SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第69話 心機一転

 西暦2024年1月1日、浮遊城第1層(最前線51層)。

 

 地下ダンジョンを脱出し、俺達は今《はじまりの街》にいる。

 数分してから全員の欠損(ディレクト)ステータスが完治すると、俺達8人はまたしても《黒鉄宮》へ戻ってきていた。そして今後についての擬似的な会議を開いているところだった。

 

「なぁおいキバオウ、俺らは確かにこのダンジョンを公開しない約束で、あんたらのしきち内を自由にさせてもらった。……けどこれからどうするよ。仲間3人は《生命の碑》にばっちり載ってるし、死因も出てんだ。これもごまかす気か?」

「……結果的には、そうなるわな……」

「っ、あんたねぇ!」

 

 1歩踏み出しかけたアリーシャを片手で制すると、俺はキバオウの眼球をじっと睨んだまま静かに切り出した。

 

「結果そうなる、ってあいまいだな。具体的には?」

「……あの地下ダンジョンそのものを隠蔽する言うとるんや。死んだ3人については……組織が見逃さへんやろな。ワイは正式に厳格処分されるはずや。……せやけど、よう考えたんや。正直に話せば地下ダンジョンという未開の場所は割れる。したらどうなる?」

「地下ダンジョンを探索しようとするプレイヤーが出るだろうな」

 

 キリトの念押しに、キバオウは首を上下に振って頷いた。

 

「せや、そうなったら余計死ぬ。軍の連中はレベルがバラバラや。層の数字で見分けがつかん以上、中途半端に自信つけた奴が蛮勇こいて死に急ぐ言うんは十分起こり得る。そうなりゃ誰が責任を取る?」

「…………」

「答えられんはずや。誰もとれへんからな。……3人には悪いと思うが、やっぱワイはこの場所を広めとうない。攻略組のあんたらでさえ死にかけたんや。……それにプレイヤーがここを知ることのメリットがあらへん」

 

 キバオウは一旦ここで溜めた。答えを催促するように。

 俺はそれに乗ってやることにした。

 

「だろうな。見たところ次層解放の重大なカギになる、ってわけでもなさそうだし、オオヤケにさらすメリットはほとんどない」

「地下ダンジョンの踏破は根本的な目的……100層攻略と関連性がないからか。確かに軍が1人締めしない以上、ここが今後ずっと明かされないのならそれが1番好ましいことに……」

「お、お前さんらもそう思うやろ。せやから……」

「けどな!」

 

 俺は冷や汗を流すキバオウを視線で射ぬき、黙らせてから続けた。

 

「約束は守れよ。俺達5人が黙ってれば、ここを詮索しようとするヤカラは出ないだろう。けど1度でもあんたら3人……いや、その内1人でも地下ダンジョンに侵入したら、そん時はエンリョしねぇ。さらし上げにして徹底的に叩く」

「わ、わぁっとる。わあっとるわ……残ったワイらは軍の中からダンジョンに気づいた奴がおらんか、それだけを精査する。他言無用や。絶対に約束する」

 

 キバオウが強く言い切ったことでこの話はここまでとなった。あまり楽しい内容でもなかったし、危険な扉が封印されると約束されたのだ。それに越したことはない。

 そしてすでに午後の4時である。序盤は雑魚モンスターしか湧出(POP)しなかったとは言え、やはり慎重に進んでいたからだろう。俺達は相当長い間ダンジョン内にいたことになる。

 しかし解散かと思いきや、黒づくめの剣士が前に出て口をついた。

 

「その前にキバオウ、1つ聞きたいことがある。あんたとは1層の頃からなんだかんだ因縁のある仲だけど、俺への恨みはもう晴れたのか……?」

「…………」

 

 聞かれたキバオウはそれに即答できずにいた。彼も今だからこそ聞けるのだろう。キリト側にもここで質問することにリスクはない。

 キバオウの思惟(しい)も短いものだった。

 

「ワイは……あんさんをまだ許しとらへん。ディアベルはんの無念はまだワイの中で(くすぶ)っとるわ。……せやけどな、ワイも変わってもうた。もうあんさんをビーター呼ばわりできへん。ワイら急進派は最初のクォーター前にテスターを抱え込もうとした。全部ギルド拡大、攻略のためや。……やけど、初心を忘れはっとった。ワイを含み、当時の重鎮共はあの時死んだ20人の《軍》メンバーの事後責任を押し付け合い、そこでたまたまワイが勝って生き延びたにすぎん」

「…………」

「つってもや、ワイはまだ諦めとらへん! なんせウチも、頭数だけなら最大ギルドや。組織のトップは狙っとるで。……そんで、今度こそ正攻法で攻略に参加して見せるわ。首洗って待っとき!」

 

 それだけを言ってキバオウ達は本拠地へ戻っていった。

 これからキバオウはギルドで双璧を成すトッププレイヤーである『シンカー』と何らかの決着をつけにいくだろう。それがどういう結末をもたらすにせよ、ここからはキバオウ自身の歩む道だ。とやかく言うのもほどほどにしなければ。

