SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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アグレッシブロード4 終着点

 西暦2023年11月18日、浮遊城第35層(最前線47層)。

 

 《迷いの森》。一定時間ごとに各ステージ間の繋がりが変化する特殊フィールドである。専用の更新型マップを主街区で購入しなければ、あっという間に路頭に迷う。

 この一帯が珍しいわけではない。入り組んだ迷宮区など、事前に情報を集めなければ脱出できないエリアは多い。

 では、満足な情報も持たずに英雄よろしくダンジョンへ向かうとどうなるか。

 少なくとも死亡率は跳ね上がる。これは準備不足ということにされる(・・・・・・)中堅ギルドの話。それ以外は揉み消される、そういった小さな話だ。

 

「よりによって……あのラフコフかよ、ちくしょう! おい新人! お前まさか、ここに手引きしたのか!?」

「ち、違うよ! ボクはそんなこと! 《吟遊詩人》がこのルートなら安全って……マップもあの人がくれて……」

「ヒャハハハッ、まァそう言うこった! 別にそのガキは悪くねェよ。釣り餌にかかったお魚ちゃん!!」

 

 わずか6人のギルドを前に、片手でナイフをもてあそびながらジョニーが答える。

 その挑発で苦い顔をする男。藍色を基調にしたタロンを纏う上半身と焦げ茶色のレザーを履くその装備は小隊では最も上等で、『新人』を咎(とが)めたことからもジョニーはこの男がギルドマスターと予測した。

 

「く……わかった、お前は悪くない。だから泣いたりはするなよ」

「う、うん……ごめん……ごめんなさい……」

 

 そう答えつつ、すでに涙声になっていた。少年はもう助からないかもしれないと、そして原因は自分にあったと、どこかで理解したのだろう。

 日も沈んで狩りを終えた彼らは、油断したところをジョニー達に狙われた。

 いや、正確にはジョニーとザザ、そして『殺し』を実際に見せることで慣れさせようと同行させた、ラフコフの新メンバー2人に。

 しかし、小ギルドの6人に観念した表情はなかった。人数では勝り、2人分のアドバンテージがあるからだ。仮に1人でもここを切り抜けて助けを呼ぶことができれば、犯罪者4人を返り討ちにできる。

 もっとも、それが成功するはずはなかった。

 そうとも知らないリーダー格の男は、囲まれてなお毅然(きぜん)と言い放つ。

 

「ウワサ通りだな。軽蔑するよ」

「あァ……?」

「アインクラッドで人を殺したら現実でも死ぬ。……さんざん言われてるのに、なんでこんなことをする!! 異常だよアンタら!!」

「言葉に気をつけなクソガキ。ナメてっとぽっくり殺しちまうかもしれないぜ」

 

 そな会話の途中、小隊長の後ろで砂利を踏む音が聞こえた。

 

「お、俺が助けを呼んでくる!!」

「バカ!? 1人で行くな!!」

 

 少隊長は、1人で救助要請に……あるいは、1人で助かろうと走るギルドメンバーを咎(とが)めた。

 しかしもう遅い。ジョニーは下級モンスター、もしくはレベル差のあるプレイヤーを一時的に行動不能(スタン)状態にさせる安物の毒ナイフをその背中に投げ、吸い込まれるように心臓部位へ命中させた。そして転がるように倒れ込んだその男の首は、ザザの一閃によって綺麗に切断。あっさりと消滅した。

 ほんの数秒。大きなレベル差がなければ成立しない蹂躙(じゅうりん)。一連の結果を見て、小隊の5人は即座に反応さえできなかった。

 やがて隊長だけが辛うじて束縛から解放される。

 

「ラルフ……ッ!! し、信じられねぇ……やりやがったなクソ野郎!! ほんとに殺しやがった!!」

「おっと、ここにいる奴はみんな強ぇぜェ!? お前らが束になっても、1人も殺せねーぐらいにはな」

「ぐ……ぐぅうッ……くっ……」

 

 武器は構えていても、それを使うことは許されない。

 反抗心を無理やり抑え込まれる感覚。ギルドメンバーに対して「ラフコフに攻撃しろ」と命令できない。それは自害に等しい特攻だからだ。

 たかだか投擲用のナイフを、しかもソードスキルではないものを受け、弱点部位とは言えその後たったの一撃で仲間が死んだ。どう転んでも、ジョニー達に歯が立たないと考えるのが普通だ。

 もっとも、実はラフコフの新人2人のレベルは高くない。

 だが相手はそれを見破る術がない。プレイヤーに与えられた権限では、初見の相手を視認するだけではレベルやステータスは確認できないからだ。

 それに、1度植え付けられた先入観は簡単に剥がれない。逃げ出す人間はもう出ないだろう。

 

