SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第64話 ダークネスナイト

 西暦2024年1月1日、浮遊城第1層(最前線51層)。

 

「ダボがッ! ハナシ聞いとったんかワレぇ!? 隠さんとしゃべったんやから、とっとと帰らんか!」

「いやいやウソかもしんないじゃん!! 見るだけ! 先っちょだけだから!!」

 

 という押し問答を経て。

 しぶしぶ案内されると、《黒鉄宮》の裏手、本来人通りの少ないはずの一角にそれはあった。

 道から堀の水面近くまで階段が降りている場所で、先端右側の石壁に暗い通路の入り口が見える。その奥が件の隠しダンジョンだ。

 結局、同行者は合計で10人。俺とキリト、ヒスイ、アリーシャを除けば《軍》のメンバー6人である。

 その中にはもちろんキバオウが含まれているわけだが、しばらく《軍》と関わってこなかった分、その他のプレイヤーに見覚えはない。

 目立つプレイヤーは長柄長槍(ポールランス)を背負った茶髪の男、片手剣の青髪青年、そして赤を基調としたド派手な装備を着込む男だ。未踏破ダンジョンに侵入する以上、当然それなりのレベルを維持しているはずだが、やはりステータスや所持ソードスキルの内容までは教えてもらえなかった。

 それと勘違いしていたが、キバオウの発言にあった「最前線のボスが消えてから解放された」と言うのはハーフポイントのことではなかった。

 どうやら40層のボスが討伐された時点で地下ダンジョンは解放されていたようである。それから5層おきに次々とエリアがアップデートしていき、今回のハーフポイントのボス討伐と同時にさらに総面積が広がったらしい。

 もっとも、基部フロアの2割を占める《はじまりの街》の地下ダンジョンだ。その面積は最初の段階から相当広かったらしい。

 そのエリアに新しくポップするだろうトレジャーボックスを目当てに先見隊を組んでいたところへ、俺達という招かねざる客が訪れたのだという。

 それにしても、41層をアクティベートしたのは9月中旬の話だ。ゆうに3ヶ月半の間、《軍》はこの『隠しダンジョン』という情報を隠匿し続けたことになる。これは常識的なオンゲーでは考えられない期間であり、執念だけは見事だと言えよう。

 

「凝ったマップ作りだし、雰囲気もらしい(・・・)な。やけに本格的だ。……まるで本物の迷宮区みたいだぞ」

「ああ、俺もレジクレと連絡しようとしたけど、ギルド用の共通タブまで使い物にならなくなってた。この分だとメッセージも無理だろうな」

 

 キリトの独り言じみた呟きに俺が答えると、今度はキバオウが乱入してきた。

 

「おいワレ、さっきから自由やな。なに外部と連絡しようとしてんねん。秘密ゆーたろが」

「言葉のあやだよ。マジにメッセージを送る気はなかった。この隠しダンジョンがどれだけ『普段の迷宮区』と同じか、それぐらい把握しときたいだろ?」

「…………」

 

 黙りこくるキバオウ。表情を見るに、おそらく伝え忘れていたようだ。

 無理もない。最前線に生きる《攻略組》は、俺を含め的確/迅速な情報に貪欲だ。むしろこれを(ないがし)ろにする者を攻略組とは呼べない。

 その点、キバオウおよび《軍》の連中は長らく最前線から外れていた。加えて前線にいた頃から物量戦闘で乗りきっていた節もある。昔の感覚を取り戻すにはもういくらかの時間を要するはずである。

 とは言え、約束破りに見える行動をしたのは事実。俺も少しは自重しよう。

 

「つーか、外と連絡ぐらい取り合わなかったのか?」

「カン違いすんなや。ワイとてここの仕様ぐらいは把握しとったが、そもそも連絡自体がマレなんや」

「……ギルドメンバーでさえ、このことを内緒にしているのね?」

「察しがええなヒスイはん。入り口に見張り置いとってもバレやすくなるだけやしな。せやから、ワイらはここにいる限り滅多に外部と連絡は取れへんねや。それに重鎮と直属の部下数人しかこのことは知らん。あんさんらが約束を守るんやったら、今後もこの事実は変わらんで」

