SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第七章 笑う棺桶
第44話 人質救出作戦(前編)


 西暦2023年10月14日、浮遊城第43層。

 

 ギルドに加盟するメンバーが常に多人数行動をしているかというと、実態は少し違う。その比率が多いのだとしても、プライベートな時間は必ず設けられている。それは大規模ギルドでも例外ではない。

 かの有名な血盟騎士団(KoB)の団長や副団長にもオフの日があると聞く。もっとも、彼らには中小ギルドには回している余裕のない『護衛』と言うオプション付きではあるが。

 ――ボディガードが子供につくなんて、自国の感覚からはなじみもないが……。

 

「(ま、そーいう意味じゃあ小さいギルドで良かったわ)」

 

 上下関係を意識しながら、ヘコヘコ頭を下げるのも頭を下げられるのもさすがにガラではない。

 その点、ロムライルには感謝しなければならないだろう。こうして何気ない観光を楽しみながら、時折り目に入るサービス精神旺盛な女性NPCを眺められる自由な時間も与えられているわけなのだから。

 と、思っていた時期が俺にもありました。

 

「それでね、その42層のボスにラストアタックを決めたギルドなんだけど覚えてる? っていうかあたしの話聞いてる?」

 

 てくてくと横を並走、ならぬ並歩しているのは、現存する唯一の女性ソロ攻略組と名高いヒスイ。

 今日は鉢合わせたのではなく、会うべくして合流している。

 43層の古めかしい静かな街と景色に、久しぶりに感銘を受けながら歩いていた午後。

 珍しくかかとが上がっているブーツで駆け寄った彼女。歩きづらいだろうに、この時点で違和感満載である。

 というのも、着ている服にもやたら新品のような光沢があり、丈の長いタックワンピースとハイソックスのスキマからは、あろうかとか絶対領域がチラ覗き。厚手のジャケットありきとはいえ、10月半ばにしてはやや薄着なのである。

 なんだこれ。エロい。

 普段ナチュラル最低限なだけに、化粧もいつになく奮発しているご様子である。髪型もわずかに手が込んでいるだろうか。前髪は左から大きく耳にかけ、右側は軽く三つ編みにに()って一房垂れている。ストレートだった髪の先端もシュシュらしき布で束ねていた。

 

「(逆に緊張するんすけど……)」

 

 ザ・いつも通りで来た俺は冷や汗ものである。

 何にせよこの大胆さは見慣れない。おまけに、ちょっと近寄ると鼻腔(びこう)をくすぐる『女の子のニオイ』が脳髄を溶かしに来るではないか。げに恐ろしきは魔性の変身術よ。

 対して俺の悲惨なこと。左ひじにゴツい竜骨の籠手と風情に合わない軽甲冑、腰巻マントの文様はまさかのダサい矢絣(やがすり)。なまじ性能重視なアクセは、コーデに合わないバイバルのネックレスで、靴に至っては色をカスタマイズすれば運動靴である。

 

「(なんでコイツこんなに気合入ってンだ……?)」

 

 つい思ってしまう。

 待ち合わせはしたものの、デートをしに来たつもりはないからだ。

 だいたい、攻略組とあればレベリングかマッピング。せいぜい効率的な昼休憩に赴いていなければならない時間である。

 個人的には普通に嬉しいのだが、裏を警戒してしまうのはやはりソロ活動をしていた時の(サガ)だろう。

 しかし俺があまりにもヒスイに関心を向けなかったからか、何だか()ねたようにアインクラッドの現状、すなわち最近台頭してきた超好戦的ギルドについて彼女は延々と語り出している。

 

「(ちょいとワリーことしたかな。その服カワイイね、とか言えば良かったのかな……いや……)」

 

 無理だ。というより、無駄だ。発言には流れというものがある。

 あまり踏み込みすぎると非常に悲しい勘違いを起こし、そのままうつつを抜かしてしまいそうになるので、当たり障りなく場を誤魔化すとしよう。

 

「そもそも知らねんだよな~他のギルドのこととか。えぇとなんだったっけ、マフィン……コフィン、だっけ?」

「ずいぶんラブリーな棺桶ね。って、だいたい聞いてるじゃない」

「ん~っと……カフェイン、コカイン?」

「わざとやってるでしょ!」

 

