西暦2023年11月18日、浮遊城第47層。
主街区《フローリア》は花の都と称されるに恥じないほど、フィールドが多種多様な花に満ちる層である。
その影響か、化粧類やアクセサリー専門店の市場規模も過去最大を誇り、他にない珍しい調度品から、着飾るためだけにあるパラメータ皆無の装飾品が山ほど売っていた。ボリュームゾーンのプレイヤーが、なけなしの
またけしからんことに、ここは街からフィールドに至るまでデートスポットとしても有名になりつつある。
今でこそ最前線だが、攻略が進んでこの層自体が『中層』へと落ちた後、そこに男女のふぬけた姿が視界一杯に広がっているかと思うとゾッとする。別に、決して妬み
しかし、いつまでもダラダラと観光するわけにはいかない。攻略組のほとんどはそれらのレジャー施設を無視し、活動拠点を《フローリア》から迷宮区直前の村、《リズン》へと移し終えていた。
すでに午後だが、迷宮区への道を塞ぐフィールドボスを討伐すれば、明日にでも本格的な迷宮区のマッピングが始まるだろう。
俺を含む《
「あの~、会議始めるから集まって。ジェイドもいいかな?」
「あ、ああ、悪い。いま行く」
ここは《リズン》にある宿屋の1つで、店名を《渡り鳥の羽根休み》という。宿賃、部屋面積、各サービスなどコストパフォーマンスにおいては他の宿屋を凌駕していると言える。気の休まる宿を早く探す技術も、見えざるシステム外スキルだろう。
そんな店の1階は主に食堂スペースにて、最近ウィンドウのポップアップメニューから頻繁に新着メッセージ欄を確認しているため、話をよく聞いていなかった俺はロムライルに怒られてしまった。
ちなみに、受信一覧には未開封のものはなかった。少し落胆しながらも、俺は食堂の一角の席に着く。
「ええ〜、今日のフィールドボス討伐戦について、だね。敵は巨大なラフレシア型だけど、
「う~ん……」
ジェミルやカズは真面目に考えているようだったが、俺にとって結論は出ていた。
ボス戦を他勢力のギルドに任せておいて、彼らが消耗した横をすり抜ける行為は、確かにマナーとしては良くないのかもしれない。いわんや
そもそも、DDAとて至極当たり前のように同じことをしているし、他のグループだってそういったズルは散見される。
俺は
「ロム、DDAが本気ならどーせラストは取れないぞ。すり抜け一択じゃね? みんなやってんだし、図太く行こーぜ」
「う〜ん、波風立たせたくないけど、確かにねぇ」
「それより、迷宮区の方だ。なるべくバラけて周るだろ? チームとルート決めねーと」
大事なのは時間だ。なにせNPCの会話によると、47層の迷宮区への入り口は複数箇所用意されているらしい。
いくつかは罠かフェイクだろうが、それゆえに迷宮区内のトレジャーボックスにありつけるかは時間と人数で決まる。
「僕もそう思うな~。弱肉強食の世界だしね」
「そっか……ん、よしわかった。じゃあ足が速くて《
「ま、いつも通りだわな」
いつものミーティングに、いつもの結果。ルーティン化とは効率化でもあるため、最終的には反復に行き着く。
惰性作業はぽっくり逝ってしまうリスクこそあるが、こう変わったことが起こらないと退屈なものだ。この際、ある程度痛い目を見てもいいので、なにか日常から外れた刺激が欲しいものである。
「さぁて、んじゃ早速フィールドに出ますかね。……ん?」
宿屋にいた他のグループも昼食が終わったのか、はたまた俺達と同じように漁夫の利作戦なのか。とにかく、それぞれガチャガチャと金属音を立てながら立ち上がっていた。俺の出発発言はそれに釣られてのものだったが、気付くといつの間にかメッセージアイコンが明滅していたのだ。
