SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第65話 未知の領域

 西暦2024年1月1日、浮遊城第1層(最前線51層)。

 

 地下ダンジョン。ランダム配置の徘徊型フィールドボス。よもや何度も再湧出(リポップ)しないとは思うが、未開拓地の多い迷宮区にて、初見モンスターとのエンカウントは致し方ないことだった。

 しかし問題なのは、そこが《結晶アイテム無効化エリア》、つまり緊急脱出手段が封じられた、最も危険なエリアの1つと化してしまったことである。

 徘徊型フィールドボス、《オブスクリタース・ザ・シュヴァリエロード》は50層クラスのモンスター。まともに戦えるプレイヤーは俺を含めキリト、ヒスイ、アリーシャ、キバオウの5人で、《軍》の部下5人は足してようやく1人分といったところだろう。

 敵のHP総量は平均の約半分。単純計算して2パーティ12人で狩れる一般的なフィールドボスに対し、単純計算なら6人パーティで倒せる計算なのかもしれない。

 しかし単純計算できない理由があった。

 なぜなら、敵が強すぎる(・・・・)からだ。

 あり得ないほどに、強い。明らかに目線の先から剣撃軌道を察知し、俺達の行動を阻害している。剣の位置や構えからソードスキルを識別される。

 攻略組なら誰もが利用するシステム外スキル《見切り》と《先読み》の、実戦レベルでの活用。ボスとしてはまったく新しいタイプと見るべきだった。

 

「ハァ……ゼィ……ちっくしょう、全然攻撃が決まらない……」

「く、まずいぞこれは……」

 

 戦闘開始から約5分。《攻略組》陣4人は全員が注意域(イエローゾーン)まで体力を落とし、とても戦闘を続行できる状態ではなくなっていた。軍の人間も俺達の陰に隠れて縮こまるだけで参戦はしていない。

 逃げ場はなく、かといってこの段階で戦力は充分に確保しようがない。

 

「おい! 後ろの奴ら! 俺ら4人じゃもうローテは無理だ! スイッチでしばらくタゲ取ってくれよ!」

「あなた達なしでは乗りきれない! 協力してちょうだい!」

「そっ、そんなこと言われても僕達では手に終えない……」

「……ちッ、おいワレぇ! 弱気ばっか吐いとらんとやるぞ! やらな死ぬんや! 剣を抜けぇ!!」

「は、はィいいっ!」

 

 なんとかして逃げようとしていたキバオウも、ここに来てようやく腹を決めたようだ。

 他人任せでは共倒れ。それを理解した軍の人間が前に出てくれた。『前線にいない』とは言え、定期的にモンスターと戦ってレベルアップしてきたのだろう。その動きにカバーしきれないほどの素人臭さは感じられなかった。

 しかしいかんせん、レベルに差がありすぎる。ソードスキルではないただの通常技ですら2、3回の被弾で彼らはイエローゾーンへ割り込んでいた。

 

「こんなペースじゃ時間がかせげないッ! おい、もう少し慎重にソードスキルを使え!」

「AIが鋭い! ただスキルを使うだけじゃ当たらないわ! ……そこ! やたらに斬り込んじゃダメよ!」

「アタシですら足手まといなのに……軍じゃ持たないわよっ!?」

「それでも、やってもらうしかないさ。俺達もこれが限界だ……ッ」

 

 牽制の軽い振りはほとんど無視し、シュヴァリエは本命のソードスキルを警戒している。

 多少のダメージを覚悟して、後続の必殺を確実に回避していくボスなど古今例がない。これでは簡単なフェイントも通用しないということになる。相手の低HPというハンデとが割りに合っているかは考えどころだ。

 

「くっ、よく持たせた! 俺が代わる!!」

「ジェイド、気をつけてッ!」

 

