SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第7話 鍛冶屋騒動(前編)

 西暦2022年12月8日、浮遊城第2層。

 

「ん……」

 

 ――あ……れ。なんか体が重いな……。

 ――ベッドってこんな固かったっけ。

 ――あ~……てか、いつ寝たんだ俺……。

 

「ぅ……ん……」

 

 目を開けようとしたが、ダイレクトな朝日が非常に眩しかった。どんな宿でも寝る時は例外なく遮光カーテンを閉めるはずだが、はて。

 しかし、そこまで考えてから思い出した。街の隅っこの方で力尽きたのだ。眼球だけさ迷わせたが、やはり家具どころか屋根すら見当たらない。

 ただしワイルドに地面で寝ていたことは判明したが、回転数の上がらない思考のせいでそれまでの経緯が思い出せない。

 そして同時に、俺はハンパなくどうでもいい発見をしてしまった。

 地面に無数に存在する砂粒のようなデータ片についてだ。これが寝そべっていた口の中に侵入していたので試しにモグモグしてみたところ、まったく味がしなかったのである。旨くもなくまずくもない。どうやら味覚エンジンの搭載されていないオブジェクトは口に含んでも味覚野が反応しないらしい。

 うむ、本当にどうでもよかった。

 

「お、起きたカ?」

 

 ジャリジャリと硬すぎる床から頬が離れた時点でふと隣から声が聞こえた。

 ボンヤリとする頭でできる限りの情報を入手するため、横たわっている状態で首だけ動かすとそこにいきなりフードを被ったプレイヤーが姿を現した。

 

「あ〜? あんた誰だ……」

「誰とは失敬ナ。オレっちを忘れたのカ?」

 

 聞き覚えがある。この語尾に鼻のかかったような喋り方と、フードで顔を隠していること。合わせると、間違いなくあの情報屋だろう。

 ゴリッと首だけ動かして視線を合わせる。

 

「なんだ、アルゴか」

「ご名答だナ。ちっと遅いガ」

「人を責める前にもうちょい顔出せって」

「ニャッハッハ」

 

 楽しそうに笑う彼女は通称《鼠》。身長は目算150にも満たないだろうチビだが、性別は希少価値が高い。敏捷値極振りのステータスで各地を走り回っているソロの情報屋だ。

 フードを被ってコソコソと動き回っているのでじっくり顔を拝んだことはないが、髪色を金にカスタマイズした翠眼(すいがん)のプレイヤー……という情報そのものを、この女自身から買ったことがある。押し売られたともいうが、数秒だけ拝めた。

 しかしソロといっても、《鼠のアルゴ》と聞けば前線でその名を知らない者はいないほど有名になりつつある。少なくとも俺は何度か利用している。

 あとなぜ二つ名が齧歯類(げっしるい)なのかと言えば、彼女は両頬に3本ずつ『ヒゲ』のフェイスペイントをあしらっているからだ。もちろん、理由までは教えてくれない。正確には10万という法外のコルを積み込まなければ教えてくれない。

 基本的に金にがめつい女である。

 そんなプレイヤーが、なぜか身を隠しながら俺に話しかけてきた。イタズラだとしたら勘弁してほしいものだ。こちらも満身創痍で……満身創痍で、何をしていたのだろうか。

 

「……うっ……頭イテ」

「何があったかは知らんガ、いい加減起きたらどうダ。ただでさえアレなのにそれじゃあまるでボロ雑巾だゾ?」

「……どこ、だ? ここ……」

 

 言葉の端々に散らばるディスりを無視して状況を確認する。この世界に筋肉痛や寝違いがなくて本当によかった。

 そこでアルゴが「マロメだヨ」と教えてくれた。

 

「(ああ、そっか。《ウルバス》に帰りたくなくて、こんなところで……)」

 

 2層半ばにある行商村《マロメ》。その名の通り、どこからともなく現れる馬に台車を引かせる行商職のNPCがいる村だ。

 人によって売っているアイテムの種類や値段が変動するのは面白いのだが、しかしそんな商売法を確立してしまっただけに、村そのものに常設される道具屋の品揃えがイマイチになってしまうという本末転倒具合が悲しさを引き立てる。

