西暦2023年12月27日、浮遊城第50層。
目を染める純白の圧力。
会話の途中、光とも輝きとも言えない白の塊が《ザ・スラウザー・オブ・センジュレンゲ》を囲うプレイヤーを襲った。
「なっ、なんだァ!?」
「うわッ!? な、なにも見えないぞっ!!」
「ボスの攻撃だっ! ヤバい、視界が奪われた! 誰かくらってない奴前に出ろ!」
「落ち着け! ブラインドネスだ! 皆慌てずその場で防御態勢を取れッ!!」
稲妻を間近で見てしまったように、鼓膜すら機能を停止する勢いで閃光が広がったのだ。
憶測、なんて遠回しな表現はよそう。50層フロアボス、センジュレンゲによるデバフアタックだ。
SAO史上最悪とまで囁かれたバッドステータス、《
濁った液体物を吐く両生類、物理的に顔を覆ってくるスライム系、辺りに煙を
「くそッたれ、まさかボス級の奴がこれをっ……おい! ボスと反対方向に走れ! みんな走るんだ!!」
擬似的な闇のなかで俺は叫ぶ。いつ、どのタイミングでセンジュレンゲが攻撃をしてきたのかは把握できなかった。だがソロ時代に俺がこれをくらった時と同じように、目の見えない状態での最も効率のいい対処法を隊員に伝える。
盲目状態になってしまったら、プレイヤーにできることは姿勢を低くして一目散に逃げることだけだ。なぜならメインメニュー・ウィンドウですら、それを開こうにも操作がまったくできないからだ。リンドは「防げ」と言っていたが、剣の物量から『防ぎきれない』ことはすでに実証されている。
「ガァああああああああああッ!?」
「やめてぇ! やめてくれぇえええええ!」
「ちくしょう、離しやがれ! やめろよこの野郎!!」
暗闇が不安を加速させる。距離を空けなかったプレイヤーが、次々とセンジュレンゲの餌食になっていることが《聴音》で把握できた。
魔法攻撃のない世界において、『視界の消滅』は戦闘そのものを否定する。
「やべェぞおい! 始動も見えなかったのか!?」
「誰かなんとかしやがれッ!」
「
飛び交う罵声も、ほとんどとりあえず叫んでいるだけなのだろう。
それに《聴音》で聞き取れる限り、センジュレンゲは次から次へとソードスキルを発動連発している。8本という剣の量からか、時おり音が重なって聞こえるほどだ。
だが焦りでみんなパニックに陥っているものの、デバフアタックの中で《ブラインドネス》は比較的に効果持続時間が短い。解除されてから反撃にでるしかあるまいが、そんなに長くは続かないだろう。
という予想を、このボスはいとも簡単に崩してきた
「くそっ、やっと見えてきた。時間にしてだいたい20秒ってところか」
「けど……こんなの、長すぎるよ……」
短い……はずだった。気のはやる思いで効果終了時を待っていたが、相当な時間が経過していたのだ。
そもそも1秒ほど拘束される
それが20秒。これを受けてしまったら一時的な戦線離脱は免れないだろう。
「うわぁああああ! うわぁああああアアアああああああッ!!」
突然、近くにいた奴の凄まじい音量の絶叫が響いてビクリと体を反応させてしまう。
そして声の方を向くとそこにはSALのリーダー、アギンの姿があった。声の主は彼だろう。
「アギン……っ!?」
その後の言葉は俺の喉を通らなかった。
見えてしまったのだ。彼のパーティメンバーが、刀とレイピアに腹を貫かれて宙釣りになっている。
HPゲージの先端部分は……、
「や、めろ……」
バーの左端へ。
「やめろォオオオおおおおおおッ!!」
しかも1つではない。一気に4つほども聞こえてきたのだ。
『キカァアアアアアアアアアッ!!』
初めてボスが声を荒らげた。
降り注ぐ大量のフラグメント。
討伐隊はその気迫に萎縮してしまった。
先ほどガラスを一面に投げつけたような音が発生した。これが意味するのは死者の数だ。多くの隊からゲームオーバーとなったプレイヤーが発生し、それらの発する爆散エフェクト数。
「な、あの一瞬で、こんな……」
「どうやって複数のプレイヤーを……こんな短期間で!?」
「……ぶ、ぶっ殺す! ぶっ殺してやるぞ! レイアンの仇をォおお!!」
