SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第47話 巨大な犯罪者達(後編)

 西暦2023年8月6日、浮遊城第32層(当時の最前線35層)。

 

 現在時刻は深夜0時を回って少し。俺とキリト、そしてクラインはそれぞれ村の一角に辿りつき、作戦前の最後の調整をしていた。

 そこへキリトが発言する。

 

「クラインはこの専用ローブを。俺とジェイドは《隠蔽(ハイディング)》スキル持ってるから、作戦通り時間が来たら隠れよう」

「おう! やってやろうぜキリト、ジェイド」

「ああ、わかってる……」

 

 ようやくだ。時間はかかったが、これで犯罪者達の尻尾を掴めるかもしれない。

 ケイタを殺したクソ野郎共を炙り出して、この手で直接制裁を与えてやるのだ。

 それに俺は、この日のためだけに、連日レジクレを無理なレベリングに付き合わせてきた。他にも装備の更新、狩場の選定(せんてい)、俺が一時的にギルドリーダーになってからは、他の3人に数々の強要をしてしまった。

 しかしそれも今日までだ。現に無茶な修業のおかげか、最前線35層に対し俺は現時点で50レベル。誰が相手でもやすやすと遅れは取らないだろう。

 

「(絶対に……このチャンスを逃さない!)」

 

 体感にすると途方もなく長い時間を経て、俺のメッセージタブにカズからの連絡を示すメールアイコンが明滅した。

 

「来るぞッ!!」

 

 俺が叫ぶと同時に2人で《ハイディング》スキルを発動。クラインもローブで全身をすっぽりと覆って、素早く物陰に隠れた。

 《カーデット村》の街灯は少ない。辺りは暗く、木造の小屋が建ち並ぶだけの安全地帯に毛が生えただけのような場所だ。その小屋も古いのか隙間やら穴やら空いているように見える。

 無論この《圏外村》において、テレポートクリスタルで村のどの辺りに転移されるかはすでにテスト済みだ。

 そして……、

 

「(見えたッ! あいつらが……!!)」

 

 青い光が2つ。眩く輝き、そして収まる。そこにはオレンジカーソルのプレイヤーが2人、静かに佇んでいた。

 風林火山とレジクレが捕獲できればそれに越したことはなかったが、どうやら向こうでは逃がしたようだ。それでも、唯一の《圏外村》へ逃げ込んでくるのは計算済み。そのための伏兵だ。

 逃げおおせた2人は、転移が完全に終わるやいなや悪態をついていた。

 

「あのメガネ野郎、俺らを騙しやがった! フザッけんじゃねぇぞ、ちくしょうッ!」

「帰ったらボスに報告だ! 吟遊詩人がオレらを裏切ったってなッ……あん? な、なんだお前らッ!?」

 

 瞬間、俺達が一斉に飛び出した。

 虚を突かれた2人の反応は緩慢だった。

 しかし連中の事情など知ったことではない。俺が気合いと共に容赦なく斬りかかると、ザクンッ、という斬撃音が深夜の村に鳴り響き、敵の左手が肘から切り落とされて宙を舞った。誰かが35層ですでに切り込みを入れ、被弾箇所が重なったのだろう。

 そしてほんの少し削られていたHPゲージは、俺達の奇襲によって一気に半分以下にまで落ちた。キリトとクラインが担当したもう1人、《(サイズ)》を装備したプレイヤーもその右手首から先が《部位欠損(レギオンディレクト)》ステータスとして主の元を離れ、データの欠片となって散っていった。

 グロテスクだが、流血もなければ斬られた腕は数分もたてば元にも戻るのだ。敵にとってはこの程度で済んで僥倖(ぎょうこう)だろう。

 しかし徐々に状況を飲み込めてきたのか、2人の顔が蒼白になっていった。

 

「これまでだゲス共。降参するならよし、しないなら殺す。1分やるから選べ」

「ヒィ、ま、待ってくれ……ッ」

「……洗いざらい知ってることを吐いてもらう。黙ってても、同じように死んでもらう!!」

 