 しかし、重要なことも思い出した。

 都合の悪いことを忘れるための不眠不休の狩り。その後のことだ。

 俺は深い眠りから覚め次第、《はじまりの街》の施設の1つである《黒鉄宮》にある《生命の碑》を確認してルガトリオが生きているかどうか確かめたのだ。

 結果、彼は生きていた。

 しかしそれだけは焦燥感まで消えず、再びストレージの許す限りの回復系アイテム《ポーション》を買い占めて、またフィールドで気が遠くなるまで狩りを続けたのである。

 狩って、休み、また狩って、装備のメンテ。このループ。思考は停止できたが、むしろよく《圏内》まで戻って来られたものだと自分を誉めたくなる自殺行為だ。

 しかし、おかげでいつの間にかあの忌まわしい声も消えた。

 

「……ってか、なに……見ててくれたの?」

「……まぁナ。感謝しろヨ! こっちも徹夜明けのクエスト帰りだったのに、入り口に人がぶっ倒れてるんだからナ。関係ないって言っても、ムシするのは寝覚め悪いシ」

「マジか、目の前のフード女が? 優しすぎでしょ。見直しちゃったよ」

「有料だゾ。5000コル」

「前言テッカイ」

 

 内心を悟られないように言葉を繋いだだけだったが色々助けてもらっていたことが判明した。砂の味を確かめている場合ではなかったようだ。

 苦し紛れに「ここ《圏内》だし、危険はないでしょ……」などとは言ってみたものの、コアゲーマーが相手だと何をされたかわかったものではない。

 それにその認識まで間違っていた。

 

「いんや、ギリ《圏内》じゃなかったヨ」

「へっ? ……どゆこと?」

「言葉通りの意味サ。街が視界に入るなり、張り詰めた糸ても切れたんだろうナ。《圏内》手前でばったり気を失ってたヨ」

「うげ、じゃあ運んでくれたのか? うわ〜マジか。……借りまで作っちまったの……」

 

 豊富な情報量、行動力。どう見てもβテスターだったとしか思えない彼女にとって、その危険性は人一倍身にしみているはずだ。

 そして彼女は、β出身を同胞とでも思っているのか、彼らの情報を売らない。

 しかしだからこそ、いつも単独行動している俺の事情をある程度察してくれた彼女が、見捨てるのをはばかったことぐらいは容易に想像がついた。

 無論、立場が逆なら俺は見捨てていた。

 男女逆転で一気に犯罪性が増すという意味ではなく、基本的に俺は薄情なのである。リターンのないボランティアなんてまっぴらごめんだ。

 さて、されど今回は俺が迷惑をかけた側。リターンにうるさい人間が感謝をしない道理はない。

 

「にしても悪いな、重かったろ? 俺……って言うか、意識のない人間はさ。よくここまで運べたな」

「いや、蹴ったり引きずったりしたナ」

「…………」

 

 ――なんてことしやがる。感謝半減。

 

「ナハハ、まぁいいサ。クエの情報記事にまとめる時間は必要だったシ、ついでに隠蔽(ハイディング)スキル鍛えてたからナ」

「ああ、だからいきなり現れたように見えたのか。でもあんま《圏内》でハイドすんなよ。バレるとノーマナー行為って周りがうるせーし」

「じゃあお詫びに何か情報買ってけヨ」

「金が欲しいならもう少しオブラートに包めって。……つってもな~」

 

 《鼠》と5分雑談すると100コルは取られる、という噂を体現するように金を要求してきた。あるいは100コル分のネタだったかもしれないが、この際同じようなものだろう。彼女は金のことしか考えていない。金の亡者だ。

 

「わあったよ、礼はするさ。う~ん……あ、そうだ。『キリト』って奴の情報買うよ。知ってる? ほら、1層で美人フェンサーと一緒にいた」

「…………」

 

 《フェンサー》とは細剣《レイピア》使いのことだ。片手剣なら《ソードマン》、槍なら《ランサー》、鎚使いなら《メイサー》といった具合の。

 しかしアルゴが止まっているなんて珍しい。

 

「……まさか知らぬ存ぜぬか?」

「いや、知ってるゾ。ただその美人チャンについて聞いてくるクライアントは山のようにいたガ、男の方を聞いてきたことが意外だっただけダ。詮索はしないけどネ」

「(友達少ないからとは言えねぇ……)……つか、女の情報まで売ってるのかよ」

「そこはギブ&テイクだヨ。オレっちも女性陣といろんな情報を交換してるってわけサ。ちなみに、女の子からお前サンについて良いウワサは聞いたことがないけどナ! ニャハハハハッ」

「…………」

 

 ――ヤメろ。それダメージデカいやつだからマジで。

 