 俺は《クレイモア・ゴスペル》を構えた。

 大剣が明るめのパープルに輝く。発動したのは《両手用大剣》専用ソードスキル、中級高速袈裟五連撃《アクセル・コメッティオ》。2ヶ月以上も前に手に入れた技で、現在も高攻撃力だとは言い難い。武器(ゴスペル)のプロパティはアップし続けているが、相対的には力不足と言わざるを得ない。

 だが一気に距離を詰められたことで、シュヴァリエは数瞬だけひるんでから対応した。

 初撃は防がれる。二段目は体を捻って回避された。しかし三段目からは速度と角度に《ブースト》をかけ、危ういところで命中にこぎ着けた。これで合計して約15パーセントボスの体力を削りきったことになる。

 ペース的には順調だが俺達の戦力事情が問題だ。このダメージレースではこちらが先に壊滅(ワイプ)させられてしまう。

 

「くそったれ! こんだけやっても届かないのかよッ!!」

 

 意味がないのは承知のうえだが、つい悪態をついてしまった。

 結晶系アイテムの効力を奪われていることが響いている。逃げられないにせよ、せめて《回復結晶》が使えれば今より断然余裕が生まれるのだが。

 もっとも、俺に限ってはハーフポイント戦でかなりクリスタルを消費したまま補給もしていないので、使えたとしてもあまり恩恵に預かれないが。

 

「もう無理だ! 今のでやられなかったのは運がよかっただけだ!」

「何回も繰り返せない! こっちが死んじゃうよ!」

「に、逃げるしかない! レベルが違いすぎるんだ!!」

「待って! 待つのよッ! 1人は危険だわ!」

「おい、止まれぇ!」

 

 ヒスイやキリトの言葉を無視し、茶髪の男が隊列を離れて飛び出した。

 

「うああああぁぁああああああああっ!!」

 

 その咆哮はきっと、自らの恐怖を誤魔化すためだったのだろう。

 シュヴァリエはきっちりとその動きを捉えている。横幅6メートルの通路では、脇を通りすぎて逃げることは不可能だ。速力でも敵わない。

 

「クソっ……!!」

 

 技後硬直(ポストモーション)で固まる俺の横を茶髪の男は走り抜けた。

 移動に合わせて白剣が迫る。

 しかし、男は意外な冷静さでもってメインアームとして装備していた長柄長槍(ポールランス)を地面に突き立て、急制動をかけることでなんと水平斬りを避けきった。

 そのまま地面を軽く蹴りあげ、垂直に立てたポールランスの柄裏を足場にしながら今度こそ全力で伸筋を伸ばしきる。

 

「よし、これでっ!」

 

 槍を踏み台に意外なほど高く跳んだ。8メートル近くは上昇している。

 武器を捨てての脱出手段。《クイックチェンジ》や全アイテム物体化(オールアイテム・オブジェクタイズ)ボタンなどがあることから、愛刀を闇雲に捨てたわけではない。逃げきったあとは、そういった手段で回収する段取りだろう。

 即席にしてはなかなかの脱出手段を考え付いたものだ。

 と、そう思った時。

 

『ギィィッ!!』

 

 ボスが微かに、しかし絶大な迫力で唸った。

 シュヴァリエの両足がアイアンブルーに鈍く光る。

 同時に地面から離れた。《軽業(アクロバット)》専用スキル、初級直上跳躍技《ライトオーバー》だ。

 ボスの筋力にアシストがかかり、重力を越えて高度が上がる。続いて、「包囲網を抜けた」と気を抜きかけていた男の左足を掴んだ。

 

「うっ、うわぁああっ!?」

 

 そこからはシンプルだった。

 加速度の高まった状態で茶髪の男は地面に叩きつけられ、咳こむ彼に追い討ち攻撃の要領で土手っ腹を抉られる。

 白剣は防具による抵抗を感じさせない勢いで腹部を貫通した。

 

「ご、あぁあああっ……!?」

 

 バーの先端が無情にも減退する。

 左へ。左へ。

 ボスが白剣を引き抜いた時、ゲージが最端部まで振り抜いた。

 上がる悲鳴。叫ぶ声と、割れる音。

 まず1人、サーバーのデータバンクから退場者が生まれた。実際の死と直通している以上、現実世界からの退場と言い換えるべきだろうか。

 

