SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第66話 心強い友

 西暦2024年1月1日、浮遊城第1層(最前線51層)。

 

 アリーシャを逃がす作戦、と言っても複雑なものではない。

 単純に俺、キリト、ヒスイが順番に突撃していき、行く手を塞ぐフィールドボス《オブスクリタース・ザ・シュヴァリエロード》を壁際へ追い詰める。最終的に1人分が通れるスペースを確保する。たったこれだけの単調な作業だ。

 成功しても失敗しても一瞬。

 その第1段階として、俺は先制攻撃を加えた。次はキリトだ。

 

「キリト!」

「ああ! スイッチ、今!!」

『ギギィィィ!!』

 

 俺の多連続ソードスキルをいとも簡単に対処しきったシュヴァリエは、従属して迫る追加のソードスキルにまたしても反応して見せた。

 今までの戦いを偶然だったと楽観しているわけではないが、何度見てもボスのAIは常軌を逸脱している。

 この思考力を前にしたら、安全マージンなどなきに等しい。この日この時になぜ、これほど高難度の討伐対象と出会わさなくてはいけないのか。そう考えると己の徹底した不運に辟易(へきえき)する。

 

「クソッ、まだだ! ヒスイ、あとは頼む!」

「任せて! ……ッ、セヤァアアっ!」

 

 ヒスイの叫びと重なって、再びガギィンッ! と、金属音が鳴り響いた。

 荒れ狂う火花。出し惜しみのない最大級ソードスキル。プレイヤー側と違って集中力の落ちないボスでも、気迫に押されたのか彼女の攻撃でようやく防御の壁を越えた。

 ダメージが抜け、さらに行動遅延(ディレイ)が発生した。最初にして最後のチャンス。

 

「アリーシャ、合わせろ!」

「あたし達は大丈夫だから!」

「うん、みんな! ……戻ってくるまで耐えて!!」

 

 それより先は行動することで示した。

 アリーシャが駆ける。ヒスイは鍔競り合いに持ち込むことで時間を稼ごうとする。

 俺もただ指を加えて見ているのではなく、キリトと入れ替わった時点で《回復ポーション》を飲んでいる。この手の市販されるポーションアイテムは効果を発揮するまで時間のかかるタイプだったが、俺は臆せず前に出た。

 ここでアリーシャを逃がせなければ、それこそすべてが終わりだからだ。

 

「アリーシャ行けェ!!」

『ギィィィイイッ!!』

 

 ヒスイを斬り飛ばしてシュヴァリエが後ろを振り向くと、奴は肩に担ぐように白剣を構えた。

 その剣の色合いが黒に変わる。体の芯から振動するような、あの鈍い音だ。

 やはりシュヴァリエは、背を向けて逃げるプレイヤーを最優先で攻撃対象にするようプログラムされている。アリーシャを追撃する《暗黒剣》スキルは、奴自身を移動させるタイプか、あるいは長距離攻撃タイプか……、

 

「(させるかクソが!!)」

 

 俺もスキルを起こしている。上級上段ダッシュ技《アバランシュ》。俺とシュヴァリエの距離を一瞬で詰め、そこから斬撃を加える高性能ソードスキル。

 しかし構えを要してしまうため、際どい発動である。

 通常攻撃では『剣撃軌道の著しい妨害』と判断してくれるか怪しいが、ソードスキルによる高反動な妨害なら、間違いなくあの《暗黒剣》スキルを停止に追い込める。

 疾走開始。《アバランシュ》が正常に機能し、俺はボスに最速で迫った。

 直後、ボスの《暗黒剣》も起動。やはり新技だったそれの名は《暗黒剣》専用ソードスキル、長距離用単発斬撃《フォ・トリステス》。

 狙う先はアリーシャ。なんとしても止めねばならない。

 ――通すわけには、いかないんだ!

