SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第8話 鍛冶屋騒動(中編)

 西暦2022年12月8日、浮遊城第2層。

 

 目の前の武器が消滅する。この現象が起こるのは《メンテナンス》を怠り、戦闘中に武器の耐久値(デュラビリティ)がゼロになった時だけだと思っていた。

 少なくとも強化中に起きるはずがない。ゆえに、現場を目撃していた鍛冶屋と剣の持ち主、そして俺もまた同じようにフリーズを余儀なくされていた。

 面倒ごとに巻き込まれる前に目を逸らして退散すべきか。

 しかしそんな選択肢がよぎった時、ふと違和感が募った。

 

「(いや、違うぞ。……これどっかで見たことが……)」

 

 あれはβテストの時だっただろうか。今と同じように、俺の前に並ぶ男の剣が砕けていた。

 当時の男が呟いていたのを覚えている。確か「試行上限以上は不可能か」なるニュアンスだったか。少なくとも、壊れた割にはいやに落ち着いていた。

 まさか、実験していたのだろうか。

 《強化試行上限回数》という限界を越えて武器を強化したらどうなるのか。3種類の強化ミスにはない現象は引き起こせるのか、と。

 現にそのポンチョ姿の男は、顎に手をやりながら安価の剣が砕けるのを満足げに見下ろしていた。

 強化ミスは3つ、つまり強化素材を使用したにも関わらず素材のみが消滅して変化が起きない《素材ロスト》、ある種類の強化を試みたにも関わらず別の強化が施されてしまう《プロパティチェンジ》、そして強化が弱体化へと変わってしまい、最も手痛いミスとして知れ渡る《プロパティ減少》だけだと思っていた。

 本来なら目の前の男の最悪の結果は、その剣が《ガーズレイピア +3》になることのはずなのだ。

 だのに剣は消滅した。大前提として、これは男が故意にやらなければ起きない。

 なら可能性は……、

 

「あ、あのさ。その剣の強化、今ので何回目だった?」

 

 2人が言い合いになる数秒前に俺が割り込む。

 武器を失った男はイラだたしげに「5回だ」とだけ言うが、とすれば1回分の余裕があったはず。それでは辻褄は合わない。

 だが俺とてゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだったので「そ、そうか。運がなかったな」とだけ言ってその場を離れた。

 後ろで再熱するように男の怒鳴り声が聞こえてくるが、俺にはもう無視する以外の方法がない。

 

「(あんなことも起こるのか……)」

 

 仲裁したかったのではない。あくまで後学のためだ。

 この知識は《クローズド・βテスト》の体験時に培ったもので、正式サービスから変わったと言われればそれまでである。

 しかし、ガーズレイピアが破砕した瞬間の違和感はいったい……。

 

「(鍛冶はβん時もハヤらなかったしな。……まさか、NPCじゃなきゃ安定しないとか……?)」

 

 序盤はあらゆるスキルの熟練度が低い。なくはないだろう。

 それでも長々と考えてしまうのは、きっと強化詐欺の可能性が(ぬぐ)えなかったからだ。

 読んで字のごとく、コルを貰いながら武器も素材もいただいてしまおうという汚い手法のことである。中盤以降は気にならないが、今はコルの入手量が限りなく鈍重なので、1000コル単位でも結構な値になる。

 だがテレビゲームではなくVRMMOでの詐欺は非常に困難なはず。鯖トレではない正式な手続き。ましてやチートカードは使えない。俺はレイピアが割れるまでの一部始終を見ていたし、見る限りでは彼の行動に不審な点は一切無かった。

 

「(俺の思い過ごしかぁ……)」

 

 メインストリートを歩きながら、一層深く自分に問う。

 過剰な詮索かもしれない。その可能性が1番高い。俺はゲームに関しては説明書を見てから始めるのではなく、プレイ中に覚えていく派なので答え合わせもヘッタクレもないが。

 そうこうしているうちに、俺はノロノロと食事を終えていた。

 惰性でプレイヤーが有志で出してみたと言われるお試し新聞の記事を読み、俺の欲しい両手剣の供給が少ないのか、相場を2万2千コルという異常な高さを誇っていることを確認し、やるせない気持ちでベンチにごろんと寝転がる。

 その頃には今日起きたいろんなことも忘れていた。

 

「(あ~あ、宿代ケチってここで寝たろかな……)」

 

 考えてみれば犯罪防止の《アンチクリミナルコード》が稼働しているのに、わざわざ宿に泊まるのは効率が悪い。

 定期的にチェンジするだけで服や体が汚れないし破れない、といったこの便利世界では、風呂も我慢すれば何とかなる。少なくとも不快な臭いをばらまくこともない。いくらか安い宿があったとして、今後ずっと宿に泊まらず野宿し続ければ相当額のコルが浮く計算にもなるだろう。

 無防備状態? 言われなくとも。だが、酔った未成年女が駅で意識を失っても性犯罪が起きないのが日本という国だ。野郎が街中で襲われる可能性が果たしてコンマ何パーセントだというのだ。目立つならせめて、屋根の上ぐらいまで移動すれば上出来だろう。