「……味方にもエンリョなしかよ……」

 

 相変わらず、旨い汁は残さず(すす)りたいらしい。

 わからなくもないが、せめて仲間内にだけでも……いや、人の口に戸は立てられないとも言う。ある意味キバオウの取った選択肢はベストなのかもしれない。トレジャーボックスを独占するには、だが。

 

「ッ……来たわ! 20メートル先、数は5!」

「さって、やるか……」

 

 そんなことを考えていたらモンスターが攻めてきた。エンカウント数は5。疑似パーティの約半数が臨戦状態を作る。

 モンスターが近づく音。緊張がピークへと達する。

 

「って、え……?」

 

 しかしその姿を目にした瞬間、俺は拍子抜けた間抜け声をあげてしまった。

 モンスター名は《オロチ・アヌビス》。蛇の下半身に、上半身は甲冑まで着込んだ筋肉つきの人型。頭部はこれまた爬虫類に戻ってキングコブラのようになっている。

 問題はそのカーソルカラー。タイミングイベントでない限り、モンスターは基本的に『赤』のはずだが、この濃淡によって事情が変わってくる。雑魚は限りなく白に近いペールピンクで表示され、強敵は血よりも紅いダーククリムゾンで表示されるのだ。

 つまり、色だけで敵の戦闘力のおおよそが計れることになる。ちなみに『ペールピンク』で表示されたこの《オロチ・アヌビス》とやらは非常に弱いと予測される。

 実際に剣先でつついたらモンスターは弾け飛んでしまった。これでは弱すぎる。

 

「おいキバオウ、こんなザコしか来ないのか? ただでさえマージンあるのに、これじゃあ非効率にもほどがある……」

「今のそいつは10層レベルや。まだ入り口付近やし、出現するモンスターのレベルも低いで」

 

 これを聞いた俺達4人は肩透かしを食らった気分だった。遭遇自体が初の『地下ダンジョン』であっても、弱い敵しか現れないのなら冒険はおろかレベリングにすらならない。

 さすがにこれは、さっさと引き返すのが吉か……、

 

「……ん、待てよ。『まだ』ってことは、この先にいるモンスターはもっと強いのか?」

「そーいうことや。ワイらもナメとったから多少痛手を受けたものの、レベル30か40……もしくはそれ以上のランクの奴がわんさか湧いてくるで」

「そっちの方が腕もなるわね。アタシも早く復帰しないとだし、ガンガン狩るわよ!」

「ド阿呆。そんな調子じゃ、ワイらに泣きつくのが目に見えるっちゅーもんや」

「だってアタシ《軍》よりは全然強いし! 腕試しにはちょうどいいわよ!」

「…………」

 

 気ままなアリーシャの発言に言い返さなかった《軍》連中も、少しはその無意味さを悟っているらしい。

 そうこうしている内に、俺達一行は15分間ほどの快進撃を続けた。

 湧出するモンスターも30層~40層クラスのものへと変化していき、なかなか歯応えのある奴もちらほらと見えてきた。

 

「あ……?」

 

 気を引き締めにかかった瞬間、通路の色彩が変わった。

 全員の空気も変わる。警戒心をより濃密に。その後、フロア全体が黄色を帯びて、天井から巨大ななにか飛来してきた。

 轟音。衝撃。

 飛来物はモンスターだ。象のような体格だが金の鎧に二足歩行。追加で左手には大きな刀と、右手には中国製の大きなフライパンを塗装したようなシールド。しかも、ただのモンスターではない。

 

「ザ、ファスティスガネーシャ? な、なんだこいつは!?」

「ってえェえええ!? ちょ、え!? て、定冠詞! 定冠詞付いてるわよアレ!」

「落ち着けアリーシャ、ボスが来ることはフロア色の変化で読めたろ! それにカーソルは変わらずピンクだ。このパーティならいけるはず……ッ」

 

