SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第54話 アインクラッドのクリスマスイブ

 西暦2023年12月24日、浮遊城第50層。

 

 日も落ちて深夜。あと1時間で日付も変わる。いつもなら静まり返っているはずの最前線主街区は、爛々と輝くランプやイルミネーションによって活気づいていた。

 しかし街の熱気に反し、気温のほどは非常に低い。冷えきった空からは白の結晶がしんしんと降り、赤青黄(トリコロール)色の街はホワイト一色になるまで積もっていた。俗に言うホワイトクリスマスである。

 積もる道を窓越しに見ながら、ワクワク感が溢れてくる。

 

「(うは〜降ってんなあ。あー雪だるま作りてぇ! あと壁作って雪合戦とか!!)」

 

 だが、この時期どこのギルドも忙しい。レジクレも忙しい。よそが浮かれている内に駆け足で実力を付けようと言う思惑もあるが、単に50層という数字が緊張をもたらすのかもしれない。

 あるいは年に1度のイベントを前に、寒さを忘れる熱い聖夜をお過ごしの方もいるかもしれないが……とにかく、忙しいのだ。

 もっとも、ゲーマーにとってクリスマスなど知ったことではない。なぜか本日空いていないかヒスイに聞かれたものの、「空いてない」と答えるのが真のコアユーザーと言うものだ。レジクレのみんなもここは我慢してそう答えろと言っていたし。

 しかしなぜだろう。現状に憂い、非常に悲しくなってきたのは。

 

「(いかんいかん。集中しねえと……)」

 

 今は客人が来ている。

 それは俺たちのお得意先である、情報屋のアルゴ。今日に限っては個人的に(・・・・)問いただそうとしている件もある。

 しかしなにも、本能的に女に飢えているがゆえ、彼女とビジネスをしているのではない。単純に彼女が売るフロアボスの情報はバカ安いのである。

 情報の重要さは今も昔も変わらない。《回復ポーション》、宿泊施設、食料など、過去において制約があるものと違って『情報』と言うのは毎月相場が変わっている。より正確には、その平均価格が高くなる一方になっている。

 それも道理だ。仮にゲームがスタートして間もない頃、あるプレイヤーの財産が千コルだったとしよう。『生存率を飛躍的に上げる貴重な情報』が千コルだとしても、おそらくそのプレイヤーは情報を購入するだろう。

 しかしプレイヤーの持つ財産が、平均10万コルほどまで膨れ上がるような層へ攻略が進んだとする。その層で『生存率を飛躍的に上げる貴重な情報』がたったの千コルで買える筋合いはない。単純比例なら10万コルか、それに準ずる膨大な資金が必要になるはず。

 攻略組なら知っていそうな情報が知れ渡らず、中層プレイヤーが重要な情報に手が出せなくて危険に晒される、という現実はこんなところから発生したりする。

 

「と言うわけで、オレっちから言えることはここまでダ」

「おい冗談キツいぜ、こっちはすでに金払ってんだ。ケチケチしてないで教えてくれよ」

 

 ついキツい口調になってしまったが、俺の内心ではフロアボス並みに気掛かりなことがあるからだった。

 むしろ、俺にとってはそちらの方が本命。

 だが彼女の「わからない」という、ぶっきらぼうな一言は誇張ではなく意外だった。

 

「ムチャ言うなヨ。調べても出てこないんダ。あるもので対策を考えるしかナイ」

 

 男でもデキて仕事をサボったのではないだろうが、攻撃パターンや姿かたち、取り巻き出現の有無までわからない。同じ説明を何度もしているのか、彼女もげんなりしている。

 『情報が錯綜していて何が正しいか判断できない』や、『部分的な事実であって全体像ではない』なんて状況でもない。

 まったくの不明。例層にない、大量のクエストが用意されている50層のどこを探しても、ボスについての情報がない。

 

「難しいとか強いとか、そんなものじゃないよねこれ……」

「そうだねぇ。SAOだとぉ、常識っていうかぁ……必要不可欠っていうかぁ……でも、それができないってことは……」

 

 ジェミルとカズは同時に苦い顔をする。創始者である茅場の思惑が、本格的に体現したことを実感したからだろう。

 無論、あのイカれた天才にとって、これはエンターテイメントでしかない。自分の箱庭で遊ぶ捕われの子羊達が飽きないよう、新しい刺激を与えているだけ。人が死ぬのはお遊戯の副産物である。