 

「とどけェえええええッ!!」

 

 魚眼のようになる『ディテール・フォーカシングシステム』とはまた別の作用により、俺の視野がさらに狭まった。

 集中がピークを迎えた時、大剣は斜めにベクトルを受けて振り落とされる。

 数瞬の差。

 技が命中。手応えと爆音が轟く。この突撃技のクリティカルヒットで敵のゲージ残量は5割5分を切った。

 だと言うのに。シュヴァリエの行動が寸前で阻害できなかった。

 《フォ・トリステス》が発動しきっている。振り抜いた黒剣からホリゾンブルーの衝撃波が、剣の軌跡をなぞるような形を保ったまま数メートル奥にいたアリーシャに向かった。

 これも命中。ザグンッ、という聞きたくない、あるいは認めたくなかった音が鼓膜を揺らした。

 

「そん、な……っ」

 

 ドサァッ、と倒れ込むアリーシャからはほんの短い悲鳴だけが聞こえた。

 見るとアリーシャの左足首が転がり、直後に破砕した。

 

「(切断された……!? クソッ!!)」

 

 よりにもよって足に命中したのだ。

 ――最悪だ。

 援軍も望めないなかで考え得る最善の手段が霧散(むさん)した。それに作戦の失敗はおろか、孤立したアリーシャが窮地に立たされている。

 回復は満足にいっていない。しかしここで踏み出さなければ彼女を見殺しにすることになる。それだけは絶対に駄目だ。

 

「戻れあんた! もう無理だ!!」

「こっちへ来い!」

 

 仲間が呼び合うなか、ボスが視線の先をアリーシャから俺に向けた。《アバランシュ》の弱点部位へのヒットで憎悪値(ヘイト)が貯まったのかもしれない。

 恐怖で神経が総毛立つが、これはアリーシャを助けるうえでは好都合である。

 直後にお互いの獲物が激しい打ち込みを始めた。

 システム外スキル《見切り》と《先読み》のフル活用。わずかでも首を振れば目敏(めざと)く次の動作を演算し、攻撃前に剣を溜めた時点でその剣撃予測線を推測する。

 モンスターが戦闘中にこちらの動きを学習することを利用して誘導し、急変化した行動で敵のAIに負荷を与える技、《ミスリード》もはたらいた。学習の早すぎる敵のAIはたった2回の『クセ』を見つけ、逆に3回目にパターンを変えることで攻撃を通す。

 ブレードの速度は敵の黒剣に分があり、大剣では天地が逆さになっても追い付けない。だから俺は攻撃が来る前に攻撃先を防ぐ。

 生命線を全部押し出した命懸けの削り合い。

 

「ぐぅっ……がァああああ!?」

 

 しかし時間の問題だったとはいえ、俺はシュヴァリエに敗北する。

 押し返された。ポーションと《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルが回復を続ける俺のHPも、半分以下の注意域(イエローゾーン)にまで割り込んだ。レッドすれすれだ。

 これ以上の足止めは不可能である。そこでキリトが絶妙なタイミングで俺と替わってくれた。タゲが替わる。キリト自身も全快はしていないと言うのに。

 

「ハァ……もうちょっとで……!」

「あと少し、頑張って……アリーシャ! 良かった……」

 

 杖代わりに片手剣を地に着けて体を引きずるアリーシャをヒスイが抱き止めた。

 一旦は安全圏へ。だが戦線が崩壊したらそんな場所はなくなる。

 

「ごめんね……よりによって、足を……」

「ううん、あたし達のミスだもん。アリーシャは欠損(ディレクト)が治るまでここにいてね」

「ヒスイヤバいぞ、早くもキリトが限界だ。ヒスイも……まだ6割ぐらいか、くそ! おい後ろの2人! 少しでいいんだ! 頼むからタゲを取ってくれ!」

「オレ達が!? ふざけるな! さっき仲間が殺されるところを見てなかったのかよ! オレに死ねって言うのか!?」

「PoTローテーションよ! ダメージは与えなくていいから! それこそキリト君が……こっちが欠けても終わりよ! 大人でしょう!!」

「う、ぐ……わっ、わかったよ! ……やりゃいいんだろやればッ!」

「ちっくしょう!!」

 