 俺が本気で殺しかねない勢いで剣を構えまくし立てると、2人は完全に怯えきってしまった。

 そして、ほとんど抵抗することなく2人揃って膝をつくのだった。

 

 

 

 それから約半刻。

 念のため2人の犯罪者の体力をレッドゾーンにまで落としておく。アンチクリミナルコード有効圏内に入ると「殺す」という脅しが通用しなくなるため、主街区直前で立ち止まり、改めて尋問した。

 

「どういうことだ? ボスの名前は知ってるのに、ギルド名までは教えてもらってないだと?」

「フザケてんのか、てめぇら……あァ!? 言わねぇとブッ殺すぞッ!!」

 

 俺が胸ぐらを掴んでさらに脅しをかけるが、彼らは目の端に涙を浮かべて助けを懇願するばかりだった。

 

「ほ、ホントだっ! ホントに知らねぇんだ! ギルドを知るにも、加盟するにも、隠された『試験』がある! なァ信じてくれよ……そ、そうだ……場所ッ、なら知ってる。確か25層の……そう迷宮区だよ! 25層って言ったら、死人が出過ぎて誰も近づきたがらねぇだろ? あそこにボスは……PoHはいるっ! いるはずなんだッ!!」

 

 俺やキリトはこの2人の供述に耳を傾けながらも、心の奥ではハズレを引いたことを確信していた。

 あらゆる側面から見て、この連中は使い捨ての下っ端だ。重要なことは教えてもらってはいないだろうし、彼らの証言とて信憑性などたかがしれている。

 

「おっ、キリトとジェイド、みんな合流したみたいだ。ってかこいつらから聞ける情報はもうねぇよ。早ぇとこポータル使って《黒鉄宮》に送っちまおうぜ……」

「…………」

 

 クラインの言う通りだ。俺も限界を悟り、2人の防具から手を放す。

 

「オドして悪かったな。でも、どうしても本当のことを聞き出したかったんだ。25層の話、ウソはないか?」

「そりゃ……もちろん。少なくとも俺らが知る限りじゃあ……なぁ?」

「あ、あぁ絶対だ。それ以上は本当に知らないんだ……」

 

 俺もいい加減諦めて、2人の体力を全快させてやってから彼らをSAO唯一の牢屋、《黒鉄宮》に閉じこめる作業に入った。情報提供してくれたとは言え、やはり犯罪をはたらいていたことに違いはないからだ。

 その精算として、今度はミンスによって裏切られる形となった彼らは、最終的には無言のまま《軍》の『クロムオーラ』と名乗る、ごついおやじ顔の人物に引き取られていった。

 

「すまんなジェイド。結局、力になれなかった。きみの期待に応えることで、ケイタ君に何もしてやれなかった自分を、その……少しでも許してもらいたかったのだが……」

 

 ミンストレルが近づき、まるで懺悔でもするかのように(こうべ)を垂れるが、俺としてはそんなことを望んではいなかった。

 

「やめてくれよミンス。責める気はない。ただ、ひたすら無力な俺が悔しいんだ。……それに、反省してる。当時は考えもなしに怒鳴っちまったけど、あんたはケイタのために最大限のことをしてくれたさ。今回もな。だから、謝らないでくれ……」

「…………」

「でも、一応聞かせてくれよ。あいつらが加入しようとしてたギルドの名前はやっぱ聞き出せてないか? 今までスパイをしていた時、その……会話に出てたとか……」

「『捉えられればその場で聞ける』、これはきみが言った言葉だよ。事前に組織のことを訪ねると怪しまれる。ゆえに聞かなかったし、それに今となっては実行するだけ無駄だったことが証明されている。私が聞いたところで、彼らは知らなかったのだからな」

「……それもそうか」

 

 だが悔しがってばかりいられない。

 気持ちを切り替え、さらに1時間ほど経過すると、再出前の準備も整った。

 深夜1時55分。俺達《レジスト・クレスト》の4人と《風林火山》の8人、続いてソロのキリトも合わせた即席13人パーティは25層へと足を運んだ。

 もし本当にPoH達が潜んでいたら連戦だが、計らずして夜襲を仕掛けられる形になったので賭けに出たのだ。

 しかし俺達が目標ポイントに到達した時、すでにそこはもぬけの殻だった。コソコソと包囲する俺達をどこかで嗅ぎ付けたのか、あるいは斥候(せっこう)のオレンジ2人と連絡が途絶えた時点で潜伏場所を変えたのかもしれない。