 強大な敵でもそのパラメータさえ教えてくれれば、いざボスを前にしても理不尽な納得こそすれ、恐怖にすくむことはない。ゆえに25層で大きなインパクトを与えた茅場は、この『ハーフポイント』で前回以上の演出を凝らしているのかもしれない。

 

「『わからない』ってのはな……ハードル上がるぞコレ」

「そうだナ。戦いが始まる前から心理攻撃を受けているみたいダ。それにこの層は、モンスターの出現にかなりスクランブルがかかっていル。大まかな敵の種類を予想することだって至難だゾ」

 

 リーダーも会話に参加こそしていないが、心の中では相づちを打っているはずだ。確認できることが少なすぎて、同じ感想しか持てないのだろう。

 

「時間無いからそろそろ行くが、他に聞きたいことはないカ? ま、答えれるかは保証せんがナ」

「ああ、オレからはもうないかな。あの~、いつも悪いね走らせちゃって」

「ナハハ、情報屋っていうのは足を使うのが仕事みたいなもんだしナ。してロムライルさんヤ、これからも《鼠のアルゴ》をごひーきに頼むヨ。あとジェイドはいい加減ハラを決めて彼女を幸せに……」

「なあアルゴ、ちょっと俺からいいか?」

「…………」

 

 釈然としない顔をしつつ、と言うより半ば呆れながらも、アルゴは一旦言葉を止めて俺の質問に耳を傾けた。

 しかし、からかいに付き合う気分ではない。俺としても乗り気しない質問だが、後回しにする時間もない。

 

「ボスから外れちまって悪いけどよ、例のイベント(・・・・・・)で……ちょくちょくウワサを聞くんだ。……だから確信が欲しい……」

「と言うと、《クリスマスイベント》のことカ?」

「……どっちかっつーとキリトのことだ。今あいつは何してンだ?」

「き、キー坊か……あいつは、その……」

 

 空気が固まる感触。

 アルゴの表情から余裕が消え、冗談めかしたノリもなりを潜めた。

 金も払わないで情報を引き出そうとするな、といったニュアンスではない。だが、俺とて場を悪くさせることを承知で聞いている。

 

「今日昨日の話じゃないぜ。ここ最近ずっとだ。あいつ、前線にもまったく顔見せてないみたいじゃねぇか。聞いた話じゃ、無茶なスピードでレベルアップ目指してるとか」

「こ……個人情報ダ……」

「……いーよ隠さなくて。目指す理由に心当たりがあるんだ……まさかアルゴじゃねーよな? あんなデマカセ(・・・・)をキリトに吹き込んだのは」

「ウっ……それハ……」

 

 口ごもるアルゴを見てほぼ確定的となった疑惑。その責任の矛先に対し、俺はどうしても苛立ち、強く問いかけてしまう。

 まことしやかに囁かれる、ゲームの根底を覆すレアアイテムの存在と、その水面下での争奪戦について。

 

「やっぱりか。《還魂の聖晶石》……人をよみがえらせるアイテム。……なあ、もう今さらだけど……何でそんな余計なことをした? 蘇生アイテムだぞッ!? 意味無いだろそんなの!」

「だって……ッ」

「だってもヘチマもない! ……キリトには、時間軸の問題をどう説明したんだ? ナーヴギアが電子レンジになって脳を焼くなら、『ゲーム的な復活』はなんの意味もない! ……フザけんな。《月夜の黒猫団》は死んだッ! そんぐらいわかってんだろ!!」

「それデモっ!」

 

 声に段々と怒気がはらまれてくると、対抗するように彼女の声も大きく、そして(すが)るような声色になっていた。

 

「キー坊は大量の金を差し出しタ! その時の顔を見たカ!?  1パーセントの可能性しかなくても、やれることをしたいト。オレっちは知ってることを教えるしかなかったんダっ! 教えたことは間違いカ? どうしてオレっちを責められル!?」

「ぐ……で、でも! アルゴも頭じゃ理解してんだろ? ここ(・・)で死んで、あっち(・・・)じゃ死なないなら、俺らはとっくにここから出れてる! こんなのっ、混乱するだけのウイルスだ! 意味がないんだ……だって、誰も報われねーじゃんか!!」

「ちょっ、ジェイドぉ……」

 

