないことに装備そのものは間違いなく一級品のそれだったのだ。ざっと見渡す限りオプションパーツにコルを出し惜しんだ様子もなく、武器にも相当金と時間をかけたことが伺える。

 スカートの丈が短いだけで。

 

「……レベルうんぬん、というのは本当だったのか。じゃあさっきまでの仕草は……?」

「演技よ、演技。自分自身を弱く見せるための、ね? 女性、ソロ、攻略組の三拍子がそろうと、あの《反射剣》サマが1番有名なんだろうけど、ボリュームゾーンにはそこそこ女性も増え始めてる。みんな個性に合った戦い方を身につけているし、アタシもその1人なの」

「な、なるほど……」

「攻略組とそれ以外だと……まぁやる気の問題からか、結構情報とか隔絶されてるわよね~。あ、これでもアタシ最近じゃマジに有名人よ? 試しにデュエルでもヤってみる? もちろん勝ったらアタシを入れてよね」

「いや、だからそれはオレの一存では……」

 

 そもそも話を聞かない奴だ。

 仮に、だ。オレや、一時的とはいえ、後ろを歩く3人の部下全員が承諾しても、それは《聖龍連合》という組織が容認したわけではない。

 色仕掛けやギャップ萌えもいいが、世の中にはできることとできないことがある。

 

「ねぇだめ~? アタシが勇気出してここまで言ってるのにぃ?」

 

 妖艶(ようえん)な眼差しを向けて、とうとう体の起伏部をオレの腕や胸にすり付けてくる。

 いや、わかっている。こやつは先ほどはっきりと「これは演技だ」と言ってのけた。ならば今オレに振る舞うこの姿は、所詮まやかしに過ぎない。

 しかし……それこそプレイヤーを保護する《ハラスメントコード》に引っかからないということは、オレのバイタルは彼女のキワドイ行為にまったく嫌悪感を抱いていないということになる。このマシュマロのように柔らかい幸せの塊との接触で、よもや《ハラスメントコード》に引っかかる男はいないと思うが。

 

「ふ~ん、そう。じゃあもう頼まなぁいっと。血盟騎士団の方にでも行っちゃおっかなぁ~?」

「あっ、ちょっと待ってくれ!」

 

 だからオレは、たれ目でオレを誘惑する声をとっさに引き留めてしまった。 きっと彼女はこの瞬間こそを虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたのだろう。ニヤリと笑うドヤ顔を見るに、見事にハメられたものだ。

 だが後ろで「んだよ、結局堕とされてんじゃん。チョロすぎたろ」や「若いっていいねぇ」といった、リュパードとオーレンツさんの感想を頂こうとも、そげとなく無視して話を進めてやった。

 

「あ~なんだ、その……正式な手続きは先になるけど、実力検証に問題はない……と思う。見学ぐらいならいいだろう。うむ、そうだ。連合が普段どんなことをしているか、間近で見せてやるのも指導員の使命だしな!」

「調子のいーこと言っちゃってぇ。つかさ、聖龍ってそういうファーミングスポットみたいなのは極力隠す方針なんじゃなかったっけ?」

「えぇ~そぅなのぉ? リュパード君詳しぃー!」

 

 オレが1度声に出して呼んだからと言っても、一発でリュパードの名を覚えるとは。こやつ異性の掌握術に手馴れているな。

 

「ったく、余計なことを。ああ、ハハッ……いや別にうちのギルドは隠してないぞ? そんなやましいことはしないさ。さて! 早速迷宮区に行こうかな! ステルベンも彼女同伴でいいかい?」

「うぜぇよ。どっちでも、いい」

 

 こいつ、態度や口調が悪いなどの以前に、まず人との付き合い方がなっていない。おおかた先ほどの模擬戦で実力に自信をつけ、強さが証明されたことをいいことに大きくでているのだろう。

 だがこの世界は広い。今後自分より強い者に出会ってせいぜい挫折するがいい。フハハ。

 

「ま、何はともあれ5人で行こうか! ああところで、君の名前は? 一応訓練中に声ぐらいはかけるからさ」

「ふふっ、アタシの名前はアリーシャ。聖龍連合のみなさん、今日は1日よろしくね!」

 

 キャピンッ、と効果音が発生しそうなウインクを1つ。そして少なくとも今のあざとさでハートを撃墜されたプレイヤーが2人。何とも男とは欲望に逆らえない哀れな種族だ。

 

