SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第57話 アクシデントパレード

西暦2023年12月28日、浮遊城第50層。

 

 ボスが光を放った。

 しかし俺と、少なくともカズはデバフにかかっていないようだ。

 正面方向をA隊に任せている以上、ボスが使う専用の閃光弾(スペース・エリアウト)を発動する際、見極めることができるのはA隊及び後続に控えるパーティのみ。なぜならボスの前面にて組まれる、人間大の腕に装備されたランタン型の装置が赤く光る前兆は、敵の背後、つまり俺達D隊の位置からだと視認することができないから。

 しかし当のヒースクリフはというと、大型サイズのタワーシールドを顔の前に構えていて発見できなかった。彼から指示が出なかったのはそのためだろう。

 『ボス自身が目をつぶっている』。

 俺や同じD隊にいるカズがデバフにかからなかったのは、この事実が《スペース・エリアウト》のもう1つの発動条件になっていると寸前で気づいたからに他ならない。

 

「ヤバい、気付けなかった! 《盲目(ブラインドネス)》になっちまった!」

「前衛のA隊は何やってたんだよ、早く教えてくれよッ!!」

「ぐぁああっ!? ぐ、ボクも攻撃されてる! 誰か助けてぇ!」

「俺もだ! くそったれ、これじゃ前が見えねぇ! なんもできねぇぞ!!」

「く、……D隊でデバフになってない人はみんなを守って!」

「言われなくてもやってる! くらったならとっとと離れてろ!!」

 

 隊長であるアスナですら御しきれない轟音の中、俺も呑まれないようA、D及びE隊の人間に大声で怒鳴り返すと、ジェミルに連続でヒットしかけていた《湾刀(マチェーテ)》を《武器防御(パリィ)》スキルを全開にして弾き返した。

 闇雲に武器を振り回す味方を蹴り飛ばすことで強制的に離脱させ、自身も餌食にならないよう休む間もなく駆け続ける。しかし、パーティリーダーとして背を向けたくなかったのか、逃げようとしなかったアスナに《刀》カテゴリの禍々(まがまが)しい刃が迫っていた。

 まさか、《聴音》だけで対処しようとでもいうのか。

 

『キカカカッ! キカカカカカカッ!!』

「ヤッベぇ、アスナ下がれ!!」

 

 俺の声すら数々の怒声にかき消され、行く手は《ブラインドネス》にかかった有象無象に阻まれてしまった。

 センジュレンゲが勝利を確信したように笑う。俺は強烈なノックバックによる行動遅延(ディレイ)状態ですぐには動けず、カズも自分のことで手一杯だ。

 しかも彼女のゲージはすでにイエローゾーンに割り込んでいる。弱点設定の『首』や『心臓』へ強力なソードスキルが直撃したら。

 俺がそう悲観した時、イレギュラーが起こった。

 

『カカキキッ!?』

「な、キリトっ!?」

 

 ガチィンッ!! と、凄まじい音量のサウンドエフェクトを周囲に発散させながら、《黒の剣士》ことキリトが《ウチガタナ》を綺麗に捌いていたのだ。

 まぐれではない。センジュレンゲの攻撃軌道が見えている。目線の先から攻撃の軌道を推測するシステム外スキル、紛うことなき《見切り》の活用。

 目が見えている。と言うことは、彼もバッドステータスになっていなかったのだ。

 だがこれによりD隊の被害は最小限に留まってくれた。A隊はもとより、ヒースクリフ含め何名のタンクが『盾の陰』に隠れたおかげで、運良く《スペース・エリアウト》を受けていないので、微々たるダメージだ。D隊も無事スイッチを終え、今は安全圏まで後退できている。1度ピンチに陥ったとは思えない微少な被害である。

 

「キリトもあの光、受けてなかったのか。なんにせよナイスだったぜ」

「何を言ってる。ジェイドが俺の名前を呼んで、教えてくれたからじゃないか。助かったよ」

「え……?」

「ん……?」

 

 返答に詰まる俺。前衛がわいのわいのと忙しそうに動き回る後方で、どこかずれている会話に戸惑うキリト。

 

「そう言えば何でジェイドは俺の名前を……」

「もージェイド! リアルネームで呼んじゃダメって言ってるのに!」

「あ、ああ悪いルガ、ついな。……けどなんだろ、代りになんかすっげぇ発見をしちゃったかも……」

 