「さァて、落ち着いてきたところで、どうやって調理するかだ。ナイフ当てゲームだと俺がいつも勝ってつまんねェし、なんか他のがいいなァ」

 

 ジョニーは自分が楽しめそうな殺害方法を考えていると、視界の奥からPoHが近づいてくるのが見えた。

 

「Hey、楽しんでるな」

「ヘッド! 混ざりますか」

「そうしたいが、例の『客人』が送られた。アリーシャがうまくやったようだ。これが終わったら今度こそレジクレを叩く。準備しておけ」

「うっヒョォオオ! レジクレつったら、あん時の奴らじゃねぇすか! こりゃ楽しみだなァ!」

「いよいよか。連中は、攻略組。腕がなる」

 

 新人の2人はともかく、ザザは次の対象(レジクレ)が攻略組であることを知っている。ジョニーとPoHに至っては、『因縁深い』と言っても過言ではない。

 

「(無駄に長いアディショナルタイムだったなァ……)」

 

 今夜、終止符を打つ。ジョニーはそう確信した。

 さらにPoHの後ろから、彼に追従する部下の1人が人力馬車を傾けた。転がり落ちたのは、全身を縛られた哀れな男。レジクレの1人が1層の《はじまりの街》に置いてきた知人、『アル』という名のプレイヤー。《圏内》に籠られては手の出しようもなかったが、こうなるとただの芋虫である。

 彼を人質に揺さぶるか、あるいは殺して逆上したレジクレをラフコフが全滅させる。面会に条件をつければ、レジクレは罠と知りつつも少人数で来るだろう。

 そうなれば逆転の手はない。今度こそ殺しきる。ラフコフの総戦力を集め、もてなしの準備を整え、敷地内へ炙(あぶ)り出したあとは集団リンチ。

 

「っと、その前にこいつら殺っとかねェと。ヘッド、俺が決めちゃっていいっすかね?」

「Have if your way。好きにしろ」

「ヘッヘッヘ……」

 

 許可が降りたことで、ジョニーは下品な笑い声をあげた。

 ターゲットはどのみち全滅だ。死に様の選択肢は与えるが、生存の道はない。

 

「さァてお前さん達、……ここは1つ、穏便に生き残る(・・・・)チャンスを与えようじゃねぇか」

「……何を……言っている」

「ヒヒッ、生意気な小僧だ。……まァいい。勘違いしてほしくないのは、俺達はなにも放浪の通り魔ってワケじゃあねェのさ。無益な殺生は好まないンだよ」

「殺意のわく冗談だな。ラルフを殺したことは、いつか絶対に後悔させるぞ……っ!!」

「クックッ……食い気味だねェ。問題は、俺達が愉しめるか否か。お前らが死のうが生きようが、実際のところどうでもいい。俺達がこの退屈な日々を凌ぐことの方が大事なんだよ」

「…………」

「よって! ユーモア溢れるショーが見られりゃ、てめェらを逃がす準備がある。……おいおい信じろよ。その分こっちの笑いの沸点は高いんだからよォ、ヒヒヒッ」

 

 笑いながら言う姿に半信半疑な目を向けながらも、小ギルドのメンバーの表情に光が垣間みえた。

 殺されない可能性。犯罪者の欲を満たす可能性。

 しかしまたしても、ウィンドウを操作するPoHから介入があった。

 

「ジョニー、お前のショーを見たいのは山々だが仕事が入った」

「ええっ!? ヘッドぉ、生殺しっすかァ……」

「興が冷めることは言わんさ。勝手に進めればいい」

 

 ジョニーは半ばもどかしく思ったが、PoHの都合では仕方がない。

 部下2人も含め6人を見張るよう命令すると、ジョニーは改めてヘッドに質問する。

 

「なにがあったんです? 多忙過ぎてスケジュール覚えてらんないンすよ」

「アリーシャの調査が終わった。……というより、奴から動いた。……結果は黒。面倒事を起こされる前に俺が直接叩きに行く」

「ハッ、あの女。やっぱダメでしたねェ。……了解っす。ついでに今日から『4幹部』すか」

「そうだな、これは俺のミスだ。俺が片づける」

 

 それだけ言い残し、PoHは《レイヤー・ポータル》へ歩いていった。

 基本的にポータルが常時マークされている可能性は低い。オレンジでなければ手間のかかるポータルを利用せずに、《主街区》にある《転移門》を使用するからだ。運営からギャラが発生するわけもないため、ゆえに常に見張りを置く道理はない。

 そしてだからこそ、ジョニー達オレンジギルドは毎度の如く《レイヤー・ポータル》を利用できてしまう。

 