 絶叫とも雄叫びとも取れる気合いを入れて軍の男達はキリトと入れ替わった。示し合わせたわけでもないのにタイミングは中々のものだ。

 彼らのソードスキルには見覚えがある。最前線ではやや心許ないものの、物理的に運動エネルギーが高い攻撃は有効だ。レベル差があるならなおさらに。とそう思った途端、なんとたったの数秒で軍の2人の足があらぬ方向へ折れ曲がった。

 そして、またも四肢が簡単に離れていく。1人は両足を、もう1人は片足を、それぞれ失った。

 先ほども使った《暗黒剣》のソードスキル、超振動単発下段斬り《ミゼリコルド》が3つのオブジェクトを作る。

 またしてもやられた。敵はこちらの思考さえ上回るのか。

 

「うわぁ! うわぁああああっ!?」

「ダメだよ! やっぱり無理だったんだ!! 助けてくれぇっ!」

「く、そ……!!」

 

 足止めにもならなかった。彼らは攻略組と違い、普段から生き死にの掛け合いをしていない。強すぎる恐怖心が彼らのスムーズな動きを阻害したのだ。

 そして鈍い動きに対応して、シュヴァリエが臨機応変に《暗黒剣》スキルを使った。軍の人間はすでに戦力外通告を受けているようなものだ。シュヴァリエ特有の能力と結果論からではあるが、俺の提案は次々と裏目に出ている。

 

「ハァ……っ!! くそ、なんで……ハァ……なんでいつもこうなるッ!!」

「あたしが行く! ジェイドは彼らを!」

 

 俺も動いていた。ヒスイが《反射(リフレクション)》スキルでどうにか追加攻撃を妨がんとするすぐ後ろで、両足を失ったプレイヤーを抱えて後退する。

 しかし、戦えるほどの戦力はもう残っていない。ヒスイだけではどう頑張っても十数秒と持たない。だからこそ《攻略組》である俺達を回復せしめんと軍の人間を表へ出したのだ。

 

「(ここまでか……ッ)」

 

 俺は本当の意味で諦めかけた。なまじレベルだけは高いせいで、考えがまとまる時間が取れてしまった。

 圧倒的過ぎる。助かる術がない。

 

「きゃぁあああっ!」

「ヒスイっ!?」

 

 悲鳴で振り向くと、なけなしの希望さえ潰す絶望があった。

 今度はヒスイの左手がやられていたのだ。

 肘から先の『左腕』が片手用直剣を握ったまま空中を舞う。左利きのヒスイは、当然愛刀の《ファン・ピアソーレ》ごと攻撃手段を喪失させた。

 片手直剣はすぐ近くに落ちているのに、彼女はそれを拾うこともできない。残された腕で擬似的なタンカーとして瓦解すれすれの戦線をどうにか維持している。

 次に右側後方に控えるアリーシャへ振り向いた。

 その表情は青ざめていた。自分が勧めたこの地下ダンジョンの探索によって、これほどの状況に陥ると思っていなかったのだろう。単なる後悔以上に、その表情からはこの場にいる全員への申し訳なさを痛々しいほどに感じた。

 さらにキリトを見る。

 彼からは、まだ諦めきれない。このボスを倒したい。そういった気概(きがい)を感じた。希望を捨てて死ぬよりは、希望を持ち続けて死にたいと、そうも聞こえる。これだけ追い詰められていてなお、その姿勢を保てるのは一種の才能だろう。

 だがそこまで考えた時……、

 

「ジェイドぉ!!」

 

