SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第64話 ダークネスナイト

 西暦2024年1月1日、浮遊城第1層(最前線51層)。

 

「ダボがッ! ハナシ聞いとったんかワレぇ!? 隠さんとしゃべったんやから、とっとと帰らんか!」

「いやいやウソかもしんないじゃん!! 見るだけ! 先っちょだけだから!!」

 

 という押し問答を経て。

 しぶしぶ案内されると、《黒鉄宮》の裏手、本来人通りの少ないはずの一角にそれはあった。

 道から堀の水面近くまで階段が降りている場所で、その先端部分右側の石壁に暗い通路の入り口が見える。その奥が件の隠しダンジョンだ。

 結局、同行者は合計で10人。俺とキリト、ヒスイ、アリーシャを除けば《軍》のメンバー6人である。

 その中にはもちろんキバオウが含まれているわけだが、しばらく《軍》と関わってこなかった分、その他のプレイヤーに見覚えはない。

 目立つプレイヤーは長柄長槍(ポールランス)を背負った茶髪の男、片手剣の青髪青年、そして赤を基調としたド派手な装備を着込む男ぐらいだが、当然実力のほどは確かではない。未踏破ダンジョンに侵入するだけあってそれなりのレベルを維持しているはずだが、やはりステータスや所持ソードスキルの内容までは教えてもらえなかったのだ。

 それと勘違いしていたが、キバオウの発言にあった「最前線のボスが消えてから解放された」と言うのはハーフポイントのことではなかった。

 どうやら40層のボスが討伐された時点で地下ダンジョンの解放自体はされていたようである。それから5層おきに次々とエリアがアップデートしていき、今回ハーフポイントの討伐が成功した時点でさらに総面積が広がったようだ。

 もっとも、基部フロアの2割を占める《はじまりの街》の地下ダンジョン。その面積は最初の段階から相当広かったらしい。

 そのエリアに新しくポップするだろうトレジャーボックスを目当てに先見隊を組んでいたところへ、俺達という招かねざる客が訪れたのだという。

 それにしても41層をアクティベートしたのは9月中旬の話だ。ゆうに3ヶ月半の間、こいつらはこの『隠しダンジョン』という情報を隠匿し続けたことになる。これは常識的なオンゲーでは考えられない期間であり、執念だけは見事だと言えよう。

 

「デザインも手を抜いた感じはしないし雰囲気もらしい(・・・)な。やけに本格的だ。……まるで本物の迷宮区みたいだぞ」

「ああ、俺もレジクレと連絡しようとしたけど、ギルド用の共通タブまで使い物になってなかった。この分だとメッセージも無理だろうな」

 

 キリトの独り言じみた呟きに俺が答えると、今度はキバオウが乱入してきた。

 

「おいワレ、さっきから自由やな。なに外部と連絡しようとしてんねん。秘密ゆーたろが」

「言葉のあやだよ。マジにメッセージを送る気はなかった。この隠しダンジョンがどれだけ『普段の迷宮区』と同じか、それぐらい把握しときたいだろ?」

「…………」

 

 黙りこくるキバオウ。おそらくそのことを伝え忘れていた自分がいかにぬるま湯に浸かり続けていたのか、その再認識をしてしまったのだろう。

 ――ま、無理もない。

 最前線に生きる《攻略組》は俺も含め的確な情報を迅速に集める行為に貪欲だ。むしろこれを(ないがし)ろにするような人を攻略組とは呼べない。

 その点、キバオウおよび《軍》の連中は長らく最前線から外れていた。加えて前線にいた頃から物量戦闘で乗りきっていた節もある。昔の感覚を取り戻すにはもういくらかの時間を要するはずである。

 とは言え、約束破りに見えなくもない行動をしてしまったのも事実。俺も少しは自重しよう。

 

「つーか、いくらキバオウが前線から外れてたつっても、連絡ぐらい取り合わなかったのか?」

「カン違いすんなや。ワイとてここの仕様ぐらいは把握しとったが、そもそも連絡することがマレなんや」

「……他の多くの軍の人に、このことを内緒にしているのね?」

「察しがええなヒスイはん。入り口に見張り置いとってもバレやすくなるだけやしな。せやから、ワイらはここにいる限り滅多に外部と連絡は取れへんねや。それに重鎮と直属の部下数人しかこのことは知らん。あんさんらが約束を守るんやったら、今後もこの事実は変わらんで」

