SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第60話 英雄譚

 西暦2023年12月28日、浮遊城第50層。

 

 50人を越える攻略組が集う迷宮区最奥部の中で、50層フロアボス《ザ・スラウザー・オブ・センジュレンゲ》の討伐が再開された。

 敵のHPケージは残り1本。戦力の補充ができた今、相対的に見て戦線は持ち直したと見ていいだろう。

 だが問題も起きていた。昨日の討伐でボスが使わなかった能力、例えば《四刀流》スキルや《平行発動(パラレルオープン)》、そして『ヘイト値完全コントロール』能力などを聖龍連合(DDA)は知らないのだ。

 目潰しデバフアタックである《スペース・エリアウト》こそ、対抗策があることを知ったDDAには利かない――現に先ほど目をつぶるなどの対策をとっていた――ものの、それ以外はかのトップ級ギルドにとっても想定外だった。

 そして彼らが俺達のレイドへ割り込んできてから5分。たったの5分でDDAのメンバーは根を上げ始めていた。

 メンバーからすでに2人、追加で死人が出ていたからだ。

 

『ガカカカカカカカカッ!!』

「ひ、ひぃいっ! 今度は俺んとこ来たッ!! みんな助けてくれよ!」

「バカ動くな! ボスと直線上にいろ! お前が動くと止められないだろう!」

「逃げた腰抜けはあとでシバいておく! やっと最終段に来たんだッ! このまま最後まで突っ切れ!!」

 

 しかしそこはDDAの意地、きちんと反撃はできていたようだ。本来、トップ級ギルドがボス戦に重なった場合、どうしてもタゲの取り合い合戦が発生してしまいがち。その点、タゲの集中そのものはプラスにはたらいているのかもしれない。

 しかし敵の攻撃値が個人の回復量を越える以上、狙われたプレイヤーはたまったものではない。DDAからは早くも数人、勝手な逃走に走った人間が出ている。正規討伐隊の立て直しのために大人しくしていたアスナでさえも、集中狙いされた不運なプレイヤーには震えるように惨慄(さんりつ)していた。

 

「ヒーフクリフ団長、彼らを守ることはできませんか? わたし達の援護は、大きなお世話かもしれませんが……」

「気持ちはわかる。しかし無理だ。《アイソレイデ・ムーン》は10分間の使用を許されるが、クーリングタイムが従来のソードスキルからは考えられないほど長い。向こう20分は使えないのだよ。……それにあの技は術者の集中力にも左右される。技の持続は端から限界なのだ。他の単発式のスキルも、KoBのメンバーかこちらの仲間に使用する」

「そう、ですか……」

「(仲間のために使いたいだと? ザケやがって。DDAはともかく、レイドが最初に危険にサラされた時に、なんでさっさと使わなかったんだよッ……!!)」

 

 ヒーフクリフとアスナの会話を聞き、どうしても俺は力の出し惜しみをしていた人間に抑えようのない怒りを向けていた。

 無論、KoBから脱落者が出る危険性や長いクーリングタイムの関係から、発動タイミングを見極めていたのだろうことは理解できる。

 だがそれでも。

 ロムライルを助けられる力が眠っていて、それを使わなかった人間と共に戦わなければならない己の非力さと無力感。そしてKoB団長へのどうしようもない苛立ちが態度に現れてしまう。

 

「おい、ヒーフクリフ。言っちゃァなんだが、あんたの指揮で人が死んでるんだ。突っ立ってないで攻略に参加しようぜ」

「……よかろう。D隊はそのまま、まずはC隊から前進。我々からターゲットが発生した場合はA、B隊でそれを阻止する。……問題ないな? では、C隊前進!」

 

 了解!! という、6つの声が重なる。それに伴い、再編されたC隊が攻勢に出た。

 人数が半減した俺達のレイドは単純化されている。A、B隊が守り役でC、D隊が攻め役だ。これ以上分割するだけの人数も余剰戦力も、今の俺達には残っていない。

 

「(……アギン。あんたこんな気持ちでセンジュレンゲに立ち向かってんだな。……でも、俺もこの化け物を殺したいって気持ちだけは同じだ。俺がこいつを殺しきるッ!!)」

 