 などと考えていると、またしてもある人物が目に入った。

 黒いコート。キザッたい視線。あどけなさを残しつつも、自信に満ちた表情。

 

「(うわっキリトだ!)」

 

 一気に眠気が覚めた。

 暗いベンチに横たわっていたことで気づかれなかったのか、奥の小道から全身黒装備のワンハンドソードマンこと、ビーターのキリトが1人で歩いてきたのだ。

 だがせっかくのキリトとは言え、先ほど心の中で「友達じゃねーよ!」とまで言ってしまった俺に、果たして話しかける権利があるのだろうか。……いや、そんなことを悔いている場合ではない。見たところアスナは近くにいないため、今こそキリトの好感度をアップさせてアスナを出し抜くチャンスだ!

 ――アレ、なんかおかしいな。

 

「(まぁいいや……)……キリ……ん?」

 

 呼びかけて直前で止まる。

 なぜならキリトの姿が消えたからだ。

 どこかに脇道へ逸れていったのではなく、こうフッ、といきなり視界から消えた。

 

「(いや、いる……のか? もしかして隠蔽(ハイディング)スキル?)」

 

 しかしよ~く目を凝らすと《ハイディング》スキルを使って姿を消していることがわかった。

 いったいなぜ? 朝にはアルゴにも同じ忠告をしたが、街でのハイドはマナー違反という暗黙の了解がある。

 

「女湯の……ノゾキとか……?」

 

 なわけないだろう。険しい表情がそう語っている。

 理由があるに違いない。あまり注視していると隠れ率(ハイドレート)が下がって俺の存在もついでにバレてしまうため、わざと目を逸らしてあげながら気配を察してみることにした。

 そうしてしばらくすると、彼が動き出すのを感じ取った。

 さすがに何秒か注視され続ければ《ハイドレート》はみるみる減ってすぐに看破(リピール)されるだろうが、今はもう午後8時を過ぎている。季節も相まって夜も早い。これなら隠れていると知っていなければ探すのは困難だろう。

 

「(妄想訓練……中二病ならありうるな!)」

 

 冗談だが、状況は色々と説明がつかない。一時的な《ハイディング》スキルのボーナスは、1層ボスへのラストアタック品が、ハイドレートにボーナスを与えるレア物だとすれば辻褄(つじつま)は合う。

 問題は、キリトが無用な争いを好まないタイプなのに、《圏内》で《ハイディング》スキルを発動させているリスクを考えているかどうか、である。

 冗談でしたで済まさないプレイヤーもいる。街で透明化して、女性プレイヤーが宿の扉を開けた瞬間、一緒に部屋に入り込もうとする非紳士的な連中もいるからだ。俺だってリアルに透明人間になれたら真っ先に女風呂へ向かうだろう。

 とにかく、俺が朝アルゴに《圏内》のハイドについて注意したのは、決して大げさな話ではないというわけだ。

 たとえ1日といえど、彼と会話をした限りでは人をつけ回したりする奴だとは思えなかった。無論、それは猫を被っていただけであって本性は違うのかもしれないが、俺はもっと違う可能性があると感じた。

 『せざるを得ない』のかもしれないのだ。

 さらによく観察すると、後を追っているらしき人物は、先ほど利用しかけた鍛冶屋プレイヤーだということも判明した。

 確か店の名前は《Nezha's Smith Shop》。

 

「(俺のなけなしの記憶力が正しければ……)」

 

 各種スキルには派生機能(モディファイ)と言われるものがある。スキルの熟練度によって機能がアンロックされる仕組みだが、これらのアシストにより幅広いサポートを受けることができるのだ。

 その1つを使用するため、メインウィンドウを開いてスキルタブから《索敵》を、さらにサブメニューから《追跡》を押す。対象設定には一か八かで《Nezha》と入力すると、スキルがきちんと発動するのを確認した。

 

「(ふい~あってたか。ンだよ、捨てたもんじゃねーな俺の頭も)」

 

 機能をアクティブ化したこの瞬間の索敵範囲内にいて、しかも《Nezha》の名を持つプレイヤーがいるとすれば先ほど鍛冶屋にいた彼しか有り得ない。

 このネザだかネジャだかよくわからないプレイヤーは、たった今から2人のプレイヤーにストーキングされるのだ。恐れおののくがいい。

 

「…………」

 

 ――結局男のケツしか追ってないわけだが大丈夫か俺?