 半ば呆れた口調で溜め息をついているが、俺とてボスにラスト決めた人間は、顔も名前も所属ギルドもいちいち記憶に留めてはいない。人数が多すぎるからだ。同じように、俺が21層のボスにラストを決めたことも、すでにみんな忘れているだろう。

 ちなみにヒスイ曰く、彼らのギルドは直近の41層戦にも参加していたらしいが、限りなく皆勤賞を果たしているはずの俺のメモリーにも、そのギルドネームはどうやら保存されていなかったようだ。

 

「知らんがな、英語なんて。……そりゃあ、だいぶ前に英語勉強するとは言ったけどさ。SAOには参考書とか売ってねぇし。……で、そいつらがどうしたって? 何か悪さでもしてんのか?」

「そ。なんでも、味方部隊をジャマしてまでラストを狙っただとか」

 

 適当に答えたつもりが的を射ていたらしい。

 最近は俺の所属するギルド、《レジスト・クレスト》のことで手一杯だったため、あまり世間様に目を向けていなかったが、その弊害(へいがい)がこんなところで頭をもたげてくるとは。

 

「ん? ってかラフィン・コフィンって確か……ああ! こないだ有志新聞の端っこに載ってたやつか。レベルはせいぜい『準』のくせに、やたら装備が一級品で、顔も隠してて付き合い悪くて、ついでにデコボコ集団なのにメッチャ攻撃的な少数精鋭ギルドだろう? 思い出した、思い出した。あったなそんなとこ」

 

 顔合わせの回数は未だ少ないものの、記憶がリボーンした。そのギルドの悪名はよく広まっている。

 人前に姿を見せる時は、プレイヤーカーソルは常にグリーン。しかし、彼ら行動を共にしたプレイヤーが行方不明になってしまったり、あるいはゲームオーバー、つまり『死んで』しまったりと怪しい噂が後を絶たないギルドだ。

 だが証拠はない。なぜなら、この世界には戦闘経過記録(コンバットログ)やダイアログボックスといった、いわゆるプライバシーを探れるヒストリが存在しないからだ。

 しかもプレイヤーを隔てるのは『攻撃したか、していないか』である。中間はないし、『殺したか、殺していないか』で仕分けすることができない。これは主にケンカっ早いDDAのことだが、多少の暴力紛いの行為でオレンジになる者も少なからず存在するし、彼らが人殺し(PKer)とは断定できない。

 いかに疑わしくても、モンスターによって殺された可能性も十分に考えられるため、一概に彼らを責められないのが現状である。

 しかし表舞台に現れる場合、毎度メンバーの一部、または全部が入れ替わっていることが多いのもまた事実。その際、オレンジとなったプレイヤーは《圏内》に帰らず、カルマ回復を済ませた『待機組』と入れ替わることで、まるで犯罪を誤魔化しているのでは? とも噂されているほどだ。

 いずれにしても、真相は定かではない。

 

「そうそれよ。通称は『ラフコフ』って言うらしいんだけどね。かなり調子に乗っているらしくて、アスナがほとほと困ってるみたいなの」

「ほーう。KoBが手を焼くほどってことは、もしかしたらホントはでかいギルドなのかもな」

「う〜ん、どうだろ。人数というより、彼らのやり方に乱されてる感じだったわ」

「そっか。……まあ考えてみりゃ、軍が退場している今、そんな人数がどこからわいたんだって話になるか」

 

 一瞬頭を()ぎった可能性を、俺はすぐに捨てた。

 KoBに真っ向から反発できるのは、俺の知る限りあの聖龍連合(DDA)だけ。泣く子も黙る、DDA。余談だがこのアルファベット3文字を聞いた当初、何の英語を略したのかがわからず、後でその由来を聞いてからその厨二臭さに心震えたものだ。

 ――ちょっとだけだぞ?

