SAOエクストラストーリー   作:ZHE

72 / 159
第八章 ハーフポイント
第53話 浮遊城後半戦


 西暦2023年12月21日、浮遊城第50層。

 

 数日借りている宿の食事処、世界観に合わせた木造テーブルの一角。ギルドのメンバー2人と大人しく席に座り、俺は思案に暮れていた。

 先月23日に48層主街区(リンダース)、今月4日に49層主街区(ミュージェン)、そして15日にはこの50層。その進行具合は層を進むにつれてどんどん遅くなっていた。

 階層だけなら全体を通して半分。

 しかし安堵はない。なにせ俺達は、この層の迷宮区にすら進入していない。少なくとも、本層のフロアボスを討伐しない限り、半分を終えた実感は得られないだろう。

 とそこで、情報掲示板がある宿の出入り口からリーダーのロムライルが歩いてきた。

 

「あの~、速報入ったよ。みんな聞いて。……ついさっき、迷宮区への道が開いたんだ。今日よりレジクレは、拠点を《主街区(アルゲード)》から迷宮区直前の街《プロアソート》へと移動するよ」

「うわぁ、やっとだねぇ。道を塞いでるフィールドボスだけで相当かかったもんだよぉ」

「ま、フロアボスはもっとヤバいだろうな。なんせハーフポイントだ」

 

 ロムライルがギルドの定例ミーティングを始めると、早速ジェミルと俺は口を挟んだ。同時に、どうしても25層戦のことを思い出してしまう。

 過去最多数の死者を出したあの日から、まだワースト記録は更新されていない。

 

「そういえば、ジェイドだけが25層戦に参加したんだよねぇ。ボクもボス見たかったなぁ」

「バッカだなジェミル、軽々しく言うモンじゃねーぞ? 人数多すぎてレイドをコントロールできなかったとか、平均レベルが低かったとか、それもあるけど。……マジで敵の火力が違いすぎたんだ。秒で死人が出る戦いだった」

「……うぅ、そうなの……?」

 

 俺の忠告でおどけていたジェミルも黙り込む。

 俺とていつまでも過去を引きずるつもりはない。ただ、このそばかす付き茶髪っ子は、普段は間延びした話し方をするくせにバトルになると好戦的になるきらいがある。この特徴は一長一短だ。

 必要十分な戦力があればプラスにはたらくし、敵の実力を見誤ればご愁傷となるからである。50層戦に向かうなら、どこかへ捨て置いた方がいい性格だ。

 

「あの~、ジェミルも今回ばかりは慎重にね。25層ボスがバグでなかったのだとしたら、規則的に見て次の波は間違いなくここだし」

 

 リーダーの意見に3人でうなずく。

 25層戦の悲劇は、調子に乗った討伐隊の玉砕特攻が招いた失敗、という理由だけではない。双頭の巨体ボスは異常なまでに強かった。

 

「もぅ、わかったよぉ。気は引き締めるってぇ。それより迷宮区も開いたみたいだしぃ、早速レジクレも乗り込んじゃうぅ?」

「そうだね。……あ、でも僕ちょっとポーション買っときたいな。前に買い溜めしてから補給無しでここまで来たから」

「あ~ゴメンよルガ。その辺任せっきりにしてたよね。じゃあ先にショップに寄ろうか。……そういえば、ジェイドはコリドー使った分、ガッポリ稼いでもらわないとな!」

「わあってるよ。次こそラストアタックでも決めてやるさ」

 

 そうと決まれば善は急げ。レジクレのメンツはゾロゾロと立ち上がり、会計を済ませて宿を出発した。

 向かった先はアルゲートのNPCショップで、主街区の中では比較的《ポーション》系が安価に販売されることで有名な店舗だ。

 ……だったのだが。

 俺達が宿を出発して数分後、当初の目的地に到着する直前に、大通りの片隅で修行僧がマッスルしたスキンヘッド男、巨漢黒人エギルがおやじ座りをして《ベンダーズ・カーペット》を開いているのを見つけてしまった。店を持っているプレイヤーが市場に顔を出すのは珍しいので間違いない。

 そんなムキムキなおっさんが、ギョロッとした眼球を向けてくる。

 

