SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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テュレチェリィロード1 復讐の権利(前編)

 西暦2023年11月18日、浮遊城第47層。

 

 今や悪党の道を進む女。アリーシャがこの世界に来て1年と少しがたつ。

 しぶとく生き抜いたものの、その生活は過酷だった。ある者からは卑怯な裏切りを受け、パーティ間で起こる狡猾(こうかつ)な騙し合いに遭い、初動の混乱に乗じた性搾取もあった。

 心身が疲弊(ひへい)しきったある日、悪魔が(ささや)いた。『生きるため』が免罪符になるなら、自分もやり返せばいい、と。

 結果、アリーシャは幾度となく、その手を血と悪に染めてきた。

 これは報いだ。畜生にも劣る行動が招いた、因果応報の人生。だから今日も()から指令が下る。絶対的上位者、アリーシャ達犯罪者集団のボスから。

 

『標的はレジスト・クレスト。メンバーの1人は、《はじまりの街》に友人を残しているらしい。『客人』になってもらう。場所は北八区住宅街の最端地。プレイヤーネームは『アル』。こいつを夕方までに『店』に呼び出せ。あとはこっちでやる』

「…………」

 

 アリーシャは無言でメッセージウィンドウを閉じてから、誰にも気づかれないようため息をつく。

 普段は明るく振る舞うため、今のところ疑われてはいない。しかし、真の姿が露呈(ろてい)した時の恐怖を想像すると、近頃はストレスでろくに眠れなかった。

 

「なにやってんだろ……」

 

 どこで道を間違えたのか。

 思案するも、何度も出た答えがループする。ゆえに考えるまでもない。初めてプレイヤーをゲームオーバーまで追い込んだ時からだ。

 正式サービス開始以降、周りに置いて行かれないよう必死だった頃は、むしろひたすらに怯えて宿に籠もり、泣き叫んで助けを乞う毎日だったというのに。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 1年前。誰かとやろうとか、ずっと狙っていたでもなく、そもそもプレイする機会すら得ると思っていなかった。

 アリーシャは大学に上がったが、高卒で社会人になった男性の友人が、とあるゲームソフトを貸してくれたことが発端である。

 

『よりによって休出だよ、最悪。まあ月曜は振り休だけど』

『アッハハ、かわいそ。……ねぇ、じゃあ1日だけ貸してよ。日曜中には返すからさ』

 

 なんて断りつつ、パッケージと宣伝を見て面白そうだとログインしただけ。たったそれだけでゲームの世界に閉じこめられてしまった。

 2ヶ月もしてからだろう。前線プレイヤー達が4層、5層と次々主街区をアクティベートしていく姿を見て、アリーシャはこのまま孤独に何ヶ月も放置されることに心底恐怖した。そして焦燥(しょうそう)に突き動かされるまま、下準備も無しに1層主街区である《はじまりの街》を飛び出した。

 それは非常に不用意かつ危険な行為であり、やがでアリーシャは対処しきれないほどのMob集団に囲まれてしまった。

 

「くんッなってばッ! 近寄んな、キモいッ!!」

 

 死に物狂いで剣を振り回すが、ろくにヒットしない。

 《はじまりの街》周辺より、はるかに危険な《ホルンカの村》。その周辺フィールドで、全長1メートル半ほどの《リトルネペント》なる植物型のモンスターとの戦闘中、その頭上にある『つぼみ』を攻撃してしまい、詰まっていた花粉が広範囲に飛散。《リトルペネント》の大群を呼び寄せたのだ。

 この生態について、多少でも情報を得てから戦っていれば、もう少し用心深い戦闘を心掛けただろう。あるいは、ミスを犯した瞬間に猛ダッシュしてその場を離れただろう。

 しかし攻略知識はおろか、危機意識すら低かったアリーシャが包囲されるのはあっという間だった。

 それを救ってくれたのが『リア』と名乗る、アリーシャと同じ年齢ぐらいの男性だった。

 フルネームは『リア・ローレック』。別ゲームの主人公名をそのまま流用した男は、死の憂き目に()っていたプレイヤーを見かねたのか、目の前を埋め尽くしていたグロテクスな食人植物を瞬く間に討伐していった。

 戦闘中に与えたダメージに応じていくばかの経験値取得サウンドを聞くと、アリーシャはようやく危機を脱したことに気付いた。

 