「アリーシャも、終わりか。俺は会った時から、気にくわなかった」

「なんだァ? ザザも同じか。あの容姿だから面倒見てやったが、さすがのヘッドもお怒りだ。俺もいつかはこうなると思っていたぜ?」

 

 もっとも、起きた事実を予期していたなんて、今さら言っても滑稽(こっけい)なだけ。

 ジョニーは頭を切り替えた。せっかく自由にできる遊具が5人もいるのだから、彼らの無様な姿をせめて数分間楽しもうと。

 

「まァいい……エサの皆さん、ショータイムといこうか! お前らが生き残る方法についてだが……ヒヒッ、おいイブリ。周りにプレイヤーは来てないだろうな」

「大丈夫っす。ここ、過疎地すから」

「ゲームの準備はもうたくさんだ。いい加減俺たちを帰してくれ!」

「そう焦るなよ。クックッ……お前らの内、1人が生き残る愉快なゲームの始まりだ」

 

 ジョニーは込み上げる笑いを懸命にこらえながら、またガタガタと震え出す貧弱な人間を前に演説者の気分を味わった。

 

「どういう、ことだ……?」

「ヒヒ、ヒヒヒヒッ。ルールは簡単。俺達は一切手を出さない。けど……そう、たった1人だけ。幸運な奴がここから生きて帰れる」

「まさか……ッ!?」

「そう、おめぇらで殺し合う(・・・・)んだよ。最後に生き残ったプレイヤーを1人、ここから解放して逃がしてやる。おっと、移動しようなんて思うなよ。そんな奴が1人でも出たら全員殺す! 『ラルフ』クンみたいになァ!!」

「ぐっ……」

 

 ギルドメンバーの1人が剣を握る手に力を込める。唯一の生命線、その要(かなめ)である攻撃手段を。

 小さな警戒心が生まれるのを感じた。

 ジョニー達に向けた敵愾心(てきがいしん)とは根本から異なる、消極的な戦意。身内から裏切り者が現れないか、どす黒い全方位への警戒心。

 

「いいねェ! 我ながらサイッコーなアイデアだ! 名付けて《殺し合って、生き残った奴だけ助けてやるぜ》ゲぇム!! 最後まで仲間を信じた奴が死ぬ! 最初に仲間を裏切った奴が生き残る! さァどうした! 切符は1人分! 先出しで裏切った奴が生き残りだァ!!」

「だ、だめだ! 耳を貸すな! 俺らが信じ合わきゃ……」

「わあアあああああああッ! やだぁあ!! ボクは生きたい! 死にたくないぃッ!!」

「バっカ、こいつッ……っ!?」

 

 ミンストレルに騙され、おめおめと仲間を窮地に立たせた張本人が、とうとう緊張に耐えられなくなり、大声を出しながら両手でサーベルを振り回した。その結果、リーダーを含む密集した3人のプレイヤーに斬撃が決まり、その新人はオレンジカーソルとなる。

 そこからは芋蔓式(いもづるしき)。雪崩のような感情の波が辺り一面を支配し、『生き残りたい』という、その生存本能に任せてメンバー全員が喰らい合った。

 獣のように。あるいはモンスターのように。

 ともすれば、森林フィールドで叫びながら互いに殺し合うその姿は、紛れもないモンスターだったのかもしれない。

 それをジョニーは特等席で眺めた。醜い顔で、無様にも生きるイス(・・・・・)を取り合う姿を。

 そして最初に、1番初めに行動した少年が涙を流しながら消えた。ダメージを受けた3人が真っ先に標的にしたのだから当然の帰結。乱戦の時点で先制攻撃も何ない。最後に立っている人間は単に『運がいい』者である。

 少年は殺し合いのトリガーを引いた。もう止めることのできない、最悪な結末への転落劇を始めただけだ。

 

「なンでこォなるんだ!!」

「もう死ねよ! どう考えてもお前のせいだろ、リーダーなら責任取れよなァッ!!」

「俺は死なない! 生きて帰る!!」

 

 狂人達の一振り(ストローク)。ジョニーやザザにも似た狂気的な一撃を、あろうことか苦楽を共にした仲間に向けて放ち合う。

 憤懣(ふんまん)やる方ない暴力によって惨殺されるプレイヤー。生き残りを賭けた殺し合いが始まった以上、無駄に誠実であり続けようとした者は先に死ぬ。浮遊城(ここ)が弱肉強食のサバイバルゲームになってからは、汚い者が得をしてまじめな者が損を見る。すべての生物に適用される不変の定理である。

 現に多くのβテスターはこのような事態を避けるため、開始直後から重石を捨ててスタートダッシュをかけた。

 死を前に人の本質まで変えることはできない。そうして出た答えがこの現状であり、いつまでも一致団結しないプレイヤーのエゴイズムだ。

 