「待て、冷静になるんだ! 隊列を乱すな! D隊は前に出てヘイトを稼げ! 戦線を保ちつつG、H隊はボスを囲んで動きを止めろ! いや、G隊はお前らんとこのリーダー押さえつけてろ! 俺が出る!!」
リンドも必死に指示を飛ばしているが、その言葉の端々に苦境を反映するような汚い苦言が混じっていた。
彼の隊からも被害者が出ているからだろう。
しかし、俺もじっとしてはいられない。
「リーダー! レジクレとみんなを頼む! 俺はアギンの奴を止めてくる!!」
「あ、ジェイドぉ!」
カズの制止を聞かず、俺は一直線に赤メッシュ男まで走ってきた。端から見ても、我を忘れて激昂している。
ギルドメンバーが目の前で殺されたのだ。その気持ちは痛いほどわかるが、同じパーティにいるヒスイの手すら叩いて退けている。
「アギン落ち着け!! 1人で行っても勝てない!」
「るっせェ! 他になにができる!? お前も同じことをするはずだッ!!」
止めようにも、なんと武器で腕を振り払われた。
ダメだ。俺がなんと言おうとアギンは止まらないだろう。完全に自分を制御できていない。
「おい、おかしいぞ! ボスのダメージがなくなってる! 奴は体力を回復している!!」
「なにッ!? どうなってやがる!?」
誰かの声により討伐隊がセンジュレンゲのHPゲージを確認した。
すると、確かにボスのゲージは全快寸前まで回復していることが見て取れた。つい数分前に間違いなく最上段を1本飛ばしたはずなのに。
「どうなってんだ……このボスはッ! おいリンド! これ以上はどう考えても無理だ! この情報を持ち帰ることを優先しよう!」
「……わかった。討伐を放棄するっ!! 撤退を開始しろ!」
「て、撤退だ! 撤退戦に入るぞ!」
「後退命令! 戦列を組み替えるぞ!」
「もたもたするな! D、E、F隊は前面に展開しつつ奴の進行を妨げろ! G隊から順に現フロアを脱出! 繰り返す! 撤退命令が出ている!」
主戦力隊からもそのような意見がすでに上がっていたのだろう。リンドはほんの少し
だというのに、リンドは討伐を諦めた。彼も本能で引き時を悟ったのかもしれない。
12月27日、あまりにも悲惨な結果が
◇ ◇ ◇
「勝てなかったね。楽に勝てる相手とは思ってなかったけど……」
「まさか最終的に1段目すら削れないとは。しかも今回は事実上の偵察。それで4人も死んだ。……あのボスはいったいなにを使ったと思う?」
その日の夜に行われた、レジクレの定例ミーティング。
しがない喫茶店のテラスでディスカッションは行われた。寒さは近くの暖炉が帳消しにしている。
そして俺としては、メンバーを殺されたアギンやフリデリックのことが心配でならなかった。数人では相手にならないと知っているはずなので、よもや知人を集めて復讐に行くとは思えないが、なんと言っても長い間苦楽を共にした人間の喪失だ。その絶望感は
「デタラメに長かった8本の腕じゃなくてさ、人間大の大きさの腕って確か4本あったよね? 体の前で組まれてたけど、アレってなにか意味あるのかな?」
「あると思うよぉ。だってその内の2つにアイテムが握られてたもん。あとぉ、右手に持っていた透明な円筒形からぁ、液体が少し減っていた気がする」
「ああ、あの緑の水筒みたいなのね。アレ液体だったのか。よく見えたね、あんな小さいの。……あの~ジェイド? 話し合いに参加しよう?」
「あ、ああ。……悪い。やっぱアギンの……ほら、
「う~ん、彼らか……」
俺にとっては4層からの知り合いだ。 殺されたレイアンのことだってある程度は知っている。不器用で、肥満体質で、仕事が雑で、努力も空回りしがちで、それでいて仲間思いのいい奴だった。
SALは「明日は参加しない」と言っていたが、しばらくした後、参加しなかったことを悔やみそうで怖くなる。フロアボスに仲間を殺された場合、復讐を為し遂げ手向けを送る機会は、プレイヤーには1度しか与えられていないのだ。
あの時もう1度討伐に参加していれば、なんて言い出す日も遠くないだろう。
「ジェイド、気持ちはわかる。けど参加は原則有志だし、あとは彼ら次第だ。あとで後悔することになったとしても、ね」