「アタシ……ハァ……ハァ……生き、てる……ハァ……」

「ふぅ~、これで最後と。……で、あなたの方は大丈夫です?」

 

 放心状態で座り込むアリーシャに駆け寄ると、少年リアは少し呆れたように話しかけた。

 

「っていうか、マージン無しでファームはナンセンスですよ。あいつらハイディングだって利かないんですから。これ今じゃ常識のはずですけど」

「へ……?」

「……もしかしてレベリング初めてですか? スキルスロットは何を選んでるんです?」

「…………」

 

 正直、目の前の男がゲーム用語を得意げに連発する姿を見て、アリーシャは失礼にも「キモい」と思ってしまった。そもそも、言葉の大半は意味がわからない。

 でも。それでも。

 アリーシャはそういう(・・・・)世界に幽閉されたのだと再認識した。この世界において、ソードアートオンラインの世界において、自分の行いこそが狂気に満ちた自殺行為。内心「キモい」と吐き捨てた男に、たった1つの命を救われたのだと。

 

「……初めて。ってか、その……ありがと……」

「いいですいいです、みんなで協力し合わなきゃ。戦闘前は遠慮しないでその辺の人に聞いてみてくださいよ。あ、でも詐欺とかあるから信じ切るのはマズいか……。最初の1ヶ月ほどじゃないけど、人によってはまだピリピリしてますからね~」

 

 リアと名乗った少年は自己紹介こそたどたどしかったが、アリーシャが無知で無力な女性であることを確認してからは、浮遊城について自慢げに教えた。人命救助も初めてだったようで、女性を救ったヒロイズムに(ひた)っているようだった。

 しかし度の過ぎた仲間意識を持たれたことすらも、アリーシャには好都合だった。なぜなら、常識が通用しないこの異世界に対し、自分は致命的に知識が乏しいからだ。少年リアの存在は生命線と言っても過言ではなかった。

 それからというものの、アリーシャはほとんど依存するように彼に頼った。武器を選ぶのも、スキルを選ぶのも、宿を選ぶのも、狩り場を選ぶのも、付き合う相手を選ぶのも。全部全部、彼に任せた。

 そうすることで生きられた。アリーシャはプライドもかなぐり捨て、従順にペアとして働き続けた。

 気づけば2ヶ月、何もせずただ怯えていただけの時間と同じ日数を、戦場で彼と生きていた。

 しかしある日、彼は豹変することになる。……否、アリーシャが気づかなかっただけで、長い時間をかけて緩慢(かんまん)に変わりつつあったのかもしれない。

 とにかく、初めて同じ部屋に泊まろうと言われた時、宿代の節約という見え透いた言い訳を聞いた時、彼の奥に潜む獰猛(どうもう)な目を見た時、今までの関係が崩れ去っていたことに気づいた。

 アリーシャはあえて察したような表情を作り、その日のうちに隙を見て逃げ出した。遠くへ、遠くへと。

 リアとはその日以来、会っていない。

 後日《生命の碑》で確認したが、彼はとある迷宮区で息絶えていた。2023年3月半ば。アリーシャ達が別れて2週間後のことだった。

 

 

 

 とうとう10層ボスが攻略された。ここから先はβテスターすら経験したことのない、完全なる未開の地。生き残れるかどうかは、事前準備の質と現場の直感に寄るところが大きい。

 とはいえ、数こそまさに純粋な戦力。

 リアと別れたアリーシャは、また男性数人のグループと組んでいた。リアと行った修行三昧な日々は、アリーシャに中層ゾーンで戦える力を確実に与えていたのだ。

 新しい仲間『ロックス』と、彼の束ねる3人のプレイヤー達。たった4人の小さい集まりだったが、ギルド《夕暮れの鐘》はアリーシャのことを「ただでさえ珍しいのにこんなに美人だ。拒むはずがない」と絶賛し歓迎してくれた。

 彼らとも初めはうまくいった。名も売れ、ギルドメンバーも着々と増えていき、攻略組としての将来を有望視されることになる。

 しかし、またしてもこの関係は2ヶ月で崩壊した。

 なんと、リアとまったく同じ話を持ちかけてきたのだ。奥底に潜む真の動機も、まるで異性間の友情などありえないと言わんばかりに、寸分違わず一緒だった。

 