 最初現れた威勢はどこへやら。結束力が低いのか、個人を守るような陣形が作戦内容に盛り込まれていなかったのか。

 とにかく、DDAは最悪のタイミングで参戦してきた反動として『殺そう』とする考え方より『生き残りたい』という考え方が勝り始め、早くも消極的だった。

 勝てないと判断し、(わら)にもすがる思いだった俺達が言えた義理ではないが、狙われる人間が分散されたことで人数の激減した討伐隊の負担は減っている。これは千載一遇のチャンスだ。

 「っし、交代だ! やってやるぞ!!」と、パーティリーダーが掛け声で合図し、ローテーションの順番が回ってきたD隊はC隊に変わって前線に躍り出た。

 飛んでくる小石を払うように、《パラレルオープン》を駆使して時には三方向同時に対応してくるが、体力総量にまだ余裕のある俺達は構うことなく攻撃を繰り返した。

 もう何度目かもわからないソードスキル発動のあと、最終段まで落ちたボスのヒットポイントがようやく注意域に到達しているところが見えた。

 

「(DDAが若干ヤバイけど、行けそうか? カズやジェミルも攻撃に集中できている。ようやくここまで……)……な、なんだァ!?」

 

 俺は素っ頓狂な声を上げた。C隊およびDDAの遊撃隊が見えない壁、衝撃波のようなものに押し返され、何人も倒れ込んでいたのだ。

 

「くそ……いや、この衝撃は攻撃じゃなくて無敵モーションを開始するためだったのか。つか、今さら武器の変更でもすんのか……?」

「ち、違うよジェイド。……これは……」

 

 とりあえず衝撃波が攻撃技でないことに胸を撫で下ろしたが、ボスを囲んで奇妙な静寂を保たざるを得なくなった討伐隊。

 しかし、その両目が例外なく驚愕に見開かれていった。

 まずボスの体の隅々までが電池を切らした機械のように一時的に停止し、それからギチギチと立てながら形態を変化させているのが見えた。具体的には真上から見て体が3等分に、そして背中に生えていた8本の腕が左右4本の対になるように。

 《片手直剣(ワンハンドソード)》と《打刀(ウチガタナ)》、そして《湾刀(マチェーテ)》と《細剣(レイピア)》が集まった4本の剣も右側は右の顔の方、左側は左の顔の方へ移動していく。さらに《スペース・エリアウト》発動のキーアイテムであったランタンを捨て、人間大の大きさだった腕がうしろの8本のように長く変化した。変化した手にはいつ握られていたのか同じように4種類の武器がきちんと備わっていた。

 次の瞬間、センジュレンゲの体が弾けた(・・・)

 3方向に飛んだそれぞれの体の内側から、精巧に作られたカラクリのように人体のパーツが摘出されると、5メートル半を越える3体の人型ボスが悠然と3つも屹立(きつりつ)していた。

 全モンスターはHPゲージを1段のイエローゾーンで表示。顔は正面にのみ、腕の数も1体あたり4本まで減ったが、数が増えたせいで単純計算ならHPは3倍だ。

 「こ、こんなの……」と。誰かがそう呟いた時、3体に分裂したボスが動いた。

 1体がDDAの方へ。そして2体が俺達の方へ。

 

『カカカカカカカカカカカカッ!!』

「きっ、来やがった! こっちに! ボスが3体に分裂しやがった!」

「なんだよコイツ! 本物は1体か!?」

「見分けつかねぇぞ!! 俺達はどう戦えばいいんだ!?」

 

 3つの体を得たセンジュレンゲは、多勢に無勢を返すように猛反撃を開始した。

 しかも、あろうことか個人への集中狙いが生きている。1人で3体のボスの位置情報を把握しきるなんて不可能だ。もし1体を狙っている最中に他の2体からターゲットにされたとしたら、少なくとも対処までインターバルを空けてしまう。

 それにヘイトの溜まり具合が無視される以上、『狙うべきセンジュレンゲ』は逐一流動する。

 

「正面はタンクが務めよ! 攻撃隊は側面、および後方から最大ソードスキルの使用を! 今なら安全に発動できる!!」

「なっ!? こいつらに挟み撃ちは利かねェはず……か……っ、そうか!」

 