「そう……だな……」
ロムライルの言う通りだ。アギン達には悪いが、対抗策を講じて次の戦いに備えた方が実りのある会議となる。
俺達のため、あるいはソードアートにいる全プレイヤーのために。
次のボス戦は明日。主導はDDAに変わってKoBが請け負うらしい。いや、DDAは主導を譲るどころか参加を辞退するという噂を聞いた。それが事実なら、明日の戦いに参戦表明したプレイヤーの総数は、俺達を抜いて40人前後まで減る計算になる。
おそらく『死者が4人も発生し、ボス討伐も失敗した』という事実が足を引っ張っているのだろう。DDAも席を譲ったと言うよりは、難題を他人に押しつけたという意味合いの方が強い。
「実質的な『閃光弾』と『体力回復』。死角なしで、挟むも囲うも効果は薄い。背中からは8本の長い腕と各種剣。使ってくるソードスキルは数えられない。……やんなっちゃうね。なんとかして『閃光弾』の前兆を発見して、目をつぶって《盲目》を回避したら、そこから地道にやってくしか」
「う~ん、その『体力回復』って言うのも実体がないしねぇ。どうにかして阻止できれば攻略は一気に楽になるんだけどぉ」
「ん、ちょっと待て。……あれアルゴじゃね?」
いつも路地の端でコソコソとしているイメージが強い彼女だったが、大通りの中心を爆走する姿は見間違いではなく、《鼠》と名高いペイント女が遠くから近づいてきた。
「ヨ! 久しい……ってほどでもないナ。ちょっといいカ」
「どうかしたんです? あ、ボス戦のこと聞きたいのかな?」
「いや、来た理由は逆ダ。ボス戦の最新情報が手に入ってナ、これを売りに来たってわけなんだガ」
『買う!!』
4人即答。ついでにみんなでハモった。
「そう言ってくれると思ったヨ。けど、悪いが1万ダ。出費がかさんだカラ、ちょいとばかし元取らせてもらうゾ」
「うげ……アルゴにしちゃ高ぇぞおい……」
「わかった、お得意さんだしナ。多少はまけとこうじゃないカ。……まず今回センジュレンゲとやらが使った目潰し技は《スペース・エリアウト》。効果発動の見分け方は左手に持つランタン型のアイテムダ。発光直前に赤く点滅してるらしいゾ。ついでに発動してから3秒ほどで目を開けてもよくなるみたいだナ」
「な、なんでそれを!? あの時レイド内に被弾していないプレイヤーが!?」
これには俺も驚いた。この情報がアルゴの元へ辿り着いたということは、討伐隊がその事実を黙っていたことに他ならないからだ。
新たなクエストが発見された可能性もなくはないが、やはり隠匿していたと考えるのが現実的である。
「いや、全員が被弾シタ。ただ、プレモーションを見破った奴が少なからずいたってわけダ。例に漏れずDDAだヨ。まったく、どこまでいっても我欲優先な奴らサ。己のギルドから脱落者が出てるってのにナ……」
「まぁ、あんま言ってやるな。ありゃ例外だよ。あいつらが出す戦死者は少ないし、そもそも率先してボスへ挑んでくれたんだ。むしろ死人出してまで慈善事業はしたくねェんじゃねぇの?」
俺の意見にアルゴも黙り込む。
しかし、彼女は納得しきっているわけではないようだ。時と場合によっては、彼女自身が利害勘定を無視して情報を渡している節もあるからだろう。
「……あの~アルゴさん、1つ聞きたいんだけど、明日の主導権はKoBが握ってるんだよね?」
「ボス戦のことカ。主導権どころかDDAは参加しない方針だゾ。あとは好き勝手やれって意味じゃア……ウム?」
「気付いたみたいだね。これはなんか企んでるぞ〜」
ロムライルとアルゴは神妙な顔になっているが、俺やその他の人間にはハテナ状態だ。
「へいへい、なにがどうしたって? 俺らにも理解できるように話してくれよ」
「ロム、なにか気付いたの?」
「……ああ、不自然なんだ。ルガはDDAがなぜボス情報を隠そうとしたと思う?」
「そりゃあ、自分達がラストアタック欲しいからに決まって……あ、でも参加しないって変だね……」
「そう、彼らがボス戦に参加しないのだとしたら」
「……隠すメリットは、ない……?」
鈍い俺でもさすがに理解した。