「ひィっ!?」

「う、嘘や……ケイの野郎が一瞬で……ッ! わっ、ワイらじゃどうにもならへんねや!」

「違う! 受け入れろ! あきらめんな!!」

「で……でも……ッ」

「戦って生き残れ! 俺の仲間も死んだ! それでも俺は戦った!!」

 

 人が死んだ直後、俺は条件反射のように叫び続けた。それは自分を奮い立たせるためでもあった。

 内心、よくそんなことが言えたものだと自嘲気味になる。つい数時間前に、俺自身がその痛みから逃れようとしたのだから。

 しかし死ぬことを覚悟し命を捨てることも、生を投げ捨て諦めることも、やはり正しい選択ではない。それを今日、3人から再認識させられた。

 今ならその恐怖を共有できる。

 だから俺は大声で怒鳴った。

 

「戦え! ホウビに生き残れる! 妥当だろッ!!」

 

 俺は《回復ポーション Lv8》と《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルによる時間継続回復(ヒールオーバータイム)が体力ゲージの再生を続けるなか、一喝してから大剣を構えた。

 タゲが俺に移り変わる感触。

 白剣が居合い抜きの形式で腰から顔面に迫り来る。

 速い。そう判断する前に前傾姿勢を選んだ。

 躱したかどうかなど確認は取らず、目線を下に向けたままで――敵に《見切り》を使わせないためである――俺は上体を起こすついでに腰から伝わる捻転力を利用して刃を振り上げた。

 シュヴァリエによる驚異的な判断力で直撃こそしなかったものの、その左腕を深く抉った。

 ただでさえ少ない命を、削り取る。

 

「シッ!」

 

 斬撃ヒットによる油断はない。

 返しの剣があるものだと仮定して動く。

 血管が浮き出そうなほど力を込め、振り上げた刃を止める。さらに反力による袈裟斬り。敵はそれを白剣で捌き、柄の裏側が俺の方を向いたところでそれを押し出してきた。

 直撃してしまった。胸板を打突攻撃された俺はその場でうずくまり、何度かえずいてしまう。

 

「ごほっ……しまっ……ッ」

『ギィィィ!!』

 

 バキィィィンッ! と、金属音が鳴った。俺が両断された音ではなく、ヒスイの盾が白剣を危ういところで止めた音だ。

 左利きのヒスイが俺の右側に立ち、雨でも遮るように盾の装着された右腕を(かざ)す。直後にアリーシャが左側に立ち、《片手用武器》系専用ソードスキル、中級単発水平斬り《ホリゾンタル・イーグル》を発動した。

 

「ジェイドしゃがんでッ!!」

 

 言われなくても俺は身を伏せていた。すぐ後にアリーシャが続く。

 

「せぇえい……っ、んなぁ!?」

 

 凄まじい衝突音。彼女のスキルの立ち上げは完璧だった。

 だがシュヴァリエはなんと、空いている左手を使って俺の真上を通過するはずのアリーシャの剣を、パシンッ!! と、彼女の右手を掌底で止めることで完全に停止して見せたのだ。

 

「うそ!? こんなことまで!?」

 

 『剣撃軌道の著しい妨害』を受けたとシステムに判定をされると、ソードスキルは停止する。そこに敵味方は関係ない。

 そしてシュヴァリエは、攻撃力設定のあるブレード部分を避けて、アリーシャのスキルを無傷で止めた。止まれば無論、硬直が課せられる。

 知識だけではない。信じがたい精密操作性である。

 

『ギィィィィィィッ!!』

 

 俺より早くシュヴァリエが動いた。

 自らが止めたアリーシャの右手をガッチリと掴み、その体を軽々と持ち上げてヒスイに打ち込む。

 女性陣2人はあえなく壁と激突。恐ろしい筋力値だ。ここまで多様性に富んだ、いや運動精度を秘めたモンスターを、俺は初めて目撃した。

 