 ジェミルは一方的にまくし立てていた俺を遮り彼女を庇おうとしていたが、今回ばかりは下がるわけにはいかなかった。

 どんな思惑があれ、これではミンスとやっていることは変わらない。「死んだ仲間を救える」などと、ケイタを彼岸へほのめかしたあの犯罪者達と。目的に差異こそあれ、やっていること自体は変わらないのだ。

 

「ジェミルは黙っててくれ。目の前でケイタを殺された俺ならよーくわかるぜ。蘇生アイテムを前にした、ケイタの気持ちがな。だからあのバカ(・・・・)は死んだんだ。……自分がいながら、黒猫団を殺されたっつーキリトが……あいつが今、どんな思いでその蘇生アイテムとやらを求めていると思う!?」

「それ、ハ……」

「……ムダ死にになる人間を止めてやるのが、情報屋の仕事じゃないのか!!」

「ッ……クっ……」

 

 アルゴはそれを聞き、数秒だけ逡巡(しゅんじゅん)してからいきなり走り去っていった。俺が強く言い過ぎたのかもしれないが、しかし見当違いなことを言ったつもりは毛頭ない。

 それに、彼女がどう思ったのかは定かではないが、少なくとも事実から逃げ出したのではないのだろう。きっと何らかの行動を起こすはずだ。固唾を呑んで見守っていたレジクレも、その後ろ姿にあえて声をかけないでいる。

 それでも……、

 

「すまんみんな、俺もじっとはしてられない。あのイベントは確か今日だ。……けど、行かせてくれ。ケイタの二の舞にならないようにする」

「あの~、ジェイド。そうは言うけど、場所の見当はついてるのかい? オレもウワサぐらい聞いたことあるけど……」

「そうだよぉ、敵が来る場所はモミの木でしょぉ? 似たような木なんてゴロゴロ生えてたしぃ、その内のどこにキリト君が来るのかもわからないはずじゃぁ……それに時間だってあと1時間もないしぃ」

 

 確かに彼らの言う通りだ。ハナから競争率の高いイベントボス情報を今から集めていては遅すぎる。それに唯一といっていい情報源であるアルゴは、とても追いつけそうにないスピードで走り去ってしまった。

 だがまったく当てがない、というわけではない。

 俺は室外へ出られる扉まで歩くと、指を指しながら続けた。

 

「見たろ、アルゴは《転移門》の方向へ迷わず向かった。てことはたぶん、イベント場はこの50層じゃない」

「う、うん……でも……」

「聞けって。なにもボス位置を俺が知る必要はない。知ってる奴を知れりゃいいんだ。……てかアレだ、ひょっとしてアルゴ自身も予想ついてンじゃねェのか? アイツはプレイヤーがどんな情報を買ったか、その情報すら売買してたな。ってことは、質問が集中している人間を割り出すことは簡単だ……!!」

「わわっ、いきなりスゴく冴えてるね。どうして普段からやらないの?」

「うっせ、ほっとけ!」

「……でも、知ってる人に見当がついている。……確かにその通りかも」

 

 カズの太鼓判(?)も頂戴したところで、俺はメインメニュー・ウィンドウを開いてマップサーチ機能を作動させる。すると、そこには《フレンド登録》をしていている、ある人物の位置が赤い印でしっかりと表示された。

 

「よしこれでっ……これは俺のわがままだ。みんなにはメーワクかけたくない」

「まさか、また単独行動する気じゃ……ッ」

「ワリ、そのまさかだ! 今のキリトは俺の言葉すら届くか怪しい。だからみんなはここで待っててくれ!」

「ちょっと、ジェイド!?」

 

 カズの制止は聞かず、俺は部屋を出ると極寒の地を駆け、ひたすらウィンドウの示す位置に全力疾走した。

 しかし、この層の主街区面積は過去類を見ないほど大きい。もはや1層以来の大きさだ。いくら現実とは比べものにならない脚力をもってしても、下道を徒歩では遅すぎる。

 

「(ちっ、しゃあねぇか!)」

 

 トップクラスに面積が大きい《アルゲード》は、同時にトップクラスに建物が多い。猥雑(わいざつ)とした主街区には1層主街区(はじまりの街)のような大きな建築物こそ無いものの、宿や住宅、その他飲食店から遊技場など数多の店が攅立(さんりゅう)している。

 俺は廃屋の段差を利用して2度ほど跳躍すると、誰の家かも、どんな役割かも定かでない施設の屋根を伝い、それらを飛び移るように駆け出した。

 もちろん、かなりの非マナー行為である。だがこの際は手段は選べなかった。

 