「(よし、せめてこの子にカッコいーとこ見せてやるかねッ!)」

 

 

 

 そんなこんなで29層の迷宮区第10階に進入してしばらくたつ。迷宮区到着と同時に昼飯休憩はあったが、そこから休みを挟まず3時間が経過。

 結局狩った数の最高記録は僅差でステルベン。次点となったオレ、あるいはリュパードも大変面白くない状態だったが、早くもオーレンツさんとアリーシャちゃんがレベルアップしていることからも、ここへ来た目的自体は順調に運びそうだった。

 

「おいおいキミ達、事前に狩り場を教えといたからって予習でもしてきたのか? まったく教え甲斐のない奴らだ、オイシイとこ残しとけよ」

「アハハ知らねーよおっさん。……んで? リポップの波が完璧おさまっちまってんだけど、場所とか移動しねぇの?」

「ん、ん~確かにそうだな。じゃあ今度はここの2階にある秘境へ連れて行ってやろう。特別だぞぉ?」

 

 こうしてオレ達はその後2時間に渡り、幻想的な風景を背景に多種多様なモンスターを狩りまくった。

 本来は公言禁止のスポットを披露したことで、ギルドが企業ならコンプライアンス違反もいいところだったろう。ステルベンは途中で勝手に帰ってしまいながらも、それなりに楽しい会話を満喫したのだからこの際細かいところは目をつぶろう。

 

「おお、もう夕暮れ時か。迷宮区にいると時間狂うな。……さて、自由時間とか与えないと、そろそろ労働基準法に引っかかりそうだから解散にしようかな! あとステルベンは次帰ったらクビにしてやる!」

 

 オレが冗談を言うと周りの3人も笑いだす。うむ、それにしても予想以上の戦果だ。これは中々強力なメンバーが集まったのではないだろうか。

 アリーシャちゃんについては、まだギルドメンバーとしてカウントできない上に多少アイテムの過剰消費が目につくが、それでも聖龍連合のスピーディなモンスター狩りに難なく付いてきている。

 それに任務の義務として皆の戦い方はよく観察させてもらったが、彼女はどちらかというと『才能や運動神経はあるが、動くことがメンドクサい』といった印象を受けた。やればできる子というわけだ。

 

「よっし、じゃあこの辺で。狩り続ける人はそのままどうぞ! あ、アリーシャちゃんは明日からどうする? 見学のつもりが完全に戦列に参加しちゃってたけど、一応本部に連絡とかしておくかい?」

「いえいいわ。……アタシね、気づいたの。本当の攻略組になるには、大きいギルドに入るしかないって。まあ、脅迫概念があっただけね。……でも、あなた達といてわかったわ。強いギルドに入ってチヤホヤされたいんじゃない。アタシ、こういう気さくなメンバーとやってた方がいいかなって」

「おお~、アリーシャちゃんイイこと言うねー! 俺もその方が楽しいと思うな~。ねえねえ、こんなとこ抜けて2人でペア組まない!?」

「あっはっは、ミケーレさんの前でそれは言い過ぎぃ~」

 

 なんて、リュパードがまたしても調子のいいこと言っている。しかしアリーシャちゃんの感想が嬉しいかと問われれば、首を縦に振るしかない。ぶっちゃけ、勝手な判断で行動したことをいちいち古参メンバーに伝えるのも億劫(おっくう)だったのである。

 よってオレは特に言及せず、オーレンツさんと目が合ってはクスクスと笑ってしまうのだった。

 

「ああでもさ、もう帰っちゃったステルベンは明日も参加予定なんだけど、それでもいいかな? あっ、いや別に彼を遠ざけるわけじゃないけど、あいつ我が強いだろ? オレもうまく扱いきれなくてさぁ……」

「えぇ~、アタシああいうのもいーと思いますよぉ? なんかクールで素敵じゃないですかぁ~!」

『…………』

 

 普段の男に媚びを売ったような、キャピキャピした話し方に戻ったが、それよりも重要なのはアリーシャちゃんにとってステルベンのスタイルは『素敵』に値するということである。オレも明日か彼のように無口キャラでいった方がいいだろうか。

 

「(いやいや……)」

 

 どうしたらアリーシャちゃんがオレに振り向いてくれるか、というくだらない考えを振り切って今度こそ帰路につく。

 

「じゃーね~! アリーシャちゃん帰りに気をつけてね~! オレンジ集団が現れたらオレに助けを求めてね~!」

 