「ッ……野郎が!」

「ジェイド、背中借りるぞ!」

「は、ガぁッ!?」

 

 背中、というよりは肩を踏まれた。キリトが俺を足場にして高々度跳躍を実現して見せたのだ。一言あったとは言え、ひどいことをする。

 

「キリトっ!?」

「こいつを挟むぞ!!」

 

 空中でくるりと前転したキリトは、シュヴァリエの背後に立って改めて剣を向ける。

 まさか逃げるわけもなく、シュヴァリエを中心に挟み込む陣形を作り上げたのだ。

 

「(そうか、こいつは剣を目で追う。つまり挟み撃ちはかなり有効なんだ……)……っしゃ、いくぞクソがァ!!」

 

 俺は大剣を上段で構えた。

 発光。スキルの立ち上がりを手中に納め、《両手用武器》系専用ソードスキル、上級七連重斬撃《エゾルチスタ・アモーレ》を解放した。

 両腕を縦一門に一振り、回転しながら上段に二連撃、下段と中段に水平攻撃を各二撃ずつ打ち込む、現段階での大技を全力で放つ。

 シュヴァリエは初撃を華麗に受け流す。続く回転斬りはしゃがむことで掠りもせず、下段技の時にはすでに空中にいた。

 大剣絶技《エゾルチスタ・アモーレ》による被弾はゼロ。もはやサシ(・・)での勝利は不可能でないかと疑ってしまう。

 しかし、これはあくまで集団戦だ。

 キリトも空中にいた。高度は同じで、すでに彼の右手の獲物は水色を帯びている。

 片手剣の代表的水平斬り四連続ソードスキル、《ホリゾンタル・スクエア》が炸裂。

 後ろに目のついていない、そして上下方向に回避しようがない空中で、シュヴァリエはこれをモロに受けた。

 ガクン、ガクン、と命のバーがその幅をせばめていく。これで残り7割。

 

『ギィィ……ッ』

「っし! たたみ掛けるぞジェイド!!」

 

 言われるまでもない。俺はヒスイ、アリーシャと共に交互に絶え間なくアタックを仕掛け、シュヴァリエに休む間を与えないよう斬撃を放ち続けた。

 効いている。挟み撃ちは正解だ。

 本物の人間とすら思わせる精巧なAIでも、さすがに被ダメージがかさんでいるのか、その体から大量の被弾エフェクトを周囲に振り撒いている。

 

『ギィィィイ!!』

 

 我慢の限界とばかりにシュヴァリエは腰を低くした。

 当然ただ丸まったのではない。その両足がアンバー色に染まっている。

 側転跳び捻り後方抱え込み宙返り。またの名を《軽業(アクロバット)》専用スキル、緊急脱出用跳躍《アラート・エヴァキューション》。

 『物理的に覆しようのない質量差のある物体が、障害物として移動先に展開されている』などを除けば、ほぼ妨害されることのない脱出ジャンプ。ボスはこれを使用してキリトのさらに奥へ移動し、挟み撃ちをさせない配置を確保した。

 

「うおっ! と……ジェイド! まだやれるか!?」

「いや、俺らは1度下がる! キバオウ! スイッチだッ!」

「わぁっとるわ! ワイに命令すんなァっ!!」

 

 半ばやけくそになりながらキバオウは叫んだ。

 しかし、口では言いつつ交替自体は行ってくれた。斬り合いで傷ついた俺は一旦下がってポーションを取り出す。どうやら、俺やヒスイ、またアリーシャに続く軍の男達も今だけは仲間の死を乗り越えた。麻痺しているだけ、と言えるかもしれないが。

 

「いっけぇえええええっ!!」

 

 ソードスキルの立ち上がりによるサウンドエフェクト。キバオウは突撃系単発技のスキルを選んだようだ。しかも、技はものの見事に命中。少しばかりだが確実に敵の体力を奪っていった。