 (むな)しいまでに、俺達は非力だった。

 俺とキリトの復讐劇はこうして苦汁をなめながら幕を降ろしていく。巨大な敵は、全貌はおろかその片鱗すら掴ませないまま、再び暗闇へと姿を消してしまうのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 しかし所詮あれは作戦の第一弾だ。1回目がダメなら2回目を、それがダメなら3回目を。何度だって繰り返す覚悟はできている。ミンスも作戦を完遂するまで付き合うと宣言してくれた。口では冷たく言いつつも、やると決めたらとことん貫き通すのだ。

 そもそも、彼がいなければ進展はなかった。長期的な作戦にミンスが参加してくれたからこそ、俺達は一時的とはいえ希望が持てた。

 それゆえに、俺はいま何を、誰を信じていいかわからなくなっている。

 

「(ダァちくしょうっ! ナサけねぇ。なんてザマだ、テメェの見てきた人間を信じればいいだけだろうが!)」

 

 俺は決心して立ち止まると、ヒスイもならって足を止めた。

 そして不安な表情を向けながら俺の正面に立って相対した。

 

「ど……どうしたのジェイド。さっきからあなたの様子、ちょっと変よ? いつもヘンだけど……」

「…………」

 

 相も変わらず失礼な女である。しかし、それでこそ俺のよく知るヒスイ、尊敬する年下のプレイヤーだ。本人の前では絶対に口にしないが、いつも支えてくれることに重ねて感謝している。だからこそ、俺は幾戦の危機に、何度もこの女に背中を預けたのだ。

 俺は意を決し、問いを投げかけた。

 はっきりさせる。白黒つける。答えの開示されていない問題に対して、らしくもない考え事をするのはもうやめだ。

 

「なあヒスイ、正直に答えてほしい」

「へっ? う、うん……なに?」

「さっきの広場で、なんで俺を選んだんだ? 広場に集まっていたソロの連中は他にもいたろ。……そのなかで俺に声をかけた。理由を、ここで教えてほしいんだ!」

「へっ、へぇええっ!? や、ちょ……ちょっと待って、選んだ理由っていきなり。でも……や……あの、その……」

 

 指を口元に当てたまま、ヒスイは早業のように頬を、と言うより(まぶた)あたりまでを朱色に染めていたが、マズいことでも言ったのだろうか。

 

「(どしたんだ。俺はただ、なぜ俺と行動したかったのかを聞いただけで……)」

 

 そこまで考えて俺も思い至る。

 俺はミンスから無茶な注文を受けて悶々と悩んでいたが、彼女にとってそれは認知しないところの話である。真の意味を理解せずに俺の言葉を文脈から表面上だけでなぞっていくと、そこにはあまりよろしくない誤解を生む可能性があったことに気付いた。

 

「ああいや! 俺を選ぶってのはだな、その……パートナー的な意味じゃなくて、えぇっと……」

 

 もはやパニックである。俺はなにを言っているのだ。

 

「(くわぁあああやっちまったッ! ヤッベェよ、体マジ熱い、ってか絶対火花飛び散ってるって! ……顔ヤバいって俺これ……ッ!!)」

 

 だが互いにひとしきり照れくさったあと、俺達は目が合ってどちらともなく笑い出してしまった。

 

「くっ、ハハハッ……な〜にやってんだろな俺ら。でけえギルドがこんな時だってのに……」

「フフ、そうね。ホントおかしい。……それで、ね。あたしがあなたに声をかけた理由は……ね……」

 

 そこで再び目線をキョロキョロさせて煮え切らない仕種をしたが、次の瞬間にはキッと正面を向き、決意を固めたように俺を直視した。

 

「あたしが……あなたを選んだのは……」

「……お、俺を選んだのは……?」

 

