西暦2023年6月22日、浮遊城第29層。
攻略組に
「そりゃまた物騒な……しかし、攻略組と言ってもピンキリでしょう。DDAにまで噛み付いてくるんですか?」
「今のところ間接的な報告しかない。だが、オレンジ共が調子に乗ってるのは確かで、対策チームを作って調査の派遣をしたんだ。連合のメンバーと数人の情報屋にも頼んだ。……で、これが遅々として進まん」
「あ~、だからさっき情報屋にも頼んだとか。……えっと、あれ……数人の、ってことはもしかして、《クリント・クロニクル》以外にも依頼してるんですか?」
《クリント・クロニクル》。双子の情報屋であり、同時にサブスク方式で定期的にコルを渡す代わりに、時間問わずDDAの依頼を最優先に回す専属プレイヤーを指す。《連合のクリクロ》と言えば、ブランドの力も相まってそれなりに名の知れた者達だ。
だが今回は、そんな直属以外の情報屋にコルを払ってでも
「クリクロ以外の情報屋……となると?」
「ああ、《鼠》と《吟遊詩人》だ。金の積み込みはとことんやってる。抜かりはない、と思うが……」
ミケはそれを聞いて余計に驚いた。
《鼠》とはすなわち、アルゴという女性を指す。デスゲーム最初期から『なんでも知ってる情報屋』、『売れる物はなんでも売る』などのキャッチコピーで活動している有名なプレイヤーである。
自分のステータスやクライアント情報すら売買対象にしてしまう規格外だ。
《吟遊詩人》もあだ名で、プレイヤー名はミンストレル。
陰では『過剰! やりすぎ!』と
そしてなにより重要なのは、彼は危険を
しかし、彼らを
「路頭に迷った負け犬集団と思いきや、結構やるもんですね。連中、そんなに反社会活動が楽しいんすかね?」
「知るか。共感できないから捕まえようとしている」
「なるです。ところで、せめてそいつらの《ギルドネーム》でも判明したりとかは?」
「そうだな、その報告もない。つーか、さっきはギルドと言ったが、まだ実際にギルドとして活動してるんじゃなくて、ただの2人組だ」
「えっ!? たったの2人……!?」
これには、さしものミケもパフォーマンス抜きで声が出た。話半分で聞いていたが、わずか2名に手こずるとは思っていなかったからだ。
敵はよほど豪運なのだろうか。
「とんでもない奴らでな。完全に非マナーを通り越してる。もうトドメの一撃を直接叩き込む以外はなんでもアリみたいなスタイルらしい」
「あっちゃ~。そーいうのって、野放しにしてたらその内ヤっちゃいますよ。マジで」
「わかっているから焦ってる。クリクロの2人を含み、他の情報屋達も一部ネットを共有しながらアジトを特定してる。……だが、目撃情報も一致しない。行ってももぬけの殻で、俺らの動きを監視してるんじゃないかとすら感じるよ」
現実的に考えれば、ただの2人組だけでは、DDAの情報網すべてをかいくぐることはできない。なにかトリックがあるはずだ。
全プレイヤーの監視などゲームの創始者、今や唯一のゲームマスターと化した茅場晶彦にしかできないのだから。
普段から情報屋の優秀さを知るからこそ、アジト1つ見つけられないという事態は尋常ではない。
しかしミケは、この時点で頭の回転を完全に停止した。
「(っておいおい、オレは探偵かっての。自分の仕事じゃねぇんだから、難しいことはエルバートやアッドミラルに任せて、風呂でも入って着替えたらとっとと寝よう)」
正直な話、「今日出会ったアリーシャちゃんが心配! それ以外はどうでもいい!」の一言に尽きる。男連中は自分の身ぐらい自分で守るだろう。
そして、この
「ハッ、バカバカしい……」
それが創作物語だと諦められるほど、ミケも歳を取っていた。
内心それだけを吐き捨てて、その日はさっさと床につくのだった。
翌日。6月23日、午前11時40分。
不足気味だった資材集めをギルドの会計士に頼まれ、午前中いっぱいを使って特殊クエストを4人で4回こなすと、昨日の心配事がまるっきり
「やっほぉ~、せーりゅーのみんなぁ! おっ待たせぇ。どう、今日もキレイ?」
