SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第9話 鍛冶屋騒動(後編)

 西暦2022年12月14日、浮遊城第2層。

 

「やべぇ……やべぇよこれ、寝過ごしたこれ……」

 

 2層解放から11日目にしてボス攻略日当日だ。

 だが俺は寝坊した。起床アラームがあるというのに寝坊した。相も変わらず1層攻略の時の『あの感覚』欲しさに未練たらしく徹夜気味の修行を繰り返していたのが災いして、2度寝をしてしまったのだ。

 学校の授業に間に合わない時間に起床した時のような、独特の焦燥感を浴びながら急いで準備をしたが、今ではおそらく攻略パーティも迷宮区の中だろう。そしてその人数はレイド上限の48人に1人足りていないはずだ。

 ――俺が寝坊したからな。これで48人いたら同窓会に呼ばれもしなかったレベルでショックだけどな。

 

「(って、言ってる場合じゃねぇ!)」

 

 頭よりも足を動かす。ドタキャンした詫びとして、せめてもの誠意を見せるために全力でこのフィールドを駆け抜けなければならないからだ。

 とは言え、罰を課せられるのはゴメンである。

 1層に広く棲息したイノシシと同骨格、類似モーションの(カウ)系による攻撃を手序(てつい)でに躱しながら、俺は穏便な登場の仕方と言い訳を列挙していた。

 すると、考えている間にフィールドを越え、がむしゃらにゴールに向けて走っていると、やがて迷宮区(ゴール)の入り口にプレイヤーが立っているのを見つけた。

 

「(ん? あれは……)……あ、ネジャ……じゃない、ネズハじゃねーか」

「え? 僕を知ってるんですか?」

 

 振り向く身長の低い少年の顔を見る。自信のなさそうな目にボサボサのさえない茶髪、間違いなさそうだ。

 といっても、猫背な上にナヨい体をしているものの、鍛冶屋由来か手の皮は厚そうである。見たところ個人行動の目立つ人物だが、こいつも立派なギルド参加者であり、おそらく《索敵》スキルを取っていないのだろう。俺の足音にも気づかなかったネズハは、大きめの疑問の声をあげる。

 

「んあ〜、いや知ってるってほどじゃないけどさ……。あっ、そうそう覚えてねぇか? この前、せわしなかったプレイヤーの《ガーズレイピア》が割れてたろ。あの後ろに並んでたのが俺だよ」

「…………」

 

 曲がりなりにも職人である鍛冶屋に鍛刀ミスのこと思い出させるのは気が引けたが、むしろ俺は彼の反応に驚いていた。

 なぜなら、申し訳なさそうな表情と共に「どれのことだかわからない」といった顔をしたのだ。まさかいくら鍛冶屋を営んでいるとは言え、あの《アームロスト》現象を見慣れていると言うというのだろうか?

 だがもしそうだとしたら……いや、よそう。この件については手を引いたはずだ。そんなことはもう5日も前に結論は出ている。

 

「ま、まぁ覚えてないならいいや。俺はジェイドってんだ、とりまヨロ」

「すみません、よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げるこいつを前に俺は悟る。この男に敬語を使うなと言って聞かせるのは労力の無駄だろう、と。

 しかし相手を格下と見ると饒舌(じょうぜつ)になる俺の口にも呆れたものだ。ただ、なんの縁かせっかくこうして再会したので、ついでとばかりに彼のギルメンに『ネズハ』ではなく『ネズオ』と呼ばれている理由を聞いてみることにした。

 ぶっちゃけてしまうと、アルファベット恐怖症の俺は最初のうちはネザやらネジャやらテキトーに読んでいたのである。

 まあ、遅刻ついてだ。今さら彼のことをどう呼ぼうが関係ない上に、関心もない。もっとも、それを本人に伝えてあえて自分を陥れることはすまい。

 

「あ、いえネズハでいいですよ。ネズオは……ぎ、ギルドの人達がそう呼んでいるだけです」

「ふぅん、読み方たくさんあって大変だな。俺なんて名前決める時メンドーだったから、辞書を適当に引いてさ、そのページにあった単語そのままだよ。しかも意味忘れたし」

「そうなんですか……あ、でもこれ実は『ナタク』って読むんですよ。まあ、誰も最初はそう呼んでくれないんですけどね」

「へ、へぇ……奥が深いな。ってかメンドいな」

「あ、でも本当に正しくは『ナーザ』って言うらしいですよ。かの有名な書籍、『封神演義』に登場し……」

「どれだよッ!」

 

 ――もういいよ、面倒だよ。ネジャでいいよネジャで!

