SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第46話 巨大な犯罪者達(前編)

 西暦2023年10月14日、浮遊城第43層。

 

「なに……言ってんだよ。おい、冗談にしちゃタチ悪いぞ……」

「…………」

 

 思いもよらない要求に、反射的に相手をきつく(にら)んでしまった。それでも、彼は無念そうな目線を下にずらしただけだった。

 しかし応える義務はある。仲間に向かって「敵のスパイがいる」と言ったからには、それ相応の理由があるはずである。

 

「……初めからではないだろう。だが、いつからか敵となった。でないと、情報の漏れ方に説明がつかない」

「答えになってねェよ。ショーコがあるならそれを……ッ!!」

「すまないが、物的証拠は示せない。リアルタイムで収集している。……情報屋としての話はここまでだ。周囲に聞かれたら元の木阿弥」

「そりゃねぇだろミンス! だったら俺は何も信じねぇぞ!」

「どう受けとるかはきみ君次第だ。これで失礼するよ……ただ、どうか先ほどの言葉は念頭に置いておいてくれ」

「ちょっ、おい!?」

 

 急ぎ足で彼は人混みに紛れてしまった。追って見つけることはできるだろうが、俺は到底そんな気にはなれなかった。

 脳内で反芻(はんすう)される今の言葉が思考を遮るのだ。

 

「(どうなってんだ。アイツが勝手に疑ったとして、じゃあなんで俺に話した? ……まさかアイツ、俺のプレイヤー関係も洗ってるってことか?」

 

 されど、あり得る話である。彼も根っからの情報屋で、公平性を謳う手前、誰かに肩入れすることはないはず。

 だとしたら、誰に依頼されたのだろうか。推測しても詮無いことだが……、

 そんなことを考えていると、接近するプレイヤーに気がつかなかった。

 

「お、ジェイドじゃないカ! やっぱりお前サンも来てくれたんだナ!」

 

 死角から声をかけられて強制的に意識を引き戻される。

 つく息も荒く話しかけてきた金髪翠眼の小柄な女性プレイヤー。人の後ろを取る癖でもついているのか、特徴的な喋り方から予想された通りアルゴその人だった。

 

「おう、アルゴ。……ま、今回は思ってた以上におおごとになってるからな。なんせ地味に隠れて殺すんじゃない、犯行声明やキョーカツといったオマケ付きだ。だから……」

 

 当たり前すぎて、普段通りすぎて、俺はつい先ほど忠告されたことを失念していた。

 いま目の前にいる人物こそ、ミンスが疑いを持てと言っていた女性プレイヤーなのだ。

 とはいえ、どうしたものか。彼女も情報屋として黒いウワサのたつようなことはしていないし、俺は彼女から与えられた情報によって助かったことこそあれ、危機に陥ることはなかった。

 であれば当然、救われてばかりの自分に彼女を疑う資格なんてない。

 

「ン? どしタ?」

「あーいや、アルゴはいつもの通りだと思ってさ。ダサいヒゲ生やした、変わった女……可愛いげもある……」

「……と、とうとう頭のネジが本格的にイかれたのカ?」

「そこ、うっさい」

 

 混乱して情緒に欠ける(うわ)ついたことを抜かした俺を前に、アルゴは少しだけ頬を染めつつ苦笑いを浮かべ、呆れたように返した。

 わずかな沈黙が降り注ぐと、互いにどちらともなく笑い出す。

 いつも通りのやりとり。違和感もない。

 ミンスがなんと言おうと事実までは変えられない。もし、俺とこうして何気なくかわしている戯言(ざれごと)や、今まで数々のプレイヤーに渡していた知識や情報が盛大な企みだったとしたら、それこそプロ顔負けの役者だ。

 それにアルゴは危険を冒してまで敵のアジトを突き詰めたのだ。裏切者が、彼女であるはずがない。

 

「そういや敵の本拠地見つける時、だいぶムチャしたんだってな。敵に見つかってヤバかったって。無事でよかったよ」

「……んん、まぁナ。突き止めた時は色々とふに落ちない(・・・・・・)こともあったガ……まァ、オレっちなりにやれることをやったまでダ」

「たいした正義感だこと」

「お互い様サ。……さっきは『やっぱり』なんて言ったケド、本当は少し意外だったヨ。……イヤミじゃないんダ。ケド、お前サンも晴れてギルドに入ったんだろウ? そっちの安否を優先すると思っていたからナ」

