SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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アグレッシブロード4 終着点

 西暦2023年11月18日、浮遊城第35層(最前線47層)。

 

 《迷いの森》。このフィールドは一定時間ごとに各ステージ間の繋がりが変化する特殊フィールドである。専用の更新型マップを主街区で購入しなければ、あっという間に路頭に迷うだろう。

 別にここら一帯だけが珍しいわけではない。入り組んだ迷宮区など、事前に情報を集めなければ脱出することすらできないエリアなどはザラで、攻略組だけではなく中層や下層ゾーンのプレイヤーも同じだ。

 では、満足な情報も持たずに英雄よろしくダンジョンへ向かうとどうなるか。

 少なくとも死亡率は跳ね上がるだろう。これは準備不足というコトにされる(・・・・・・)中堅ギルドの話。それ以外はもみ消される、そういった類いの小さな話だ。

 

「よりによって……あのラフコフかよちくしょう! おい新人! お前まさか、ここに手引きしたのか!?」

「ち、違うよ! ボクはそんなことしてない! 《吟遊詩人》がここなら安全って……そのためのマップもあの人がくれて……」

「ヒャハハハッ、まァそう言うこった! 別にそのガキは悪くねェよ。釣り餌にかかったお魚ちゃん!!」

 

 わずか6人のギルドを前に、片手でナイフをもてあそびながら答えてやる。

 俺の挑発で苦い顔をするギルドマスターと思しき少年。まだ高校にも上がっていないような容貌を持つ『新人』とやらが、その純粋な信頼を利用されたのだと気づいたのだろう。

 

「く……わかったよ新人、お前は悪くない。だから泣いたりはするなよ」

「う、うん……泣かない……ごめん……ごめんなさい……」

 

 言いつつもやはり涙声になっている。助からないかもしれないと、そして原因は自分にあったと、どこかで理解したのだろう。

 日も沈んで狩りを終えたこいつらは、油断しきっていたところを俺達に狙われたのだ。ここにいるのは俺とザザ、そして『殺し』を実際に見せることで慣れさせようとわざわざ連れてきた、ラフコフの新メンバーが2人。

 しかし、相手側6人は諦めたような顔はしていなかった。

 人数差ということもあるだろう。曲がりなりにも相手側は俺達に対して2人分のアドバンテージがある。誰かがここを切り抜け、助けを呼ぼうと企んでいるのかもしれない。もっとも、それが成功するはずもないのだが。

 そうとも知らないリーダー格の男は、囲まれてなお毅然(きぜん)と言い放つ。

 

「ウワサ通りだな。軽蔑するよ」

「あァ……?」

「アインクラッドで人を殺したら現実でも死ぬ。……さんざん言われているのに、なんでこんなことをする!! 異常だよアンタら!!」

「言葉に気をつけなクソガキ。ナメてっとぽっくり殺しちまうかもしれ……」

「う、うわあぁあああああッ!! 俺は死にたくないっ、死にたくないんだ!!」

「バカ! 1人で逃げようとするな!!」

 

 少年隊長は、1人だけ助かろうと会話の途中で大声を出して逃げようとしたギルドメンバーを(とが)めた。

 しかしもう遅い。俺は下級モンスター、もしくはレベル差のあるプレイヤーを一時的に行動不能(スタン)状態にさせる安物の毒ナイフをその背中に投げ、吸い込まれるように中央に命中させた。そして転がるように倒れ込んだその男の首は、ザザの一閃によって綺麗に切断。あっさりと消滅してしまった。

 ほんの2、3秒。俺達ほどのレベル差があればこれぐらいは造作もない。

 

「ラルフ! ラルフぅッ!! し、信じられねぇ……やりやがったなクソ野郎!! ほんとに殺しやがった!!」

「おおっと、ここにいる奴はみんな強ぇぜェ!? お前らが束になっても、1人も殺せねーぐらいにはな」

「ぐ……ぐぅうッ……くっ……」

 

 武器は構えていても、それを使うことは許されない。

 仕返したいのだろう。だがギルドのリーダーが、自分を慕うそのメンバーに対して「ラフコフに攻撃しろ」とは言えまい。それは自害に等しい特攻だからだ。

 たかだか投擲用のナイフを、しかもソードスキルではないものを受け、弱点部位とは言えその後たったの一撃で仲間が死んだ。どんな間抜けでも、どう転んでも、俺達に歯が立たないと考えるのが普通だ。リーダー風の男はそれに気づいているのだろう。

 もっとも、新人2人のレベルはそこまで高くない。やろうと思えば、1人ぐらいは十分に脱出可能だ。『4人を捨てる』覚悟があれば。

 だが相手はそれを見破る術がない。プレイヤーに与えられた権限では、初見の相手を視認するだけではレベルやステータスは確認できないからだ。

 それに、1度植え付けられた先入観はそうそう簡単に剥がれるものではない。逃げ出す奴はもう出ないだろう。

 

「さァて、落ち着いてきたところで、どうやって調理するかだ。ナイフ当てゲームだと俺がいつも勝っちまってつまんねェし、なんか他のがいいなァ」

 