 そんな冗談にも、彼女は笑って手を振ってくれた。

 アリーシャちゃんは明日も来てくれるとのことだが、やはりギルドへの報告はやめておこう。これはオレと、オレの率いる隊員のみが味わえる至福のひとときだ。それに何より、彼女もその方がいいと断言していたことだし。

 

「(ま、マジもんの軍隊でもあるまいし、ちょっとぐらいオイしいことしたってバチは当たらないよな)」

 

 この世界においては、誰だって秘密を隠し持っているものだ。どうせギルド内におけるレアアイテムの報告義務というのも、各々たくさん怠慢しているだろう。

 

 

 

 そして、そうこうしている内にギルド本部に到着したオレは、早速本日の結果報告のために総括リーダーであるリンドさんの右腕にあたる、『エルバート』のもとへ歩を進めた。

 ついでに1分で本人を見つけてしまった。というのも、彼は基本的に目立ちたがり屋なので服装が派手なのだ。

 DDA総括副隊長エルバート。

 ギルドの一員なのでもちろん指定の制服、およびDDAのシギルを縫い付けたものを着用してはいるのだが、いかんせんカスタマイズできるところは可能な限り手を付けている。

 高い階級を見せびらかしたいのか、あるいは単に没個性ファッションを彼のプライドが許さないのか。なんにせよ毛先まで銀髪で、ヘアピンを駆使して左半分だけバックに流し、右サイドに垂れる一房の髪束をゴムでまとめたとキザな男ともなれば、探そうとしなくともすぐ目につく。

 しかし見てくれだけの話をすると相手の方が年下に見えるが、ここはかの有名な《聖龍連合》であり、同時に年功序列制が採用されない弱肉強食のチームだ。よって、彼より弱いわたくしことミケーレは敬語で話さなければならない。

 ――ああ、やだやだ。

 

「エルバートさん、お疲れ様です。今いいですか」

「進捗報告か? 書類でいいぞ」

「そっすか、じゃ明日から。……そういえば、ずいぶん前にやった《反射剣》さんの勧誘、派手に失敗したままですよね。リベンジしないんですか?」

「わざわざ思い出させるなよ、まったく。……あの女はいずれウチに入れる。が、今は別件で忙しい」

 

 せめてもの抵抗をしてみたが、度が過ぎると笑い事では済まなくなるのでこの辺りで抑えておく。

 常にイライラした言葉使いが品を落としているように見えるが、これでも人望は厚い。トップギルドでトップ争いができるバケモノとは、すなわち生粋の頑張り屋さんだからである。

 

「ハハッ、期待してますよエルバートさん。そんで、オレが任された新人ですが、中々どうして根性ある奴らでしたよ」

「ほう、1日一緒にいてどうだ? 今後の攻略でもやれそうか?」

「ええそれはもう。1人はバカで1人はコミュ障ってのが難易度高いですけど、やり甲斐があるってモンですよ!」

 

 それを聞いてエルバートは、事案の1つは片づいたとばかりに少しだけ溜め息をついた。

 しかし直後に駆けつけた、直属の部下であるマンガの主人公のような青年――名は確か『アッドミラル』で、こいつもかなりの重要職に就いている――が何かを耳打ちすると、彼は舌打ちも混ぜて隠そうともせずにストレスを爆発させた。

 

「なんだよ、あんだけ人数いてまだ見つけられんのかッ! くそ、やっぱあいつらに頼んだのは失敗だったか……」

「どうしたんですか? さっき言ってた別件ってやつです?」

 

 すると、腕を組んで困った顔をしながら、目の前のさわやか青年は原因を吐露する。

 

「ああこっちの任務でしてね。俺はオレンジギルド……中でも特に過激な奴らを追ってるんです」

「へえ〜。KoBみたく、ミドルゾーンの被害を抑えようと? ナッハハ、そういう慈善事業的なハナシは蹴ると思ってたけど」

 

 しかしエルバートは即座に否定した。

 

「ちげーよ、俺らはそんな甘くない。実害出てんだ。……前線じゃ、でかいギルドのバックがあったり、カウンターくらう恐れがあるからか、あまり手出しはして来なかったはずだろ? それがどういうわけか、そいつら最近じゃ攻略組にまでちょっかいだしてきてるんだよ」

「……な、なるほど……」

 

 オレンジプレイヤーが前線の人間に手をだしてきた。

 なぜかそのセリフは、いつまでたってもオレの頭の片隅に居座り続けるのだった。

 

 


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