「……味方にもエンリョなしかよ……」

 

 相変わらず、旨い汁は残さず(すす)りたいらしい。

 わからなくもないが、せめて仲間内にだけでも……いや、人の口に戸は立てられないとも言うか。ある意味キバオウの取った選択肢はベストと呼べるものなのかもしれない。トレジャーボックスを独占するには、だが。

 

「ッ……来たわ! 20メートル先、数は5!」

「さって、やるか……」

 

 そんなことを考えていたらモンスターが攻めてきた。エンカウント数は5。疑似パーティの約半数が臨戦状態を作る。

 モンスターが近づく音。緊張がピークへと達する。

 

「って、え……?」

 

 しかしその姿を目にした瞬間、俺は拍子抜けた間抜け声をあげてしまった。

 モンスター名は《オロチ・アヌビス》。蛇の下半身に、上半身は甲冑まで着込んだ筋肉つきの人型。頭部はこれまた爬虫類に戻ってキングコブラのようになっている。

 ここまでは至って問題ない。よくいるモンスターの形だ。

 問題はそのカーソルカラー。モンスターは基本的に『赤』のはずだが、この濃淡によって事情が変わってくる。雑魚は限りなく白に近いペールピンクで表示され、強敵は血よりも紅いダーククリムゾンで表示されるのだ。

 つまり、色だけで敵の戦闘力のおおよそが計れることになる。ちなみに『ペールピンク』で表示されたこの《オロチ・アヌビス》とやらは非常に弱いと予測される。

 実際に剣先でつついたらモンスターは弾け飛んでしまった。これでは弱すぎる。

 

「おいキバオウ、こんなザコしか来ないのか? ただでさえマージンあるのに、これじゃあ非効率にもほどがある……」

「ふむ、今のそいつは10層レベルや。まだ入り口付近やし、出現するモンスターのレベルも低いままやで」

 

 これを聞いた俺達4人は肩透かしを食らった気分だった。遭遇自体が初の『地下ダンジョン』であっても、こうも弱い敵しか現れないのなら冒険はおろかレベリングにすらならない。

 さすがにこれは、さっさと引き返すのが吉か……、

 

「……ん、待てよ。『まだ』ってことは、この先にいるモンスターはもっと強いのか?」

「そーいうことや。ワイらもナメとったから多少痛手を受けたものの、レベル30か40……もしくはそれ以上のランクの奴がわんさか湧いてくるで」

「そっちの方が腕もなるわね。アタシも早く復帰しないとだし、ガンガン狩るわよ!」

「ド阿呆。そんな調子じゃ、ワイらに泣きつくのが目に見えるっちゅーもんや」

「だってアタシ《軍》よりは全然強いし! 腕試しにはちょうどいいわよ!」

「…………」

 

 気ままなアリーシャの発言に言い返さなかった《軍》連中も、少しはその無意味さを悟っているらしい。

 そうこうしている内に、俺達一行は15分間ほどの快進撃を続けた。

 湧出するモンスターも30層~40層クラスのものへと変化していき、なかなか歯応えのある奴もちらほらと見えてきた。ここからがいよいよと言ったところか。

 

「……あ……?」

 

 気を引き締めにかかった瞬間、通路の色彩が変わった。

 全員の空気も変わる。警戒心をより濃密に。その後、フロア全体が黄色を帯びて、天井から何かが降ってきた。

 轟音。衝撃。

 否……何か、ではない。象のような体格だが金の鎧に二足歩行。追加で左手には大剣のような刀と右手には、中国製の大きなフライパンを塗装したようなシールド。ただのモンスターではない。

 

「ザ、ファスティスガネーシャ? な、なんだこいつは!?」

「ってえェえええ!? ちょ、え!? て、定冠詞! 定冠詞付いてるわよアレ!」

「落ち着けアリーシャ、ボスが来ることはフロアの色の変化で読めたろ! それにカーソルは変わらずピンクだ。このパーティならいけるはず……ッ」

 