「ハッ、最初はそうしたさ。でも、当の甘チャン達は被害者を助けたいってな。俺にも《索敵》あるなら手伝うべきだって。……まあ、ハナからそのつもりだったけど」

 

 話している途中、アルゴはできの悪い子供の成長を確かめる保護者的な目線を送ってきたことが納得できなかったが、もう慣れてきたという感が否めない。

 

「いヤ~、ジェイドも丸くなったもんだヨ!」

「うっせ。マシになったんだからいいだろ」

「初めの内はトゲでも生えてるみたいに危なっかしかったからナ! オネーサンのおかげかネ?」

「なぁ〜にがお姉さんだチビっこめ」

 

 そして、そうこう話している内に、ヒスイが装備を揺らしながらアスナの元から戻ってきた。

 

「あれ、アルゴじゃない。2時間ぶりね。それとジェイド、あたし達《索敵班》は出発だって。行きましょう」

「(ミンス、ヒスイも疑えってか? けどそりゃムリってもんだぜ……)……おう、こっちの準備はもうできてっからな。早いとここのムナくそ悪い事件を解決しちまおう」

 

 だがそこで、アルゴがまたしても不安を煽るようなことを言ってくる。口元が笑っていることから推測できるように、理解して楽しんでいるのだろう。

 

「オ、ヒスイちゃんはとうとう2人きりの状況を無理やりもぎ取るまで積極的になったカ! いやぁ攻めますナぁ~」

「ちっ、違うわよアルゴ! アルゴぉー!」

 

 「ニァハハハハッ、まぁ頑張れヨ~!」と捨て台詞を置いて、彼女は凄い速度で走り去っていってしまった。――なんて余計なことを。

 おかげで周りの男共の視線に、そろそろ物理的な攻撃力が発生しそうになっているではないか。広場で堂々とヒスイ殿が話しかけてきた時点でチクチクとした悋気(りんき)は背中で感じていたが、はっきり言ってこれは冤罪だ。俺達の間に邪推されるようなイベントが発生したことがあっただろうか。いや、ない。

 

「なあヒスイ、あんま真に受けねぇで先急ごうぜ? それにほら、みんなもう歩き出してんだけど……」

「うぅ~ん……帰ったら怒る!」

 

 その動物のような姿を見て、俺は思わず苦笑してしまうのだった。

 

 

 

 ミンスとアルゴが共同で突き止めた、誘拐犯が立てこもっている層は40層らしい。

 よって俺達《索敵班》は40層の主街区へ、そして血盟騎士団(KoB)はそのまま最前線の43層で待機。残りのプレイヤーはそれぞれ《圏外村》がある32層、36層、42層へと戦力が均等になるように割り振られていた。主街区の《転移門》に到着した彼らは、急いで《圏外村》へと足を運ぶことだろう。

 

「いよいよね。……ジェイド? どうしたの、大丈夫?」

「ああ、なんでもねぇ……そ、それよりほら、気ぃ引きシメていこうぜ。索敵は効果とぎれがないよう交互に。んでもって、見つけてもドーヨーしないで冷静に。どっちかが《メッセンジャー・バット》に発見ポイントを記して飛ばす。間違いないな?」

「わかってるって。2度目よ、それ。まったく神経質というか……」

「最終確認だよ、ボヤくな。……おっ、先頭が歩きだしたみたいだ。とうとう出撃か。俺らのルート的には迷宮区に入ってすぐ右だな」

 

 10月6日午後4時5分、救出作戦第1段階開始。

 俺達2人は迷宮区に突入するやいなや無言となり、ひたすら敏捷値の許す限りの速度で走り続けた。

 だが同時に、2人きりになった途端、俺はどうしてもミンスの言葉を思い出してしまった。彼にしては珍しく理屈は語られなかった。だが、ゆえにどこか無視しきれない説得力があったのかもしれない。

 もちろん信じたくはない。

 確かに、俺がスタートダッシュで大衆を捨てたのは、周囲の人間をこれっぽっちも信用していなかったからである。しかし、今さら欺瞞(ぎまん)だらけの性格に戻るつもりもない。

 俺が関わってきた女性は、初対面から冷たい反応をすることがあったかもしれない。馬鹿にされたことだってある。しかしそれは、ある意味ではどこか俺を認めてくれたからこそ許せる、ちょっとした心のゆるみのような慈しみがあった。その距離感を踏まえた上で、互いに軽口を応酬させているのだ。

