SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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ジャスティスロード3 犯罪の手口(ギミック・オブ・クライム)(後編)

 西暦2023年6月23日、浮遊城第28層(最前線29層)。

 

 見つけた。オレンジ色のカーソルが2つ。タイミング、場所、人数、事前に得ていた大まかなシルエット、すべてを鑑みて断言できることは『間違いない』という確信だった。

 道を塞ぐように佇んで、オレ達に背を向けている。今まで散々聖龍連合や情報屋の目を欺きそして多くの犯罪を支援、助長させた真犯人。

 

「ようやく見つけたぞ、アホンダラ共……」

「あァん……?」

 

 声に驚きがない。おそらく《索敵(サーチング)》スキルと《隠蔽(ハイディング)》スキルの熟練度が相当に高く、それらを事前に活用していたのだろう。

 オレ達の接近を予知していて、同時に脱出を計算にいれた上で余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の態度と言うわけだ。

 ナメられたものである。しかし、その油断が崩壊を招くのだと身を持って知らせてやればいい。

 

「余裕ぶるなよカス共が。てめぇら状況わかってんのか? オレたちはあの……」

「ヒヒッ、元気だなァ。DDAってのは」

「しっ、知ってて……その態度か。……上等だ。こちとら5人がかりだぜ? コソコソ逃げ回ってたみたいだが、火遊びも終わりだ。これからお前らをとっ捕まえて……お、おい……?」

 

 オレはそこで初めて気付いた。

 奴らがなぜ、通路を塞ぐ(・・)ように立っていたのか。そしてその向こうは壁のようで、模様のようで、その実まったく違うものだということに。

 アレは模様などではない。一面を覆い尽くすほどのモンスター群だ。しかも、辛うじて見えるのは《聖龍連合》専属の情報屋、《クリント・クロニクル》の片割れの腕。(うごめ)く集団に押し潰された『クリント』の死にかけの腕だった。

 そしてクリントとクロニクルは双子の兄弟である。特にプライベートを探ったわけではなく、一卵性ゆえに顔を見れば一発で判明したことだ。がしかし、だからこそ彼らは常に一緒に行動していた。

 よってあの場には、2人のプレイヤーがいるという推測が成り立つ。

 

「おめぇらの後ろ……く、クリント!? オイッ! てめぇら何で……っ」

 

 言いかけて思い至る。理解してしまう。この2人がここで何をしていたのか、いま何をしているのかを。

 

「ヒャッハハハハッ! なんでぇ!? なンでと来たよコイツ……ヒャハッ、マジウケる!! どう見たって俺らがMoBをトレインして、ニアデスにしといたこいつらを餌にしたに決まってんだろォ!? あとは《ブロック》状態で観戦ってなァ!! ヒャハハァッ! だてに隠蔽上げてねぇっての!」

「Hey、わかってねぇのは貴様の方だったな。Obseve。でないと、すぐに死んじまうぜ。チェリーボーイ?」

 

 《ブロック》とは、プレイヤーが並んで通路を塞ぐアンチマナー行為である。

 黒フードの男は挑発役だろうか。ポンチョ姿の男は流暢(りゅうちょう)な外国語をすらすらと発音している。と同時に、どこか暗い、危険な声色である。美声だがしかし、頭のねじが吹っ飛んでいる奴の声だ。

 されど、今はそれらのことすべてがどうでもいいことだった。

 

「(……ンの、やろうが……!!)」

 

 何より怒りで血管がブチ切れそうだったのだ。本当に直接とどめを刺すこと以外なら何でもやる奴らなのか。

 いずれにせよ、敵をすぐにでも無力化して、早くクリントを助けなければならない。

 オレの記憶が正しければ、あの双子はショップ販売されるようになった《転移結晶(テレポートクリスタル)》を所持している。しかしそれは、発音してから効果が発動しきるまで、1~2秒はダメージを受けてはいけないのだ。失敗時は不発に終わり、どこへも転移されない。

 もっと奥にはクロニクルの方もいるはずだ。2人同時に助けなければ意味がない。

 

「た……助け……て……」

「待ってろ! クロニクルもいるんだな!? 今オレが助けに……なッ!?」

 

 頭に血が昇ったオレが、人数差を活かせない無謀な特攻をしでかす寸前、実行に移さずに何とかとどまることができた。

 奴らの後ろで通路一面を覆っていたモンスター共が1匹、また1匹と『割れて』いくのが見えたのだ。

 