 《ザ・ファスティスガネーシャ》。上半身だけ象の姿を型どった徘徊型フィールドボス。

 確かに迷宮区にいるモンスターでボスと言えば《フロアボス》が最もメジャーな存在である。しかし、それ以外の強敵が稀に存在する。

 例えば《フィールドボス》。主に迷宮区の入り口を塞ぐことが役目だが、迷宮区内を徘徊するタイプもいる。

 特定のクエストを受けることによってのみ発生するボスは《クエストボス》の分類だが、安全マージンを踏まえたうえで1〜2パーティ分、つまり多く見積もっても12人いれば十分狩ることができる。

 いざとなれば逃走なんて手段もある。むしろ慌てる方が危険だと言えよう。

 

「あたしが先行するわ。キリト君かジェイドはあとに続いて攻撃してちょうだい!」

「了解した、先制頼むぞっ!」

「ふ……セァアアッ!!」

 

 ヒスイは言葉ではなく行動で応えた。

 《片手武器》系専用ソードスキル、上級乱撃九連撃《アブソリュート・グラビトン》。これが大した回避も防御も取らなかった《ザ・ファスティスガネーシャ》に全段命中。

 3段で表示されたHPが減少を開始。敵は呆気なくディレイに陥り、キリトによる追撃も許している。

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

 悠々とキリトが突撃。スイッチの要領で立ち位置を変え、勢いよく敵を斬りつけた。

 これまたソードスキルが軒並みクリティカルで命中。いやはや拍子抜けだ。敵はまたもディレイを起こしているが、その現象自体が弱さの証明である。

 

「よし、次は俺だぁ!!」

 

 俺は剣を中段やや担ぎ気味に構え、前傾姿勢で腰を下ろした。技の名は《両手用大剣》専用ソードスキル、上級単発上段ダッシュ技《アバランシュ》。

 単発だが優秀な突撃技で、発する衝撃が大きいので防御した相手に反撃のチャンスを与えず、躱されたとしても莫大な突進力が技後硬直のピンチを無視できる。

 敵のHPゲージはみるみる減っていく。なんとそのままゲージの1本目が消し飛び、ついでに2本目も同様に消滅した。

 

『…………』

 

 《ザ・ファスティスガネーシャ》の撃破にあっけにとられる一同。俺も今さら立ち上がったソードスキルを中断し、棒立ちとなってしまった。

 次は俺だ! などとカッコつけた意味がない。

 

「あ~、見た感じ今のボスも10層クラスね。どんまいジェイド!」

「……なんじゃそりゃ」

「ボスが徘徊型なのは予想ついてたけど、まさか入り口付近の奴がこんなところまで徘徊してくるんだな」

「ワイらも過去に似たような経験しとるで。……あれはこの隠しダンジョンに初めて侵入してから5分後ぐらいやったな。いきなりボスモンスターとエンカウントして相当びびったわ」

「それを早く言えよ!」

「んなこと言われてもなぁ。結局ワイらで簡単に狩れる30層レベルのボスやったからな。実際、必要なかったやろ?」

 

 なかったと言えば、確かになかった。実害があるとしたら俺が恥ずかしい思いをしたというぐらいだ。

 大事に至らなかっただけよしとしよう。

 

「ケッ、まーいいわ。んで、もうちょい進んでみっか……?」

「……ちょっと待ってくれジェイド。なあ、ボスだけは特定エリアを無視して徘徊している……ってことは、100層間近のボスが現れてもおかしくないってことじゃないのか?」

「ひゃくぅ!? んなバカな。キリト、ここは《はじまりの街》の地下ダンジョンだぜ? んな適正レベルを越えたバランスブレイカーがうろついてるワケ……」

「…………」

 

 俺は言葉に詰まった。

 言われてみれば、彼の言うことも一理あったからだ。

 俺は《はじまりの街》周辺レベルに対して不適正なモンスターは出現しないと言った。

 しかし、ここで言う『不適正なモンスター』とはなんだろうか。現攻略組として最高レベルを維持する俺達にとっての『不適正』なら、100層間近のボスは現れない。だがレベル1桁がほとんどである《はじまりの街》の住人において、30~40層レベルのモンスターはすでに『不適正』ではないのか。