いわば簡易的なメール機能であるこのメニューも、主な送受信の相手はここにいるレジクレメンバーだ。が、会議開始から会議終了までの間は彼らと直でミーティングをしていた。その間に来たということは……、
「(もしかしてヒスイか!?)」
「やりたいことがある」と呟いて、後日会おうと言ってくれたのが6日前。奇遇にも3ヶ月に1度という規則で昼食をとったことから端を発し、今では約束まで取り付けるようになっている例のアレ。その連絡がそろそろ来るのではと思っていたのだ。
そうしたら案の定、メッセージの差出人にはヒスイの名が刻まれていた。
「(あ~ヤバい、なんか文面見るのすっごいキンチョーする。なんだこれ……期待してんのか? けど落ち着け、相手は『シンボクを深めるため』と言っていたんだ。夢を見るとあとで絶対後悔する。ああそうとも。現実はそんなに甘くないんだ! 傷つきたくなければヤワな妄想は持たないように……)」
「何ぶつぶつ言ってるの?」
「のわッ!?」
いきなりカズに話しかけられて不覚にも大声を出してしまった。そのせいで周りの何人かが俺に注目してしまう。
「(ちくしょうオドかしやがって……)……ああいや、なんでもない。なんでも……お、それより今日はいい天気だから攻略がはかどるな〜こりゃ! さぁて俺はお先に失礼して……」
「…………」
ジト~と見つめられている気もするが、きっと気のせいだろう。
「ロム、ちょっと押さえてて。ジェミルは右をお願い」
「任せろ!」
「了解ぃ~」
と思ったが前言撤回、しっかりと俺の秘密を暴こうとしてきやがった。なんて奴らだ。人のプライベート情報をなんだと思っていやがる!
「っておいバカやめろッ!」
「残念でしたー! 僕らの中で隠し事はダメだよ~ん」
「あはははっ。抵抗されると見たくなっちゃうよねぇ」
抵抗するが状況は3対1の圧倒的劣勢。俺は挟み撃ちで両脇をがっしり絞められてしまい、抵抗やむなくウィンドウの可視化ボタンを押させられてしまった。
そのままカズは、開かれていたメッセージ内容を音読しようとしていた。
ヤバい。これはヤバい。内容によっては(淡い期待)ヤバすぎる。
「え~なになに。『今夜9時半、《思い出の丘》の最奥部で待っています。2人きりで話したいこともあるから遅れないようにね。 ヒスイより』……えっ?」
「ヘェえエッ!?」
2回目のヘンな声は俺のだ。
いや、だっておかしいだろう、この文章。明らかに今の俺をどこかで監視して、あえて陥れようとしているかのような誤解を招く要素満載の内容だ。誤解……のはずだ。
「(おいおいしかもコレ、よりによって音読されちまったよッ!? マジか。……ん、殺気……?)」
俺はそこで周りにいたレジクレ以外の宿泊客――最前線の村《リズン》の寝泊まりしている以上、当然みなさんも攻略組のはずだ――がこちらを向いて、ついでに剣も抜きかねないほどの怒りと憎悪を向けていることに気付いた。
聞かれたのだろう。最高に聞かれてはならないことを。
きっと先ほどの音読会が特定人物公開処刑ショーへと変貌したのだ。
――だって聞こえるんだもん。
「おいあの不良みたいな男……」「ああ。例のペテン師だ。ヒスイさんが悪い男にダマされたってウワサの」「ストーカーか? よし、浄化しよう」などと、物騒すぎる言葉が聞こえているのだ。どこか黒魔術士の儀式的な集会で、供物を捧げるような目をしている。あれは人に向けていい目線ではない。
冤罪だが、最終判決は宣告されるまでもなく『死刑』だと思う。
メッセージ内容はとても嬉しかったがこれは参った。
こうなったら……、
「逃げるが勝ちぃいッ!!」
『そいつを逃がすなァあッ!!』
『お近づきになれる方法を教えろォっ!!』
男共は醜き轟音をとどろかせ、全力で店の出口に殺到した。