 パニック状況だったなんて言い訳はできない。キリトはらしからぬ己の失言を恥じ、冷や汗を流しながら目をキョロキョロとさ迷わせている。――フッフッフ。

 

「ぷ、プライベートのことだ。聞かなかったことに……」

「ほうほう、あのキリトが珍しい。そうだな、しばらく俺の部下として何でも言うことを……ぁいてッ!?」

 

 頭蓋骨付近をパコッ、と叩かれたのでうしろを振り向くと、アスナが頬を膨らましていた。ご立腹のようである。

 目を開けているから、どうやらデバフから回復したようだ。

 

「ジェイド君、何を知ったのか知らないけどキリト君をいじめないで。彼が可哀想でしょ?」

「ジョーダンに決まってんだろ、リアル話はゴハットってなァ。……ん、てかなんでコイツが相手だと毎度ムキに……」

「ち、違うから! 誰が相手でもきちんと助けましたから! ふんっ」

 

 そう言ってそっぽを向くアスナ。途中、言語が乱れて敬語になっていた気がするが深くは追求すまい。なんとなく自殺行為に思えてしまったからだ。

 

「それに遊んでる場合じゃないわ。D隊は安全圏にいてもしっかりボスの姿を見てちょうだい。あと、さっきの《スペース・エリアウト》を今度こそ受けないように」

「そうだね、僕もかなり危なかったし」

「うぅ、攻撃に夢中だったよぉ。ごめんねジェイド……」

 

 しゅんとして謝るのは、不用意な肉薄で窮地に立たされたジェミル。

 彼が全面的に悪いのではないが、やはり踏み込み過ぎたことを反省しているのだろう。体力が《レッドゾーン》にまで落ちなかったのは救いだったが。

 

「まあやめよう。過ぎたことよりこれからだ。レンゲ野郎は見たところ、HPの総量自体はそこいらのボスと大差ない」

「ええ、勝敗の鍵は短期決戦。……できるかどうかね」

「単なる火力押しじゃダメみたい。ほら、前回の戦いでは何らかの方法でHPを回復していたみたいだし……」

 

 引っかかるのはここである。

 しかしカズはネガティブな発言をしたが、行程だけ見れば至って順調。時おりヘイトを溜めすぎた攻撃特化型が連続して攻撃された場合のみヒヤリとさせられる程度だ。こうしてローテーションの合間に戦局を俯瞰(ふかん)しても、作戦軌道は修正するほどではない。

 

「少なくともレンゲに《バトルヒーリング》みたいなのはないな……ってかそろそろスイッチか」

「ええ。D隊はスイッチの準備を……行きます! D隊前進! H隊に変わって攻撃して!」

「任せたぜキリト! ジェイド!」

「おう任せろ!!」

 

 戦闘員と立ち位置を変える間際にレイドにおけるH隊、つまり《風林火山》所属のクラインから声をかけられ、俺とキリトが応対する。

 それは虚勢ではなく、俺達は宣言通り攻撃隊に相応しい戦果をあげた。

 全体で何割か昨日で慣れた者がいたからだろう。その後も安定したローテーションを繰り返し、次の俺達の番が終わる頃にはセンジュレンゲのゲージ1本を飛ばしきっていた。

 

「やれる……昨日とは違うッ!!」

 

 昨日死んだ4人のプレイヤーを忘れ去るのではない。彼ら4人が残した情報と悔恨を胸に、そして糧にして戦いに生かすために。

 

「シッ!!」

 

 短い気合いのあと、俺とカズが同時にソードスキルを発動した。

 《両手剣》専用ソードスキル、中級高速袈裟五連撃《アクセル・コメッティオ》と《打撃(ブラント)》属性専用ソードスキル、中級単発剛突進打撃技《ガントニック・バーニア》だ。

 共に距離を詰めることによって攻撃を可能にするスキル。俺とカズは迫り来る刃を無理矢理回避しながら接近し、カーテンのように展開される剣をあらかた排除した。

 そこへすかさずキリトとアスナがスイッチによる交替と上級ソードスキルの発動。

 見れば見るほど彼らの剣技には舌を巻く。剣の心得があるのかは知らないが、キリトの豪胆さと、それに比例する命中精度は同じゲーマーとして嫉妬してしまうほどだ。

 アスナに至ってはもはや芸術と言っていいだろう。少々上品すぎるのが玉に(きず)だが、高速移動に反して命中箇所の正確さもさることながら、剣捌きそのものが『綺麗』なのだ。同じ重力条件のもと動いているとは思えない。