 

「さてと……キリトはどうする? 正月ぐらいは攻略やめとくか?」

「いや、少し落ち着いたらもう一仕事だな。……おい、レベルホリックは自覚してるよ。そんな目で見るなって……」

「あ、いやそうじゃねぇんだ。さっきの『ビーター』って、アレ思い出してた。……聞いた当時、もっと一般的な俗称になると思ったんだ。そん時ソロだった俺も、いつか周りにバレて後ろ指さされるじゃないかってビクビクしてさ。……でも結局はキリト1人に背負わせちまったから、それが何となく後ろめたくて……」

「なんだそんなことか。自分から引き受けたディアベルとの約束だ。後悔はしてないし、ましてやあの場にいた他のテスターを恨んだり、巻き込もうなんて考えなかったよ」

 

 実はこの世界における『ディアベル』という、今は亡きプレイヤーのネームバリューは驚くほど高く、KoBのヒースクリフやDDAのリンドにも負けずとも劣らない。

 すでに戦法を熟知していたはずのβテスターですら、1ヵ月という期間を長いものに巻かれようとコソコソ逃げ隠れしていた。その中で、彼はアインクラッドで初めて1層のボスに戦いを挑んだ。疑心暗鬼とどうしようもない無力感に(さいな)まれてなお、自ら動こうとしない未熟な高レベルプレイヤーを叱咤激励したのだ。

 彼は1層で死んだ。よって厳密には、彼は2層のアクティベートすら行えていないのかもしれない。

 しかし、2層以降すべての攻略に彼の勇気が後押しされていたことを、この世界の全住民が理解していた。彼が踏み出した大きな1歩なくして、人類が団結することも前進することもなかったことを理解していた。

 だから彼は偉大なのだ。

 生前には細かいイザコザもあったのかもしれないが、少なくともディアベルという勇敢な人間の名は、今でも前線で踏ん張っている多くの攻略組の支えとなっている。

 

「そう言ってくれると救われるよ。一声かけることさえしなかった俺もな……」

「ああ。じゃあ俺はボチボチ前線に上がってるよ。軍のことで何かわかったら連絡し合おう。くれぐれも突っ走るなよ」

「けっ、キリトにだけは言われたくねぇ。んじゃあな!」

 

 キリトが角を曲がったところで俺は振り返った。

 ヒスイ、アリーシャ、ジェミルがそれぞれ俺の方を向く。

 

「ジェミル、さっき話したことルガにも伝えといてくれねぇか? 俺はこれからちょっとヤボ用があってさ」

「うんわかった。ボクもこれから覚悟を決めるよぉ。……例の場所でまた会おうねぇ」

 

 それだけ言い残し彼も歩き出した。カズが正月の日までフィールドをさ迷っているとは考え辛いので、行き先は十中八九《圏内》のどこかにいるだろう。

 残るは女性のお二方だが……、

 

「ヒスイ、アリーシャ。このあとヒマか?」

「え、あたしは別に予定ないけど……」

「アタシも時間はあるわ。モロモロから解放されて、むしろもて余してるぐらいよ」

「そいつはよかった。じゃあ今夜8時半に51層の、えぇと《トロイア》だっけか、主街区の名前。あそこの転移門前に来てくれよ。少し話したいことがあるんだ」

 

 俺はなるべくナチュラルにそう申し出ると、彼女達は不承不承だが承諾してくれた。

 と、これが別れのあいさつになると思いきや、ヒスイとアリーシャが俺から数メートルの距離を空けて何やらひそひそ話を開始した。時折チラチラと視線も浴びて俺としては非常に恥ずかしいのだが、これはいったいなんの羞恥プレイだろうか。

 

「ねぇジェイド……」

「ん……?」

 

 内容までは教えてくれなさそうな雰囲気だったが、ヒスイをその場に置いてアリーシャだけが俺に話しかけてきた。

 

「……何このビミョウな距離」

「そういう順番にしようって話がついたのよ。そ、れ、に!」

 

 両頬をペシッ、と叩かれて俺の顔の向きは強制的にアリーシャの方へ向けられた。

 彼女の口からは「今はアタシだけを見て……」と続けられ、俺をまっすぐ直視する彼女の瞳は若干ばかり潤いを含んでいた。

 想像の斜め上を行く不意打ちに胸がドキついてしまったが、これはどういう状況だろうか。もしかして、死地を共に乗り越えた吊り橋効果で、言いたいことは今のうちに言っておこう作戦だろうか。ヒスイも地下でそんなことを言っていた気がする。

 

「アタシね、あなたと会えて本当によかったと思ってるの」

 

 一泊置いてから手を離すと、彼女は(うつむ)きながら突然そんなことを言った。

 

「脈絡なくてゴメン、月並みだしね。……けどこれは本心よ。……アタシも割と散々な目に遭ってきた口で……まあ、ストレス溜まってたのよ。だから、アタシは意図的に好意を向けた後に、男を裏切るようになったわ。裏切ることで自分の価値を測ったの。アタシが人を騙した結果、あの残忍な仲間達がそのターゲットを『最終的に殺す』とわかっていてね」