「(どの辺だっけ……)……あ、みっけたッ!!」

 

 走り込むこと数分。ついに俺は探し人の元へと駆けつけていた。

 さらにアンチクリミナルコード有効圏内、つまりダメージが発生しないことをいいことに、俺は高低差のある屋根から勢いよく飛び出し、彼女の目の前に派手に着地する。不快な麻痺が両足を包むが例によって無視。

 すると、あたりの雪が驚いたかのようにフワッと舞い上がり、そのほとんどが着地地点間近にいた人物、ヒスイの全身にドバァッ、と大量に降りかかってしまった。

 

「あ……」

 

 まずい。これでは屋根の上からいきなり俺が現れ、辺りに積もった雪を蹴りでぶちまけたようになってしまっている。もはや個人的な嫌がらせの域だ。

 

「ンねぇえジェイドぉ? あ、あなたは何がしたいの……? もしかしてぇ、オシオキ大好きニンゲンなのォ……?」

「おっおお落ち着けワザトじゃない。そ、それに緊急なんだ。どうしてもヒスイが必要なんだよ!」

「え、それはどういう……?」

 

 全面真っ白になっているヒスイをパンパンはたいて、降りかかった雪を取り除いてやると、キョトンとしてなすがままだった彼女は改めて俺の方を見て聞いてきた。

 

「ねえジェイド、さっきの意味は?」

「重要な頼みがあるんだ」

「ち、ちょっと待って! いつかみたいに宿の交換はイヤよ? パンフを見てここのお風呂はおっきいって……」

「そうじゃない! じゃなくて、その……俺は会いたい人がいるって言うか、えぇっとこの場合何て言えば……」

「え……?」

 

 それを聞くと、ヒスイは何やら期待の眼差しを向け、左手で髪をとかしながら照れたように顔を伏せてしまう。

 

「な、何よそーいうこと!? 初めは断ってたくせに、そういうこと? もう、今さら急いであたしのところ来て……」

「え〜っと……?」

「ああでも、いきなり言われてもなぁ……あ、あたしにも準備と言うものが……」

 

 目じりを下げながらぶっ飛び勘違いをしているようだが、俺の目的は彼女がフレンド登録しているだろうアルゴの位置である。

 主街区広場に必ず設置された掲示板を利用して契約を引き受ける形を取り、フレンド登録を極力避けるアルゴ――影で私的な付き合いによる差別や賄賂がないことを証明するためだったような――であっても、同性同士支え合う彼女達がフレンド登録済みなのは以前の会話で予測がついている。

 見失った彼女が今どこにいるのか。少なくとも目指している地点さえ知られれば、後を追うことも不可能ではない。

 のだが、なぜだろう。なぜか俺は、地雷を踏みにわざわざ死地に赴いたような気がする。

 

「ああヒスイ……さん?」

「も~もっと早く言ってよね。女の子は化粧とかいろいろ時間かかるんだから。あまり夜遅いと美容に悪いし、それに」

「もしもーし、ヒスイってば! 俺はアルゴに会いたくて、その……場所を聞こうと……」

「さよなら」

「ちょっと待ってぇええッ!!」

 

 軽やかな足取りで180度ターンを決めたヒスイを止め、俺は何とか状況を説明した。

 人探しは労力を使う。新たな発見だ。

 

「ってわけで、どうしてもあいつの場所が知りたいんだ」

「……ふぅ〜ん……あっそう」

「へそ曲げずに……頼むって!」

「どうしよっかなぁ〜。プライベート情報だしなぁ〜」

 

 腕を組んでジト目な彼女は、事情を聞いてもとても不機嫌そうである。キリトの自暴自棄を止めるにはどうしても協力が必要だが、この態度を見るに一筋縄でいきそうにない。

 しかし、俺はあることを思い出した。

 

「あ、そうだ。こんな時だから忘れてたよ。ヒスイに渡したいモンがあったんだ」

「……渡したいもの?」

「やーほら、前から誘ってくれてたろ? もしかしたら機会あると思って買っといたんよ」

「へっ? な、なにを……?」

 

 アクシデントのせいで遅れたが、まさにうってつけのタイミング。

 俺がここぞとばかりにストレージを漁りだすと、ヒスイは少しだけ尖らせた口を緩めた。

 本日はクリスマスイヴ。攻略のせいで一緒に行動できなくても、会ってアイテムの交換をするぐらいの時間ならすぐ。ゆえに俺は、数日前からオフの時間を使い、慣れないアパレル店に足を運んでいたのだ。