 俺はやっとヒーフクリフの言わんとすることを理解した。

 一般的な視野120度を3方向に取り付けることで『360度の視野完全補完』という特殊な性能を保有いたボスだったが、今はそれを発揮できない。なぜなら分裂(・・)してしまったからだ。

 敵にとってもいいことずくめではない。しっかりとデメリットが存在し、ヒーフクリフはそれにいち早く気付いたのだ。

 広域デバフアタック《空間ごと目潰し(スペース・エリアウト)》だけでなく、システム外スキル《パラレルオープン》も《360度視野補完》も。奴にはもう、備わっていない。

 

「よし、後ろからなら大技行ける! 狙われた奴はタンクの後ろにでも隠れてろ!」

「こっちには《神聖剣》がある! オレ達は助かるぞ! 絶対に死なないんだ!」

「一気に攻撃しろぉ!!」

 

 しかし、一気呵成に攻勢へ出ようとした瞬間だった。

 

「……いや、待て!? 後ろからもう1体のセンジュレンゲが!?」

「コイツらッ! 別の仲間を攻撃してるプレイヤーを次のターゲットに定めていやがるッ!!」

「ふざけんな! 狙われるなら……お、俺はもう攻撃しないぞ!?」

「バカ野郎! お前らアタッカーがやらねぇと攻略は終わらねぇんだぞ!!」

 

 怒号と叫喚が飛び交うなか、センジュレンゲは意にも介さずプレイヤーを狙い続けた。そうすることで、フロアの防衛を任された自らの存在意義を証明するかのごとく。

 それにセンジュレンゲが助け合う姿を見ると、ある既視感に襲われた。

 

「(この戦い方……10層のフロアボス、《アキョウビ》と《ウンジョウラン》の連係プレー!? センジュレンゲはマジで今までの層の集大成とでも言うのか……ッ!!)」

 

 ほとんど弛緩しつつも、俺は冷静にボスの分析をしていた。《ジェネラルスタチュー・ジ・アキョウビ》と《ジェネラルスタチュー・ジ・ウンジョウラン》。この2体のボスは互いにサポートし、支え合うようにコンビネーションアタックを仕掛けてきたが、今のセンジュレンゲの戦い方はまるでその再現だ。

 しかしあることに気づいた。奴らは目の色が若干異なっている。色は赤と青と緑。これを利用すれば、狙うべきセンジュレンゲの見分けぐらいはつくだろう。

 

「アスナ、赤目の奴が無防備だ!! 団長サマも手が空いてねェみたいだし、俺らで判断して動こう!」

「……わかったわ。D隊、前方の個体に攻撃を仕掛けます!」

「ルガ、ジェミル。俺達でキメるぞ!!」

「うん、倒そう! 抵抗の紋章(レジスト・クレスト)の力を、ここで!」

「今度こそ! 必ず成し遂げるよ!!」

 

 たったいま狙いが切り替わってDDAの連中を狙い始めた赤目のセンジュレンゲだが、怒りを沸騰させた俺達にとってそれは微々たる変化だった。

 俺達を狙わないし、レイドに手を出さなくなった。

 他のプレイヤーが死に、悲しさは共有された。

 ヒーフクリフは温存していた手の内を見せ、キリトやアスナは同情もしてくれた。

 ……だが、足りない。全然足りない。

 奴は俺達を結び付けてくれたロムライルを奪い、かけがえのない仲間を永遠に(さら)っていったのだ。そんな程度で収まるほど……、

 

「軽い恨みじゃねェんだよォッ!!」

 

 叫ぶのと同時に最大級ソードスキルの連続発動。仲間がタイミングを合わせてスキルを発動しているのだ。

 ゴッガァアアアアアアアッ!! と、そのすべてが盛大に命中。

 これにより、赤目のセンジュレンゲはそのHPゲージを危険域(レッドゾーン)にまで低下させる。もはや戦意を喪失させ、逃げ惑う敗走者にまで堕ちたDDAの兵士を尻目に、攻撃の手を休めないよう脳から命令を送り続ける。