 だとしたら、100層間近のボスの出現は否定しきれない。

 

「……けどさ、最前線の進み具合によってアップロードされるんだろ? 今回センジュレンゲを倒して未踏破エリアが広がったつっても、さすがにほら……いきなりデタラメな奴は来ないんじゃないか?」

「う~ん……」

 

 比較的マジメに答えた。考察としては順当だろう。

 それからしばらく話し合いは続いたが、『真偽不明だが、冒険をここで中断すると時間が無駄になるし、もう少しマッピングしよう』という結論に至った。

 《軍》としても安全に探索範囲が広がることに文句はないようだ。ついでに発見したトレジャーボックスはじゃんけんで決める、という言質もとった。

 

「やれやれね。大分マシになってきたけど、あたしとしてはちょっと退屈かなぁ」

 

 道中、雑談が混じるほど気も緩み、ヒスイが片手剣を納刀しながらそうぼやいた。

 

「基本配置のモンスターレベルは上限を50以下にしてるっぽいしな。それに、ヒスイみたいにソロやってると、パーティハントじゃ剣を振る機会が減るから退屈に感じるんだよ。俺もレジクレに入った当時はそうだったさ」

「俺らソロが1番危険で1番レベルアップ効率がいい。っていうのは、もう通説だからな」

「ってかあんさんらマジで強いな。楽できてええわ」

「ほとんど戦ってないわよね、あなた達……」

 

 快進撃のまま、10人はある直線通路に差し掛かった。

 横幅は6メートルほどで、天井の位置は10メートル以上ある。それが見渡せるほど光源が多い。

 長い、長い通路だった。透明なガラスに鮮鋭アート風味の意味不明な模様を描きなぐったような背景を背に、じりじりと歩く。しかしいくらのんびりとした歩調とは言え、5分も歩き続けてようやくパーティは異変に気づいた。

 モンスターが、いない。生命の欠片も感じない。明度(ガンマ)は最初から低いので気にならなかったが、不穏で重い空気が辺りを包み込んでいた。

 

「ジェイド、なにかあるぞ」

「わかってる。……まさか1層で死んだ霊が地下をさ迷ってる、なんてオチじゃなきゃいいんだけど」

「ちょ、ちょっと……怖いこというのやめてよ……」

「あぁ~んジェイド怖ーい!」

「やっかましいわ!」

 

 キバオウの叫びでぶつくさ言いながらも俺から離れるアリーシャ。今だけはグッジョブと言っておこう。

 

「ッ……これ!?」

「ああ、通路の色彩が変わったっ! また徘徊型のボスが来るぞ!!」

 

 再びパーティに強い警戒が生まれる。

 明度が上がり、藍色の光が細部まで照らすと、全員が戦闘体勢を整えた。

 直後に空間が揺らいだ。距離はほんの10メートル。全長……人型であるため、この場合は『身長』と言うべきか。2メートルはあるモンスターが湧出(ポップ)してきた。

 名を閲覧したわけではないが、培った経験則から、目の前のモンスターがフィールドボスだと確信した。

 

「2度目の遭遇戦とはねぇ」

「適正ボスだと助かるんだけど……て、えッ!? うそっ!?」

「おいおいヤバイぞ、カーソルカラーに紫がかかってるッ! こいつ、最前線と同レベルの奴だ!」

「冗談やろ……攻略組から見て同レべやって? なんでそんなんが……か、勝てるわけない……!!」

「逃げよう! 逃げ道確保しとけよ! 準備なしじゃ無理だ!!」

 

 冷や汗が流れるのを感じた。嫌でも後方の退路に意識が行く。

 とその時、後ろで聞き慣れた鱗鎧(スケイルメイル)が遠ざかる音がした。振り向くと、軍の1人が無防備にも背中を向けて走り出していた。勝手に逃げるな。そう叫ぼうとしたとき、同時にボスが動いた。

