SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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オーサムロード3 犯罪の手口(トリック・オブ・クライム)(後編)

 西暦2023年6月23日、浮遊城第28層(最前線29層)。

 

 青い隊服のミケが率いるギルドの《新人育成部門》5人は、ミケを先頭にアリーシャとステルベンが殿(しんがり)を務めるフォーメーションで迷宮区を疾走していた。

 そして先頭のミケが急減速。小隊全員に停止のハンドサインを送る。

 視界の端に捉えた、オレンジ色のカーソルが2つ。タイミング、場所、人数、事前に得ていた大まかなシルエット、すべてを鑑みて断言できることは『間違いない』という確信だった。

 道を塞ぐように佇んで、ミケ達に背を向けている。今まで散々、聖龍連合や情報屋の目を欺き、そして多くの犯罪を幇助(ほうじょ)、助長させた真犯人。

 

「ようやく見つけたぞ、アホンダラ共……」

「あァん……?」

 

 振り返ったフード男の声に驚きがない。おそらく《索敵(サーチング)》スキルなどの熟練度が相当に高く、事前に活用していたと推測される。

 ミケ達の接近を予知していて、それでも逃げなかった。すなわち、脱出を計算にいれたうえで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度をとっているのである。ミケだけは《聖龍連合(DDA)》の正規員のため隊服を着ているが、残り4人は異なることから一行(いっこう)を野良の集まりと考えたのかもしれない。

 

「(ナメられたモンだな。けど、その油断が命取りだ)」

 

 危険人物を確保する目的において、油断はむしろ好都合だった。

 

「余裕ぶるなよカス共が。てめぇら状況わかってんのか? オレたちはあの……」

「ヒヒッ、元気だなァ。DDAの連中は」

「しっ、知ってて……その態度か。……上等だ。こちとら5人がかりだぞ? コソコソ逃げ回ってたみたいだが、火遊びも終わりだ。これからお前らをとっ捕まえて……お、おい……?」

 

 ミケはそこで初めて気付いた。彼らがなぜ、通路を塞ぐ(・・・・・)ように立っていたのかを。

 彼らの向こう側に、一面を覆い尽くすほどのモンスター群がひしめき合っていたのだ。

 しかも《聖龍連合》専属の情報屋、《クリント・クロニクル》の片割れの腕がかろうじて確認できる。(うごめ)く集団に押し潰されたクリントの腕だ。

 彼らは双子の兄弟である。特にプライベートを探ったわけではなく、一卵性ゆえに顔を見れば一発で判明したことだ。がしかし、だからこそ彼らは常に一緒に行動していた。

 あの場には、2人のプレイヤーがいたという推測が成り立つ。

 

「おめぇらの後ろ……く、クリント!? オイッ! てめぇらなんで……っ」

 

 言いかけて思い至る。理解してしまう。2人がこの場でなにをしていたのかを。

 《ブロック》とは、プレイヤーが並んで通路を塞ぐアンチマナー行為である。それをしていたということは……、

 

「ヒャッハハハハッ! 『なんで』だァ!? ウケるぜ!! どう見たって俺らがMoBをトレインして、ニアデスにしたザコを餌にしたに決まってんだろォ!? あとは《ブロック》状態で観戦ってなァ!! ヒャハハァッ!」

「Hey、わかってねぇのは貴様の方だったな。Obseve。でないと、すぐに死んじまうぜ」

 

 2人のオレンジプレイヤーはあざけるように笑った。黒フードの男は挑発役だろうか。ポンチョ姿の男は対照的に穏やかな狂気を感じた。美声だがどこか暗く、頭のねじが吹っ飛んでいる人間の声だ。

 されど、ミケにとって今やそれらの特徴はどうでもいいことだった。

 

「(……ンの、やろうが……!!)」

 

 怒りで我を忘れそうだった。エルバートは言っていた。「直接とどめを刺す以外ならなんでもやる」と。まさに噂通りのサイコパスだ。

 いずれにせよ、敵をすぐにでも無力化して、早くクリントを助ける必要がある。

 ミケの記憶が正しければ、情報屋の双子はショップ販売されるようになった《転移結晶(テレポートクリスタル)》を所持している。しかしそれは、発音してから効果が発動しきるまで、1~2秒はダメージを受けてはならない。失敗時は不発に終わり、どこへも転移されない。