 

「……いやドナって悪かった。聞いたの俺だしな。でももうネズハでいくよ」

 

 一般人(パンピー)の体は成した。ロスも1分ぐらいだし、さっさと通過して先を急ごうとした時だった。

 

「……ん? てかさ、鍛冶屋はどうしたんだ? つい5日前までアンビルの上でスミスハンマー振ってたろ。つか、あんたの装備《チャクラム》ってマジでか。それ確か装備方がわからないってんで、サポーター志望すら目もくれなかったやつだろ? どうやって装備すんのさ。鍛冶屋はいいからそっち教えてくれよ」

「えっと……まずは《体術》スキルを……」

「《体術》スキル!? そんなスキルあんの? どうやって取った!?」

 

 一気に()くし立てた俺に、ネズハはおずおずと《体術》スキルについて、その度肝を抜く利便性と戦力への即効性を気前よく話してくれた。

 それにしてもたまげた。まさか第2層の時点でこれほど便利な隠しスキル、通称《エクストラスキル》が存在するとは思いもしなかったからだ。

 《瞑想(メディテート)》スキルがバッドステータス期間を短縮してくたり、最近では《咆哮(ハウル)》スキルが大声を出している間だけタゲを取りやすいだの、ストーリー序盤では地味な効力しか与えてくれないと勝手に思い込んでいた節もある。

 そういう意味では、鍛冶職人がよく知っていたものだ。あっさり教えてくれたものも、きっと情報の価値を理解していないからだろう。となれば鍛冶屋についても聞いてみるか。今なら流れに呑まれてしゃべってしまいそうだ。

 そしてガヤガヤ話しているうちに、俺達はすっかり友達気分で情報交換していた。

 

「やっぱ職人クラスの話は新鮮でいいな! あとネズハがよければさ……」

「おいソコの! お前サン達、迷宮区行くのカ!?」

 

 場の盛り上がりを読んで俺がここぞとばかりに初のフレンド登録でも吹っ掛けようと話題を変えたその瞬間、タイミングを計ったように女性の声がした。

 その発信源が鬼気迫る表情、かつとんでもないスピードで近づいてくる。

 また彼女だ。敏捷値極振りが速いことは知識では知っていたが、そのまま点だった影が瞬く間に距離を詰めてくると感嘆せざるを得ない。

 

「ハァ……ハァ……ボス部屋に……用があるんダ。一緒に連れてってくれないカ!?」

「お、おう……いいけどどうした?」

 

 「今日は正面から来たな!」とか、「ってか、たぶんそろそろボス戦始まるぞ?」といった言葉も発することができない勢いでアルゴは続ける。

 

「オレっちが教えたボス情報ミスっちまってたんダ! 真のボスは他にいタ!」

「えっ? 今さら!?」

 

 ミスもクソも、彼女とてβテスターのはず。情報はすでに持っているもので、あとはおさらいした内容を伝えただけだと思っていたのだが。

 当然、俺にとっても既知の存在のはず。

 

「マジかよ。今回はボスが《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》で、その取り巻きが《ナト・ザ・カーネルトーラス》……だったよな。この情報すら違うのか?」

「違うんだなこれガ。……詳しいことは走って話すゾ!」

 

 少し置いてけぼりのネズハにも説明しながら、俺達3人は急ぎ足で迷宮区の頂上を目指した。

 そこで聞いたアルゴの「ボスが違う」という言葉が正しいとしたら大変なことになる。ここ数日間練っていた攻略隊の作戦も見直さなければならないだろう。

 もっとも、時すでに遅いが。

 

「クッソ、そういうのはもうちょい早く気づくもんだぜ!」

「だから急いでるだろウ! ほ、ホラ新しい敵だゾ! お前サンしかまともな戦力ないんだカラ!!」

「わあってるよ!! ネズハも後ろ下がれ!!」

 

