西暦2023年12月28日、浮遊城第50層。
《ザ・スラウザー・オブ・センジュレンゲ》が持つ数々の特殊技。その1つである強烈な閃光により、リンド率いる最初の討伐戦で俺達は視界を奪われ、無惨にも部隊を切り崩された。
そして今回もまた、ボスは特有の『体力回復』を行った。ジェミルの発言にあった「液体物が入っていた」という言葉をもっと吟味していれば、それが敵の《回復ポーション》だと気付けてたのではないのか。前回戦、視覚のない20秒もの時間があれば、ポーションを
詰めの甘い認識が、この危機を招いたのだ。
「回復を許しちまったッ! 奴のゲージがまた3本に!!」
「慌てるな! デバフ受けたわけじゃない!」
「その通りだ! ローテーションを徹底する! 基本行動の繰り返しで十分倒すことはできる!!」
しかし討伐隊は互いに励まし合うことで、削がれかけた戦闘意欲をなんとか維持した。
便乗するようにアスナもレイピアを構え、声を張り上げる。
「D隊、わたしが先行するので付いて来てください! 敵の動きをよく見て!」
「ジェイド! 左右から行くぞ! アスナのサポートだ!」
「了解だ! 合わせろよッ!!」
大振りな大剣は小回りが利かない。あらかじめコンビネーションアタックの手順を決めていないのなら、やはりキリトが俺の動きに合わせてもらうしかない。
敵に死角が存在しないことで一抹の不安は残ったが、意を固めて右側前方を猛烈なスピードで駆け抜ける。
ゴウッ!! と、先制で力任せの大剣ソードスキルを打ち込んだが、果たしてキリトは完全に俺の歩調に合わせることで、空いた『穴』に刃を差し込み、流れるような連携技を完成させた。毎度凄まじい集中力だ。
「やるな! おかげでB、H隊も回復完了だ!!」
「持ち直せたぞ、討伐は続行!!」
レイドに参加している誰かがそう叫んでいるのが聞こえた。
俺はこの事実にひとまず胸を撫で下ろす。しかし、心のどこかでは「俺がみんなを守ってやる」なんて考えていたのかもしれない。昨日の惨敗にもめげずに、ハーフポイントなる節目の再戦に挑んだ。そんな俺が、動きや危機をいち早く察知し、レイドメンバーへの攻撃を代わりに受け止め、あまつさえトドメまで持っていく。
そう考えていたのだろう。どこかにまだ英雄観が残っている。目立って称賛されたいし、ヒーロー扱いでちやほやされたい。ゲームのキャラクターに別人を投影する日本人ゲーマーに多い、典型的かつ病理的な願望だ。
だがそうしようとした結果、アスナにはフォローされ、キリトには助けてもらい、ロムライルに至っては命を救われた。どれもこれも今日1日の出来事である。
余計な
人の血で
「ッ……やってやるよッ!! アスナ行け!」
発言とほぼ同時、アスナのレイピアがコバルトブルーを纏い、《細剣》専用ソードスキル、上級高速五連撃《ニュートロン》を発動し終えた。
瞬間、俺はスイッチの要領で彼女と位置を入れ換えて発動可能な中で最大のソードスキルをぶちかました。
激しいフラッシュエフェクトが弾丸のように体中に降りかかり、1度は回復を許したセンジュレンゲの体力ゲージがめまぐるしい速度で減少。再び3段目に割り込んだ。
「っし、ザマミロってんだ!!」
俺は満足げに吐き捨てるが、技が決まった途端、今度は奴の剣が8本ともグレーに染まった。
《四刀流》ソードスキル、二段広範囲重六連撃《ツイスター・ラウンドトリップ》。
そのプレモーションによる光の色が『灰色』であることは覚えている。だが8本の剣が同時に発行したと言うことは……、
「(ッ、前後攻撃かっ!!)」
ポストモーションによる硬直が解けた直後、俺は胸を床に押し付ける勢いで姿勢を低くする。
数瞬後、ガッガガガガガッッ!!!! と、ボスのソードスキルが超スピードで頭上を通りすぎていくのを背中全体で感じた。