 

「って言ってる場合じゃねぇッ」

 

 この日、生まれて初めて行うストーカー行為10分のスリルを、俺は案外楽しんでいた。

 

 

 

 

 翌日。ストーカー男の詳しい心理描写を省いて翌日。

 人生初のストーキング行為(対象♂)は俺を悶々とさせた。行為そのものに悶えているわけでは当然なく、結果があまりにも俺に難解だったからだ。

 順番に起こったことを思い出す。

 1つ、俺すら『強化詐欺』の疑惑を持つに至った鍛冶屋プレイヤーを、実はキリトもマークしていて2人でストーキング。

 2つ、アジト(ただの飲食店とも言う)まで追いかけたキリトは、ドアを少しだけ開けてこっそり中の会話を盗聴。俺はそれを傍観。

 3つ、キリトがいきなり盗聴を中断して木に隠れ、《ハイディング》スキルを再発動。直後に鍛冶屋本人ではないプレイヤーが飛び出して周囲を険しい表情で見渡すも、誰もいないと判断したのか再び店へ。

 

「…………」

 

 これだけだ。

 どんなドラマが詰まっているのか判断できないが、少なくとも店から出てきたプレイヤーの表情を見るに、『何もない』ことはないと理解した。学校の校舎裏で、先輩OBとタバコの売買をしていたクラスのダチの表情がアレに近い。

 やはり何らかの手段を用いて、『強化詐欺』に準ずる行為はたらいていたことは確実だろう。

 なのだが、いくら考えても方法がわからないこともまた事実。と言うわけで俺は情報屋を訪ねていた。アルゴのことである。

 蜘蛛の巣状に巡る街の中心。お洒落なレストランの看板前に腕を組んで立っていると、時間ぴったりに後ろから声がした。

 

「最近よく会うナ!」

「……なぁ、ビビるからいちいち死角取るのヤメてくんない?」

「デートじゃないんダ。それに、脇道から現れた方がいかにも情報屋っぽいだロ?」

「……じゃあお好きに。てか、俺がインスタントメッセージ飛ばした時に奇跡的にメッチャ近いとこにいたのは認めるよ。でも、ここ最近で会ったのは昨日と今日の2回だろ」

 

 ちなみに《インスタントメッセージ》とは、簡易メール……いやさ、某緑色アイコンの連絡ツールようなものである。

 相手の名前さえ憶えていれば送れるもので、非常に便利ではある。しかし反面、迷惑メール防止のため同じ階層にいるプレイヤーのみ、かつ届いたかどうかを確かめられない致命的なデメリットを有するものだが、今回はきちんと役目を果たしてくれたと言えよう。

 

「まぁナ。んじゃさっそく依頼とやらを聞こうカ。ところで金はあるんだろうナ」

「あるっつの。貯めグセあるの知ってるだろ? ……この前言ってたネジャって奴の情報が欲しい」

「ネジャ……ああ例の鍛冶屋ノ。いいケド、それ正しくは『ネズハ』ナ。まぁギルド内での愛称を考えると『ネズオ』でもいいみたいだガ」

「うえっ、多いな。ま、まぁそれは置いといて……もっとこうアレだよ。ボロいもうけ方してたろう? 例えば詐欺の手口とか」

 

 「ほウ……」と唸るアルゴも俺が『強化詐欺』をしていると疑っていることまでは知らなかったようだ。それにしても今の暗喩(あんゆ)で意味が通るところがやはり凄い。

 しかし返ってきた答えは芳しくなかった。

 

「確かに、やけにモメゴトが多いって聞くヨ。ただ詐欺の所以についてはオレっちも知らんナ。少なくとも確信がなイ。確実性のない情報は売らなイ」

「冷た! 調べてくれたりとかは……?」

「ムゥ……ちょいと厳しいかナ。オレっちは攻略情報集めるのに忙しいんダ。逆に聞くが、お前サン昨日店に寄ったなら、そこで怪しい行動とか見なかったのカ?」

「俺が見た限り……むしろテイネイだったよ」

「じゃあなおさらオレっちにはわからんサ。だいたい、そういう人同士のいざこざ系は他の同業者に任せてるんだヨ」

「何でも屋とはいかないか……おけ、すまんな時間とって。俺もマジじゃないんだ。最近マンネリだったから首突っ込んだだけ」

「そりゃよかっタ。ま、今後とも贔屓にしてくれよナ」

 

 もちろん彼女とて手付かずジャンルではないだろう。ただ、品質を保証できない場合は動かないのもまた職種の道理。情報に対する相場のコルを手渡すと、それだけ言ってアルゴは早々に立ち去った。多忙なことだ。

 しかしこうなると八方塞がりである。これ以上オーバーヒートしそうな頭を放っておくわけにもいかないので、俺もこの辺で考えることはやめよう。予測できていたことだが、探偵には向かないようだ。

 そんなことより、今日は第2層迷宮区への道を塞ぐフィールドボスを討伐する話がでていた。実際に俺が戦列に加わるわけではないが、あの邪魔なボスさえ消えればリスクなく通過できる。

 あとは俺が迷宮区に1番乗りするだけだ。トレジャーボックスも問答無用で回収してやる。

 

「(あ〜久々にロスったわ。そんじゃま、レベリング&マッピング作業頑張るとすっかね)」

 

 今日も狩りが始まる。

 いつその立場を逆転されるともしれない、狩りが。

 

 


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