 だが……、

 

「なっ、んやこれッ!?」

 

 ソードスキルの立ち上がりだとしても明らかに異質な音量が通路に反響した。

 これは異質な音質(・・)と言うべきか。

 キバオウが壁になっていて見えないが、シュヴァリエが新たな技を……、

 そこまで考えた刹那、とげ頭が悲鳴を上げた。と同時に、生々しい音と共にザクッ、と彼の両腕からなにかがこぼれ落ちた。

 ……否、両腕から落ちたのではない。

 

「腕が! ワイのうでがァァああッ!!」

「キバオウ……っ!?」

 

 両腕が(・・・)落ちたのだ。

 彼の肘の切断面からは未だに真っ赤なポリゴンデータが溢れている。血が滴り流れ落ちるように、それは現実を突きつけた。

 

「なんっ、だ……あのスキルは!?」

「ウソ……だろ……ッ」

 

 真っ白な体と対極の色、『黒』が白剣を染めていた。毒素の強い霧のようなもので覆われた、禍々しい漆黒の剣。

 しかもスキルが続行している。

 ――このスキルは連続技だ!

 

「下がれバカッ!!」

「避けてぇ!」

「ひ、あぁあああっ!?」

 

 敵右から左へ水平に振り抜いた白剣……いや、《黒剣》の勢いに乗ってボスは半回転。さらに軽く飛んで体の軸を斜めに傾けながら半回転をして上空から垂直にその刃を振り下ろす。

 狙いはキバオウとは別の軍の男。彼は反射的に片手斧を眼前に(かざ)した。俺やヒスイの言葉を無視したのではなく、体が本能的に防衛したのだろう。

 直撃。

 ガチガチガチッ!! と、耳を塞ぎたくなるような金切(かなぎ)り音が響き渡った。

 厚いアルミ板に対しせん断機を力任せに使用したような音が続くと、信じられないことに彼の斧は半ばから分断されてしまったのだ。

 構造上の脆い部分にピンポイントで大ダメージを与え、その耐久値(デュラビリデイ)を一気に奪うシステム外スキル《武器破壊(アームブラスト)》……ではない。なぜなら、その剣身部に当たる最も硬質な部分が破壊されていたからだ。

 そのまま直進した黒剣によって、ズッパァアアアッ、と青髪青年の右腕右足が主の根本からすっぱりと切り落とされた。

 右肩と右腿の部位欠損(レギオンディレクト)。あまりに異様、異常とも言える速度で切断されていくプレイヤーの四肢。

 これが……、

 

「《暗黒剣》……だと言うのか!?」

 

 奴の付近に浮かんだ小ウィンドウには、《暗黒剣》専用ソードスキル、十字回転乖離重斬撃《クロワ・エグゼクション》の文字が。

 ニューエンター・リファレンス。すなわち、俺にとって初見のスキル。

 雪のように白かった聖剣を、暗黒界から飛来した邪剣のごとく黒が塗り潰している。マイナーな技でたまたま知らなかった、という次元の話ではない。これほど強力なら噂など1人歩きしてしまうはずだ。

 だと言うのに、俺はこのスキルを見たことも聞いたこともなかった。

 

「ひぃい!? ひ、いやだぁ!!」

『ギィィッ!』

 

 またあの音が鳴る。

 ジェット機がエンジンに電力を加えた時にも近い、体の奥から全身を震わすような轟音。《暗黒剣》スキル立ち上がりの音だ。

 ボスは剣を構えるがソードスキルの発光色が黒で統一されているため、先ほどと同じ技なのか見分けがつかない。

 と思うのと同時、足払いとして単発技が一閃した。

 《暗黒剣》専用ソードスキル、下段単発超振動斬り《ミゼリコルド》。

 パーティの中で1番派手な赤を基調とした防具を装備していた3人目の軍の男は、追撃のソードスキルによって両足の膝から先が切断された。

 もはや決定的である。《暗黒剣》はその耐久性を無視、あるいは大幅な弱体補正をしたうえで切断判定を与えるスキルなのだ。

 それに、奴はこちらの武器に耐久値全損(デュラビリティアウト)を起こさせるほど損傷を与えている。切断する対象は武器、プレイヤーを問わないのか。

 