「ミケーレさん、あの奥にもう1人います。でもたぶん、おたくの片割れじゃ……」

 

 リュパードが言い切る前に視界が晴れた。

 そして体力を《危険域(レッドゾーン)》の、さらにぎりぎりの位置で留めるクリントと、もう1人……片手剣使いの二枚目の男が立っているのが犯罪者達越しに確認できた。

 

「おめぇは確か……」

「エルバートさんの指示でこっちに来たのは正解だったな。ミケさん、来てたんすね! でもアッドって名前ぐらい、いい加減覚えてくださいよ! しょっちゅう呼ばれてるでしょう!!」

 

 言われなくとも思い出した。昨日、オレとエルバートの会話の途中で彼に耳打ちしていたのがこのアッドミラルだ。

 彼はエルバートの側近で、レベルだけなら引けを取らない。まじめな正義が本人のモットーらしく、規則正しいことと規律を守ることが大好きな好青年だ。

 このタイミングで援軍? 助けを求めて本部がそれを受諾、さらにここまで駆けつけるのに時間はかからないものか。

 

「(……いや、時間的に矛盾する。アッドの言い方から察するに、オレンジ共の隠れ家にアタリはついてたってことか……)」

 

 連合は何の采配(さいはい)か、28層の攻略をあまりしてこなかった。

 だのに、ここにこぎ着けられた理由は、複数の情報屋という策が功を成したからだろう。負け惜しみではなく、この挟み撃ちは必然である。

 アッドミラルは影に隠れるクリントに語りかけた。

 

「クリント、お前は転移結晶で飛んでろ。クロニクルの事も今は忘れるんだ……」

「でもぉ……でもぉお!」

「行けッ! 後で弔う!! 今はお前が生き残れッ!!」

 

 そこまで叫ばれてようやく意を決したのか、クリントはふらふらと《転移結晶》を取り出しながら29層主街区の名を口にした。

 そしてすぐに青い光に包まれると、その姿を完全に消す。

 オレは聞いてはならはいことを聞いてしまった。

 

「おいアッド……いま、弔うって……冗談だろ、オイッ!? ウソだろッ!!」

「ミケーレさん!」

 

 通路の後ろからリュパードに名を呼ばれ、ぎりぎり正気を保つ。そして彼の言葉に耳を傾けると、絶望的な現実がのし掛かってきた。

 

「俺さっき……その、クリントって人の向こうに『もう1人いる』って言いましたよね? 俺しばらくソロだったんで《索敵》熟練度高いんすけど、反応あったのは1つです。……たぶん、それがあのアッドミラルって人の……」

 

 リュパードの顔を見てすべてを悟った。その悲痛な趣は、1人の死者が出ていることを如実に物語っていたのだ。

 そして今度はアッドが発言者となって、犯罪者を含む全員に聞こえる音量で話した。

 

「俺がもう少し早く来ていれば……けど、お陰で剣は鈍りそうにない。クソ共をぶった斬りたくてしょうがないからな」

「Wow、怖い怖い。それにしてもお前の方(・・・・)はよく俺らの位置を特定したな。それだけは褒めてやるよ」

 

 黒ポンチョの金髪男性は、この期に及んでも薄ら笑いを引っ込めようとしなかった。ゲームか何かを楽しんでいるように、アクシデントに興奮するように、この状況にエンターテイメント性を感じているのかもしれない。

 クレイジーだ。度が過ぎなければ穏便に済ませるつもりでいたが、これでは説得する気も起きない。おそらく、こいつらと解り合える日は永遠に来ないだろう。

 なんて思考をよそに、長い通路の向こうでアッドが声を張り上げた。

 

「今回、《吟遊詩人》と《鼠》で意見が分かれた。クリクロの2人もこっちに来たみたいだが、ほとんどの連合メンバーはミンストレルを信じて19層の迷宮区に向かっちまったんだ。《記憶結晶(メモリークリスタル)》による証拠映像もあったから仕方がないがな。……でも、エルバートさんだけは俺にアルゴの指示したポイント……つまりここに来るようにと言った。……さすが隊長だよ。まあ、今回はアルゴに軍杯が上がったってことだ。後でたっぷり謝礼を払おう」

「だけどアッド、オレらがここにいることは知らなかったんじゃ……?」

「もちろん知らなかった。今のミケさんには新人育成の任務もある。……でも、俺は1人でも来たよ。こいつらのやっていることは許されることじゃない!」

 