 ――殺したい。

 ――もっと、徹底的に破壊したい。

 そんな危険な衝動に逆らわず、麻痺しかけた両腕をなおも酷使していたそのとき。手を止めざるを得ない現象が起きた。

 分隊リーダーであるアスナが、すぐ近くで慣性を無視した凄まじいスピードで飛ばされていったのだ。

 

「いっ、つ……ッ」

「狙われてる!? 今度はアスナが!?」

「く、ここまで来て……!!」

 

 圧迫されるような鋭い瞬間火力を維持したまま、センジュレンゲによる挟撃に翻弄(ほんろう)される。戦況が一変したことでD隊も一時的にターゲットを変えざるを得なくなった。

 

「アスナ……おいアスナ! っ……ぐッ、別の奴か!?」

「くそったれ、ヤバいぞキリト! 後ろにも気を使え! 青目のセンジュレンゲがそっちに向かってる!!」

「でもアスナが! アスナが危険に……」

「バッカ野郎……ソロならテメェの命を優先しろ! 俺が代わりに……なっ!?」

 

 眼前すれすれの位置を片手剣の刃が通り過ぎた。俺もボスに攻撃をされたのだ。

 

「(ターゲットにされた!? 俺がッ!?)」

 

 状況はまさに最悪だった。

 走馬灯が駆け巡る。確かに俺の人生はさんざんだった。

 両親からはあらゆる期待をされず、物心つく頃から刻まれた姉との格差や劣等感。学校での生活も、教師が見て見ぬふりをするなかで、いじめや暴行がまかり通る環境だった。それを助けようとしなかった俺も同罪だろう。付き合う相手も比較的悪く、成人を間近にこれといって親友と呼べるような奴もいない。かといって細々と彼女でも作って青春を謳歌、なんてこともなく、浮ついた話はせいぜい彼氏持ちの女にちょっかいを出された程度だった。

 だが。かつてこれほど、俺は自分の運命を恨んだことはなかった。

 緑目のがアスナに、青目がキリトに、そして先ほどまで攻撃される一方だった赤目が、今度は俺を捕食対象に選んだ。今までの安全な位置にいたD隊が一気に危機にさらされたのだ。

 

「(く、クリスタルを……ッ!!)」

 

 俺が「ヒール!」と叫ぶのと、センジュレンゲの《四刀流》ソードスキル、上位究極十二乱撃《スプレンディッド・ディスペアー》が炸裂したのはほんの少しの差だった。

 ゴッバァアアアアアアアッッ!! と、もはや斬られているのか押しつぶされているのかも判別できない衝撃が襲ってきた。俺の体力が回復しきった瞬間に敵の予備動作(プレモーション)も終わり、《武器防御(パリィ)》スキルの防御力をボスのスキルが貫通している。

 きりもむように投げ出された俺は、すぐさまレッドゾーン寸前にまで追い詰められた。

 レッドゾーン寸前。それはすなわち、俺はボスの十二連撃に耐えきったのだ。

 しかし、なぜ? これはロムライルを殺す時に使われていた、いわば必殺技だ。HPの総量や攻略途中にいくらか培った防御力も、やはりタンクであるロムライルを下回っていたはず。

 いや、これは……、

 

「よかった……無事で……」

「……ひ、ヒスイ!? 俺をかばったのか!?」

 

 俺と重なるように倒れていた人物、それはヒスイだった。思わず目をつぶってしまってから、数発の攻撃は彼女が引き受けてくれたのだろう。だが彼女が斬り裂かれたからこそ、俺は生き延びている。

 

「ヒスイ……っ」

「ジェイド、ヒスイさん大丈夫か!? ッ……ディレイタイムが長い! リック、おれに合わせろ!!」

「了解っす、先輩! いつでもかましてください!」

 

 ギリギリの『生存』をもぎ取った俺達2人の前に、《SAL》所属の4人、アギンやフリデリック達が割り込むように立ちはだかった。

 上位攻撃の代償として長い硬直を強いられる《スプレンディッド・ディスペアー》終了直後、その時間を逆手に取ったのだ。

 果たしてその目論みは見事成功し、バー最終段の先端は全体の1割ほど後退した。

 他の個体は血の気の多い連中に任せておけばいい。

 本当に、本当にあと少しだ。

 