確かに彼らの指摘通り、再攻略をするうえで敵の行動パターンを知っているというのはアドバンテージだ。戦術指導者が有能なら発言に説得力が生まれ、ラストを決められても文句は出ない。DDAがそれを独占できたとしたら
「言われてみればおかしイ。オレっちが正規ルートで手に入れられなかった時点で不審に思うべきだったヨ」
「ああ。参戦しないなら、早いところ情報を売ればいい。高くつくだろうし、そんなの持っていても仕方ないからね。……しかしそうしなかった。と言うことは、DDAはまだラストアタックを諦めていないのかもしれない……」
まさかKoBがボスを倒しそうになったらそれを妨害するつもりだろうか。だとしたら相当タチが悪いし、だとしなくても気味が悪い。
「あの~アルゴ、もう3万……いや、5万出す。追加でオレの依頼を受けてくれないか?」
「ちょ、ロムぅ!? そんな金額……」
「内容によるガ、コルだけ積まれてもできないことはあるゾ。そりゃ力にはなりたいけどサ……時間もないシ」
「なに、追加の方は難しくない。DDAの企みを調べあげて欲しいのと、それをなるべく低価格で攻略組に広めて欲しいんだ」
「それってDDA宅にUターンしろってことダロ? 十分難しいヨ。それに、悪巧みに気付いてると公言してるようなもんダ。10万はないと動けないし、さっきも言ったが時間がナイ」
「う~ん……」
ロムライルもなかなか引きそうにない。
ハーフポイントとはいえ、DDAにラストを持っていかれるのがそんなに我慢ならないのだろうか。それとも別の考えがあっての行動か。
「10万、出そう。……依頼内容はDDAの参戦方法。できれば報告は欲しいけど、まずは明日のボス戦に参加しないって人に低価格で売ってくれ。隊からはゲームオーバー出した人もいるしね。オレの予想が正しければ……」
「まあ、とにかく了解しタ。成功報酬10万で間違いないナ? オレっちはすぐにでも行動に移すヨ」
「頼んだよ!」
ダッシュするアルゴを見送るレジクレだったが、しかし満足顔なのはもっぱらロムライルだけだ。他のメンバーは納得していない。
筆頭の俺はため息まじりに答えた。
「はぁ〜またおせっかい体質がでたぞ。定期的に俺がリーダーやった方がいいんじゃね?」
「ねぇロム、張り切りすぎなくてもいいんだよ? ギルマスの方針っぽいから黙ってたけど、10万コルって言ったら相当な額だし」
「討伐の成功率を上げるためさ。利用されるだけが嫌だからこっちも利用しようっ、てとこかな。それにDDAにいいとこ取られるのも面白くないだろう?」
相変わらず格好いいこと言っても音質が高くてソプラノ声では締まらない。
それに、なにがなにやらさっぱりだ。俺の頭が悪いのかロムライルの頭がいいのか、はてさて。
「とにかく、ミーティングはお開きにして今日はもう休もう。センジュレンゲ相手に寝不足というのもマズいしね。フォーメーションや役割も、たぶん今日のままだと思うし。各自、しっかり睡眠を取るように」
これだけの合図でその日のミーティングはお開きとなった。
疲れがとれないのは確かにまずいと無理やり納得し、その日はおとなしく床につくことにした。
翌日、12月28日。朝10時を少しだけ過ぎた極寒の午前。
降り積もった雪の上を、耐寒装備を施した討伐隊が過ぎ、そして迷宮区の最奥部で佇んでいる。
前日に比べ、役割を含めて各所かなり変更点がある。
まずレイドリーダーの変更。DDAのリンドからKoBのヒースクリフへと変わっている。
次は人数。今回の参加者はフルレイドに若干ばかり届かない44人だ。
俺が見たところ追加されたのは、ヒースクリフやアスナを内包し主戦力でもあるKoB、他はクラインを含む《風林火山》の8人と言ったところだ。脱退したのはアギンを含む《SAL》の5人……いや、4人とヒスイ、あとは俺達と一緒にいた2人のソロプレイヤーとリンドを含むDDAである。
「(うわ、マジか。ヒスイも来てねぇんだ……)」
「皆よく集まってくれた。傷の癒えぬ者もいるだろうが、しかし! ここに集った剣士を心から誇りに思う。《血盟騎士団》もその名において全力で戦い抜く所存だ。では諸君、健闘を祈る! 開門!」