キュルン、と擬音が聞こえてきそうな仕草で髪を撫でるキュートなぶりっ子。
非常に悔しい。ミケにとって、すべてが文句なしに可愛いく映ったからだ。これほどビッチ然としているのに、実は安い女でないことを理解しているがゆえのギャップにクラクラする。
スラッと伸びる腕、
見目麗しい女性プレイヤーというのは、すでに絶滅危惧種に認定されていると思っていたが、なんのことはない。少なくとも目の前に1人いる。人によってはこれを可愛いではなくエロいと表現するだろうが。
「会いたかったよアリーシャちゃ~ん。今から南にある《コッコリーの村》でも回ってみない? あ、村って言ってもはほぼ《街》レベルで発展してるから、結構見応えあるんだよ~。眺めもいいし飯はうまい!」
「オイこらっ、堂々とサボる宣言すな! あとオレの目の色が黒い内にナンパは許さんッ!」
リュパードは女性を見ると高い頻度で声をかけているらしい。だが彼女いない歴なんとやらのミケにとって、自分を差し置いて異性同士でイチャイチャする暴挙は到底許されない。
「んーだよ、おっさんッ! 俺がどうアプローチしようと勝手だろうが!」
「うるさい! あとおっさんじゃない! とにかく、ちゃっちゃと昨日の場所行くぞぉ! モタモタしてっと、まーたウチのギルドの先鋭達がボス部屋見つけちまうっつーの! ステルベン、ケイさん、準備できてる!?」
「早くしろ。こっちは待たされてる」
「言い方、変えた方が得しますよ、ステルベンさん。私らは準備できてます。いつでもオッケーです」
相変わらずステルベンがウザ……もとい、扱い辛かったが、ミケは一生懸命我慢した。彼のほうが強いからだ。
しかし広場を出発しようとすると、アリーシャが手を挙げた。
「はい、アリーシャちゃんどうぞ!」
「そう言えばアタシぃ~、昨日解散したあとヤッバいとこ見つけちゃったの! 昨日よりぜんっぜん弱いモンスターなのにねっ、経験値同じぐらいくれるやつ!」
「んなアホな!? 昨日のスポットは理論値だったはずだぞ」
「あったんだな~これが、いっこ下の層にー!」
話を聞くと、昨日のレベリングスポットより効率的とのこと。そんなモンスターが最前線より下の層で現れるらしい。予想に反して――おっと失礼――有益な発言だった。
ミケ達はこれから数時間ぶっ通しで戦闘を行うことになるため、このネタは非常に興味をそそる。
「(ギルドのためじゃないぞ、決して……)……アリーシャさん。コルは払うから、そこ教えてくれないかな?」
ミケは条件反射で取引に出た。しかしそれこそ、相手をビジネス関係扱いしていることと同義であり、アリーシャ頬を膨らませた。
「やだなぁ~、ミケくん。アタシ言ったよねぇ? 皆といるのが楽しいって! タダとかコルとかじゃなくて、楽しいから案内するの!」
「アリーシャたん……」
その言葉が胸を打つ。きっと彼女は誰と一緒にいてもその輪に入り、しっかり打ち解けるだろう。だからこそ、最初にミケ達に話しかけたのは、神のお恵みだったに違いない。
そして彼女はパワーレベリングスポットについての説明を始めた。
「ほう、こんな28層の迷宮区にそんなモンスターが? 知らなかったな~。リュパードは知ってたか?」
「いや俺も初耳っす」
「実は、最前線はちょっと苦しかった……」とはアリーシャの談で、ミケは彼女のアイテム消費が激しかった理由に合点がいった。
それゆえに、昨日は解散後に1層下で狩りをしていた。偶然見つけたらしい場所について、3Dマップアイテム《ミラージュ・スフィア》でエリアも判明。しかしそこは、ミケを含む全メンバーが知らないスポットだった。相当なラッキーウーマンである。
「ま、でも勝手に決めるわけにはいかないな。予定にはなかったし、みんなの意見が一致したら変更する感じでいこう。ケイさんはどうです?」
「ええ、どちらでも問題ないですよ」
第一関門は突破。
そしていきなり最終関門。
「す、ステルベンはどうだ?」
「好きにしろ」
やはり最終関門は……。
――って、えぇええ!?
