SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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アグレッシブロード3 真相

 西暦2023年10月14日、浮遊城第40層(最前線43層)。

 

「ヒヒヒッ。俺らの場所を特定させ、誘拐自体をプレイヤーへ浸透させる。良い感じじゃないか。あとは俺らが本番で殺るだけだァな」

 

 ここは40層の迷宮区で、マップの隅に位置する安全地帯である。石造りの壁と床では寝心地がいいとまではいわないが、こちらの目的が一定期間の潜伏なのだから文句は言えまい。

 そしてこの場にいるプレイヤーはざっと10人。俺とザザとヘッド、そして『餌』の7人だ。

 作戦の前段階で必要になったガキが3人と聖龍連合(DDA)のメンバーが新旧揃って3人。そして今回の事件、主犯に祭り上げられた哀れな元KoBの奴が1人。いずれも終わりの瞬間を待ちわびてここで待機中である。

 そこで唯一喋れる状態の元KoBメンバー、すなわちロンと呼ばれる男が叫ぶ。

 

「あんたらは……ただのクズだ。低俗野郎! いいか、俺はお前達を許さないぞ……仲間がすぐに助けに来るッ!!」

「あ~うっせーなァ。……く、クククっ、あァ斬りてぇッ! 早く斬りてぇよヘッドぉ!!」

「Wait。我慢の利かねえ奴だよお前は。もう少しの辛抱だ。……ザザ、ロープの耐久値はあるんだろうな」

「余裕だ。抵抗したら、殺される。だからこいつらは、抵抗しない。耐久値も、減らない」

「ザザよォ、そのテンション下がるしゃべり方って、何とかなンねぇの?」

 

 俺はわりとマジで訪ねてみたが、あいつは肩を透かして溜め息をつくだけだった。

 意訳すると『変える気はない』らしい。

 

「ちぇっ、まいっか。……おいロンとやら。もうすぐKoBの連中が助けに来ると聞いて、心境どォよ? 期待と焦りが合わさってイカれる寸前なんじゃね? しゃべっていいから、ほら」

「お前らは……本物の屑野郎だ……」

「くっくっく。まさにテンプレ通り!」

 

 ロンは捕まった当初こそ穏便に話し合いで解決しようとしていたが、それが無理だと悟ってからはこの通りだ。ことあるごとにでかい口を叩くようになった。

 それも、この男が『まだ殺されることはない』と確信しているからだろう。捕まった自分に利用価値がある以上、殺されるわけはないと。

 もっとも、この男に付随していた『利用価値』はその大半をすでに消滅させているが。

 

「ちったァ文句の1つも言えるようになったか。上等だよ、いい傾向じゃねぇか」

「くっ……だいたい、なぜこんな回りくどいことを……? 殺しが目的なら、ここまで手の込んだこと……」

「ヒャッハハハァ! いいねいいねぇ」

 

 俺は立ち上がるとロンの正面まで歩いて、その場で座り込んだ。身動きのとれないロンは首だけ俺の方に向け、少しでも情報を引き出そうとしている。

 

「く、クククっ……お前の存在が、この策を立案させたんだぜ? 皮肉だよなァ、ガキ共をかくまってくれたおかげで、それがトリガーとなったンだからさ!」

「どういう、ことだ? まさか……ッ!!」

 

 奴もようやく理解したのだろうが、回答へ辿り着くにはいささか遅すぎたようである。悲痛な叫びも、正四角柱に切り取られた安全地帯に空しく響くだけだった。

 この男は25層戦の惨劇に耐えきれず、KoB脱退の決意をした。そしてそれが、すべての始まりとなった。

 これは俺達《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に仕える情報屋から直接聞いたことと、そして俺が実行した作戦の全ての事象だ。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 春も終盤に差し掛かった5月22日。

 ロンはフロアボスに勝てる見込み――どころか、敵を瞬殺できる可能性が十分にあった中で25層戦へと赴いた。

 だが、結果は知っての通りである。

 討伐こそ成功したものの結果は惨敗。そしてたった1人だけ発生したKoBにおける被害者、ロンにとって親しい友を亡くし、こいつは深い喪失感の中で完全に戦意を失った。

 一種のメンタルダウン状態である。アクティベートに向かったKoBにはついて行かず、1人25層の主街区へと帰って、次の日にはKoB脱退を団長であるヒースクリフに申し出たのだ。