 2人の攻撃はクリーンヒット判定を受け、とうとうセンジュレンゲのHPが全体の半分を割り込んだ。

 

「タンク隊が順次交替しています! D隊も次の攻撃でスイッチを!」

「了解だ! この攻撃をラストにするぜッ!!」

 

 運良くダメージをあまり受けなかった俺は、調子にのって最大級ソードスキルを発動してしまう。

 『してしまう』と表現したのは、俺のこの行動が愚策だとすぐ知らしめられたからだ。

 もっとも、ボスの動きを事前に予知できた人間はいなかっただろう。なにせ、プレイヤーは8ヶ月も前に1度だけそのスキル(・・・・・)を見たにすぎないのだから。

 

「ジェイド伏せてぇ!!」

「できっ、ねぇ!」

 

 ジェミルに言われるまでもなく、俺は条件反射で身を低くしようとしていた。

 しかしそこはソードスキルの代償、技後硬直(ポストモーション)を課せられている。まともに防御体制すらとれないでいた。

 《片手剣》、《刀》、《マチェーテ》、《レイピア》が上から順にジグザクに発光している。そしてその色は白。これらが意味することとは……、

 

「(ヤバい……あの光の数は……ッ!)」

 

 俺はこの技を知っている。リマインドされる、当時の驚愕と衝撃。

 伝説となりつつあった、あの《四刀流》ソードスキル!

 

「ぐっぁああああぁあああッ!?」

 

 ドガァアアアアアアッ!! と、炸裂音が空気に振動を与え、センジュレンゲを囲う数人が宙に浮いた。運転中に大事故を起こしたような衝撃と暗転。

 一瞬だった。

 《四刀流》専用ソードスキル、全周囲回転八連撃《イッチエム・パルフェ》。

 白く輝く4本の剣は、《攻略組》自慢の防御力を易々と貫き、信じられない攻撃力を生み出していた。

 阿鼻叫喚の音源は当然俺だけのものではない。動きが緩慢にならざるを得ないタンク隊も、初見に近いソードスキルに対して適切な防御ができなかった。……いや、八連撃の『多段ヒット』。それが、腰を落として防御の姿勢をとっていた彼らのガードを力業で斬り飛ばしたのだ。

 合金を重ね着しているような重戦士達が四方に投げ出された。これがハーフポイントのボスが繰り出す《四刀流》の強化型ソードスキル。

 

「ガハッ、ぐ……ってェなちくしょう……」

 

 地面に叩きつけられた俺は、悪態をつきながら上体を起こそうとした。しかしまたもボスにそれを阻まれる。

 

『カカかカカかカカカカッ!!』

「ジェイド逃げて! タゲが行ってる!!」

「(ッ、く……間に、合わねぇッ!)」

 

 『転倒(タンブル)から復帰する前に殺される』。

 そこまで考えて……否、理解してしまった俺の体は、死への恐怖から回避どころか完全に膠着(こうちゃく)してしまった。

 

「ジェイドぉッ!!」

 

 目をつぶった直後、俺のまぶたの向こう側で影が射すのを感じた。

 その後、俺を襲うはずだった衝撃は1メートルほど音源がずれた状態でフロアに響く。

 恐る恐る両目を見開いていくと、そこにあったのは我らがリーダー、ロムライルの姿だった。

 

「ハァ……ハァ……死んで、ない……っ」

「ったく、心配かけて。さっき交替したばっかだから、ここはオレらに任せて早く回復する!」

「お、おう! 助かった!」

 

 ようやく緊張から解放されると、先ほどまでの心と体の乖離が嘘のように後方へ逃げることができた。

 さすがに死にかけたからか、未だ心臓の音はバクバクとうるさいが。

 

「……ハァ……あっぶねぇ。ハァ……このボスも一瞬のスキで死ねるな……ッ」

 

 急ぎ足でD隊のもとへ駆けつけた俺は、照れ隠しに軽い口調でそう言った。しかし当然ながら口の中は唾液も出ないほどカラッカラだ。

 