 俺の名を呼ぶ声に双眸(そうぼう)を目一杯見開いた。

 懐かしい声、武器や防具、走り方、小さい茶髪のそばかす。見慣れたそれは、すでに攻略を放棄したはずのジェミルのものだった。

 信じられない。かつての仲間がシュヴァリエの奥で叫んでいた。

 はかったようなタイミングでの参戦。いったいどんな手段を用いたのか。だが、それにしても、なぜ……、

 

「やぁあああっ!!」

『ギィィィ!?』

 

 シュヴァリエの後頭部にブーメランが直撃。

 混戦していたはずのヒスイには掠りもしていない。これほど高精度な遠距離攻撃を実現しうるプレイヤーはそういない。

 

「ジェミル、どうしてここに!?」

「理由はあと! ボクがこのボスを引き受ける! サポーターなんだから、長くは持たないよ!」

「わかった、助かる!」

 

 俺、キリト、ヒスイは油断なくシュヴァリエを捉えながら、俺達とは反対方向にいるジェミル、そして彼と戦うシュヴァリエを見据えた。

 回復は順調にいっている。まさかピンポイントで援軍が来るとは思わなかったが、軍の多少の足止めと仲間の介入によって嬉しい誤算が起きた。彼が来なければどうなっていたか、想像するだけでゾッとするが。

 

「そろそろ替われる! 下がれジェミル!!」

「うんッ……スイッチ!」

 

 突進、そしてスキルの行使。

 結果的に挟み撃ちの状態だからだろう。苛立つようにギチギチと甲冑を鳴らすシュヴァリエであったが、俺の攻撃を剣で受け止めきれず、とっさに左腕で防いだ。

 またしても大きくゲージの先端部分を縮める。これでさしもの奴も体力半分(イエローゾーン)までHPを消滅させた。

 戦線が維持された。あとは俺が……、

 

「ぶっ潰す!!」

 

 はっきりと剣先から伝わる鎧への手応えを感じながら、《クレイモア・ゴスペル》を筋力値全開で振り抜き続けた。

 敵も反撃。俺は腰と膝を折って体全体を畳み、姿勢回復の反動を利用して逆にシュヴァリエの首へ斬撃を命中させる。

 ここで《暗黒剣》が再発。現時点で判明しているのは、十字に斬る重さ重視の《クロワ・エグゼクション》、足元を狙って戦闘不能を狙う《ミゼリコルド》、逃げようとする距離のあるプレイヤーを襲う《フォ・トリステス》の3つのみ。しかし、またしても予備動作(プレモーション)の構えが異なっている。

 これらに連なる4つ目の連続技。

 《暗黒剣》専用ソードスキル、地閃掌握七連強撃《スクレット・クレマシオン》。

 不意を突かれて一瞬判断が遅れてしまった。

 下級モンスターならともかく、SAOでのボスキャラはデタラメのように強力な一部の例外を除いき、最大4つほどのソードスキルを駆使してくる。

 だが俺は、敵の愛剣である白い直剣(エペ・レイヨン)からペキュリアーズスキルである五連撃の《ラファル・アルメ》を目撃していた。つまり1つはただの《片手直剣》スキルだというのに、相対的には4つ目のソードスキルを体験した気分になっていたのだ。

 結果的に、この先入観が邪魔をした。

 

「躱せジェイド!」

「(間に合わ……っ!!)」

 

 硬直する体に反して、技の発動をはっきりと確認してしまう。

 密着戦ではこの僅かなタイムロスでさえ命取りになる。無理に避けようとしても、ホーミング性に優れるソードスキルから逃れることはできない。

 

『ギィィイイイッ!!』

「がぁァアアあああああっ!?」

 

 目も開けていられないほどのエフェクトと凄まじい衝撃が俺を襲った。

 やられた。クリティカルだ。鍛え上げた《武器防御(パリィ)》スキルの防御値もやすやすと越えられた。

 弾かれた大剣の隙間を縫うように黒剣が迫った。

 ザグンッ!! と直撃。俺の右腕が宙を舞う。右腕だけではない。攻撃手段も一緒に奪われた。

 数世代前のコンシューマ格闘ゲームでも同様に、基本的にゼロ距離打撃戦においてお互いノーダメージはあり得ない。そこにはプロもアマチュアもない。白兵戦ならどちらか、または力量が僅差なら双方が攻撃技を受けるものだ。でなければ決着もつかず、決着がつかなければゲームが成り立たないからである。