「そ、それ別人じゃないのか。こちとら大半の人間に名乗ってすらいないぞ……」

「不良面の長身。大剣使いに地味な服。いつも1人ボッチ。おととい《ウルバス》で突然叫んで走り去った変なヒト」

 

 ――あっ、ヤメテ。それ俺だ。

 

「……ケッ! 叩かれんのが怖くてゲームがやれるか! ……んでもよ、じゃあいいのか? その悪いウワサ張本人と、朝っぱらからこんなに話して」

「これはビジネス。金が出せる客は皆平等サ。それはそうとキー坊……カ。ジェイドが女だったら彼に吉報ができたのだガ」

「吉報?」

「いやこっちの話しダ。だが奴は高いゾ? 3000コルはいるナ」

「……さ……ッかしいだろソレ……」

 

 コル自体ではなく情報そのものにとっての相対的なバカ高さに顔がひきつってしまった。

 ――にしても3k? 冗談じゃない。

 

「値段に悪意アリアリじゃねーか。いくら恩を着せた、つっても……あいつにホレでもしたか?」

「…………」

 

 唐突な質問に、ビクッと震えた彼女は黙りこくった。目も逸れる。

 「オレっちが金以外にホレるかヨ! ニャハハハ!」ぐらいなテンションで返ってくると思っていたのでこれは意外だ。

 

「ま、アレだろ? キリトの情報が回るとマズいとか? そのヘンテコな『ヒゲ』ペイントの経緯とか知ってたりしてな。ハハッ」

「…………」

 

 なぜ止まる。

 フリではなく本気で固まってしまったのなら相当に凄いことをしている。なにせ『ヒゲの理由』は10万コルなのである。

 キリトは見えないところでいったいどれだけの事をやってのけたのだろうか。全部確信のない推測ではあるが、彼女が停止してしまうのなら仕方がない。適当に違うことを聞くとしよう。

 

「こ、答える気ないなら他のこと聞いてやるって……あ~、そうだ。誰かプレイヤーで《鍛冶職人》の方行った奴知らないか? NPCとの差を見たかったんだよ」

「知ってるゾ、1000だ」

「おらよ、これでチャラな」

 

 空白の質問は華麗にスルーされたし、金額が少し高い気もするがここは我慢だ。

 そうして俺はウィンドウ操作で1000コル分をオブジェクト化して手渡すと《鍛冶屋プレイヤー》についての情報を買った。

 それが後に、少しの波紋を呼ぶとも知らずに。

 俺とアルゴはこの会話を最後にその日は別れた。

 

 

 

 それから12時間が経過し、今の時刻は19時10分。

 途中で投げ出していたイベントなどもすっかり消化し、日にちを8日だと知ってから《ウルバス》へ再訪した俺は、例のネズミから聞いた《鍛冶屋プレイヤー》の店を見つけた。

 そして、ここで朗報と悲報を同時に味わうことになる。

 まず朗報、これは『キリト』の発見だ。俺は彼に会いたかった。と字面に起こすと大変なことになるが、なんて事はない。俺は単に話し相手が欲しかったのだ。事実、それはアルゴと数分会話した時点で痛感していた。

 友達と話せば? ところがどっこい、俺にはその友達とやらがいない。

 唯一の旧友も初日に失っている。会えなくなったわけではないが……いや、状況を考えるに同義と言える。

 第1層攻略のあかつきには、彼に会って見捨てたことを謝罪しようとも思っていたが、いざその時が訪れると勇気が出ない。

 そんな情けなさすぎる理由のもと、結局俺は1人でいる。ゆえにこの世界で初めてまともな会話をしたキリトとの時間は、俺の心身の支えでもあるのだ。

 ではなぜ、彼に会えてなお悲報が存在するのか。

 答えは彼の隣を歩く女性プレイヤーにある。

 しかもとんでもない美少女。明らかにこの女だけまだアバターじゃね? と疑いたくなる美少女。そしてこの女がいる限り、彼の隣を独占する事はできないだろう。色んな意味でその女……アスナと一緒にいる時間を大切に、そしてかけがえのないものだの思っているはずだからだ。

 ならばその時間を奪う権利は俺にはない。

 それでも、1つだけ宣言したいことがある。彼らはコンビ組んでいたのか、という疑問はこの際置いておくとしよう。しかし、しがない男に生まれたからには声に出さねばならない。

 そう、これだけは言わねばならないのだ。

 

「(リア充爆発しろ!!)」

 

 ――もうキリトなんて友達じゃねーよ! 信じた俺がバカだったよ! 女にうつつなんてぬかしやがって! 男なら黙って強さだけを求めろよ! たぶん俺、キリトより弱いけど!