 《ザ・ファスティスガネーシャ》。象の姿を型どった徘徊型フィールドボス。

 確かに迷宮区にいるモンスターでボスと言えば《フロアボス》が最もメジャーな存在である。しかし、それ以外の強敵が稀に存在する。

 例えば《フィールドボス》。主には迷宮区の入り口を塞ぐことが役目だが、迷宮区内を徘徊するタイプもいる。

 特定のクエストを受けることによってのみ発生するボスは《クエストボス》の分類だが、これらに共通して言えるのは、安全マージンを踏まえた上で2パーティ分、つまり12人もいれば十分狩ることができるということだ。

 いざとなったら逃走なんて手段もある。むしろ慌てる方が危険だと言えよう。

 

「あたしが先行するわ。キリト君かジェイドはあとに続いて攻撃してちょうだい!」

「了解した、先制頼むぞっ!」

「ふ……セァアアッ!!」

 

 ヒスイは言葉ではなく行動で応えた。

 《片手武器》系専用ソードスキル、上級乱撃九連撃《アブソリュート・グラビトン》。これが大した回避も防御も取らなかった《ザ・ファスティスガネーシャ》に全段命中。

 3段で表示されたHPが減少を開始。敵は呆気なくディレイに陥り、キリトによる追撃も許している。

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

 悠々とキリトが突撃。スイッチの要領で立ち位置を変え、勢いよく敵を斬りつけた。

 これまたソードスキルが軒並みクリティカルで命中。いやはや拍子抜けだ。またもディレイを起こしているが、こいつも相当に弱いのではないか。

 

「よし、次は俺だぁ!!」

 

 俺は剣を中段やや担ぎ気味に構え、前傾姿勢で腰を下ろした。技の名は《両手用大剣》専用ソードスキル、上級単発上段ダッシュ技《アバランシュ》。

 単発だが優秀な突撃技で、発する衝撃が大きいので防御した相手に反撃のチャンスを与えず、躱されたとしても莫大な突進力が技後硬直をほぼスルーできる。

 敵のHPゲージは今もみるみる減っていく。なんとそのまま1本目が消し飛んでしまった。ついでに2本目も同様に消滅した。と同時に、システムの起き上がりを感じた。

 《アバランシュ》が発動する。

 しかし、目の前で《ザ・ファスティスガネーシャ》が割れた。

 俺は何もなくなった空間めがけて、全身駆動で技を加速させるシステム外スキル《ブースト》をかけた全力の《アバランシュ》を仕掛けてしまい、勢いあまってつんのめり、そのままゴロゴロと転がって「ごわぁあッ!?」という絶叫と共に突き当たりの壁に激突した。

 

「…………」

『…………』

 

 次は俺だ! などとカッコつけて飛び出して、結果的に自爆ミサイルになっただけだが、果たして全ての原因は俺にあるのだろうか。

 

「って、いくらなんでも弱すぎるだろっ!!」

 

 起き上がり様にとりあえず突っ込みをいれておく。

 

「あ~、見た感じ今のボスも10層クラスね。どんまいジェイド!」

「なぐめんなアリーシャ。ミジメになる……」

 

 この程度の辱しめでいちいちへこたれないほどのメンタルは身に付けているつもりだが。

 

「いやぁ、ボスが徘徊型なのは予想ついてたけど、まさか入り口付近の奴がこんなところまで徘徊してくるんだな……」

「ワイらも過去に似たような経験しとるで。……あれはこの隠しダンジョンに初めて侵入してから5分後ぐらいやったな。いきなりボスモンスターとエンカウントして相当びびったわ」

「それを早く言えよ!」

「んなこと言われてもなぁ。結局ワイらでも簡単に狩れる30層レベルのボスやったから、特になんも言わへんかったんや。せやから必要なかったやろ?」

 

 なかったと言えば、確かになかった。実害があるとしたら俺が恥ずかしい思いをしたというぐらいだ。

 実際楽に狩れたし、30層レベルのフィールドボスがやって来たところで、俺とキリトだけでも余裕で倒せるだろう。

 なんにせよ大事に至らなかっただけよしとしよう。

 

「ケッ、まーいいわ。んで、もうちょい進んでみっか……?」

「……ちょっと待ってくれジェイド。なあ、色んなレベルのモンスターが出現して、しかもボスだけは特定エリアを無視して徘徊している……。ってことは、100層間近のボスが現れてもおかしくないってことじゃないのか?」

「ひゃくぅ!? んなバカな。キリト、ここは《はじまりの街》の地下ダンジョンだぜ? んな適正レベルを越えたバランスブレイカーがうろついてるハズ……」

「…………」

 