 緊迫した空気が流れる。蛇に(にら)まれた蛙とはこのことかも知れない。

 別に、これ以上問い詰める気はなかったのだが。

 しかも彼女は、ここで不思議なチャージを開始した。この間にどんな表情をしていればいいのだろう。緊張の一瞬なんて言葉は、スポーツ中継を聞いている時は本当に一瞬なのに、当事者になってみると拷問のように長く感じるから不思議である。

 

「え、選んだのはね……」

「それは……?」

「その、信用してる……から……?」

「……は、はあ。ナルホド」

 

 「うァアアっ! 人のこと言えないよ!」などと叫んでいるが、もはや俺に向かって変だなんだのと言えないご様子である。子供の初めての告白でもあるまいし、なぜあんなにも溜めたのだろうか。

 

「いや、つっても信用されてンなら普通にうれしいぜ?」

「うぅ……ま、まぁいいわ。ホントのことだしね。……あなた、現実世界での学力を悲観してるみたいだけど、ゲームだと優秀だと思うし」

「ゲームだと優秀とか、実質強みなしって宣言してるぞソレ」

「あと何度も守ってくれたし……」

「……そ、そか。……いやダマされないぞ! どーせ俺がヘタレだから心配ないとかそんな落ちだろ。まったく……ヌカ喜びばっかさせてると、いつか男に刺されるぞ」

「…………」

 

 への字に曲げた口元から察するに、彼女の機嫌が悪くなった。

 ――なぜだ。今のはジョークにならないのか。

 

「……ってなあ、ジョーダンでよ。ええっと……ああそうそう、昼間の私服可愛かったぞ。いつもより細く見えた」

「それもう遅い。しかも微妙にけなしてる」

「ぐっ……ま、まぁ俺も……さっき組まないかって言われた時さ、やっぱテンション上がったもんだよ」

「ど、どうして……そう思ったの?」

「(え、そこ掘り下げてくるん? ……)……ああいや……その、なんつうかホラ……レジクレいないとまたボッチみたいなもんだし……?」

「…………」

 

 なに言ってんだ俺、と。発言に(みずか)ら頭を抱えたくなる。態度的に、相手の機嫌も右肩下がりになっている。

 だがここで意外な、というより救済目標から助けが入り、逆に救済されてしまった。

 

「あっ、うそ!? ……あたしの索敵にプレイヤー反応複数! 場所も近いわ!」

「マジか。他の索敵班じゃなくて? と、とにかく急ごう!」

 

 《索敵》スキルにも制約というか、使用にあたって細かいルールが設けられている。例えば『立ち止まって同じ範囲を索敵し続ける』と、より広範囲、高深度まで調べてくれる。

 早い話が、時間をかければかけるほど効果が強まるのだ。擬態(ぎたい)隠蔽(ハイディング)スキル、あるいはアイテムによる索敵阻害も、使用するだけで永遠に姿を隠せる道理はない。

 そして計らずとも、俺達はその状況を作り出していた。

 

「げっ、こんな時にモンスターかよ。ヒスイ! 1発目頼むッ!」

「了解! 大技用意しときなさいよっ!」

 

 モンスター名は《ウォール・オーガ》。無骨な斧を得物にする、角の生えた筋骨隆々の鬼型モンスター。その名の通り壁のような体躯(たいく)で、総HPをたんまり与えられている。それが3体、進路を阻むかの如く立ち塞がった。

 だがこの層の迷宮区モンスターなんぞ所詮『壁』にしかならない。何体来ようが何秒持つかだ。

 

「せやぁああっ!」

 

 まずはヒスイが先行し、ジャンプと同時に目玉への通常攻撃。

 怯んだ敵の横からヌッ、と現れた新手に対し今度は《反射(リフレクション)》スキルの初級技、《リペルバリア》を発動。片手斧を弾かれて大きくのけぞった敵めがけて、次は俺が追加攻撃を浴びせんと前に出た。

 

「スイッチ!!」

 

 《両手剣》専用ソードスキル、中級高速袈裟五連撃《アクセル・コメッティオ》。単発袈裟斬り《スラント》の両手剣バージョンを、斜め軸に回転しながら5連撃。現段階での最上位ソードスキルだ。