 相変わらずな牛頭のムキムキ野蛮獣をザックリ斬り捨てる。

 「てか、こうなるのわかってたし誰か連れてこいよ!」という文句を飲み込み、一行は早足に迷宮区の踏破を開始した。

 しかし量産型といえど、さすがは次層への道を阻む最後の雑魚キャラだ。ノロマはありがたいが体力がやたら多い。こちらの頭数が少ないだけでなく、単発の高威力から2人を守らなければならない状況が進行の遅延を招いていた。

 悪い知らせはこれだけではない。

 

「なっ、なんかリポップ早くないですか!? 迷宮区っていつもこんな感じなんですかぁ!?」

「ちげーよ、ボス戦が始まってるんだ! するとこうなる! 部屋を出入りしてチマチマ削ろうっつー策を通さないためにな!!」

「なるほど……って感心してる場合じゃない〜!」

 

 粗悪な斧がネズハを掠めるが、間一髪で躱した彼とスイッチした俺がそのグリップごとモンスターを叩っ斬る。

 今のは少しヒヤリとした。異常な湧き方である。

 フロアボスはボス部屋を出ない。ゆえに、境界線を反復横跳びで完封される恐れがあった。

 その対策として出た答えがこれだ。ボス戦中は迷宮区内の湧出制限が緩和され、その場に留まるだけでも消耗するようになっている。

 単純な不利を強要されるだけではない。この対策は、先方の討伐隊が後から追いかけた集団による妨害を受けにくい効果もあるのだ。ましてや、妨害どころか横取りを画策する連中もいるので、逆になくすと平等性が失われる危険もある。

 いずれにしても、360度対応はできない。

 ネズハは戦い慣れていないようだったが、装備だけはしっかりしていたので俺は意を決した。

 

「うーし、ネズハ! 武器構えろ!」

「え……ええっ!? 僕も戦うんですか!?」

「いつかは守れなくなるんだ、練習だよ! 気ィそらすだけでいい!!」

「だからって、今じゃなくても……っ」

「ガタガタ抜かすなッ! だいたい、ここ上がったらボスと()ろうってンだろ!? タマ付いてんなら男見せろよ!!」

「う、うぅ〜……わかりました! とにかくっ、挟まれないようにはします!」

 

 返事を聞き、上出来だと返しておく。

 すでに目潰しと足止めにかかっているアルゴを補完する形だが、サポートが厚くなるだけでアタッカーはずいぶん動きやすい。

 現に行進がスムーズになった。ネズハは奥行きを感じ取りづらいハンデがあるらしいが、投擲武器なら直線上に的を置けば済む。時には俺のソードスキルに合わせて横槍を入れる余裕まで生まれたようである。

 態度こそぶっきらぼうでも、俺は内心高揚していた。ようやくエンジンがかかってきた感じだ。

 

「いい調子だ! なぁアルゴ、センスあるんじゃないかコイツ!」

「確かにナ! けど本番はここからだゾ! そろそろボスがいる最上階が近いんだカラ!」

「そういうワケだネズハ! 気張れよ!!」

「は、はい! 頑張ります!」

 

 叫びながらも手を動かす。

 モンスターをネズハの持つ《チャクラム》による遠距離攻撃。アルゴの《ハイディング》スキルと、オトリ作戦でのやり過ごし。

 俺自身ソロがメインだったからか、セリフ以上に集団戦の応用力には感嘆していた。

 そして見えてきた。迷宮区の最上階。

 道は二手に分かれているが、どちらから進んでも同じ場所にたどり着く。道の広さから、俺は右を選んだ。

 しかし、また計算外なことが連続して(・・・・)起きた。

 

「走れ走れェ! そこ曲がったらすぐボス部屋つくぜ!」

「や、やっと……って、うわぁああ!? 部屋の前が埋め尽くされてますよ!?」

「マズイぞジェイド! あの密度だと、オレっちでもさばき切れナイ! 逆走して左から回るヨ!!」

「クソ、時間ねェのに……っ!!」

 