「もう、バカなこと言わないで。私の隊で脱落者が出るなんて絶対に許さないから!」

「アスナの言う通りだ。慎重にしてれば、受けることのなかったダメージだぞ」

「し、仕方ないよみんな。運がなかったんだ。それに僕なんてさっきのスキル初めて見たし……」

 

 そう、それだ。

 忘れかけていた《四刀流》の再登場。そのせいで俺はいらない心配をさせている。

 21層のボス、《ラストダンサー・ザ・スカルファントム》が唯一繰り出してきた特例の効果。当時付随していたデハフステータス、《腐食(カラウド)》属性こそなくなっていたものの、やはり攻撃力はあの時の比ではない。

 ここはハーフポイントなのだ。例層のボスとは勝手が異なる。

 

「(とうとうハーフ戦らしくなってきたじゃねぇか。上等だっての……!!)」

 

 25層の時とは違う。2度と死にかけることがないよう心掛けるものの、それゆえに人の影に隠れて縮こまったりはしない。

 俺のやるべきことは迅速に情報を広め、これを次の糧にすることだけだ。

 

「先に言っとく。四刀流スキルはあと2つある。クロス2回の四連撃と水平2回の六連撃だ。だけど六連撃の方と今の八連撃は地面すれすれまでしゃがみこめば回避できる。覚えとけよ」

「なるほど、助かる。しかしこのデタラメな攻撃力と言い、うわさに聞く《四刀流》ってのはやっぱりダテじゃなさそうだな」

 

 神妙に頷くキリト。

 アスナはヒースクリフと一緒に21層戦に参加していたからか、特にリアクションはなかった。次なる策を頭に張り巡らしていたのかもしれない。

 

「あと数回のアタックでE隊はおそらくスイッチを要求してきます。わたし達D隊もいつでも変われるよう準備をしておいて下さい。……特にジェイド君、またロムライルさんに助けてもらうなんて甘い考えはしないように」

「わぁーてるって。それに《四刀流》は体験済みだ。そんじょそこらの奴よりうまくやるよ」

 

 1度ミスをしておいて説得力もない気はするが、ここで弱音を吐くよりは数倍マシな答えだろう。

 それにボスは待ってはくれない。俺がここで動かなければ、その分他の誰かの負担が大きくなるだけなのだ。ならせめて、先ほどのミスを帳消しにできるよう戦果を上げればいい。

 とそこで、グリップを握り直す俺の出鼻をくじくように、キリトが頓珍漢な方角を指さしながら質問してきた。

 

「おい待て、あそこにいるのは誰だ?」

「誰って……ここにいるのは討伐隊だけだろう」

「いや、でも……」

 

 的はずれな疑問を抱くキリトに対し、俺は振り向きもせずそう答える。

 半分以下に落ちたことでボスのモーションも増えているのだから、余所見をしている時間があるならその時間を使って少しでも動きを覚えることに……、

 

「(んん……確かに、マジで誰だあれ……?)」

 

 だが、気になって振り向いてみると、ボスフロアの入り口付近でコソコソ隠れながら、攻略の成り行きをじっと見守る不振なプレイヤーが確かにいたのだ。

 グリーンのHPバー付近にギルドを示すシギル以外にアイコンはなく、そもそも戦闘エリアに侵入してすらいない。頭上に浮かぶカーソルからも、その者が今回のボス討伐のレイドに参加していないことが見て取れる。

 

「今まで《隠蔽(ハイディング)》スキルで隠れてたのか。なんにせよ怪しいな」

「ちょっと待ってキリト君、あの人聖龍連合(DDA)の諜報員だったと思うわ。わたしもボス戦の打ち合わせで何度か話したし」

「DDAって言ったらジェイド、昨日ロムが気にかけていたことなのかな?」

「多分な。つっても俺は《索敵(サーチング)》スキルをフル活用してこのフロアまで来たんだ。1人ならまだしも、よもやDDAほど大人数の尾行に気が付かなかったなんてことはないと思うけど……」

 

 ボスがすぐ近くで暴れているのも気になるが、DDAが横やりを入れ、あまつさえラストアタックを掠め取られる、なんてことになったらいくら俺でも腹が立つ。

 と言うわけで……、

 

「捕まえろォお!!」

「うおぉおおおおおっ!!」

 