 1層の時とは環境が違う。

 だからこそ俺は、例え1人だって疑いたくはなかった。

 

「ねぇ、ちょっとルートから外れるけどこっちの道に行ってもいいかな? なんだか怪しい気がするの。隠れるのに絶好のポジションがあるみたいで……ジェイド……?」

 

 それでも俺は、ヒスイの言葉に背筋を寒くしてしまった。

 彼女は今、俺の危惧(きぐ)していることをそのまま言葉にして俺に投げかけてきたのだ。予定にない道を俺に提示し、特定位置に誘導しようとしているかのごとく。

 

「り、理由はそれだけか? 何かワケとか……」

「いえ、はっきりしたものじゃないけど。なんとなく……」

 

 ますます疑いが強くなる。だが、ここであからさまに疑った行動をしてしまえば、「俺はきみを疑っている」と公言しているようなものである。相手を納得させるだけの言い分がないのなら、強く反発するのもおかしな話だ。

 攻略組として臨機応変な判断力に期待しているのか、捜索範囲は事前に『ある程度変更しても構わない』とも説明されている以上、やはりヒスイの提案を完全に退けるには理由が必要だろう。

 

「……わかった。怪しいなら一応そっちも調べよう。ただし、その……」

「ん……?」

「いや、何でもない……」

 

 なし崩し的にルートは変更された。俺は警戒心の土台を少しだけ底上げさせつつも、彼女の言葉に従ってしまった。

 それもやむなしというものだ。俺は今さらヒスイを否定したくないし、彼女の一挙手一投足をこの目で1年近く見てきたからこそ、彼女の言動に嫌疑を向けたくない。これは本心である。

 彼女だけではない。アスナも、アルゴも、アリーシャも、どうせなら目の前で弱音を吐いたリズを加えてやってもいい。俺は自分の知る範囲の人間を疑いたくはなかった。

 

「(くそっ……どうすりゃいいんだよ……ッ)」

 

 思わず、こっちが弱音を吐きたくなる。

 俺は自身で答えを見つけなければならない。

 ゆえに必死に頭を動かした。《索敵》スキルの結果に注意を向けながら、考えられる可能性を脳内で列挙する。

 ミンスによって挙げられた4人の中で考えるとしよう。

 まずはアスナだ。

 彼女は救出作戦の先導者であり、重要なポジションにもいることから今回の事件でスパイ活動をするのには打ってつけかもしれない。彼女は事件の主導権すら握れる立場にある。まさかとは思うが、これは可能性の観点で言っている。

 次はヒスイ。

 彼女もまた作戦の第一段階、《索敵班》の一員であるため作戦行程で細工を行うのは容易だろう。現に俺との索敵ルートの変更についてはその一環だと言われても矛盾点はない。内通者だとしたら自然な流れですらある。

 そしてアルゴ。

 言うまでもなく情報屋というものは、その人自身が寝返れば簡単かつ速攻でスパイになれる。二重スパイというやつだ。しかも情報の独占も偽装情報の漏洩も自由自在なことから、もし犯人だった場合の特定は1番困難にもなるだろう。

 最後はアリーシャ。

 今回、俺を巻き込んだ張本人。ただし、今回は事件の規模が大きすぎる。例え彼女がいなくとも、どこかで知れば俺はできる限りのことをしただろう。しかし、やはり彼女の発言により俺はこの場にいる。犯罪の加担者なら広める意味は不明だが。

 

「(信用の度合いで言ったら、アリーシャを疑うべきなのかもしれない。……でも……その消去法はなんか違うな。半月前に話した時だって、俺が見てきたオレンジ集団の奴とはフンイキが違った……)」

 

 2週間前(・・・・)。頬を赤らめて笑った彼女は、間違いなく1人の子供だった。

 確かに女性プレイヤーというのはそれだけで珍しい。長い時間が人々を『囚人』から『住人』に変えたように、男性が本能で女性を求めるようになるのは自然なことであるし、性欲が払拭(ふっしょく)されない限り根本的な解決もない。

 だとすれば、それを利用しようとする輩が出てきてもおかしくはない。事実、俺は過去にその手の話を何件も耳にした。

 加えてミンスは徹底的にやるタイプ。ただの憶測ではないはずだ。俺に勧告したからには、それ相応の覚悟ないし、一定の確信を得ているに違いない。

 彼の信頼性は、あの夜から揺るぎないものにもなっている。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 2ヶ月以上も前の話になる。