「(ゲームでデキるとか、冗談じゃない……!!)」

 

 アリーシャはまたしても恐怖から逃げ出すことになる。相手の欲望を理解したうえで、「考えさせて」とその夜だけ勘弁してもらい、深夜にその層をあとにした。

 這うように逃げ、辿り着いたのは19層。自ら不快に損ねているとしか思えないその特徴的な景観から、誰も好んで近づこうとも住もうとしない。そこは主街区の名を《ラーベルグ》とする層で、アリーシャのレベル的にはまだ早すぎる層だった。

 ただゴーストタウンにも近いそこは、それゆえに身を潜めるにはうってつけ。主街区で過ごすだけなら危険はないだろうと、隠遁(いんとん)先をここに決めた。

 ただ前回と異なる点があった。

 それはプレイヤーが獲得したスキル性能である。彼らは仲間を引き連れ、そして《索敵》スキルのオプション機能である《追跡》やフレンド登録者のマップサーチすら使い、あの手この手で追跡してきたのだ。

 宿を囲まれてからも、アリーシャは全力で逃げ走った。

 走りながら隠れ、その度に1人ずつ登録を解除して再び走る。不規則な呼吸だけが耳朶(じだ)を打つほど走り続けて、さらに15禁ゲームにしては怖すぎるモンスターから必死に逃げて、ようやくその層の迷宮区まで到着する。

 手持ちのアイテムすべてを使い果たしたが、安全地帯までは駆け込めたので、そこで相手が諦めるのを待とうとしたのだ。

 だがアリーシャの考えは先読みされ、迷宮区の入り口付近にはすでにロックス達が待ち受けていた。

 すぐに追いつかれ、死なない程度に攻撃された。口封じのために最終的には殺しきるつもりだったのだろう。今となっては真相も定かではないが、とにかく「抵抗すると殺す」と脅して、彼らは自ら装備を外すように要求してきた。

 6人がかりで囲い(ボックス)を作られて逃げることはできない。武器は取り上げられ、反撃することもできない。

 アリーシャは命令に従った。死にたくなかったからだ。

 どうしても、どうしても、死にたくなかった。屈辱的な姿にされようとも、女としての尊厳を踏みにじられようとも。

 いつしか、アリーシャは泣いていた。わんわんと泣いて、助けを求めていた。もちろん気が立っていた6人がそれで許すはずもなく、結局は《下着全装備解除》ボタンを自発的に押してしまう。

 

「おい、泣くなっての。シャウト扱いになったら余計なモブ釣っちまうだろう」

 

 男達はそんなアリーシャをあざ笑うかの如く、楽しそうに観察していた。

 しかしそこで、男達にとっては思いも寄らない事態に陥る。

 

「ガッ!? 痛ってぇ……ッ!?」

「だ、誰だお前ら!?」

「Zip it、雑魚共。人様のナワバリで発情してんじゃねぇよ」

「ヒャッハハハァ、足りねぇ駄賃の代わりに、その命を置いてけやァ!!」

 

 謎の2人組が《夕暮れの鐘》に介入し、あっという間にロックス達6人をねじ伏せてしまったのだ。まるで対人戦そのものに長けているかのような体裁き。それでいて、攻略組さながらの圧倒的レベル差。

 秒殺である。殺しきっているわけではないが、誇張表現や例えの話ではなく本当に数秒で勝利した。中堅クラスとしてはそれなりに名の売れた《夕暮れの鐘》を、それも3倍の人数を相手に。

 1歩間違えれば殺人者になりかねない勢いだったが、その戦闘は明らかに力を加減していた。

 さすがに殺人までは罪悪感があるのか、あるいは……、

 

「(ち、違う……この人たち……笑ってるッ)」

 

 口元に浮かぶ笑みに、アリーシャは鳥肌が立った。

 その証拠に、彼らの乱入によりリーダーであるロックス以外は這いずるように逃げ出してた。そして、続いて逃げた通路の先で叫び声が連続して届いたのだ。

 きっと……トドメはモンスターに刺されたのだろう。死にかけ(ニアデス)で迷宮区を走り回れば当然のことだ。これでは直接殺していないだけで、実質的にはこの2人組が《夕暮れの鐘》のメンバーを殺したのと同義。

 なぜこの2人組は顔色1つ変わらないのか。なぜヘラヘラと笑っていられるのか。

 