 短い屈伸から、凄まじい瞬発力で壁を走り出したのだ。《疾走(ダッシュ)》スキルの派生機能(モディファイ)、《壁走り》を選択して初めて使える《ウォールラン》。

 

「ひぃぃっ!?」

 

 俺達9人の頭上を走り抜け、ズガンッ! と男の目の前に堂々と着地すると、ボスは尻餅をついたその1人に追撃を……しなかった。

 どころか、視線の先に彼はいない。敵に戦闘の意思はないのだろうか。

 

「どう……なってんだ……?」

 

 異様に長い通路の奥、袋小路に誘われて俺達は退路を絶たれた。

 ボスがしているのはシステム外スキル《ブロック》。アンチマナー行為として有名な『通せんぼ』だ。だと言うのに、敵は攻撃の素振りを見せない。

 だが敏感になった五感が殺意を感じとる。逃がしてくれる雰囲気ではない。奴の脇をすり抜けようとすれば、間違いなくその身を八つ裂きにされるだろう。それを証拠に、たったいま軍の人間を逃がすまいとした行動をとった。

 俺は今1度ボスを凝視した。

 姿は人のそれに近い。身長は2メートル台前半で、全身はクリアホワイトの甲冑に包まれている。ブーツ、グリーヴ、コイル、メイル、シェルダー、アーム、その他関節部分までほとんどが曲線を描いていて透き通るように白い。兜も真っ白で、バイザーに黒い(もや)が架かっていて顔を確認できない。

 見れば見るほど滑らかで無駄のないフォルム。その装備はほのかに発光している。姿勢や肉体が逞しさを表し、腰装備(メイル)には貴族が身に纏うドレスに刺繍されていそうな模様があしらわれており、品格を物語るかのようだ。

 美しい、そう表現するしかない完成された西洋騎士。

 そこでさらに驚くべきことが発生した。

 チリリン、と鈴の音を鳴らしたような小気味良い音がなったのだ。プレイヤーの《メインメニュー・ウィンドウ》立ち上げの際にも発する非常に聞き慣れた音。と同時に、俺達のすぐ目の前、ボスとの中間地点に大型ウィンドウが現れた。それは実践的な訓練の代名詞、《圏内戦闘》などで用いられるあの《デュエル・ウィンドウ》だった。

 

「な、デュエルっ!? 誰が……ッ」

 

 言いかけて、判明する。

 あり得ないはずの対戦相手のネームが表示されていたからだ。

 表示された対戦相手、その名は《オブスクリタース・ザ・シュヴァリエロード》。

 ボスの……名前なのだろう。俺達10人に真の意味での『決闘』を仕掛けてきたのだ。デュエルモードは当然《初撃決着》などと甘ったれたものではない。ノーマルモード、またの名を《完全決着モード》。

 殺しきることで勝敗を分かつ、アインクラッドでは封印された対戦形式。

 

「なんの冗談だ、このイベントは……ッ」

「くっ、あと50秒で……それにこれ、特殊ルールが……?」

「『降参(リザイン)不可』ってなんだ!? おっ、オレ達を殺す気かよッ!?」

 

 それは、なんとも今さらな悲鳴として通路に虚しく反響した。

 残り40秒。地下ダンジョンフィールドボス、シュヴァリエはここで剣身を鞘から抜き取った。

 ギルドの象徴を示したような赤の十字架が入った、俗に言う『ヒースクリフの聖剣』よりさらに白い。斬ること以外の目的を削ぎ落とした鋭利な白剣は、まさに鏡のような光沢を持っている。

 

「仕方ないわ、緊急脱出よ! みんな《転移結晶》を用意して!」

「高級やけどしゃーないわッ……おいお前ら、ここは逃げるで!」

 

 軍の連中から順にテレポートクリスタルを取り出す。もし攻撃されそうなら俺達がそれを止めなければならないからだ。俺達の脱出は隙を見て行うしかあるまい。もっとも、カウントが終わるまで手を出す気はないようだが。

 