「なぁなぁ……俺らなんかニラまれてね?」

「そ、そうだね。まるで『買っていけゴルァ』と言わんばかりだね」

「なんかぁ、狙われてるって感じだよねぇ……」

 

 俺とカズとジェミルがほとんど意見を一致させてひそひそ声で喋っていると、ロムライルがごく普通にエギルに話しかけていた。

 

「あの~、お久しぶりですエギルさん。売り上げはどんなもので?」

「おいバカ……ッ」

「おお、荒稼ぎさせてもらってるぜ! 問題は寒さぐらいだ。ガハハハっ。どうだ、あんたらもなんか買ってかないか!? 前線くんだりまで顔を出しに来たんだ。ついでに攻略のことも話していってくれよ」

「ったく、おいロム。勝手に話しかけんなって。もうけてる店ってこたぁ、客が損してるってことだぜ」

「つれないなぁジェイド! お前さんは本当に攻略以外に時間をかけないやつだ」

「ケッ、ほっとけ」

 

 俺は肩を落として忠告するがもう遅い。ロムライルが積極的だったこともあり、相手は完全に商談モードに入っていた。

 そして我らがリーダーの悩みを思い出してしまう。ロムライル自身、「オレ、よく顔が怖いって言われるんだよね。ガン飛ばしてるわけじゃないから、普通に話しかけてくれればいいのに……」などとぼやいていたことを。

 きっとエギルに対して、なんとなく親近感を感じたのだろう。俺達常人からするとはた迷惑だが。

 ……いや、俺もヤクザ然とした目つきで損をしているか。

 

「ほらほら、買ってけ。1層からの戦友だろう? スキあらば店でも開いて物以外も売りたいんだ。協力してくれよ」

「まぁそーだけどよ……んん~……ん? なあエギル。これ、最近ウワサの《ハイポーション》か? HP残量に関係なく全快するっていう」

 

 エギルの言葉を軽く受け流しながらカーペットの上に敷かれたアイテムを眺めた俺だったが、その1つに目が止まった。

 注目したのは《ハイポーション》。色も形も通常の《ポーション》に酷似しているが、表面に印刷されるロゴマークのみ完全に異なっている。最高レベルのポーションすら上回る回復力が売りで、今のところすべてのプレイヤーの体力ゲージは、このハイポーション1つでどんな状態からも全回復すると言われている。

 

「よくそろえたな。つってもま、ハイポーションどころか《ポーション Lv10》でもみんな全快するんだよなぁ。しかもそんなギリギリまで追い込まれないし」

「甘いなジェイド。目の付け所がいいと思ったが、俺の見当違いか? 回復量だけじゃない。ハイポーションはさらに、その速度が増しているんだ。別物として見てほしいぜ」

 

 俺の意見に早速エギルが反論する。

 ポーションというアイテム。1層から存在する最もメジャーな回復アイテムの1つ。もちろん、ゲーム初期から多用されるアイテムで、低レベル層のプレイヤーでも購入できる値段である。

 では《転移門》を通して《はじまりの街》まで出向き、そこで大量のポーションを買い込めば最前線で回復し放題かと言うと、実はそうではない。なぜなら《はじまりの街》およびそれに準ずる街や村では、《ポーション Lv1》しか売っていないからだ。

 大抵の人間はこれで想像がつくだろうが、この安物ポーションは回復量が少ない。

 現在最前線にいる《攻略組》のHPは、ある種の《エクストラスキル》による最大値の増減や特殊防具のデメリットなどを鑑みても、少なくとも数値上は1万以上もある。

 そして《ポーション Lv1》での回復量は300。液体物はストレージの格納限界量を大きく圧迫するため、貴重な枠を割く価値はない。今の前線組は大抵《ポーション Lv7》以上の性能がないと燃費が悪いからだ。

 これは味覚エンジンの搭載された食料アイテムや、プレイヤーが寝泊まりできる宿や館にも同じ法則が適用される。

 かくいう俺も初期配布資金1000コルに比べ、レジクレに加盟する直前の個人用ストレージには20万コルほどの蓄えがあった。こうなると、物価の高い前線ではともかく、一桁層の宿に泊まり続ければ宿代なんてあって無きがごとしだ。