 怖い顔をしたままアッドが叫んだ。

 しかし彼までこの位置を特定できたということは、『クリクロ』の2人が1人ずつ(・・・・)《メッセンジャー・バット》を放っていたからだろう。

 先ほどの宙に滞空していたコウモリの宛先には、確かに『アッドミラル』の名もあったのだ。であるのなら、彼が駆け付けられた理由も説明がつく。

 そして彼もオレと同じ考えに達した。危険を省みず、正義を曲げず、他人を救うためにやれることをやる。そうやって彼らも使命を全うしたのだ。

 《聖龍連合》に所属している連中はたまに過激なことをしでかすが、それはあくまで『仲間を絶対に死なせないため』である。

 博愛主義者ほどまっさきに死ぬ。救える数には限度がある。現実を直視した、ある意味では究極のリアリスト集団。そして根っこの部分では仲間思い。これを再確認できて、オレはそれだけでもこのギルドに加盟してよかったと思える。

 しかしここでフードを被りながら、手持ちのナイフで遊んでいた男が金切り声を出す。

 

「ウッヒョー! 痺れるね~、聞いててカユくなってくるぐらい偽善に満ちた友情だなぁッ! けど大事なこと忘れてないか。『正義』ってのはなぁ、勝った奴の特権なんだよッ!! お前らみたいなのを見てると寒気が」

「黙れぇええッ!!」

 

 今度はオレの一喝で場を(しず)めた。

 通気性の悪い閉鎖空間での俺の声は、自分が想像する以上にこだまして響いたが、戯れ言を吐くあの男にこのまま喋らせ続けることはできなかった。

 

「首を突っ込んだからには、斬られる覚悟もできてんだよなァ!? お前達は連合隊員のクロニクルを殺したんだ! 今さら命乞いなんざするなよオレンジ共。《圏内》に転移できないてめぇらは簡単には逃げられない! そしてオレは、もうテメェらを許さねぇ!!」

 

 ここで彼らは一瞬笑うのをやめたが、次の表情は何かの余韻に浸る屈託のない邪悪なにやけ顔だった。

 

「ヘッドぉ、どうしますー? こんな茶番、俺もう耐えられねぇっすよ~」

「堪え性のねぇ奴だな。だがスパイスも利いてきた。こりゃいいレセプションになるぞ」

「ミケさん、耳を貸しちゃダメだ! 挟み撃ちで仕留めるっ!」

「おう!」

 

 アッドの声には構えて応えた。この際、相手の行動は無視する。おおかた意味深な言動を繰り返すことでオレ達の隙を伺っているのだろう。追い詰められた犯罪者がよく使う古典的な心理戦だ。

 しかし、そうはさせない。

 ここが勝負どころである。奴ら2人を絶対に逃がすわけにはいかない。作戦もここに来るまでに伝え済ませてある。

 

「リュパード、ステルベン、作戦通りオレの後に続け! 突撃系のソードスキルで切り込むから、その後すぐにスイッチだ! 残りの2人は取り逃がした時のために待機を……ん?」

 

 そこで、ポンチョ姿の男が不思議な動きをしているのが見えた。

 フード男が「ヘッド」と呼んでいたことから、ポンチョ姿の男の方が立場は上なのだろう。では、彼の左手を挙げて指を振るあの動作は、隣にいる男に向けてやっているのだろうか。フード男はまったく見ていないように見えるが……、

 その空白に、黒ポンチョの男が1つの言葉を発した。

 

「イッツ、ショウタイム」

 

 この現状の、全てを逆転させる言葉。

 澄んだ声が戦場を支配する。

 

「ぐあぁああああッ!?」

「な、何を!? うわぁあっ!?」

「なにッ!?」

 

 突然後ろで叫び声がして、オレは無防備にも振り向いてしまった。

 そして目に入ってきたのは信じられない光景だった。それはステルベンとアリーシャちゃんが、それぞれリュパードとオーレンツさんを『攻撃』している姿。2人が同時に『オレンジプレイヤー』へ変わる瞬間だったのだ。

 それからは早かった。

 オレが後ろを振り向いた瞬間、フード男が《投剣》スキルの初級投擲技《シングルシュート》を発動。持っていたナイフで、弱点部位であるオレの首元と心臓に連続でクリティカル攻撃をヒットさせ、そのままオレはその場で倒れ込んでしまう。

 そして遠くで動揺したアッドの武器を、今度は一瞬で肉薄したポンチョ姿の男が持つ大型ダガーで弾き飛ばし、さらに彼の首筋に突き立てて制止していた。

 この間約2秒。ものの2秒ほどで、盤局を変えたのだ。

 