 もっと奥にはクロニクルもいるはずである。2人同時に助けなければ意味がない。

 

「た……助け……て……!!」

「待ってろ! クロニクルもいるんだな!? 今オレが助けに……なッ!?」

 

 ミケは言いよどんだ。頭に血が昇って人数差を活かせない無謀な特攻をしでかす寸前、通路の奥で一面を覆っていたモンスター共が1匹、また1匹と『割れて』いくのが見えたからだ。

 犯罪者2人も奥から迫る実力者を警戒してか、数歩下がる。

 

「ミケさん、あの奥にもう1人います。でもたぶん、おたくの片割れじゃ……」

 

 リュパードが言い切る前に視界が晴れた。

 そして体力を《危険域(レッドゾーン)》の、さらにぎりぎりの位置で留めるクリントと、もう1人……片手剣使いの二枚目の男が立っているのが犯罪者達越しに確認できた。

 

「おめぇは確か……!?」

「ミケさんも来てたんすね! エルバートさんの指示でこっちに来たのは正解だったな」

 

 先日、エルバートとの会話中に耳打ちしたのはまさにこの男、DDA正規隊員のアッドミラルだ。

 彼はエルバートの側近で、最高レベルの装備と実力を兼ね備える。まじめな正義が本人のモットーらしく、規則正しいことと規律を守ることが好きな青年である。

 彼の発言から考えて、おそらくアジトにアタリはつけていたのだろう。そして今、なんの因果か犯罪者2人を挟み撃ちにする形を作り上げた。

 連合はなんの采配(さいはい)か、28層の攻略をあまりしてこなかった。そのうえで相手のアジトにこぎ着けられた理由は、複数の情報屋を利用した策が有効に働いたからだろう。この挟み撃ちは必然の成果である。

 数秒の(にら)み合いが続いたが、青年アッドミラルは影に隠れるクリントに語りかけた。

 

「クリント、お前は転移結晶で飛んでろ。クロニクルの事も今は忘れるんだ……」

「でもぉ……でもぉお!」

「行けッ! 後で弔う!! 今はお前が生き残れッ!!」

 

 そこまで叫ばれてようやく意を決したのか、顔に幼さを残すクリントはふらふらと《転移結晶》を取り出した。そのまま29層主街区の名を口にするが、声は震えていた。

 そしてすぐに青い光に包まれると、その姿を完全に消す。

 ミケ達一行は動揺した。信じがたい事実を聞いてしまったからだ。

 

「アッド……いま、弔うって……オイ、ウソだろッ!!」

「ミケさん!」

 

 通路の後ろからリュパードに名を呼ばれ、ミケはギリギり正気を保つ。そして彼の言葉に耳を傾けると、絶望的な現実がのし掛かってきた。

 真後ろに立ったリュパードがゆっくりと話す。

 

「俺……しばらくソロだったんで、《索敵》の熟練度高いんすけど……もう反応ないです。……たぶん、それがさっきまでいた人……」

 

 視線だけを向け、リュパードの悲痛な目を見てすべてを悟った。その表情とセリフは、1人の死者が出ていることを如実に物語っていたのだ。

 そして今度はアッドミラルが発言者となって、犯罪者を含む全員に聞こえる音量で話した。

 

「俺がもう少し早く来ていれば……けど、お陰で剣は鈍りそうにない。クソ共をぶった斬りたくてしょうがないからな」

「Wow、怖い怖い。それにしてもお前の方(・・・・)はよく俺らの位置を特定したな。それだけは褒めてやるよ」

 

 黒ポンチョの金髪男性は、この期に及んでも薄ら笑いを続けた。ゲームを楽しむかのように、アクシデントに興奮するように、この状況にエンターテイメント性を感じているのかもしれない。

 ミケは内心、度が過ぎなければ穏便に済ませるつもりでいた。これでは説得する気も起きない。おそらく、彼らと解り合える日は永遠に来ないだろう。

 という思考をよそに、長い通路の向こうで油断なく武器を構えたアッドミラルは、怒りの形相のまま声を張り上げた。

 