 

「でもまさか、それ全員が攻略組じゃないだろう? 大変なのはむしろ、治安維持に忙しい軍の方なんじゃないのか。仕事増えてるのあいつらだろ」

 

 犯罪被害、なんて聞くと仰々しいが、実際その多くはボリュームゾーンに留まっている。

 それに、俺がここ最近で聞いた中で最も悪質だったのは《はじまりの街》にいる子供プレイヤー数人の誘拐事件ぐらいだ。

 犯人は未だ捕まっていないらしい。

 子供は騙されやすいと聞く。きっと何らかの八つ当たりで、心の荒んだプレイヤーの犯行だと推測できる。気の毒ではあるが、SAOが殺伐とした世界となり果てたのはすでに1年も前の話。

 結論から言うと、俺達のギルドに今のところ実害がない以上、他人の不幸に興味は持てないということだ。

 

「それがねぇ、そうでもないのよ。わかっててやってるんでしょうけど、KoBが情報の開示をしていることをいいことに、レベリングスポットを独占しようとしたり、あとは巡回ルートに居座って領土の権利を主張したりでもうやりたい放題なの」

「へ、へぇ。かかわらねぇようにしよっと……」

「しかもね、これ幸いとDDAの連中がKoBにちょっかい出すようになったのよ。敵の敵は味方的な? なんだか、聞いててアスナが可哀想になってきちゃって……」

「……なあ、俺がバカなのはもう認めるけど、何となくその犯人わかっちゃったわ」

 

 今度は俺が溜め息を吐く番だった。誰がどう考えてもそのラフコフとやらの存在は、DDAにとって都合が良すぎる。

 なにせラフコフは結成されたばかりで、人数は中規模。だのにDDAとの連携でKoBが迷惑を被っているときている。別働隊(ラフコフ)を利用して印象操作やレベルアップを謀り、一気にトップに躍り出ようとするのはナイスな予想だろう。

 都合のいい存在とは、ポッと出で現れて味方してくれるものではない。

 

「それ絶対DDAのメンバーだって。おおかた『最強ギルド』とか言われだしたKoBにギャフンと言わせるタイギメーブンが欲しかったんだろう」

「『ギャフン』って……イマドキ言うの……?」

「ま、俺の言い方はとにかくだ。DDAは知っての通り、ムカついた奴には脅しにかかる、ってな前科持ちがわんさかいる。いや、それどころかメンバーの数人が同時に……その、殺されたってウワサの……」

「ええ。……28層であった事件ね……」

「そうそれ。当時の最前線は30層だったか? 連中、そん時から一時オレンジ化もお構いなしだしな。正確には5人ぐらいだったよな、死んだの」

「あたしもそう聞いたわ。……ひどい話よね」

「……まあ、結局はやられたらやり返す方針だ。そのラフコフとやらも、正規の連合隊じゃないならヤトった連中かなんかだろ」

 

 日本特有な和のなごみと情緒(じょうちょ)が漂う、緑豊かな坂道。男女2人で歩いている割には、なかなか興の削がれる会話だった。

 がしかし、こちらも攻略組である。

 その最たる大ギルドのいざこざに巻き込まれたら、いち個人としてはたまったものではない。実際、DDAが暴走し始めた30層といえば、ケイタがPoH達に殺された層でもあるのだ。そのせいで俺とDDAとが互いにイラついたまま遭遇(そうぐう)し、派手に衝突してしまった過去もある。

 とそこで……、

 

「んん? あれ、アリーシャかな?」

「え……だ、だれ……?」

「ほら向かい走ってる人。女だからてっきりヒスイも知ってると思ってたけど。……ってあれ? こっち来てる?」

 

 新たなる花……もとい、女性プレイヤーが俺達の元に小走りで駆け寄ってきたのだ

 俺すら舌を巻くほどの一級品装備を身につけ、苦手なはずのウェーブのかかった金髪ではあったが、嫌悪感より親近感が湧くのはなぜだろうか。

 そんな彼女が目の前で停止。ついでに胸元を見せつけるように突き出し、はぁはぁと息も絶え絶えに膝に手を添えるポーズがわざとらしい。

 ――いや、この際どさはワザトだ。

 何となくカンがそう言っている。どういう采配か、隣りにいる黒髪の女からも本日に限って同じ香りがするのだが、はて……。

 だが心に()い寄るよこしまな感想もほどほどに、女の方から話しかけてきた。

 

「はふぅ、みっけたぁ〜」

「よ、アリーシャじゃねぇか。最近よく見かけるけど、どした?」

「よかったぁ、アタシのこと覚えててくれて。3回目ね、ジェイド君。また会えてアタシ嬉しいなぁ~」

 