 

「これ。戦闘用じゃないけど、手袋をさ。……その……ようはプレゼントだ」

「ウソ……え、これ、あたしに!?」

「おう。ケッコー悩んだんだぜ? レースの色、赤や青もあったけど、冬にはやっぱ白かなって」

 

 差し出されたレディースの手袋を見て、まさかこんなサプライズがあると予想していなかったのか、彼女の目はパチクリと開いている。

 手首に白いレースと、可愛らしい十字のベルトがアクセント。裏起毛(うらきもう)のそれは保温性も高く、外もしなやかな黒の(レザー)が使用されている。

 値は張ったが、店売りではこれがヒスイに最も似合うと感じた。

 という意図を汲んでくれたのか、両手で受け取った彼女の声はわずかに潤んでいた。

 

「う、う、うれしい! ありがとう、ホントに。まさかあなたまで、こんな……あっ、あたしもね! 実は用意してたの。……あの、これ……」

 

 彼女は耳まで赤く染めながら、赤いリボンで綺麗にラッピングされた長方形の白い箱をオブジェクトした。

 今度は俺が驚く番である。プレゼント交換なんて、こんな事態でなければきっと嬉し恥ずかしすぎて卒倒していただろう。

 

「うお……さ、サンキュー。開けていい?」

「うん……」

 

 鬼が出るか蛇が出るが、なんてこともなく、そのギフトボックスには長方形の編み物が詰まっていた。

 

「これは……へぇ、マフラー! メチャもふもふじゃん。どうしたんだ、これ?」

「えへへ。《裁縫》スキル持ってたら編んだんだけど、どうせなら質がいいのをあげたくて。……い、色……とかは、ジェイドが好きかな〜っていうのを……」

「マジ最高だよ! うはぁ、前の店で買わなくてよかった〜」

 

 基調は暗褐色で、柄の半分はストライプ。質感のあるウール。俺が常用する装備の色合いと、背負う大剣の邪魔にならない大きさを選んでくれたのかもしれない。

 彼女なんてモテモテなので、匿名で大量の求愛ポエム付きアイテムが郵送されているだろうが、まさかヘイトを貯めるのが得意な俺が、人からプレゼントをいただくとは。人生なにが起こるかわかったものではない。

 

「一生の宝モンだ。年中使うわ」

「あはは。でも、冬だけにしときなさい」

「そりゃ確かに! なっハハ。じゃあこの流れでアルゴの場所教えてちょ?」

「うふっ、うふふふふふふ……」

「なはははははっ!」

「うふふふふふふふふふふふふふふふ……」

「はは、は……あ〜〜……っと、その……」

「雪に埋めてやろうかしらこの男」

「ヤメテ! 言うて10センチも積もってないからヤメテ!」

 

 それほとんど土に埋めてる!

 なんて言いつつ、眉をヒクつかせこめかみにお怒りマークを浮かべつつ、事情を知ったヒスイはため息をつくと、これ以上の意地悪はしないでくれた。

 時間にして10分ほどだったが、これ以上は猶予がない。

 

「ほら、ここよ。……でも、またトラブルに首を突っ込んで」

「トラブルってわけじゃ……」

「あなたもお節介ね。あたし、自分の償いに人を巻き込んだことはないわ」

「……こいつばかりはヒト事じゃない。キリトん中でケジメがついてないなら、せめて俺ぐらい最後まで付き合ってやらねーと」

「……ふん。またそうやって……あたしを心配させればいいんだわ」

「すまんって。でも今日はありがとなヒスイ! 絶対いつか埋め合わせするから!」

「もうジェイドなんて知らない!」

 

 なかなか噛み合っていない言葉のキャッチボールを済ませたら、後は再び全力疾走。非生産的なコントで時間を少し食ってしまったからまた屋根の上だ。

 

「(またぞろおかしなウワサが立たなきゃいいけど……)」

 

 『クリスマスイブ』という、多くのプレイヤーが主街区で過ごす日の中で、俺は屋根から屋根へなんちゃってニンジャのように飛び移っているわけだが、これでまた不本意な知名度アップをしないことを祈るばかりである。

 

「(つーか恋愛にふけっているヒマがあんなら、その熱意を攻略に向けて励んでほしいもんだぜ……)……あ、女の攻略に励んでんのか」

 