「……やめようぜ。それはもう、終わったことだろ? アリーシャはラフコフとは完全に縁を切ったはすだ……」

「ええそう、終ったこと。でも忘れちゃダメだと思うわ。反省もしてる。犯した罪が精算されたかはわからないけど、全員に謝っても来た。そこで問答無用に殺されなかっただけマシだとも感じるわ。……でもアタシはこのまま全てを投げ出したくないのよ。あとはヨロシクって、無責任に残りの人生を歩みたくない」

「…………」

「攻略に戻りたいの。1人じゃ無理って、ジェイド言ったわよね? そしてこうも言ったわ、『アリーシャをここから出してやる』って。でもアタシは攻略を投げ出したくない。どちらも相反した願いよ。……ねぇ、アタシはどうすればいいの?」

「……それは……」

 

 口ごもる俺は眼球だけを動かして、少し離れたところに待機するヒスイの方を見た。

 彼女は何も言ってこない。動こうともしない。いつもは困っているプレイヤーを助けて回っているあのお人好しが、この時だけは俺に助言をくれなかった。

 しかし幸か不幸か、俺は誰の助けも借りずにアリーシャの問いに答えることができそうだった。

 俺がジェミルと2人きりで話していた内容も、部分的には重なっている。むしろ好都合とすら言えた。

 

「アリーシャ、約束は守る。会った日から、悩んだらこうして誰かに打ち明けろと言ってたしな。その相手が俺で嬉しいよ。そこでだ……」

「ん……?」

「ああ……いや、まだやめとこう。とにかく、その気概は受け取った。……けどちょいとだけ俺に時間をくれねぇか? 今夜までには話をつけとくつもりだ。さっきも聞いたけど、アリーシャは夜の8時半に《トロイア》まで来れるんだよな?」

「ええ、時間だけはあまってるから……あ、でもあまった時間でレベリングはするよ? ジェイドが協力してくれるのなら、余計張り切っちゃうんだから!」

 

 アリーシャはあえて明るく振る舞ってくれた。

 その気遣いに感謝しながら俺は続ける。

 

「そうだな、協力なんて喜んでするぜ」

「……ねぇジェイド、2度と死のうとなんでしないでね。それこそ約束破りだし。今度そんなことしたら絶対許さないから!」

「ああ、今朝は悪かった。これからは絶対、俺なりの前向きな生き方をする」

「フフン、よろしい。……じゃあ、アタシも上に行ってるわね。また会いましょ!」

 

 アリーシャは元気よく別れの挨拶をするとクルッ、と振り向いて歩き始めた。

 その後ろ姿をまじまじと見つめる。よく観察するまでもなく、彼女が装備しているのはかなり実用的な防具だ。誘導役なんてものをやっていた頃の露出の多さや無駄な装飾は影も形もない。

 本当に変わった。罪に対する姿勢は本物だ。彼女は自分が死に追いやったプレイヤーを決して忘れないだろう。

 過去に捕らえたラフコフメンバーの多くは、殺しをいかに正当化するか、そういった論点のすげ替えをしようと必死になっていた。「殺して何が悪い」、「プレイヤーに平等に与えられた権利だ」などと、悪びれもなくそう言って罪を認めようとしなかった。

 だが彼女は違う。早い段階で釈放された理由がそれだ。

 

「ジェイドー! 明けましておめでとー! 今年もよろしくー!」

「(ったく、今さらだな……)……おーう! 今年もよろしくなぁ! 《圏内》から離れすぎんなよっ!」

 

 これを境にアリーシャは見えなくなった。

 まったく、攻略組と、それを目指そうとするプレイヤーは正月だというのに働き者なことだ。去年の俺が同じ状態だったことから棚に上げている感は拭えないが。

 

「さて、あとはヒスイだけだな。アリーシャと別々に話す意味あったのか?」

「ニブちんのジェイドにはなかったかもね~?」

 

 目を細めてからかうように、そして心底楽しそうにヒスイが近づいてきた。

 本音を言い合うため、それぞれが聞かないようにしたのだろうか。確かにその方が明かしやすいかもしれないが……いや、果たして本当にそうだろうか。俺しかいないから言える本音とは。

 ――う~む、謎……だな。たぶん。

 

「つーか、こうして普通にヒスイと話せることが奇跡だよ。……冗談なしに1回死にかけたからかな。もう今後は隠し事とかなしに、思ったこと全部発言していきたいわ」

「へぇ、ぜひその隠し事とやらを聞きたいわね。っとその前に少し歩いていいかしら。ここ、建前上は《軍》の占領地でしょ? なんだか話しにくいわ」

「言われてみりゃそうだな。んじゃどっか適当なとこに……」

「あ! 中央広場に寄ってみたいんだけど、いいかな? ……まぁあの日(・・・)を思い出すっていうのもわかるんだけど、やっぱり良くも悪くも思い出の場所じゃない? ジェイドと、その……初めて会った場所でもあるし」

「そう、だな……」

 