「今回、《吟遊詩人》と《鼠》で意見が分かれた。クリクロの2人もこっちに来たみたいだが、やられたもんだ……。しかしアルゴはさすがだよ。後でたっぷり謝礼を払おう」

「だけどアッド、オレらがここにいることは知らなかったんじゃ……?」

「もちろん知らなかった。今のミケさんには新人育成の任務もある。……でも、俺は1人でも来たよ。こいつらのやっていることは許されることじゃない!」

 

 アッドミラルまでこの位置を特定できたということは、クリクロの2人が1人ずつ(・・・・)《メッセンジャー・バット》を放ったからだろう。先ほどの宙に滞空していたコウモリの宛先には『アッドミラル』の名もあった。であれば、彼が駆け付けられた理由に説明がつく。

 そして『犯罪者を排除すべし』という、ミケと同じ結論に達した。

 《聖龍連合》に所属している者はたまに過激だが、それはあくまで『仲間を絶対に死なせないため』である。

 博愛主義者ほどまっさきに死ぬ。救える数には限度がある。現実を直視した、ある意味では究極のリアリスト集団。そして根っこの部分では仲間思い。これを再確認できただけで、ミケはこのギルドに加盟してよかったと感じた。

 しかしここでフードを被りながら、手持ちのナイフで遊んでいた男が金切り声を出す。

 

「ウッヒョー! 痺れるね~、聞いててカユくなるッ! けど大事なこと忘れてないか。『正義』ってのはなぁ、勝った奴の特権なんだよッ!! お前らみたいなのを見てると寒気が」

「黙れぇええッ!!」

 

 今度はミケが一喝で場を(しず)めた。通気性が悪い閉鎖空間での叫び声は、自身が想像する以上にこだまして響いたが、戯れ言を吐く男達にこのまま喋らせ続けることはできなかった。

 

「お前ら、斬られる覚悟はできてんだろうなァ!? 連合隊員のクロニクルを殺したんだ! 今さら命乞いなんざするなよ。《圏内》に転移できないお前らは簡単には逃げられない! そしてオレは、もうお前らを許さねぇ!!」

「クックック。ヘッドぉ、どうしますー? こんな茶番、俺もう耐えられねぇっすよ~」

「堪え性のねぇ奴だな。だがスパイスも利いてきた。こりゃいいレセプションになるぞ」

「ミケさん、耳を貸しちゃダメだ! 挟み撃ちで仕留めるっ!」

「おう!」

 

 アッドミラルの声に構えで応えた。意味深な言動を繰り返すことは、追い詰められた犯罪者が頻繁(ひんぱん)に使う古典的な時間稼ぎだからだ。

 対抗策は時間を与えないこと。

 2人を絶対に逃がすわけにはいかない。作戦も現場に来るまでに伝え済ませてある。

 

「リュパード、ステルベン、作戦通りオレに続け! 残りの2人は逃がした時のために待機を……ん?」

 

 そこで、ポンチョ姿の男が不思議な動きをしているのが見えた。

 フード男が「ヘッド」と呼んでいたことから、ポンチョ姿の男は立場が上なのだろう。では、彼の左手を挙げて指を振るあの動作は、隣にいる男に向けてやっているのだろうか。フード男はまったく見ていないように見えるが……、

 その空白に、黒ポンチョの男が1つの言葉を発した。

 

「イッツ、ショウタイム」

 

 この現状の、すべてを逆転させる言葉。

 澄んだ声が戦場を支配する。

 

「ぐあぁああああッ!?」

「な、なにを!? うわぁあっ!?」

「なにッ!?」

 

 後ろからの(・・・・・)の悲鳴に、ミケは無防備にも振り向いてしまった。

 そして信じられない光景を目にした。それはステルベンとアリーシャが、それぞれリュパードとK.Kを攻撃する姿。2人が同時に『オレンジプレイヤー』へ変わる瞬間だったのだ。

 それからは早かった。

 ミケが後ろを振り向いた瞬間、フード男が《投剣》スキルの初級投擲技《シングルシュート》を発動。持っていたナイフで、弱点部位であるミケの首元と心臓に連続でクリティカル攻撃をヒットさせ、その場で倒れ込んでしまう。