 それから3ヶ月以上が経過した。

 こいつは《攻略組》として過酷な生活をしていた過去の自分と、苦しいことを団員に押し付けて1人のうのうと生き続ける今の自分とのギャップに悲鳴を上げた。

 ここが人間の愚かなところだ。抗う意欲の湧かない己の弱さに嫌気が差したのに、とうとう我慢できず宿を飛び出してしまった。

 行き着いた先は1層主街区、《はじまりの街》にあるしがない教会だった。

 知っていて向かったのではなく、ただ放浪していたらたまたま目に留まったらしい。

 ましてや都合のいい懺悔(ざんげ)ができるとも思っていなかっただろうが、ロンは見えない力に吸い込まれるように教会に足を運び、その門の戸を叩いた。

 

『あら……どちら様です?』

『えっ? あ、ああ。ロンというものです。プレイヤーが住んでいるんですか……?』

 

 意外にも中にはNPCではないプレイヤーがいた。『サーシャ』と名乗る眼鏡をかけた女性に教会内に導かれると、そこで多くの子供プレイヤーを目にしたそうだ。それは正式サービスが始まって以来、サーシャが保護してきた子供達だった。

 そして2ヶ月と少しの間、教会に保護されていた子らと触れ合うことで名前を知り、性格を知り、共に生活できることの楽しさを知った。と同時に思ったのだ。この子達を閉じこめ続けるわけにはいかないと。解放しなくてはならない。大人の自分にはその責務があるのだ、と。

 使命感は膨れ上がり、それは攻略再会の合図となった。

 しかし、それこそラフコフにとって千載一遇の鐘の音でもあったのだ。

 攻略を再開してたったの2週間後のこと。『子供達のうち何人かが姿を消したまま返ってこない。ロンは何か知らないか?』と、教会にいたサーシャからメッセージが届いたのである。

 ロンはメインメニューから探索するも、迷宮区にでもいるのか居場所は掴めなかった。そして子供達は1層のフィールドですら満足には戦えないはずなのだ。

 攻略はすぐに中断され、行方を眩ました子供の捜索が始まる。

 手がかりすら掴めないなか、しかし探す努力をやめなかった。《生命の碑》にラインが引かれない限り、ロンは諦める気などなかったからだ。

 だが進展もないまま時間だけがたつ。満足に食事も採っていないだろう子供達を想い焦ったロンは、切羽詰まったまま1人の情報屋に辿り着いた。

 その人物の詳しい素性すら知らぬまま。

 俺達の仲間だと、疑いもしないまま。

 そうとも知らず、情報を鵜呑(うの)みにし、いち早く失踪の原因と伝えられた現場へと向かった。

 そうやって子供達も狩場に引致(いんち)されたというのに。

 

『お前……達は!?』

『ハッロー! マヌケな羊ちゃん!!』

 

 待ちかまえるのは俺達ラフコフ集団。情報屋を通して位置が筒抜けだったこいつを囲い、力量差を持って制圧することはいとも簡単だった。

 ここまで派手に行動した結果、後に子供プレイヤーを何人も(さら)った凶悪事件として最前線にまで轟く大事件と化したが、やはり俺達の知ったことではない。

 ロンと子供プレイヤーを取り押さえたこの日、作戦の第一段階を終えた日付は10月13日。今の俺達からすると昨日の話だった。

 

 そしてここからは作戦の第二段階。

 と言っても、情報屋1人に誘導を任せている間、第二段階も同時進行していた。それどころか、初動こそ遅くとも完了したのは先である。

 作戦は単純。アリーシャを仲介役として、絶望に扮していた『あるプレイヤー』にあつらえ向きの希望をちらつかせることだった。

 彼女も容姿にだけは恵まれた女性だ。ターゲットは無論男性で、名は『クリント』。無名時代から《クリント・クロニクル》を名乗り、DDAに引き取られてからは《連合のクリクロ》として名を馳せ、今や引退した情報屋の、その片割れ(・・・)

 クロニクルを、つまり最愛の兄弟を失って失意の底に身を伏せる1人の男。

 俺達を嗅ぎ回ったことにより殺すことは確定していたが、表立っていないだけで前回の作戦(・・・・・)ではずいぶん邪魔されたものである。

 いずれにせよ、対象にまともな思考回路はなかった。

 