 それはSAOでも例外ではなかった。

 シュヴァリエに技を決めることがあれば、俺に技が決まることもある。どんなに慎重な攻略であっても、死人が出るのと同様に。

 

「くそ、ヤバい! ちくしょうがッ!」

「そんなっ!? ジェイドまで……」

「替われ! 今度は俺が行く!!」

 

 矢継ぎ早に交替。高速ローテにしても早すぎる。いかな攻略組と言えどもすぐにスタミナ切れだ。

 

「ハァ……ハァ……やられた、俺も……くそ、左じゃタップし辛ぇ」

「で、でもぉまだボクとキリト君はディレクトしてないから戦えるし……」

「ゼィ……そう、それだよジェミル。《暗黒剣》については……」

「それはあたしが説明しておいたわ」

「そうか……でも、どうやってここが……軍が隠してるエリアなのに」

「それは……」

 

 その詳細は、その場で手短に説明されたものだけではなく、もっとずっと後になってから本人によって語られたことだ。

 まず、ジェミルは4日前にロムライルを失ってから翌日の朝まで本当にボス部屋から出なかった。失った者の大きさから落胆し、うちひしがれた彼はしばらくまともに動くことができなかったという。

 そんな彼が次に行ったのはロムライルのアイテム整頓。……ではなく、これも彼が死んでいることから遺品整理と言い直しておこう。とにかく、ギルドリーダーがギルドの細かい情報を設定する《約定のスクロール》の使用権限を得た副リーダーのジェミルは、その機能で最低限の後始末を終えていたようだ。これも初耳である。

 もっとも、ただでさえ事実的な解散状態にあるレジクレだったが、1週間以上新リーダーが再設定されないままでいると、システム的にも《ギルド》は抹消されてしまう。存続させたいのであれば、遅かれ早かれ行動で示さねばならないだろう。

 話を戻すと、あらかた作業を終えたジェミルは、その日のうちに現実世界の友人である『アル』が住んでいる住宅街を訪れた。傷ついた心を療養する期間が必要だったからだ。

 ここで言うアルについては、本人の意向もあって部分的なところしか知らない。リアル友達であることは幾度か聞いていたが、どうやら最前線で狩りをする気はサラサラないらしい。

 なんにせよ、ジェミルは彼としばらく暮らしていくよう決心し、それをいち早くカズに伝えた。

 カズは快く承諾したようだ。ロムライルがこの世を去ったことへの精神的な穴埋めが必要と感じたからだ。

 俺が本人から直接聞いていないのは、ちょうどその時から俺が牢にブチ込まれていたから、という要因がある。

 生活の在り方を一新したジェミルだったが、本日は元旦。新年初日だ。「せめてジェイドとルガにだけはあいさつを」と、重い足を運ぼうとしていたそうだ。

 俺の位置は知れている。それは牢屋と言ったら《黒鉄宮》しかあり得ないからだ。

 だがマップを開いてギルドメンバーをサーチする窓を開くと、なんと俺が《黒鉄宮》の敷地内から解放されていた。ヒースクリフとの会話を知らないジェミルにとっては、聞かされていた投獄期間とはズレがある。

 しかし、予期せぬ事態が起きる。また1度マップで位置を確認すると、《黒鉄宮》付近をうろついていた俺の反応がプツリと途絶えたのだ。

 足跡をたどっていたジェミルは大変慌てたそうだ。ギルド用のマップサーチが途切れるとしたら、《迷宮区》に侵入したか専用の特殊な防具で身を包んだか……あるいは『死んだ』時だからだ。