 彼女はここ3週間ほどで急激に知名度を上げた女性プレイヤー、アリーシャだ。

 二世のような鼻の高い顔立ち、スラっと伸びた整形を疑う細い脚とくびれ、尋常ではない芳醇(ほうじゅん)な果実……まあ、胸。

 しかし見た目に反した孤独事情も把握している。ソロと言うわけではないが、彼女にはこれといった所属ギルドがあるわけではなかったのだ。

 それこそ、たわわな見た目から各所を転々とできる環境が、今なお彼女を1つの組織に縛らないのかもしれない。

 もっとも、基本はソロでも、護衛やら依頼やらをこなして生計を立てるプレイヤーだって存在している。《吟遊詩人》と名高いミンストレルの専属護衛も、元を辿ればそれの延長だ。

 そしてアリーシャもその内の1人だったのだが、約1週間前に彼女と長々と会話してしまったがために、お互いの顔と名前はよく知る仲となっている。最近よく見かけると言っても、前線にいるから見かけるだけで深い意味も特別な感情もないが。

 

「……ね、ねぇジェイド。……この人はナニ? よ、よく会ってるの……?」

 

 ふと不穏なオーラを感じて振り向くと、そこには綺麗な黒髪が全部逆立ちそうなほど邪気を放ち、デンジャラスレヴェルの冷たい眼を俺に向けるヒスイがいた。直接視線を交わしでもしたら、きっと石にされそうな眼だ。

 

「(うっ、俺なんか悪いことした? ……)……え、えぇっとだな。こいつはアリーシャと言って前々層から、その……」

「…………」

 

 「そんなこと聞いてない。この女とどんな関係かと聞いている」なんて、被害妄想じみた声が聞こえてきそうな顔だった。脳に直接声が聞こえてくる的な。

 その剣幕に俺は押し黙ってしまうが、アリーシャはこの状況を楽しんでいるかのごとく軽い口調でヒスイに話しかけた。

 

「あら~? 気付かなかったわぁ、アナタ《反射剣》とか呼ばれてる子よね? アタシはアリーシャ。以後よろしく。ちょっとジェイド君お借りしてもよろしくてぇ?」

 

 金髪たれ目の煽りが酷い。しかもブチンッ、と音が聞こえた気がした。

 さらにびしぃっ! と指をさして髪を激しく(なび)かせながら、ヒスイがアリーシャに抗議する。

 

「いいわけないでしょ! だいたい何なのあなた!? 後から出てきて図々しいにもほどがあるわ!」

「やぁだぁ~、怒鳴らないでくださるー? 暴力はんたぁい。……あ、もしかしてぇ、あたしの愛しいジェイド君が取られちゃうー、とか思っちゃったの~?」

「な……なぁっ……ち、がうわよ! あたしはジェイドと先に約束してたの! もう何週間も前から会おうって言ってたのっ! だ……だから今日は……あたしが……」

 

 ヒスイの顔が熱せられた鍋に投下されるエビのごとくみるみる赤くなっていった。そして変色の進行が耳朶(みみたぶ)辺りまできたところで、そのまま俺を間に挟んでケンカが始まってしまった。

 当の俺はというと、背中に滝のような冷や汗が流れている。

 アリーシャはヒスイの反応に合わせて絶対わざとからかっている。タチの悪い女だが、ムキになっていたことを自覚したのか、少しずつヒスイの勢いが削がれている。

 それにしても、近い内に会う約束をしたのは本当だったが、別に今日だと限定していたわけではないし、そもそも彼女がここまで必死になるとは思ってもみなかった。

 ゲーム開始から3ヶ月に9層迷宮区の《安全地帯》。

 半年後は22層主街区である《コラルの村》付近。

 そして9ヶ月後は36層で初めて解禁されたニューステージ《圏外村》。そこで俺達2人は、なし崩し的に昼食をとっていた。

 そして来月で1年。つまり、成り行きで決まった3ヶ月に1度の昼食イベント――現に俺は、頃合いを見て腕の立つNPC経営のレストランを紹介するつもりだった――の月となる。