冷や汗ものではあったが、ダメージ判定のない箇所を覚えているだけ不思議と死への恐怖はなかった。
「あっぶねぇ! 誰か食らったかッ!?」
「僕は避けたよ!」
「俺も受けてない!」
「わたしも。でも……っ!!」
アスナだけが芳しくない受け答えをしていた。
D隊に特筆すべき被害は見受けられない。だがアスナの目線の先にはKoBのプレイヤーが。
「ッ……!!」
「……ウソ、だろ……っ!?」
アスナの目線の先、そこには6つの斬痕を刻み込まれたプレイヤーが立っていた。
6つの斬痕。これが意味することは先ほどの六連撃をまともに浴びてしまったと言うことだ。
そこまで考えが追い付いた後、その代償が払われる。紅白の甲冑を身に纏うプレイヤーが、青のデータ片と化して割れたのだ。
生命の欠片が四散する現象。ガラスを割ったような音は時間差で何度も何度も響いた。
プレイヤーが割れたということは、つまり……、
「死、ん……ッ!!」
しかし、センジュレンゲに『待った』は通用しない。
どこの隊の誰が死んだのか、それすら確かめることができないままボスは攻撃を再開した。死者に取りつかれて討伐を忘れれば、今度は自分が退場者の後を追うハメになる。
「ちくしょう、やられた!? クソっ、よくもやりやがったな!!」
C隊の人間がそう叫んだ。
間違いない。血盟騎士団から脱落者が出ている。
「うそ、やだっ……そんな、ウィックマンが……!?」
「アスナ! 考えるのはあとだ! 今はD隊のリーダーだろう!!」
「口より手だキリト!! アスナ連れて一旦下がれ! 俺らの被ダメも限界だ!」
それを聞いたキリトは、後ろの警戒を怠ることなく呆然とするアスナの手を引いて全力で駆けた。
「マズいぞ、よりによってKoBの奴がやられた。ルガ、討伐隊に動きはないか!?」
「や、やっぱり鈍くなってる気がする。僕ら……き、今日も勝てないのかな……」
「余計なこと考えるな! そうそう何度も逃げたら被害が増すだけだ。……いいか、
「……う、うん。わかってるけど……」
平均して。計算上の話だが、死者は1日につき2人から3人発生している。
ほんの数日でも攻略が滞っただけでプレイヤーはどんどん命を散らしていく。その多くがボリュームゾーンの話だろうが、前線で手探りを続ける攻略組だって他人事ではない。
現にトップギルドの一員が昨日に続き今日も死んだ。明日は我が身だ。
それに脱落者を出した逃走を繰り返せば、士気の大幅な低下は免れないだろう。
「それについてはジェイドに賛成だ。死人は出た。けど実力的に討伐が無理じゃないなら、ここで逃げるのは得策じゃない……ッ」
同意するキリトに限らず、攻略組はそれを本能で悟っている。
実際にKoBメンバーの死をバネに怒りの猛攻撃でもって応えている。これこそが彼らの死に報いる唯一の方法なのだと、そう語っているかのように。
「アスナ、終わったらギルドで墓の1つでも作ってやれよ。だから今は戦場を見ろ。俺らの命はアスナに預けてんだ」
「…………」
彼女はなにも言わずに立ち上がると、右手を振ってウィンドウを操作した。そのまま回復用のポーションを取り出して一気に飲み干すと、涙を拭きながら迷いを振り切る。
そしてはっきりとセンジュレンゲを見据えた。
「ごめんなさい、わたしはこのD隊を預かる身。失望させないためにも……」
もう気遣いは無用なようだ。KoBのサブリーダー、攻略の鬼と呼ばれているのも伊達ではない。
見た目15、6の女に責任を押し付ける俺達が言えた義理ではないのかもしれない。本来、その重圧はもっと大人が背負うべきだ。戦闘センスが群を抜いていたというだけの、細い少女の肩には重すぎる。
例えばの話、ギルドの誰かが死んだ時に俺はこれほど早く立ち直ることができるだろうか。
……おそらく不可能だろう。
まさに鉄の女だ。俺は攻略に集中するよう言ったものの、一見すると薄情な人にも見えてしまう。線引きは微妙なところだが、やはり彼女が