「ハァ……ハァ……クソッ……なんで……俺らが、こんな……」

 

 3分と経たずに争いは収束した。最後の数十秒で連続して光の雨が降った刹那の芸術には、ジョニーを久方ぶりの高揚感で満たした。

 満月の下、立っているのはただ1人。

 ギルドのリーダー。強気な物言いを繰り返していたはずが、今では死人のような目で己の武器を見つめる1人の男。

 だがジョニーからすれば、荒涼とした背景を前になかなか様になっている姿だと称えたい気分だった。

 

「ケッ、おいおい1番死んでほしかったリーダーさんが生き残っちまったか。んでも、気分どうよ? 仲間を片っ端から殺して自分だけ助かる気分はよォ、……クヒ……ヒヒヒ、ヒャッハハハハハハ! ヒャハハハハハッ! こりゃあ最高だぜェ!!」

「ふっ……グ……ッぇ……さねぇ……許さねぇッ!!」

「ならどォするよ、攻撃するか? てめェら全員で勝てないから反撃するのをやめたってのになァ? あ〜あ、死んだ仲間が悲しむぞォ?」

「うあぁああッ!!」

 

 元(・)リーダーは激昂(げっこう)し、今度こそ斬りかかった。

 もちろん、その単調な突撃は掠ることもない。ジョニーはほんの少しだけ身を捻り、振り下ろされた斧を難なく回避した。

 男は自身のスピードをコントロールできず、勢い余って転び泥だらけの地面に顔を埋めた。上等な装備が泥だらけである。

 

「《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルの回復でいまいち味に欠けるが、まァいい眺めだ。合格としよう。てめぇは逃げてもいいぜ」

「……いつか、お前らを絶対に殺す……」

 

 ゆっくりと起き上がり、背中越しに殺害予告を下すその男は、ストレージから《転移結晶》を取り出した。

 まるで、これで逃げられる(・・・・・)と思っているように。

 

「転移、ミーシェ……ッがァあ!?」

 

 男が発声した直後、その右腕にナイフが突き刺ささった。

 《部位欠損(レギオン・ディレクト)》が発生。クリスタルを持ったままの腕は、手首から先が綺麗に分離する。そしてボトリと落ちた生々しい腕の断片は、ほんの2秒ほどで砕け散った。

 同時にテレポート機能が中断され、男を囲う青白いライトエフェクトもあっさりと霧散(むさん)する。地面に落ちたクリスタルはジョニーによって回収された。

 

「おっ、テレポートクリスタルゲットぉ〜」

「ぐぁっ……なッ、何を!? 俺をここから逃がすんじゃないのか!?」

「ヒヒッ……バ~カ。逃がすゥ? んなわけねェだろ! 狩り場が割れるうえに、詩人の旦那のこともバレちまうからなァ! クックック、さァ死ぬ覚悟はできてるかよォ!!」

「がぁああああッ!?」

 

 今度は左足の付け根が《部位欠損》した。回復しつつあった体力も急減。あと1度、投擲用ダガーが掠っただけで、男には死が訪れる。

 

「カヒっ、フッ……う、ウソだ……こんなっ、あってたまるか……こんな結末が……!!」

「いいねェその顔! さっきより断然いい! じゃ、あの世で仲間によろしくなァ!!」

 

 ザクン、と。男の生首が宙に浮く。その双眸(そうぼう)からはあまりの理不尽に涙が溢れ、眉間にはしわが寄り、悪罵を発しかけたのか口は開いていた。

 恐怖と未練。それが凝縮した男の頭がゴロリと転がり、ジョニーを向いたまま光跡の欠片となって飛散する。

 

「う……わ……」

「ヤバいっすね、ジョニーさん……」

「しゅ~りょお! っておい! なんでザザまでしかめっ面だ。文句あんのか?」

「いや。俺もそれなりに、楽しめた。だが妙だ。PoHはなぜ、帰ってこない」

「ん、まァそーだな」

「それにこれから、レジクレを叩くはずだ。援軍が来ない。攻略組3人を相手に、この人数ではないのだろう」

 

 なるほど。と、ジョニーは納得した。ザザは前座より強者との戦いを望んでいた。100%勝てるなぶり殺しは、初めは新鮮でも、繰り返せば物足りなさを感じる。

 そしてゲームに夢中になっていたが、PoHが狩り場を発(た)ってから相当経過していた。

 感情は鮮度が命。殺戮ゲームを実際に目の当たりにして、震えながら涙を両目に溜め込んだアルを、ジョニーは今すぐにでも調理したかったのだ。

 

「そういやメンツそろわねーな。来ねぇとレジクレを誘き出せねぇっつーのに、なにモタツいてんだ部下どもは……あン?」

 

