西暦2023年10月14日、浮遊城第43層。
ヒスイ、アリーシャと別れて1時間以上がたつ。
ここは43層主街区《ヴィレシア》の北にある大通りで、俺は道の端でレジクレのメンバーと落ち合った。
それぞれ覗き込むように顔を合わせ、
「メッセージで知らせた通り、いま大ギルド達がヤバいことになってる。ただ、この事件はKoBの総意ではなく、一部が暴徒化したってだけらしい」
「短期間でよくこれだけ集めてくれたね。正直驚いたよ。……それで、オレもミンストレルさんに来てもらうよう頼んだから、少しここで待っててくれ」
リーダーであるロムライルがそこまで話すと、あえて言葉を区切った。そして静かにうつむいていた仲間に話しかけた。
「あの~、ジェミル?」
「え……?」
そばかすのちびっ子は不安げに顔を上げる。
「悪かったね。《はじまりの街》の友人と会ってたんでしょ? せっかくのオフの日だったのに……」
「い、いいよぉ。それにぃ、ボクだけ黙って見てるわけにもいかないしねぇ。けどボクらの出番は来ないかもだよぉ? このままだとぉ、犯人が自首しない限り流血無しの解決は難しいしねぇ……」
幸い、レジクレのメンバーに事件に巻き込まれた者はいなかった。その点は安堵したが、KoBがアルゴをはじめ各プレイヤーに事件解決のための応援を依頼していたのだ。
ジェミルは「自分達にできることはない」と言っている。しかし誰かが助力してやらないと、被害と混乱は増々拡大していくばかりである。
毎度フロアボス戦がある度にレイドに乗っけてもらっているレジクレも、ここは一肌脱いで彼らに力を貸すべきだろう。
「あとジェイド。こっちで裏を取ったけど、犯人は間違いなく元KoBのメンバー『ロン』だった。クォーターポイント戦以来、攻略をしてないらしい。それにしても、今さら古巣のためにここまでするかな……?」
「確かにな。これじゃまるでオレンジと同類だ。元KoBだった奴のすることじゃねぇ……」
ロムライルの意見に俺も全面的に同意する。
ヒスイが25層のフロアボス、《リヴァイヴァルファラオ・ザ・ペアギルティ》にラストアタックを決めてから数分後。KoB……と言うより、ヒースクリフが次層を
リンドの抜けた
前に進むことをやめたプレイヤー。ただ無力感に苛まれるようにフロアに座っていた、KoBのユニフォームを身に纏う1人の男性。
その男、ロンこそが今回DDAのプレイヤーを2人も
しかし。25層で目の当たりにした凄惨な戦場跡を前に、彼は人形のように放心していた。そこで攻略を断念した時点で、その精神力などたかが知れている。いったいどこにこれほどの向こう見ずな行動力があったのか。
なんて
「結局ジェイドのが1番役に立ったね。……ずいぶん耳が早かったみたいだけど、どこでこんなに聞いてきたの?」
しかし喉につっかえる疑問は一旦忘れるしかないだろう。なぜなら《生命の碑》で確認した限り、ロンは今も生きていて、実際に事件は起きている。
万が一これが人違いで、彼が犯人でないというなら、その疑惑を晴らすために本人から連絡があるはずだからだ。
「ああ、これはアリーシャから……ほら最近、前線にちょくちょく顔出してる金髪の女だよ。そいつが知らせに来てくれてな」
「あ~あの人。僕らのところにあいさつに来たのは先週だっけ? いろんなパーティを転々としてるらしいけど」
「アリーシャのことはもういいだろ。それよりジェミル、俺が頼んどいたことは……」
「うん、確認しておいたよぉ。さっきまで《はじまりの街》にいたしねぇ。……メッセージ内容にあった『拉致された人』の名前は1層の《生命の碑》で見てきたけどぉ、みんな生きてたみたいだよぉ」
それを聞いて一同は同時に胸をなで下ろす。
「そっか。てことは一応、まだ殺人事件には発展してないっつうこった。どうにかラチされた奴を救出できればいいけど……」
「それはKoBの手腕にかかってるね。僕らは特殊部隊じゃないし、せいぜい
消極的なカズの意見を前に、そこであらぬ方向から声がかかった。
「いや、そうでもなさそうだぞ」
「おお、ミンス! やっと来てくれたか」
レジクレの会議に
そこに立っていたのは、専属護衛が1人雇われているものの、情報屋としてはソロで活動しているザ・地味プレイヤーのミンストレルだった。とは言え、今は本当に1人のようだが。
「遅くなってすまない。KoBから聞いたが、援護の依頼があるそうだ。もっとも、ジェイドだけかもしれないがな」