『お話はとてもありがたかったです。でも、なんで僕にそんな話を……? 売ればきっと大儲けできたのに……』

『やだなぁ〜、お金なんていいのよ。それにアタシのこと覚えてない? ずっと前、あなた達の情報で命を救われたの。だからね……グスッ……お兄さんが死んだって聞いて、アタシとっても心配してたの!』

『そんな……こと……』

『恩返しさせて! アタシ達でお兄さんを生き返らせましょう!』

 

 これはアリーシャの手柄と言っていい。ラフコフの情報屋にはできなかっただろう。

 『蘇生アイテムがある』などと調子のいい話をチラつかせても、そんな事実を情報屋が知っている時点で、もっと急速に広まっていないと辻褄(つじつま)が合わないはずである。なにせ彼らは、それを迅速に売りつけることが仕事なのだから。

 現に1回目はケイタなる人物に相当怪しまれた。最終的にはクライアントが多額のコルを積み込むことで口封じされていたと言い訳したが、今回は情報屋でもなんでもない女性プレイヤーだ。ここが改良点である。

 できすぎの儲け話を持っていたとしても、『自分はわざわざ情報を売り出していない』とでも断っておけば十分筋は通る。実際クリントは、兄のクロニクルを蘇生できるかもしれないというアイテムについて、神の奇跡だと信じてしまった。

 討伐、捕獲系クエストではなく頭脳戦が鍵を握るものだと(うそぶ)かれ、座学に自信のあったクリントはすぐさま宿を飛び出し虚構のアイテム探しを始めることになる。

 これが10月11日。この2日後に捕まえられることがほぼ確定的だったロンやガキを含めれば、5人目の捕獲者誕生の瞬間だったと言えよう。

 

 ここまで来ればあと作業だ。

 第三段階。殺しかけておいたクリントの首元にナイフを突きつけつつ、『DDAのメンツを呼び寄せろ』と脅迫。クリントはDDAの戦力を照らし合わせ、あわよくば撃退できると踏んだ。あるいは『信じた』のか、俺達の指示した通りの文面をDDAメンバーの2人へ送りつけた。

 しかし彼の情報は古すぎた。クリントがオレンジに探りを入れていた頃……つまり29層が最前線だった4ヵ月前よりも、俺達ははるかに戦力を増していたのだ。

 2桁に迫るラフコフメンバーでこれを圧倒。捕獲者はこの時点で合計7人にも及んだ。

 次は元KoBのロンが自分の名を載せつつ、KoBへ『DDAの人間を拉致した』というメッセージを送りつけること。

 やはりというべきか、クリントの判断ミスで攻略組2人があっさり拉致されてしまった事実を前に、ロンは激しく抵抗した。終いには殺されてでもお前らの作戦を阻止してやると、頑なに俺達の要求を拒んだのだ。

 だが作戦の立案者であるヘッドにとって、起こり得るすべての現象は想定内だった。

 捕らえた子供プレイヤーというカードをここで切ったのだ。

 あえて体力ゲージを満タンにしておいたガキ共を連れだし、目の前で『殺戮ショー』を始める。

 とても攻撃用とは言えない食事用のナイフで、ヘッドはじわじわと(なぶ)った。ガキ達は「ロンお兄さん! 助けてぇ!!」なんて必死に泣き叫ぶのだ。そしてHPがレッドゾーンにまで落ちた時、ロンはとうとう観念した。

 言われた通りにすると。

 子供を殺さないのなら、指示に従うと。

 

 

 これは、作戦の全てのフェーズが完了を告げた瞬間だった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 こうしてDDAは元KoB団員による脅迫(メッセージ)を信じ込み、今ではKoBに戦争でも仕掛けかねないほど気が立っている。さらに当の本人であるKoBの連中も事件を引き起こして放っておくわけにはいかず、主街区で対策チームを形成していると聞いた。

 あとは最終段階を待つだけだ。

 それにしても、子供の拉致とその使用方法を耳元で知らせたあの感覚は秀逸だった。遂に心の折れたロンの顔など、思い返してみても傑作(けっさく)の一言に尽きる。

 

「イッヒヒヒ、世の中偶然なんてものはねェ。ちなみに、KoBのフラストレーションを溜めたのも俺達だぜ。DDAがイキるわけだ」

「……この……っ、クサれ外道が!!」

 