 それを機に、微妙な空気のまま俺達はひたすら歩いた。

 《はじまりの街》は広いが、例の場所そのものは距離的に近い。俺達はものの数分足らずで街の中央広場に到着した。

 頑丈な石畳、円形の広場、そこを囲う大型の建築物。中心地には立派な時計塔を備えていて、総面積も極端に広い。俺が朝方にも訪れた場所だ。なんの因果か、今度はこうしてヒスイと並んでいるが、よもや日に何度もこの場に来るとは思わなかった。

 

「懐かしい、かな。あたしの第一声は。ヘンな話だけどね、今でこそ、SAOにログインしてよかったって思えるの。嫌で嫌で仕方ないのに、ここでしか出会えなかった人と話してると、どうしてもそう思えちゃうのよ……」

「それ言えてる。マジに死んだ奴には悪いけど……ああでも、1層で目ぇ逸らしてる奴ら以外なら、意外とそういうの多いカモだぜ? 俺も今は後悔してないし。……さっき死にかけといてムチャクチャな話だけどさ」

「……そうね……」

「あ、そういやヒスイ。最後になって使う気になったってあのアイテム、聞いてもいいか? ……特別なアイテムだったんだろ?」

 

 真冬ということもあって、年内を通しても早い段階で沈む夕日を眺めながら、俺はふと気になったことをヒスイに問いかけてみた。

 

「……ええ。ボス撃破時の、歴としたレアアイテムよ。……発動条件はキーワードを発音することと、そして……対象者と手を繋ぐこと。そうすることでお互いのHPを足して共有し、その後30秒間無敵属性が与えられるの」

「…………」

「もう薄々感づいてると思うけど、ソロのあたしにはまず使い道のなかったアイテムよ。だって2人以上いないと、そもそも発動する機会すらないんだもの……」

 

 ヒスイはシニカルに呟いた。せっかくのレアアイテムを有効活用せず、売りもせず、あまつさえただのジンクスとして後生大事に抱えてきたことに対する自嘲だろうか。

 だが俺はそれを笑わない。彼女の気持ちに共感できたからだ。

 俺のソロ時代、存在するはずのない暗殺者に対応できるようベッドの中に剣を仕込んだり、人の家にお邪魔する時に間違えて完全武装のまま訪れたことだってある。ボス前に必ず祈願ルーティンする姿も飽きるほど見た。人が何をもって安心するかなど見た目からでは決してわからないものだ。

 

「……けど、ヒスイはそれをずっと大切にしてきた。言葉通り『御守り』だったんだろう? そういうのをストレージに忍ばせてる奴もわりかしいるぜ。……んで、たまたまそのアイテムになったのが《翡翠の御守り(ジェイド・アミュレット)》、だったわけだ……」

「ぅ、うん……」

「なーんかなぁ……ヒスイ、『ジェイド』って名前の意味知ってたろ?」

「えっ、え~と……これはそのぉ」

「目逸らしてもムダだぞ。アルゴやリズとこそこそ話してたのはそういうことか、ようやく胃に引っ掛かってた骨が取れたぜ。……ったく、ヒスイも人が悪いもんだよ。そうやって何も知らない俺を裏で笑ってたんだろぉ?」

「ち、違っ……ッ!?」

 

 俺はヒスイが何かを言う前にその頭に手を置いた。すると彼女はよく躾られた動物のように静かになる。ついでにポンポンと軽く叩いてやると、くすぐったそうに目を細めた。

 ――いつからこの娘はこんなに可愛くなったんだろうか。

 と、同時に確信した。ここまで自分の気持ちに気づいていて何も言わないのは男が廃るというものだ。その時が来たら必ずこの気持ちをヒスイに打ち明けよう。

 

「気にしてねーけど」

「ええ……まぁ、違わない……わね」

「まさか翡翠の英訳がなぁ……ま、忘れてた俺も悪いんだけどさ。でもやっぱ、それが御守りってのはメチャ嬉しいよ。……ハズイけどさ」

「う~、バカ……恥ずかしいのはこっちよ、もぅ……」

 

 またもヒスイは顔を真っ赤にする。幼い頃の痛い日記を読まれたかのような目だ。

 何はともあれ、これでヒスイから聞きたいことは全て聞けた。今のヒントだけで俺が密かに立てていたある仮説(・・・・)が正しかったものだと十分に証明してくれている。

 時間にして3時間と少し。あとは実行に移すだけだ。

 

「ヒスイ、さっき言ったように俺はこれからヤボ用がある。んで、そのあと51層の主街区へ来てくれないか? そこで話したいことが2つある。できれば今日がいいんだけど……」

「今日は元々オフの日よ。好きな時間に行けるわ」

「そっか、んじゃあ頼むよ。……おっと! 俺のあとを付けて作業をノゾキ見するのは無しだぜっ? サプライズイベントだからな!」

「ふふっ、わかってるわよ。ていうか、サプライズだって目の前で言っちゃダメでしょ! ……まったく、なんか言いたいこと言えなくなっちゃったけど、あたしのはまた今度にするわ」