「ってかさ、俺はアンタんとこの『専属護衛』とやらを見たことないんだけど、ホントにいるのか?」
「もちろん。物騒な世の中だからな。四六時中とまではいかないが、なるべく共に行動しているよ。ジェイドとは、そうだな……星の巡りが合わんのだろう」
この台詞は前にも聞いた。いつだったか。
そうか、あれは夏の深夜の出来事だ。俺とキリトが発案してミンスが後押ししてくれた《PoH鹵獲作戦》の一環で、このような会話があったことを覚えている。
「……ゴホン、時間を有効に使おう。全容はあらかたは知っている。可能な範囲で答えるつもりだ」
「助かる。金は?」
「コルはすでにロムライル君から前払いで受け取っている」
「あの~、じゃあ早速。みんなも疑問に思ったこと彼にじゃんじゃん聞いてね」
じゃんじゃん聞いてと言うが、そこからはほとんどリーダーであるロムライル1人でミンスとの情報交換を請け負った。
基本はおさらいだったが、そこには新情報も詰まっていた。
「《索敵》スキルの熟練度が800以上のプレイヤーを募集、か。なるほど。ジェイド以外は《索敵》を取ってないから……」
「俺オンリーってのはそういう意味か。確かにサーチングは取ってるし、熟練度も800を越えてる。
「そうか。しかし、ジェイドは変わらんな。人の生死がかかわると過剰に反応する」
「ワリーかよ」
「いやまさか。良い変化だ。その感覚は大切にしたまえよ」
ミンスは少しだけ愉快そうに口元を緩めるが、どこか自嘲にも似たニュアンスを感じてたのは気のせいだろうか。
もっとも、認めるのは悔しいが、独力では変化の
「とにかく、行くなら急ごうミンス。KoBがプレイヤーを集めている場所まで案内してくれ」
「良かろう。《索敵班》の仕事が終了し次第、残りの3人にも役割がある。無論、参加は有志だが……」
口を動かしつつも、全員は同時に足を動かして目的地を目指した。
そして自然公園の一角には、事の重大性を表すかのように、3桁に届こうという上層プレイヤー達が集結していた。
《血盟騎士団》をはじめ、俺の知っているところでは《風林火山》や《
ちなみに《SAL》と呼称されるそれは、《サルヴェイション・アンド・リヴェレイション》のイニシャルを取ったギルド名だ。4層で初めて知り合って、何度かフロアボス戦で共闘したアギンやフリデリックが所属する攻略組ギルドである。ついでに
「す、凄い人数だね。こんなの初めて見たよ」
「そうだねぇ。……でもぉ、放っておくと人が死んじゃうかもしれないからねぇ。KoBも必死なんだよぉ」
「そっか、ルガ達は初めてか。25層戦の時はもっといたぜ? まぁ今回はボス戦じゃないから、どっちかっつうと今日のが異常だけど。……それに、必死なのは死者を出さないためだけじゃない」
「えっ、どういうこと?」
カズは不思議そうに首を傾げる。
「いいか、まずKoBにとっちゃまさに身から出たサビ。信用ガタ落ちだ。しかも、今回ラチられた奴はDDAの正規メンバーときてる。戦争したくなきゃ必死にもなる。軍は一見、助けを寄こしてるけど、最近あった『子供プレイヤー誘拐事件』って覚えてるだろう? あれが起きたのは《はじまりの街》」
「あっ、そうか! いま1層は軍の統制下にあるから……」
「そゆことさ。勝手に《はじまりの街》を領土だとウタっといて、まんまとオレンジ連中に好き勝手された。ミスの帳消し、ってほどじゃないかも知れんけど、まあ罪滅ぼし気分で来てるんだろう。治安維持っつう仕事はちゃんとやってますよ、ってな」
「な、なるほど……」
しかし集まった人数の多さには、さすがの俺も息を呑んた。
集団には有名どころのヒースクリフやアスナも見つけたが、その表情ですら一様に厳しいものだった。
「ジェイド、きみはこっちだ。アスナ君がお呼びでね。私も呼ばれているので急ごう」
「ああ、了解した」
ミンスに先導されて到着した場所にいたのは、ギルドもフレンド登録もしていなさそうな10人と少しのミックスプレイヤー集団だった。
アスナの全体説明と集団の1人が「ギャラは出るのか?」などと聞いていることから、これらがソロを中心とした《索敵班》であることが推測できた。
そして次の瞬間、見知った顔を見つけたことでそれが証明される。
「ジェイド」
「よう、ヒスイ。さっきぶり」
数時間前と違い全身が完全武装状態だったため、気づくのがわずかに遅れた。滅多に見られない女性らしい服装を脱いでしまったことだけが心残りである。
「やっぱりあなたも索敵班に
「まぁな。ソロ時代長かったし」