「(無理してる女が多すぎんだよ。くそったれが……)……行こう! 今度は俺が1発目を引き受ける」
「ジェイド、僕が続くよ! 背中は任せて!」
俺は友の声援を背に浴びながらプレモーションを完成。
まずは伸脚の形を作り、後ろに引いた足が
膝蹴り技の着地後はタイムロスの穴埋めとして大剣がクロムイエローに輝き、
着地直後、スキル発動。地面を全力で蹴り飛ばし、通常では出し得ない加速を生み出す。
右斜め前方へ高速で4メートルほど移動し、紫電を帯びた《クレイモア・ゴスペル》が水平に煌めいた。
しかし、防がれた。ダメージはほぼ皆無。
これで終わりではない。俺は腰がねじ切れそうな
「れあァああッ!!」
気合い一閃。
バリバリバリッ!! と、稲妻が家屋の外壁を削り取るような音が響いた。
『カカカ、カガカカッ!?』
予想より加速のついた斬撃を受けたからか、金色の巨体を持つセンジュレンゲは驚いたように半歩身を引いた。
そしてもぎ取った隙は無駄にしない。
カズは短く息を吐くと、鍛え上げた筋力値を生かして上空へジャンプ。そのまま最大攻撃回数を誇る棍棒系ソードスキルを命中させた。
凄まじい轟音。急減するゲージ。
だがここで予期せぬことが起きる。なんと、ボスがまた回復ポーションを口に運ぼうとしていたのである。
動作中は本体に攻撃しても
しかしここで前進するプレイヤーがいた。
「ッ……ボクがやる!」
視界の端に映ったのはジェミルだった。おそらく、《
それを……、
「いっ――」
腰を落とし、ジェミルの構えたブーメランは淡黄色を発する。
「――けぇえええええッ!!」
ブオォっ! と風を携えて、逆放物線の軌道に入る。ブーメランはセンジュレンゲの目の前、つまり《回復ポーション》にめがけて飛んで行った。
《投剣》専用ソードスキル、中級軌道変化用投擲技《カーブシュート》だ。
そして敵が円筒物に口をつける寸前、見事そのアイテムを叩き落としてみせた。食器を盛大にぶちまけたような音と共に、シュラウドのような円筒状のアイテムが砕け散る。対象物の大きさと彼我の距離から考えると、その命中精度は非凡の域に達していた。
「ポーションアイテムが砕けた!? 回復を阻止できたぞ!」
「よし……ナイスすぎるッ!! これさえなけりゃ!」
「やるじゃねぇか、今の誰だぁ!?」
「このまま追い込め! ボスは大幅に弱体化している!!」
討伐隊に活気が指した。
不利な状況は一転、この上ないチャンスへと変貌したのだ。
「マジで凄ぇぜジェミル。ジャストじゃねぇかよ」
「俺も驚いた。あんな姿勢から打てるものなんだな……」
「えへへぇ。ボスのゲージも3本目の半分まできたねぇ。なんとかこのペースが崩れなきゃいいけどぉ……」
「うわっ、うわぁああああああああッ!?」
「ッ……!?」
ほんの少し目を離しただけだった。
俺とキリトがジェミルの健闘を称えた、短い時間。
新たなデバフアタック、ソードスキル、攻撃モーション。警戒も新たにしてボスを見た。
しかし、奴に変わりはなかった。珍しい技でも見たのか。低確率で発生するディレイやスタンにかかってしまったのか。されど、攻略組ならそれぐらい嫌と言うほど経験してきたはずで、今さら驚くはずがない。
ボスが取った信じられない行動とは……、
「ッ……!? いや、違う! まさか、集中狙いしてんのか!?」
「こんな、ことって……!?」
これにはアスナも絶句せざるを得なかった。
蓄積されたはずのタンク隊のタゲ――そもそも、《ハウル》スキルなどで今現在も蓄積され続けているはず――を勝手に変更し、特定プレイヤーのみを延々と攻撃し続けているのだ。
言うまでもないだろうが、レイドにおける平均HPが
「おい! ヤバイぞあいつ!」
「嫌だ、いやだ! 嫌だぁああああああッ!!」
「おッ、い……!?」
