SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第51話 執着する欲望

 西暦2023年11月18日、浮遊城第47層。

 

 フィールドを走ること数分。そびえ立つ木々をかいくぐり、俺とヒスイはミンスが待機していると連絡があったエリアに到着した。

 緊張で心臓が早鐘のように打つ。こうして走っている間にも、PoHの仲間と遭遇戦になる可能性や、相手が何らかの方法でこちらの動きを察知してしまう可能性があるからだ。そうなればご破算。すべては水の泡だ。

 だが深い夜のなか、一帯の暗闇は寒気がするほど静かだったが、昭和の探偵然とした彼の黄土色の丈長コートと黒縁メガネ姿はすぐに見つかった。

 俺は一瞬安堵(あんど)したものの、油断しないよう近づいてから小さく声を出した。

 

「悪い、遅くなった」

「いきなり呼び出してすまないね。それも深夜に」

「いいんだ。それより、見失ってないなだろうな?」

「無論だ。連絡してから彼は動いていない」

「よし、いいぞ」

 

 もちろん、誰からも目の敵にされる犯罪者PoHが、目的もなく単独で同じ場所に留まるはずがない。

 これはミンスの機転だ。かつて俺とキリトとミンスで《PoH鹵獲作戦》を画策(かくさく)したとき、彼はラフコフと少なからずパイプを持ち、ビジネスを行った。これは1ヵ月近くかけて築いた信頼を切り崩すことで成り立つ足止めだ。

 

「ただ、もう5分はたってる。すぐに行かねぇと」

 

 ヒスイを含め3人でうなずき合い、再び行動開始。

 息の詰まる場所である。蛍光灯が乱立する先進国では見られない広すぎる闇のせいか、あるいはこれから復讐に向かう切迫した心理状態からか。一面に並ぶ、元ネタのわからない樹木(じゅもく)による視界の悪さも不安を加速させているのだろう。

 ミンスはメガネを指で押し上げると、足音を殺しながら静かに語り出した。

 

「尻尾を掴んだその日に単独行動、か。信じられない幸運だが……またとないチャンスだ。今度こそ、PoHを完全にしとめきる」

 

 それを聞いた俺は、肯定の意味で(うなず)きつつもある疑問が浮かんでいだ。

 

「なあ、今さらだけど、PoHのクリスタル切れは会話から聞こえたんだよな? でも、なんだって切らしてんだ。迷宮区の中だぜ?」

 

 しかし千載一遇のチャンスがなぜ到来したのか、ひいては《転移結晶》を所持していない理由はなにか。

 という刹那の疑問に、ミンスはあっさりと答えた。

 

「あくまで憶測だが……1つは、クリスタルの価値が高いことだ。複数個所できないタイミングなら、使えばそれでゼロになる」

「んなこと、これまでいくらでも……」

「果たしてそうかな。……いいか? いかな奴らも、稼ぐ時は相当荒いが、どうしても安定しない。そこへ組織の急な肥大化だ。羽振りがいいように見えて、実は逼迫(ひっぱく)しているのだろう」

「なるほど。……同じような悩みを《軍》がボヤいてたな」

「もう1つ。アジト付近なら携帯する重要性が低くなる。予期せぬ遭遇戦になったとして、《メッセンジャー・バット》があれば仲間を呼んで戦線離脱、あるいは襲撃者を撃退できるからだ」

 

 やや説得力に欠ける推論だが、これにはヒスイが答えた。

 

「アジトの付近なら……ね。けど、それなら仲間を呼ばせないようにしなきゃ」

「うむ、袋小路に誘い込むか、あるいは増援の到着前に一気に叩くしかない。ただ、ラフコフが採用しているアイテムの保管方法に弱点がある。《ベンダーズ・カーペット》は知っているな?」

 

 その質問には俺とヒスイはすぐにうなずいた。

 《ベンダーズ・カーペット》。商人がよく使う仮店舗用の簡易露店だ。その上に置かれたアイテムは、耐久値も減らなければ誰も盗むことはできない。

 街の宿を利用できないオレンジ集団は、必然的に《アイテムボックス》を使用できない。ゆえに、連中はかねてよりこれらのアイテムで所持品の保管を代用していると予想はされていた。

 

「カーペットの所持者を登録上『PoH』とさえしておけば、裏切り者が出ても心配ない。安全地帯で過ごす奴らなりの知恵というものだ」

「だからこそ、増援も早いってわけね」

「よく調べたもんだ。んで、かくものPoHも1年たってようやくポカをやらかしたと」

「…………」

 