「ガッ……なんっだ!? いったい何が!?」

 

 せめて情報だけでも得ようと首を捻ろうとするも、体全体が麻痺してうまく動かせないことに気付く。

 これは阻害効果(デバフ)の一種、《麻痺(パラライズ)》と同じ現象だ。

 

「くっ、投げナイフに……麻痺毒を……しかも《対阻害(アンチバフ)》スキルを越える濃度か……」

「それだけじゃないわよぉ~、ミケくーん! アタシらの武器にもぜ~んぶ塗布してあるよん! 《クイックチェンジ》って便利よねぇ~」

 

 今度はアリーシャちゃんが……いや、アリーシャの奴がサディスティックな目で仲間を足蹴にし、地面にひれ伏すオレを見下していた。

 その言葉を証明するように、《麻痺》状態でリュパードとオーレンツさんがうつぶせに倒れている。

 

「はっあぁーい! 気分はどおぉ? あ、そっちの……えぇっとぉ、アッドくんだったっけ~? 君も動かない方がいいよぉ。動くとオトモダチが死んじゃうからねぇ?」

 

 そもそも首もとにダガーを突きつけられ武器が手放し(ファンブル)状態になっている今、彼は人質など無くても動けない。しかもポンチョ姿の男はだめ出しのようにアッドの剣を遠くへ蹴り飛ばしていた。

 有り得ない。あってはならないはずだ。目の前の光景が全部信じられない。現実感なんてものは微塵もない。彼ら2人がこのタイミングでオレらを裏切る理由なんて……、

 

「いや、違う。……そうか、お前らは最初からグルだったのか。……ステルベン! お前はオレ達をここへおびき寄せるために……!!」

「ク、ク。違うな。俺はただの『品定め』だ。殺せるかどうか、確認するだけに、過ぎない」

 

 この世界において初対面の人物に対して判断できることは3つ。プレイヤーのカーソルカラーとギルドアイコン、あとはデバフステータスだけだ。

 よって名前やそのレベル、また総HP量などは判別できない。だからこいつは、オレ達に接近することで総合的な実力を探ってきたのだ。

 そしてターゲットの誘導役。それは……、

 

「その役目はアタシだよーん。メッセンジャー・バットとか来なくてもぉ、ここまでご案内してたってーの~、キャハッ。それで、いい夢見れたぁ? ミケく〜ん、アハハハハッ」

「アリーシャちゃんッ!! なんで……どうして、こんな! 俺らこれから一緒に頑張ろうって、そう言っていたじゃないか!? あの言葉は嘘だったのかよ!?」

 

 リュパードの悲痛な叫びは、オレンジ4人の失笑を買うだけで終わった。彼はそれでもめげずに会話を続けようと必死になって口を動かす。

 彼の狙いは読める。それはきっと『麻痺継続時間』だ。麻痺が解かれるまで、この不毛な問答を続けるつもりなのだろう。もっとも、この状況での成功率は絶望的であるが。

 

「くそ……でも、そうだよ。俺はタンクだぞッ!? 全身だってミスリルアーマーで覆っている! いくら不意打ちだからって……ぐあァアッ!?」

「よく吠える。雑魚が、喚くな」

 

 ついに2度目の刺突攻撃を、地面に横たわるリュパードに放った。

 理解している。エストックの別名は『鎧通し』である。対タンク用のソードスキルだっていくつも知っている。

 リュパードの体力ゲージは比較的多いはずだが、防御体制が取れずノーガード状態ゆえに、今の攻撃でほぼ《イエローゾーン》に差し掛かっていた。あと3回。あと3回ほどの攻撃でリュパードが死んでしまう。

 

「やめろっ、やめてくれぇ! 頼むから……そいつに手を出さないでくれ……」

「ハァッ!? おいおいおーい! 斬られる覚悟もねぇのに首突っ込んだのかァ!? ブァッカじゃねーの? 今さら命乞いしたっておせーンだよッ! ヒャハハハハ!」

 

 言ったことをそのまま返されても、オレはひたすら泣いて命乞いするしかなかった。部下を誰1人として失わないようにするためには、オレが泥を噛んで頭を下げるしかない。

 だから……、

 

「お願いだから……許してくれ……」

「ステルベン、アリーシャ……やれ」

 

 それを最後に、彼ら2人は狂ったように無抵抗な人間を刺しまくった。

 ガシュッ!! ガシュッ!! と血生くさい音が反響する。猟奇的な目を向けて、狂気的な声を上げて、何度も何度も手に持つ武器を振りかぶっていた。

 