「(狙いはこいつだけ。1体だけなんだ……)……っ、ルガ! 数秒持たせろ! 51層に行くぞッ!!」

「わかった! やってみせる!!」

 

 唯一、まだ戦えそうだったカズに命令を飛ばすが、稼げる時間は少ないだろう。そして俺はこれを1秒すら無駄にはできない。

 ギルドの仲間に俺は守られながらラストアタックの準備をした。心臓の心拍音すら拾えそうなほど集中し、《メインメニュー・ウィンドウ》を操作。立ち上げからの、ほんのワンタップ。システムが認証し、それをオブジェクト化する。たったこれだけのプロセスが死ぬほど長く感じたのも初めてだ。

 そのすぐ付近では、討伐隊の怒号も飛び交う。

 

「アスナ君は我々に任せたまえ! 残りの《神聖剣》スキルも解放する! KoBの名に懸けて守りきるぞ!」

「任せてください団長!」

「アスナさんを守れぇ!!」

 

 KоBのメンバーがアスナを守るように先鋭部隊を展開した。

 

「キリト! おめぇをやらせはしねぇ! 《風林火山》!! ここが踏ん張りどころだッ!!」

「任せろリーダー!」

「うっしゃあ! かかってこいやぁ!!」

 

 クラインを筆頭にした《風林火山》メンバーが頼もしそうに応えた。

 多くのプレイヤーの声が聞こえる。それは奇跡の防衛戦だった。絶体絶命に立たされた各々の捕食対象は、多くの仲間に支えられ、助けられることで窮地(きゅうち)を脱しつつある。

 そして、センジュレンゲにも『限界』は存在する。

 

「はあああッ!!」

 

 珍しく大声を出しながら、ヒーフクリフが新たな《神聖剣》ソードスキルを発動し、『攻撃を防ぎつつ攻撃するスキル』という前代未聞の荒業でもって、緑目のセンジュレンゲのHPゲージを消し飛ばした。

 奴は体の内側から爆発し、振るっていた脅威をデータの破片として呆気なく散らす。

 ボスの討伐、その3分の1が完了した。

 

「クライン! 回復は済ませた! 俺と替われ!!」

「ッ……キリト、今だ!」

「スイッチッ!!」

 

 次にヒットポイント全快状態のキリトが、最近発見された上位乱撃九連撃を越える技、《片手剣》専用ソードスキル、上位広範囲高速十連撃《ノヴァ・アセンション》。

 対してボスは、ソードスキル無しで4本の剣で凌ぎきろうと考えたのだろう。

 しかし最初の2撃目で態勢が崩れ、さらなる4撃目で構えが完全に解かれた。

 5撃目以降の攻撃はまともに防ぐことすらできずに、センジュレンゲはキリトの渾身の大技を全身に刻まれた。

 爆散エフェクトの発生。それに続く、ボスの減少。

 

「(あとはコイツだけっ!!)」

 

 ニアデス間近までダメージを受けたアギンやフリデリックは一旦退避している。感情任せに攻めまくっていたジェミルも同様に。

 かくして、俺の四肢に改めて《ミソロジィの四肢甲冑》が再装備される。同時に体の重みが消え、《クレイモア・ゴスペル》が羽のように軽くなった。

 

『ガカカカカカカっ!!』

「ジェイドぉ!!」

「いっ――」

 

 俺は、カズの技後硬直(ポストモーション)を打ち消す最後のスイッチを。

 

「――けぇええええええええッ!!」

 

 彼の影から表に出ると、赤目のセンジュレンゲは仁王立ちしていた。

 右上から迫るレイピアを体全体を傾けて回避する。右の頬に鋭い痛みが走ったが、無視して敵の片手直剣に集中した。

 真上からの降り下ろし。敵から見て右手上側の武器が光を放っている。《片手剣》専用ソードスキル、中級単発垂直斬り《バーチカル・ファルコン》だ。

 ――避けきれない。

 そこまで考えた時、突如ブーメランが飛来した。武器に激突。凶器が軌道を少しだけ逸れた。

 ゴバァアアアッ!! と、すぐ横の大地が抉られた。角度、タイミング、全てが絶妙だ。こんなことができるのはジェミルしかいない。後方のジェミルが俺を守ってくれたのだ。

 声にならない咆哮。

 それが自分のものだと気付く前に、体の後ろに構えていた大剣を片手で振り抜く。

 