 もちろん俺自身、内心では楽しみにしていた。しかし昼食をご一緒する約束は来月のはずで、ここ数日での『会う約束』とやらはただ飯をどこで食うか決める話をする程度だったはず。5分もあれば済む話だ。

 避ける理由もないので、情報交換等の会話については文句などない。だが、それは面倒事が引き起こされなければの話である。

 

「(平和に済むと思ったんだけどなぁ……)」

 

 言い合って疲れたのか、ちょっとだけ黙りこくる彼女たち。

 その場には威嚇(いかく)だけで牽制し合う3人だけが佇むことになる。威嚇し合うと言っても、女性陣2人が龍と虎なら俺は無力な小動物のそれだが。

 もはや逃れる術はない。もしかしたら流れを止めるタイミングを逃し、不悉(ふしつ)を貫いた俺が悪かったのかもしれない。

 クラインあたりに見られたら終わりだ。彼の口にはチャックがない。むしろ歩くスピーカー。

 だがしかし、こうした修羅場を(さば)ききる芸当を俺は授かっていない。もう少しリアル世界で場数を与えてくれても良かったのではないだろうか。いきなり難易度高すぎである。

 しかも拮抗はすぐに終わりをみた。

 

「ヒスイさぁ~ん、アナタにジェイド君を独占する権利はなくってよぉ? 彼は別のギルドに入ってるし、そもそもアナタはぼっちでしょぉ? ぼっち。アハッ……もしかしてぇ、寂しいの~?」

「こ……こんのぉ、言わせておけば! アバズレ女に言われたくないわっ! ムネ隠しなさいよムネ!」

 

 遠くから聞こえるのは、海フィールドがもたらす洪濤(こうとう)のさざ波。雨上がりの空には、満遍(まんべん)なく生命を照らす太陽。その(かたわ)らには、美しき虹霓(こうげい)による7色のカーテン。自然が生み出す奇跡的かつ神秘的な風景。そしてそれを完膚無きまでに滅ぼそうとする2人の乙女達とその激昂。

 終いには「キー! お子ちゃまが調子に乗ってぇ!」や「コンタン見え見えなのよ、この露出狂オバサン!」など、再び聞くに耐えない悪罵(あくば)が飛び交って爆音が応酬するが、音量がよろしくない。

 放っておくとよからぬウワサが立ちかねないので、いい加減俺は仲裁に入った。

 

「オイオイお2人さん、いい加減落ち着けって」

『あァんっ!?』

「スイマセン落ち着いて下さい、落ち着いて下さいスイマセン……」

 

 怖い。掛け値なしで怖い。19層のゾンビ達よりも、あるいは。

 

「……ま、まぁさ。何だかよくわからんけどとりあえずここまで。はいケンカお終い! ……アリーシャ、なんか用があって俺んとこ来たんだろ? 本題に戻ろうぜ!」

 

 まだむっすーとしてたが、ヒスイもようやく落ち着いてアリーシャの言葉に耳を傾ける。

 そしてジャストインジャストタイム的な情報が、彼女から提供されることになったのだ。

 それも、事の重大さは先ほどまでの言い争いをまとめて吹き飛ばすぐらい重く、そして信じがたいものだった。

 

「それ……マジ、かよ? ……もし本当だとしたらタダじゃすまねぇぞ。KoBの問題だろ? アスナとかヒースクリフとか、いったい何やってたんだよ!」

 

 わざわざ俺に知らせるために走ってくれたアリーシャへの感謝も忘れて、俺はその事実を聞かされた直後には動揺してしまった。

 今回の事件は笑って済まされる事ではない。

 場合によっては、多人数戦による本当の殺し合いに発展しかねない。

 

「ま、待ってアリーシャさん。さっきの非礼は……謝らないけど」

「あやまらないんかい!」

「でも待って、それはあり得ないことよ。……KoBはそんなことしないわ。あたしも加入を考えたほど温厚なギルドよ? そんなこと……あたしは信じられない……」

「それでも本当のことなのよ。ま、正確にはちょっと違うわね。正しくは()KoBメンバーの犯行よ。(さら)われたのは間違いなく連合の2人で、情報は錯綜(さくそう)しているけど《吟遊詩人》の調べによるとほぼ確定。その人物は『殺し』目的で連合の人を拉致してるみたいね……」

 