信じられないほど連続で斬撃音を残し、あっけなく、あっさりと。
1人の人間の首が飛んだ。
全
ボスにあるまじき、そしてシステムそのものを改編するかのような技は
これが50層ボスのユニークアビリティとでもいうのだろうか。
「ありっ、えねぇぞ!? なんだよこれ!?」
「き、来た! 今度はこっちに! 誰か助けてくれぇ!!」
「無理だ! こんなのどうしようもない! タゲ取られたら死ぬしかねぇ!!」
「やってられるかッ! 俺は……死ぬのはゴメンだァッ!!」
まず1人、《転移結晶》でフロアを離脱するプレイヤーが現れた。ボスによる1人狙いが始まってから出た最初の被害者と同じ隊にいた人物だ。
気持ちは痛いほどわかる。くじ引きで外れを引いたらその時点で死が確定するゲーム。誰だってそんな運ゲーに参加などしないだろう。ましてやここはゲームオーバーが死に直結する、リセット不能のデスゲームなのだ。
「(けど……逃げたら、代わりに誰かが死ぬ。せっかくここまで来たのに! ……)……ここまで来たんだ! 守りきって見せる!!」
ボスはすでに次のターゲットを標的に定めている。
死にゆく人間だけは守らなければならない。俺が攻略組足る最後のモチベーション。胸を張って守ってきた最低限のライン。それがここにはあるからだ。
俺は確かにクズだった。誉められた回数より、見下された回数の方がよっぽどか多い。では償えるよう死力を尽くしたかと問われれば、別にそうでもない。ただわけもなく、宛もなく、淡々と生きているだけだ。
だが、これだけは許せない。容認してはならない。路肩で犬の糞を踏もうがキッチンでゴキブリに会おうがなんとも思わないが、目の前で人が死ぬことだけは俺にとってトラウマだ。
しかし……、
「よせジェイド! お前も死ぬ気か!?」
「下がりなさい! 感情的にならないで!」
「るせぇ! 引け腰で勝てるか! それに、撤退命令だって出ちゃいないだろうがッ!!」
「無理だよ、逃げようよ!」
仲間の声を無視して俺は《メインメニュー・ウィンドウ》を立ち上げる。
そしてワンタップで目的の武装を具現化した。
使用したのは防具用の《クイックチェンジ》。登録されていたのは黄黒の鉄衣、《ミソロジィの四肢甲冑》だ。
装備ボタンを押した瞬間、俺は奇妙な感覚に捕らわれた。手足の痺れと、それに伴う浮遊感。さらに高圧電流を浴びたような衝撃で感覚が遠退き、ふと目を全身に凝らすと、そこには化け物のような手足が生えていた。甲冑が皮膚表面を覆っているのではなく、腕全体が硬質な細胞で編まれた
「なんだ、これ……?」
知識で得ているイメージと、実際に装着した防具の感触の差は歴然だった。
黒を基本色としたベースに雷雲をあしらったように見えるブラックイエロー。そのコントラストが力強さを与え、鋭利な尖りを持つ逆鱗のような表面が禍々しさを強調する。両肘、両膝から先はドラゴンのそれを移植しているかのようだ。
そして、大幅なステータスアップに対比した体と得物の軽さを実感し、湧き起こるパワーは無限の万能感を生んだ。
――できる。
この防具があれば、俺はどんな凶器からでも人を救うことができる。
短く息を吐き、瞬間、俺は駆けていた。
見た目の重装備からはアンバランスなまでの加速力である。
「調子に乗んなよ――」
ものの1秒でボスと『狩る対象』の間に入り込む。
「――くそったれがァッ!!」
右下に構えていた《クレイモア・ゴスペル》が逆袈裟の要領で左上へ移動した。
その先にあった障害物、《ウチガタナ》と《マチェーテ》の武器は全部弾き飛ばしている。筋力値+50という常識外れなパワー補正により、幾重にも鍛えられた無骨な鉄塊が暴れる。決して軽装武器とは呼べないはずの《クレイモア・ゴスペル》を、片手で振り回せるほどパワフルな機動を実現できた。
「ッ、れあァあああああああっ!!」