「やめろぉおおおぉおおおおっ!!」

 

 だがオレの声は2つの、ガラスを割ったような破砕音にかき消された。

 バリィイッ! という、乾いた音。光の結晶を無数に散らせた音で、空間は静まり返る。

 

「は? な、おいっ……そんな……」

 

 全身の毛が坂立つような感覚。奴らは無惨にもオレの願いを無視して、この世から2つの命を退場させた。

 そこにはもう、生命が存在していた痕跡は、彼らの装備していた武器しか残っていない。

 

「うっ……わ、気持ちわるっ! サイアク……やっぱトドメはやるもんじゃないわ~」

「そうか。俺は、いい手応えだと、感じたが」

「方針変えたのって今日からなんだっけ? タイミング悪い時に入っちゃったなぁ~。……殺る方は向いてないわ。PoH、アタシこれから誘導専門でお願いねぇ!」

「おいこらアリーシャ! 『トドメ解禁』の記念すべき日だぜぇ!? もっと派手に楽しめよッ! それに、新人がヘッドに意見してんじゃあ……」

「まあいいさジョニー、人にはそれぞれ得手、不得手ってモンがある。そうだろう? 殺しは俺らで十分だしな」

 

 身動きの取れないアッドも怒りと恐怖で震えていたが、だからといって何もできない。

 

「くそッ、クッソォオオオっ!!」

 

 虚しく反響する。だが当然、彼らはそれに動じることはなかった。

 それに、オレは先ほど聞いてはならない名前を聞いた。アリーシャはポンチョの男を『PoH』と呼んだのだ。こいつは聞いたことがある。常時犯罪フラグを立てているとも言われている、攻略行為を妨害している狂ったプレイヤーである。

 

「くそッたれがァッ!! 許さねぇぞ! お前らは情報屋も探している!! すぐにでも見つけだして追い詰める!」

「Suck、そういや取り逃がした情報屋が2人いたか。いつかは殺しといた方がいいかもな……」

 

 クリントは脱出していたが、文脈的に違和感のない答えを導き出すと、逃がした2人とは『アルゴ』と『ミンストレル』のことだろう。こいつらは間接的に関わってくるプレイヤーまで殺しの対象内として捕らえているのだ。

 すると今度は、生殺与奪の権利を奪われたアッドが犯罪者共に時間稼ぎのための会話を投げかける。

 

「くっ……アリーシャさん、でいいのかな? 君は女性だ。前線ではどうしても人の目を引く。今ここで俺らを殺しても、きっとすぐにバレるだろう。だから自首するんだ。そうすればまだ……」

「はぁ? バッカじゃないのぉ。顔が割れたってぇ、ぶっちゃけ接点あったのはこの連中だけ。おたくら聖龍とは無関係なの。街歩いてたってバレやしないわぁ! ……さっき逃げた情けない男にもぉ、顔だけは見られないようにしといたしねぇ~」

 

 アッドに対して小馬鹿にした言い方。今となってはなぜあの態度に違和感をもてなかったのかと、過去の自分を殴りたくなる。ギルド内で「おいしい話には裏がある」と、耳が痛くなるほど教え込まれたというのに。

 だがそんなことをしても、今さら何に気付いても、リュパードとオーレンツさんが生き返ることはない。それでも……だとしても何か、現状を打破する突破口を探さねば。

 生き残りさえすれば、オレはこいつらに報復することができるのだから。

 

「そうだ……ステルベン! お前はどうなんだ!? 顔はギルドの何人かに知れ渡っているし、名前だって正式に登録されている! お前だけが生き残れば誰だって不審に思うだろう。……ギルド脱退が対策になると思うなよ? 名前が判明してさえいば、迷宮区にいない奴をマップ追跡できるレアアイテムもあるんだッ! 街や村で『ステルベン』の名前を聞いただけで、聖龍連合は容赦なくお前を殺しに行くぞ!!」

「能無しも、ここまでくると、傑作だな」

「な、に……っ!?」

「《ネームチェンジ・クエスト》。あれは街外れ(・・・)にある。そう、《圏内》にはない。俺はいつでも、受けられる。そして俺は、1度もあのクエストを、受けていない」

 

 その緻密(ちみつ)な計画性に、オレは声が出せないでいた。

 確かにあのクエストを利用すれば簡単に名前を変えられる。それこそオレ自身、ゲーム開始後の初期段階で使用し、『アルテイシア』なんていうネカマ用のふざけた名前を変更したことがあるのだ。