 流れ星の如く距離を詰め、一撃目が決まり、続いて連撃。一撃の重さが他の武器の比ではない《両手剣》カテゴリのソードスキル。5連撃というのは十分な多連技である。

 

「ラスットぉおおおおッ!」

 

 体全体を斜めに傾けたまま俺は4回転、つまりスキルで出しうる最大数の攻撃をしたが、連撃は5で敵の数は3。敵のHPは2ヒットで飛ばせたが、最後の1匹はHPゲージをレッドゾーンすれすれにして耐え抜いてしまった。

 

「うげッ!?」

「なにやってんのよ、もうっ!」

 

 《片手直剣(ワンハンドソード)》専用ソードスキル、初級上段単発突撃技《ソニック・リープ》を使用したヒスイが、俺の真後ろからオーガに特攻。そのままラストアタックを決めると、奴を光の残滓(ざんし)に変えてしまった。

 

「まったく、あたしがいないとホントダメね!」

「ハハッ、わりーわりー。……ところでさ、話し戻るんだけど、ヒスイがルート変えた理由。『何となく』つってたけど、実際はあんだろ? なんか言いたげだったぞ」

 

 俺が埃を払って質問すると、彼女は少し頬を染めて観念したように口を開く。

 

「笑わないって……約束する?」

「おう、男の名にかけてな」

「その……ね、えっとね……昔シズと……あ~つまり、お姉ちゃんと公園でかくれんぼしたことがあってね。あたしがしょっちゅう隠れていた場所と地形がよく似ていたのよ。……そ、それだけ!」

「…………」

 

 俺は片手を顔に当てて、思わずくつくつと笑ってしまった。当然ヒスイには怒られたが、これで再確信することができた。

 彼女は疑いようもなく俺の味方なのだと。俺の非行を正してくれた、正義の味方なのだと。

 

「もーう! 笑わないって言ったのに!」

「(疑って悪かったな……)……あんまフクれるとハムスターみたいになってんぜ。……さ、急ごう! また敵がわいちまうからな」

「……なんか誤魔化された気がする……」

 

 文句もよそに俺は再び走り出した。

 そしてものの30秒ほどで目的地に着くと、注意深く目標地点を観察する。

 

「ヒスイ、人いんの見えるか? 一緒に迷宮区に入った他の索敵班じゃない。何人もいるぞ……おっと、ハイドすんの忘れんなよ」

「わかってるって。それに……いるわね。数は9。ビンゴよ。きっとあそこに、聖龍連合をさらった『ロン』って人がいるはずだわ」

「ああ、早くアスナに知らせよう」

 

 明度がかなり低くなったキューブ型の安全地帯。そこにプレイヤー反応を多数確認した。詳しい状況は遠すぎて読み切れないが、グリーンとオレンジが入り混じっている。

 誰がどのプレイヤーかなどは、ローブで全身をすっぽり覆っているため判別できない。だが敵もバカではないので、こうした小細工は想定内だ。

 強いて想定外なことを挙げるとしたら、発見した潜伏場所にいるプレイヤーの人数だろう。

 

 

「(9人は多すぎるぜ。捕まったDDAは2人だろ? するってーと、7人がかりでやったってか? その割には、オレンジカーソルの数は3つしかねーけど……)」

 

 

 俺が目を離さずに監視し続ける中で、ヒスイが《メッセンジャー・バット》を解放。コウモリ型ゴーレムが迷宮区入り口へ飛び立つ。

 そのまま、援軍到着まで監視を継続させた。

 そして数分後には、アスナが1人で凄まじいスピードで接近して来るのが見えた。

 1人と言うことはここに到達するまでに、モンスターと最低でも3回におよぶエンカウントをしたのだろう。

 

「2人ともよくやってくれたわ。それで対象は……奥の安地ね。こんなところに、しかも9人……!!」

「さあアスナ、コリドーの設定を。こんな事件は早く終わらせましょう」

「ええ。改めてありがとう。協力に感謝するわ」

 