ソードスキル無し。俺は剣撃が止まる心配のない通常攻撃だけでセンジュレンゲを押し返した。
左下から迫るレイピアは《ミソロジィの四肢甲冑》の特殊能力、
続く頭上からの片手剣は俺の意思で右肘を使って弾く。腰を使ってぐるりと時計回りに回ると、センジュレンゲの右腰に水平斬りを炸裂させる。飛び交うオレンジの火花は、マンツーマンでは決して発生し得ない量で空間に模様を作っていた。
命の削り合い。生命と肉片の乱舞。
そんな表現が当てはまる、血みどろの打ち込み。
「ぜぇえッ! つ……ぐがァアアっ!?」
しかし、やはり50層ボスを前に生半可な力業は通用しなかった。
みなが呆然とする中ほんの15秒ほどタゲを引き受けたものの、『剣8本』という埋めきれないステータス差を前に体制を崩され、俺は真下から掬い上げられるように遠くへと飛ばされてしまったのだ。
何度かバウンドしてから態勢を整える。防いでいるのでダメージはないが、それでも決定的な距離が空いた。
「ぐ、ちっくしょう!」
『カカカカカカカカカカッ!!』
俺という邪魔物を排除し、センジュレンゲは予定通りと言わんばかりにすぐさま元々の対象者を八つ裂きにした。辛うじて前方に細身のサーベルを構えたようだったが、《四刀流》と《片手剣》のパラレルオープンを使った猛攻を前にあっけなくあらぬ方へ吹き飛ばされ、そこから先は文字通り虐殺だった。
これで3人目。
《ポーション》による回復力では、ボスから受けるダメージ量を緩和しきれない。しかもあれだけ斬り合ったというのに、俺へのヘイトはまったく存在しないようだった。
「くそ! くそォおッ!! ッ……!?」
俺はそこで気づいた。
体感で約半数。それほどの人数の戦意が、ほぼ消え失せていた。
プレイヤーへの集中狙い。これがもたらした恐怖が決定打となり、討伐隊は自らが討伐対象となりつつあることを悟ってしまっていたのだ。
「転移! 転移アルゲード!」
「あ、お前逃げるのかよ!? ……ちくしょう、やってられるか!」
「オレも抜けるぞ!」
「おっオレもだ! だいたい、もう逃げてる奴いるじゃねぇかよッ!!」
「ダメよ待ちなさい! 手順通りに撤退するのよ!!」
「それで死んだら元も子もないだろう!?」
戦線は瓦解寸前。個人の勝手な離脱など、本来ならあってはならないはずなのに。
しかし、そもそもの話。予定されていた撤退戦すら『個人を守るような配列』にはなっていない。討伐隊の勝手な逃走も、事前に打ち合わせた撤退手段に絶対的な安全性が確保されていないことに気づいたのだろう。
「戦列を乱すな! 慌てず対処しろ! ……B隊、右側面から当たり、なるべくボスに足止めをかけたまえ!」
「む、無理です! こんな状況じゃあ……」
「団長! 我々も撤退に移りましょう!」
「く……ッ」
駄目だ。ヒースクリフですら戦況を掌握しきれていない。《風林火山》のメンバーからも逃走するプレイヤーが出ていた。
このまま戦闘が長引けば戦死者と離脱者が続発するだけに……、
「うそッ!? ……ジェイド! ロムが! ……ロムがぁ!!」
「ロムライル!? クソッ!!」
いきなり慌て出したジェミルの目線の先、そこにあったのはセンジュレンゲに攻撃を受けるロムライルの姿だった。
彼が攻撃を受けている。つまり、これからも攻撃を受け続けるということになる。さらに彼の体力ゲージがたった今イエローゾーンへ。
「ッ!! ……ルガ、俺が先行する! いつものコンビネーション! ジェミルは目を潰せ!」
「わかってる!!」
「絶対にやらせないっ!」
他人への配慮、隊毎の役割、『レイド』システムがもたらすアシストやボーナス、小隊長アスナ並びに総指揮ヒースクリフからの命令。
その他すべての事象を無視して、俺は両の足を限界速度で動かした。
向かい風のように迫る焦りが全身に重圧を課せる。