「下がって! アタシが引き受けるわ!!」

「ジェイド! キリト君! タゲは取るからその隙にみんなを安全なところへ!」

「わかった、《暗黒剣》は絶対直撃もらうなよッ! ……キリト!」

「もうやってる!」

 

 重力下で足を失うのは機動力を失うに等しい。俺とキリトは歩けそうにない2人の軍の男達に肩を貸すと、そのまま引きずって安全帯まで後退しようと試みる。

 しかし高性能AIを備えたシュヴァリエにとって、そのノロマな行動は『先に始末する』と判断させるに事足りたようだ。

 ヒスイ達のがむしゃらな攻撃を強引に突破して、奴は俺達に迫った。

 俺より早くキリトが気付き、動く。

 しかし、その判断力すら越える速度でシュヴァリエは爆走した。

 止めにかかったキリトをその加速力で吹き飛ばす。

 飛び交う叫び声。俺に至っては反応すらできない。

 スキルの不使用から一時的に白に戻ったその長刀が、2つの切り傷を生んだ。

 

「は……!?」

 

 ザンッ、ザンッ、と。あまりに自然過ぎて、あまりに美し過ぎて、あまりに華麗過ぎた。

 ほとんど透過したかのように、肩を貸していた俺に衝撃が伝わらないほど静かに2人を斬り殺す。再現不可能なほどに美しく滑らかな太刀筋。

 俺達の手の中で、2人のHPが残量を切らした。

 またしても2つ、割れる音が反響する。

 青髪青年と赤色防具の男が死んだ。守ろうとした矢先、目の前で消えた。

 

「あ、がァああああああああッ!!」

 

 ヒスイ、アリーシャ、キリト、そして俺を純粋な加速で抜いたシュヴァリエを。このボスを殺さんと、後ろで控えていた戦闘可能な軍の2人が全力で剣を振る。

 ここでボスは再三に渡る跳躍を実行。果てしない運動エネルギーを如何(いかん)なくその身に受け、疾走する前の位置、つまり俺達を奥の壁と挟み込むような元の位置まで移動した。軍の男達には目もくれていない。

 2秒後に着地。それに伴う大音量。

 あくまでも俺達を逃がさない気だ。ボスは着地した姿勢からゆっくりと立ち上がると、姿勢を伸ばしたまま体の正中線に合わせるよう白剣を構えた。

 その動きには迷いが微塵もない。

 

「ハァ……ゼィ……まさか、こんなっ!」

「3人……死んだぞ……ッ」

「ふぐっ、く……き、ィ……キバオウさんっ。……これ……ど、どうす……」

「ワイかて……わからへんわ!! ちくしょう、ワイかてぇ……」

「あ……諦めるな。まだ……終わってねぇぞ! 死んでたまるかッ」

 

 俺の発破(はっぱ)にもどこか虚しさが漂っていた。

 被弾数の多いヒスイやアリーシャ、足止めすらできなかった俺とキリト、死の輪郭に怯える軍の男達。両腕を失い戦意喪失したキバオウについては敵に焦点を合わせることすらできていない。

 弱腰になる現象を指弾(しだん)することはできない。キバオウは戦闘能力を失っている。滅多なことでは起きないが、単に右腕を失っただけならプレイヤーは《メインメニュー・ウィンドウ》を暫定的に『左手』で開くことができる。が、今の彼にはそれすらできない状態にある。バーチャルリアリティと化したからこそ、そして3D空間と化したからこそ、これらのペナルティは逃れようがない。

 そしてもう1つの現実。決定事項。

 

「(キバオウに限らず、軍のメンツは戦える状態じゃ……)」

 