 この意見にヒスイはノーコメントだったが、話しているうちに大きな迷宮区タワーに接近した。

 ここが目的地。同時に、これから戦場となる。時刻は22時57分、もう1時間もすれば日付が変わる。

 

「ミンスさん、この層の迷宮区への入り口は複数あるわ。その辺りも特定できてるの?」

「無論だ。……見えたな。あの入口だ」

 

 場所は浮遊城(アインクラッド)でも、さらに端に位置するのだろう。見晴らしは悪く、利便性も良くなさそうな迷宮区の入り口だった。アーガス社が好む独特な特徴も見られるので、きっと隠し通路としてデザインされたと推測できる。

 足を止めると同時に、ミンスは口に指先を当て、さらに自身のウィンドウを可視化設定にした。

 表示されていたのはミニマップ。そして《索敵》スキルの示す先、迷宮区入り口付近にプレイヤーアイコンが浮かんでいることを示していた。

 入り口付近に何者かがいる。

 これから始まるプレイヤー戦を予感すると、またしても口が乾くのを感じた。

 迷宮区への通路は狭く、入ってすぐに曲がり角があるのか、明度も低いため内部構造はほとんどが確認できない。大人数でカバーしたいところだが、目的はPoHの殺害。誘えるメンツすら限られる。

 俺は草陰に潜んだまま口を開いた。

 

「なあミンス、《PoH鹵獲作戦》てあったろ? あん時のメンバー、《風林火山》やキリトは連絡が付かなかったか?」

「試したさ。だが寝ているか、あるいは迷宮区の中だろう。しかし彼らを叩き起こす暇はなくとも、私の護衛は召喚中だ。すぐに着く。よって戦力は4人だが……異論はないな?」

「わかった。つっても4対1だしな」

 

 正直に言うと、ほんの少しの待ち時間ですらもどかしかった。

 しかし万全を期すに越したことはないし、ましてや彼の護衛はバリバリの攻略組。ここは待つべきだろう。

 

「来たな。……見えるか、あの人物だ」

「おお、あいつか。やっとツラをおがむことができたぜ」

 

 迷宮区と真逆方向から俺達を挟んで走ってくるプレイヤー。距離はまだ400メートルほどあるが、《索敵》スキルの派生機能(モディファイ)でここにいる全員が《暗視》のオプションスキルを使っていたため、すぐに発見できた。

 しかし次の瞬間。通路の奥から届いた声に、意識のすべてを持っていかれた。

 

『ミンストレル。客人が多いようだが、こいつはどういうことだ』

「ッ!?」

 

 迷宮区の入り口付近。曲がり角のすぐ向こうで男の声がしたのだ。

 俺のよく知る声。これを最初に聞いたのは17層が最前線だった時。人を惑わせる響きを持つ、あの優しくも冷酷な声だ。

 いや、それよりもこちらのこちらの人数を気取(けど)られた。奇襲は失敗だ。 

 

「引っかかったキミの落ち度さ」

「PoH……テメェ、そこにいるのか……?」

『いったい何の当て付けだ? 俺に貸しがあったはずだよな。恩を仇で返すつもりか……』

「無視してんじゃねぇよクズ野郎! 今日こそぶった斬るッ!!」

 

 逃がすわけにはいかない。嫌でも心臓の鼓動が速まる。汗がにじむまま愛刀を引き抜き、その柄を握る手のひらに有らん限りの力がこもった。

 今日ここで、この場でPoHを切り捨てることができれば、俺はやっとケイタの無念を晴らすことができるのだ。アラートトラップを踏んで仲間達が帰らぬ人となったその日の夕ぐれで、容赦なくその傷痕(しょうこん)をえぐった。あまつさえ、遺産でもあったギルドホームを横からかすめ取った悪党。

 いい加減この溜まりきった積怒(せきど)を、諸悪の根源にぶつけるのも頃合いだろう。1ヶ月前は、たかだかレッドギルドという存在を派手に周知させたいがために、5人もの罪なきプレイヤーを殺害した。

 その他にも多くの犯罪行為をはたらいてきた。1つたりとも忘れたとは言わせない!