 空気が固まる感覚。

 言われてみれば、彼の言うことも一理あったからだ。

 俺は《はじまりの街》周辺レベルに対して適正でないモンスターは出現しないと言った。

 しかし、ここで言う『レベルに対して適正でないモンスター』とは何だろうか。準攻略組レベルを維持する《軍》の連中――勝手に推測するしかないが――や現攻略組として最高レベルを維持する俺達にとっての『適性でない』なら100層間近のボスは現れない。だがレベル1桁がほとんどである《はじまりの街》の住人において、30や40層レベルのモンスターはすでに『適性でない』のではないのか。

 だとしたら、100層間近のボスが出現すると言えなくもない。

 

「……けどさ、最前線の進み具合によってアップロードされるんだろ? 今回センジュレンゲを倒して未踏破エリアが広がったつっても、さすがにほら……いきなりデタラメな奴は来ないんじゃないか?」

「う~ん……」

 

 比較的マジメに答えた。考察としては順当だろう。

 それからしばらく話し合いは続いたが、『真偽は確かめようがないけど、冒険をここで中断することはあまりにもったいないし、もういくばかマッピングしよう』という結論に至った。

 《軍》としても安全に探索範囲が広がることに文句はないようだ。ついでに発見したトレジャーボックスはじゃんけんで決める、という言質もとった。

 そして何より、歩いている途中で雑談が混じるほどには余裕も生まれてきている。

 

「やれやれね。大分マシになってきたけど、あたしとしてはちょっと退屈かなぁ」

「何だかんだで基本配置のモンスターレベルは上限を50以下に指定してるっぽいしな。それに、ヒスイみたいにソロやってるとパーティハントになった時、剣を振る機会が減るから退屈に感じるんだよ。俺もレジクレに入った当時は似たような感じだったさ」

「俺らソロが1番危険で1番レベルアップ効率がいいっていうのはもう通説だからな。スリルなんかも軽減されてるよ」

「ってかあんさんらマジで強いな。ワイらだけじゃここまでは来れへんかったわ」

「どころかほとんど戦ってないわよね、あなた達……」

 

 快進撃も気の緩みもそこそこに、10人はある直線通路に差し掛かった。見たところ横幅は4メートル半ほどで、天井の位置は10メートル以上もある。

 長い、長い通路だった。透明なガラスに鮮鋭アート風味の意味不明な模様を書きなぐったような背景を背に、じりじりと歩く。しかしいくらのんびりとした歩調とは言え、5分も歩き続けてようやくパーティは異変に気づいた。

 モンスターが、いない。生命の欠片も感じない。明度(ガンマ)は最初から低いので気にならなかったが、不穏すぎる重い空気が辺りを包み込んでいた。

 

「ジェイド、何かあるぞ」

「わかってる。……まさか1層で死んだ霊が地下をさ迷ってる、なんてオチじゃなきゃいいんだけど」

「ちょ、ちょっと……怖いこというのやめてよ……」

「あぁ~んジェイド怖ーい!」

「やっかましいわ!」

 

 キバオウの叫びでぶつくさ言いながらも俺から離れるアリーシャ。今だけは言っておこう。グッジョブ、と。

 

「ッ……これ!?」

「ああ、通路の色彩が変わったっ! また徘徊型のボスが来るぞ!!」

 

 だが突き当たりが見え始めた時、イレギュラーが混じった。

 再びパーティ内には強い警戒が生まれる。

 明度が上がり、藍色の光が細部まで照らすと、全員が戦闘体勢を整えた。

 直後に空間が揺らいだ。距離はほんの10メートル。全長……人型であるため、この場合は『身長』と言うべきか。とにかく2メートルはあるモンスターが湧出していた。

 名を閲覧したのではないが、俺達は培った経験則は目の前のモンスターがフィールドボスであると悟っていた。揺るぎない、確信をもって。

 

「2度目の遭遇戦とは珍しいわねぇ」

「そうね。2、30層ぐらいのボスだと助かるんだけど……て、えッ!? うそっ!?」

「おいおいヤバイぞ、カーソルカラーに紫がかかってるッ! こいつ、最前線と同レベルの奴だ!」

「冗談やろ……攻略組から見て同レべやって? 何でそんなんがおんねや。か、勝てるわけないやないか……!!」

「逃げよう! 逃げ道確保しとけよ! 準備無しじゃ無理だ! ……つーか、このパーティじゃ最善尽くしてもムリ筋だろ……っ」

 