 しかしゲームデザイナーもそこは考えていたようで、低層フロアの宿は何日~何週間と纏まった日数分を一括で払わなければならない。これは非常に不便だと言える。拠点が主街区から迷宮区直前の街に移動した場合、小回りがまったく利かなくなるからだ。安かろう悪かろうというやつである。

 食事も同様。利用されたのは主に『指定時間要求クエスト』。低層でも味のいい物は用意されているが、金にものを言わせて旨い物が食いまくれるのではなく、時間をかけたクエスト報酬などでそれらにありつけるようになっている。あるいは使用回数に制限のある《調味料》を手に入れられるぐらいだろうか。

 なかには掘り出し物もあるが、記憶が正しければ1日数個、あるいは物によってユーザーアカウント1つにつき1回などの制限があった。

 結論。

 回復アイテム、食事、寝泊まりにおいて、金があるからと低層に降りて良い目が見られるわけではない、ということである。前線のフィールドに出てひと狩りし、その金を使って高階層でメシを済ませた方がよっぽどか時間短縮になるだろう。

 話は戻って件のハイポーション。どうやら回復量が最高なだけでなく、時間継続回復(ヒールオーバータイム)も短縮されているらしい。これは大きな進化といえる。

 聞こえはいいが、なんと言ってもバカ高い。エギルは商談中に自分の売るアイテムの欠点を話そうとはしないが、現段階でハイポーションに手を出すのは早計すぎる。

 

「つってもたけぇからな〜」

「そうだね、残念だけど。……あ、これはなに? 何層か前にも見たような」

 

 メンバー全員から《ハイポーション》への興味が削がれ、他の商品を眺めていると、カズは目のついた商品について聞いていた。

 そしてエギルは再び、玩具を見つけた子供のように目を輝かせて身を乗り出す。

 

「おうルガトリオ、お前さんもなかなかの慧眼だ。それは《テイラス・エイプ》の毛皮と骨素材だな。35層にいた《ドランク・エイプ》の上位派生……ま、中ボスだった大猿も、この層では雑魚mobさ。とはいえ、珍しい素材に違いはない。きみの《棍棒》カテゴリの精製や強化素材にも役立つ。もはや必需品だ!」

「いや、そりゃ言い過ぎっしょ……」

「まだまだあるぜ? こっちの《カウンター・パラキート》の羽根は、元を辿れば30層のモンスターだが、この層ではレベルが倍近くになって登場する。確かこれは……そうだ、ジェミルのダガーや細剣の各種長所を伸ばす。最前線のパフォーマンスでな! しかもこのロープライス!」

「おいスキンヘッド、落ち着け……」

 

 興奮気味の坊主はハイテンションだった。俺の冷静な突っ込みをほとんど聞いていない。

 

「さらにこれは、かの有名な大剣《ファントム・バスター》の入手経路、《グラットン・ゾンビ》のモンスタードロップ。こいつも倍以上のレベルで再登場していて、元々フラグmobだったからか相場も高い。それがこの価格で手に入るんだ。ジェイドもケチケチしてないでさっさと買え」

「なんか俺だけガチトーンで超怖ぇんだけどっ!?」

 

 ついでに目が狩る者の目だ。

 ちなみに《ファントム・バスター》とは過去に俺が愛用していた大剣だったりもする。とはいえ、騙されてはいけない。この剣は比較的強力だったものの、名を馳せるほどではない。

 おおむね、商人特有の優秀な記憶力が昔の装備を覚えており、元所有者の気分をよくしようという腹だろう。

 

「とまぁそれは冗談だが、どうだロムライル。なにか目に叶う物はないか?」

「う~ん……」

 

 エギルが話すように、50層に湧出(POP)する敵は懐かしいモンスター群だった。

 どんな法則かは知らないが、本層は過去モンスターをやけくそに強化したバージョンがわんさか沸いてくるのだ。

 開発コストを下げるために、デザイナーが骨格作りやモーションティーチングをサボっているようにも見えるが、それだけではない。初見のブレス、攻撃反応圏の拡大、変更された攻撃パターンや生態系、さらに武器持ちモンスターは最前線でも通用する上級ソードスキルの使用などなど。