 アインクラッド1層の《迷宮区》は(はる)か彼方。どころか、ここはまさしく主街区の《はじまりの街》てあり《圏内》だ。アイテムで姿を隠そうとする意図も不明。だとしたら消去法で『ある仮説』が立てられる。

 ようするに、デスゲーム開始1ヶ月で最も多くなった死因である『自殺』である。タイミング的にも場所的にもあり得なくはなかった。ジェミルはおろか誰であれ慌ててしまうだろう。

 彼は走った。

 そこからは全力で。

 しかし、息も絶え絶えに駆けつけた場所には誰もいなかった。

 困惑するジェミルだったが、そこで違和感を覚えた。あるいは直感的なセンスだったのかもしれない。

 冷水を浴びたように冷静になり、今1度ウィンドウを開いた。

 サーチは相変わらずできない。だが擬似的にギルドマスターになっているがゆえに、《約定のスクロール》によるギルド共通ストレージを開くことができる。そして利用者一覧を調べると、俺のネーム欄が灰色に染まっていないことに気づいた。死んでいない。つまり、先に挙げた方法の残り2つのうちどちらかを実行したことになる。

 ジェミルは改めて周囲一帯の探索を始めた。

 そして驚異的な目敏(めざと)さで俺達がいるダンジョンの入り口を発見し、装備とアイテムストレージが50層ボス用のラインナップから変わっていないことを確認してマッピングを開始した。

 まず最初に実施したのは、エリアの仕様確認だ。

 判明した事実により、ジェミルは内心ホッとした。

 それは、迷宮区と同じ仕様だったからだ。サーチが途切れた理由がはっきりしたことで、俺がこのエリアにいると確信できた。迷宮区がノーマルフィールドより危険とは言え、『所詮は《はじまりの街》のダンジョン』であり、敵はたいしたレベルではないと結論付けた。

 そしてとうとうこの通路の入り口に辿り着いた。

 ロムライルが《騎乗(ライド)》スキルを持っていたように、カズが《鍵開け(ピッキング)》スキルを持っているように、ジェミルも直接戦闘力を上げるものではない《罠探査(インクイリィ)》スキルを持っている。

 まさにその時、スキルによる警告音が鳴ったのだ。モディファイにある《罠判別》により、その種類が《結晶アイテム無効化エリア》であると看破。

 《インクイリィ》スキルは目の前にあるイベント用とおぼしき通路の奥が、クリスタルの使えない危険地帯だと教えてくれた。もちろん、意味なくそうなっているはずがなく、奥からは剣戟(けんげき)による戦闘音が絶え間なく響いている。

 そうして何度目かもわからない走り込みを経て、俺達とフィールドボスを見つけるに至った。これらの出来事が俺達と同時進行で起こっていたのだ。

 おかげで現場にいた俺達は一命をとりとめたということになる。

 奇跡とはまさにこの事だった。

 

「ハナから俺のこと探してたのか。とにかく助かったぜ。……キリト、切断はないな?」

「ああ。さっきヒスイが俺と替わってくれた。彼女も左腕がないから足止めだけだ。あとは……」

「うん、任せてキリト君。ボクもローテに混ざるよ。……厳しい、けどね……」

「けど残り3割。シュヴァリエのHPは平均より低い。最後まで粘ろう」

「…………」

 

 あるいは『最期まで』になってしまうかもしれない。

 しかし俺は思い直した。考え直した。絶対にそうはさせないと誓ったはずだ。

 

「いや、ちげーな。倒すぞッ! 全員で帰るんだ! もう1人たりとも欠けてたまるかッ!!」

 

 全身の血が沸騰しそうなほど高揚した。

 ヒスイが斬撃を受ける。交替の時が近い。

 

「やろう! ボクらの力でっ!」

 

 戦うしかない。戦わなければ死ぬだけだ。俺達の中に、諦める人間はもういなかった。

 戦況は、最終局面へと移行した。

 

 

 

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