 ワラワラと押し寄せる筋肉バカを前に、とうとうスルーできる状態ではなくなったのだ。

 部屋まで近いが道も狭い。第一、アルゴから情報を預かった俺さえ乗り込めば、当初の目的は果たされる。最上階からは2手に分かれて行動すべきだった。

 だが、アルゴに迂回を頼もうとした瞬間だった。

 反対側の通路にピンク色の水瓶(すいびょう)が転がっているのが見えたのだ。

 牛の角と耳をかたどったデザイン。取っ手が2つ。俺の記憶が正しければ、中身の牛系のオスモンスターのみを引き寄せる液体だったはず。

 モンスタードロップではない。とあるクエストの報酬でしか手に入らないからだ。誰かが落としたにしては不自然なタイミングだが、真実を確かめている時間もない。

 

「ちょい待て、通路の向こうにアイテムが捨てられてるの見えるか!?」

「アイテム……って、《雌牛のフェロモン剤》カ!? なんであんなところに落ちてるんダ!」

「何でもいいから割ってくれって! 飛びちりゃすぐ効果出るんだから!」

「オレっちだって《投剣》スキルは持ってないヨ!」

 

 「だぁもう使えねーなァ!!」と叫びそうになる直前……、

 

「割ります! 割ったら走って!」

 

 隣のちびっこが声を張り上げた。

 その音量に一瞬だけ目を見張る。聞き間違いかと疑ってしまった。おどおどするだけだった戦闘シロウトが、ここに来てようやく覚悟を据えたのだ。

 彼の唯一の武器、《チャクラム》が赤みの光を帯びてゆく。

 そして投擲。肩のひねりが乗った渾身の一閃は、牛頭の上を超え放物線を描くように横倒しの水瓶に向かった。

 

「当たれぇ!!」

 

 着弾。甲高いガラス音が響くと、その音ではなく、飛散した瓶の中身につられてモンスター集団が歩を止めた。

 《雌牛のフェロモン剤》。人には一切効果のないそれは、しかし道を開く切り札となった。

 

「ナイッス! 部屋に入ればこっちのもんよ!!」

 

 それは2人とも承知だったのだろう。ほとんど同時に床を駆ける。

 筋肉ダルマの障害物を超え、辿り着いたボス部屋の奥では……、

 

「げげぇっ! 何だアレ!?」

 

 まさに真ボスが暴れようとしていたのだ。

 βテストの時にエンカウントした2層のボス、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》より明らかにでかい。計り知れないほどの巨体がエリアを歩いていた。

 ミノタウロスの様なモンスターだ。頭のてっぺんは見えているのだが、もはやその図体は『7、8メートルぐらい』としか表現できない。

 俺の知識にすらないモンスター。

 その名も《アステリオス・ザ・トーラスキング》。この階層の真のフロアボス。

 討伐隊も戸惑っている。そしてその戸惑いが命取りだった。

 

『ヴォラァアアアアッ!!!!』

 

 落雷のような音とエフェクト。

 真ボスの咆哮……と同時に、その口から広範囲に渡り雷のようなブレスを吐いていた。

 ガガガガッ、と不可視の光線が炸裂。直撃を受けたプレイヤー達のHPが2割ほど削れる。

 減り方自体は緩やかだ。しかし、「今のブレスにそれほど大きなダメージはない」と判断したのもつかの間。討伐隊が次々とその場に崩れ落ちていた。

 何事かと目を凝らすと、あることが判明した。

 

「マジかよッ、ブレス1発で麻痺(パラライズ)だァ!?」

 

 ここのフロアのボス(だと思われていた)モンスター《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》は、《ナミング》系の技を使うと思っていた。

 Numbingとは直訳で『麻痺する』という意味だが、実際1発目では行動不能(スタン)扱いで2~3秒動けなくなるだけである。それでも脅威ではあるが、本格的な《麻痺》は2発連続で受けた時だけだった。

 効果範囲の知れている攻撃で、冷静に対処していれば今さらプロ連中が《パラライズ》になることはないはず。

 という安全への下準備に関わらず、アステリオス王のブレス攻撃は広範囲に及ぶものであり、しかも即時麻痺。バランスブレイカーにもほどがある。

 視界の端に重なるように横たわるのはキリトとアスナだろうか。勘のいい彼らでさえ避けきれなかったのは、やはり混乱が波及していたからだろう。

 だが立ち惚ける俺と違い、アルゴはその俊敏さで他のプレイヤーの元へ、ネズハはチャクラムをボスが被る王冠めがけて投げつけていた。

 ネズハのそれは大した適応力で、投擲武器が吸い込まれるようにボスへ向かう。

 風を切る音。

 そして……、

 