それでも俺は猛進した。脳内の整理、視野の狭まり、音の遮断、クリアになった思考をもとに、最も効率的な救助方法を描く。全身全霊を込めて《クレイモア・ゴスペル》を解き放った。
ガチンッ!! という金属音が反響し、俺の真上からの斬り払いは《レイピア》カテゴリの武器にヒット。と同時に、ジェミルからの援護が入り、ブーメランとダガーが敵の両目に命中。
直後にカズが入れ替わり、十八番のソードスキル、《ガントニック・バーニア》を弱点部位とおぼしき場所に命中させていた。これにより、センジュレンゲのHPは3本目のレッドゾーンにまで低下。
レジクレが実現できる、最高の連続攻撃となった。
「っし……ハァ……ちったぁこれで……ッ!?」
『カカカカカカカカカカカッ!!』
白煙を切り裂いて現れたボスは、迷うことなく4本ずつの剣で俺とカズを左右に吹き飛ばし、ロムライルへと迫っていった。
足りない。ボスを止めるには、ほど遠い。
「ぐあっ、く……ロム! 逃げてぇ!」
「転移しろ! 早く!!」
「みんな、オレは……絶対ここから……っ」
その先は聞こえなかった。
彼の言葉を遮ったのは、センジュレンゲによって初めて使われた技、《四刀流》ソードスキル、上級究極十二乱撃《スプレンディッド・ディスペアー》。
初見、つまり対処法の知らないプレイヤーには防ぎようがない技だった。
連続攻撃の3発目までは驚異的な集中力で防ぎきったが、そこからは体勢を崩されてロムライルは攻撃を全身に浴びた。
「ろっ……」
音が遠退く。意識だけが加速する。
最後に……いや、最期に。接写したようなスローな世界で、目が合った。そして、彼は微笑んでいた。歩み終えることになる人生に、
けれど、俺は納得などできない。こんなところでロムライルと……、
「ロムゥうううううッ!!」
バリィインッ!! と、独特な破砕音が響いた。
青く発光する1センチ四方の欠片が、無情にも宙を舞う。
理解が追い付かない。理解することを怖れ、現実から目を背けているだけなのかもしれない。
だが、だとしたらなぜだ? 過去にした悪事、それについては反省した。その手の行為から足を洗い、選択の余地があるなら人のためになることを率先して選んだ。
では俺以外の人間はどうだったかだろうか。
論ずるまでもない。加盟前からずっと、レジクレはいつだって善良だった。頼まれたら断れず、攻略が遅れるとしても、他人のために全力を尽くす。彼らはこの殺伐と世界ではあまりに甘く、そして優しい攻略組ギルドだった。
天罰、天誅、そんなものを受ける筋合いはない。
それでも、ロムライルは死んだ。
死んだのだ。
「クソ……なん、で……ッ!!」
「……ぁ……あぁ、ぅ……」
「ろ、ロム? ……そんな……う、ウソだ! こんなのッ!!」
「待てお前ら! 今の人はまだ助けられる!」
「ッ……!?」
俺は勢いよく真後ろを振り向いた。
全身を漆黒に染めるキリトの姿がそこにはあった。
しかし彼は今なんと言ったのか。俺の聞き違いでなければ「ロムライルが助かる」と、こう聞こえた。
「ど、どういうことだ……キリトは……ッ!!」
そうだ、ある。キリトにはこの世でたった1つだけの、死者を蘇らせる特殊なアイテムがある。
それをこの場で使えば、ロムライルを死の淵から引きずり出すことができる。
「キリトッ、一生の頼みだ! あのアイテムをここで!!」
「わかってる! 時間がないんだ! 早く……ぐうッ……っ!?」
聞こえてはいけない音だった。
ドスッ、と。鈍く重い音が響いた。
目の前にいるキリトの心臓から片手直剣の切っ先が覗いている。
「ぐ……ぁ……っ!?」
『カカカカッ! カカカカカカカッ!!』
いつ忍び寄ったのか。背後には黄金の多腕ボスが。
戦いは続く。ロムライルが殺されようと、何人の死者を発しようとも。捕食者を選び続ける。対象が死ねば、その次の対象を。
ボスは、キリトを殺さんがために、残り7つの凶器を高らかに掲げるのだった。