「うぉオアあああああああああッ!!」

 

 ガリガリガリッ!! と地面を削ってから、下から順に俺の大剣が奴の体を駆け走った。

 足元から斬り込みを入れ、武器を次々と排し、胴体を通過し、脳天を貫き、天井に昇る。

 ズバァアアア!! と、斬撃音が響いた。

 

『ガ、ガガァァ……カ……ッ』

 

 センジュレンゲが腹部から膨張し、そして爆発した。

 青いポリゴンデータが霧散する。殺人鬼が、その生命をあますことなく散らす。

 ほんの数秒、静寂が訪れた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 直後、『congratulations』の文字がフロアに浮かんだ。

 そして3つの大きな光球が発生する。その光球はだんだんと明度を上げて次に光を失った時、そこには3本の剣が中に浮いているのが見えた。

 

「なん、だ……?」

 

 いきなり支えを失い、3本の剣はそれぞれが地に突き刺さる。

 次に銘が武器の頭上付近に浮かんだ。

 1本目は白地で十字架を模した大盾の中央には、大胆にも深紅の塗料でこれも十字架をあしらった紋様。その裏側に聖剣と表現するに相応しい壮麗な柄が伺える。敵を斬る刃と身を守る盾、それらがシンクロすることで調和を生み出す。

 《片手直剣》カテゴリのLAボーナス、《リベレイター》。

 2本目は対照的に黒。盾はなく、漆黒の剣身に銀の縁取り。(うるし)を塗ったように光さえも吸い込み、手裏剣の一部を模した鍔と、これもやはり真っ黒な柄。一目で硬質な素材だとわかる、シンプルにして大業物を思わせる鋭利な剣。

 《片手直剣》カテゴリのLAボーナス、《エリュシデータ》。

 3本目の基本色は暗い藍色。そこに赤みのかかった紫で象形文字が印字される。長いグリップに対し、2本ある片刃剣のブレード。鈍い光を発するそれを、支柱を中心に左右に取り付けた大雑把な凶器。両刃とも言えない規格外の大剣。

 《両手用大剣》カテゴリのLAボーナス、《ガイアパージ》。

 51層を解放したプレイヤーのメインアームをシステムが算出し、それぞれにへ贈られた最高峰の武器。ヒースクリフが手にする武器が《片手直剣》であることから推測するに、彼の使用した《神聖剣》スキルは武器の種類を問わないのかもしれない。

 不思議な現象は終わり、いかなる予兆も感じさせない、閑散と広がるだけのいつものエリアがあった。

 

「やっ、た……のか……」

「たおし……た……倒したぞ!」

「終わったんだっ!!」

 

 戸惑う喜びも徐々に確信の笑みへと変わっていった。その後、歓声や拍手が利害関係を無視して激闘を終えた攻略組を分け隔てなく包んだ。

 フロア全体に、割れんばかりの歓声が上がった。

 介入しておいてラストアタックを奪えなかったDDAには、不服な顔をする人間も数人いるようだったが、おおむね勝利に嬉々とした表情をしている。仲間を失ったSALの面子すらこの時ばかりは喜びを分かち合っていた。

 ……それでも。

 俺を含み、レジクレのメンバーの面影は一様にして暗いものだった。

 彼を失った以上、普段通りとはいかない。リーダー脱落によって散り散りになったギルドの話など後を絶たないからだ。それに、そうでなくとも51層以降の攻略はもう4人では行えない。この事実が重く腹にのし掛かる。

 やりきれない思い、逃れられない憎悪、かきむしりたい衝動と、無意味と悟る僅かな落ち着き。死者がその場に残す武器が約10人分、そこかしこに散らばっているのが事実を突きつける。

 だが、ない交ぜになる俺の内心はよそに、ヒーフクリフが地面に刺さった《クロスカーレ》を引き抜いてストレージに仕舞い、さらにKoBの連中が次層のアクティベートに向かっている姿が見えた。