ギギィ、と重く閉ざされた不吉の象徴が開かれる。
この先に待っているのは4種類の武器を持った《ジ・エクスキューショナーズ》がそれぞれ4体と、《ザ・スラウザー・オブ・センジュレンゲ》が1体。いずれも定冠詞を持つボスモンスターだ。
俺達の隊は昨日と同じD隊だが、役割は打って変わって攻撃特化隊。
A、B、C隊は壁役。D、E、F隊が攻撃役だ。G、H隊は片方は壁としてエクスキューショナーの足止め。センジュレンゲが来てからは一転して攻撃役に変わるらしい。
もう1つは特に攻撃特化のプレイヤーではないが、取り巻きへの攻撃隊として編入。役割がコロコロ変わるG、H隊が1番辛いだろうが、人数はA~D隊と違って6人。
今回、タンカーであるロムライルだけはギルドを離れてB隊へ移動。俺とカズとジェミルは移動なしで、小隊に追加された残りの2人はなんとキリトとアスナだ。しかもアスナはD隊のリーダーを任され、ついでに攻撃隊の総指揮も務めている。
――KoBが主導なら当然の配置か。
「始まるわ。レジストクレストの皆さん、昨日の討伐戦に参加したあなた方は攻略の要です。私の指示に誤りがあったら、遠慮せずに申し出てください」
「堅いな……」
「ああ。かたい……」
「し、仕方ないでしょ! 今は私情を挟めないんだから!」
相も変わらず真っ黒なキリトと連携するようにボケを挟んでアスナが突っ込みを入れている間に、天井から黒い物体が飛来した。
演出が同じなので、奴らは前半戦で俺達を苦しめた《ジ・エクスキューショナーズ》だろう。
以下は作戦の全容。
昨日の二の
1体につき3分弱で削りきれば、計算上は間に合う。逆に言えば、俺達攻撃特化隊が成果を上げなければ、それだけ後半戦が苦しくなる。スピード勝負の構図である。
ゆえに出し惜しみはなし。取り巻きへの攻撃ボーナス特典のもと、バフアイテムをかけにかけまくり、神風よろしく全力で攻撃する。
「来るぞ!」
黒の物体は膨張し、変形し、ついには二足歩行ユニットとして顔の横に名を表示しながら一吠えした。昨日と同じ、4体のボス。
取り巻きとはいえ一応こいつらも定冠詞持ちのボスだ。適当にやって勝てる相手ではない。
「配置につき次第、戦闘開始!」
「了解!」
アスナの命令に俺を含み、以下3人のパーティメンバーが応答した。
まずはH隊の相手するエクスキューショナーだ。
彼らは防御特化構成ではない。ゆえに前線維持力は他のタンク隊に比べて低いため、時間を長引かせるのは得策ではない。
作戦通り、俺達D隊は反撃を受けながらも、被弾を極力無視して各自最大級ソードスキルを発動。20秒もたたないうちにゲージの3割り近くを消滅させた。
もはやゴリ押しだ。
「うはー怖ぇ怖ぇ、っつかメッチャいてぇ。けどE隊からG隊まで同じことすんだろ? マジで瞬殺だな」
「ああ。こんな乱戦状態でセンジュレンゲに登場されちゃ困るからな。どの道、ボスが来た時点で消耗戦さ」
真っ黒くろすけも玉砕覚悟でソードスキルを発動して反撃を受けたようだ。水平に四回攻撃して水色のライトエフェクトが正方形に拡散していたことから、おそらくキリトの使用した技の名は《片手剣》専用ソードスキル、上級水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》だろう。
俺やキリトだけでなく、真ボスが現れるまではダメージディーラーすべてが神風特攻。
「(アスナの奴も、ヒースクリフを高く買ってるからKoB入ったんだよな。……野郎やっぱ指揮力はたけぇ。タンカー部隊が崩れることはまずないか……)」
KoBが総団長ヒースクリフ。彼には謎が多く、すでに大半の人間が数多の噂をしている。
やれ元軍人のお偉いさんだの、やれボードゲーム世界選手だの、複数のVRMMO開発を手掛けるスタッフ、穏和勤勉な聖職者などなど。まったく、本人のいないところで言いたい放題だ。
しかし、あながち無視できない。なにかしら経験や場数を踏まなければ、ヒースクリフの圧倒的な
それに聞いた話だと、彼はHPゲージを