 しかし、この遊び心はユーザーのニーズをきっちり捉えている。

 素材が一新されるということは、各々の愛刀が当時の形のままハイスペックなステータスで再び装備できるのだ。

 俺もこの粋な計らいには厨二心を存分に(くすぐ)られた。スペックを均等に上乗せされただけでなく、耐久値、切れ味、果てはデバフ効果など。色彩や銘の変化も兼ねて、作り込みが尋常ではない。

 なぜ茅場はこれを普通に販売するに留まれなかったのか。これほどの神ゲーがたった1万本の初回ロットで消えて無くなるなんて、開発に携わったスタッフも愕然(がくぜん)としているだろう。

 

「(そういやエギルが売ってる素材で武器作ったら、やっぱアレ(・・)も使えるのかな……)」

 

 俺の言うところの『アレ』。

 さらにもう1つ、ここ50層という地点から解禁された、プレイヤー用の嬉しいアドバンテージがあるのだ。

 『アレ』の正体、その名も《ペキュリアーズ・スキル》。

 本来ソードスキルとは、レベルに見合ったスキルスロットを消費し、実力に準ずる限られた数の中でやりくりしなければならない。例えば俺がレベル1だった頃に覚えていたスキル、《スラント》や《バーチカル》といった初級技を、俺はもう使えないのだ。

 いや、使えないという表現はやや語弊(ごへい)がある。宿に戻り、スキルスロット枠に再指定すれば、また使用可能にある。だが、今やその攻撃性能では通用しないため、貴重な枠を消費してまで使おうとは思わないのだ。

 設定できる枠に上限が定められている理由は、上級ソードスキルの冷却中(クーリングタイム)に他を無尽蔵に使えては、クーリングタイムが意味を成さなくなるからである。

 と同時に、似通った予備動作(プレモーション)が多数ある以上、動きを差別化し辛ければ、その分だけスキャナーにかかる負荷が莫大なものになってしまう。

 そういった事情から、新たに登場した新システムがこの《ペキュリアーズ・スキル》だ。

 直訳すると『固有技』だろうか。この層で入手できる多くの武器に登録されている。

 その実態は『当武器を使用中にのみ、発動の許された専用ソードスキル』のこと。ステータス覧からいつでも確認でき、ほぼすべてが非常に強力な仕様になっている。

 最前線では自分の担当する武器でなくても、上級ソードスキルの種類はだいたい押さえてあるものだ。なぜなら、モンスター側もスキルを使用してくるからである。最適対応するためにも技の記憶は必須。

 しかし、《ペキュリアーズ・スキル》はその名の通りオリジナルのユニーク技。初めて見るモーションばかりなのだ。

 この粋な計らいによって、いくら上級ソードスキルを使っても「あ、それ知ってる」と言われる現実から、「なにその技、すっげぇ!!」という反応に変わり、ちょっとした優越感に浸ることも可能になってきた。

 まとめると、50層で武器を買うことは49層以下のそれとまるで意味が異なるということになる。のだが……、

 

「んでも無理だから! 金ないからね、俺ら! またの機会にするよ。行こうぜリーダー」

「え、でも……仕方ないか。また来ますよエギルさん」

「ああちょっと待ってくれ。おいジェイド、最近キリトの奴見てないか?」

「あァ? キリトは……そういや見てねぇな。前線でもまったくだ。……もしかして、あいつを探りに前線まできたのか?」

「いや、顧客を特別扱いなんてしないさ。見てないなら……いいんだ……」

 

 どこか釈然としなかったが、それだけを言ってこの日は早々に彼の元を離れた。あまり粘るといつの間にかコルを吸収されるのが常なので、この判断は正しいはずだ。

 

 

 

 俺達はこの後、NPCショップであらかたの買い物を済ませ、ひたすら延々と続くレベリングと迷宮区マップの更新をした。

 こうして狩りまくっていたら、わざわざ素材を買い占めるまでもなく揃ってしまいそうだ。

 とそこで、俺はとある待ち合わせの時間となったことを確認し、戦闘の波が引いた瞬間を見計らって我らがギルドリーダーに声をかけた。

 