 四方を4人で覆っているため、どこの誰かも知らないようなこのギルド――俺はターゲットとなった者の名を覚える気がない――は迂闊(うかつ)には動けない。

 そして俺が新しく面白そうな殺害方法を考えていると、視界の奥からヘッドが近づいてくるのが見えた。

 

「Hey、存分に楽しんでいるようだな。俺も混ざりてぇところだが、例の『アル』という男が送られてきた。アリーシャがうまくやったようだ。これが終わったら今度こそレジクレを叩く。準備しておけ」

「了解だ。あいつらは、攻略組。ここの奴らより、腕がなる」

「うっヒョォオオ! ヘッド、レジクレつったらあん時の奴らじゃねぇすか! こりゃ楽しみだなァ!」

 

 捕らえていた6人……いや、今では1人減って5人となったギルドとラフコフの新人2人は話についてこられていなかったが、ザザは次の対象が攻略組であることを知っている。

 おまけに俺とヘッドに至っては、『因縁深い』と言っても過言ではない連中だ。終止符を打つチャンスとなるとヤル気も上がる。

 さらにヘッドの後ろから、彼に追従していた部下の1人が人力馬車を傾けた。転がり落ちてくるのは、全身を縛られた哀れな男。レジクレの1人が1層の《はじまりの街》に置いてきた知人、『アル』というプレイヤーだろう。《圏内》に籠られては手の出しようもなかったが、こうなるとただの芋虫である。

 あとは単純だ。こいつを人質に揺さぶるか、あるいは殺して逆上したレジクレをラフコフが全滅させる。

 奴らは罠と知りつつ、仲間のために少人数で来るだろう。

 今度こそ殺しきる。ラフコフを大量に集めて準備を整え、敷地内へ(あぶ)り出したあとは集団リンチ。

 

「っと、その前にこいつら殺っとかねェとな。ん~……あ、ヘッド。俺が殺し方決めちゃっていいっすかね?」

「Have if your way。好きなようにしろ」

「ヘッヘッヘ……」

 

 許可も降りたので、俺のやりたいようにやらせてもらうとしよう。どのみちこいつらは逃げようとした時点で俺達に殺される運命にある。死に様の選択肢は与えるが、生存の道はない。

 

「さァてお前さん達、生殺与奪の権利は俺が握っちまったわけだが……ここは1つ、穏便に生き残る(・・・・)チャンスってやつを与えようじゃねぇか」

「……条件はなんだ……」

「ヒヒッ、生意気な小僧だ。……まァいい。それより勘違いしてほしくないのは、俺達はなにも放浪の通り魔ってワケじゃあねェのさ。無益な殺生は好まないンだよ」

「殺意のわく冗談だな。ラルフを殺したことは、いつか絶対に後悔させるぞ……っ!!」

「クックッ……食い気味だねェ。まァいいさ。問題は、俺達が愉しめるか否か。お前らが死のうが生きようが、実際のところはわりとどうでもいい。俺達がこの退屈な日々を凌ぐことの方が大事なんだよ」

「…………」

「よってユーモラスなことしてくれりゃ、てめェらを大人しくここから逃がす準備がある。……おいおい信じろよ。その分こっちの笑いの沸点は高いんだからよォ、ヒヒヒッ」

 

 笑いながら言ったせいか、半信半疑な目を向けながらも、リーダー以外のメンバーには明らかに希望の目が垣間みえた。

 殺されない可能性。生き残る可能性。「犯罪者の欲を満たせばいい」と、道が残されていたという可能性。僅かながらに沸いた抵抗の意思は、これまでの脱力しきった彼らからもエネルギーが感じられるほどだった。

 しかし、ここでまたしてもヘッドによって止められてしまう。

 

「待てジョニー、お前のショウを見たいのは山々だが仕事が入った」

「えぇえええっ!? ヘッドぉ、そりゃ生殺しってやつですよォ……」

「興が冷めるようなことは言わんさ。俺は席を外すが、勝手に進めればいい」

 

 俺は半ばマジでもどかしく思ったが、ヘッドの都合では仕方がない。

 部下2人も含め6人を見張るよう命令すると、俺は改めてヘッドに質問する。

 

「何があったんです? ヘッドは多忙過ぎてスケジュール覚えてらんないンすよ」

「アリーシャの調査が終わった。……というより、奴からまんまと動いたわけだ。……結果は黒。面倒事引き起こされる前に俺が直接叩きに行く」

「ハッ、アリーシャかァ……あの女やっぱダメでしたねェ。了解っす。今日から『4大幹部』になるともついでに」

「ああそうだな、これは俺のミスだ。俺が片づける」

 

 それだけを言い残してヘッドは《レイヤー・ポータル》の方へ歩いていった。

 ここが一般人にマークされている可能性は基本的には低い。オレンジでなければ手間のかかるポータルを利用せずに、《主街区》にある《転移門》を使用するからだ。ギャラが発生するわけもなく、ゆえに常に見張りを置く道理はない。