 《メインメニュー・ウィンドウ》を眺めながら愚痴ると、ジョニーの視界の端でメッセージアイコンが点灯した。

 開くと、それはまさにPoHからの連絡だった。

 

「ザザんとこにも来たか? ……って、おいおいマジかよ」

 

 そのメッセージは、1度読んだだけでは信じ難い内容だった。

 ザザも露出する口元を歪めた。

 

「ジョニーさん……どうしたんすか?」

「……作戦が割れて、ポータルは《軍》に占拠されてる。増援は来ない」

「え!? じゃあ、この4人で攻略組の3人と戦うんですか!?」

「冗談じゃねぇ。策が割れた時点で3人で来るわけないだろう。どォするよザザ?」

「どうするもこうするも、ない。人質を殺したら、さっさと移動だ」

「……だよな。ちぇっ、刺して殺してハイおしまいかよ。つまんねェ……」

 

 ジョニーが武器を構え直すと、猿轡(さるぐつわ)に似せた布を噛まされた『アル』はあまりの恐怖でくぐもった呻き声を洩らした。

 だがそこで、ジョニーの鼓膜は奇妙な音を拾った。ドドドッ、ドドドッ、とリズミカルに刻まれる一定の波は、徐々にその音量を増す。果ては地面を通して振動まで伝わってきた。

 ジョニーは戦慄した。戦うことよりも、情報が漏洩している事実に。

 

「借用馬(しゃくようば)か。やられたな」

「どォなってんだ。こいつァ……!」

 

 先手を打たれたことに感づいた部下2人は、逮捕直前の犯罪者のような狼狽(うろた)え方をした。誰にも知られていない狩場での奇襲。目撃されたとしても、ジョニー達と戦闘するために手配されたにしては到着が早すぎる。

 明らかに、手際の良さでは説明がつかない。

 

「やっと見つけた。……見つけたぞ、このレッドギルドめ」

 

 近づいてきた馬は3頭。その背中には例外なく完全武装したプレイヤーが2人ずつ、高い目線から4人を見下ろしていた。

 ジョニーはその内3人に見覚えがあった。そもそも呼び出そうとしていたギルド、《レジスト・クレスト》の正規メンバーである。右から順にロムライル、ジェミル、ルガトリオ。彼らが主に馬のコントロールを担っている。

 

「(なぜ裏をかかれた。落ち度はなかったはず……)……まァいいか。おいレジクレのリーダー、お前ロムライルだよな? あんま調子に乗ってドヤ顔すんのやめてくんねぇかなァ? イラつくんだよその顔」

 

 バイザー付きの防具で顔が隠れている男に冗談を言いながら、ジョニーは人質(アル)の髪を掴み、その首元にナイフを突き立てた。

 

「こっちには人質がいることを忘れたか? 手ェ出して見ろ、そん時がこのアルくんの最後だ」

「やれるもんならやってみろ」

「……あァ?」

 

 当然、下手に出て人質解放の交渉に入ると思っていたが、予想に反して強気な返しをしてきた。

 これはジョニーにとって予期せぬ誤算である。

 

「よっこらせっと。……さて、ここに6人の前線プレイヤーがいる。対するあんた方は4人。しかも2人はたいしたレベルじゃない。だろう? まともにやり合ったら、こちらに勝算がある。しかしオレ達の目的は人質の……つまりアルの解放だ。無意味な争いはしたくない」

 

 ジョニー達4人とほんの10メートルほどの距離を置いて、レジクレと《軍》の混成部隊は馬から降りて地に足をつけた。現時点でのまともな戦闘員がジョニーとザザしかいないことまで割れている。

 ロムライルと思しきガタイのいい長身の男性はそのまま続ける。

 

「アルの解放は条件につくが……」

「つーかよ、ちょいと待てや。てめぇらはなぜここへ来られた? 場所も、時間も、何もかもドンピシャすぎんだろ、えェ?」

「……情報提供者は匿名希望だそうだ。他にないか」

「チッ、ナメやがって。……《厩舎》で借りた馬はどうやってる? 3人とも操縦できてたまるかよ」

「それも簡単。単に《騎乗(ライド)》スキルの熟練度を上げて手に入れたモディファイだ。こっちは元馬術部でね」

「…………」

 

 くだらない戯言に見えて、それが原因で窮地(きゅうち)に立たされているのだから一笑に帰せない。馬の存在でジョニー達が足で振り切るのが不可能になった。

 そもそも、《ライド》スキルはネタスキルとまで言われている。レジクレのメンバーに熟練度がここまで高い者がいるとは考えていなかったため、《厩舎》がある35層を戦場にした時点でジョニー達は失敗していた。

 