 全員で頷き合ってから、アスナがクリスタルを2つ取り出した。

 蒼色に輝く小型のクリスタルと、濃紺色に輝く大型のクリスタルだ。

 

「コリドー、セットアップ。転移、《ヴィレシア》。……すぐに戻ってくる」

「おう!」

「任せて!」

 

 コリドーの出口をセッティングしたアスナは、続けざまに《転移結晶》を使用。全身が青の光に包まれ、そしてほんの1、2秒で姿を消した。

 主街区(ヴィレシア)についた瞬間、すぐにコリドーを起動するだろう。

 10秒後、予想通り俺とヒスイの間に青白い光の円ができ上がり、その中から30人近いプレイヤーが続々と姿を現した。

 敵に『逃走』という選択肢を取らせたうえで、改めて待ち伏せによる包囲をする。そのまま完全降伏まで持ち込む手筈だ。

 作戦の第二段階開始の合図である。

 

「KoB、こっちだ!」

「迅速に包囲しろッ! 投擲班は逃げようとするプレイヤーへの攻撃を許可する! 絶対に外すなっ!!」

「しゃあぁああッ、行くぜぇえッ!」

「犯罪者を囲めぇ!」

「逃がすなよぉ! 奴らを許すなッ!!」

 

 けたたましい足音。耳をつんざく怒号。せいぜい数人が通ることしか想定されていない無機質な岩壁の通路を、30人にもおよぶトップランカーが走る。

 安全地帯を完全に包囲され、奴らの顔には焦りの表情が浮かぶ。と予想していたが……、

 

「(なんなんだ、アイツら……この状況でまだ余裕があるのか……?)」

 

 前言撤回である。よほどのバカか、そうでないのならまだ対抗策を用意しているということか。

 ともかく、犯罪者達は座っていた状態から腰を上げて人質に凶器を向けるだけで、それ以上のアクションを起こす前に呆気なくKoBによる包囲が完了した。

 問題は人質。頑丈なロープで縛り付けてあるうえ、ご丁寧に全員がレッドゾーンまで落とされている。彼我の距離は数メートル。これ以上近づけば彼らは人質を攻撃するだろう。そうなれば、救助よりも先に殺されてしまう。

 しかし俺は、目の前の光景を呑み込めないでいた。

 

「(く……てか、待て!? こりゃどういうことだ!? ……ガキまでいるぞ。なんでここに……まさか誘拐された子供ってコイツか!?)」

 

 倒れていたプレイヤーはなんと5人。そして彼らを軟禁していたと思われる主犯格は、たったの4人なのだ。あまりにも多い死にかけ(ニアデス)のプレイヤーを前に、不可解なことが多すぎる。

 元KoBのメンバー、今回誘拐事件を引き起こした『ロン』とやらが誰なのか、その顔まではどうやっても思い出せない。ゆえに、装備で顔を隠す彼ら4人からロンを特定することもできない。

 しかし、問題はそんなちっぽけなことではなかった。

 ここに近づくことで新たに得た情報。それは……、

 

「どうなってんだよ!? 捕まってんのは2人のはずだろ!?」

「……お、おいアレ! 縛られてるのロンか!?」

「ほんとだ……じゃあ、あの4人は……?」

「(はァ!? ンだよそりゃ!)」

 

 部隊の誰かが口々にそう叫んだのだ。

 俺は今度こそ耳を疑った。

 『ロン』が捕まっているというのか。その人物は誘拐犯、つまり加害者側だったはず。その彼が逆に、オレンジ集団に捕らわれの身として床に転がっているとでも?