「あ、たった……っ!!」

 

 バチンッ!! と、ネズハのチャクラムがアステリオス王のかぶる王冠に命中した。

 そしてアルゴの新情報「王冠への投剣が直撃すれば必ず行動遅延(ディレイ)する」というものがここで立証される。振り下ろす寸前だったハンマーが止まり、さらに中断されていたのだ。

 チャクラムは《投剣》スキルと《体術》スキルを獲得していないと装備できないが普通の投げ武器とは違う特徴を持つ。それが『投擲した武器が手元に戻ってくる』という無制限攻撃である。もっとも、階層が上がると同じ特徴を持つ《ブーメラン》なる武器を誰でも装備できてしまうが。

 

「にしてもチャンスだ。俺らがタゲを取る! 全員回復しろッ!」

 

 おそらくファーストアタックだったのだろう。ボスは攻撃対象をネズハに定めた。

 いい流れだ。体力ゲージが全快の俺とネズハでフィールドをいっぱいに使えばかなり稼げる。現に俺の声が聞こえたからか、討伐隊は回復に入っていた。

 遅れてきた俺にまで出番があるのなら、せめてそれだけでもきっちりとこなさなくては。

 

「ネズハ……俺らだけで2、3分は持たせるぞ」

「はい!」

 

 それから俺達は本当に2分以上を2人で耐えた。と言っても、本来序盤では趣味の範囲に位置する《投剣》スキルの熟練度を上げているプレイヤーは皆無なはずだった。

 しかしどうだろう。何の因果か、先ほど知り合ったシロウトがそのスキルを使いこなしている。

 投擲を活かし王冠への攻撃を延々とこなせたことで、遅延行為そのものはそれほど困難ではなかった。

 

「よくやった、2人とも! もう下がっていいぞ!」

 

 連中が回復すると、再び戦列が組み直され反撃が始まる。

 すでにアルゴがもたらした攻撃回避のタイミングは周知されており、攻略隊は攻撃を次々と躱していき、広範囲ブレスをネズハがディレイさせ、強攻撃をタイミングよく空振りさせる。終いには3パーティで一斉攻撃ときたものだ。

 ネズハの100%ディレイ攻撃で成り立つ必勝パターン。ただの繰り返しのように見えて、果てしなく緻密な動きである。

 あらゆる集中力を費やして、ついにアステリオス王はHPゲージを赤く染めた。

 

「E隊、後退準備! H隊、前進準備!」

 

 おそらくこれがラストアタックになるだろう。レイドに参加していない俺にもう出番はないが、キリト達H隊の勇姿を見届け、応援することはできる。

 

『ヴォラーーーーッ!!』

 

 一際大きく鳴くデカ物に臆さない2つの人影。

 ――まったく、目立ちたがりが。

 

「セイ……リャアアアアッ!」

「おおお……らあああああッ!」

 

 そしてキリトとアスナの剣がアステリオス王の王冠を完膚無きまでに打ち砕くのを俺ははっきり見た。

 ボスのHPバー最終段が、消える。

 第1層攻略から11日。第3層への道が開かれた瞬間だ。

 

 

 

 歓声はしばらく続いた。

 しかし、わずかの間に途絶えた。まるで1層踏破時を再現するかのように、フロアを重い空気が包み込む。

 しかもその理由は、俺が気散じて談笑にふけていたネズハにあった。

 彼は俺が睨んだ通り『強化詐欺』をはたらいていたのだ。鍛冶職人から一転、討伐隊へ参戦せんとするネズハは、その不自然な行動を突かれると隠そうともせず罪を打ち明け、頭を地面に擦るように土下座をしている。

 頭を下げるより他なかった。

 悪いのは詐欺に走った彼だが、俺は見ていられなかった。自分の犯した罪がそんなことで許されないことを、何より本人がよく理解しているからだ。

 そこへ追い打ちをかけるように、「こいつのせいで俺の友達は武器を失った! こいつが殺したんだッ!」と、討伐隊の誰かが悲痛な叫びをあげた。

 もしネズハに剣を騙し取られ、妥協した武器で戦わざるを得なくなり、それが原因でプレイヤーが命を落としたのであれば、やはりそれはネズハが人を殺したことになるのだろう。