 そしてあのクエストは、逆に言えば『1度だけなら誰でも受注できる』という権利があるということになる。奴らはそれを悪用しようと言っているのだ。

 

「だが顔は……見られた顔はどうする!? お前のツラだって連合の一部は覚えているぞ? 今後、一生街に入れないのは変わってねぇんだよッ!!」

 

 だがそれを聞いたステルベンは、にやりと口元を歪めると、余裕を崩さずに右手でウィンドウの操作をする。

 すると、彼の身長を覆うほどのロングフードが彼を包み、髪とアイカラーを黒から赤へ。さらに口元以外をすっぽりと隠すドクロ型のマスクを装着すると、今度こそ決定的な一言をオレに投げかけた。

 

「名前も、姿も、変えれば問題ない。元々、未練などない。これが本来の姿。強いて言えば、次の名を決めていないことか。そうだな……」

 

 もうすぐ麻痺が解ける。

 だが同時に、もうすぐ殺されるのだろうと、オレははっきりと感じてしまった。逆転の瞬間は訪れなかったのだと。

 

ザザ(Xaxa)……赤目(アカメ)のザザだ。これがいい。それとPoH、これで条件は、果たしたことに、なるんだな?」

 

 話しながらステルベン……いや、ザザが迫る。利き手に持つ《エストック》カテゴリの得物を不気味に光らせて。

 

「Yesだ、ザザ。そいつのキルで約束通り。お前はユーモラスに満ちている。きっと満たされた日々を送れるだろう。……そこのミケーレとかいう奴」

 

 最後にこの世界における大犯罪者がオレに話しかけてきた。

 身動きのとれないオレは、ひたすら耳を傾けるしかない。

 

「冥土の土産だ。俺達5人はギルドを立ち上げ、そのうち『盛大なパーティ』でもって世界全体に認知させる。……ギルドの名は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。せいぜい地獄で有名にしておいてくれよ!」

 

 それを境にPoHと「ジョニー」と呼ばれていた男が、無駄と知りつつ抵抗するアッドを、そしてザザが動けないオレを躊躇(ためら)いなく攻撃した。

 目の端に映るHPゲージが見る見る減少していき、ついにレッドゾーンへ。視界が赤く染まり、バーの先端はもうほとんど見えなくなった。

 そして……、

 

「いやっ……だ……いやだあァあああッ!!」

 

 呆気なく、ゼロへ。

 視界が霞む。これは涙だ。

 視界が歪む。これは死んだからだ。

 視界が消える。カーディナル・システムによってオレの体はポリゴン片となり、バラバラに散っていく。ゆらりと焦点に映る英文字は《You are Dead》の短い文のみ。

 ここは浮遊感だけが佇む、真っ黒な世界。

 

「くそ……クソっ! ちくしょう!! オレはこんなところでは死ねないッ! 死ぬわけにはいかないんだ!! 部下のためにも! 残りのプレイヤーのためにもッ!! オレはこいつらを殺して……っ

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 報告。

 『オレンジギルド捕獲作戦』における被害状況。

 死者5名。いずれも《聖龍連合》所属プレイヤー。

 行方不明者1名。こちらも連合の所属で、現在は生死不明。

 捕獲者0名。オレンジカーソルのプレイヤーはなおも逃走中。

 

 《生命の碑》より確認。

 《聖龍連合》ギルドマネージャー『アッドミラル』、《聖龍連合》専属情報屋『クロニクル』、また即戦力新人育成部隊長『ミケーレ』、並びにその部隊員『リュパード』、『オーレンツ』の両2名を含み、計5名の死亡を確認。

 残りの隊員についてはプレイヤーネーム変更の痕跡あり。現在の名前、および行方は不明だが、生存している可能性が高い。連絡手段の一切は遮断され、位置特定も不可能と思われる。

 また、クロニクルの死により、彼の双子の弟である『クリント』が本ギルド脱退を表明。至急、新たな情報網の確立を検討されたし。

 オレンジからの捕縛者は皆無。加えてオレンジの数人は本格的にギルドを立ち上げ、人数を増やしたことでより危険な存在になったものと思われる。ギルドネームは現在特定中。

 被害状況は甚大かつ深刻。本ギルドはこれ以上の損害を被るわけにはいかない。

 この一件から、手を引くことをここに提案する。

 

 

 【聖龍連合ギルドマスターへの作戦結果報告】より抜粋。

 

 


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