 

『クック……度胸だけは称賛に値する。……だが、実に愚かだ。そんな人数で……』

「ッ……ああそうかよ。だったら殺してやる! ヒスイは後ろ見てろッ!!」

「ま、待ってジェイド! 様子がおかしい!」

 

 俺は斬る覚悟も、ある意味では『斬られる覚悟』すらもうできていた。ケイタの遺恨も、復讐の決意も、ここで逃げたらすべてが嘘になる。あとはこの激情を敵に吐き出すだけだ。

 だから俺は、ヒスイの忠告を無視して1人で迷宮区へ突入した。

 そして憎しみの権化を絶つため、意匠なき無骨剣《クレイモア・ゴスペル》を背中から抜刀、およびソードスキルに発動よる閃光。

 俺は湧き出る殺気も抑えず、勢いよく通路の角を曲がった。

 息を吐き、直後に単発重斬撃を放つ。

 しかし……、

 

「っらあァあああッ!!」

 

 ガヂィイインッ!! と、スキルは通路の壁に(・・)激突した。

 振り抜けなかった反動が両手に跳ね返り、激しい振動によって軽い麻痺がおこる。

 火花のようなライトエフェクトはほんの刹那だけ暗い道を照らしたが、プレイヤーはおろかその影すらまったく確認できなかった。

 

「ぐッ……なん、だっ? 誰もいねぇ……!?」

 

 誰も、いない。

 なぜだ。

 PoHの特徴的な声だけは間違いなく聞こえたはずなのに、そこには誰もいなかったのだ。《転移結晶》によるエフェクトも見えなかったし、どころかPoHは転移結晶を所持していないはずだ。

 俺はあらゆる可能性を考慮していたはずだった。待ち伏せによる敵の逆奇襲、事前に仕掛けたトラップ、俺達の知らない第3の逃げ道。そういった心構えすら砕かれた。

 ……いや、ある。何かが落ちている。俺も何度か見かけたことのある、これは《結晶(クリスタル)》系アイテムだろうか。

 

「レコーディング……クリスタル……?」

 

 そこに落ちていたのは10センチ四方もない結晶系アイテムの1つ、《録音結晶(レコーディング・クリスタル)》だった。

 その名の通り音声を記録し、再生させることで現実世界のレコードと同じ機能を発揮する。似たようなものに風景の記録などに利用される《記録結晶(メモリー・クリスタル)》が挙げられる。こちらはカメラ機能と同じで、これらに言える共通点はクリスタルのくせに安価で、比較的手に入れやすいということだけだ。

 しかし目下問題となるのは、なぜこのアイテムが、いかなる理由でここに設置してあるのかである。

 そうして呆気にとられていると、突如網目状の鉄檻が迷宮区の通路とフィールドへの出入り口を遮断するように降りてきた。

 気づいた時にはガッシャァアッ!! と、耳を塞ぐほどのけたたましい爆音が鳴り響く。

 待ち伏せを警戒して臨戦状態だったヒスイ達とは通路への入り口で隔離され、黒光りする鉄柵を挟んで互いに狼狽(ろうばい)した。

 

「くそ、トラップか!?」

「ジェイド! もう、だから言ったのに。……それにPoHはいなかったの?」

「ああ、いなかった。どうなってんだ……ワケわかんねぇ。レコーディングでPoHの声が再生されているだけだったんだ。もしかしたら、俺達の方がハメられたかもしれねぇ!」

 

 鉄柵を握り、何度か前後にガチガチと揺らしてみたが微動だにしない。

 編み目もそれなりに細かく、せいぜい腕1本分しか通せそうにない鉄柵のせいで、会話こそ可能だがプレイヤーの腕力での突破は不可能だった。

 

「そんなことって……っ。それにこれ、耐久ゲージが見当たらないし、きっとイモータル設定よ。脱出手段は檻の破壊じゃなくて、別の何かが用意されてるってことだわ。……完全に罠ね。一旦テレポートで主街区に戻って、それから……」

「ヒスイっ!!」

 

 直後、ザシュッ! という気味の悪い音が俺の鼓膜を揺らした。

 

「か、ハ……っ!?」

「ヒスイ! ヒスイぃッ!!」

 

 見えてはいけないものだった。目の前の柵に縫い付けられたヒスイの左の脇腹から、レイピアと思しきサーベルの先が顔を除かせていたのだ。反対側から貫通してきた。

 それがグリグリと。感触を楽しむように弄ばれている。

 そのまま武器を抜き取られると、彼女のネーム付近に阻害効果(デバフ)の一種、《麻痺(パラライズ)》のアイコンが点滅して、彼女は力なくぐったりと倒れ込んでしまった。

 先制攻撃(ファーストアタック)認定。《対阻害効果(アンチデバフ)》スキルや防具による防護機能が最もはたらき難い、背後からの最悪の一撃。

 俺はなんとか柵の隙間から腕だけを通して脱力したヒスイを支えようとしたが、彼女を攻撃して犯罪者(オレンジ)となったミンスの護衛役に引きずられて、手の届かない所へ運ばれてしまった。