 冷や汗が滝のように流れるのを感じた。嫌でも後方の退路に意識が行く。

 噛まずに発言できたことが自分でも驚きだ。それほどまでに驚愕している。

 とその時、後ろで聞き慣れた鱗鎧(スケイルメイル)が遠ざかる音がした。振り向くと、軍の1人が無防備にも背中を向けて走り出していた。勝手に逃げるな、そう叫ぼうとしたらさらに驚くべき現象が起こった。

 なんと、ボスが壁を走ったのだ。

 《疾走(ダッシュ)》スキルの派生機能(モディファイ)、《特定部位摩擦係数上昇》を選択して初めて使える疑似ソードスキル《ウォールラン》。それをボスが使用した。

 

「ひぃぃっ!?」

 

 俺達9人の頭上を走り抜け、ズガンッ! と男の目の前に堂々と着地すると、ボスは尻餅をついたその1人に追撃を……しなかった。

 どころか、視線の先にすら彼はいない。敵に戦闘の意思はないのだろうか。

 

「どう……なってんだ……?」

 

 異様に長い通路の奥、袋小路に誘われて俺達は退路を絶たれた。

 ボスがしているのはシステム外スキル《ブロック》。アンチマナー行為として有名な『通せんぼ』だ。だと言うのに、敵は攻撃の素振りを見せない。

 だが敏感になった五感が殺意を感じとる。逃がしてくれるといった雰囲気ではない。奴の脇をすり抜けようとすれば、間違いなくその身を八つ裂きにされるだろう。それを証拠に、たったいま軍の人間を逃がすまいとした行動もしていたではないか。

 俺は今1度ボスを凝視した。

 姿はかなり人のそれに近い。

 身長は2メートル台前半で全身はクリアホワイトの甲冑に包まれている。ブーツ、グリーヴ、コイル、メイル、シェルダー、アーム、その他関節部分までほとんどが曲線を描いていて透き通るように白い。兜も真っ白で、バイザーに黒い(もや)が架かっていて顔を確認できない。

 見れば見るほど眩しいほどの純白。フォルムは滑らかで無駄がなく、その装備からはほのかな発光が漂っている。姿勢や肉体が逞しさを表し、一般的なドレスにも似た模様が全体の優美さを物語るかのようだ。美しい、そう評価するしかない完成された西洋騎士。

 そこでさらに驚くべきことが発生した。

 チリリン、と鈴の音を鳴らしたような小気味良い音がなったのだ。プレイヤーの《メインメニュー・ウィンドウ》立ち上げの際にも発する非常に聞き慣れた音。

 ウィンドウが開かれる。俺達のすぐ目の前、ボスとのほぼ中間地点にそれは現れた。しかもただの大型ウィンドウではなく、それは『圏内戦闘』などで用いられるあの《デュエル・ウィンドウ》だった。

 

「な、デュエルっ!? 誰が……ッ」

 

 言いかけて、判明する。

 あり得ないはずの対戦相手のネームが表示されていたからだ。

 表示された対戦相手、その名は《オブスクリタース・ザ・シュヴァリエロード》。

 ボスの……名前なのだろう。俺達10人に真の意味での『決闘』を仕掛けてきたのだ。デュエルモードは当然《初撃決着》などという甘ったれたものではない。ノーマルモード、またの名を《完全決着モード》。

 殺しきることで勝敗を分かつ、アインクラッドでは封印された対戦形式。

 

「なんの冗談だ、このイベントは……ッ」

「くっ、あと50秒で……それにこれ、特殊ルールが……?」

「『降参不可』ってなんだよ! おっ、オレ達を殺す気かよッ!?」

 

 それは、なんとも今さらな悲鳴として通路に虚しく反響した。

 残り40秒。地下ダンジョンフィールドボス、シュヴァリエはここで剣身を鞘から抜き取った。

 ギルドの象徴を示したような赤の十字架が入った、俗に言う『ヒースクリフの聖剣』よりさらに白い。斬ること以外の目的を削ぎ落としたような鋭利な白剣も、まさに鏡のような光沢を持っている。

 

「仕方ないわ、緊急脱出よ! みんな《転移結晶》を用意して!」

「高級やけどしゃーないわッ……おいお前ら、ここは逃げるで!」

 