「わりロム。いったん街に戻っていいか? 俺これから……」

「ん? ああ、そう言えば今日だったね。ごめんごめん忘れてたよ。……あの~、気にしなくていいからね、行ってきなよ。こっちは適当に迷宮区を攻略してるからさ」

「ワリーな、埋め合わせは今度するさ。んじゃ行ってくるよ」

「いってら~」

「彼女によろしく言っといてね!」

 

 レジクレのメンバーに見送られて、俺は方向を変えながら歩を進めた。

 向かうは本層主街区である《アルゲード》の、さらにその中央広場にある《転移門》。《生命の碑》で確認を取らざるを得ない時以外は、基本的に近寄らないようにしている《はじまりの街》に用があるのだ。

 正確には黒くそびえ立つ《黒鉄宮》に。

 俺が……と言うより、多くのプレイヤーが1層に近寄りたくない理由は複数ある。

 まずは《軍》の存在だろう。主街区に建設された建物の1つを大ギルドが本拠地にすることはよく聞く話だ。例を挙げると、39層にある1番大きな館が血盟騎士団(KoB)のそれに当たる。

 だがあまりにも肥大化した《軍》は、1層の主街区そのものを活動拠点にしているのである。

 多くのプレイヤーにとって、《はじまりの街》に足を踏み入れることが、イコールで他ギルドの領地に土足で上がることと同義になっている。少なくともいい気分にはならないだろう。

 次は、去年に始まる悪夢の日を思い出してしまうからだ。

 『理由もなしに1層には行きたくない』。この考えは、おそらく今後もプレイヤーの中から消えることはない。

 

「(もうすっかり夜だな……)」

 

 迷宮区直前の街《プロアソート》から主街区である《アルゲード》へ。そして巨大な面積を誇る《アルゲード》の中央地点へトコトコ歩いていき、門を使って《はじまりの街》に到着する頃にはすっかり日も落ちて、空には広く染み渡るような常闇(とこやみ)が落ちていた。

 元々明日は冬至なのだ。夜の時間は年内を通して最長である。加えてメチャクチャ寒い。

 俺はブルッと一瞬だけ震えると、着込んだコートの(えり)を引き寄せて首をすくめたまま再度歩き出す。

 すると、会ってなにを話そうか考えているだけであっという間に目的地に着いてしまった。

 

「《軍》だよな? ああ、確かクロムオーラだっけか。久しぶり。……前アリーシャに面会を頼んだジェイドだ。所属は《レジスト・クレスト》」

「おおレジクレんとこの、本当に来よったのか。あと、わしは『クロム』でええぞ。……それにしても、お前さんも物好きやなぁ」

「……別にいいだろ。ほっとけよ」

「ホントは彼女なんじゃろ? な?」

「ちぃ~がうってマジで」

 

 「ガハハ、まぁそういうことにしといたる」と言いながら、クロムのおっさんと軍の連中は俺を《黒鉄宮》の奥へと案内し、牢が並ぶ場所まで連れてきてくれた。

 その手前、面会用の個室の照明が灯される。

 

「ここで待っておれ。彼女連れてきてやるぞぃ」

「ああ。……いやだから、彼女じゃ……」

 

 行ってしまったので俺の抗議は霧散(むさん)した。

 俺は味気ない、を通り越してなにもない真っ白な部屋で座って待つことにした。

 あるのは1枚の大きな透明ガラスと、その手前と奥に一対の椅子。俗に言う犯罪者との面会室だ。ガラスがイモータルオブジェクトである以上、またシステム的にズルや脱獄ができない以上、監視人すら必要のない部屋。

 だと言うのに、廊下では長槍まで持ったギルドメンバーが室内を闊歩(かっぽ)しているのだから、《軍》の『軍隊っぷり』も呆れたものだ。聞いた話だと人に階級まで付けだしたそうだから、どこかにそれに通じたオタクがいるのかもしれない。

 そこでガチャッ、と扉の開く独特な金属音がした。

 

「あ……」

「……よう、アリーシャ。……おひさ」

「よいな? 面会は最大でも10分じゃ。……ほな」

 