 

「く、テメェ!! なにしてるかわかってんのかッ!!」

「愚問もはなはだしいな。ジェイド」

 

 フード付きジャケットを着た軽めの鉄衣に包まれた男、専属護衛は口元にうっすらと笑みを浮かべたままそう言った。

 小さくもはっきりと。信じられないことを言ってのけた。

 

「ンだと、おい! ブッ殺すぞ!!」

「ジェイド、落ち着きたまえ。それができないことは、今の君が1番理解しているはずだ」

「あァ? なんだよ、ミンス……?」

「あまり感情任せに騒がれると会話もろくできやしない。それに私は、うるさい人間が嫌いでね。知っているだろう? 長いつき合いだ」

「お……おい! これは……どういうことだ!? いや……それに、したって……ッ」

 

 俺の頭が鈍いからか、混乱が重なったからか。

 味方だと思っていたミンスの声を、そのあまりにも非情で淡泊な声を聞いて、俺は寒気すら覚えながらも状況を把握しようとする。どうにかして今の状況が噛み合うルートを探ったのだ。

 だが見つからない。どうやっても。

 

「まだ理解できんのかね。君は今日、遊んでばかりで迷宮区に関する満足な情報を得られなかったそうじゃないか? こんな罠も、普段の君なら回避したかもな。……そして私の護衛がこの娘を攻撃し、私がそれを黙認する。……つまりはそういう(・・・・)ことだよ」

「な……に、を……テメェが俺をダマしたのか……ッ」

「ふ、フ……フハハハハッ、傑作だな! 別に嗜虐嗜好なんて持っちゃいないが、きみを見ているとさすがに笑えてくる。……んん、興味深いね」

「クソ……野郎……」

 

 冷や汗が流れる。

 怒りより前に戸惑いが。敵意より前に疑問が。

 俺を騙して、ヒスイを刺して、一体なんのメリットがある?

 受け入れられない現実がのしかかり、夢でも見ているかのようなふわふわした感覚だけに支配された。誇張ではなく、本当に目の前が真っ白になる感覚。

 

「それにしてもタイゾウ君、えらく遅かったではないか。もう少しで君がいないのに作戦が始まるところだったよ」

「わりぃな詩人さん。姉貴のペット、確かルドルフとかいったか。……奴が邪魔をしてきてよ、処分に手間取った。……ま、ここでルドルフの奴が手ぇ出してきたってことは、十中八九姉貴の指示だわな」

「なるほどルドルフ君か。……彼女の忠犬だったな。ハハッ、よもや噛みついてくるとはね。無駄なことを」

 

 喫煙所で煙草をくゆらせながら話しているのかと錯覚するほどリラックスし、ごく自然体で会話を続ける2人。

 俺への説明もなし。何かに動揺する素振りもなし。これらすべてが順調に作戦を進めているとでも言わんばかりの態度。

 

「なん、でだよッ! おい!! なんで、そんな平然と……く、そ野郎が……!!」

「なんて人なの。人の厚意を踏みにじって……犯罪者に加担して! あなた最低よ! 信じてたのに。疑わないようにしてたのに……アルゴが警戒していた通りじゃないッ!!」

 

 動けないヒスイも果敢に声を張り上げるが、地に伏している姿がより痛々しさを増大させていた。

 それに彼女の発言には覚えがある。数時間前、背丈ほどもある草木をかき分けながら、アルゴは確かに「怪しいプレイヤーがいる」と言っていた。この光景から察するに、それはミンスのことだったの可能性が高い。彼女の言葉を最後まで聞けていれば……。

 しかも彼に協力していたジャケット装備を着用するゲス男にとって、今のヒスイの姿がその歪んだ性癖をくすぐるのだろう。先ほどよりも笑みを深めて、()うような視線を向けている。

 

「あぁああ~、おれのヒスイちゃん。けなげだなぁ。なつかしいよ、こうやって動けない体に指を走らせるのは10ヶ月振りかな? あの日以来だ……」

「ん、くっ……さわら、ないで!」

「おい、ざっけンなよ!! その汚ェ手をどけろッ!!」

 

 可能な限り手を伸ばしたが、俺達の距離はゆうに5メートルはある。この柵をどけない限りどうしようもない。

 《ハラスメントコード》対策もお馴染みの手段だ。

 アクションゲームの体裁を保つために、プレイヤーからの攻撃をもこのコードで防げる(いわ)れはない。

 ごくわずかであれ、貫通継続ダメージの入る低層のナマクラ武器などで攻撃していれば、それによる肌の接触でさえ異性を弾くことは叶わないのである。もちろん、このように閉鎖された極限下に置かれることを想定していなかったアーガス社に対し、コードの抜け穴を指弾できる道理はない。