 軍の連中から順にテレポートクリスタルを取り出す。もし攻撃されそうなら俺達がそれを止めなければならないからだ。俺達の脱出は隙を見て行うしかあるまい。もっとも、カウントが終わるまで手を出す気はないようだが。

 

「転移! 転移、はじまりの街! ……おい、どうなってんだ!?」

「き、機能していないッ!? 結晶が起動しない!!」

「他の層の名前も言ってみろ! 試し続けるんだ!」

「……ダメですッ! どこにも転送できない!」

「そんな、じゃあこの通路一帯が……ッ!?」

 

 《結晶アイテム無効化エリア》になっている。……そう捉えるしかないだろう。

 律儀に軍の男達の心配をしていたヒスイだけではない。全員に最大級の緊張が走った。

 

「あと20秒……マジかよ、なんかねぇのかッ! こんなの自殺行為だぞ……!!」

 

 俺が結晶無効化フィールドを体験するのはSAOにログインして初のことだった。

 動揺は、している。冷静な判断力も失われているだろう。だが、なけなしの頭脳を巡らした結果、頭は「逃げる方法はない」という答えを出していた。

 戦うしかない。残り時間はあと10秒。

 呻き声なのか、甲冑の擦りきれる音なのか、『ギィィィ』と鳴ってから剣を構えた。殺戮者の隠しきれない、滲み出るような殺意も感じ取れる。

 

「ッ……せ、戦闘準備! 構えろぉッ!!」

「来るぞっ!」

 

 秒数がゼロを指す。

 カウントダウン終了。途端に、シュヴァリエが動いた。

 

『ギィィィイイイッ!!』

 

 大きく、戦慄(わなな)く。

 無駄のない動きで剣を腰溜めに構えた。

 戦闘開始。抜刀し終えた戦士達は果敢にも甲冑騎士に立ち向かう。

 

「よく見ろ! 敵のゲージも1本だ! このメンバーでもやれるかもしれない!」

 

 キリトがそう叫んだことで俺は改めて敵のHPを見た。なんと、若干長めではあったが本当に1本だけだったのだ。これなら狩りきれる可能性もなくはない。

 そう思った時、白剣がエメラルドグリーンを纏い、その輝きを増した。

 《エペ・レイヨン》専用ペキュリアーズスキル、水平五連爆風鏖撃《ラファル・アルメ》。

 技名からして初めて目撃するソードスキル……いや、高レア度武器専用の一振りに1つだけの(ペキュリアーズ)スキルだ。

 まず最初に、横への一振りで風が舞い上がった。全員がスキルの初動に合わせてバックステップを踏んでいたため被弾者はいない。だが反射的に眼球を襲う風を腕で覆ってしまった。

 

「(次が来る……ッ)」

 

 スキル攻撃が続く。次の二撃目で突風が巻き起こる。風圧で壁に叩きつけられた奴が1人いたが、ダメージはまだ入っていない。精度はあまりよくないようだ。

 しかし三撃目は強烈だった。暴力的な風圧を前に相対する俺達の防御態勢が軒並み崩れた。盾に命中したのか金属音が響き、防御力を越えた衝撃が被ダメージ値として軍の1人、青髪青年のHPを減らしていった。追尾性は低いが横薙ぎに剣を振る関係上ヒット率は高くなる。

 四撃目からは目が開けられないほどの圧力を受けた。俺の《クレイモア・ゴスペル》より遥かに細身の直剣を左右順番に水平に振っているだけなのに、台風のような暴風が発生している。もう少しでこちらの体が浮きそうだ。

 だが奇跡的に今の攻撃も空振りした。

 

「(ぐ、次で……終わりだッ)」

 

 そして最後、五撃目で文字通り竜巻が起こった。言葉のあやではなく、自然災害でよく目にする中央に『目』を持ったあの竜巻だ。それがプレイヤーを宙に浮き上がらせ、抗いようのない爆発でもって引き裂いた。

 4人に命中。その1人である俺の体力ゲージが、防いでいたのに2割ほども減少した。キリトも同様である。軍の人間に至ってはゲージの半分近くが消し飛んでいる。

 もしこれがリセット可能なRPGで、そのコマンドを押すことで戦闘を放棄できるのなら、即座にその機能を行使するだろうレベル差。あまりの恐怖とおぞましい危機感に全身の鳥肌が立つ。