「ハッ、だが手が出せないのは同じだろ? イキがんなよ、おとなしく俺らの……」

「交渉には応じない! こちらの用件はだけを言う」

「…………」

「……まず、その人質を殺した瞬間、こっちは容赦しない。《軍》には支援目的で来てもらっているが、《投擲班》が転移を邪魔するだろう。そして狙いは……ジョニー・ブラック。あんた1人だ!」

「な……ッ!?」

 

 今度はジョニーが絶句をさせられる番だった。手の内や思考が筒抜けになっている感覚。

 ロムライルの宣告は、まさに最悪のシチュエーションだった。

 アルを殺したらジョニーが集中狙いされる。『一方的な殺し』ではなく『殺し合い』が発生すれば、新人2人は命を賭してまでジョニーを救おうとはせず、踵を返して逃げるだろう。この戦力差を前に、ジョニーとザザだけでは身に余る。加えて、戦闘が長引けば相手にだけ援軍が来る。

 レジクレは標的を絞ることで、確実に1人だけは殺す気でいる。ジョニーは身の安全を確保するためにもアルに手は出せない。

 実に的確な判断だった。

 

「(能無しじゃなかったか……)……チッ。んじゃあどォするよ? そこまで歩いてこのイモムシを渡せってか? それが無理なことぐらいわかってンだろォな」

「わかっているさ。アルを受け取った瞬間、オレらはあんたに気兼ねなく攻撃ができてしまうからね。だから……ほらっ」

 

 パンッ、と軽く馬の尻を叩いてロムライルは馬を走らせた。そして彼の「ストップ」という声と同時に、俺達ラフコフの真横で無垢な馬が停止する。

 残り2頭にもロムライルは同じことをした。

 

「1頭にアルを乗せて、向きを直角に変えろ。あんた達は残りの2頭に乗れば準備完了だ。アルは別方向へ運ばれて安全が確保される。……馬はオレの元を離れると『前進』と『停止』しかできないが、同時にあんたらも離れれば問題ないだろう? 発音しても聞き取れないぐらい距離が空いたら、結晶を使って《圏外村》まで飛ぶがいいさ。オレ達は後を追わない」

「それを俺が信じるとでも?」

「信じる信じないは勝手だが……ほら、これが見えるか? 《回廊結晶(コリドークリスタル)》だ。ギルドの共通ウィンドウにしまってある。……金銭面での負担なんてどうでもいい。ここをコリドーの『出口』に定め、すぐに主街区に控える《軍》が現れるぞ? まだ何人か主街区で待機している。ちなみに、援軍待ちなら期待しないことだ。さっきあんたらの仲間を、《レイヤー・ポータル》付近で待ち伏せた《軍》が何人か捕まえた」

「…………」

 

 とっくに王手をかけられていた。ザザすら反論できない。元より彼は口ベタだが、今回限りはその性質は関係ないだろう。

 単純に反論材料が存在しないのだ。追い詰められているのはジョニー達。おまけに、間違いなくレジクレは対話方法をわきまえている。作戦の代替案まで潰しにかかる勢いだ。

 

「《軍》も……グルだってのか……?」

「それについては、ワイらから言わせてもらおか」

 

 ここで茶髪のトゲ頭が割って入ってきた。

 

「……キバオウっちゅうもんや。一応、隊を仕切らせてもらっとる。早い話が、捕獲が決まれば晴れて昇進っちゅーわけやな。……本気でやるんやったら協力はさせてもらうで? ワイの手柄になる絶好のチャンスや」

「…………」

 

 声に緊張がみられる。無理を通した虚勢だろう。

 しかし、それがわかっていてなお、ジョニーに手はない。キバオウなる人物個人にメリットがあるなら、戦闘が始まれば参戦される危険性が高いからだ。

 

「クソッ! ……覚えてろ。必ずお前らを皆殺しにする。必ずだ!!」

 

 向きを変えた馬にアルを無造作に乗せ、ジョニーを含む4人が2頭の馬に跨がると、馬は前進を始めた。

 フィールドに設定されたフロアを隔てる区画を移動する直前、レジクレの面々はジョニー達ではなくアルを乗せた馬に駆け寄った。その姿は、ジョニーの脳裏に強く焼き付いた。

 

 

 

 オレンジプレイヤーでも《転移結晶》で移動できる《圏外村》の1つ、《カーデット村》にジョニー達は来ていた。

 だが誰も喋り出そうとしない。あまりに静かで暗い深夜、空気までもが重たくなる雰囲気で他のメンバーの到着を待っている。すると……、

 

「っ……転移反応です!」

 

 部下が知らせる。ラフコフ創設者であり、そのトップに君臨するPoHがカーデットに転移された。

 しかし、その表情は芳しくなかった。

 