 全員心のどこかで認めているのかもしれない。死の未来を。

 最悪のシチュエーションだ。チェックメイト、詰みゲー、普通のゲームなら負けイベントとも言う。

 ……いや、これはゲームであっても遊びではない。そう言っていたではないか。

 人生が、ここで終わるのだ。

 今まで圧倒的レベル差で蹂躙されてきたモンスターも、心の中では俺達を白眼視(はくがんし)していたのかもしれない。逆転できるはずもない戦力差に、文句の1つもついていたのかもしれない。

 奇跡は起こらない。助っ人をここで期待するのはお門違いだろう。ましてやゲームバグの発生を祈るのは、もはや茅場に助けを求める行為に等しい。愚の骨頂だ。

 全身の肌が逆立つ。攻略組としての野生本能が死の臭いを敏感に嗅ぎ取る。俺達が全滅するまで足掻いたとして、シュヴァリエの体力ゲージを危険域(レッドゾーン)に落とすこともできない。

 ゲーマーとしての俺も、このフィールドボスを倒すことは不可能だと結論付けた。

 完全に、手詰まりである。

 これ以上の手は……、

 

「ッ、まだだ!」

 

 ――違う!

 そうではない。思い直すのだ。

 限られた手札で現況を打破する。1年以上の攻略過程で、散々繰り返してきたことではないのか。ソロ時代に隙を突かれて強力な麻痺にかかった時、27層で危険きわまりないトラップに嵌まった時、凶悪犯罪者(ラフィン・コフィン)の陰謀に巻き込まれた時、いつも俺は限界まで足掻いた。今回だけが例外などあり得ないはずだ。

 切り抜ける。絶体絶命のピンチは、俺に課せられた最大の試練だ。

 パーティメンバー6人が俺を注視する。

 敵の体力はあと6割5分。……上等。頭を巡らせて最善の策を練る。それだけだ。

 

「次の策だ! 人増やすぞ!」

「ど、どうやって!?」

「3人で奴を壁に寄せる! アリーシャはそっから抜けて援軍を呼べ! ようは結晶無効の範囲外に出りゃいい話だ! 人数、レベルは問わない!!」

「で、でも……アタシが抜けたら……」

「時間がないわ! あなたが頼りなの!!」

「おい、来るぞ! 躱せ!!」

 

 キリトの忠告で全員が動き、直後に発生する剣技の発動と爆音。この通路ではまともな回避もままならない。

 時間はない。バックステップで煙から現れた俺達4人は、1度だけ頷き合うと次の行動に移った。

 これ以上の言葉は要らない。

 

「1発目は任せろ! キリト、続いてくれ!」

「了解だ!」

 

 問題は山詰みだ。あわよくばアリーシャが脱出できたとして、《結晶アイテム無効化エリア》外のフロアまで移動し、転移したのち増援部隊をかき集め、またここまでダンジョンを進む。少なくともその時間は俺とヒスイとキリトで持ちこたえなければならない。

 果たしてその膨大な時間をたった3人で持たせることができるのか。そもそも、その『膨大な時間』とやらは具体的にはどれぐらいなのか。

 ……わからない。まったくもって不明だ。

 『緻密な作戦』とはよく言うが、本来作戦とは緻密であるべきだ。成功確率なんて試算するだけバカバカしい。不確定要素の高い憶測や予定を作戦とは言わない。

 だが例え絶望的な劣勢であっても、負け戦に延々と付き合う謂れはない。

 

「(チャンスは1度きり……!!)」

 

 通路がより狭く感じる。緊張のあまり、悲観してしまう。敵の隙を見て通り抜けるなんて、都合のいい展開など……。

 しかし駆動する全身の関節は限りなくスムーズに俺へ応えた。

 

「ぜっああァぁああああッ!!」

 

 両腕に衝撃。

 対抗する者としての立場は1層のあの時から変わらない。疾駆する足は、今までにない高揚感を生んだ。

 俺達は、決死の作戦を開始する。

 

 

 

 

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