 この上なく(しわ)を寄せてロンは俺を睨むが、そんなものは殺しの前の気の利いたスパイスにしかならない。

 財源の確保だってそう難しくはなかった。ラフコフは結成こそしたが、殺しの集団だとは誰も言っていないのである。オマケに金だけは一般人から殺す前に必ずむしり取っているので、おのずと装備は一級品となる。

 目的は、攻略ギルドへの発言権。

 感触ではほぼ達せられたと言ってもいいだろう。強引に割り込んでフロアボス戦にてラストアタックを決めた俺らの部下は、つい最近までノリにノって迷宮区の外で暴れまくっていたところである。

 ロンに送らせたメッセージ、『古巣であるKoBに手を出すな』なる台本も、俺達ラフコフがKoBにちょっかいを出していたからこそ効果が生まれた。

 

「DDAにとっては格好のチャンス……けしかけるよう誘導したわけか……」

「ヒヒッ、いい洞察力だ」

 

 おそらくは、横で猿轡(さるぐつわ)に見立てた布を噛まされて同じように横たわっているDDAメンバー2人とクリントも、さぞかし疑問に思っていただろう。

 しかし、ここでもこの男は冷静だった。

 誇示する力を増したギルドが、自分ら大ギルドをよそに正面衝突している事実。漁夫の利を得ようと、DDAの能無し連中がKoB潰しに取り掛かるのはごく自然のこと。

 

「ま、考えたの全部、俺じゃなくてヘッドなんだけどな! ヒャハハハハッ」

「どうして……そんな、ことを……」

 

 ロンはようやく作戦の全貌を理解したのか、一連の煽動に驚いた声を上げる。それは横にいた新旧お揃いの3人のDDAメンバーも同じだった。

 きっとこんなことを考えているのだろう。

 『だとしても、この男達の作戦がいくつか成功したのだとして、そもそもこんな回りくどいことをする必要なんてないじゃないか?』と。

 もっともな意見である。しかし……、

 

殺人集団(レッドギルド)宣言。……そう、単なるオレンジとは格も存在意義もまるで違う、新たな組織の誕生祭。それを世に知らしめる!!」

「なっ、そんな……たったそれだけのために、こんなくだらないことを……っ!!」

「うっせェんだよッ!!」

 

 俺は立ち上がり様にロンの顔をめがけて蹴りを入れた。

 ドガッ、と嫌な音が聞こえるが、芋虫のように苦しそうな呻き声すら無視してその頭に靴底を乗せてやる。が、ロンは口を動かすのをやめなかった。

 

「ぐ……無駄な、ことを……。因果応報という言葉を知ってるか……ッ」

「黙れ」

「そもそも、グリーンの誰かが主街区まで行って、パブリックスペースの掲示板にでも書けば済む話だ。バカ正直に『私達が殺しています』とな!! ……それが嫌なら、目についた奴から斬りかかって言い聞かせれば済む話だろう」

「ハッ、それじゃあダメだ。この世界にはたった数千人しかいないんだ。残機が少なくてな。手当たり次第はスマートじゃない。そんなんじゃ俺らはいつか捕まっちまうしな。そうさせないために、作戦を用意した」

 

 足を退けると相も変わらず刺々しい視線を感じたが、俺にとってはどこ吹く風だった。

 しかしもっと煽ろうとした瞬間、組織の頭から仲裁が入る。

 

「Heyジョニー、遊ぶのもいいが警戒を怠りすぎだ。アリーシャが来てるぞ」

「ん、ああスイマセンねヘッド。……んでアリーシャ、KoBが来んのはいつ頃だ?」

 

 目線と興味の先をロンから逸らし、安全地帯の出入り口へ向けると、そこにはアリーシャが突っ立っていた。

 若干顔をうつ伏せて暗い顔をしている。しばらく黙りこくっていたが、終いには拉致ったメンバーに申し訳なさそうな視線まで送っていた。

 

「おいおいナニ渋ってんだァ! ほうけてねぇでとっとと報告しろ!」

「待てジョニー。……アリーシャ、答えろ。与えた任務はどうなった?」

 

 ヘッドが改めてアリーシャに聞き直すと、体をほんの少し跳ねさせてから震えた声で切り出した。

 