「ヘッド……」

「Shit。アリーシャ! 余計なことをしてくれた……あいつはいつもそうだッ!!」

 

 いつになく荒れていた。ジョニーはこんなPoHを見るのは初めてだった。そして言葉の端々から、否が応でも状況を理解した。

 

「アリーシャの奴、殺せなかったんすか? それじゃあ、ぐッ!?」

 

 いきなり胸ぐらを掴まれ、凄まじい勢いで引き寄せられた。そして間近で見た、顔を歪ませたPoHの激情。アリーシャを殺せなかっただろう作戦のミス。

 

「……My bad、ジョニー。……アリーシャは殺せなかった。攻撃を仕掛けた瞬間、奴は《煙玉》を使った。……端から裏切るつもりだったわけだ。《圏内》まで逃げられた」

「……そうか……あいつ! あのクソ女が、レジクレに情報を垂れ流したッ!」

 

 自然と握り拳に力が入った。

 PoHの話を聞いて確信した。十中八九アリーシャはラフコフを売り、内部崩壊を企てた。

 この分だと《吟遊詩人》も危険だ。宿敵ジェイドがレジクレにいない理由でもあるが、ミンストレルはまさにそのジェイドを標的にしている。アリーシャ1人でどこまでカバーしているのかは把握しきれないが、なんらかの妨害があった可能性は高い。

 

「どおりで来るのが、早すぎる。あの女は、いつか俺が殺す」

「同意だな。しかしヘッド、アリーシャに預けた金はどうなったん……」

 

 言いかけた途中、突然PoHの周りにアイテムが散乱した。

 見たところ普段から持ち歩いている物ばかりではない。PoHのメインアームである《大型ダガー》とは明らかに違う《片手用直剣》やサイズの違う防具、さらには女性用の化粧品などを含む日用品まで、多種多様なアイテム群が乱雑にまかれた。多額のコルが入っているだろう布袋も落ちている。

 

「金とブツは回収するつもりだったからな。奴がアイテム分配率ゼロパーセントで《強制離婚》を使ったのだろう。どこまでも勘に障る女だ」

「……もう1つ、ヘッド。レジクレを叩くために手配した部下なんすけど……《軍》に捕まっちまってるかと。これで今日だけで7人の損失に……」

「…………」

 

 完璧であるはずの《笑う棺桶》。その異物が去り際に大暴れしたことで大きな被害が出た。戦力外と判断した1人の女性によって。

 

「オイお前ら、使えそうなアイテムだけ拾っとけ。んじゃあヘッド、一旦ここを離れてから……ッ!?」

「誰か来た。1人は、グリーンだ」

「Get set。指示があるまで動くな」

 

 いそいそと金目の物を拾う部下をよそに、2つのホワイトブルーの輝きはその勢いを消失させる。

 夜闇に直立していたのは2人のプレイヤー。1人は男性でオレンジカーソル、もう1人は女性でグリーンカーソル。両者ともジョニー達のよく知る人物だった。

 だがPoHをはじめ、『ある作戦』を知る者は一同に驚愕した。

 彼らがここにたどり着くことは決してないはずだったからだ。吟遊詩人(ミンストレル)が「《反射剣》を私にくれ」と言った時、その言葉の意味するところは『ヒスイという名のプレイヤーを自分の手で殺させてくれ』だったはず。

 だとすれば彼は……ミンストレルという組織のブレインは、いかなる手段を以ってしてもこの2人を殺し終わっていなければならない。

 それなのに、2人がまだ生きている。あまつさえ自分たちの逃走ルートに食らいついてきた。

 まさか……そんなことが……、

 

「No way……貴様ら、ミンストレルを殺ったのか」

「ウソ、だろ……詩人の旦那が!? タイゾウも付いてたってのに……あり得ねぇ、冗談じゃねェぞ!!」

 

 したたかで、かつ頭の切れる人間だった。

 ミンストレルは、PoHとは違った意味でラフコフの要である。ラフコフのもう1つの頭脳と言ってもいい。移動手段、獲物の見繕い、情報操作、潜入、その他多くの役割を一手に引き受ける名優。それが《吟遊詩人》なのだ。

 今日をもってその正体をジェイドに明かすと言っていたが、ただ明かすのではない。その多大な情報ネットワークを駆使し、最前線の主街区及び《リズンの村》に戻って『ミンストレルが犯罪者』と暴露した瞬間、ジェイドは自滅する手筈だった。

 ミンストレルはリスクを承知で、「ジェイドが自身を陥れようとしたら、そいつこそが紛れもないレッドギルドの共犯者」だと、予言にも近い宣言をしていた。人は誰だって先に予告されていた言葉を信じたがる。これも一種の精神操作、心理攻撃だ。