 そこまで考え、ふと自分のことを棚に上げているように感じ、俺は考えることをやめて主街区の屋根を走り続けるのだった。

 

 

 

 50層主街区(アルゲード)から35層主街区(ミーシェ)へ、さらに主街区を飛び出してフィールドダンジョンである《迷いの森》へ俺は歩を進めていた。この方角がヒスイから聞くところの『アルゴが向かった先』だったからだ。

 だが様子がおかしい。ここに来るまでに40分以上は費やしたし、先にあったヒスイとの会話にも10分は使った。つまり、そろそろ深夜である。静まり返っていてもおかしくない時間帯と場所の割には人の気配がありすぎる(・・・・・)のだ。

 

「(フィールドがざわめいてるみたいだ……)……あっ、アルゴ!」

 

 草木に身を潜めていたのに真後ろから俺に声をかけられて驚いたのか、反射的に振り向いたアルゴは慌てて人差し指を唇に当てるジェスチャーをした。

 仕方なしに無言になると、俺は《隠蔽(ハイディング)》スキルを発動させつつ、滑り込むようにアルゴが隠れていた茂みへと突入する。

 

「声は抑えたつもりだったけどな。……てか、こんなところで油売ってどうしたんだ? キリトは……」

「シッ! どうやってオレっちを追ったかは聞かないが、今は黙ってみてロ。キー坊の後を追っていた《風林火山》と、さらにそれをつけていた《聖龍連合(DDA)》が会っちまったところダ。このままじゃ斬り合いになっちまうカモ……」

「ま、マジかよ……?」

 

 見ると、確かにそこにはアルゴの言うメンバーが勢揃いしていた。フィールドボスもびっくりだ。

 おそらく目的は同じだろう。風の噂で耳にした《ジ・アポステーター・ニコラス》、またの名を《背教者ニコラス》なるイベントボスを討伐せしめんと集った者達だ。

 あと数分で出現するだろう敵をいち早く討伐して、『ゲームオーバー帳消し』のレアアイテムを争奪する。

 しかしここはソロや小ギルドには出せない利点、トップ級かつ大ギルドであるDDAは、よもやの30人以上も引き連れている。どう転んだってキリトや《風林火山》では彼らの行動を止めることはできないだろう。

 

「どうすんだ、ありゃ……あっ!」

 

 突然、キリトが次のエリアに向けて走り出した。当然のようにDDAの連中は追いかけようとするが、今度は《風林火山》が彼らの前に立ちはだかる。数倍の戦力を誇る相手に対し、玉砕覚悟で《風林火山》だけで止めにかかったのだ。

 しかしこれでは、逆にキリトだけがボスの元へ到着してしまう。すると次はどうなるか。

 考えるまでもない。彼は単騎でもボスと戦うだろう。

 相手は《イベントボス》。層が持つテーマ、あるいは関連する物語やら裏設定やらを重視し、文字通りイベント日を優先して配置されることが多い。

 つまり、層に見合わないほどの強力なモンスターが平気な顔で出現してくるものなのだ。万が一のことがあれば、無茶なレベリングを繰り返したキリトでさえあっさり返り討ちになりかねない。

 止めなければならない。早急に。

 俺は隠れるのをやめて広場へ飛び出した。

 

「キリト行くなッ!!」

 

 役者は揃ったとばかり思っていたのだろう。

 あらぬ方向からの大声で、エリア移動直前のキリトも足を止めてこちらを向いた。おそらく最後のチャンスだ。

 

「聞けキリト! 蘇生アイテムはウソっぱちだ!! あのギルドはもう帰らない! テメェが1番よくわかってるはずだ! くだらねェ妄想なんだよ、キリトっ!!」

「ッ……うるっせぇよ! くだらなくない! ジェイドは何もわかっちゃいない!! サチを裏切った俺は、1人でも行かなきゃいけないんだッ!!」

 

 それだけを言い残し、2度と振り返ることなく一気に走り抜けていった。

 『サチ』なる人物が誰なのかは、ほんの数時間だけ懐古談に興じたケイタから聞いたことがある。キリトとの深い関係までは知らないが、その女となんらかの約束をしてしまったのだろう。そして、結果的に裏切る形となり、彼ら全員がこの世を去った。

 だが、理由がなんであれ俺はキリトを止められなかった。ケイタの時同様、また止めることができなかった。この既視感が嫌な予感を助長させ、じわりと広がる悔しさが背中に重くのしかかる。

 