 討伐成功という功績。それをいち早くプレイヤーに伝えたいのだろうか。仲間を失い放心状態の者もいるなか、やはりあの精神力は尋常ではない。

 

「(とてもそんな気にはなれねぇ。けど、ここに残るのも嫌だな……)……ルガ、ジェミル……上に行こう。話はそこで……少なくとも、ここはな……」

 

 俺は残りの耐久値(デュラビリティ)を10パーセント以下にまで落とした《ミソロジィの四肢甲冑》を、『装備状態』から解除しながらカズ達に話しかけた。

 

「うん……そう、だね。僕もここは嫌だ。ジェミルも……ね?」

「いい。……ボクは、いいや。……どこにも行く気がしないんだ。ここでロムとぉ……一緒に……」

 

 まるで見えない誰かと話しているかのように、彼はロムライルの形見を握りしめてそれだけを言った。

 連綿(れんめん)と答えの出ない不安が押し寄せた。彼は立ち上がる気力もないのかもしれない、と。その背中に、俺は短く声をかけた。

 

「……上で待ってる。落ち着いてから話そう」

 

 そう言って《ガイアパージ》の元へ歩いて来た俺は、時同じくして近づいたキリトと1度だけ頷き合い、LAボーナスである剣を引き抜いた。

 と、2人同時によろめく。

 筋力特化ビルドの俺からしても、信じられないほどの重量だった。持ち上げるだけで精一杯で、これをまともに装備するにはあと2、3ヶ月はかかるだろう。

 

「は、ははっ……は。すっげぇ、これが《魔剣》ってやつか。初めて触ったよ」

「ああ、俺もさ。……彼にも見せてやりたかったな……」

「……くっ……ぅ、こんな……嬉しくない贈りモンも初めてだ。思ったより感動もねぇしよ。クソがッ……こんなのいらねぇよ。全然いらね……え……」

 

 もはや誰に話しかけているというわけでもない。

 ふと、張りつめた気が途切れたのかもしれない。涙腺が緩み、涙が瞼を決壊して次から次へと溢れてきた。何度も瞬きをしたが、手に取る大剣すら歪んで見えなかった。

 俺は泣いている。滂沱(ぼうだ)の涙は、止む気配もなかった。

 こんなデジタルデータの塊に、いったいどんな価値があるというか。

 4層で俺がカズとよりを戻そうとした時、ロムライルは「βテスターとは付き合えない」と遠ざけた。だがこれは、カズを想ったゆえの行動だった。15層でレジクレの3人がアラームトラップにかかった時、俺は迷わず戦場に飛び込んで彼らを救った。それに対し、彼は礼を言って俺への認識を改めた。20層で久しぶりに会った時、俺は攻略行為をやめるよう提案して、逆に俺を守りたいのだと怒られた。そう言われた時、どれだけ嬉しかったか。30層で抵抗の紋章(レジスト・クレスト)に正式に加盟した時、ケイタの分まで俺がこの世界で生き抜いてみせると誓った。そうすることが報いになると信じて。35層ではケンカもした。オレンジ連中を捕まえることに目が眩み、彼への恩を忘れ調子にのって3人には迷惑をかけた。いま思い返すと恥ずかしいことを言っている。けれど、それすら俺にとっては新しい経験であり、かけがえのない思い出だった。

 そしてなにより、真っ暗なフィールドで独り泥にまみれて眠るしかなかった俺を、孤独な世界から救ってくれた毎日の幸福すべてが。

 人生を織り成す、大切な1ページだった。

 

「ふっ……ぐ……あぁああああああああっ!! なんでッ! もう一緒にっ……戦うのも、話すのも! ……一緒に笑うことも……グスッ……できないのにッ! あんたがいないのに! ふッ……どう、してっ……こんなものを喜べるッ!! どうしてェええええッ!!!!」

 

 ガギィンッ!! と、俺は《ガイアパージ》を床に叩きつけた。

 それでも、膨大な耐久性を備えた《魔剣》が堅固な材質を証明しただけだった。

 

 

 

 12月28日、氷点下の真冬日。51層主街区《トロイア》が解放される。

 そして……寄る()を失った攻略組ギルド《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》が、実質的な解散をするのだった。

 

 

 

 

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