 そしてだからこそ、俺達オレンジギルドは毎度の如く《レイヤー・ポータル》を利用できてしまう。

 

「アリーシャも、終わりか。俺は会った時から、あいつを気にくわないと、思っていた」

「なんだァ? ザザも同じか。使い勝手の良い容姿だったんで面倒見てやったが、さすがのヘッドもお怒りだ。仕事に身が入らないは、ミスを連発するは、ってな。俺もいつかはこうなると思っていたぜ?」

 

 まあ、起きた事実を予期していたなんて、今さら言っても滑稽なだけ。

 そんなことより、せっかく好きにしていい奴隷が5人もいるのだ。彼らの無様な姿をせめて数分間楽しむとしよう。

 

「まァいい……エサの皆さん、そろそろショータイムといこうか! お前らが生き残る方法についてだが……ヒヒッ、おいイブリ。周りにプレイヤーは来てないだろうな」

「大丈夫っす。ここ、過疎地っすから」

「ゲームの準備はもうたくさんだ。いい加減俺たちを返してくれ!」

「そう焦るなよ。クックッ……お前らの内、1人が生き残る愉快なゲームの始まりだ」

 

 俺はこみあげてくる笑いを懸命にこらえながら、またガタガタと震え出す貧弱な人間を前に演説者の気分を味わった。

 

「どういう、ことだ……?」

「ヒヒ、ヒヒヒヒッ。ルールは簡単。俺達は一切手を出さない。けど……そう、たった1人だけ。幸運な奴がここから生きて帰れる」

「なッ……まさか……ッ!?」

「そう、おめぇらで殺し合う(・・・・)んだよ。最後に生き残ったプレイヤーを1人、ここから解放して逃がしてやる。おっと、このフロアから移動しようなんて思うなよ。1人でもそんな奴が出たら全員殺す! 『ラルフ』クンみたいになァ!!」

「ぐっ……!?」

 

 ギルドメンバーが1人残らず手に握る剣に力を込める。唯一の生命線、その(かなめ)である攻撃手段を。

 ふと、小さな警戒心が生まれるのを感じた。

 俺達だけに向いていた先ほどまでのそれとは根本から異なる、明らかに感情的で、同時に消極的な戦意。身内から裏切り者が現れやしないかという、どす黒い全方位への警戒心。そう、本能が悟る原始的な野生の目。

 

「くっくく……ヒャハハハハハハァ! いいねェ! 我ながらサイッコーなアイデアだ! 名付けて《殺し合って、生き残った奴だけ助けてやるぜ》ゲぇム!! 最後まで仲間を信じた奴が死ぬ! 最初に仲間を裏切った奴が生き残る! さァどうした! 切符は1人分しかねぇんだぜェッ!? 先出しで裏切った奴が生き残り確定だァ!!」

「だ、だめだ! 耳を貸すな! 俺らが信じ合わきゃ……」

「わあアあああああああッ! やだぁあ!! ボクは生きたい! 死にたくないぃッ!!」

「バっカ、この新人がッ……っ!?」

 

 ミンスに騙されたガキがとうとう緊張に耐えられなくなったのか、大声を出しながら両手で片手剣を振り回した。その結果、リーダー風の男を含む密集していた3人のプレイヤーに斬撃が決まり、そのガキはオレンジカーソルとなる。

 そこからは芋蔓式(いもづるしき)。雪崩のような感情の波が辺り一面を支配し、『生き残りたい』という、ただそれだけの生存本能に任せてメンバー全員が喰らい合った。

 獣のように。あるいはモンスターのように。

 ともすれば、森林フィールドで叫びながら互いに殺し合うその姿は、紛れもないモンスターだったのかもしれない。

 それを俺は特等席で眺めた。醜い顔で、それでいて無様にも生きるイス(・・・・・)を取り合う姿を。

 そして最初に、1番初めに騒ぎ出したガキが涙を流しながら消えていった。ダメージを受けた3人が真っ先に標的にしたのだから当たり前だ。そもそも『乱戦』の時点で先制攻撃もへったくれもない。最後に立っている人間は単に『運がいい』奴だけである。

 先に死んだガキは、殺し合いのトリガーを引いただけ。もう止めることのできない、最悪の結末への転落劇を始めただけだ。

 

「何でこうなる! なンでこォなるんだ!!」

「もう死ねよ! どう考えてもお前のせいだろ、リーダーなら責任取れよなァッ!!」

「俺は死なない! 生きて家族に会う! 早く死ねぇ!!」

 

 狂人達の一振り(ストローク)。俺やザザにも似た狂気的な一撃を、あろうことか苦楽を共にした仲間たちに向けて放ち合う。

 憤懣(ふんまん)やる方ない暴力によって惨殺されるプレイヤー。生き残りを賭けた殺し合いが始まった以上、無駄に誠実であり続けよう奴は先に死ぬ。浮遊城(ここ)が弱肉強食のサバイバルゲームになってからは、汚い奴が得をしてまじめな奴が損を見る。全てのプレイヤーに当てはまる不変の定理だ。

