SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第6話 不意の運命(アブラプト・フェイト)

 西暦2022年12月6日、浮遊城第2層。

 

 時刻は午後1時。重要な日ではない。誕生日でもない。ただ、なぜかセオリーに則らず、余計な行動を繰り返した奇妙な1日だった。

 定期的に訪れるマンネリの一種である。俺はこの日、レベリング真最中であるはずの昼時に2層主街区《ウルバス》を訪れていた。

 のらりくらりと、あてもなく街を歩く。クエストの達成報告がてら寄ったはずが、そのまま貴重な時間を2時間も観光に費やした。初めて高いレストランに入店し、パスタらしき紫の物体を食べたが、散財に反して発散できたストレスは少ない。意外にも味はイケたが。

 

「(やるが気でねー。……にしても、戦わねぇ奴も主街区には来んのか……)」

 

 そうして、ぼけーっと街の隅に座り込んでいると、想像以上の人の多さにふとそんな感想を抱いた。

 もっとも、予想できたことである。いくら《はじまりの街》がプレイヤーを内包しきるキャパシティを備えていようと、さすがにやることもなくなる。この世界自体がゲームなのだから当然だが、安全地帯の娯楽施設は最低限しかない。

 宿があまりにも格安なので寝泊まりは1層で済ますだろうが、実際モンスターが進入してこない主街区だけなら、戦うことを放棄したプレイヤーにとっては唯一の刺激と言える。

 各々第2層の解放を聞きつけたプレイヤー達は、どこから湧いたのか不思議な人数で新しい街を闊歩(かっぽ)している。しかし、それらの多くは緊張感のない顔で、俺と同様にひたすら(いとま)をむさぼってばかりだった。

 明らかに『殺し合い』を知らない。平和の享受に甘んじ、それを当然のものだと認識している顔。

 

「けっ……ノンキなもんだ。俺らが汗水たらして攻略した街を……」

 

 遅れながらも攻略に乗り出したプレイヤー達はまだいい。

 しかし5割の人間はただ『住んでいるだけ』だ。そんな自分勝手でゴミ以下な行動力しか持たないプレイヤーも、各層の主街区を繋ぐ《転移門》さえあれば、こうして自由に上がって来られる。

 不平等である。税を徴収してもいいかもしれない。

 攻略の進行に寄与しない連中に、上層に来る権利などあってたまるものか。

 

「あ~あ。ザコ共がわんさかと……やってらんねェ」

 

 わざと聞こえるように通行人に吐き捨てる。彼らは面倒ごとを避けるように目をそらし、それとなく離れていった。

 βテスターだったからこそ手に入れられた知力と経験。そんなことはわかっている。しかし溜まったフラストレーションは抑えきれず、次々に愚痴を漏らした。

 そして俺はこの行為を後になって後悔することになる。

 なぜならこの一言が、俺の生き方を大きく変えたからだ。

 

「あたし、そういう言い方好きじゃないな」

 

 言いたい放題こぼし終えた数秒後に、いつの間に後ろに立っていたのか、見知らぬ黒髪の女が話しかけてきた。

 首だけで振り向く。目に映ったその美貌に一瞬……本当に一瞬だけ息を飲む。鼻までかかる前髪の奥に、唯一目視できる右目も澄んだように漆黒。高身長だが、体の線は細い。締まった肩とくびれに、コスプレ以上に戦士然とした風貌(ふうぼう)。あと俺得なのはスラッと伸びた細い脚。

 その容姿を正直に評価すると、『モデルにでも誘われてそうな奴』だろうか。

 しかし当時の俺は、この女が俺にもたらす未来の変化を予期できるはずもなく、この世界での女性が珍しいと思いながらも、自分の正義を信じてこう言い返した。

 

「ああ、んだてめェ?」

 

 と。

 息をするように紡がれた言葉は、初対面の人間にはいささか礼儀のないものだった。それでも俺は上から目線の声調にイラつきも増し、見た目15、6の女に強い口調で脅しをかけた。

 女は眉を少しだけピクリとさせ、特に臆した風もなくさらに言葉を続ける。

 

「さっきから聞いてるけど……アンタが下品だって言ってるの。攻略しているのは自分だけじゃないし、してないプレイヤーを罵る権利もない。アンタの考え、いかにも《ビーター》らしいわ」

「…………」

 

 早速《ビーター》と来た。これは面白い。しかし逆に、肩の緊張が抜け呆れて溜め息が出そうになった。

 危惧(きぐ)したのはまさにこれだ。今でこそ『キリト』が悪のビーターという考え方が主流だが、このように『悪のキリトと同じ考えを持つ人間』がビーターと呼ばれ出せばもうお終いだ。後はねずみ算のように《ビーター》イコール『自分勝手な元テスター』となっていくに違いない。