 熱帯夜の厳しい暑さと高い湿度が(わずら)わしい、8月5日の深夜11時。

 当時の最前線は35層。主街区を《ミーシェ》へと移行していて、俺が《迷いの森》で《回廊結晶(コリドークリスタル)》なども手にし、カズとちょっとしたケンカをしていた日の3日後。

 ギルドの金で《リシュマルド・タロン》なる強力な大剣も手に入れていたし、下層にはもう用はないとすら思ったにもかかわらず、俺は前線から3層も下に位置する32層主街区へと足を運んでいた。

 ここはアインクラッドにおいて初めて、《圏外村》が出現した層でもある。

 

「待ち合わせ場所はここか……」

 

 夜間ゆえ辺りは真っ暗で何も見えない、という事態にはならず、主街区特有の潤沢(じゅんたく)な街灯が辺り一面を光で包んでいた。

 閑散とした大通り。すでにNPCが経営するすべての店舗が店仕舞いをしているからだ。

 しかしこの寂しさは昼間も大して変わらない。放牧的だが白い壁に赤い屋根と、それなりに景色の栄える今の主街区(ミーシェ)に比べても、主街区にしては活気の感じない珍しい層なのだ。

 次層解放というのは本来、フロアボス討伐までに溜まったうっぷんやストレスを解放させる絶好の機会であるはずだったが、開発スタッフもここは小休止といったところか。

 そうして歩いているうちに、俺をこんな貧相な街に召喚した人物を見つけた。

 だが、それ以上に感謝の念を送らねばならない、独特な雰囲気で攻略組のバックアップに励むプレイヤーである。

 ソロの情報屋、《吟遊詩人》ミンストレル。

 日本人男性としては高い身長。下ぶちだけの丸メガネにピンと伸びた背筋。見たところは20代後半に見えるが、設定機能でカラーを変更したのだろう灰色の髪の毛。全体的、包括的なシルエットからも間違いはないだろう。

 ここ1カ月でこの人物と会うのは、ケイタを失ったあの日から数えるとたったの2回目だった。3週間前にこの作戦、『PoH鹵獲作戦』を俺とキリトの2人で彼に協力を仰いだ日以来なので、体感的にはかなり久しい。

 無論、彼と疎遠になっていたのには理由がある。

 

「ようミンス、久しぶりだな。作戦の内容的にしばらく会えなかったのは仕方ねぇけど。ああ、なんつーか……久しぶりだとナニ話していいかわかんねーな」

「ふむ、自然体で構わんよ。それより深夜にご足労済まないね。……まぁもっとも、今回の件はきみらが欲した状況でもある。深夜の呼び出し程度、なんてことはないはずだ」

「そりゃあな。ギルメンとケンカしてでも準備してきたんだ」

「ふふっ。ただ、感情的になるのもほどほどにし給えよ。これはあくまで『チャンス』だ。ゴールではない。もっとも、作戦の一部に携わった私としても、こんな汚れた役割を終えられるなら歓迎だが」

 

 相も変わらない聞きづらい言い回しに笑いつつ、俺はもっと違うところで彼と会話ができないでいた。

 それは彼に(まつ)わるよからぬ噂だ。

 プレイヤー関連の情報網に特化した彼は、そのキャッチフレーズが示す通り、多くの人と接触しては彼らの持つステータスや人間関係などを洗っていたと言われている。そしてその饒舌(じょうぜつ)かつ無駄の多い話し方と目に付く頻度から2つ名で呼ばれだし、ますます有名になっていったのだ。

 だが問題も起きていた。金をつぎ込めば優秀な情報屋だが、彼は多くのことを知りすぎたのだ。

 その最たる例が『オレンジカーソルのプレイヤー集団』についてである。

 他の人間に知られたくないプライベートな情報を含み、ミンスと深く関わろうとしたプレイヤーが事件に巻き込まれた、なんて話は後を絶たない。中には「《吟遊詩人》が手引きしている」と主張する人まで出てきたほどだ。

 情報屋の命である『信頼』を失墜させるために、ライバルである他の同業者がプレイヤーを雇ってあることないこと広める手口はすでに周知の手段である。よって、これも氷山の一角なのだろうが、彼は見た目の暗さも相俟って『危険な人間』というレッテルを張られたことが過去にあった。