「くそッ、追わなきゃ! あいつを追わなきゃいけないんだ! ジャマすんなテメーらっ!!」

 

 しかし立ち塞がるのは《風林火山》とDDAの乱戦。コントロール不能の戦場を俺だけが体よく切り抜けられるはずがない。そしてプレイヤーというのは、一騎当千のような圧倒的戦力を得ることはない。同レベルなら2対1でも少数側は勝ち目が薄いだろう。

 勝手な都合で戦線を突破できる道理はなく、俺は波に呑まれるとあえなく抜刀しつつ応戦した。

 物量の決定的な差からか、俺の相手はもっぱらDDAのようだ。だがそれでもこの最大級ギルドは余裕があるのか、手持ち無沙汰なプレイヤーすらいるほどである。

 

「ジェイド! 説明は後だ、オレたちも加勢する!」

「なッ、ロム!? それにみんなも……」

 

 ここで、突如エリアを移動して現れたのはレジクレの残り3人だった。

 リーダー兼タンクことロムライルと、サポーターのジェミル、ダメージディーラーのルガトリオ。全員が完全武装で突撃してきた。

 

「へへっ、元からギルド登録者のサーチをしてたからねぇ。ジェイドの行動は筒抜けだったよぉ?」

「それに君1人じゃ何もできないで……しょッ!!」

 

 けたたましい金属音と共に、俺に迫りつつあった多くの凶器は一時的に遠退いた。

 元から定められていたコンビネーションアタックをアイコンタクトだけで済ませると、俺達レジクレは《風林火山》に加勢する形で勢いを取り戻す。

 もとよりレジクレ、並びに《風林火山》には独自のネットワークがある。この協力体制は事前に話し合っていなくとも自然となり立つ。

 

「ちっ、なんでお前らはあんなソロ野郎に加担する!!」

 

 そこでDDAの副長でもあり、指折りの実力者でもある『エルバート』が前に出て剣を構えてきた。

 オールシルバーの眩しい髪が左側だけ大胆に掻き上げられ、右に垂れるひと房の三つ編みをいじるのがクセのナルシスト。しかしこいつの人望と実績は伊達ではなく、意外にも奇策に頼らない堅実な戦いを好むため、敵に回すと精神的にも厄介な相手だ。

 という内情について、ソロ時代に本気で加入を考えたDDAのことはある程度知悉(ちしつ)している。

 

「友人だけは情が移るか!? だとしても、アイテムは1つ……あの男のストレージにしかドロップしない! まるで割にあってないだろォがッ!!」

「副長の言うとおりだ! あいつはあの『ビーター』だぞ!? 知らないとは言わせねぇ。それを庇うのがどんなことかわかってんのか!?」

「く……じゃあ、あんたらが剣を引けよ! 俺があいつを止めてくるっての!!」

「そうだそうだ! ビーターは関係ないし、それに陰口する人は嫌いだ!」

「えぇいうるせぇ!! そんな戯れ言を信じられるかッ!」

 

 無意味な言い争いを終え、また各々がその手に持つ愛剣を振り回す。

 レジクレ、DDA、《風林火山》。攻撃を受けた順番にもよるが、そこにはグリーンとオレンジのプレイヤーアイコンが乱立することになる。

 

「うおぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 男達の雄叫びは、何十という重なりを持って暗影の闇に鳴り響いた。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 それから30分後。

 やはり人数差が倍以上離れていたからか、リンドとエルバートが指揮する安定したポットローテーションの前に苦戦し、俺達レジクレと《風林火山》の混合部隊は見事に惨敗した。ついでに、奴らは少なくない量のアイテムを俺達からかっさらって立ち去っていくことになる。『見逃し料』というやつで、本気で拉致されたくなければ従うしかない。

 そして、おそらく今から討伐に向かってもボスが出現する『1時間』という制限を越えると考えたのだろう。プレイヤー同士の戦いが終わると、DDAはキリトやニコラスではなく、レア物を諦めて主街区の方向へ歩いていった。

 しかし、奪われたアイテムなど問題ではない。

 

「ハァ……ハァ……結局……帰ってこなかった。……クライン、そっちでも確認してくれ。キリトは……生きているか?」

「ゼィ……ああ、生きてる……ハァ……あいつは死んじゃいねぇ」

「よかっ、た……ハァ……本当によかった……」

 

 キリトの安否、それだけが不安だった。

 その朗報を受けて俺はようやく安堵すると肩の力を抜く。もう長いこと筋肉を強ばらせていたような感覚だ。

 