 

「がっ、はぁッ!!」

 

 天井にぶつかってから背中から叩きつけられ、肺の酸素が強制的に吐き出された。

 これほど強大な片手剣の五連撃技が有名にならないはずがない。リファレンスに新たに登録されるだろう敵の白い直剣(エペ・レイヨン)の《ペキュリアーズ・スキル》は強烈極まりないものだった。

 

「っ、起きてみんな! 軍の人は壁際で待機! アリーシャも下がって! あたし達でなんとか隙を作るから!」

 

 技後硬直(ポストモーション)が相当に長いのか、追撃は来なかった。しかし戦闘開始から約10秒でほぼ全員が少なからずダメージを負っている。

 長期戦はあり得ない。こんな状態で討伐を続けたら、こちらから死者を出してもおかしくはない。

 

「アタシは逃げない! そのために訓練したのに、守らず逃げるなんて!」

「バカ野郎アリーシャ! 逃げることだけ考えろ! こっちの戦力が足らなすぎるんだよ!!」

「そ、それでもっ! ……ぐえッ!?」

 

 攻撃を仕掛けようとした彼女の目の前を、危ういところで敵の白剣が通り過ぎた。俺が彼女の首元の装備に手をかけて全力で引き、なんとか躱させたのだ。

 

「アリーシャじゃ無理だッ、キリト!」

「おうっ! スイッチ頼む!」

 

 ヒスイの《反射(リフレクション)》スキルがシュヴァリエの剣撃を反射し、奴から隙をもぎ取った。そこへキリトが《片手直剣》専用ソードスキル、上位広範囲高速十連撃《ノヴァ・アセンション》をぶちかます。

 凄まじい連続技が次々とシュヴァリエを襲った。しかしシュヴァリエもきちんと防御していて、その事実に苛立つようにキリトの斬撃が激しくなった。飛び散るライトエフェクトがその攻撃の勢いがいかに強いかを証明している。

 俺はと言うと《両手用大剣》専用ソードスキル、上級単発上段ダッシュ技《アバランシュ》の予備動作(プレモーション)を再び作成しているところだ。

 キリトの連撃が終わる。瞬間、今度は俺のスキルが解放された。

 体全体に不自然な加速が生まれる。

 システムに乗り高速移動すると、一瞬で敵との距離を詰めた俺は《クレイモア・ゴスペル》を斜めに振った。

 見事命中、とまではいかなかった。

 また防がれたのだ。キリトの乱撃を捌きながら、よく後続の動きまで知覚できたものである。それなりに綺麗に決まった連続攻撃の流れで、ボスが負ったダメージは全体のほんの1パーセントほどしかなかった。

 大雑把に計算をするしかないが、防がれてこのダメージということはこのボスにとってゲージ1本に込められた体力値が平均的なフィールドボスの約2本分ということになる。

 普段プレイヤー同士で《デュエル》を行う形式上、ゲージ1本の方がしっくり来るだろうという理由から、演出のために見かけ上ゲージを1本にしただけで、俺はその実、ゆうに4本分はヒットポイントが込められていると踏んでいた。だが、どうやらありがたい意味で見込み違いだったようだ。

 しかし、『今の』を100セット。そこまでしなければボスは倒せない。いくらHPが平均ボスの半分と言っても、とてもではないがこのメンバーでは厳しすぎる。

 

『ギィィ……ギギィィィ!』

「ハァ……ハァ……くそっ! 死ねるか、こんなところで!!」

 

 意識しなくてもロムライルの顔が浮かんだ。

 友の死。その二の舞だけは、是が非でも防がねばならない。

 そして、他でもない俺自身が生きて帰ること。それは死んだ友のためにも絶対になさねばならないことだ。

 

「(諦めない! 俺は……)……生きて帰るんだ! みんなと一緒に! ッぐ、うォあああああああッ!!」

 

 危機的状況下における壮絶な戦いが幕を上げた。

 俺達は今日も鳥籠の中で必死にもがく。

 それが、生きるための唯一の道なのだから。

 

 

 

 

 

 

 




原作設定を大幅に変更しています。原作との改編箇所で不明な点、及び本作の設定で気になった点などある方はメッセージでも結構ですのでお気軽にお申し付けくださいm(__)m

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