 現に多くのβテスターはこのような事態を避けるため、開始直後から重石を捨ててスタートダッシュをかけた。

 死を前に人の本質まで変えることはできない。そうして出された答えがこの現状であり、いつまでたっても一致団結しないプレイヤーのエゴだ。

 

「ハァ……ハァ……クソッ……なんで……なんで、俺らがこんなことを……」

 

 3分と経たずに争いは収束した。最後の数十秒で連続して光の雨が降った刹那の芸術には、ここしばらく味わってこなかった高揚感で満たしてくれた。

 満月の下、立っているのはただ1人。藍色を基調にしたタロンを纏う上半身と焦げ茶色のレザーを履いた、殺害ターゲットギルドのリーダー。散々俺を罵倒し強気だった物言いを繰り返していたが、今では死人のような目で己の武器を見つめる1人の男。

 だが俺からすれば、荒涼とした背景を前になかなか様になっている姿だと言えよう。

 

「ケッ、おいおい1番死んでほしかったリーダーさんが生き残っちまったか。んでも、気分どうよ? 仲間を片っ端から殺して自分だけ助かる気分はよォ、……クヒ……ヒヒヒ、ヒャッハハハハハハ! ヒャハハハハハッ! こりゃあ最高だぜェ!!」

「ふっ……グ……ッぇ……さねぇ……許さねぇッ!!」

「ならどォするよ、攻撃するか? てめェら全員で勝てないから反撃するのをやめたってのにかァ? あ〜あ、死んだ仲間が悲しむぞォ?」

「うあぁああッ!!」

 

 今度こそ斬りかかってきた。

 もちろん、掠ることすらない。俺はほんの少しだけ身を捻り、振り下ろされた斧を難なく回避した。

 しかも男は自身のスピードをコントロールしきれず、勢い余って転び泥だらけの地面に顔を埋めている。滑稽(こっけい)もここまで来るとアートである。

 

「《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルで半分ぐらいは回復しちまっていまいち味に欠けるが、まァいい眺めだ。合格としよう。てめぇは逃げてもいいぜ」

「……いつか、お前らを絶対に殺す……」

 

 ゆっくりと起き上がり、背中越しに殺害予告を下すその男はストレージから《転移結晶》を取り出した。

 まるで、ここから逃げられる(・・・・・)のだと思っているかのように。

 

「転移、ミーシェ……ッがァあ!?」

 

 発音した直後、男の右腕はクリスタルを持ったままその半ばから綺麗に分離した。

 ボトリと落ちた生々しい片腕の断片は、ほんの2秒ほど形を保っていたがすぐに砕けた。

 同時にテレポート機能が中断され、男を囲い始めた青白いライトエフェクトもあっさりと霧散(むさん)する。

 

「おっ、テレポートクリスタルゲットぉ〜」

「ぐぁっ……なッ、何を!? 俺をここから逃がすんじゃないのか!?」

「ヒ……ヒヒヒッ、イーヒッヒッヒッ! バぁカかお前は! 逃がしてあげるゥ? んなわけねェだろ! 狩り場の位置が割れちまう上に、詩人の旦那のこともバレちまうしなァ! クックック、さァ死ぬ覚悟はできてるかよォ!!」

「がぁああああッ!?」

 

 今度は左足の付け根から部位欠損(レギオンディレクト)が発生。回復しつつあったバーの先端も左のギリギリにまで迫っていた。投擲用ダガーが掠っただけでも、この男には死が訪れるだろう。

 

「カヒっ、フッ……う、ウソだ……こんなっ、あってたまるか……こんな、酷い……こんな結末が……」

「いいねいぃねェその顔! さっきより断然いい顔してるぜ! じゃ、あの世で仲間によろしくなァ!!」

 

 ザクン、と。男の生首が宙に浮く。その双眸(そうぼう)からはあまりの理不尽さゆえか涙が溢れ、眉間にはしわが寄り、悪罵を発しかけたのか口は空きっぱなしだった。

 醜悪な顔。そうとしか表現できない男の顔がごろごろと転がり、こちらを向いたままとうとう光跡の欠片となって飛散する。

 

「う……わ……」

「ヤバいっすね、ジョニーさん……」

「しゅ~りょお! っと、おい新人はともかく! なんでザザまでしかめっ面してんだよ。文句あんのか?」

「いや、ない。俺もそれなりに、楽しめた。だが妙だ。PoHはなぜ、帰ってこない」

「ん、まァそーだな」

「それにこれから、レジクレを叩くはずだ。援軍が来ない。攻略組3人を相手に、この人数ではないのだろう」

 

 なるほど。ザザはこいつらより強者との戦いを望んでいたのだ。

 100%勝てるなぶり殺しもいいが、確かに言われてみれば物足りなさを感じる。それに俺はゲームに夢中だったが、楽しい時こそ時間とは早く進むとはよく言ったものだ。気づけばヘッドがここを出てから相当たっていた。

 

「そういやメンツそろわねーな。来ねぇとレジクレを誘き出せねぇっつーのに、何モタツいてんだ部下どもは……あン?」

 