 そして遠くで動揺したアッドミラルの武器を、今度は一瞬で肉薄したポンチョ姿の男が持つ大型ダガーで弾き飛ばし、さらに彼の首筋に突き立てて制止していた。

 この間約2秒。あっという間に盤局を(くつがえ)したのだ。

 

「ガッ……なんっだ!? いったいなにが!?」

 

 ミケはせめて情報だけでも得ようと首を捻るも、体全体が麻痺してうまく動かせないことに気付く。

 これは阻害効果(デバフ)の一種、《麻痺(パラライズ)》と同じ現象だ。

 

「くっ、投げナイフに……麻痺毒を……しかも《対阻害(アンチバフ)》スキルを越える濃度か……」

「それだけじゃないわよぉ~、ミケくーん! アタシらの武器にもぜ~んぶ塗布してあるよん! 《クイックチェンジ》って便利よねぇ~」

 

 今度はアリーシャがサディスティックな目で仲間を足蹴にし、地面にひれ伏すミケを見下していた。

 そのサーベルには、見たことのない液体が(したた)っている。《クイック・チェンジ》。メニューウィンドウのアイコンをワンタップするだけで、装備武器を瞬時に変更する機能。

 その言葉を証明するように、《麻痺》状態でリュパードとK.Kがうつぶせに倒れている。2人とも《対阻害(アンチデバフ)》スキルを所有しているが、背後からの一撃は最もその効力が機能しづらい。

 

「はっあぁーい! 気分はどおぉ? あ、そっちの……えぇっとぉ、アッドくんだったっけ~? キミも動かない方がいいよぉ。オトモダチが死んじゃうからねぇ?」

 

 そもそも首もとにダガーを突きつけられ、武器が手放し(ファンブル)状態になっている今、彼は人質など無くても動けない。しかもポンチョ姿の男はだめ出しのようにアッドミラルの剣を遠くへ蹴り飛ばしていた。

 万事休す。あってはならない現象。彼ら2人がこのタイミングでミケを裏切る理由はないはず……、

 

「いや、違う。……そうか、最初からグルだったのか。……ステルベン! お前はオレ達をここへおびき寄せるために……!!」

「ク、ク。違うな。俺はただの『品定め』だ」

 

 ステルベンはマスク越しにそう答えた。ただでさえ低く抑揚(よくよう)のない声は、ひと際冷徹に通路に響いた。

 そして品定めという発言。この世界において、初対面の人物に対して判断できることは3つ。プレイヤーのカーソルカラーとギルドアイコン、あとはデバフステータスだけだ。名前やレベル、また総HP量などは判別できない。だから裏切り者(ステルベン)は、ミケ達に接近することで総合的な実力を測ったのだ。

 そしてターゲットの誘導役。それは……、

 

「その役目はアタシだよーん。メッセンジャー・バットとか来なくてもぉ、ここまでご案内してたってーの~、キャハッ。それで、いい夢見れたぁ? ミケく〜ん、アハハハハッ」

「アリーシャちゃんッ!! どうして……こんな! 一緒に攻略しようって、そう言ったじゃないか! あの言葉は嘘だったのかよ!?」

 

 リュパードの悲痛な叫びは、オレンジ4人の失笑を買うだけで終わった。彼はそれでもめげずに会話を続けようと必死になって口を動かす。

 ミケは彼の狙いを理解した。それは犯罪者の奇跡的な改心などではなく、『麻痺継続時間』。麻痺が解かれるまで、この不毛な問答を続けるつもりなのだろう。もっとも、この状況での成功率は絶望的である。

 

「くそ……でも、そうだよ。俺はタンクだぞッ!? 全身だってミスリルアーマーで覆っている! いくら不意打ちだからって……ぐあァアッ!?」

「よく吠える。雑魚が、喚くな」

 

 ステルベンは地面に横たわるリュパードに、エストックによる2度目の刺突攻撃を放った。

 彼の得物、エストックの別名は『鎧通し』であり、対タンク用のソードスキルはいくつも存在する。これも今や常識となっている。

 リュパードの体力ゲージは多いが、防御体制が取れずノーガード状態。ゆえに、2度目の攻撃で《イエローゾーン》寸前まで差し掛かった。あと3回。あと3回ほどの攻撃でリュパードの死が確定する。

 