 それに俺は自分の頭に血が上るのを感じながらも、放たれた発言の節々を考えていた。「なつかしい」と。奴はこう言ったのだ。

 ()れ言でないのなら、こいつは過去にも……、

 

「アハハハ。8層の迷宮区では3人がかりだったけど、今回はおれ1人だ。……覚えてるか? あの安全地帯で……ジェイドがすべてをブチ壊した。さあ、続きだよ。だからもっと楽しそうにしてよぉ」

「ひ、イヤ……やめて……ひゃっ!?」

 

 装備の上からとは言え、横たわるヒスイの体中を両手でネチネチと触りまくる姿は、俺の我慢の臨界点を軽々と突破させた。

 

「てめぇ……殺すぞ! 絶対に殺してやる!! やめろっつってんだろッ!!」

「やかましいな。言っておくが、彼はクォーター戦にも参加していたのだぞ。気づかなかった君のミスだな」

「ッ……25層戦に、いただと……!?」

 

 少し動揺しながらも、必死に記憶の糸を手繰り寄せた。攻略の途中で逃走者が多発した25層フロアボス戦。その中で逃げ出していなかったのだとしたら、最後にヒースクリフが集めた30人の中にいたことになる。

 そしてこの男はソロ。俺とヒスイ以外にいたソロプレイヤーは……、

 

「(いた、あいつか! ずっと顔を見せなかった、盾無しのレイピア使い……!!)」

 

 それがこの男。ラフコフに多数存在する陰の協力者。

 

「へっ、今さら気付いた顔ようだな。マヌケが」

 

 ようやく会話に興味を持ったのか、タイゾウはヒスイを辱める手を止め、俺を挑発してきた。

 しかし、元より口裏を合わせていたのだろう。タイゾウが走ってきた方向に、街や村がないことをはっきり思い出している。

 そしてこれは、(おぞ)ましい告白だった。

 俺はかつて、ケイタの危機に際しミンスによって緊急的に召集されたことがある。そしてその時、状況把握に《天耳通(てんにつう)の筒》というアイテムを使ったと言っていた。

 25層においての取り巻きへのラストアタックボーナス。その効果は、言わば視覚内にいるプレイヤーへの収音器。盗聴目的に使うものだ。

 アルゴと交わした会話も、おそらくこれを使って断片的か、あるいはその終始までを聞かれていたのだろう。だとすれば、これほどの強硬手段に急いだ理由もつく。

 あろうことかアルゴは、このスパイ野郎の正体に感づき始めていたのだから。

 

「突発だがいいシナリオだろう? アルゴの件で急いでいたものでね」

 

 アルゴが監視したように、この男も逆に監視していた。

 行動に対して常に先手を打つしたたかさ。ミンスは頭が切れるだけでなく実行力もある。思うと、味方としての頼もしさより、敵対した恐怖から俺は彼が仲間だと信じていたのかもしれない。

 ケイタが死んだあの日、殺害現場となった崖の上で25層取り巻きへのLAボーナスを使ったと言ったが、そのレアアイテムを渡した張本人は、ミンスの横で欲望を吐き出している男だろう。

 それを意識すると、腹の下あたりにスッ、と冷たい怒りの塊が落ちてくるのを感じた。

 強烈な(いか)り。おかげで頭も冷えてきた。俺のすべきことは泣き、喚き、騒ぐことでも、ましてや延々と罵ることでもない。あらゆる情報を強奪し、それを今後の犯罪者捕獲に役立てる。そして相手を会話に集中させながら、ヒスイを救出する作戦を迅速に考え実行する。

 最短最速でこいつらに一矢報いる作戦を。

 

「言い逃れはできねェぞ。全部暴いて、公開処刑だ……」

「……ふむ、それで……?」

「…………」

「おいおい、口数が減ったな。騒ぐなとは言ったが、黙る必要はない。殺害はタイゾウ君に頼まれただけで、私は別に興味がないんだ。おしゃべりに付き合ってくれよ」

 