とにかく、ヒースクリフは常に前線のトップを生きていて、しかもチート級に頭がいい。これはもはや、ソードアートにいる大半プレイヤーの共通認識と見ていい。
胡散臭いだけの銀髪のおっさんに全幅の信頼をおけるのは、ひとえにその真摯な態度と積み重なったキャリアがあるからだ。
「(っと、考えてる場合じゃねぇな。真ボス前にちゃっちゃと取り巻き倒さねぇと……)」
予想をはるかに越す順調なスピードで攻略は進んでいった。
繰り返される突撃と反撃。凄まじい衝撃のぶつかり合いに、思わずしかめ面を浮かべてしまったが、3体目のエクスキューショナーには俺の大剣がトドメを刺した。
半分以上の討伐隊は、事実上偵察となった昨日の討伐に参加しておらず、俺はもっと手こずると思っていたのだ。しかしさすがは《攻略組》。見事な順能力で当初立てられていた作戦を着実にこなしていっている。
「これで開始から10分……ッ!? き、来たぞ! センジュレンゲだ! 気付いてない奴に知らせろ! 真ボスが現れた!!」
討伐隊メンバーの誰かが叫んで知らせている。
50層フロアボス、《ザ・スラウザー・オブ・センジュレンゲ》だ。
仏心を描く彫像物特有の輪郭を強調するように、カラフルな光の筋が幾重にも重なっていた。まるで細いワイヤーで編まれたような簡易フレームから、加工途中の木材をホログラム表示させたように。そして最後には細部まで
奴はまるで、初めから存在していたかの如く静かに佇むだけで、派手なサウンドや演出はない。その無駄に誇張しない静けさが、リアルな緊迫感を生んでいた。
「ケッ、上等だ。……とうとうおいでなすったぜ。アスナ、俺らから斬り込もう!」
「ジェイドに賛成だ。幸いこの隊は実際に戦った経験者も多いしな」
俺とキリトがそう提案する。たった今《ジ・エクスキューショナーズ》への攻撃を終えたばかりなので、ダメージ総量的に次に取り巻きへ攻撃する機会は来ないはずだ。
「あなた達といると気楽でいいわ。……総員、《回復結晶》で即時回復! メインターゲットに攻撃を仕掛けます!」
カズやジェミルもその指示を聞くなり取り出しかけていたポーションを仕舞い、あらためて高価なクリスタルを手にしている。取り巻き同様、真ボスへの最初の攻撃をD隊で受け持つためだ。
「団長、
「よかろう。任せる」
「了解。D隊前進! 今度は特攻じゃないわ! 慎重に敵の動きを見極めて!」
本戦はこれから。
昨日はここからペースを崩されて戦果を上げられなかったが、今日はKoBが情報を持っている。情報料だってタダではなかったはずだ。だがだからこそ、今日の討伐隊は万全を期して望んでいる。
装備も、プレイヤーの表情にも余裕がある
「しゃあ!! 行けるぜッ!!」
俺は無数の剣を掻い潜って真下に滑り込むと、《両手剣》カテゴリのソードスキルを躊躇なく解放。大型モンスターに有効な重装備として、目に見える形でその真価を発揮した。
「やるねジェイド! 僕だってッ!!」
ヒースクリフのA隊が正面で、俺達はボスの斜め後ろをとって攻撃していた。
全周視界カバーの能力で挟み撃ちの効果が薄いとは言え、やはり8本の剣を左右に割かなければならないからか、システム外スキルを活用する俺はおろか、正面攻撃をしただけのカズの攻撃も奴はまともにくらっていた。
俺とキリトとカズの攻撃で相当量のダメージが抜けた。
「っし、これで……ッ!?」
だが俺はそこで見てしまう。3方向に貼り付けられた3つの顔、その中で俺達から見える位置にある顔の
「(ボスが目をつぶって……)……カズ! 目ェつぶれぇえ!!」
とっさだった。ひっきりなしに爆音が飛び交う中、声はすぐ近くにいた人間にしか聞こえなかっただろう。
しかし結果的に、俺の予想は当たった。最も恐れていた
ボスフィールドは昨日の戦いと同じように、瞬く間に白の空間へと移り変わっていった。
わからない。叫び声の応酬が多すぎて俺の声はごく近くにいた人物にしか届いていないだろう。だが……、
「これ以上やらせはしない!!」
情報通りぴったり3秒後、視界を確保した俺は湧き上がる焦燥を沈めながらグリップを握り大剣を構え直した。
同時に牙を剥く、真の敵から自分の仲間を守るために。