 噂とは往々にして誇張拡大されると古今決まっていて、これがプレイヤーの隅々にまで行き渡る頃には、その意味が示す真の由来など影も形もなくなるだろう。

 

「ンだよ、正義厨か。メンドくせぇったらねェな。あんたってさァ、歩きスマホいちいち注意するタイプだろ?」

 

 普段の俺ならここの時点でシカトを決め込んだろう。さっさと退散だ。しかしなぜか、この時だけは言い返したくて仕方がなかったのだ。この鼻持ちならない高飛車な説教女を、俺の正論で黙らせたかった。

 だから俺はその本能に従った。

 

「……それともアレか。最近ハヤりの逆セクハラPKか、あァ?」

 

 逆セクハラPK。そんな公式用語はないが、俺がたった今命名した。

 主に女性から男性に対し、わざと挑発なり喧嘩をふっかけるなりして、逆上した相手に体へ触れさせる。そこで《ハラスメント・コード》が起動すれば、被害者は加害者を牢屋送りにできる。……らしい。見たことはない。

 

「あ~あ、女はいいよなァ人生イージーモードで。飛ばしたプレイヤーも設定によっちゃ武器をドロップしていくしよ。しかも誰彼構わず《ビーター》ときたモンだ。ハッ、マナーわきまえてねーのはむしろォ?」

 

 ここで言葉を切って女をジロジロ見る。女はこの世のものとは思えない(さげす)みきった目を向けてくるが、あいにく俺にはチクリとも来ない。

 なぜなら、売り言葉に買い言葉といった風に言い返したが、俺の反論もあながち嘘ではないからだ。

 街や村は基本、犯罪防止規定が適用される《アンチクリミナルコード有効圏内》であり、これを通称《圏内》と呼ぶ。この《圏内》において誰もが知る1番有名な付随効果は『ダメージが一切通らない』というものだ。

 腰抜け共が《はじまりの街》から1歩も外に出ない理由がこれである。

 この保護コードがはたらく限り、喧嘩に負けても死ぬことはない。盗まれるような不注意をしたことがないし、被害を試す気もないが、所有物の保護や不正アクセスにも対応していると聞く。

 そしてこのゲームにはもう1つ、先にも述べた《ハラスメントコード》なるものも存在する。

 上記とは似て非なるもので、ようはセクハラ対策を指す。

 これのおかげで、主に女性は男性に何かをされた、あるいはされそうになっても、視界の左上に発生したボタンをフォーカスし、それをポチッと押してやれば、《はじまりの街》にある《黒鉄宮》監獄エリアに飛ばせるという寸法だ。ちなみに同性には適応されないため、一部の特殊な人種を阻止しきれない欠点も付け加えておこう。

 さらにそれを利用して男を監獄エリアに飛ばす《擬似PK》のことを俺は指摘したというわけだ。

 腕や肩を数秒掴むだけでもたちまち個室行きとなるのだから、《圏内》では女も強気になるはずである。

 そうした背景を加味したうえで、彼女は次の言葉を発した。

 

「最っっ低……」

「こっちのセリフだ。ビビり女、1層ボス戦にはいなかったよな? リスク背負ってんのは俺らなんだよ」

「だからって……っ!!」

「いるんだよなァ。なんもしねぇゴミッカスのために頑張ってる俺らをさァ、見さかいなしに《ビーター》とか言っちゃうあたり」

 

 饒舌(じょうぜつ)に話す俺の言葉は、バシッ! という音と衝撃に阻まれた。目の前の女が俺の頬をひっぱたいたからだ。

 当然《圏内》にいる俺にダメージはないし、目の前の女を示すアイコンカラーも犯罪色(オレンジ)にはならない。しかし視界を覆うライトエフェクトと、平手打ちを再現しようとする高音、少しだけ発生したノックバックが俺を黙らせた。

 女は怒りもあらわに口を開いた。

 

「あっ……あんたねぇ。攻略してることは凄いと思ってる。でも、ソレ(・・)じゃ素直に誉められないよ! ……前線にいない人だって必死に頑張ってる。自分から助けたことはある? 手を差し伸べたことは!? もう少し周りの人のことも考えてあげて! 必死さは人それぞれなんだから!」

「あん……だ、と……?」

 

 驚いて生唾を飲む。剣幕に飲まれて俺は(うめ)くことしかできなかった。

 それだけではない。相手の指摘が図星だからだ。

 

「全員が意識を変えれば攻略はもっと早く進む。言葉でマウントとって、その時だけの優越感に浸ったり……そんなの意味ないでしょ。あたしも遅れた人の手助けを頑張るから、そういう考えはやめて」

「…………」

 

 普通、初対面でここまで説教する者はいない。弱肉強食のSAO界ではなおさらだ。

 ゆえに、この情勢下ではドン引きものの発言と言える。美人なら失言も許される例の現象を差し引いたとしても、絵に描いたような理想論だ。

 されど相手の言葉にはこう言い返せる。

 ――それで俺にどうしろ? と。

 こいつには大事な前提が剥落(はくらく)している。俺1人がこの考えを改めたところで、同じ考えを持つ人間は何十、何百、果ては4桁を超える数がいるかもしれないのだ。彼らはどうするのか。まさか、全員に言って聞かせるつもりか? 1人1人順番に。それでいざこざもなくみんなで攻略?