「余裕すぎ~! っと、まだ1人残ってたか。さっさと片づけて……」

「言ったろう。殺すなよジョニー」

 

 その風変わりな黒ずくめ達は、裸同然のアリーシャと、呆然としながら震えて動くことすらできなくなったロックスを見比べてこんなことを言った。

 

「Hey you、名を名乗れ」

「ろ、ロックスだ。……頼む。命だけは助けてくれ……レアアイテムが欲しいってんなら……」

「Don't say anything。ロックスとやら、そこを動かないことだ」

 

 美声の男は抑揚(よくよう)のない声でそれだけを吐き捨てた。

 しかしそれだけでは終わらない。彼はごく普通に、それこそ昼食のメニューを決めるぐらい軽いノリでこう続けた。

 

「そこの女、1つ聞く。ロックスが憎いか?」

「…………」

 

 アリーシャは歯がガチガチとかみ合わなかった。恐怖のあまり口も乾ききっている。

 しかし、頭だけは働いた。この理解不能の状況で、複数の意味で震え上がった体をどうにか動かし、首を縦に振った(・・・・・)

 なんとなく、それが最善であると本能で悟ったのかもしれない。

 

「いいだろう。これは俺の昔の愛刀(ダガー)だ。それを使ってロックスを刺せ。お前の怒りを、ほんの少しぶつけるだけでいい。イージィだろう?」

「…………」

 

 乾いた金属音と共にアリーシャの眼前に転がってきたものは、禍々しく銀に光る大型の非投擲用のダガー。刃には返し(・・)が施され、ぬめりとした黒い光沢を放つ柄の部分から、ぎらぎら輝く刃の先まで、悪意で固めたような材質の武器だった。

 アリーシャはほとんど思考を止め、それを手に取る。

 何度も浅い呼吸を繰り返し、カタカタと震えて狙いの定まらない手は、それでもしっかりと凶器を握った。後のない人間にとって、その狂気こそ境界線だった。

 

「そう、それでいい。ただ己を解放しろ」

「イ、ヤだッ……おいアリーシャ! なんだその目は!? 忘れたのかっ? オレ達はいつだって、お前のためにッ……望むなら武器や装備だって! その恩を忘れたのか!?」

「…………」

 

 それを聞き、アリーシャは酷く落胆してしまう。

 仲間としての絆がもたらした結果と思い込んでいたからだ。

 結局、女性だから()り寄ってきた。性対象として見ていたのだと。男にとって女とはその程度なのだ。

 懐柔(かいじゅう)できるか、否か。《夕暮れの鐘》だけではない。親切にしてきた男性はどこか下心を持っていた。

 総じて欲求不満だったのだろう。特に性別を気にしない(てい)を装いつつ、みんな敬語で優しくする。アリーシャはもう、長い間1人の存在として認められないまま生きてきたと、そんな錯覚さえ覚えた。

 深く考えるほど、笑いがこみ上げた。

 

「アハ、アハハハハハハハハハッ!!」

「あ、アリーシャ……?」

 

 もういらない。もう求めない。誰も、何も。

 この性別と容姿に需要があるというなら、逆に利用するまで。可能な限り絞り出し、用が済めば雑巾のように捨ててやるだけだ。

 自分にはその『権利』がある。人の人生を滅茶苦茶にした、この世すべての事象に復讐する権利が。今度はこちらが見定める。あらゆる理不尽を武器に、アリーシャという存在が制裁を下す。

 ロックスはその1人目。そして下した判断は「こいつに生きる価値はない」だ。

 

「死んでよ、ロックス……!!」

「バカやろうッ! 謝ってんだろォがぁ!!」

 

 泣き声で謝るロックスは酷く滑稽(こっけい)だった。それでも黒ずくめの1人に首もとにナイフを突きつけられた彼は動くことができない。

 

「あぁアリーシャ……悪かった。悪かったから……」

「死ねよ……死ねぇええええッ!!」

「うあぁあああぁああああアぁあああああッ!?」

 

 ザクンッ!! と。ロックスの胸部にダガーが刺さる。短剣はリーチを犠牲に弱点部位へクリティカル補正が群を抜いているのだ。

 今さら抵抗する。しかし、彼の体力ゲージはレッドゾーンからゼロへ。もう変えることのできない、死の運命へ。

 