 それだけを言ってごつい短髪おじさんは席を空けた。見た目以上に喋りがじじくさいが、実際の歳はいくつなのだろうか。

 しかし、なんにしてもゲームの中とは思えない役人と役所具合である。警察官と警察署にある面会室が、遜色(そんしょく)なくゲーム界にダウンロードされたように錯覚する。

 アリーシャは金のログヘアを少しだけ手ですいてから、可愛らしく席に着いた。

 

「ああ……正面切って話すとアレだな。その……」

「なんて話をすればいいか……」

「そうそれ、アハハ。……あ~、その……前線が移動したんで遅くなっちまった。今日は近くに泊まるから明日の朝も寄るけど、それからはまたしばらく来れないかな」

 

 咳をして促すアリーシャに対し、俺はそんな風にしか切り出せなかった。

 

「まったく、いつ来るかって不安だったわ。もうすっかり日も落ちちゃったじゃない。罪な男よね、ジェイドって」

「ちゃんと来たんだ、文句言うなよ。……前の甘ったるい声やめたんだな。……ここから出たあともそのしゃべり方だと、みんな驚くかも」

「いいわよ別に。だってあれ、アタシが周りを欺くために……まあ、自分を飾るために無理してやってただけだもん。もうアタシには必要ないわ」

 

 俺は今日、アリーシャと会う約束をしていた。当然ロマンチックなあれやこれやではなく、あの日……11月18日深夜に投獄された彼女と、こうして《黒鉄宮》で会う約束のことだ。

 事件翌日の19日にアリーシャは《軍》に自首している。

 今まで《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に所属していたこと。詐欺、脅迫、殺人幇助(ほうじょ)……そして、直接手を下した殺人。初めて『ロックス』という男性プレイヤーを殺したその日から、今まで重ねた自分の罪を洗いざらい告白したのだ。

 彼女はその日に牢に閉じこめられた。やはり最も忌むべきレッドギルドの一員だったことは、それだけで許されざる犯罪者と扱われるからだ。

 しかし当然、俺はこの事実を広めるだろう情報屋、その最たる象徴であるアルゴ――ミンスがいなくなったことで俺が常用する情報屋はアルゴしかいなくなった――に会って「記事にするならなるべく穏便に書いてくれ」と頭を下げた。

 常に中立であろうとするアルゴからは嫌な顔をされたが、なにも一方的にアリーシャを(かば)いたいわけではない。

 彼女によって取り返しようのない被害を受けたプレイヤーないしギルドは、それ相応の報復を望むだろう。俺がその復讐心についてとやかく言うのは外野のヤジ、それこそお門違いな雑音(ノイズ)でしかないからだ。

 事実、ミンスを含めて有名なプレイヤーの裏切り行為が巷間(こうかん)に流れた時、彼らへの憤慨は爆発的なものだった。

 でも、それでも。

 アリーシャはPoHの元を離れて、あまつさえ自らを救った恩人に牙を剥いた。駄々をこねて騒ぐだけではない。俺や、ひいてはレジクレは彼女の行動によって命をつなぎ止めた。俺達の命の恩人なのだ。

 せめて、立ち直るためのチャンスをと訴えた。主観のゴリ押しは理解している。実害のない、むしろ助けられたレジクレからすると、彼女の行いは良いようにしか映らない。

 そういう意味では、被害者からすると「ふざけるな」の一言に尽きるだろう。

 

「……でも嬉しかったわ。アタシのために、被害者に頭を下げてくれたって。……あなたこそ、アタシの恩人よ」

「ああ、それか。ま、借りは返すってやつだ」

 

 答えつつ、1ヶ月前を思い出す。

 俺はやれることをやった。誠意を込めてできる限りのことを果たした。

 騙し討ちや売買詐欺にあった者、情報の無断漏洩をされたギルド、そして……帰らなくなった人の墓標の前で。

 俺は土下座をして許しを乞うた。みすぼらしく額を地面に擦り付け、体を蹴られようが後頭部を踏まれようが口答えせず、ひたすらに謝った。本人に浴びせるべき罵倒を、その吐き出しきれない慟哭(どうこく)を、一時的とは言え俺が代わりに受けとめた。