 殺戮ゲームを実際に目の当たりにして、震えながら涙を両目に溜め込んだ『アル』という人物を眺めながら愚痴っていると、視界の端でメッセージアイコンが点灯した。

 若干ばかり(いぶか)しみながら開くと、どうやら件のヘッドからだ。

 

「ザザんとこにも来たか? レイヤー・ポータル使ってここにくりゃ早ぇのにトラブルか……って、はぁッ!?」

 

 ヘッドから俺、そしておそらくザザにも送られてきただろうメッセージは、1度読んだだけでは信じ難い内容だった。

 ザザの顔にも困惑の色が見て取れる。

 

「(作戦内容が割れている。ポータルは《軍》に占拠されていて35層に援軍は送れない……)……ってなンだそりゃあ!? 冗談じゃねぇ、いくらなんでもこのままじゃ泥沼合戦だぜ。どォするよザザ?」

「どうするもこうするも、ないだろう。人質を殺したら、さっさと移動だ」

「……だよな。ちぇっ、刺して殺してハイおしまいかよ。つまんねェの……」

 

 俺が先ほどのプレイヤーを殺した武器を構え直すと、猿轡(さるぐつわ)に似せた布を噛まされた『アル』はあまりの恐怖でくぐもった呻き声を洩らした。

 だがそこで、俺の鼓膜は奇妙な音を拾った。ドドドッ、ドドドッ、とリズミカルに刻まれる一定の波は、徐々にその音量を増す。果ては地面を通して振動まで伝わってきた。

 まさかこれは……、

 

借用馬(しゃくようば)か。やられたな」

「はァ……? え、いやどォなってんだこりゃあ!?」

 

 本来はあり得ないことだった。

 誰にも知られていない狩場での奇襲。目撃されたとしても、俺達と戦闘するために手配されたにしては到着が早すぎる。先手を打たれたことに感づいた部下2人も、現行犯逮捕される直前の犯罪者のような狼狽(うろた)え方をしていた。

 それにしても、手際がいいなんてものではない。まるでしばらく前からこの位置が割れていたかのような……、

 

「おいおい、マジかよ……」

「やっと見つけた。……見つけたぞ、このレッドギルドめ」

 

 近づいてきた馬は3頭。そして例外なくその背中には完全武装したプレイヤーが2人ずつ、高い目線から俺達4人を見下ろしていた。

 6人の内3人には見覚えがある。そもそも俺達が呼び出そうとしていたギルド、《レジスト・クレスト》の正規メンバーだ。確か名は右から順にロムライル、ジェミル、ルガトリオ。そいつらが主に馬のコントロールを担っている。

 

「(なぜ裏をかかれた。どこにも落ち度はなかったはず……)……まァいいか。おいレジクレのリーダー、お前ロムライルだよな? あんま調子に乗ってどや顔すんのやめてくんねぇかなァ? イラつくんだよそういうの。こっちには人質がいるってことを忘れてもらっちゃ困るぜ? 手ェ出して見ろよ、そん時がこの『アル』の最後だ」

「やれるもんならやってみろ」

「……あァ?」

 

 当然、下手に出て人質解放のために条件を出せだの何だの言ってくるかと思ったが、予想に反して強気な返しをしてきた。

 これは予期せぬ誤算である。

 

「よっこらせっと。……さて、ここに6人の前線プレイヤーがいる。対するあんた方は4人。しかも2人は大したレベルじゃないこともすでに判明している。まともにやり合ったら、こちらに勝算がある。しかしオレ達レジクレの目的は人質の……つまりアルの解放だ。よって、意味のない争いはしたくない」

 

 俺達4人とほんの10メートルほどの距離を置いて、レジクレと《軍》の混成部隊は馬から降りて地に足をつけた。漏洩(ろうえい)ルートまでは不明だが、どうやら現時点でのまともな戦闘員が、俺とザザしかいないことまで割れているようだ。

 バイザー付きの防具で顔が隠されているが、そのままロムライルと思しきガタイのいい長身の男が続ける。

 

「アルの解放は条件につくが……」

「つーかよ、ちょいと待てや。てめぇらはなぜここへ来られた? 場所も、時間も、何もかもドンピシャすぎんだろ、えェ?」

「……情報提供者は匿名希望だそうだ。他にはないか」

「チッ、ナメやがって。……《馬屋》で借りた馬はどうやってる? 3人とも操縦できてたまるかよ」

「それも簡単。オレが《騎乗(ライド)》スキルを持っているから……っていうのもあるけど、まぁ元々オレが馬術部だからだ。ネタスキルでもなんでも、オレは馬に乗るの好きなんだよ」

「…………」

 

 一見下らない戯言のように見えて、その実それが原因で窮地(きゅうち)に立たされているのだから一笑に帰せない。おかげで足で逃げ切るのは不可能だろう。

 さらに言えば、確かに《ライド》スキルの熟練度が高ければ、複数頭の馬を同時に操れたりもする。まさかレジクレメンバーの1人がここまで高い熟練度数値を叩き出しているとは思わなかったが、結論から言うと35層を狩り場にしたのは間違いだったようだ。