 

「(じゃあ、あの4人はいったい……ん? 1人は女か?)」

 

 俺は敵である4人のプレイヤーの1番左端にいた人物に注目した。

 顔はフードのアイテム効果によって認識できない。だが、顔を伏せているその人物は、女性のような骨格をしている。そして唯一のグリーンアイコンでもある。

 いま考えるべきではないのかもしれないが、おそらくこいつこそがミンスの言っていたスパイ犯なのだろう。ついでに、これでアスナとヒスイの容疑が晴れたわけだ。

 だが俺はそんなことが頭から消し飛ぶほど、重い衝撃を受けた。細々と立つ女性と(おぼ)しきプレイヤーとは対照的にこれ見よがしに堂々としている3人。その中央にいる男がフードを取ると……、

 

「(PoH……ッ!?)」

 

 瞬間、うなじに痛みが走り、苦い記憶がよみがえる。

 浅黒い肌、顔には傷を模した刺青(いれずみ)。誰も信じない目。世界を(あざ)笑う忌々しい表情。

 狂気の犯罪者が正体を現した。

 

「なんで、てめェが……!!」

「Hey、久しいな。また会えて嬉しいぜ」

「くっ……ザケんな!! てめェはッ!!」

「待ちたまえジェイド君。今はこちらの話を優先させてもらう」

 

 ヒースクリフの制止が入り、ようやく俺は押し黙った。

 今すぐにでも斬りかかり、目の前の犯罪者を八つ裂きする衝動を抑えて。

 

「(こんな奴がいたせいで……っ)」

 

 こいつのせいで、ケイタは命を落とした。紛れもない殺人者だ。

 PoHはこの期に及んでまだ薄ら笑いを浮かべている。

 俺のよく知る投げナイフ使いも、両脇に控えるどちらかの人物なのだろう。だがどういうわけか、俺はPoHのネーム上に表示されたギルドアイコンを知っていた。

 黒い棺桶が2つと、不気味に強調された悪魔の笑顔。このエンブレムこそ《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》が現在も最前線で使用しているアイコンそのものである。

 新進気鋭の少数精鋭攻略組ギルドと謳われた《ラフコフ》は、犯罪者筆頭のPoHを頭にして動いていたのだ。

 灯台下暗しとはいえ、信じられないほど大胆なことをしている。実際、フロアボスと果敢に戦っていたラフコフの戦闘員が、まさかPoHをギルドマスターに据え置いていたとは考えもしなかった。

 だがこれだけの人数に目撃されたからには、彼らはこれまでのような参戦はできないだろう。いくら一級品の装備で厳重に全身をくるんでいても、PoHやジョニー・ブラックなどの数人の古参を除き、平均レベルやステータスはたいしたことない。おまけに今後は、ラフコフメンバーは見つかり次第血祭りだ。

 KoBはともかく、少なくともDDAがこれを知ったら本当にやりかねない。

 

「これはこれはKoBの団長殿。お目にかかれて光栄だ」

「御託はいい。《ラフィン・コフィン》……暴行、監禁、脅迫の理由、その手口。すべてを吐いてもらう」

「く、ククククっ」

「何がおかしい? きみ達は完全に包囲されている。抵抗は無駄だ。投降して武器を捨てたまえ。そうすれば……命は保証する」

 

 まるで主賓(しゅひん)をもてなすかのように、PoHはフードの袖の中から濃紺色に輝くクリスタルアイテムを優雅に掲げた。

 その発光、形状は、つい数十秒前にアスナが使用したものとまったく同じだったのだ。

 

「コリドー……クリスタル!?」

 

 周囲の武装集団30人が同時に驚愕し、そのうちの誰かが(うめ)くように言った。

 その手に持つは《回廊結晶(コリドークリスタル)》。出口を設定しておけば、どこへでも、何人でも瞬時に転送できる、現状最高級のレアアイテム。犯罪者がこれを使えば、追跡する手立てはほぼ消滅する。

 単純に(コル)に変換するだけでも、攻略を大幅に躍進させるほどのまさに金塊アイテムだが、まさかそれを脱出に使用するとは思わなかった。

 いや、そんなアイテムを手に入れられるほど、オレンジ集団が巨大な組織だったと考えてもいなかった。

 抑揚のない声で、それでもどこか楽しそうに、PoHは透き通るような美声を放った。

 

「さあ、楽しもうぜ! イッツ、ショウタイムッ!!」

 

 俺は奴を囲むKoBの顔ぶれに戦慄が走るのを感じた。

 危険な歯車は、全員の予想を遙かに超えた速度で回りだす。

 

 

 

 

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