「そっか。んじゃ、マジでちょっくら一仕事してくるぜ!」

 

 何度か振り返りながら走り去り、俺はある準備に取りかかった。ヒスイやアリーシャに偉そうなことを言いつつ、カズへの説明はジェミルに丸投げしているのだが、企画したのは俺だ。俺のサプライズイベントと言っても過言ではないだろう。

 それに、時間を指定したのには理由がある。

 まずはジェミルがルガと話をつけるのに充分な時間を与えるため。そして俺が今からやる作業が8時からしか行えないためだ。

 この作業が無駄にならない保証は先ほどヒスイが明言してくれてもいる。

 

「(さって、早速ボス戦とシャレこむか!!)」

 

 俺は晴れ晴れとした未来に期待を馳せ、意気揚々と内心で叫ぶのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 午後8時半。俺が約束を取り付けた時間。

 真冬ゆえ、とうに日は落ちている。特に気にしてはいなかったが今夜は心月らしく、宵闇が完全に覆った主街区では辺りの光源は街頭によるものしか存在しなかった。

 やるべきことをあらかた済ませた俺は、1度だけ深呼吸をすると自分の頬をパシンッ、と叩いてから4層の主街区にある《転移門》の正面に立った。すると、ゲートが発光して利用可能状態にあることを知らせてくれる。

 「転移、トロイア!」と声に出すと、コマンドを検出したゲートが起動し、すぐに俺の体が青白いライトエフェクトに包まれた。

 ほんの1秒で景色が変わる。全身へ過重圧がかかったわけでもないのに、エレベーターの利用が一瞬で終了してしまったような感覚。長年体に刻み込まれてきた感覚から大きくズレた現象からか、これだけは未だに慣れない。

 

「みんなは……と」

 

 俺は辺りを見回した。するとそこには4人の人影が。それぞれカズとジェミル、そしてヒスイとアリーシャのものだった。

 

「よっ、ルガ。あけおめ」

「うん、明けましておめでとうジェイド! 今朝、もう解放されてたんだってね?」

「おうよ、朝はクソ寒かったぜ。んで、開放の理由は……ま、ジェミルからだいたい聞いてっか」

「うん。無事でよかったよ……また最前線に来てくれたんだね。今年もよろしく、っていうのは2つ意味ができちゃったかな」

「そうだな。じゃ、夜も遅いから手短に済ませよう」

 

 俺は身内の会話を切り上げると、《転移門》回りの段差を1つ降りてゲートの使用有効範囲外へ出る。そして改めて4人の前に立って声を発した。

 

「あ~テステス、お集りのみなさん」

「プフッ……」

「……ははっ、やっぱ普通に。……あ~……っと、まあ4人に集まってもらったのにはもちろん理由がある。その……察してる奴もいるかな。知った顔同士だし」

 

 不慣れゆえにあまりスムーズとまではいかなかったが、俺は身振り手振りを加えながら4人の前で懸命に言葉を紡いだ。

 

「改めて……4人に会えて本当によかった。しかも単なる他人じゃない。なあルガ? 俺は知らなかったけど、ヒスイとも顔なじみだったって」

「あーうん、だいぶ前の話だけどね。最初は確か、夜遅くに35層の《迷いの森》だったかな。相談に乗ってもらって」

「あ〜懐かしい!」

「えへへ。ちょうどその頃から、ジェイドを通して話しやすくなったのはあるかも」

「よしよし。……んでジェミルも今日、晴れて戦線を共にしたわけだ。おまけに、レジクレはまだ犯罪者だった頃のアリーシャに命を救われている。忘れたとは言わせねぇぜ? 事後処理にあたったアリーシャの更正手続きやバックアップは記憶に新しいはずだ」

「う、うんまぁ……」

「……そう、だよね」

「おいおい、気まずくなるなよこんな程度で。……最後に、ヒスイとアリーシャ」

 

 俺はここで一旦言葉を止めた。

 それから彼女達の目を見る。2人はまだ話の意図、少なくともその全容が見えないのか、2人して首を斜めに傾けていた。

 

「ひょっとしなくても、俺が知らないところで何かあったろ?」

「え、ええ話なら少し。まだアリーシャが《黒鉄宮》にいた時なんだけど、あたしが面会しに行ったのよ。初めは足を運び辛かったけどね」

 

 俺の質問にはヒスイが答えた。そしてその多くは予想していた通りでもある。

 そこへ続けるようにアリーシャが割って入る。

 

「同性だからか、気にかけてくれたの。おかげで今じゃ全然後ろめたさとか無いわ。この子はアタシの相手やサポートを手伝ってくれるし、こんな前科持ちプレイヤーの面倒見てくれるなんて、相当なお人好しよ」

「悪かったわね!」

「よし、まぁ何はともあれ、お2人さんも今は仲良しこよしってわけだ」

『…………』

「おっと文句は却下だぞ。……さて、本題だ。乗るか乗らないかは本人で決めてくれ。……んんっ。俺はこれからギルド《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》存続を提案する!」

 