 イラつかせるようなくだくだしい話し方はもうおなじみだが、相手の挑発には乗らない冷静さはまだ残っている。

 奴は判断力を削ろうと、わざと俺の怒りを買うように喋っている。挑発にいちいち反応したら相手の思うつぼだ。

 しかし、思案に暮れる前にプシュウッ、と煙のようなものが通路の天井から吹き出してきた。

 おそらくはトラップによる毒だろう。解放空間のフィールドでは濃度が確保されないが、閉鎖空間にいる俺はこのままでは肺一杯に吸い込んでしまう。

 俺はポーチから《解毒結晶(リカバリング・クリスタル)》を取り出して手に持つと、小さく「リカバリー」と発音して体内の毒素を相殺する。これで数分間はこの煙を吸い続けてもデバフに侵されることはない。

 しかし今度は、奴の方から口を開いた。

 

「……実はこの日が待ち遠しかったよ。ペテン師がその功績を自慢したがる矛盾した性質も、今なら理解できる。ただ、難易度には拍子抜けかな。彼の名前を出すと君が釣れて、君をエサにヒスイ君が釣れる。単純明快だ」

「話をそらすな。テメェはいつからPoHとツルんだ」

「ほう……? そうだな、ちょうどタイゾウ君と初めて会った時だろうか。あの方は遠い未来を見据えていた。……私はすぐ彼に協力を申し出たよ」

「ッ……!!」

 

 それほど前から俺を、ひいては彼を信じる多くのプレイヤーを騙していたのか。

 こいつは昔から頭こそ回るが本質は根暗だった。そういった不完全なところに俺はシンパシーを感じていたし、ゆえにネガティブな理由ながらも仲間意識を持っていた。

 それに今、ミンスはタイゾウとやらと会ってからと言った。ちょうどその頃から(・・・・・)、こいつは人と楽しそうに喋るようになった。俺はそれが自分のことのように嬉しかった。

 それなのに、どうしてこうなってしまったのか。あの唾棄(だき)すべき外道に付いたのか。それが悔しくて堪らない。

 

「(ダメだ落ち着け。質問を続けないと……)……納得した。そこのクズが俺らの前に姿を見せなかったのは、顔バレを避けるためか」

「ごもっとも。実に合理的だろう?」

「……ケイタについて聞きたい。なんであの時、場所を教えた? あれは完全に裏切り行為だろう。俺が自滅覚悟で現場へ乱入したら、1人ぐらい道ずれにしてもおかしくなかったずだ。なのに……テメェは教えた!」

「ああ、あれか。いい質問だが、少し考えればわかること。……圏外にいた彼の所在は、むしろ私の誘導だった。黒猫団の全滅を知ったのは……くくく。実はこれ、きみが原因でもあるのだよ」

「なにッ!?」

 

 それだけは聞き捨てならなかった。俺がいたから黒猫団全滅の情報がミンスの元へ流れただと? バカバカしい、俺は一言たりとも他言していない。

 だがここで、ヒスイがまたしても悲鳴を上げ、タイゾウと呼ばれていた痩せ気味の男から逃れようとしているのが見えた。同時に湧き上がる、毛が逆立つような焦燥感。

 

「……く、もうガマンならねぇ! 今すぐ主街区に飛んで、絶対ここに戻ってくるからッ!」

「落ち着けジェイド。転移結晶を使ったら、その時点でヒスイ君を殺す。これは取引ではなく警告だ。きみがここから離れた時こそが、彼女を拝める最後の瞬間になるだろう。タイゾウ君は『見せつける』ことをご所望でね」

「ぐッ!? ……ちくっ、しょう……ッ」

 

 ここでヒスイにべたついていた奴が、俺とミンスとの会話に割り込んでくる。

 

「ヒッヒッヒ。ジェイドぉ、もうヒーローごっこはできねぇなァ? ククッ……いい気味だぜ。どんな気分よ、えェ?」

「クソがッ! ゴミは黙ってろよ!」

「まあまあ、外野は放っておけ。……さてどこまで話したか。……ああそうか、なぜ黒猫団全滅をいち早く知ったのか、だな。なに、私が彼ら全員とフレンド登録を済ませていたからさ」

「(ミンスが黒猫団と……!?)」

 

 もう何を言われても驚く気はなかったが、意外な事実に内心だけは絶えず揺れ動いた。

 

「自分で語るのは興ざめだが、依頼を逆手に取るのは得意でね。キリト君への調査依頼は、共に過ごした《月夜の黒猫団》にまで及んだ。……建前は君が作ってくれた。ゆえに、『仲良くなっておいた』んだよ。相手はビジネス感覚だったろうがね」

 

 鉄柵を握りしめる両手にさらに力が入った。

 合点がいった。

 確かに、俺は過去にキリトの調査を依頼した。しかしそれは、彼が1人で自暴自棄にならないか心配してのことだ。レベルを隠して中層のギルドとつるんだと聞いて、心境の変化を知りたかっただけだ。