 俺はきっと、彼女が投獄されていなくても行っただろう。

 しかし無駄ではない。行動には意味が生まれた。

 俺の姿を見て、必死に説いた彼女の経緯を聞いて、死に死でもって償う虚しさをほんの少しでも感じたのかもしれない。代わって謝罪を繰り返した俺を見て、憐れむような同情が生まれたのかもしれない。

 1人、また1人とアリーシャを許してくれると申し出たプレイヤーが現れたのだ。

 全員ではない。

 だが俺は嬉しかった。少なくとも、命の恩人がただの『悪そのもの』という枠組みではなく、過ちを犯した心弱き犯罪者として扱われたことが。《軍》での更正具合によっては、隔離された白い牢からの解放すら視野に入った。

 危うく誓いを反故(ほご)にするところだった。どう言いつくろっても意味はない。俺がヒスイと私的な時間を過ごしている間、アリーシャが陰で動いてくれなければ、俺はかけがえのない人間を全員同時に失っていた。この事実は揺るがない。

 アリーシャには感謝してもしきれない。

 

「でも聞いてくれよ。俺なんか昔さ、ヒーロー気取りたくて、横取りしてでもボスにラスト決めようつってた時があんだよ。まだひと桁の層をウロついてた頃だったか。ホントは俺強ェんだぜ、的な」

「へぇ、それは初耳ね。それで?」

「とにかく目立ちたかったんだよ。二つ名とか付けられてさ、誰が見てもすぐわかるような。……んまぁ、不発だったけどよ。でも、今回のこれでなんかヘンな形で有名になっちまった」

「うっ……それはどうも悪かったわね……」

 

 ボリュームゾーンや最前線を問わず、俺は休まず走って謝っていたのだ。その希有な格好がプレイヤー間で物議を(かも)すのにそう時間はかからなかった。

 もっとも、俺は少しも気にしていない。体裁(ていさい)の崩壊が怖くてスカスカの頭を下げたりなんてしない。

 

「あやまれって意味じゃねーよ。なんも気にしてねぇから」

「じゃあ話題に出さないでください〜」

「あっ、ンのやろ。……よし、じゃあそのかわり約束だ。せめてここじゃモハン的に過ごせよな。早く外で会おうぜ?」

「ジェイド……」

 

 ヒスイが、カズが、キリトが、そして今はもうこの世にいないが、ミンストレルが。その他多くの人間が大なり小なり俺の正道を照らし、道に迷わなかったから、俺はアリーシャとガラスを挟んでこちら側に座っている。

 しかし他人事ではない。座る位置の差こそあれ、その中身に根本的な差はない。過去に犯した悪事が法に裁かれないのだとしても、俺がのうのうと暮らしていいことにはならない。

 

「……ホントに申し訳ないと思ってるわ。気にしてないって言うけど……アタシがあなたの格好悪い姿を見たくないのはね、あなたが……その、アタシにとっての……」

「……ん? とっての、なんだ?」

 

 いきなり殊勝な態度である。テンションこそ低けれど、先ほどまでの彼女にはどことなく元気があった。それが急に赤くなってしり込んでしまっている。

 

「ああもう、だからジェイドがアタシにとっての」

「ぅお~い、面会時間終わっとるぞ~」

「…………」

「…………」

 

 なんとなくクロムのおっさんが扉を開けるタイミングが、ジャストで最悪なものだったというのは理解できた。

 しかしなぜだろう、どこか救いの手でもあったような気がするのは。

 

「ん、んじゃあ俺はこの辺で……」

「まったく……はぐらかすのが上手いんだから」

 

 よくわからないことを言ってぷんすか膨れているが、アリーシャもうっすらと安堵の表情を浮かべていた。

 しかし退室も間近という瞬間になってから、彼女はわざと声を張り上げた。

 

「ジェイド!」

「ん? どした急に」

「あ~あのっ、えぇっと……そう! ヒスイさんとはなにもない!? デートとか行ったりしてない!?」

「ブフゥッ!?」

 