「そうね……せ、せっかくだから、あたしと組まない?」
「ん? 組むってなんだ? このメンツで一気に斬り込むんじゃないのか?」
俺が問いを投げかけると、ヒスイは「緊張して損したわ」的な表情を作ってから、呆れ果てたように肩を落とす。
挙動がなにかと失礼な女だ。
「あなたねぇ、察せるでしょ? あたし達の目的はあくまで敵を見つけること。ミンスさんとアルゴでおおよその迷宮区は突き止めたから、あとはツーマンセルで6つの班にバラけて索敵。最終的にはメイン集団が包囲して無条件降伏をさせようって作戦よ」
「へ~、相手の大まかな位置ってこんな早く見つかるんだな。……あ、でもよ。索敵班が先行して探すのはいいけど、本隊は入口で待機してるのにどうやって現場まで連れてくるんだ? 見つけた奴が往復してたら逃げられちまうぜ?」
「それについては問題ない」
あれよこれよと疑問をぶつける俺に、今度はミンスが口を挟んだ。
「まず、突入するのは団長であるヒースクリフを含み、血盟騎士団だけだと思われる」
そこからは順を追って説明された。
1つ目は敵の数について。おそらく、ロンには複数の加担者がいるはずである。なぜなら捕まったのがわずか2人ペアとは言え、最前線で今なお現役の《攻略組》だからだ。
ロンはしばらく前線で見ておらず、下層にいながら俺達以上にキャラクターレベルを上げられる道理はない。
であれば、いくら不意を突いたとしても単独犯では
という長々とした説明に、堪え性のない俺はとうとう質問をしてしまった。
「ちょっと待ってくれ、有効的って言ったよな? 言っちゃあなんだけど、それは武装解除じゃなくて、単に敵を逃走させちまう可能性の方が高いぜ? 『逃げ』を選択させるのに有効なんだ。力の差がはっきりしてるなら、あいつらは逃げることを優先するからな」
「いい質問だ。きみの意見はすでに挙がっている。その対抗策として、この人海戦術だ。十中八九、犯人達は逃走するだろう。しかし場所は迷宮区で、周りはトッププレイヤー達によって包囲……ジェイド、この状況で君ならどうする? 彼らの立場なら」
「あぁん? ……そりゃあ、考えるまでもなく《テレポート・クリスタル》使って適当に《圏外村》の名前を……あっ!」
「その通り。32層を境に出現して、36層や38、42層と今となっては4箇所にまで増えた新たなエリア、《圏外村》」
《圏外村》。正式名称は《アンチクリミナルコード無効圏内》だが、ややこしいのでそう名付けられたエリアである。ここは《街》や《村》と同じで、発声すれば《転移結晶》によるテレポート先に指定できるのである。
加えて先ほどミンストレルが発言した人海戦術。
これを逆に利用すれば……、
「テレポート
「フッ、やっと気づいたか」
至ってシンプルだった。いや、それどころか俺は過去に1度、この作戦を実際に
約2ヶ月前の、8月5日。深夜にさしかかった32層の迷宮区付近でのこと。初の《圏外村》である《カーデット村》を舞台に、俺とキリトが発案した《PoH鹵獲作戦》は決行された。
それは、ほんの半刻ほどの出来事だった。
ミンスがスパイとして手引きし、それに引っかかったオレンジカーソルのプレイヤーが35層のフィールドにおびき寄せられたことがあった。そして、応援に駆けつけた《風林火山》と《レジスト・クレスト》のメンバーが、その2人のオレンジを包囲。追い詰められた2人組は、《転移結晶》で当時の最前線から3層下にある例の《カーデット村》へ逃げ込んだのである。
だがそれこそ俺達の仕掛けた罠であり、待ち構えていた俺とキリト、また同行していたクラインが、気を抜いた2人組を完全拘束したことがあった。
しかしその後、《圏外村》が複数に増えたことで逃走先の候補が分岐した。
これにより同じ作戦は通用しなくなった。逃げ場を埋め尽くすほど、大人数のプレイヤーを集めることができなくなったからである。
大ギルドが個人を狙えばあるいは可能かもしれないが、敵が複数なら相応に膨大な数の協力者を集わない限り、ロジックとしては可能でも『事実上不可能』となったのだ。
では現在はどうだろうか。
なんと今はそれができる。皮肉なことに危機を前に人々は結託した。この時この瞬間においては、すでに風化したはずの古くさい作戦が通用するのだ。
「よくもまぁこんな忘れ去られた方法を。これってミンスが提案したのか?」
「そうだ。もっとも、この作戦には穴があった」
「へ? どこがダメなん?」