「クソっ、この(アマ)ァあアああああッ!!」

 

 断末魔をあげて彼は弾けた。

 同時に、首を締める指の感覚が消えた。

 その光のフラグメントを浴びたとき、正直アリーシャは吐きそうだった。ギラつくナイフと手首の先に真っ赤なダメージエフェクトが降りかかり、手のひらに残った『人を刺した感触』が蛇のように絡み付く。もしこの場に1人しかいなかったのなら、間違いなく吐しゃ物を()いていただろう。

 だが、それを耐え抜いた。そしてアリーシャは、自分を救った2人をじっと見つめた。

 ロックス達6人を実質的に死に追いやった2人。

 このまま殺されるのだろうか。それは赤子の手を(ひね)るより簡単なはずだ。先ほどは復讐心に息巻いていたが、考えてみれば今の自分には力がない。現段階でこの2人に対抗できない。

 

「……殺すなら殺しなさいよ。襲いたきゃそうすれば? アタシはもう……」

「いい目だ」

 

 アリーシャが諦めて身を投げだしたにも関わらず、その男は手を出そうともせずに、まるで子供が新しいオモチャを見つけた少年のように明るい声でそう言った。

 

「なによ、それ。……意味わかんない。それに、あんた達の目的はわかるってるわ。結局男ってみんな……」

「他のボンクラとは違う。それはお前も同様だ。なにを望んでいるのか、お前の存在価値はどこにあるのか。俺には容易に理解できる」

「それって……」

「……アリーシャと言ったか。俺がお前を新しいステージで躍らせてやる」

 

 恐怖ゆえに意識は耄碌(もうろく)していたが、彼の優しい声だけは透き通るように頭にこだました。

 そしてそれは、きっと人を狂わせる声だったのだろう。

 

「でもアタシは……人を殺したのよ! もう普通のプレイヤーとは違う。誰とも過ごせない! 向こうへ帰っても、アタシは刑務所に……ッ!!」

「ノンノン。お前が犯罪者? 笑わせる。ここはゲーム、仮想の世界。察するに……自分に『女』以外の価値があるか悩んでいるのだろう」

「ッ……どうして、それを……」

「ありきたりな承認欲求さ。だが、それは誰しもが持つ。お前は過小評価しすぎだ。……アリーシャ、お前には多くのアイデンティティがある」

「女……ってだけでしょ」

「まさか。お前は『人を魅了』する。そして堕とす(・・・)。ダガーを拾った瞬間、それは確定している。両立できる奴は滅多にいない。……自信を持て。俺達は同じ立場に立って、互いを尊重し合う関係。……あとはお前次第だ」

 

 アリーシャはそう言われて、褒められて、唖然(あぜん)とするしかなかった。

 犯罪者の啓示。人殺しとなった以上は、今後の生活に彼が必要なのだろう。偽善の言葉で上辺(うわべ)だけ優しくされるのではない。好かれようとレアアイテム片手にすり寄ってくる連中とも違う。

 対等な『個』として、その真価を発揮させる。

 保証なんてどこにもないが、なぜか目の前の男なら軽々とやってのける。そう信じるに値する圧倒的な説得力があった。

 

「……名前を、教えてちょうだい」

「PoH。お前を変える者の名だ」

 

 PoH。なんて官能的な響きだろうか。

 この独特な存在感が、アリーシャをどこか遠いところへ導いてくれるような、そんな期待をさせてくれる。

 

「素敵ね。……改めて、アリーシャよ。できることなら何でもする。だから、アタシにしかできないことをやらせてちょうだい」

「All right。きっと満ち足りた生活ができるだろう」

 

 こうしてアリーシャは、彼に(ゆだ)ねた。今度こそ意義を見いだした道を歩けると信じて。

 

 

 

 その日から、すべてが変わった。アリーシャに見える世界の景色が。

 裏の協力者として、アリーシャはグリーンアイコンのまま各主街区、もしくはそれに準ずる《圏内》で与えられた仕事を次々と全うしていったのだ。

 思えば、彼らが『グリーンアイコンでいる』ことにこだわらなくなったのもこの時期だったか。

 その代わりとして、アリーシャが矢面に立った。非情になり、騙し、奪い、欺き、できうる限りの暴虐を尽くした。

 無論、口で言うほど簡単ではない。作戦はデリケートなものばかりだった。

 それでも充実感はあった。任務を成し遂げる度に。自身の有用性をアピールできる。それはまさしく、麻薬のような中毒性を秘めていたのだろう。

 だからアリーシャは、相手の良心につけ込んでは恩を仇で返した。

 