 まさかその繋がりを悪用されるとは思わなかった。だから当日にピンポイントで『蘇生アイテム』があるなんて嘘をつけたわけだ。

 当時は通り魔にでも()ったと思っていたが、PoHを含む4人がケイタを殺しきるまで、俺達の潜伏場所に1度を顔を向けなかった理由も確定した。全部演技だったわけだ。

 ニヤついた顔で、ミンスはこれまでを(つづ)った。もはや決定的である。彼の供述が全てのピースを揃えている。

 この男は戦闘職ではないが、直接殺し以外で『殺戮ショー』をラフコフと共有していたのだ。よりによってケイタを救おうとしていた俺と、この世で最も胸くそ悪いゲームを鑑賞した。

 ただし、これでは悔しがる顔を間近で見る特典のためだけに、あそこに連れだしたことになってしまう。それは非効率だ。

 では、なぜリスキーなことをしたのか。

 それはきっと、『ショーの見物』と兼ねて、同時に俺から信用を得ていたからだと推測できる。

 1歩間違えれば奴らのすべてがご破算になるスレスレの情報共有。ミンストレルという狂人は、この倒錯的な緊張感に病みつきになったのだろうか。

 

「(……けど、これじゃあ無能を否定できねェ。確かに俺はミンスを信じた。信じちまったッ……アリバイ作りにもってこいだ。なんせ、俺自身が証人として……)」

 

 俺だけではない。きっとこの世界から消される前のターゲットも、こうして価値観の食い違いに腹を立てただろう。

 さらにミンスの横で奇声を上げてあるタイゾウが、ヒスイの戦闘用の防具を剥がし終えたのか、彼女の胸部を揉みしだきながら感極まった表情をしている。わざわざ俺に見せつけているかのように。

 逆転の手は、なお思いつかない。

 やはり俺には無理だったのだろうか。格好つけて守ると言ったくせに、打ちのめされ鉄柵を握りしめたまま突っ立っているだけだ。ただの腰抜けで、ただの負け犬。

 

「(ッ! ……いや、まだだ。諦めたら全部終わっちまうッ……)……今の聖龍連合(DDA)が凶暴化した原因、あれも……」

「……ああ。私は重要な任務に就いていた。よって、安易にラフコフとフレンド登録するわけにもいかない。……そこで我々は、《共通アイテムウィンドウ》を使って情報交換をしていたのだよ」

 

 《共通アイテムウィンドウ》。《結婚》システムなど、問答無用にアイテムストレージを共通化させる状態とは違い、そのタブ内に格納した特定の物だけを共有するシステム。

 同じ層にさえいれば、そして迷宮区に侵入しなければ実質アイテムストレージの共有化を計れる。数時間前、俺がアリーシャと作ったものだ。

 伝えたいことをレコーディングやメモリークリスタルに記録して、共通化されたアイテムストレージに置く。これで遠くにいても連絡できるという寸法である。だとすれば、オレンジ共が狂ったように録音結晶を買い込んでいる理由もこれだろう。

 どこかで聞いた話だが、《殺人組織(レッドギルド)》宣言が行われた日、《鼠のアルゴ》や《連合のクリクロ》といった有名な情報屋は連携して捜査していた。しかし、フタを開ければ何が連携だ。情報なんて敵にダダ漏れだったということではないか。これでは捕まるものも捕まりようがない。

 DDAがまんまと騙されたせいで、犯罪者集団の作戦がすんなりと通った。これは、トップギルド達が険悪になった最も直接的なファクターである。

 だが1つ、いいことを聞いた。俺は今の会話で、ミンスの口から現状を打破する糸口をもらえていた。

 あとはそれを実行する隙を作るだけだ。

 ブラフとなる会話は続けるしかない。

 

「だんだんクズの思考が読めてきたよ。1ヶ月前……ラフコフの《レッドギルド宣言事件》の目的も別にあったってワケか」

「ハハハハ、助け船があったとはいえ素直に驚嘆だ。……それも正解。いやはや、準備をかけた甲斐があったよ。クリクロとネズミの排除はもちろん、私らを『守るため』にも大いに役に立った」

 

 ミンスは誇らしげに言った。

 『自分を守る』とは、アルゴに限らず、彼に嫌疑の目を向ける人間が増えていたからだろう。そうした事情は俺もたまに聞いている。

 おそらく、ラフコフがわざと目立つ行動を繰り返していた真の目的は、ギルドアイコンを広めるためだ。

 非常に印象的なアイコンは、それを名前の横に表示させるプレイヤーこそラフコフメンバーだと周知させたと言ってもいい。こうした先入観の操作は、古典的な記憶の刷り込みトリックと同じである。あの不気味な棺桶のアイコンは一種のブランドを確立させていた。

 

「上から目線でエラそーに……テメェこそ、こんだけ知れたら終わりだぜ? ネタは上がりきったろ」

「フフフ……さてどうかな?」

 

 ミンスはなおも得意げだった。今後のラフコフの活動に支障をきたすほどの情報。それを言い当てられたのに、なぜこれほど余裕がある?