こうして、宿屋《渡りの鳥の羽根休み》に駐在していた攻略組と俺のまったく楽しくない追いかけっこは、当初のレジクレのスケジュールを無視して小1時間ほど続行されるのだった。
そして俺は走りながら天を仰ぎ、堅く誓う。もう2度と余計な刺激など求めない、と。
しばらく走り続けてようやく『ドキ☆ 男だらけの大運動会!』なる地獄、つまりムサ苦しいうえに一方的な命がけの鬼ごっこから解放され、一息つく頃には《リズン》の端っこまで来ていた。
一時フィールドにまで逃げ込んだ俺だったが、なけなしの敏捷値でよくこの速度が叩き出せたものだ。色んな意味で完全燃焼である。
「ハァ……ハァ……ドちくしょうがッ……ハァ……無駄な体力……使わせやがって……ふぅ。……んでここはどこだ?」
ついでに絶賛迷子である。
攻略組といっても、プレイヤーは最前線層の街や村の隅々まで網羅しているわけではない。マップからだいたいの方角ぐらいは判断できるが、目的地に続く直線的な道がなければ迷うことだってあるのだ。
「(なんか目印になりそうな建物とかないもんかな~)」
フィールドを見渡すと、視界の端には背の低い小屋が映った。土地の占有量から、おそらくは《
もっとも、《厩舎》はプレイヤーが名付けたもので、正式名称ではない。理由は単純で、限られた土地面積と利便性の観点から、これら類似した施設のほとんどで
それはすなわち、
牛車の主な使い道は、ストレージに入りきらない大量アイテムなどの
しかし、足の遅いデメリット付きの牛はともかく、馬はスピーディかつ戦闘でも役立つものの、利用者はごく少ない。
原因は難度の高い操作性。多くの場合は《
我らがリーダーであるロムライルは、リアルで馬術部なこともあってか高い熟練度を保持しているが、毎層《
機動力が劇的に向上するため、敵によっては完封戦法が成り立ってしまうからだろう。
ロムライルのように乗馬が趣味なら口は挟まないが。
「(確か《厩舎》の入り口側から走ってきたよな? とりまそっち向かって歩くか)」
俺はかすかな記憶を
《圏内》なのでそこまで心配することではないが、やはり知らない道というのは本能的に不安になる。
だが途方に暮れていても仕方がないので、次にいつヒスイから連絡があってもいいように、メッセージが届いたら着信音が鳴るよう詳細設定を変えながら歩いていると……、
「そこの天然ジゴロ!!」
「うおッ!? ビックリしたぁ」
「ナハハ。ジェイドじゃないカ。こんな村の端っこで何してんダ?」
ネズミペイントの例の小さな女が、例によって背後から声をかけてきた。
人を驚かせることに快感を得ているようだが、お
「ったく。アルゴのソレ、可愛いから許されてるだけだぞ。てか今日はいつにも増して可愛いな。私服似合ってるし。メイク変えた?」
「な、ァ……!?」
予想外すぎる返答が来たからか、アルゴにしては珍しく頬を染めて口を開け、中途半端に身構えたまま固まっていた。
――誤算だったな、もうその程度では動揺しない境地に達していたのだよ、アルゴ。
「……とうとうクスリに手を出したカ?」
「なわけあるか。……まぁ、ちょっとイザコザあって流れ着いただけだ。んでアルゴたんは何してんのさ。もしかしてアルゴたんも」
「次その愛称で呼んだらひっぱたくからナ。あとセクハラで訴える」
「……あい、すんません……」
ちょこっとだけおふざけが過ぎたようだ。レジクレは例外だが、自分だって好きなようにニックネームをつけているくせに、どこか理不尽な気もする。
「にしても、よく1人生活持つよな~。さみしくなるだろ。俺なんて最初の数ヶ月で死にそうだったぜ?」
彼女には専属護衛がいない。たまにローテーションで野良の護衛を雇っているらしいが、俺の言う独り身の寂しさも少なからずあるだろう。独身という意味ではなく。