「アリーシャちゃんは今日も可愛いね~。あ、ところで前教えてくれたアイテム交換の専門店なんだけど……ち、ちょっと割に合ってなくないか? いや、きみの知人が経営しているなら通うけどさ」

「えぇ~? 別にあんなモンだと思うけどなぁ……でもごめんね? アタシのせいでなんかリューヤ君にヤな思いさせちゃってぇ……」

「ああいや、そんなことはないんだ。アリーシャちゃん自慢の店だからね。今後ともよろしく」

 

 詐欺に遭っているとはつゆほども考えていない目。被害男性は、初めに強く当たっておいて、あとで少し気を許しただけですんなりコントロールできてしまった。

 もっとも、こうした肥やしのおかげ自分達の私腹が肥えるのだから、絶滅されては困る。なんとも微妙な存在である。

 

「(バッカみたい。……男なんてちょっと誘惑すればすぐにシッポ振るんだから。みんな馴れ馴れしくしちゃってさ……)」

 

 アリーシャはプレイヤーを見下し続けた。

 それこそあの日(・・・)、心に亀裂が入るまで、この道こそが至高なのだと信じ続けて。

 

 

 

 6月20日。PoHの協力者として生活して2ヶ月。ギルドの名と結成までの段取りが決定した。

 これを聞いた時から嫌な予感はしていた。

 直近の2ヵ月間で、徐変してきた行動指針について。盗みや脅しから、より暴力的かつ狂気に満ちた犯罪、『殺人』をすることがより恒例化してきたのだ。いよいよ間接的なものではなく『直接殺し』が視野に入り始めた。

 そして運命の日。

 『客人』は大ギルドのメンバーだった。

 ギルド結成当日。直接殺しが解禁され、『リュパード』という名の聖龍連合の青年タンカーを刺し殺した時、アリーシャは確信した。

 

「アタシに殺人は無理だ……」

 

 と。

 なんと、かつてのロックスを刺し殺した瞬間を思い出し、「気持ち悪い」とはっきり口に出してしまったのだ。

 強烈なトラウマが全身を(むしば)む。ロックスを刺したあの時から、その嫌悪感は解けない鎖のようだった。

 もっとも、その日はギルド結成の記念すべき式典のため、『直接殺し』は儀式だ。回避できなかったし、その日だけは気丈に振る舞った。

 しかし、これを経験してしまったがために、アリーシャは新生ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の暴走に付いていけないと感じてしまった。

 決して考えてはいけないことである。

 元よりアリーシャは、PoH以外の人間に味方しているつもりはない。彼の命令に従う部下が、たまたま同じ作戦を、都合がいい立場で行っているに過ぎない。彼らに興味はなかったし、どうなろうと知ったことではなかった。それはラフコフの幹部的な立場にいる連中にも言えることだった。

 しかし状況は一変。次のターゲットになった『ケイタ』なる人物の殺人の際、あろうことかアリーシャは獲物を庇うような発言をしてしまったのだ。

 その日から発言には注意している。だが、明らかにラフコフのメンバーはアリーシャへの警戒心を上げていた。

 直接殺しの作戦にいちいち難色を示すようになると、その傾向はますます強くなる。自主的なものも併せて、アリーシャが殺しの現場に同行することは目に見えて減り、強がって同行しようとすると怪訝(けげん)な視線すら送られた。

 アリーシャの居場所は、少しずつ失われていった。

 

 

 

 公表はしていなくとも、『ラフコフ誕生』からなし崩し的に実質3ヶ月以上が過ぎた。

 10月上旬。

 ゲーム開始からほぼ1年。ベッドの上で丸まって過ごすのをやめた当時は、1年以上も剣を持ってフィールドに(おもむ)くなど想像していなかった。

 

「(死のうとしていたぐらいだしね。よくもまあ、いけしゃあしゃあと……)」

 

 しかしトボトボ歩いていると、次の大きな作戦への下準備として、アリーシャは《攻略組》に混ざってフロアボスの討伐隊に参加するよう命令が下る。そのための新装備も潤沢(じゅんたく)に用意してもらった。