 

「ハンッ、だが手が出せないのは同じだろ? イキがってんなよ、おとなしく俺らの……」

「が! しかしだ。そちらの交渉には応じないし、こちらの用件は譲歩しない。何が言いたいかわかるか? その人質を殺した瞬間、こっちは全力であんたらを斬りにいくってことだ。《軍》には支援目的で来てもらっているが、《投擲班》が転移を邪魔してくれる。そして狙いは……そう、ジョニーブラック。あんた1人だ!」

「な、ん……ッ!?」

 

 今度は俺が絶句をさせられる番だった。こちらの二手先、三手先を……いや、それどころか手の内そのものが筒抜けになっている感覚に近い。それほどまでに最悪のシチュエーションだった。

 先制したとして、アルを殺したら今度は俺が狙われる。『一方的な殺し』ではなく『殺し合い』が発生したとしたら、新人2人は命を賭してまで俺を救おうとはせずさっさと逃げるだろう。おまけにいくら何でも人数差がありすぎるため、全員の相手は俺とザザだけでは身に余る。

 奴らは標的を絞ることで、確実に1人だけは殺す気でいる。こちらから手を出させないようにしているのだ。事実、俺は俺の生存のためにもアルに手が出せなくなった。

 まさかここまで的確な判断をされるとは……、

 

「(能無しじゃなかったか……)……チッ。んじゃあどォするよ? そこまで歩いてこのイモムシを渡せってか? それが無理なことぐらいわかってンだろォな」

「わかっているさ。アルを受け取った瞬間、オレらはあんたに気兼ねなく攻撃ができてしまうからね。だから……ほらっ」

 

 パンッ、と軽く馬の尻を叩いてロムライルは馬を走らせた。そして彼の「ストップ」という声と同時に、俺達ラフコフの真横で無垢な馬が停止する。

 残り2頭にもロムライルは同じことをした。

 

「1頭にアルを乗せて、向きを直角に変えろ。あんた達4人が残りの2頭に乗れば準備完了だ。あんた達はそのまま消え、アルは別方向へ運ばれて安全が確保される。……馬はオレの元を離れると『前進』と『停止』しかできないが、同時にあんたらも離れれば問題ないだろう? 発音しても聞き取れないぐらい距離が空いたら、結晶使って《圏外村》まで飛ぶがいいさ。オレ達は後を追わない」

「それを俺が信じるとでも?」

「信じる信じないは勝手だが……ほら、これが見えるか? 《回廊結晶(コリドークリスタル)》だ。ギルドの共通ウィンドウに仕舞ってある。……金銭面での負担なんてどうでもいい。ここをコリドーの『出口』に定め、すぐに主街区に控える《軍》が現れるぞ? まだ何人か主街区で待機している。ちなみに、援軍待ちなら期待しないことだ。さっきあんたらの仲間を、レイヤー・ポータル付近で待ち伏せしていた《軍》が何人か捕まえた」

「…………」

 

 ザザすら反論できないでいる。元よりこいつは口ベタだが、今回限りはその性質は関係ないだろう。

 単純に反論材料が存在しないのだ。追い詰められているのはこちら側。おまけに、間違いなくレジクレは俺達との対話方法をわきまえている。作戦の代替案まで潰しにかかる勢いだ。

 

「軍も……グルだってのか……?」

「まあ、それについてはワイらから言わせてもらおか」

 

 ここで茶髪にトゲ頭といった男が割って入ってきた。

 

「……キバオウっちゅうもんや。一応、軍で一部のプレイヤーを仕切らせてもらっとる。早い話が、捕獲が決まれば晴れて昇進っちゅーわけやな。……本気でやるんやったら協力はさせてもらうで? ワイの手柄になる絶好のチャンスや」

「…………」

 

 なるほど、個人的にメリットがつくようにして協力させていたのか。

 どうせ殺しきるからと、詩人の旦那は今朝から可能な限り『レジクレが悪党集団』だと拡散、刷り込ませておいたはずだ。とすれば、せめて軍ではなく、最前線の街にいるプレイヤーを利用してくれれば今よりは希望も持てたというのに。

 

「くそ……クソッ! 覚えていやがれ……必ずお前らを皆殺しにする。必ずだ!!」

 

 向きを変えた馬にアルを無造作に乗せ、俺を含む4人が2頭の馬に跨がると馬は前進を始めた。

 フィールドに設定されたフロアを隔てる区画を移動する直前、レジクレの奴らが俺達ではなくアルを乗せた馬に駆けよる姿だけが、強く脳裏に焼き付いた。

 

 

 

 オレンジプレイヤーでも《転移結晶》で移動できる《圏外村》の1つ、《カーデット村》に俺達は来ていた。

 だが誰も喋り出そうとはしていない。あまりに静かで暗い深夜、空気までもが重たくなる雰囲気で他のメンバーの到着を待っている。すると……、

 

「ん~……あ、ヘッド!」

 