 ――空気と一緒にツバが飛び出たわ。

 まさか、人の前で大胆なことを聞いてくるとは。

 

「な、なんもねーよ! 結局うやむやになったっつーか、とにかくなんもねぇから! ってかトートツにナニ!?」

「アタシね……大晦日にはここを出られるって聞いたし、その……こっちもう大丈夫だから! だからジェイドは前を見て! 過去を忘れて、改めてここから出ましょう! それと、あの……アタシまだ諦めてないから!!」

 

 俺とクロムのおっさんは目をパチクリさせてしばらく彼女を見つめ続けていたが、俺が先に金縛りから解放されるとその言葉に応える。

 

「……ああ、約束だ。()でも会いたいもんな。望まないログインだったつーなら、俺がアリーシャをここから出してやる。この《アインクラッド》とかいうフザけた牢屋からな!」

 

 今度こそ笑って扉を閉めた。

 振り向くな……と、彼女は言った。意味は1つではないだろう。自分の方ばかりではなく、俺がやらかしたことばかりではなく。『人殺し』として生きるしかなくなった俺への、最大の慰めなのかもしれない。

 ミンストレルとタイゾウを殺した俺ではあるが、しかし『自己防衛』と『不可抗力』の認定を受けて牢には入らなかった。被害者であるヒスイが証人になってくれたことが大きいだろう。

 だが俺は悔いていた。

 なにも殺すことはなかったと。そのせいか、武器越しに伝わった、人肉を抉る(おぞ)ましい感覚は今もなお鮮明に思い出せてしまう。

 そんな俺を見て、彼女は励ましの言葉を送ってくれたのだ。だとしたら、俺にできることは早いところ攻略に戻ることぐらいだろう。

 

「(来てよかったよ……)」

 

 アリーシャにどんな心境の変化があったのかはピンと来ない。なぜか俺のことを人より好意的に見ているようだが、なおさらウジウジしてはいられないというものだ。

 

「(女の前でカッコつけたがるとか……)」

 

 俺は自分の単純すぎる思考を内心であざ笑い、《黒鉄宮》を出ると空を仰いだ。

 完全に日は落ち、目下がらんどうの漆黒だけが広がる。その空間は誰かの胸奥の象徴か、あるいは……、

 

「お前さんや、カッコつけるのはええが通行の邪魔だからちょいと横にずれとくれんか?」

「静かにしてくれよ! 今メッチャいい雰囲気だったのにッ! すっげぇ自分にトースイしてたのにッ!!」

 

 クロムのおっさんによる空気を読まない突っ込みのせいでだいぶノリが途切れたが、それ以上の恥ずかしさが俺に混み上がってきたのでさっさと退散することにした。

 

「ふむ、してジェイドさんや……」

「……あん?」

 

 しかし去り際、クロムのおっさん……いや、《軍》でジェイルの管理を任される責任者は俺の背に声を投げかけ、足を止めさせた。

 

「仕事がら変わった人間をたくさん見てきたが、ジーさんの戯言を聞いてくれるか?」

「30秒以内なら」

「見かけ通りケチんぼじゃのう。……お前さんのやったこと、カッコええ思うぞ? ……無様でも、全力で頑張れるってこたあな。ま、約束をしよったんじゃ。男なら果たせよう?」

「…………」

 

 俺がキリトやクラインと協力してオレンジ2人を捕まえた時も、やはりこのクロムオーラなる人物に預けられていた。俺はその時にも彼と2、3受け答えをしている。

 だからこそわかる。彼は事務的なことはそつなくこなすが、あまりプレイヤーと会話を楽しもうとしない男だということを。だというのに、珍しくベラベラと話すものだ。

 本当に、今日に限ってよく話す。もしかしたら先ほどの会話を聞いていたのかもしれない。

 

「立ち聞きとはシュミワリーけど……ま、その通りだな。それぐらい守るさ。だいたい他の奴とも約束してたんだよ。俺がこの世界をブッ壊す! ってな」

「……そうかい。じゃあまだまだ頑張らんとな」

 

 言うだけ言うと、俺はくるりと向きを変えて歩き出した。

 もう振り向かない。約束を果たすため、俺は今の1歩を踏みしめた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。