 けれど、またも殺しをすると言われた時、アリーシャは心中で限界が来つつあった。

 それでも、仕事をこなさなければ消されるのは自分である。この時点で狂った道を正すこともできないまま、条件反射のように行動していた。

 

「まだアリーシャさんは、《閃光》のアスナさんや《反射剣》のヒスイさんみたいに二つ名はないんだね」

「新進気鋭の新人っすよ。仕方ないです。……あ、でも討伐隊への参加は嬉しいっす」

「ラフコフの連中と違って、礼儀やマナーも弁えてる。滅多にいない女性プレイヤーだしね。……それじゃあまた。今度の討伐にも顔出してよ! じゃ~ねー」

「はぁーい! またよろしくお願いしまぁ~す!」

 

 ボスフロアでの、同じく討伐に参加したプレイヤーとの会話。笑顔で手を振るアリーシャは内心、「二つ名? バカバカしい」なんて思いつつ、最後まで愛想良く挨拶していた。

 頭のおかしい戦闘バカな攻略組。と思う反面、いや、思うがゆえにボス討伐隊に株を売っておくのは、集団に溶け込むための常套(じょうとう)手段。

 だからアリーシャはひたすら売り込み続けた。ラフコフに所属して――もちろん、プレイヤーネームの横にギルドの(シギル)を表示させないために、システム的には所属していない――おきながら、好き勝手やっている彼らのことをことを(けな)し、共感を得て、人々の心掌握する。

 そして、その過程である人物に出会った。

 ひび割れたアリーシャの心に、決定的な亀裂を入れた人物と。

 

「(あと声かけてないのは、と。……ああ、あいつか……)」

 

 目つきの悪い大剣使いが1人。他のパーティメンバーかと思っていたが、どうも今は1人らしい。

 

「……はぁい。ねぇあなた、名前なんてゆーの? 討伐参加は何回目? 経験は長いの?」

「ちょ、速い速い。質問分けて!」

「もぉ〜。じゃあ、お名前は?」

「ん、レジスト・クレストのジェイドだ。あんたは?」

 

 仮面のような笑顔を張り付けたつもりだったが、ジェイドとやらが発した声色(こわいろ)に少し違和感があった。名を聞き返したセリフのイントネーションに、わずかな警戒心を感じたのだ。

 そしてこの目である。目つきが悪いだけではない。射貫くような、見定めるような、鋭い視線を感じた。

 しかし攻略組とは総じて用心深いもの。アリーシャは狙った相手によって対応の仕方を変える。声のトーンをさらに上げ、少し上目遣いにし、甘く(ささや)くように返した。

 

「アリーシャよ。今日は……ほら、あそこのパーティに入れてもらったの。普段はフリーよ」

「へぇ~珍し。俺も普段はレジクレのメンバーといるよ。んで討伐歴は……まあなげぇ方だ。よろしく」

「よろしく~。ねぇ、ジェイド君の戦い方、超カッコ良かったかよ。さっき仲間を助けてた時とか」

「そりゃどーも。ま、パーティだし助け合わないとな」

「アタシつい見とれちゃったわぁ。そっかー経験長いなら納得。あ、また今度ぉ、剣のレクチャーとかしてくれない? アタシなんてまだまだでぇ……」

 

 いきなりのタメ口に少々苛つきながらも、お決まりの社交辞令。

 そして会話では手応えを感じなかったため、プライベートに干渉する手段に切り替えた。最悪、約束は取り付けてもドタキャンできるうえ、仮に気が向いて同行したとすれば短期間で篭絡(ろうらく)させる自信があった。

 しかし、相手はまたしてもマニュアルにない言葉を返してきた。

 

「ん~悪いな、忙しいからさ。確か中層に剣道で段取ってる奴が教室みたいなの開いてたから、そこ教えてやるよ」

「へぇ物知り! その人とは仲いいの?」

「いやどんな奴かは知らね。までも、実戦の方がはるかに覚えはいいんだけどな」

「(ふ~む。ベタ誉めしてるのにノリ悪いなぁ……)……ありがとぉ~。また今度行ってみるね!」

 