 途端にカズが嬉しそうな顔をした。これから続くセリフに期待するように。

 俺は噛みしめるように言葉を選んだ。

 

「さっき3層の《ギルド結成クエスト》を秒で終わらせてきたところだ。んで、リーダーの名前はこの俺。他のメンバーはルガトリオ、ジェミル、ヒスイ、アリーシャの4人だ! ……俺はこれを伝えるためにみんなをここへ呼んだ。ここにいる全員はメンバー候補に上がるまでの経緯と実績がある。散々悩んだけど……これが1番に思えるんだ。まずはルガ、どうだ?」

「も、もちろん! 僕は参加する。どころか、ぜひ参加させてくださいってぐらいだよ! 僕はレジクレがある限り攻略をやめるつもりはなかったしね。ジェイドがそう言ってくれるなんて、そんな頼もしいことはないよ」

 

 カズは元気よくそう答えた。リーダーこそ変わってしまったものの、カズはこの世界に囚われた哀れな投獄者を解放したいと願っている。そこに嘘偽りはないはずだ。

 

「……次はジェミルだけど、無理せず正直に答えてほしい。雰囲気に流されずによく考えてくれ。……ロムライルは死んだ。次は誰が死ぬかわからない。そんな中で、共に心臓を預け合えるに値するか、背中を託すに値するのか。リーダーが俺なんかでいいのか」

「あははっ……」

「オイそこだけ笑うなって、ったく。……ハッ……でもあれだ、やっぱよく考えてから答えてほしい。どうだ……?」

「ボクは……っ、参加するよ! ジェイド。ボクは今日、きみの戦う姿を改めて見た。そして……とても格好良いと感じた。それは何でかなって、考えたんだ。……そしたらわかったよ。きみが命をかけて仲間を助けようとしたからだ! ……だから、ボクは恥ずかしい。あれだけ脱出を誓ったのに、ロムに顔向けできないや。こんなところで戦うのを中断しようとするなんて、絶対望んでなんかいなかった。……そうでしょう!? ボクも戦う! 前を向いて戦うよ!」

 

 その小柄な体躯からは激しいほどに強く、そして揺るぎようのない意思を感じた。ジェミルは背が比較的低く、普段は間延びした声で緊張感を削ぐムードメーカーだったが、ことこの場においては戦士の表情を崩さなかった。微動だにしていない。

 そう、彼には彼の思いの丈があったのだ。

 

「わかった、俺も最善を尽くす。みんなで100層を抜けよう。……次はヒスイだけど、今までほぼソロでやってきたよな?」

「うん……」

「しかもなえた野郎連中のメンタルケアみたいなことまでしてさ。自分も心の傷との闘いだったはずなのに、《攻略組》を影でずっと支えてきたんだ。そこに俺は尊敬もしていた。……けど俺は今、その築き上げてきた地位を捨てろと言っている。ヒスイにはそれができるか?」

「できる……というより、チャンスをくれるならよろこんで。あたしも決めたの。これ以上強がって、無理して生きるのは止めようって。そうまでして息を止めて暮らしたくないわ。……けど、あなたがここで頑張ると言うのなら、あたしは支えたい。レジストクレストに入れてください!」

 

 その眼光から迷いは見てとれなかった。去年の11月、同じ学校の生徒が脱出と称した自殺を図った時に、それを全力で止めようとしなかった……いや、むしろ『結果を待った』自分への罪の鎖。それを断ち切らない限りレジクレへの参加は厳しいと俺は考えていた。それが、今では即答でギルドに入ると言い切ったのだ。

 彼女の誇りを踏みにじるようなことだけはしない。

 

「俺も全霊で応えるし、失望させないって約束するよ。……最後にアリーシャ、ありのままの意見を聞かせてくれ。レジクレへの参加、どうだ?」

「アタシは……実際ね、アタシなんかが、って思うのよ。ヒスイに何があったかは知らないけど、このコはその償いに1年以上を費やした。対してアタシはまだ1ヶ月半。こんなの……不公平だよね……」

「…………」

「……でも、ジェイドはそれを理解した上で、ギルドに誘ってくれている。アタシはこの繋がりを台無しにしたくない。ずっと大切にしていきたい! 本当の意味での仲間を、ここで無くしたくない!」

「……なら、アリーシャはどうしたい?」

「アタシを、レジストクレストに参加させてください。足手まといにはならない。……最低でも、その努力はするわ! ずっと居場所がほしかったの。お願いします!」

 

 アリーシャは立ったまま深く頭を下げた。

 最敬礼。それが今の彼女が俺達を信じ、そして裏切らないとする最大限の証明。

 俺は例えアリーシャがどんな悪事に手を染めていたとしても、それを恥じ、悔い、償う努力をするのならそれを精一杯助けてやると約束した。そして今はアリーシャが俺を求めている。

 あの憎き大犯罪者ではなく、この俺を頼っている。

 

「頭下げられんのはガラじゃないけど……カンゲーするぜアリーシャ。最高の前任者が作ったギルド再誕の瞬間だ。残り半分、俺達5人で助け合おう。アインクラッドをなんとしても脱出するぞ」