 バカバカしい。

 ヘドがでる。

 こんな極限状態であれ、それができないから、人間はいつまでも醜く自己中な争いを繰り返すのだ。

 その証拠にデスゲーム開始直後からテスターの9割以上は仲間を捨て、ビギナーを捨て、テスター同士で徒党を組むなど利己的な行動をした。そこには右も左もわからない初心者に対する思いやりなどなかった。

 人類誕生からこの歴史上、争いや競争が途絶えた時代はない。

 女の意見は夢物語だ。常識的に考えて、(いびつ)なのはこの女自身なのだ。

 しかし、今思えばここが最後の分岐点だったのかもしれない。俺はなおも感情を吐露(とろ)するべき場所を間違え、目の前の女に語気も荒く言い返した。

 

「ハ、ハハハッ。なにを言い出すかと思えば……聖人じゃねぇんだぜッ!? 友達と赤外線オンラインじゃねェんだよ! ことMMOじゃアンタの意見はリソー論だ!」

「理想だと思うなら、そう行動してよ!」

「ヘリクツだな! 人はみんな、自分が最優先! 俺もなァ!! ……ハッ、そうだよ。……だからさ、てめェの勝手な意見を俺に押しつけんな!!」

 

 ――どうだ、ザマァみやがれ。完全論破だ。これでこいつも……、

 

「意見の押し付け……ね。その狭い価値観しかないあなたの意見こそ、あたしにとっては一方的な押しつけよ」

「ンだと……?」

「事実を言っただけ。みんなが協力し合えば攻略は早くなる、って。あたしは人の協調性を信じてるし、今後も諦めないわ。それに、あたしは押しつけてない。今の言葉に思うところがあれば、あなたも真剣に考えて欲しいと言ったの。考えても結論が変わらないなら……まぁいいわ。それだけよ……」

「この、善人ヅラが……ッ……」

 

 ――自信の正当化しか頭にない。

 

「(……ああ、くっそ……。くそッたれ!!)」

 

 俺の怒声に周りの数人が反応していた。だが突然言い淀んだせいか、目の前の女も首をかしげている。

 しかし、それを気にしていられないほど、うるさく響く声が俺を追いつめる。

 その極論じみた意識が自身を、あるいは友を殺すと。

 正論とは、すべて単純と限らない。わずかに残留する善良心がいちいち俺を否定する。そんなこと、誰も聞いていない!

 

「るっせえなああァッ!!」

 

 本気の咆哮に、今度こそ付近のプレイヤーが全員俺を注視した。

 

「……ハァ……ハァ……くっそが……俺はやってねぇ……カズは死んでねぇッ!!」

 

 言った瞬間、女の方が驚いたような顔をした。

 しかし限界だった。理由なんて問いただす間も無く、俺は人垣を分けて走り出す。目の前の女から、周りにいたプレイヤーから、そして心の声から逃げるために。

 女のことはいい。周りの連中も知ったことではない。だが頭から離れないことがある。

 それは……、

 

「(ハァ……ハァ……違う! ……俺はカズを、ルガトリオを殺してねぇッ!!)」

 

 走りながらも念じ続けた。この世で最も醜く、最も手前勝手な願い事を。

 俺が速攻で見捨てた中学からの友人よ、どうか今も都合よく生き延びていてください、と。

 心の声を聞かないために。

 肩や頭になにかをぶつけて、終いには人のアイテムなどを蹴り飛ばしながら、そのまま2、3回曲がっただけで俺は脇目も振らずに主街区を走り抜けた。

 フィールドに出れば目的が生まれる。目的があれば前進できる。

 

「モンスターだ……ハァ……ハハッ、そうだ……レベル上げだ……サボった分を、今からやろう……ッ」

 

 この言葉を最後に後はうろ覚えだ。だがフィールドを駆け、モンスターとのエンカウントを繰り返し、持っていた回復アイテムの許す限りの狩りを続けたのだろう。

 次に最寄りの《圏内》に入る頃には日付が変わり、日が昇っていたことだけが今でも記憶に刻まれている。

 

 

 

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