 ラフコフ創設者であり、そのトップに君臨するヘッドがカーデットに転移される瞬間を見た。

 しかしやはりというべきか、ヘッドのその表情すらも芳しくなかった。

 

「ヘッド……」

「Shit……Shit! アリーシャめッ! 余計なことをしてくれる……あいつはいつもそうだッ!!」

 

 いつになく荒れていた。こんなヘッドを見るのは初めてかもしれない。そして言葉の端々から、否が応でも状況を理解した。

 

「アリーシャの奴、殺せなかったんすか? それじゃあ、ぐッ!?」

 

 いきなり胸ぐらを掴まれ、凄まじい勢いで引き寄せられた。そして間近で見たからこそわかる、整った顔を歪ませたヘッドの現状。アリーシャを殺せなかっただろう作戦のミス。

 

「……My bad、ジョニー。……アリーシャは殺せなかった。俺が攻撃を仕掛けた瞬間、奴は煙玉を使った。……おそらく、体裁を保つ気もなく、端から裏切るつもりで来たのだろう。《圏内》まで逃げられた」

「……そうか、そういうことか……あいつ! あのクソ女がレジクレに情報を垂れ流したッ!」

 

 自然と握り拳に力が入った。

 ヘッドの話を聞いて確信した。十中八九アリーシャはラフコフを売り、今日にでも内部崩壊を企てていたのだろう。

 この分だと《吟遊詩人》も危ない。ジェイドという名のプレイヤーがレジクレにいなかった理由にもなっているが、確か奴はその男を標的にしていたはずだ。アリーシャ1人でどこまでカバーしているのかは把握しきれないが、何らかの妨害があった可能性も高い。

 

「道理で来るのが、早すぎる。あの女は、いつか俺が殺すとしよう」

「おめぇに同意だよザザ。しかしヘッド、アリーシャに預けていた金はどうなったん……」

 

 言いかけた途中、突然ヘッドの周りにアイテムが散乱した。

 見たところ普段ヘッドが持ち歩いている物ばかりではない。ヘッドのメインアームである《大型ダガー》とは明らかに違う《片手用直剣》やサイズの違う防具、さらには女性用の化粧品などを含む日用品まで、多種多様なアイテム群がそこにはあった。推測だが、多額のコルが入っているだろう布袋なども落ちている。

 

「金とブツは回収するつもりだったからな。アリーシャの奴がアイテム分配率ゼロパーセントで強制離婚を使ったのだろう。どこまでも勘に障る女だ」

「……もう1つヘッド、レジクレを叩くために手配した部下なんすけど……《軍》に捕まっちまってるかと。これで今日だけで7人の損失に……」

「…………」

 

 完璧であるはずの《笑う棺桶》。その異物が去り際に大暴れしてくれたおかげでとんだ被害だ。作戦失敗はおろか、ラフコフはたった1日で相当なダメージを被ってしまったことになる。

 

「オイ、お前ら2人は使えそうなアイテムだけ拾っとけ。んじゃあヘッド、一旦ここを離れてから……ッ!?」

「誰か来たぞ。1人は、グリーンだ」

「Get set。指示があるまで動くな」

 

 いそいそと金になりそうな物を拾う部下をよそに、2つのホワイトブルーの輝きはその勢いを消失させる。

 夜闇に直立していたのは2人のプレイヤー。1人は男でオレンジカーソル、もう1人は女でグリーンカーソル。さらに両者とも俺達のよく知る人物だった。

 だがおかしい。これはあり得ない現象だ。吟遊詩人が「《反射剣》を私にくれ」と言った時、その言葉の意味するところは『ヒスイという名のプレイヤーを自分の手で殺させてくれ』だったはず。

 だとすれば詩人の旦那は……ミンストレルという組織のブレインは、いかなる手段を以ってしてもこの2人を殺し終わっていなければならない。

 それなのに奴らが生きている。

 まさか……そんなことが……、

 

「No way……アクシデントもここまでくると驚愕だ。……貴様ら、ミンストレルを殺したのか。ならタイゾウも……」

「おいおい、ウソだろッ……詩人の旦那がやられたってのか!? タイゾウも付いていたってのに……あり得ねぇ、冗談じゃねェぞ!!」

 

 したたかで、かつ頭の切れる人間だった。

 ミンストレルは、ヘッドとは違った意味でラフコフの要である。ラフコフのもう1つの頭脳と言ってもいい。移動手段、獲物の見繕い、情報操作、潜入、その他多くの役割を一手に引き受ける天才的な名優。それが《吟遊詩人》なのだ。

 現に今日をもってその正体をジェイドとやらに明かすと言っていたが、ただ明かすのではない。その多大な情報ネットワークを駆使し、あの男が最前線の主街区及び《リズンの村》に戻って『ミンストレルが犯罪者』と暴露した瞬間、奴は自滅する手筈だった。

 ミンストレルはリスクを承知の上で、「ジェイドがいきなり自身を陥れようとしたら、そいつこそが紛れもないレッドギルドの共犯者」だと、予言にも近い宣言をしていたのだ。人は誰だって先に予告されていた言葉を信じたがる。これも一種の精神操作、心理攻撃だ。