 

 ここで何度目かの静寂。しかし漂うのは気まずさではなく充実感だ。みんなの顔も、戦場を共有する仲間を得たような安堵しきったものばかりだ。

 4人が視線を交わし、それぞれ「よろしく」と握手をしている。ようやく一段落だ。これからこの5人で新しい旅立ちを迎えるのである。

 だが俺はというと、昂る気持ちを押さえつけるのに四苦八苦していた。

 鼓動が高まる。俺にとってはむしろこれからが本番だ。

 緊張で喉が干上がるのを感じ、膝もがくがくと震え出してきた。だが逃げるわけにはいかない。俺はこの気持ちに素直になると決めたのだ。

 

「ヒスイ。……ヒスイにだけもう1つ、言いたいことがあるんだ……」

「え……?」

 

 再び注目を集める。彼女だけでなく、残りの3人もこれには首をかしげていた。

 

「言いたい……こと? そう言えばあたしには2つあるって言ってたわね」

「あ、ああ……」

 

 意識を集中させる。俺がヒスイに言うべきこと、これはまず間違いなく俺が生きてきた人生で最大級の難関だ。難関と言うより、むしろこの歳でこんなセリフを言うような奴が世にいるのだろうか。いろいろと段階を飛ばしているような気さえする。無論、ここはゲームの世界であって現実世界ではないから、本来の意味は込められていないし、その実態も少なからず違うだろう。ここで俺が発するセリフと、リア充が現実世界で伝える重みは決定的に比較対象にならないと言うかなんと言うか……、

 

「ジェイド……?」

「や、あの! えぇっと……」

 

 ヤバい。顔面温度が大変なことになっている。

 あらかじめ用意しておいた長ったらしいキザなセリフも全部吹っ飛んでしまった。

 なんのために時間を空けたのだ。予行演習までしてきて準備万端だったというのに、その真価が何も発揮されていないぞ、俺。

 

「ひ、ヒスイ! これを……その……」

 

 ――なんてこった、声が裏返りやがった。

 恥ずかしさもピークにきている。

 

「受け取ってほしい」

 

 思わず目をそらし、それでも俺は言いきった。溜め込んだ激情を目一杯押し出すように。

 

「ジェイド、これって……!?」

 

 俺がポーチから取り出したアイテムは首飾りだった。

 シルバーのチェーン。先端には透明なグリーンを放つ宝石が添えられている。

 そのアイテムに彼女は釘付けとなった。

 理由は明快。なぜならこれは、彼女が1年も肌身離さず携帯し、そして大事にしてきた御守りと瓜二つ、を通り越してまったく同じ形をしていたのだから。

 

「《翡翠の御守り(ジェイド・アミュレット)》。新年初日の午後8時に、4層で《ニューイヤー・イベントボス》ってのがあるだろ? そのLAボーナスを、さっき狩ろうとしてたプレイヤーを金で退かして倒してきたんだ」

「え、でもこれ……あたしあのイベントのドロップ品だなんて教えてないわよ? どうして……あたしが、あの日から持ってたなんて……」

「まあ、さすがに覚えてないよな。……ヒスイがあの日《ヘイズラビット》を倒してから、『自分っぽいアイテムだ』って言ってたんよ。……キモイかもしんないけど、俺はあの日のことずっと覚えてて、その……レアアイテムはきっと、ヒスイの名前にちなんだものだと思ってたんだ。……だからアイテム名を聞いた時からピンと来てたんだよ」

「そうだったの。あの日から……ずっと覚えてて……」

 

 両手で(すく)うようにそのネックレスを持つと、ヒスイは呟くように言った。

 その眼は懐かしむように揺れ動いている。

 

「は、ハハッ……ああ、その……今日たまたま正月でよ! んまぁ今年は辰年だから兎じゃなくて『タツノオトシゴ』みたいなモンスターだったぜ? 墨みたいなのも吐いてきてさ、倒しきるのに思ったより時間かかっちまったよ! アハハっ」

「…………」

「あの、それで……さ。えっと……ま、ヒスイへのプレゼントってのもあるんだけどさ。それだけじゃないって言うか……ひ、ヒスイ!」

「え、ど、どうしたのっ?」

 

 いきなり大声を出す俺にヒスイがビクッ、と肩を跳ねさせる。必要以上に声を荒らげてしまったようだ。反省している場合ではないが、もう少しトーンを抑えよう。

 ――って言うかもうここまで来たらあとは勢いだろ!