「ねえジェイド、キリト君は蘇生アイテムを手に入れたと思う?」

「……これだけあったんだ。相応にシンピョー性が高かったらしい話だ。何らかのリワードがねぇとな……」

 

 息も整いだすまで時間が経過して、ようやく《索敵》に1つの反応。キリトのものだった。

 だが喜ぶのも束の間。視界に入るほど近づいたキリトには生気がまったく感じられず、何もかもを失った幽霊のような存在感だった。

 

「キリ……ト、オイどうした。まさか何もなかったってのか?」

「…………」

「なあキリト、何とか言ってくれ……」

「じゅう……秒だ」

 

 俺の声を遮って、次にキリトの口から発せられた声色は異常に(しわが)れた雑音に近いものだった。

 

「死んでから……10秒以内のプレイヤーを……復活させてくれるアイテム。……それが報酬だ……」

「たったの、10秒……? それが発動条件か……」

 

 それが、プレイヤーの体力ゲージがゼロとなってからSAOのソフトがそのハードへ信号を送り、《ナーヴギア》が感知して高出力マイクロウェーブを脳内に流し込み、人体を死に至らしめるまでのおおよその時間。

 やはり半年も前に失った人間を蘇らせることなどできやしなかった。わかっていたがこれが現実だ。

 俺とてそのアイテムは『死者を完全な形で甦らせる』ものではなく、『所有者の死を身代わりに引き受ける』程度の、よくある身代わり札のようなものだと思っていた。

 

「ごめん。みんな……こんな俺のために。ジェイド達も……でも俺はなにも……」

 

 キリトはその場に両膝を着き、両手で心臓をかきむしるようにしながら(こうべ)を深々と垂れた。

 今は亡き《月夜の黒猫団》への謝罪でもあるだろうその痛々しい姿は、さながら俺がしばらく前にアリーシャのために行ったそれと重なって映る。

 

「ツラ上げろよキリト。わかってるって、誰も責めやしねぇ。……けど今回限りにしてくれ。これできっぱり死んだ奴はあきらめるんだ。たとえ誰のためでも、自分の命をおざなりにしていい理由にはならない。だろう?」

「…………」

「俺達はこれからオレンジになったメンバーのカルマ回復クエストに行く。その手伝いをしてくれよ。……そんで全部チャラにしよう。全部な……」

「……ああ。あり……がとう」

 

 ようやくキリトも納得したのか、少しだけ頷いてレジクレと《風林火山》の後ろについて来る。

 俺だけが勝手に話を進めてしまったが、他の誰もが文句を言ってこなかった。仲間意識があるとは言え、やはり根っからのお人好しメンバーなのだろう。

 

「まったく、おまえさん達を見てると心臓に悪いヨ。特にキー坊はナ」

「アルゴ、来てたのか」

 

 草むらからひょっこり顔を出したアルゴに、初めて認知したキリトがそう漏らす。戦闘員でない彼女は隠れるしかなかったのだろう。

 

「アルゴいたのかよ~、助けを呼んでくれても良かったろーに。薄情なやっちゃ」

「無茶言うなよクライン。こっから最寄りの街マデ、敵を回避したらどれだけかかると思ってるんダ。……いつも同じ……オレっちはいつも送り出すことしかできない弱小者サ。自分では何もできないヨ……」

 

 なんだか男が囲んで女を虐めている構図になってきて、アルゴは叱られた犬のようにしょんぼりしてしまう。

 そして性別的カースト制度の優劣関係がはたらき、非難するような視線は自然と赤髪無精髭の男に集まった。

 

「泣かした……」

「リーダーが女の子を……」

「あ~あ、やっちゃったやっちゃった」

「ちょっ!? いとも簡単に手のひら返しやがって! おめーらはもっと薄情だよちくしょう!」

 

 俺は気づく。やっとこさキリトがクスクスと笑っていることに。

 彼のこういう性格は、キリトのように思い詰めてしまうタイプの人間にはどうしても必要なのかもしれない。事実、先ほどまでの暗い空気を明るい雰囲気に変えたクラインの行いは偉大だ。計算づくならなおいいのだが。

 

「(何にせよ、解決して何よりだ)」

 

 殺伐とした浮遊城で俺達はクリスマスを迎えた。

 だが決して不幸なわけではない。両手いっぱいの幸せを、煌めく雪が祝福してくれているかのようだった。

 

 

 


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