「あ……あと数分でKoBは迷宮区に差し掛かる。……ここを探し出すのも、そう時間はかからないと思うわ」

「オイオイんだそりゃ!? いくら何でも急過ぎんだろッ! こんなギリギリまでどこほっつき歩いてたんだよテメぇ!?」

「ジョニー! 黙れと言っている。……さてアリーシャ、報告が遅れた理由はあるんだろうな」

「あっ、アタシだってバレないためにはそうそう自由に動けない! それに……さすがにこれはヤバいって。いくら何でも人数が多すぎる。……それに、子供まで……」

「アリーシャ」

 

 ヘッドが名を呼んで感情をコントロールしようと試みるが、蒼白となった彼女は生気を失い、まるで箱入り娘のように縮こまっていた。

 ただの脅しや盗みをはたらく分にはまだよかった。しかし、こいつは殺しに対してそこまで理解を示さないのである。

 『直接殺し』を初めてやった時から思っていたが、どうやらこの女に素質は無いのかもしれない。ケイタとやらを殺す際も結局この女は手をだしていないのだ。少なくとも、殺しの現場へ連れていく機会は減るだろうし、そこはヘッドも感じているだろう。

 

「アリーシャ、お前は複数の命令を与えられつつ、目まぐるしい働きを見せた。だから今回だけは免除してやる。……だが、覚えておけ。次そんなくだらねぇこと抜かしたら、お前が俺らのターゲットになるかもしれない。……いいな?」

「わ、わかってるわよPoH! わかってるわ。……それぐらいのことは……」

 

 アリーシャとの会話はそれっきりだった。

 俺達を避けるように座り込み、そのまま顔の認識阻害効果のあるフードを目深(まぶか)に被ってしまう。

 

「(死人を見るとすぐこれだ。ガキも女も関係ねぇだろうに。殺しを見せんのは今回限りかもな。……それとも、逃げ出す前に始末確定とか? ヒヒッ)」

 

 そこはヘッドの采配によるので俺の管轄(かんかつ)ではないが、彼もおそらく同じ結論を出しただろう。

 ギルド結成時からいる5人。その1人だっただけに少々惜しいが、ここ3ヶ月行動を共にして言えることは、彼女は期待はずれだったということだけである。同情で続けられるほど甘い組織ではない。

 

「Aw,Fuck it。客人が来るならもてなすのが礼儀。ジョニー、おしゃべりは終わりだ。口を縛っておけ」

 

 指示通りロンの口も布で縛り上げておく。そうしてしばらく時間の経過を静かに見届ける。

 そして、ついに命運を決する時がきた。

 

「Come on bitch.KoB」

「スキルに反応。騎士長と、その団員だ。その場に留まると、索敵は優秀だな」

「ヒヒッ、攻めてきたァッ! マジで来たぜあいつら! ……ってなにぃ!? な、なんだこのデタラメな数は!?」

 

 しかし俺は目を疑った。

 《索敵》スキルに反応があったのは初めこそほんの2、3個だった。にも関わらず、数分もしない内に数え切れないほどに増えたのだ。文字通り完全に囲まれてしまっている。クリスタルアイテム無しでの脱出は不可能だろう。

 

「慌てるなジョニー。俺の命令通りに動いていればいい」

 

 ヘッドの言葉を聞いて、俺は取り乱しかけていたことを恥じる。

 そうだ、この男がいれば何も問題ない。その頭脳を信じていれば何も心配なんていらない。彼と共に行動してから、たったの1度(・・・・・・)しかミスなどしなかったのだ。

 1度だけ殺しそびれた連中がいたが、しかしそれも自らを危機に陥れるものではない。

 

「KoB、こっちだ!」

「迅速に包囲しろッ! 投擲班は逃げようとするプレイヤーへの攻撃を許可する! 絶対に外すなっ!!」

「しゃあぁああいくぜぇえッ!」

「犯罪者を囲めぇ!」

「逃がすなよぉ! 奴らを許すなッ!!」

 

 そして迫り来る。30人にも及ぶ攻略組プレイヤーが。

 だが奴らは、俺達を完全包囲したにも関わらず一様にして固まっていた。眼前で縛り上げられたかつての仲間を前に、軽率な行動が取れないでいたのだ。

 

「(連中もどう動くべきかわかんねぇ状態か……)」

 