「わからないの、ジェイド? 過去に35層にオレンジ2人を呼び寄せたのはミンスさんよ。『そっち』のネットワークにかなり顔が利いたからこそ、長い時間をかけて2人に接触、信頼関係を作り上げたの。だから本隊が包囲できた。……でも今回は……」
「ああ、そっか。今回はそんな時間がないんだ。いや、それどころか……ことは一刻を争う状況……」
「……残念ながらその通りよ」
ヒスイの言う通りだ。穴どころではない、決定的な欠陥ではないか。
しかしミンスの態度は落ち着いていた。
「もっとも、そこについても対策済みだ」
「ど、どうやって!?」
「私とアルゴ君が共同で、奴らの潜伏する迷宮区を特定できた。あとは6つの班に別れて行われる、この高速広範囲索敵が役に立つ」
「それは聞いたって! 結論ファーストで頼む〜っ」
「わかった。……手順はこうだ。まず敏捷値の高いアスナ君を中心に、数人をあらかじめ迷宮区内で待機させておく。そして《索敵班》に配布される《メッセンジャー・バット》で、敵を見つけ次第アスナ君に場所を知らせるのだ。そして彼女達はその者の元へ全力で駆けつける……」
「んで、その数人が援軍か? モンスターともエンカウントするだろ」
「無論な。よって、エンカウントの度に誰か1人をその場に残すことで、戦闘を引き受けてもらう。言わば、敵を無視して走り抜けるのだ」
「なんで少人数なんだ? 本体を待機させれば済むんじゃね?」
「走りやすさを阻害するからだ。随伴者を使い切ったら……アスナ君の独力で振り切ってもらうしかないだろう。鍛え上げた敏捷値を存分に発揮してな」
つまり連続
「そしてアスナ君は《
「あっ、なるほど!」
俺は理解と同時に指パッチンをした。だからKoBの本隊は主街区から動こうとしなかったのか。
《転移結晶》はプレイヤーが街や村の名を口にすることで、使用者をその特定エリアに転移させるアイテムであるが、《
あらかじめ転移したい場所へ行き、『コリドーの出口』を設定しておく手間はあるが、アスナがコリドークリスタルの出口を現場で設定し、《転移結晶》で主街区に到着した瞬間、今度はコリドーを使って血盟騎士団を集団移動させるのだろう。
敵からすれば、少数の人間に位置を知られた数分後に、いきなり目の前に攻略組の大部隊が現れたかのように錯覚するはずだ。
凄まじい作戦である。コリドークリスタルと言えば、現時点では値段がつけられないほど高価なレアアイテムなのだ。それを2人のプレイヤーを救出するためだけに使用するなど……、
「(いや、そのぐらいして当然か。なにせ……」
なにせ、この世界での死は、現実世界でも死ぬことを意味するのだから。
もちろん、おいそれと実行できる作戦ではない。協力に名乗り出た多くのプレイヤーも各《圏外村》で待機させられるし、彼らを招集するのは一苦労だっただろう。血盟騎士団のブランド力があったからこそ、これらの作戦が可能なのだ。
そしてプレイヤーの命を救うためなら、できることはすべてしなければならない。
「なんにせよ、決着がつくのは時間の問題だな。で、出発はいつよ?」
「5分後のはずだがヒスイ君、アスナ君に確認しに行ってくれないか? ついでに催促を頼むよ」
「ええ、わかったわ」
それだけを言い残し、ヒスイは駆け足でアスナの元へ走っていった。
しかし、ここでミンスが改めて俺の前に立った。少しバツが悪そうに、眼光鋭く低い声で話し出す。
「ヒスイ君がいなくなったことで、改めて君に話がある。真面目に聞いてくれたまえ」
「お、おう……」
いったいどうしたというのだろうか。並々ならないオーラを感じるが、ヒスイがいなくなったことで話せる内容とは何だろうか。キケンな告白的なアレでないことを祈るばかりだ。
「(なんだぁ? なんで黙ってるんだ、こいつ……)」
そして俺がひたすら待っていると、彼はたっぷり10秒も空けて難しい顔のまま再び口を開けた。
さらにそれは信じられない内容だった。もしくは『信じたくない』、かも知れない。
「アスナ君、ヒスイ君、アルゴ君、アリーシャ君、きみが接触してきた女性陣のなかに……まあ、裏切り者がいる可能性が高い」
「はっ? う、裏切りってどういう……」
「文字通りの意味さ。オレンジ共への情報漏洩。最近、頻繁に起きている事件への関与。今回についても、敵の内通者かもしれない。……いや、断定すべきだろう。そして君にはしばらく、彼女らの言葉を信じないようにして行動してほしいのだ。……できるな?」
「……な、ん……ッ」
最後の問いに対して俺は、長い間言葉を返すことができなかった。