「ニャハハ。……ま、オレっちにもプライベートぐらいはアル。こないだもヒスイと夜に飲み明かしてな! いや~弱気になったあの娘は可愛いもんだヨ! しかも悩みも聞いてあげたりしてサ」
「へえ、そういや同じ部屋で寝泊まりとかしたこともあるんだっけな。……ん、とさ……ちなみにその悩みって、どんな感じの……?」
「ムフフ……ムフフフ……」
「……やっぱいい。それ以上なにもしゃべるな」
ニヤニヤニヨニヨしながら怪しすぎる笑い声をあげるアルゴ。おそらく、興味を引くようにあえて遠回しに話したのだろう。まんまとかかってしまった。
「ま、聞きたきゃ10万コルは貰うがナ! ニャハハッ」などと言ってはいるが、まともに相手をしたら金だけ取られて肝心な部分を有耶無耶にされる。目に見えているのでこれ以上は乗らない。
「最後はバタンキュ~しちゃったケド、聞きたいことは全部聞いたサ。ジェイドさんは幸せ者だナ~」
「(ヒスイめ。きっと今日のことしゃべっちまいやがったな……)……な、ナンのことだかサッパリだ」
「ま、そういうことにしといてやるヨ。それより、さっきまでのお前サンは不審者だったゾ。もしかして道に迷ってるのカ?」
「そんなとこかな。広くねェし、歩いてりゃそのうち知った道に出るだろうけど、結構長いこと走ったからな~」
そうボヤくと、「フィールドを通るが広場への近道を教えてやるゾ?」と持ちかけてきたので、俺はありがたく善意を受け取り、道を教えてもらうことにした。
有料で。
「(とほほ……ま、まあ必要経費だ。たぶん……)」
そんなこんなで、秘密の抜け道的な穴からいざフィールドへ。俺達は並んで獣道をすたこら歩いていた。
「よーこんなシゲみに隠された道を知ってんな。わざわざ通りたがる奴だっていないだろうし」
「情報屋をナメるでないヨ! と言っても、この辺はちょいとばかしモンスターのレベル上がるんだけどナ。実は
「はぁん、なるほどね。このスペースはそうやって活用してたのか」
そんな雑談を交えつつ、ザックザックと名も知らぬ植物を踏み倒して前に進む。馬が使えなければ村の端までくる必要もないが、逆を言えば使えるならこの獣道もスイスイ進められるのだろう。
しかし、現実はシビアだ。徒歩では視界を遮るほどの高い草木が生い
「……そういやさ。アルゴはだいたい1人だし、バトルも専門外だろ?」
「まーナ。お、なんだ勧誘カ?」
「しても来ないだろ。……てかほら、危ねーじゃん普通に。なんでそうまでしてソロで情報屋を続けられんだ」
「そっくりそのまま、昔のジェイドに聞いてみたいヨ。お前サンはずっとソロで、しかも実際に戦ってんだからナ。そこがオレっちと違う。……戦闘以外で助けられるから助けル。それじゃ駄目カ?」
「まあ、アンタがいいならいいんだけど。……でも、にしたってさ。1ヶ月前のアレ、覚えてるだろ? 40層で《
「……忘れるはずもナイ……」
「そりゃスゴかったけど、一部の敵に見つかってマジでヤバかったって聞いたぞ? んなこと繰り返してたら、マトモな女なら途中でザセツしそうなもんだけどな」
「…………」
アルゴが珍しく黙り込んだ。
俺の質問にはさすがに二つ返事で返せなかったのかもしれない。しかしだからこそ、動機と言えばいいのか、その原動力がどういったものなのか気になる。
「……特別に無料で教えてやるヨ。今だから言えるケド、オレっちも最初は偽善だったのかもしれなイ」
「偽善なんて、そんな……」
「事実サ。……でも《はじまりの街》でな、『あなたのおかげで助かった。この恩は一生忘れない』ってナ。……言われちまったんだヨ。それ聞いちゃったら……もうやめらんなくなっちまっタ」
「アルゴ……」
「言うなヨ。教えたのは魔が差したってやつダ。ニャハハ。……まァ40層の時みたいにならないよう気を付けてるつもりダ。それにちょうどよかっタ……」