 何せ主犯だと聞かされていたロンは、目の前で地に伏せている。

 ついでにまったく別の事件だと思われていた子供プレイヤー拉致事件の被害者や、元DDAメンバーであるクリントの姿。

 見ただけで全貌を看破することなどできやしない。特にDDAは無駄にプライドが高い。己らの失態は必ず隠すギルドであり、そしてその特性をヘッドが存分に活用しているからだ。

 きっとKoBは《連合のクリクロ》の生き残りがなぜこんなところにいるかさえ理解できないだろう。

 だが睨み合いは続かず、1人の男が声を荒げた。

 

「PoH……なんで、てめェが……!!」

 

 どこかで聞いたことのある声だった。

 非常に不快な声だ。そしてその解をヘッドが即答する。

 

「Hey、久しいな。また会えて嬉しいぜ」

 

 俺もここで完全に思い出した。あれは17層で3人組をターゲットに定めた時だったか。

 殺しきった方が、むしろ記憶からは薄れる。そう、初めて(・・・)殺しを達成できなかったがゆえ、ジェイドとやらは思い出せた。

 その隣にいる女も当然覚えている。19層でカインズというプレイヤーを殺した時、たまたまターゲットにされなかったソロの女。そもそも《反射剣》と名高い有名プレイヤーだ。

 もちろん、19層で殺さなかった理由はある。あの時の俺とヘッドが『グリーンカーソル限定』縛りの殺しをしていたから――ではない。あれは情けをかけないという建前の通告だ。殺人と言っても女子供には容赦する、などという噂が立つのも目障りなのでわざわざ他に理由を作っておいただけ。

 慈悲があって見逃したのではない。

 ある人物に「あの女を獲物にくれ」と要求され、それをヘッドが受け入れたから。だからあの女はまだ生きている。ただそれだけだ。

 

「くっ……ザケんなッ!! てめぇの出る幕じゃねェだろッ! こんなとこに……っ」

「待ちたまえジェイド君。彼との間に何があったか知らないが、今はこちらの話を優先させてもらおう」

 

 騒がしかったジェイドとやらを遮って、今度はKoBの団長サマが直々に1歩踏み出した。

 団員も固唾を呑んでその後ろ姿を眺めている。

 

「これはこれはKoBの団長殿。お目にかかれて光栄だ」

「御託はいい。君らのギルド《ラフィン・コフィン》が、そこに横たわっている7人……ロンと情報屋クリント、そしてDDAのメンバーや子供達を監禁している理由とその手口。全てを吐いてもらう」

「く、ククククっ」

 

 余裕ぶっている団長サマを拝見すると、確かに笑いが込み上げてくる。俺も堪えるのが大変だ。

 

「何がおかしい? 逃げ場などない。君達は完全に包囲されているし、抵抗は無駄だ。投降して武器を捨てたまえ。そうすれば……殺すことはないと約束する」

 

 作戦の最終段階。それはもう、始まっている。

 ヘッドが隠して見えないようにしていた右手を、裾の奥から覗かせる。その手に発光する固形物を持って。

 

「コリドー、オープン! ……さあ、コリドーが閉じるまでの1分間! 楽しもうぜ! イッツ、ショウタイムッ!!」

 

 ヘッドの右手の中で《回廊結晶》が破砕すると、その真後ろに光のサークルができ上がった。

 さらにそれを見て、俺達を囲むプレイヤーが一斉に身構えた。俺達に逃げられる可能性が発生して、今さらながらに慌てているのだろう。

 

「おぉっとォ、1歩でも動いたらガキの首がトぶぜ?」

「くっ……皆動くな。投擲班、武器をしまうんだ……」

「ククク……いい子だ。さあ、世紀の瞬間に立ち会えた諸君、お前らは運がいい。滅多に見られないショーを特等席で味わえるんだぜ?」

「……ッ!」

 

 いきなり、見ていられないとばかりにアリーシャだけ離脱してしまった。

 もとより彼女の出番は終わっていたため、好きなタイミングで離脱していいとは言っていたが、それにしてもイベントを大切にしない女だ。

 ――まあ、そんな奴は放っておこう。それよりも……、

 

「くぅ~、やっぱヘッドはシビレるぜ! 団長サマよォ、アテが外れたな! ナンとか言ってみろよッ!!」

「くっ……」

 

 ウワサのトップギルドの長も、この時ばかりは対処に遅れていた。

 1秒すら無駄にしてはいけなかったのに、現状打破の考察に時間を要していたのだ。それだけ動揺している証拠でもある。

 