 これではまるで、すべて知れ渡っても対処しきれるかのようではないか。

 確かにSAOでの俺のコネクションなんて10人そこらだ。前線に戻るなり、いま聞いた彼のカミングアウトを大声で叫び周ったところで、メガネ野郎の根回し次第では俺の方が悪者になってしまう。

 しかし、少なくともレジクレの3人は信じてくれるはずだ。そのギルド単位で訴えればどうだろうか。

 勝算は高い。実はスパイが紛れ込んでいたなんて鉄板展開でも、つじつまが合う以上、周りの連中だって無視はできまい。

 

「(そうさ……カズ達が味方してくれりゃ……)」

 

 だがその時点で思い至ってしまった。

 よもや、俺が即興で思いつく程度のことが通用するはずがない、と。敵はそんなミスを犯さない。

 

「(くそッ、まさか……やられたっ!! 今あの3人(・・・・・)が狙われてンのか!!)」

 

 カズ達に迫る危険。

 だが気づいてももう遅い。俺の狼狽に構わず、ミンスは口調を変えず続けた。

 

「約2ヶ月の準備に見合う、なかなかの成果だった。潜入が主の私やアリーシャの自由は、あの宣言によってかなり助けられたものだよ」

「あ、アリーシャ? アリーシャだとッ!?」

「私を含む5人は幹部的地位だったが、こうしてみるとあの女も落ちたものだよ。……ああ、つまらん話をして悪かった。彼女のことは忘れよう。なんなら……」

「アリーシャは違うッ!!」

 

 気付いた時には、限界の音量でミンスの意見に異を唱えていた。

 信じたくないばかりに。今日1日の時間を無にするような現実を認めたくないばかりに。

 無駄と知りつつ抵抗するヒスイにすっかりはまり込んでいたタイゾウでさえ、アリーシャに対する言及には興味を示し割り込んできた。

 

「……なんだと? おいおい、あんたに姉貴の何がわかるってんだよ」

「あいつは……そんな奴じゃない。こんなクズに味方するはずねェんだ!」

「はずがない、か。根拠は知らないが事実は変わらんよ。私が一時、『アリーシャを疑え』と言ったからか? だとしたら失笑ものだ。あくまで余計なことを吹聴される前に、カモフラージュとし利用したに過ぎん。もはや、組織にとってはただのお荷物だ。役立たずはそろそろ処分されるだろうね」

「……ッ、ンのやろうっ……!!」

 

 嫌でも俺の意識がミンスの言葉に持って行かれそうだったが、アリーシャのことは一旦忘れるしかない。

 確かめようがないし、それより今はヒスイを助けることが先だからだ。ミンスの言葉に感情的になったフリをして、何とか隙を(うかが)うしかない。

 

「で、でも!! ミンスはいろんな奴とオレンジ共を捕まえていた! ラフコフにとっちゃ予備軍みたいなモンだろう! それはどう説明するっ!?」

「単調になってきたな。……使えそうにない中層のグズを囮に、定期的にアリバイ工作をするのは常套手段だ。いちいち説明するほどかね?」

「……もう、テメェらにどんな文句を浴びせても足りねぇよ」

「誉め言葉さ。……ん? タイゾウ君、楽しむのもいいが麻痺が解けかけているじゃないか。彼女も腕はたつのだ。せっかく時間をかけて用意しているのだから、早く《原液》を」

「ああ、わかってるっての!!」

 

 俺も気づいていたが、ヒスイの麻痺は解けかけていた。会話中に後ろのことまで気づくあたり、やはり敵になっても有能であることは変わらない。

 だがこれは待ちに待った、几帳面なミンスが俺に対し初めて見せた隙だった。

 

「(今しかない!)」

 

 成功するかはわからない。それでも、俺は最後の賭けに出る。これに勝てば敵との立場を五分にまで持っていける。

 ここからが、本当の反撃だ。

 

 

 

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