 俺とキリトが突然猛ダッシュ。ハイディングがリピールされている――もっとも、すでに発動そのものが止まっていたようだが――とは思わなかったのか、かなり接近されてからその男は自分の姿が俺達に見られていることに気付いていた。

 しかしもう遅い。俺とキリトはあっという間に距離を詰め、両サイドから男の腕をガッチリとホールド。いやいやと首を振る男を無視して、とりあえずD隊の位置まで引きずってきた。

 

「さぁって、テメェこらっ!! 何をタクラんでやがった! 洗いざらい吐いてもらうぜ、おおコラァ!?」

「ぐ、不覚……《四刀流》に見とれてハイディングが解けてるのに気づかないなんて……。けどお前なんかには言わねーよーだ! へんっ」

 

 まだ青臭さも残るいかにもゲーマーらしいその少年は、言うだけ言ったら口をつぐんだまま目を逸らした。

 ――よし、金たま蹴り飛ばしたろか。

 

「待ってジェイド君、そんな言い方じゃ教えてくれないわ。……ええっと確かDDA情報部のゼレス君よね? 今の怖い人は忘れてちょうだい。それで、なぜ討伐を監視していたのか、私でも教えてもらえないかしら?」

 

 アスナが飴と鞭を使い分けるように男に話しかけた。しかしアスナさん、息を吐くように俺をけなしているわけだが、それはそれで酷くないだろうか。

 

「う、ん……と。……ごめんなさい。それでも言えないんです」

 

 もしもし、態度が違いすぎるだろうゼレス君。少年は心底申し訳なさそうに顔をそらしているが、もしかするとこいつはプレイヤーの容姿で接する態度を決定しているのだろうか。だとしたら失敬だ。

 

「……わかったわ。でも討伐中は妨害を受けたくないから、皆のためにもここであなたを拘束しないといけないの。そこは我慢してちょうだいね?」

 

 俺は怒りでピクピクと頬の辺りが痙攣(けいれん)しているのを感じるが、ここで口を開くとただでさえ貴重な時間がさらに失われてしまう気がしたので、大人を示して後ろで待機した。

 そうこうしている内にアスナは縄をオブジェクト化し、慣れた手つきでゼレスとやらを無力化していった。誤解なきよう注釈するが、《ロープ》には至る所に配置されたオブジェクトや人体にもボタン1つで巻きつけられるので、頑丈に拘束できたのはアスナに束縛のテクがあるわけではない。

 途中、アスナに縛られつつある少年の顔がニヤニヤしていたのが嫌にムカついたが。

 

「ま、まぁいいや。ほら、こいつを端っこの方に置いといたら俺達も早く参戦してやろう。ずいぶん長い間タンクにフォワード任せちまった」

「そうだねぇ。余裕があったらまたロムにもこのこと教えといてあげよぉ?」

 

 緊張感の削がれるジェミルの声だが、なんと言っても今はハーフポイントでのボス戦中だ。ロムライルにこの事を知らせられるのは、彼のいるB隊と俺達D隊が同時に待機状態になった時だけだろう。

 

「団長、遅れました。D隊行けます!」

「よかろう、F隊交代準備! ……今だ!」

「D隊前進!!」

「うぉおおおおおおおおおッ!!」

 

 アスナの掛け声で俺を含む4人の部下は突撃を開始。

 キリトとジェミル、またアスナがなるべく多連技で隙を生ませ、俺とカズが重攻撃をする算段だ。先ほどとは逆パターンとなる。

 元よりサポート役として長年鍛えてきたジェミルや、《閃光》とすら言わしめたアスナの連続技である。彼らの誘導用ソードスキルが発動に成功し、さらにスイッチのタイミングさえ間違わなければ、俺やカズの攻撃は隙が大きいものでも格段に決まりやすくなる。

 結果、D隊は交代直後から目立つ技とソードスキルの重ね技をぶちかました。

 

『ギキィッ!?』

「っし、決まりィ!!」

「これだけキレイに決まると気持ちいいね!!」

 

 作戦は見事成功。しっかりとした手応えを大剣越しに感じる。

 カズに至ってはその手に持つ《両手用棍棒》カテゴリの愛剣、《アディージャ・ヴォレス》に登録されている《ペキュリアーズ・スキル》を発動していたので、周りから少なくない量の感嘆が聞こえてくる。初見の者も多いはずだし、この反応は納得がいく。