 だが、この男は主街区に戻ることなく、あの《吟遊詩人》を返り討ちにした。

 正面から戦うことを避ける、あの詩人と。にわかには信じがたい。

 

「……反応は、ない。死んでいると、見るしかないだろう」

 

 しかし、ザザがウィンドウを開いて確認をとる。そして出た答えがミンストレルの……あるいはタイゾウを含む2人の死。ジョニーは認めたくはなかったが、この2人が彼らを死に至らしめたと考える他なかった。

 男の方が口火を切った。

 

「……さて、クソ野郎がそろってるな。直に会うのはひと月振りか、PoH」

「言葉を選ぶんだなジェイド。この状態で俺達の前にのこのこ現れる度胸は相変わらずだが、死ぬ覚悟はできているか」

「さぁてな。いま俺は不可視でウィンドウを開いている。……で、ギルド用のメッセージに『カーデットに来い』とだけ打った。……攻撃するなら、当然このメッセージを仲間に送りつける」

「…………」

 

 もはや、アリーシャによってこちらのすべてが明かされている。この状況下において話術で優位に立つことは困難……を通り越して、物理的に不可能だった。

 

「ヘッド、マズいっす。今レジクレは《軍》の奴らといる。この位置が割れると……」

「……くそったれがッ! だったらてめぇらは何をしに来たッ!」

 

 ジェイドはヘッドに怒鳴られようとも少しも怯まず、ゆっくりと口を動かす。

 

「捕まっちゃくれねェよな。……俺が指をぴくりとでも動かせば、即座に逃げるだろ? いくら何でも四方に逃げられたら追いようがない。……だから、目的は戦いじゃない。1つ、質問に答えてくれたらそれでいい。……アリーシャだ。あいつは今どこにいる」

「…………」

 

 《反射剣》は無言で成り行きを見守っている。しかし、おおよその状況は把握した様子だった。

 

「……それ、足下に落ちてるのはアリーシャの物か。いや、絶対にそうだ。今日俺と一緒に買ったやつがある。他のアイテムにも見覚えが……」

 

 キルドロップではない。人が死んでも、落とすのはその時点での武器と装飾品のみだからである。という事実に、ヒスイの方がいち早く気づいた。

 

「ジェイド、たぶん彼らは《結婚》を使ったんだと思うわ。アイテムストレージを一旦共通化して、改めてアリーシャさんのアイテムを奪おうとしたのね? 相手を殺せば、共通化されたアイテムは結婚相手の物になるから」

「なんだって!? じ、じゃあ……いや、でも俺とアリーシャの個人用共通ウィンドウの機能が復活してる……?」

 

 ぶつぶつと独り言を呟いていたが、言葉の端々から考えると、アリーシャはいつの間にかジェイドとも《アイテム共通化ウィンドウ》を作成していたことになる。

 そして《カーデット村》がある32層へ、主街区の《転移門》を使って移動した。同じ層にいれば例え個人用でも《共通アイテムウィンドウ》は機能を取り戻す。

 

「機能してるってことは、死んでない! ハッ……つーことはなんだ、間抜けにも逃がしたってことか。キダイのレッド様が聞いて呆れるな!」

 

 そこまで聞いて、PoHは茶番につき合う必要もないと向きを変えた。

 そのまま左手を上げ、ジェスチャーによる暗号で『撤退』を意味する命令を下した。今回の戦闘は見送ったということだ。

 

「PoH、逃げるのもいいがこれだけは言わせてもらう。お前(・・)にアリーシャは殺させないぞ。俺も、ヒスイも、レジクレのみんなも。……むしろ、いつかとっ捕まえて牢屋にブチ込んでやる!!」

「…………」

「ミンスが死んで、アリーシャも抜けて! あっという間に《三幹部》に減ったな! 次はお前ら(・・・)だぞ! そのことを忘れるなッ!!」

 

 ここで。

 無言で去ると思っていたPoHが改めて振り向き、2人を睨みながら抑揚のない声で宣言した。

 

「お前らは殺す。アリーシャも殺す。そのための舞台も用意する。楽しみにしておいてくれよ……ショウタイムはすぐそこだ」

 

 今度こそ立ち去る。

 もうすぐ日付が変わる。

 PoHの2度目の失敗に、またしてもレジクレが絡んだこの日。ジョニー達ラフコフはミンストレル、タイゾウ、ルドルフを追加したメンバー計10人の損失という大きな損害を受けた。総メンバーの半数以上である。

 だが終わらない。組織の核であるPoHが生きている限り、殺しの連鎖が立たれることはない。PoHが舞台に立つ限り、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》は生き続ける。

 ジョニー達の『遊び』はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

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