 

「……それはさ、俺とヒスイを繋いだ特別なアイテムだ。だからこれを手渡す時、もっと特別な意味を持たせたかった。前よりもずっと……去年よりもずっと……特別な意味を……」

「ぁ……えっ」

 

 ヒスイもようやく俺の意図を察し始めたのか、だんだんと強ばっている。成り行きを見守っていたカズやジェミルも……そしてなぜかアリーシャが極端に動揺しつつある中、俺はそれでも飾らない気持ちを伝えた。

 生まれて初めて、この言葉を口にする。

 

「ヒスイ、愛している。この世の誰よりも。この先もヒスイのそばにいたい。そしてずっとそばにいてほしい。苦労も幸せも共有したい……ヒスイ、俺と結婚してくれ!」

 

 言い切った。

 頭の中など真っ白だ。

 直前になって震える声を制御できたのは奇跡に近い。

 周りも唖然状態である。

 だが知ったことではない。

 それにしても心臓の音がうるさい。

 やはり断られるのだろうか。

 ここにきて答えを聞くのが怖くなる。

 告白したことを後悔してきた。

 ヒスイが俺なんかと……、

 

「ジェイド……」

「あ、あの……答えなら待つから、その……」

「ジェイド! ……あたしね、いま凄い幸せなの。あなたからこんなこと言ってくれるなんて。……ぁ、え……な、なんか泣けてきちゃった……グスッ……あたし……嬉しい。すっごい嬉しい。ここに来て……あなたに会えて……ヒク……こんな素敵な贈り物まで……」

「ヒスイ……じゃあ……?」

 

 ヒスイは両目から零れる涙を服の裾で必死に拭き取りながら、それでも笑ってこう言った。

 

「ええ。あたしもあなたのことが好き。誰よりも愛してる。あたしと、結婚してください」

 

 満面の笑顔でヒスイは言った。

 直後に心臓が跳ね上がる。喉の奥まで熱い何かが混み上がってきた。

 目頭の温度が変わっていることが体感でわかる。

 俺は自然と1歩前に踏み出し、ヒスイの体を抱き締めていた。

 

「ヒスイ……よかった。いつまでも一緒に……」

「うん……ふ、ふふっ……それにしてもジェイド、あたしが断ったらどうしてたのよ……ギルドなんでパァよ?」

「あ、は……ハハッ、そういやそうだな。……全然考えてなかった……」

「もう……スキだらけなんだから……っ」

 

 笑っているのか、泣いているのか、喜んでいるのか。

 とにかく、ひとしきり言いたいことを言い合ってから俺達は体を離した。冷静になってみれば恐ろしいほど恥ずかしいことをしていたのだが、あとになって羞恥心に溺れ死んだりはしないだろうか。

 

「うぅっ、負けた……負けたよぉ……」

「恥ずかしすぎて死にそう……」

 

 ここでなぜかアリーシャとカズが絶望的な表情をしているのが目に入った。……のだが、彼らはなぜ俺よりもショックが大きそうなのか。

 

「え、えっと……その悪いな、個人的な時間作っちまって。……し、仕切り直して! 改めてギルド再結成をここに宣言したいと思います!!」

 

 とりあえず大声で叫んでみた。

 

「ジェイドぉ、やっぱりリーダーは向いてないんじゃないのぉ?」

「うううるさいジェミル! こ、これかららしく(・・・)なるんだよ。今に見てろ! 俺がレジクレを最強ギルドにしてやるぜ!」

「あはは、もうなんかグダグダ。でもそれでこそジェイドらしいよ。……さっきまでは人が変わったみたいに凛々しかったし」

「ルガ、それってホメてる……んだよな?」

「うぅ……こっちはダメージでかすぎてしょげそうよ……まぁでも、ね。現状には満足してるわ。アタシだってまだまだこれからなんだから!」

「……よくわかんねぇけど意気込みは伝わったぞ?」

 

 5人でそれぞれ言いたいことを言い合うと、何度目かの無言タイム。

 わだかまりも全部吐き捨てたと言った清々しい顔だ。と同時に、俺はジャランッ、と背中の大剣を抜き取った。

 カズは後ろの腰に取り付けられた棍棒を、ジェミルは太ももに備えたダガーを、ヒスイとアリーシャもそれぞれ左右の腰に携える片手剣を利き手に握って構える。

 全員が無言で剣を(かざ)した。

 重なる剣先が星の形を作る。

 

「《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》再結成を記念して……みんなで頑張ろう!!」

『おおーっ!!』

 

 9時を回ろうという夜になっても、正月の日は主街区を光で染めた。

 俺達だけではない。他にもいくつかギルドや集まりなどができていて、最前線の街は賑わっていた。

 2024年の元日、人々は諦めずに前を向く。囚われの身でありながら、それでも解放感に酔いしれる。

 夜はまだこれからだ。新生レジストクレストのメンバーもこの日は大いに盛り上がった。そして艱難辛苦を未来に控えつつ、それでも羽目を外して騒ぎ回るのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 その時の俺は気付かなかった。忍び込んでいた予想外な楔に。

 2日もたってから、俺は50層ボスの討伐戦からずっと埋めないでおいたスキルスロットを有効活用しようと、スキルセットを足そうとしていた。

 専用のタブを開いた状態で指が止まる。空きスロットが消え去っていたからである。操作した覚えなどないのに。

 しかし理由はすぐに判明した。そこにははっきりと刻まれていたのだ。

 スキル欄の最終列に。

 

 エクストラスキル、《暗黒剣》と。

 

 

 

 


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