「やっ、やめろ! 頼むから……そいつに手を出さないでくれ……」

「ハァッ!? おいおーい! 斬られる覚悟もねぇのに首突っ込んだのかァ!? ブァッカじゃねーの? 今さら命乞いしたっておせーンだよッ! ヒャハハハハ!」

 

 脅しのセリフをそのまま返されても、ミケはひたすら泣いて命乞いするしかなかった。部下を誰1人として失わないようにするためには、泥を噛んで頭を下げるしかない。

 だから……、

 

「お願いだから……許してくれ……」

「ステルベン、アリーシャ。……やれ」

 

 それを最後に、彼ら2人は狂ったように無抵抗な人間を刺しまくった。

 ガシュッ!! ガシュッ!! と血生くさい音が反響する。猟奇的な目を向けて、狂気的な声を上げて、何度も何度も手に持つ武器を振りかぶっていた。

 

「やめろぉおおおぉおおおおっ!!」

 

 だがミケの声は2つの、ガラスを割ったような破砕音にかき消された。

 バリィイッ! という、乾いた音。光の結晶を無数に散らせた音で、空間は静まり返る。

 

「は、オイっ……そんな……」

 

 全身の毛が逆立つ感覚。2人は無惨にも、この世から2つの命を退場させた。

 そこにはもう、彼らの装備していた武器しか残っていなかった。

 

「うっ……わ、気持ちわるっ! サイアク……やっぱトドメはやるもんじゃないわ~」

「そうか。俺は、いい手応えだと、感じたが」

「方針変えたのって今日からなんだっけ? タイミング悪い時に入っちゃったなぁ~。……殺る方は向いてないわ。PoH、アタシこれから誘導専門でお願いねぇ!」

「おいこらアリーシャ! 『トドメ解禁』の記念すべき日だぜぇ!? もっと派手に楽しめよッ! それに、新人がヘッドに意見してんじゃあ……」

「まあいいさジョニー。人にはそれぞれ得手、不得手ってモンがある。そうだろう? 殺しは俺らで十分だしな」

 

 身動きの取れないアッドミラルも怒りと恐怖で震えていたが、しかし文字通り手も足も出ない。

 虚しく反響する苦悶。そして、今さらながらにミケは理解する。アリーシャがポンチョの男を『PoH』と呼んだことを。

 聞いたことがある。常時犯罪フラグを立てているとさえ言われる、攻略行為を妨害している狂ったプレイヤーである。

 

「クソがッ、お前らなァ! 情報屋も探しているんだ!! 逃げ切れると思うなよ!」

「Suck。まぁ、取り逃がした2人もいつかは殺すさ」

 

 クリントは脱出していたが、文脈的に違和感のない答えを導き出すと、逃がした2人とは『アルゴ』と『ミンストレル』のことだろう。間接的に関わったプレイヤーまで殺しの対象としている証左である。

 すると今度は、生殺与奪の権利を奪われたアッドミラルが、時間稼ぎのための会話を投げかける。

 

「くっ……アリーシャさん、でいいのかな? きみは女性だ。前線ではどうしても人の目を引く。今ここで俺らを殺しても、きっとすぐにバレるだろう。だから自首するんだ。そうすればまだ……」

「はぁ? バカねぇアンタ。ぶっちゃけ接点あったのはここの連中だけ。おたくら聖龍とは無関係。街歩いてたってバレやしないわぁ! ……さっき逃げた情けない男にもぉ、顔だけは見られないようにしといたしねぇ~」

 

 アッドミラルに対して小馬鹿にした言い方。今となっては随所(ずいしょ)に違和感が(ひそ)んでいた。

 ミケは過去の自分の愚かさを(なげ)いた。ギルド内で「おいしい話には裏がある」と、耳が痛くなるほど教え込まれたというのに。

 だが、死ねばそれまで。今さらに気付いても2人は生き返らない。だとしても、現状を打破する突破口を探さねばならない。

 

「そうだ……ステルベン! お前はどうなんだ!? マスク顔はともかく、名前は正式に登録されている! お前だけが生き残れば不審に思うだろう。……ギルド脱退が対策になると思うなよ? 名前が判明していれば、どんなエリアにいても追跡できるレアアイテムがあるんだッ! 街や村で『ステルベン』の名前を聞いただけで、DDAは容赦なくお前を殺しに行くぞ!!」