 これが初対面時の会話。本当に牽制程度の他愛のない会話である。なびかない男に興味はないし、数時間もすれば内容すら忘れてしまうほどの、ただの日常になるはずだった。

 しかし同じ日の夜、アリーシャが取った宿のすぐ隣の部屋に《レジスト・クレスト》と思しき4人組が宿泊してきたのだ。少なくともボスフロアで話したジェイドとやらはいた。

 それを見た瞬間、アリーシャはわずかに笑っていた。

 4人ギルド、レジスト・クレスト。全員男性。隣の宿。ひょっとしたら討伐が終わってからつけられていたのかもしれない。そしすべてが思惑通り。

 

「(ああ、やっぱりね……)」

 

 アリーシャはそんなことを考えながら、特に部屋を変えることなく1人ベッドに横たわっていた。

 別に珍しくはない。むしろ、よくある話だったからだ。

 最前線に女性。この事実は宣伝効果で一気に広まるし、追っかけやファンクラブだって何人もいる。血盟騎士団(KoB)聖龍連合(DDA)に1人ずついる女性プレイヤーや、ソロの《反射剣》だって例外ではない。

 しかしノドに引っかかるような、不快な気がかりが消えない。

 

「(……むむっ。じゃあ昼間の態度はなんだったの? あの試すような視線は……てかここの宿ってシングルベッドよね? げっ、てことはあの男達はソッチ系の集団? アレ……でも、それじゃあアタシをつけてきたことにならないし……)」

 

 男性の目線には嫌でも敏感になる。それゆえにアリーシャは、自分に対し"親密な"関係構築を画策する男の行動には鉄板(テンプレ)があると考えていた。

 ジェイドにソノ気(・・・)はない。この見解は間違いないだろう。では何の意図があって隣の宿を取ったのか。ギルド仲間に追っかけでもいたのだろうか。

 そこまで考え、アリーシャはひどく自己嫌悪した。

 普段なら歯牙(しが)にもかけないはずが、ガラにもない。もっとも、彼の言葉遣いから素行の悪さは想像できる。上手くやればラフコフに勧誘できそうではあるが。

 

「(ああもう! なんてこと考えてるのアタシはッ! 別にラフコフに帰属意識とかないし!)」

 

 ホテルのような宿には廊下を徘徊するスタッフNPCも存在しなかったので、誰かに話しかけられる(わずら)わしさはない。深夜にさしかかっていたが、気晴らしに外でも歩こうとラフな服に着替えて部屋を出た瞬間だった。

 目の前の通路に男性が歩いていた。一瞬幽霊かと思った。

 そして……、

 

「あ、昼間の」

「な、なななによアンタ! なんのつもり!?」

「おい待て落ち着けっ! 俺なんもしてねぇぞ!?」

 

 しかも相手は、よりによってジェイドだったのだ。唐突な鉢合わせとなったため、アリーシャはつい抜刀するほどびっくりしてしまった。

 考え事をしている最中の不意打ちとはいえ、これは大失態である。

 

「ご、ごめんなさぁ~い。怪我はない? アタシったらつい、テヘヘ。あ、でもここは《圏内》だからケガはしないわよね~?」

「いや、ないけどさ。ないけど、まさか会うなりオドされて短剣向けられるとは思わなかったぞ」

「ぅぐ……っ」

 

 ご立腹のようで、目が怖い。細まるとさらに怖い。ヤの付くお方?

 しかし、相手の心労など知ったことではなかったが、アリーシャにとってもこれはチャンスだった。

 この男が人の部屋の前でストーキングまがいなことをする変態であれば、短剣を突き付けてしまった行為にも正当性が生まれる。そしてそれは同時に、好意を持たれていることと同義。そこに付け入るスキがあると考えたのだ。

 

「こんな時間にどこ行くのぉ?」

「ん~まぁ、その辺」

「テキトーすぎ! ねぇアタシも一緒に行っていいかな? なんだか今日は眠れなくって~」

「え、マジ? いいけどさ」

 

 引け目を逆手になびいたフリまでしたが、やはりジェイドの言葉の波長からは嬉しそうな感情は()めなかった。女として見られてないのだろうか。

 アリーシャに火が付いた。何が何でもなびかせてやる、と。自尊心的にも。

 

「もちろんよぉ。じゃあ行きましょ。アタシ達2人で……」

 

 アリーシャは挑戦的な目を向け、限界まで甘い声で誘惑した。

 変わった男との2度目の出会いが、その日から人生を大きく変えるとも知らずに。

 

 

 

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