「えっ!? いいの? いや、いいならいいんだけどさ……」
珍しい従順さにミケは驚いた。根も葉もないが、彼はサプライズには乗り気になれない人物だと考えていたからだ。どうやって説得したものかと悩んだが、すんなり通ったことは順当すぎて怖いぐらいである。
「まぁ、ともあれ皆オッケーで良かったよ」
「いや、俺聞かれてねーんすけど……」
「さ、そうと決まれば早速転移門だ。方向転しーん!」
「ねえ! 俺聞かれてねーんすけどぉ!!」
リュパードがアリーシャの提案に乗らないはずはない。答えの見えすいた回答を飛ばし、一行は急ぎ足に《転移門》へ向かうのだった。
28層へ移動すると、ミケ達5人は早くも迷宮区の入り口に差し掛かった。
前線より下層のモンスターだけあり、レベルダウン感は拭いようがない。
とは言え、この戦いやすさで同じ経験値がもらえれば儲けもの。強いて問題点を挙げるなら、28層特有のジメジメした気候が肌に張り付き、狩り自体のモチベーションを削ぐことである。
加えて壁面模様が面妖で、遠近感覚を狂わされる。角度によって見え方が変わる近代芸術に似ているだろうか。あまり絵画系のアーティスト事情に明るくないミケも、この強制鑑賞会にはウンザリした。
「この辺か。今んとこそれらしきモンスターとエンカウントはないが……ん?」
発言を止め、あることに気付く。赤目の小型コウモリで、迷宮区における唯一の連絡手段である《メッセンジャー・バット》が、ミケの小パーティに向かって飛んできたのだ。
ゴーレムもどきアイテム、《メッセンジャー・バット》。登場当初こそ価値は軽視されていたが、絶対数の減少からか今では貴重なアイテムとして重宝されている。
原因は低層へ降りてわざわざ専用モンスターを狩らないとドロップされないうえに、NPCによるショップ販売がされていないからだ。
これにより、上級者ほど手に入る機会が遠ざかる。実際ミケも、まさか結晶系アイテムとの額が逆転するとは夢にも思わなかった。
「(いや、でも待てよ……)」
そこでミケは、近づく《メッセンジャー・バット》に対し不可解な点に気付いた。
このコウモリは『同じ層の迷宮区』にいるプレイヤーにしか届かないはずだからだ。宛先は複数設定できるが、これを受け取れるのは差出人にもっとも近かった者のみ。
いったいどうして、宛先にこのメンバーのプレイヤーネームを指定できたのだろうか。
「(え、マジでオレ宛なのか? どゆこと? オレらが今日28層に来たのはまったくの気まぐれだぞ!?)」
やや不審に思いながらも、メンバーに「ちょっと待ってろ」と指示すると、近くで滞空するコウモリの鼻先をタップする。するとコウモリはすぐに凝縮され、次の瞬間にはメッセージウィンドウとしてミケの目の前に表示された。
差出人は《聖龍連合》の2人組専属情報屋である《クリント・クロニクル》が片割れ、クロニクルによるものだった。
《メッセンジャー・バット》は宛先の中で最短距離にいる人物に届く。しかし、迷宮区はあらゆる登録を隔絶させる特徴を持つ。フレンド、ギルドですら例外ではない。
下手な鉄砲数打ちゃ当たるではないが、同層にいる仲間を特定する手段がないことから、誰に届くかは状況次第となる。
事実、宛先にはミケの他にも《聖龍連合》所属の重鎮の名前が列挙されていた。
「(つまり、当てずっぽうか。オレがこれを手にしたのは、あくまで偶然って話だな)」
しかしそのあまりに衝撃的な内容の方は、2度ほど読み返してなお理解が追いつかないほどだった。
「(クリクロの奴らが例のオレンジ野郎を見つけた……っておいおいマジかよ!? 《メッセンジャー・バット》が届くってことは、この層で!? じ、冗談じゃねぇよこんな時に……しかも、場所は遠くない……っ!?)」
《メッセンジャー・バット》が届いた時点でそれは明白だが、ミケは気が動転してそんなことにも気づけなかった。
「ミケのおっさん、顔色悪いぜ? どうしたんだ?」
ウィンドウはデフォルト設定で他人には不可視だが、ミケは
ミケはこの内容を、4人に伝えるか決めあぐねた。
おそらく、クリクロの2人は発見した時点ですぐにでも《メッセンジャー・バット》を送れるように、場所以外の説明文は迷宮区に突入する前にあらかじめ記入しておいたのだろう。その点については彼ららしい周到な用意だ。
「(接点は少ないけど……クリクロの2人だって古い仲間だ。助けを求めているなら……)」