「……要求を聞こう。どうすれば救える?」

「Non Non。助けたいなら頭を動かせ」

「……では聞こう。なぜ……《圏外村》が包囲済みだとわかったのだ」

「こんな時にも情報収集か? クク……あんたが『逃げ場がない』と言った時点でこっち(・・・)を使うことは確定していた」

「ほう、では次だ。《回廊結晶》は高額だ。その資金はどこから得た?」

「死人から。正確には殺す直前のターゲットからだ。金を出すと存在意義が消えるとも知らずにな。クックック、まあおかげで金には困らねぇよ」

 

 30人規模で一様に表情を険しくするのを見ると、ある種壮観ですらある。

 もっとも、そう仕向けている人物はヘッド本人だったが。

 

「……まだ持ち上げる必要があるか? 長い準備期間だったらしいが、ならばお前達の目的はなんだ?」

「やっときたな。目的は宣告だ! ギルドの名は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)。史上初の殺人集団(レッドギルド)! 巻かれるだけの大衆はよく覚えておけ! それに、そんなに返してほしけりゃ……ほらよォッ!!」

 

 ガキの首根っこを掴んだまま、それを高く放り投げた。

 前線プレイヤーの筋力値だ。ガキの体が放物線を描くような軌跡でゆっくりと飛ばされていく。

 

「あっ、危ないッ!」

 

 《反射剣》がとっさ叫び、それに呼応して《閃光》がガキを受け取ろうと前に出た。

 だがその前に俺が動く。いや、すでに動いていた。

 ナイフを、空中にいるガキめがけて投げたのだ。

 俺の投擲用ナイフは一点に吸い込まれ、急所である『首』に命中。レッドゾーンだったプレイヤーの体力を余すことなくゼロへ。

 《閃光》は細かい光の粒となったデータの雨を浴びた。

 

「あ、あ……あああッ……!!」

「うわあ! やだ! やだよぉ!!」

「ヒャッハハハハッ!! そ~らよォッ!!」

 

 布がほどけ声を出せるようになったガキが、最後に口から放ったものは絶叫だった。

 パリィンッ!! と。さらにもう1つ。次々と。殺しかけにしておいた全員の命を、ヘッドと俺と、そしてザザで葬っていった。

 あの世へと。

 断末魔のオーケストラ。

 それは、ゆっくりと上昇する打ち上げ花火が破裂する瞬間に似ていた。

 それは、ジェットコースターが昇り切った頂上から射出される瞬間に似ていた。

 脳が焼けるような甘美に深く陶酔(とうすい)する。

 だがこれは茅場の生け贄だ。茅場晶彦の背負うべき罪だ。俺達はゲーム内におけるプレイヤーの『HPゲージ』をゼロにしたにすぎず、脳神経を焼き切るプロセスには関与していない。

 それなのに。

 なぜか(・・・)ヒースクリフの思考と動きが停止していたのだ。

 まるでそれらの全てが自分の責任であったかのように。彼は何1つ命令を下すことができなかった。

 そしてこの沈黙の一瞬は決定的なものとなる。俺達を包囲していた連中が遅れて走り出したが、その数メートルを詰めることすらできなかったのだ。

 人間の感情を利用した心理戦、それに俺達は勝利した。

 

「あばよ愚民ども! せいぜい記憶に刻むことだ! このレッドギルドの名を!!」

 

 俺達の脱出後に、光の輪が消えた。

 これを最後に全ての情報は遮断される。連絡も、繋がりも、手がかりも、機会も、奴らは完全に見逃した。この日この時、俺達を捕らえられなかったことを奴らは後悔することになる。そして恐怖し、畏怖し、戦慄して、おののくのだ。

 楽しい、実に楽しいショウタイム。

 慟哭(どうこく)さえも、俺達には届かない。

 

 

 

 これは後に聞いた話である。

 人質救出作戦に失敗したKoBはDDAから目の敵にされ、しばらく集中砲火を浴び続けることになった。

 そして世界の成り行きを変えた史実として、10月14日を境に《ラフィン・コフィン》の名がソードアートの隅々にまで響き渡った。世界最大かつ最凶のレッドギルドがこの世界に君臨したのだ。

 恐怖はプレイヤーに伝播(でんぱ)する。

 俺達の作戦は、ここでその最終段階までを完全に成し遂げたのだった。

 

 

 


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