 28層で《聖龍連合(DDA)》から多くの犠牲者を出してしまった事件があり、その原因が彼にもあったことが、より一層拍車をかけていたようである。

 彼のすべてを疑うわけではないが、やはり情報屋として信頼性だけは失ってはいけない。合理主義者な俺は、どうしてもその事実が脳内を彷徨(うろつ)いてしまう。

 

「(……ま、とは言っても今回ばかりは信用するしかないか……)」

 

 聞けることなら何でも聴いて、見えるものなら何でも視て、できることなら何でもしたい。

 なぜならこれは、今は亡きケイタへの報復と復讐になるかもしれないからだ。

 

「ん……ところでミンス、今日も専属護衛とやらは連れてきてないんだな。っつか本当に一緒に行動してんのか? 全然そうは見えないんだけど。まさか俺のこと避けてるとか!?」

「ハッハッハ、細かいことを。それに極めて主観的でもある。なぜなら私の護衛役からしたら、君こそが彼を避けているのではないかと感じているはずだからだ。お互い様……そういう星の巡りなのだろう」

 

 こいつの話は小難しい上にイメージのつきにくい例え話を持ち出してくる。この不変な態度がいつも通りで安心できるというものでもあるのだが。

 しかし、そうして道なりに沿ってしばらく歩いていると、いくつものプレイヤーカーソルが見えてきた。

 

「あ、キリト? キリトじゃねえか!」

「ああジェイド、あれから(・・・・)会ってなかったな。3週間ぶりか、久しぶり」

 

 そこにいたのは、あの日(・・・)ケイタがこのアインクラッドを永遠に去ってからずっとソロを続けているキリトだった。

 そしてキリトの言った『あれから』というのは、俺とキリトでミンスにオレンジ集団の鹵獲作戦を申し出た日のことだろう。

 さらに少し離れたところには《風林火山》のメンバーも見える。

 攻略組とはいえこんな夜中に……いや、攻略組だからこそこんな下層に一カ所に集まるなんておかしい。当然彼らも説明を受けてここへやって来たはずだ。

 

「急で済まない。あとジェイドには知らせておかねば」

 

 そう言ってミンスがある一転を指さすと、そこには《レジスト・クレスト》のメンツが横並びに立っていた。

 言葉を失うとはこのことである。これは非常に都合の悪いことだった。俺がオレンジ共と斬り合いになる覚悟をしている以上、大事を取って彼らには「来るな」と言っておいたはずなのだ。

 

「ルガ、みんな……なんで……」

「水くさいじゃないかジェイド。今回の目標である『オレンジ2人組』って、あのケイタ君を……その、殺した人の仲間かもしれないんでしょう? ううん、ほぼ確定してるって聞いたよ。そういうのはさ、僕らにも手伝わせてよ」

「でも……あいつらは危険すぎるッ!」

「あの~。ちょっといいかな?」

 

 俺が怒鳴ってカズ達を追い返そうとすると、ロムライルが口を挟んだ。普段通り見た目のゴツさに対して、分不相応な優しい声色だったが。

 

「メンバーが危険にさらされるっていうのは、うちらレジクレとしてはシカトできない。しかもまさか、オレらがリーダーを交代したり無茶なレベリングでケンカしたのも、きみにこんな譲れない理由があったなんて知らなかったよ。……お互い隠し事せずに行こうって、20層の《ひだまりの森》で言ったよね? だからさ……きみをギルドに参加させた以上、ケイタ君の無念を晴らすのはオレらの役割でもあるんだよ。一緒にやろう、ジェイド」

「ロムライル……」

 

 彼の正義感にはいつも感心させられる。実は何の気ない雑談の節々で右翼発言の目立つロムライルだったが、それでもこいつは強すぎる愛国心と民族愛から、見知らぬ他人のためにも同じことができるのだ。

 その行動力については、俺も彼を見習うべきなのだろう。

 

「さて。積もる話もあるかもしれないが」

 

 自分の世界に入り込んでいた俺達を制し、ミンストレルが1歩前に出て場を仕切った。

 

「ひとまずそれは置いておこう。それに人数は多いに越したことはないんだ。……さてクライン君、キリト君、それとジェイド。君ら3人はメッセージで伝えた通り、このまま迷宮区方面へ。正確には、付近にある《圏外村》の《カーデット村》へと向かってもらう。手順はいいな? 1番心配なジェイド、説明してみてくれ」

「オイこら、ケンカ売ってんのか!? …ったく」

 