 だが、この男は主街区に戻ることなく、あの《吟遊詩人》を返り討ちにしたという。

 正面から戦うことを避ける、あの詩人と。にわかには信じがたい。

 

「……反応は、ない。死んでいると、見るしかないだろう」

 

 しかし、ザザがウィンドウを開いて確認をとる。そして出た答えがミンストレルの……あるいはタイゾウを含む2人の死。認めたくはないが、この2人が《吟遊詩人》を撃退し、あまつさえ死に至らしめたと考える他なかった。

 敵のうち、男の方が口火を切った。

 

「……さて、クソ野郎がそろってるな。直に会うのはひと月振りか、PoH」

「ッ……言葉を選ぶんだなジェイド。この状態で俺達の前にのこのこ現れる度胸は相変わらずだが、死ぬ覚悟はできているか」

「さぁてな。いま俺は不可視でウィンドウを開いている。……で、ギルド用のメッセージに『カーデットに来い』とだけ打った。……攻撃すンなら、当然このメッセージを仲間に送りつける」

「…………」

 

 もはや、アリーシャによってこちらの全てが明かされている。この状況下において話術で優位に立つことは困難、を通り越して物理的に不可能だ。

 

「ヘッド、マズいっす。今レジクレは《軍》の奴らといる。この位置が割れると……」

「……くそったれがッ! だったらてめぇらは何をしに来たッ!」

 

 ジェイドはヘッドに怒鳴られようとも少しも怯まず、ゆっくりと口を動かす。

 

「……あんたらをここで捕まえることはできないさ。俺が指をぴくりとでも動かせば、即座に逃げるだろうからな。そして、いくら何でも四方に逃げられたら追いようもない。……目的は戦いじゃない。1つ、質問に答えてくれたらそれでいい。……アリーシャだ。あいつは今どこにいる」

「…………」

 

 《反射剣》は無言を貫いていたが、おおよその流れは把握しているのだろう。あの女も称賛に値する警戒心と頭の回転速度を持っている。

 

「……それ、足下に落ちてるのはアリーシャの物か。いや、絶対にそうだ。今日俺と一緒に買ったやつもある。他にもアイテムに見覚えが……」

 

 キルドロップではない。人が死んでも、落とすのはその時点での武器と装飾品のみだからである。という事実に、女の方がいち早く気づいた。

 

「ジェイド、たぶん彼らは《結婚》システムを使ったんだと思うわ。アイテムストレージを一旦共通化して、改めてアリーシャさんのアイテムを奪おうとしたのね? 相手を殺せば、共通化されたアイテムは全部結婚相手の物にできるから」

「なんだって!? じ、じゃあ……いや、でも俺とアリーシャの個人用共通ウィンドウの機能が復活している。……どうなってんだ」

 

 ぶつぶつと独り言を呟いていたが、言葉の端々から考えると、アリーシャはいつの間にかこの男とも《アイテム共通化ウィンドウ》を作成していたことになる。

 そして《カーデット村》がある32層へ、主街区の《転移門》を使って移動したのだろう。同じ層にいれば例え個人用でも《共通アイテムウィンドウ》は機能を取り戻す。

 

「機能してるってことは死んではいないんだな。それを知らせるために……つーことはなんだ、間抜けにも逃がしたってことか。ハッ、キダイのレッドが聞いて呆れる。ざまーねェじゃねえか!」

 

 そこまで聞いて、ヘッドは茶番につき合う必要もないと向きを変えた。

 そのまま左手を上げ、ジェスチャーによる暗号で『撤退』を意味する命令を下してきた。つまり戦闘は見送ったということだ。

 

「PoH、逃げるのもいいがこれだけは言わせてもらう。お前(・・)にアリーシャは殺させないぞ。俺も、ヒスイも、レジクレのみんなも。……いや、むしろ逆だ! いつかとっつかまえて牢屋にブチ込んでやる!!」

「…………」

「ミンスが死んで、アリーシャも抜けて! あっという間に《三幹部》にまで減ったな! 次はお前ら(・・・)だぞ! そのことを忘れるなッ!!」

 

 ここで。

 無言で去るのだと思っていたヘッドが改めて振り向き、奴ら2人を睨みながら抑揚のない声で宣言した。

 

「お前らは殺す。アリーシャも殺す。そのための舞台も用意する。楽しみにしておいてくれよ……ショウタイムはすぐそこだ」

 

 今度こそ立ち去る。

 もうすぐ日付が変わる。

 ヘッドの2度目の失敗に、またしてもレジクレが絡んできたこの日。俺達ラフコフはミンストレル、タイゾウ、ルドルフを追加したメンバー計10人の損失という大きな損害を受けた。総メンバーの半数である。

 だが終わらない。ヘッドが生きている限り、殺しの連鎖が立たれることはない。ヘッドが舞台に立つ限り、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》は生き続ける。

 俺達の『遊び』はまだ始まったばかりだ。

 

 

 


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