ミケは深く
敵は2人。こちらは5人。このメンバー全員で切り込めば、PoTローテーションが成立する。犯罪者2人組に対し単純な勝算は高い。
しかし、彼らは最大級のタブーである殺人に手を染めかねないと聞く。現状最も危険なプレイヤーとみるべきだ。
もちろん、彼らを拘束できれば間接的には人助けになる。勲章や栄誉がなくても、1人の人間としてとるべき行動がある。
だが……これは、デスゲーム。
ゆえに無頓着なミケですら、自分が敗北し、殺される未来を想像してしまった。
彼我の戦力差は2倍以上だが、低確率で発生するクリティカルヒットを連続で受けた場合、それがもし《ソードスキル》だった場合、戦力的アドバンテージがなくなる可能性は残る。
そのリスクを背負って、戦いを強要できるだろうか。
そしてなにより、モンスターではなく、人を殺せと命令できるだろうか。
――いや、無理だ。
モンスターを狩るのとは意味が違う。部下を危険には晒せない。曲がりなりにも、ミケは彼らの上官にあたる立場。すべきことは、絶対にこの4人を守りきること。この4人を生きて現実世界に帰すことだ。
ミケは戦いに勝つことではなく、クリクロの2人と合流し、仲間の到着まで逃げる考えにシフトした。
「お前ら、今日の狩りは中止だ。全員速やかに迷宮区から離脱して、連合の本部に向かえ。そして28層の迷宮区に
「ちょっ、え……ヤバい雰囲気なのはわかるけど、じゃあミケさんはどうすんだよ!?」
「ちょっとぉ~、ミケくん? アタシなんだか怖いよぉ……」
「…………」
「ど、どうしたんです? なにがあったんです?」
全員の反応を見て、ミケはわずかに口角が上がった。なぜなら、そこに一体感を感じてしまったからだ。
リュパードは
「(へっ、なんだぁ? オレとしたことが、死にに行くみてぇなこと考えやがって……)」
ミケは手短に現状を説明するべく、周りを警戒しながらも口を動かした。
「いいかお前ら、1回しか言わねぇぞ。今この付近に犯罪者集団、俗にいう《オレンジ》どもが複数いる。んで、連合が組織的にそいつらを追ってるわけだが、ただのオレンジじゃない。今のところ1番危険視されてるヤバイ2人組なんだ。……オレはこいつらを野放しにできないし、お前らを危険な目に遭わせることもできない。だから1……その間に援軍を寄越すよう、本部に連絡してほしいんだ」
「はッ!? 今から援軍って、どれだけかかると……ッ」
「……オレだってバカじゃねえ。英雄気取りはしないで、時間稼ぎに徹するよ。……お前らもゴキブリ見たら目を離さねぇだろ? 目を離すと逃げるからだ。クズ人間2人をみすみす逃がして、後になって犠牲者を増やすわけにもいかない。ここで誰かが残らないといけない。だからオレが……」
「ちょっと待てよ! フザけんなッ!」
しかしここでリュパードが血管が切れたように怒鳴り散らすと、ミケは思わず口をつぐんだ。
「信じらんね。ハッ、口では仲間とか言いつつ、アンタは俺らのことまったく信用してないってわけだッ!」
「そういう……わけじゃ……」
「だってそうだろう!? アンタは上官かもしんねえけどな、このクソゲーに閉じ込められた、ただのプレイヤーだ! 根本的なとこは全部一緒だろッ! ……自分だけカッコつけんじゃねぇ。俺は逃げない!」
今度こそミケは息を飲んだ。お調子者としか思っていなかった青年が、正義のためにこの場に残ると言ったのだ。同じギルドとして、同じチームとして、共に戦うと。
そしてそれは、彼だけではなかった。
「連れてきたアタシが1番責任感じてるのに。……こちとらヤる気で来てんのよ? 仲間外れは悲しいな」
「連れて行け。俺もやる」
「私も微力ながら援護します。むしろ、それが1番安全だと思います……」
「おま……えら……」
不覚にもミケは目頭が熱くなるのを感じた。
行動を共にした時間だけなら、せいぜい十数時間。ギルドとしては少ない方だ。されど、重要なのは時間ではない。信頼を築いた過程だ。
「い、言ってくれる。……だがな! 二言はなしだ。全員死ぬな! これは隊長命令だッ!!」
そこまで叫んで、ようやくミケは後ろを振り向いた。
背中を支え合うというなら、戯れ言を信じて前を向く。きっとこのゲームが終わる
「ハァ……ハァ……待ってろよクロニクル……今行くからな……」
ミケの小隊は幻惑的な背景の迷宮区をひたすら走った。
そしてオレンジプレイヤー達と、運命の