「ちょうどよかった?」
アルゴは立ち止まって振り返ると、目に力を宿したまま切り出した。
「そのことについて、ジェイドに話があったんダ。あの時、ラフコフが《殺人ギルド宣言》をしている裏で、なにが起こっていたのカ。……奴らの協力者についての話をナ」
「な、なんだよ突然……」
改まって目線を合わせると照れくさいので、俺の方から視線を外してしまう。
だが、これはまた唐突だ。俺はアルゴの身を案じて話を振ったつもりだったが、ひと月前の人質救出作戦で俺に話すことがあったとは。
「お前サンと話してて1つ感心してることがアル」
「感心してるところ……?」
「単純で嘘がつけないところダ。バレバレの嘘ついてるときは絶対顔に出てるシ」
「なぁ、それホメてねーよな」
「心配しなくてもこの話で金は取らン。だが他言無用で頼むヨ。約束できるカ」
「で……できる……」
俺はアルゴの迫力に押されてしまい、ついそう答えていた。しかし彼女との約束だ、それこそ嘘はつくまい。
「信じるゾ。……まずあの作戦。初めからどうもおかしかっタ。オレっちと《吟遊詩人》はDDAメンバーが拉致られた時点……それこそ、相当早い段階から捜索に乗り出していたんダ」
「ああ。それは聞いたよ。あん時、あんたら2人の異常な初動の早さはかなり有名だしな。それで?」
俺が催促すると、その前にアルゴは近くにあった巨大な
「……いくらなんでも
「おいおい40層から、って
「その通りダ。オレっちは、ものの30分たらずで潜伏場所を突き止めタ。モチロン、最初は運が良いだけと思ったサ。でも直後にオレっちは敵の集団に見つかっちまったんダ。いや~ビックリしたもんだヨ。とっさに《閃光弾》、《煙玉》、《転移結晶》の三連コンボで逃げ出せたケド……あれは本当に危なかっタ。……ただ、奴らは会った時からどこか不自然だったんダ。まるで……オレっちがそこに来ると、あらかじめ知っていたかのようナ……」
「…………」
俺はそれを聞き、つい眉を釣り上げてしまった。
ここから先は憶測だが、2つの可能性が浮かぶ。
まず1つ目は、単純に敵の情報網がこちらより優れている可能性。そして2つ目は陰謀説。あの事件そのものが、いま広く知れ渡っているそれとは別の目的が存在した。
「ついでに言うと拉致事件を含め、事件が広まる速度も尋常じゃなかったヨ。ま、これは向こうがカルマ回復させた手下を使って、意図的に広めたんだろうがナ。……そこで、オレっちは怪しい人物をリストアップ……」
「あ、アルゴ! なんか下から来てるッ!」
「ニャッ!?」
ほぼ真下を見ると、アルゴの足下の土がボコボコと盛り上がっていて、その中央から発光する対の目が見えたのだ。
そして徘徊型ではなくテリトリー、つまりゲーム用語に直すと
俺とアルゴが横に飛び移った直後に地面が破裂。
実際に火薬を使っているわけではないが、勢い良く土の塊を突破されたので、まるで戦時に埋まった不発弾が爆発したかのように見えた。
『カカカカッ。カカカカカッ』
登場と同時に、人の乾いた笑い声にも聞こえる鳴き声を上げるモンスター。
姿はグラマーな女性を模した上半身――たゆたう胸は草に隠れて見えない。あとちょっとだが見えない――に、大きめのボロいカーテンをそのまま巻いただけに見えるスカート状の下半身。頭の上に乗っている草冠も、素材が葉っぱというだけで形はティアラだ。ぱっと見、どこかのお姫様に見える。
名は《ティタニアル・メイド》。フィールドモンスターとしては上位に部類される危険度で、植物系MoBにしては珍しい『視覚情報で敵を認知する』種類だ。
「(《索敵》ケチったのが災いしたか……)……すまん、発見遅れた! アルゴは引いてろッ!」