 一瞬の思考を経て、しかしボスの特殊な行動が緩んだ脳内の手綱を限界まで引き締めた。

 

「(まァた四刀流か……いや、違うッ!?)」

 

 与えられたほんの少しの時間だけで、俺はありとあらゆる可能性を列挙した。

 事象に対する可能性敵の剣が『複数の光』を発するには何が必要かを。

 色は3色。光の三原色として知れ渡る赤と青と緑だ。

 だがおかしい。プレモーションの色が一致しない上に、それらの光が3本の剣から発せられているのだ。本数から見て《四刀流》ではない。ソードスキルの複数発動か。だとしたら、ソードスキルを同時に発動させているということに……、

 

「くッ!? ……全員離れろぉおおッ!!」

 

 解が求まる前に、俺は言い様のない本能的な恐怖に突き動かされた。

 しかしこれは正解だったのだろう。途端、3種類のソードスキルが同時に(・・・)解放され、ズッパァアアアアアアッ!! と炸裂した。

 ボス周辺にいたプレイヤー3人が正確に狙われ、信じられないことに全員がクリティカル判定のダメージを負っていた。

 3人のプレイヤーを同時にターゲットと定め、3つのソードスキルを同じタイミングで発動させる方法。この技を知っている。忘れようもない、クォーター・ポイントの戦いで初めて目撃したモンスター専用システム外スキル。

 

「パラレル……オープンか……」

 

 俺は呆然とそう呟くしかなかった。

 システム外スキル、平行発動(パラレルオープン)。脳を2つ以上保有するモンスターが、互いに干渉し合わないソードスキルを同時に発動させる、唯一にして無二の究極戦闘技法。

 それをこのボスは易々とやってのけた。これだけのスペックをもってして!

 

「今の、間違いない! パラレルオープンだ! しかも3つも!!」

「こいつも使えんのかよ……くそったれが」

「冗談じゃねえぞ。攻略させる気あんのかッ!」

「なんだ今の!? 俺は初めて見たぞ! ボスなら何でもありかよ!?」

 

 センジュレンゲの圧倒的インパクトを前に、討伐隊は口々に臆病風をふかした。

 片手剣の《ホリゾンタル・トライアングル》とマチェーテの《フェル・クレセント》、そしてレイピアの《シューティングスター・バースト》。それぞれプレイヤーが発動しようとすれば、多少は複雑な動きを要求されるはずの技でもある。

 しかし奴の腕は長い。しかもそれだけではなく、『軸』が多数用意されているのだ。これにより、センジュレンゲは体の動きをスキルの動きに合わせる必要がなくなっている。

 つまり、人間で言うところの『腰の回転』やら『腕の振り降ろし』やらを、その場を動かずに腕の関節だけで達成してしまうということになる。肩から先が独立した軌道だけで、敵を斬り伏せることができてしまうということだ。

 この原理は産業用ロボットを想像すれば理解しやすいかもしれない。通常、それらは決められた3次元空間にて直動、回転等を6軸でこなす。

 しかし人間の上肢には『7軸』目も存在している。増えた役割は『障害物の回避』である。もちろんロボットのマニピュレータと比べたことはないが、自由度は大きく変わるはず。

 そして奴の腕。なんと、追加で『8軸』の設定になっているのだ。

 剣戟の動きにプレイヤーより多様性が生まれているのも道理で、おまけに間接から間接までの距離は人間の比ではない。もっとも、この特徴がなければ『剣8本』というアドバンテージをまともに生かすこともできなくなる。ソードスキルを使用してくる以上、戻換(れいかん)すれば予測できる事態だった。

 だが。それを踏まえた上で、討伐隊はなんの対策もしようがない。来るとわかっている分驚かないで済むぐらいだろうか。

 根本的な対策にはなっていない。あのパラレルオープンは、すでにプレイヤーでは止めようがないのだ。

 

「(あり得ねぇ、弱音吐ける段階じゃねェんだぞ……)……くそ、いちいちドーヨーしてんじゃねェ!! 攻略組ならタタミみかけろッ!!」

 

 しかしボスの猛攻を前に、多くのプレイヤーが(すく)み上がってしまっていたのだ。

 俺は奇跡的にも21層や25層のボスと一戦を交えているが、そのどちらか、あるいはどちらも経験してこなかったプレイヤーにとっては、悪夢の都市伝説をそのまま再現されたようなものだ。