 俺は少しだけ自暴自棄になりながらも、人の前で話すことに慣れないなか、それでも真面目になって口を開く。

 

「ま、理解はしてるさ。ミンスがおびき寄せると言っている2人は過去に、てか……きっと今も犯罪フラグを立てているはずのプレイヤーだ。そしてこいつらはケイタを……みんなも聞いてると思うけど、《月夜の黒猫団》って少数ギルドのリーダーな。こいつを殺したPoHやジョニーの仲間である可能性が高い」

 

 俺はここで一旦言葉を区切って、俺を囲う周りの連中の顔を見る。そして覚悟が()わっていることを確認すると改めて続きを話した。

 

「そして俺達の目的は、こいつらを攻撃して残りの連中、つまりケイタを殺した張本人の居場所を吐かせることにある。当然、俺達は非マナーを通り越した『犯罪』をはたらくことになる。だけど、俺はあのクソ野郎共を許せないッ! だから力を貸してくれ。……もちろん、無理にとは言わない。俺とキリトで立てた勝手な作戦だ。それでも作戦に乗ってくれる奴だけこの場に残ってくれ」

 

 俺はまたしても黙りこくるが、誰1人動こうとしない。クラインに至っては「ビビってりゃここには来ねーよ」とまで言ってくれた。

 場の空気に呑まれて言い出せない表情がないかだけ確認すると、今1度全員に告げた。

 

「……ありがとう。だまし討ちなんて汚い手だけど、俺にはこれ以上は思いつかなかった。みんなにもイヤな役を押し付けることになる。本当にありがとう……それでミンス、時間の方は?」

「あと30分もないといったところだな。そろそろ配置についておこう。こっちは奇襲する側だ。予定の時間に遅れては元も子もない」

「ああそうだな。みんなも頼む!」

 

 ここで全員が声を上げて「任せろ!」や「やってやるぜ、人殺しは許さねぇ!」と気合いを入れてくれた。

 俺はそれが嬉しくて、つい目頭を熱くしてしまった。死んだケイタにも、今の仲間達を見せてやりたくなる。

 しかし、今ここで泣くわけにはいかない。

 作戦はまだ始まってすらいないのだ。

 それに忘れてはいけない。ここでオレンジプレイヤーを捕まえようと、それはケイタへの手向けであることに過ぎないと。そして過去に犯罪をおかした俺にとって、これは贖罪(しょくざい)であり、見ようによってはマイナスだったものをゼロに近づける作業でしかないということを。

 

「じゃあミンス、俺らはこの層の《カーデット村》に一足先に向かってるよ。《風林火山》と《レジスト・クレスト》の突入タイミングとオレンジ2人の誘導頼むぜ」

「任せたまえ。私としても聖龍連合の件で迷惑をかけてしまったしな。汚名返上のいい機会だ」

「終わったコト気にすんな。今のシゴトきっちり果たしてくれ」

「……フッ、君に言われていては世話ないな。了解だ、今度こそ行ってくる」

 

 それだけを言い残して、ミンスは転移門の奥へ光と共に消えていった。

 あちらはもう任せてもいいだろう。後はこちらがきっちり仕事をするまでだ。

 

「さぁキリト、トムラい合戦だ。絶対に捕らえるぞ!」

「ああ、必ずッ! でもクライン、お前は関係ないのに付き合わせて悪いな……」

「へっ、よそよそしいこと言ってんじゃねぇよ! わかってんだろ? オレ、《はじまりの街》でキリトに会えてホントに幸運だった。なんたって、あの時受けた数時間のレクチャーがオレを生かしているんだから。……なあ、見合うことぐらいやらせてくれよ。じゃなきゃオレの気が収まんないぜ」

「クライン……」

「おいお2人さん、水を差すようで悪いけどそろそろ出発するぞ。こっちが間に合わなかったんじゃシメシがつかねェ」

 

 こうして俺達3人は主街区を出発。《圏外》へ出てからは一言も喋らずにひたすら足と剣を動かし、迷宮区に最も隣接した圏外村である《カーデット村》へと到着した。

 作戦決行時間の15分以上前だ。

 

「ここが……《圏外村》か……」

「ああ、そして決着の場所になるんだ。……その第一歩にしてみせるッ!!」

 

 

 復讐劇が刻一刻と迫りくる。

 抑えきれない殺意を秘め、その手に凶器を握りしめて。

 

 

 

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