「転移! 転移、はじまりの街! ……おい、どうなってんだ!?」

「そ、そんなッ!? 結晶が起動しない!!」

「他の層の名前も言ってみろ! 試し続けるんだ!」

「……ダメですッ! どこにも転送できない!」

「そんな、じゃあこの通路一帯が……ッ!?」

 

 《結晶アイテム無効化エリア》になっている。そう捉えるしかないだろう。

 律儀に軍の男達の心配をしていたヒスイだけではない。全員に最大級の緊張が走った。

 

「あと20秒……マジかよ、なんかねぇのかッ! こんなの自殺行為だぞ……!!」

 

 俺が結晶無効化フィールドを体験するのは、SAOにログインして初のことだった。

 動揺は、している。冷静な判断力も失われているだろう。だが、なけなしの頭脳を巡らした結果、頭は「逃げる方法はない」という答えを出していた。

 戦うしかない。残り時間はあと10秒。

 呻き声なのか、甲冑の擦りきれる音なのか、『ギィィィ』と鳴ってから剣を構えた。殺戮者の隠しきれない、滲み出るような殺意も感じ取れる。

 

「ッ……せ、戦闘準備! 構えろぉッ!!」

「来るぞっ!」

 

 秒数がゼロを指す。

 カウントダウン終了。途端に、シュヴァリエが動いた。

 

『ギィィィイイイッ!!』

 

 大きく、戦慄(わなな)く。

 無駄のない動きで剣を腰溜めに構えた。

 戦闘開始。抜刀し終えた戦士達は果敢にも甲冑騎士に立ち向かう。

 

「よく見ろ! 敵のゲージも1本だ! このメンバーでもやれる!!」

 

 キリトがそう叫んだことで、俺は改めて敵のHPを見た。若干長めではあるが、本当に1本だけだ。これなら狩りきれる可能性もある。

 そう思った時、白剣がエメラルドグリーンを纏い、その輝きを増した。

 《エペ・レイヨン》専用ペキュリアーズスキル、水平五連爆風鏖撃《ラファル・アルメ》。

 初めて目撃するソードスキル。いや、高レア度武器専用の一振りに1つだけの(ペキュリアーズ)スキルだ。

 まず最初に、横への一振りで風が舞い上がった。全員がスキルの初動に合わせてバックステップを踏んでいたため被弾者はいない。だが反射的に眼球を襲う風を腕で覆ってしまった。

 

「(次が来る……ッ)」

 

 スキル攻撃が続く。次の二撃目で突風が巻き起こる。風圧で壁に叩きつけられた奴が1人いたが、ダメージは入っていない。精度はよくないようだ。

 しかし三撃目は強烈だった。暴力的な風圧を前に相対する俺達の防御態勢が軒並み崩れた。盾に命中したのか金属音が響き、防御力を越えた衝撃が被ダメージ値として軍の1人、青髪青年のHPを減らしていった。追尾性は低いが横薙ぎに剣を振る関係上ヒット率は高くなる。

 四撃目からは目が開けられないほどの圧力を受けた。俺の《クレイモア・ゴスペル》より遥かに細身の直剣を左右順番に水平に振っているだけなのに、台風のような暴風が発生している。もう少しでこちらの体が浮きそうだ。

 だが奇跡的に今の攻撃も空振りした。

 

「(ぐ、次で……終わりだッ)」

 

 そして最後、五撃目で文字通り竜巻が起こった。言葉のあやではなく、自然災害でよく目にする中央に『目』を持ったあの竜巻だ。それがプレイヤーを宙に浮き上がらせ、抗いようのない爆発でもって引き裂いた。

 4人に命中。その1人である俺の体力ゲージが、防いでいたのに2割ほども減少した。キリトも同様である。軍の人間に至ってはゲージの半分近くが消し飛んでいる。

 もしこれがリセット可能なRPGで、そのコマンドを押すことで戦闘を放棄できるのなら、即座にその機能を行使するだろうレベル差。あまりの恐怖とおぞましい危機感に全身の鳥肌が立つ。

 

「がっ、はぁッ!!」

 