 しかし、それでも。

 例えボスが《四刀流》や《平行発動》を駆使しようとも、ここでおめおめと逃げ帰れば、昨日死んだ4人のプレイヤーに申し訳がたたないのではないのか。

 俺の叱咤(しった)がいかほどの影響力を及ぼすかは定かではなかったが、無意味な狼狽に対し叫ばずにいられなかった。そしてその考えに至った人間は俺だけではなかったようだ。

 

「諸君! 背を向けてはならない! 我々はこれを打たねばならない! 理解しているはずだ! 勇猛な諸君らは必ずや達成しうるだろう! ならばその勇姿を表明したまえっ!!」

 

 発言者はヒースクリフだった。しかもKoBのトップタンカーは古めかしい言い回しと共に隊員を置き去りにしたままボスの眼前に躍り出て、なんと単独で壁役を引き受けていた。

 さらにそれだけではない。あろうことか、タンカーであるはずの彼が危険を(かえり)みないソードスキルによる反撃までし始めたのだ。

 

「だ、団長が自ら……」

「ヒースクリフが率先して前に……?」

「タンクに攻撃任せてどうする!? 俺達も斬り込めぇ!!」

「やってやる! やってやるぞぉっ!!」

 

 やはりこれがカリスマと言うものだろうか。ヒースクリフのそれはまるで守護神の加護だ。

 現に彼は劣勢下を立て直すだけにとどまらず、彼らを持ち上げコントロールしてみせた。長いものに巻かれるだけの一兵には決して発揮し得ない統率力だ。

 

「剣が同時に光りだしたら追撃するな!」

「《四刀流》と混同するなよ! 《四刀流》の水平技はしゃがんで躱せ!」

「同時に狙われるかもしれないだけだ! 各々よく見ていれば問題はない!!」

 

 やっと冷静な判断力が復活してきたのか、討伐隊もレイド間で情報の共有を図っている。

 5メール半を越える仏像多腕型のボスは徐々に押されはじめていった。

 

「さすが団長ね。私達も援護に回ります。キリト君……は大丈夫そうね。他のみんなは?」

「あ、えっとごめんなさい。放心状態でした。でも僕はもう行けます!」

「俺も回復済みだ。……にしても、こんなことなら埋めてないスキルスロットなんか適当に埋めときゃよかったぜ……」

「まったく、ジェイドは『しとけばよかった』が多いんだよ。……さて、やられた分の倍返しといくか!!」

 

 D隊が精神面で持ち直した瞬間、またしてもプレイヤーにとって信じられないことが起こっていた。

 

「な、なんだ!?」

「ボスが見たことのない動きを……ッ!?」

 

 俺にもそれは見えた。《四刀流》ソードスキルやパラレルオープンの類いではない。人間大の腕に握られたランタン型アイテムから発せられる光、《スペース・エリアウト》の前兆でもない。

 残り3本の人間大の腕。内2本の腕は飾りだろうが、最後の1本……そこに握られていた円筒形の物体を高らかに天に掲げていたのだ。

 こんなプレモーションは見たことがない。

 

「なんッ、だ!? ……まさかッ!?」

 

 狼狽するH隊の言葉を悪い意味で体現するように、センジュレンゲは円筒形の物体を口許へ運ぶ。さらに中に入っていたのであろう緑色の液体物を一気に煽っていた。

 この間も前衛による絶え間ない攻撃がヒットし続けていたが、異常なまでのスーパーアーマー能力が付加されていて、なんら歯止めになっていなかった。

 その結果……、

 

「やっぱり……体力ゲージが……ッ」

 

 なんと、目まぐるしい勢いでヒットポイントが回復しているではないか。

 自分で自分に体力回復手段を行使できるボス。おそらく初の行いであろうこの行動によって、奴の体力は全体の20パーセントが回復してしまった。

 いよいよ激戦となったハーフポイントでの戦いもまだまだ半分を回ったばかりだと思っていたが、その考えすら甘すぎる認識だったということだ。

 

『キキカカカカカカカカカッ!』

 

 嘲笑うかのごとく、金の仏像は高い声を上げた。

 仏神を模した金の巨人の嘲笑(ちょうしょう)が響き渡る。

 

 

 

 


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