「能無しも、ここまでくると、傑作だな」

「な、に……っ!?」

「《ネームチェンジ・クエスト》。あれは街外れ(・・・)にある。《圏内》にはない。そして俺は、1度もあのクエストを、受けていない」

 

 その緻密(ちみつ)な計画性に、ミケは声が出せないでいた。

 (くだん)のクエストによって名前は簡単に変えられる。それこそミケ自身、ゲーム開始後の初期段階で使用し、『アルテイシア』というネカマ用の名前を変更したことがある。

 ステルベンはニヤリと口元を歪めると、余裕を崩さずに右手でウィンドウの操作をした。

 身長を覆うほどのロングフードが彼を包み、髪とアイカラーを黒から赤へ。さらに口元以外をすっぽりと隠すドクロ型のマスクを装着すると、今度こそ決定的な一言をミケに投げかけた。

 

「名前も、姿も、痕跡はなくなる。元々、未練はない。強いて言えば、次の名を決めていないことか。そうだな……」

 

 もうすぐ麻痺が解ける。

 だが同時に、もうすぐ殺されるのだろうと、ミケははっきりと感じてしまった。逆転の瞬間は訪れなかったのだと。

 

ザザ(Xaxa)……赤目(アカメ)のザザだ。これがいい。PoH、これで条件は、果たしたぞ」

 

 話しながらステルベン……いや、ザザが迫る。利き手に持つ《エストック》カテゴリの得物を不気味に光らせて。

 

「Great。お前はユーモラスに満ちている。きっと満たされた日々を送れるだろう。……そこのミケとかいう奴」

 

 最後にこの世界における大犯罪者が話しかけてきた。

 身動きのとれないミケは、ひたすら耳を傾けるしかない。

 

「冥土の土産だ。俺達5人はギルドを立ち上げ、そのうち『盛大なパーティ』でもって全世界に認知させる。ギルドの名は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。せいぜい地獄で有名にしておけよ」

 

 それを境にPoHと「ジョニー」と呼ばれていた男が、無駄と知りつつ抵抗するアッドミラルを、そしてザザが動けないミケを躊躇(ためら)いなく攻撃した。

 短い悲鳴。目の端に映るHPゲージが見る見る減少していき、ついにレッドゾーンへ。視界が赤く染まり、バーの先端はもうほとんど見えなくなった。

 そして……、

 

「いやっ……だ……いやだあァあああッ!!」

 

 呆気なく、ゼロへ。

 視界が霞む。これは涙だ。

 視界が歪む。これは死の宣告だ。

 視界が消える。カーディナル・システムによってミケの体はポリゴン片となり、バラバラに散っていく。ゆらりと焦点に映る文字は《You are Dead》の短い英文のみ。

 浮遊感だけが佇む、真っ黒な世界。

 

「くそ! ちくしょう!! こんなところでッ! 死ぬわけにはいかないんだ!! 部下のためにも! 残りのプレイヤーのためにもッ!! オレはこいつらを殺して……っ

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 報告。

 『オレンジギルド捕獲作戦』における被害状況。

 死者5名。いずれも《聖龍連合》所属プレイヤー。

 行方不明者1名。こちらも連合の所属で、現在は生死不明。

 捕獲者0名。オレンジカーソルのプレイヤーはなおも逃走中。

 

 《生命の碑》より確認。

 《聖龍連合》ギルドマネージャー『アッドミラル』、専属情報屋『クロニクル』、また即戦力新人育成部隊長『ミケ』、並びにその部隊員『リュパード』、『K.K』の計5名の死亡を確認。

 『ステルベン』隊員についてはプレイヤーネーム変更の痕跡あり。現在の名前、および行方は不明。生存の可能性が高い。現状、位置特定は不可能。

 また、クロニクルの死により、双子の弟である『クリント』が本ギルド脱退を表明。至急、新たな情報網の確立を検討されたし。

 今回の件でオレンジ集団は人数を増やし、より危険な存在になったものと推測される。

 被害状況は甚大かつ深刻。これ以上の損害はリターンに見合わないため、本件からの撤退を提案する。

 

 

 【聖龍連合ギルドマスターへの作戦結果報告】より抜粋。

 

 

 

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