 天井にぶつかってから背中から叩きつけられ、肺の酸素が強制的に吐き出された。

 これほど強大な片手剣の五連撃技が有名にならないはずがない。リファレンスへ新たに登録されるだろう白い直剣(エペ・レイヨン)の《ペキュリアーズ・スキル》の威力は、強烈極まりないものだった。

 

「っ、起きてみんな! 軍の人は壁際で待機! アリーシャも下がって! あたし達でなんとか隙を作るから!」

 

 技後硬直(ポストモーション)が相当に長いのか、追撃は来なかった。しかし戦闘開始から約10秒でほぼ全員が少なからずダメージを負っている。

 長期戦はあり得ない。こんな状態で討伐を続けたら、こちらから死者を出してもおかしくはない。

 

「アタシは逃げない! そのために訓練したのに、守らず逃げるなんて!」

「バカ野郎アリーシャ! 逃げることだけ考えろ! こっちの戦力が足らなすぎるんだよ!!」

「そ、それでもっ! ……ぐえッ!?」

 

 攻撃を仕掛けようとした彼女の目の前を、危ういところで敵の白剣が通り過ぎた。俺が彼女の首元の装備に手をかけて全力で引き、なんとか躱させたのだ。

 

「アリーシャじゃ無理だッ、キリト!」

「おうっ! スイッチ頼む!」

 

 ヒスイの《反射(リフレクション)》スキルがシュヴァリエの剣撃を反射し、奴から隙をもぎ取った。そこへキリトが《片手直剣》専用ソードスキル、上位広範囲高速十連撃《ノヴァ・アセンション》をぶちかます。

 凄まじい連続技が次々とシュヴァリエを襲った。しかし敵の防御は恐ろしいほど精密。その硬さに、苛立つようにキリトの斬撃が激しくなった。飛び散るライトエフェクトがその攻撃の勢いを表している。

 俺はと言うと《両手用大剣》専用ソードスキル、上級単発上段ダッシュ技《アバランシュ》の予備動作(プレモーション)を再び作成しているところだ。

 キリトの連撃が終わる。瞬間、今度は俺のスキルが解放された。

 体全体に不自然な加速が生まれる。

 システムに乗り高速移動すると、一瞬で敵との距離を詰めた俺は《クレイモア・ゴスペル》を斜めに振った。

 見事命中、とまではいかなかった。

 また防がれたのだ。キリトの乱撃を捌きながら、よく後続の動きまで知覚できたものである。それなりに綺麗に決まった連続攻撃の流れで、ボスが負ったダメージは全体のほんの1パーセントほどしかなかった。

 大雑把に計算をするしかないが、防がれてこのダメージということはこのボスにとってゲージ1本に込められた体力値が平均的なフィールドボスの約2本分ということになる。

 普段プレイヤー同士で《デュエル》を行う形式上、ゲージ1本の方がしっくり来るだろうという理由から、演出のために見かけ上ゲージを1本にしただけで、俺はその実、ゆうに4本分はヒットポイントが込められていると踏んでいた。だが、どうやらありがたい意味で見込み違いだったようだ。

 しかし、『今の』を100セット。いくらHPが平均ボスの半分と言っても、とてもではないがこのメンバーでは厳しすぎる。

 

『ギィィ……ギギィィィ!』

「ハァ……ハァ……くそっ! 死ねるか、こんなところで!!」

 

 意識しなくてもロムライルの顔が浮かんだ。

 友の死。その二の舞だけは、是が非でも起こさない。

 そして他でもない、俺自身が生きて帰る。それは死んだ友のためにも絶対になさねばならないことだ。

 

「(諦めない! 俺は……)……生きて帰るんだ! みんなと一緒に!!」

 

 危機的状況下における壮絶な戦いが幕を上げた。

 俺達は今日も鳥籠の中で必死にもがく。

 それが、生きるための唯一の道なのだから。

 

 

 




原作設定を大幅に変更しています。原作との改編箇所で不明な点、及び本作の設定で気になった点などある方はメッセージでも結構ですのでお気軽にお申し付けくださいm(__)m
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