 アリーシャの話し方から甘さが抜けて真剣になっている。2回目に彼女と会った時もこの話し方をされたが、これはつまり状況が切羽詰まっていることの現れでもある。

 以下は彼女の情報をまとめた結果だ。

 

 曰く、聖龍連合(DDA)はKoBと笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の小競り合いに本格的に便乗することを決意。その準備に取り掛かっていた。

 曰く、過去にKoBを抜けた『ロン』と言う名のプレイヤーが、そのことをいち早く察し「古巣を荒らされるのは気に入らない」と徹底抗戦を決意。さらに計画された人拐いをして、DDAのメンバーを2名捕獲。なお手口は不明。

 曰く、DDAの現リーダーにインスタントメッセージによる脅迫紛いな交渉条件が提示される。その内容は『KoBに手を出すな。受け入れられない場合は、拘束している2人のDDAメンバーを殺害する』というもの。

 曰く、犯行声明を出したプレイヤーのネーム――つまり『ロン』の名前だ――が、過去にKoBに加入していた団員一覧表にきっちりと記載されていた。捕らわれたDDAの2人と連絡がつかなくなっていることも事実で、今は迷宮区に潜んでいるのか、いかなるプレイヤーにもマップサーチすら使えない。

 

 それらがほんの2時間ほど前に起こったというのだ。

 俺の頭は呑気にも「明日の新聞のトップ記事は間違いなくこれだな」なんてことを考えてしまったが、疑いようもなく大事件である。

 DDAがここまでされたら黙ってはいないだろう。必ず犯人を暴いて公開処刑にするか、それが叶わないのなら腹いせとしてKoBに戦争でも仕掛けかねない。

 そしてアリーシャが言うには、その元KoBメンバーだったプレイヤー『ロン』とやらは、KoBから完全に独立して動いていて、総団長であるヒースクリフの抑止命令などに対しても黙秘しているらしい。

 少し目を離した隙に手の付けられない状態になったものだ。すでに個人で手伝えることの範疇(はんちゅう)を越えている。

 発言力のある人物が大がかりな作戦でも立案してくれれば別だが、俺達にできることはせいぜい『巻き込まれないようにする』ことだけだろう。

 

「すっげぇことになっちまったな。とにかく、俺はレジクレんとこ戻ってこのコト伝えるよ。……ま、できるなら助けに行くだろうな。ヒスイはどうする? アスナはたぶん忙しいだろうし」

「そうね、あたしはアルゴを当たってみるわ。何もしないのは性に合わないから」

 

 宣言すると同時に、ヒスイはマップサーチでアルゴの位置を特定。俺と1度だけ(うなず)き合うと、そのまま《転移門》の方角へ走っていった。

 あとはアリーシャか。

 

「アリーシャはどうするよ? 他のプレイヤーにも同じように広めるか?」

「…………」

 

 俺が話しかけても、アリーシャは惚けたようにしばらく突っ立っているだけだった。

 どこか様子が変だ。

 

「アリーシャ……?」

「へ? あ、あぁ……いえ、何でもないの。前にジェイド君に会った時から変わらないなと思っただけ。……あなたって……他人のために必死になれるのね。素敵よ、そういうのアタシ好きかも」

「ん……」

 

 またもソノ気のない(・・・・・・)見え透いた誘惑に対し、心臓の鼓動を早めてしまった。

 確かに、人の生き死に対して過剰に反応するクセは治っていない。トラウマになっているのかもしれないが、死人が発生しそうな時ほど俺は懸命に動き出すのだ。

 しかし、かくいう彼女も人のことは言えない。どこで聞きつけたのかは知らないが、半月前に知り合ったばかりの俺に無償で報告してくれたのだ。この速度で情報を知ることができたのは(ひとえ)に彼女の功績である。

 

「……と、とにかく! 俺はもう行くぜ。アリーシャも、くれぐれも事件に巻き込まれないよう気をつけろよ」

「ええ、ありがとぉ。レジクレの人達によろしく言っといてねぇ~」

 

 最後にはいつもの甘ったるい話し方に戻っていたが、その会話を境に背を向けて走り出す。

 俺は時々後ろを振り返りながらひたすら足を動かしたが、なぜか彼女は、いつまでたってもその場を動こうとはしなかった。

 

 


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