ものすごい大事な場面だったというのに、ここに来てまさかのモンスター襲来である。しかしあちらは空気を読むことのできない、所詮は定められたAIを元に動くだけのモンスターだ。こちらの事情など知ったことではないのだろう。
これからフィールドで話す時は《
《トリック・インセンス》は、プレイヤーが香を焚いていると、使用者に対してレベル差のある下級モンスターが有効範囲に近づいてこなくなる便利アイテムだ。攻略組は安全マージンをたっぷり取っているので、基本的にすべての層で役に立つ。
今回はこちらから近づいてしまったが、次に使う機会はすぐにでもくるだろう。なにせ、メッセージでヒスイが待ち合わせに指定した場所の名は《思い出の丘》であり、ここも立派なフィールドだからだ。
だが俺とて攻略組。いくら不意打ち
「(余裕ゥよゆ〜ッ!!)」
心の中で俺は叫ぶと、ほぼ直上にジャンプして下段振り払い攻撃を回避。さらに抜刀すると、縦に振り下ろして敵の左腕を根本から断ち切った。
『カガッ、カカカッ』
敵は単体。赤く光る目がひたすら不気味だが、戦って負けるようなことはまずないと判断した。
しかし俺は、モンスターとアルゴのちょうど中間地点に着地してしまった。敵の連続攻撃に思わず真横に飛び、ワンテンポ遅れてようやく気付く。
そして巨大スカートの中からアルゴに向けて飛び出したワイヤー級強度の蔓は、まっすぐ彼女の方へ向かっていき見事命中。そのまま肢体に巻き付いて、俺に見せつけるように宙釣り状態にしてきたのだ。
「アルゴっ!?」
「ニ゛ャあ゛ァァアッ!?」
発音すら途切れる勢いで彼女は長い蔓に浚われてしまう。
しかも逆さになって。
そして衣服や装備は重力には逆らえない。目の前の現象は自然の摂理に適った結果。
「って、えぇええッ!? おいこれはビジュアル的にヤバいんじゃないのか!? スカートメッチャめくれてるし! ってか白い下着見えてるしッ!!」
「ンなこと言ってる場合カ! 早よ助けろヨ! ……ってか色見んなぁあアっ!!」
思わず片言になるレベルで俺は動揺していた。フードが取れているので頬を染めた顔もバッチリ。
だがこれは不可抗力だろう。
戦うにしたって白いパン……もとい、敵を直視しないと間合いも計れない。先に蔓を切断して助けるにしても、敵を見ないと狙いは定まらないのだ。
それにしても意外である。アルゴが下に履くものはこんな清楚な感じではなく、もっとアダルトな感じだと勝手に思っていた。
……いや、逆か。
「ニ゛ャあ゛ァァァァァア!!」
「言ってる場合じゃないな、間違いない! なるべく瞬殺するから動くなよッ!!」
とりあえずガッツリ手を止めようとした自分にノリのまま突っ込んでから、俺は改めて剣を構え直した。
果たしてどんな化学肥料で育てられ、どんな遺伝子組み換えをされた植物ならここまで硬い
苦戦。圧倒的苦戦。しかし、どうにか1分程度で倒すことができた。
ティタニアル・メイドは、暴れていた残照すら残すことなく光の粒として消えていく。
「やっと終わったか。やけに倒すの長かった気もするがワザトじゃないな。うん、ワザトじゃない」
「…………」
敵は倒したにも関わらず、アルゴの無言が背中に刺さってきて貫通継続ダメージが痛い。
こうなったら冗談のも1つでもかまして誤魔化すしかないだろう。しかしミスは許されないという条件付きで。
「(ヤバい……ヤバいぞこりゃ、下着ガン見してたのを相当怒ってらっしゃる。下手したら非戦闘員相手に殺されかねねぇな。この場を笑いの空気に変えて、なんとかして怒りを静めねーと。けど、どうする? 考えてる時間はあまりないぞ。……そうだ、格好悪い決めセリフでもキメて、俺を相対的に陥れればいいんだ。パンツ見たのなんか吹っ飛ぶぐらいのインパクトを与えりゃいい。俺も恥ずかしい思いをして、その思いを2人で共有する。妙案だ。ってかもうそれしかない。なんて言うかは……アドリブでやるんだ俺!)」