 

「……はぁ……」

 

 俺は盛大なため息をついた。

 せっかくのキリトではあったが、相手がアスナならその空間に割り込んで無粋な近況報告を開始するより、ここはおとなしく引き下がっておこう。それにいつの間にやら彼らもどこかへ行ってしまったことだし。

 ――さ~てメンテメンテ。

 

「すみませ」

「あの、強化お願いしていっスか?」

 

 アルゴに教えてもらった鍛冶屋で武器の耐久度回復こと《メンテナンス》に来た俺だが、横の男に割り込むように入り込まれてしまった。

 多少ムッ、として殺してやりたくなったが、心の広い――以前のいざこざを思い出したわけではない。決して。――俺は仕方なく順番を待つ。

 《離れの村(マロメ)》と違って《主街区(ウルバス)》なら今まで通りNPC鍛冶屋に行けばそれで済む話だったが、情報料がもったいない、などと貧乏性じみたことを考えていたのだ。とんだとばっちりである。

 

「強化種類はクイックネスで」

「……わかりました」

 

 そんなやりとりが聞こえた。

 割り込み男の出した武器は《ガーズレイピア》。細剣カテゴリの中ではそこそこの上武器だ。一応俺のモンスタードロップでのみ手に入る、通称《ドロップオンリー》の両手剣は準レア品で、レートもこの男の剣より高い。つまりこいつの武器は俺より格下というわけだ。

 こいつは俺より格下というわけだ。

 根に持っているわけではない。

 

「(にしても強化はクイックネスか……)」

 

 《レイピア》の売りは初めから備えているその剣速だが、それでもまだ速くしようというそいつの気持ちは、俺とて共感できないでもなかった。俺もただでさえ重い両手剣に、さらなる重量強化を施しているからだ。

 ちなみに5つの強化種類には鋭さ(Sharpness)速さ(Quickness)正確さ(Accuracy)重さ(Heaviness)丈夫さ(Durability)というものがある。イニシャルが全て異なることから、イニシャルのみで表すプレイヤーがほとんどだ。

 そしてプレイヤーはコルと強化素材を使って、これらの中から1つずつ1段階ごとに強化することができる。しかし同じ武器での無限強化を避けるため、武器には必ず《強化試行上限数》というものが存在する。

 読んで字のごとくだが『可能数』ではなく『試行数』なので強化に失敗しても平等に1カウント。しかも強化素材は過剰持ち込みで失敗の可能性を減らすこともできる。よってプレイヤーは、剣にかける時間と失敗の可能性を天秤に掛けながら強化するかを考えなければならないのだ。

 まったく、このゲームのデザイナーも(タチ)が悪い。

 

「へぇ、1S1Q2Aですか。凄いですね」

「(ほう……)」

 

 店主である少年のその言葉には俺も少し驚いた。

 つまり男の剣を正確に表現するなら《ガーズレイピア +4》となる。おそらく、全てのプロパティを全体的に上げたがるバランス重視のプレイヤーなのだろうが、次の強化が成功するとガーズレイピア最大の+5にまで成長する。

 自慢だが俺の両手剣こと《ツーハンド・ソード》カテゴリに位置する《ライノソード》のプロパティはすでに+5。強化試行を限界まで試した剣は、言わば《エンド品》であり価値も下がってしまうのだが、同時に3H2Dの業物でもあるのだ。

 そして目の前の男の剣は武器のレア度は差し置いて俺の剣に並ぶ強化が施されようとしている。俺の《ライノソード》が強化を7回試せる――2回失敗している計算になる――のに対し《ガーズレイピア》は5回。今までノーミスで強化が施されてきたのだろう。

 そうこうしていると、とうとう目の前の男の剣が素材と合わさり白く発光する。特におかしな現象というわけではなく、強化目的が《速さ》ならライトエフェクトは白を示すというだけだ。

 しばらくアンビルの上でカン、カン、と金属が叩かれる音がリズムよく聞こえる。そして規定回数の10回目でその音が止むと、男のレイピアが光り……、

 そして、ガラスを割ったような音と共に跡形もなく砕け散った。

 

「なっ!?」

 

 突拍子もなく、手品のように眩しく発光した細剣が消える瞬間を目の当たりにして、俺達はある種間抜けにすら思える声を上げてしまう。

 あり得ない現象に、しばらく誰もが動けなかった。

 


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