この間約1秒である。
「コホン。……ああ、その、なんだ。……誰だってミスはある。それに、俺はシンシだからな。シントーメッキャクすれば火もまた」
「ゴタクはいいから忘れロォオッ!!」
「げふぅッ!?」
話している途中、オチをつける前に脳天へドロップキックが入ると俺は転倒しながら昏倒した。
それにしても酷い女だ。舌も噛んだ。助けてやったのにこの仕打ちである。
「わざとダ! ジェイドはわざとやっタ! もう許さないからナ。今日のこと全部記事にして社会的にお前サンを抹殺……いや抹消してやル!!」
「オイ待て、落ち着け! 消してなかったことにする気か!? けどそれはモロハの剣だぞ。なぜならアルゴの下の色が!! 白だと知れ渡ることに……ッ」
「パンツのことを忘れんカァッ!!」
「がはぁッ!?」
今度は首筋にチョップをくらって再び倒れる俺。場違いだが俺はこの時、ダメージの入らない彼女の絶妙すぎる力加減を密かに賞賛した。
「(さて、こっからが大変だ……)」
その後、俺は怒り狂うアルゴをなだめるのにさらに半刻ほど時間を費やした。もしかしすると、俺を置いてどこかへ走り去り、あることないこと不名誉な噂を言いふらさなかっただけラッキーだったのかもしれない。
そして当初の予定より遙かに時間をかけて主街区の広場へ到着。俺はげんなりを通り越し、ゲソッとしながら舞い降りた平和を享受する。
「(やっとリズンの村だ。俺なんもしてねぇのにやたら時間だけ取られてくな。……厄日だ)」
「おいジェイドさんヤ。今回は不問にするガ、さっきのこと誰かに言ったらもう絶対に許さないからナ! 絶対だゾ!」
言葉の端々にトゲを残し、未だにどこかむくれながらどうにか許してもらえた。
それにしても、絶対と念を押されるとフリと勘違いして言いふらしたくなってくるが、今回はデリケートな乙女の下着事情なだけに、さすがに彼女の尊厳を守るとしよう。
ともあれ、大事な話とやらは聞けなくなってしまったが、あの場の危機を乗り越えられたのだから五分五分だろう。仕方あるまい。
しかしアルゴはぷりぷりしながらも今1度俺の正面に立ち、またもやよくわからないことを言う。
「ま、まァ助けてくれたしナ。『視聴料』もがっぽり貰ったシ……」
「パンツのな! アハハハッ」
「殺スゾ! ……ハァ、今回だけ助け船を出してやるヨ。ヒントだけだがナ」
「意味わからんけど、とりあえず聞けることなら聞くぞ」
「『
「は? ちょ、アルゴぉ!?」
それだけを言い残すと、彼女は俺に背を向けて走り去ってしまった。
まったく意味不明である。俺はそれを元に何を考えればいいのだろう。花に覆われたこのフロアのどこかに、その『しゅうかいどう』とやらが咲いているということだろうか。そして、その情報は俺の攻略の役に立つのだろうか。
「……ま、いっか」
わからないことは後回しにする悪いクセ。
とにもかくにも、まずは『誰にも追われない怒られない咎められない』な今の平和をありがたく楽しめばいい。
それより攻略しない攻略組になってしまっていることの方が問題だ。
歩いている間に音か鳴ったから気づいていたが、レジクレからも俺を案ずるメッセージが何通か届いている。戦闘中でも聞こえるように着信音を大きめに設定変更し、俺も早いところすでに開通しただろう迷宮区に急がなければならない。
「(おちおち休んでもいられねぇな、ったく……)……さて、攻略再会といきますかね!」
散々アルゴに罵られたというのに、俺は久しぶりの刺激的な日に気持ち晴れやかになっていた。――Mって意味じゃねぇぞ?
だから俺は、誰もいない場所で空に向かって大声でそう言ってみるのだった。