 人が死んでいる。この罪を償う方法があるとすれば……、

 

「(だけど、それだけは……)」

 

 それが許されてしまっては、今後下される裁きの1つに『処刑』が追加されてしまうことになる。元を辿れば皆ゲーマー仲間。それだけはあって欲しくない……いや、あってはならないはずだ。

 少しの間だったとは言え、俺は彼と攻略を共にした。

 ボス戦会議やビジネスではない。あの日のキリトと同じ様に、俺はネズハと何でもない会話を楽しんだ。背中を預けあった。

 この世界で、いったい何人目だろうか。彼に最前線にずっといて欲しいわけではない。ただ生きて、また一緒に話して欲しいだけ。たったそれだけなのだ。

 だがキリトが、アスナが、エギルが、その他彼を直接罵倒しない人達が何も言えないということは、もう……。

 しかし頭でそう思ったその時、声が発せられた。

 

「つぐない続けるために、ここまで来たんだろう……!!」

 

 一瞬、誰の声かと思った。

 個人を指弾するための群衆のアーチから、自分だけ1歩乗り出していたことにさえ気づかなかった。

 

「死にに来たんじゃない。そうだろ?」

「ジェイド、さん……?」

「自分と……仲間に、反省させたいから……あんたは俺と戦った! 『今日で終わり』じゃないから、あんたは外周から飛び降りなかった!」

 

 2歩、3歩と近づく。やがて立ち止まり振り返ると、改めて討伐隊50人弱のプレッシャーを肌で感じた。

 全員が俺の発言に注目している。見定めるように傾聴している。少しだけ間が空くと、同じプレイヤーだろうか、「お前誰だよ!」「まさか、こいつの仲間じゃないのか!」といった野次も聞こえた。

 震え上がりそうだった。

 それでも、心の中で深呼吸をする。思いだけが募った。

 

「みんな聞いてくれ。剣の強化具合が死因のすべてか? 武器の強弱がわからなかったとでも? 仲間がいたなら、フォローもあったはず……」

「だからって無罪か、あァ!? だいたい、お前はそいつの何なんだよ!」

 

 今度は食いついてきた男の顔が見えた。

 あえて目を合わせ、続ける。

 

「……知り合って間もない仲だよ。つぐないはいると思う。……けど、俺聞いたんだ。こいつはもう《鍛冶》スキルを持ってない。『前の自分』を捨てたからだ。それでも責任を集中させるか!? 殺すことが最善か!?」

「くっ……」

「言い足りない奴がいるだろう! ……なぁ……いつまで俺に言わせるつもりだ」

 

 隣の人間に語りかけるような音量だった。それでも、ネズハを囲う集団の中に、伝えるべき本来の仲間達へは伝わった。

 5人の男性がゆっくりと歩み寄る。磨かれた高級そうな金属甲冑を擦り、うなだれたように。

 

「ごめんな……ごめんなネズオ……」

 

 そこにはネズハを囲むように5人のプレイヤーが立っていた。彼らもネズハのように装備を外し、全員が頭を下げる。

 彼らが誰であるかはもう言うまでもないだろう。

 

「ネズオ……ネズハは俺達の仲間です。ネズハに強化詐欺をやらせていたのは俺達です」

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 あれから1日。

 あの時、ギルド全員が謝ったからとはいえ、討伐隊全員の溜飲(りゅういん)が下がったわけではないのだろう。

 しかし彼らの自首は彼ら自身の命を繋ぐことになった。流石に攻略隊のメンバーも6人の人間が頭を下げる中で、なお誰かを殺したいわけでも、血に飢えているわけでもなかったからだ。

 その後、彼らの装備がコルに変換され、しばらく無償で攻略隊に労力を尽くす形で事件は片づいた。俺はあの後、件の『強化詐欺』についてその詳しい手口を《レジェンド・ブレイブス》のメンバーから直接聞くことになるが、それはここでは割愛しよう。

 アルゴにより発行された情報誌にも詳しい事情は省かれていた。

 被害に遭ったプレイヤーは前線の者達に留まり、それを流布することは手口の蔓延(まんえん)を招く恐れまであったからである。

 もっとも、記念すべき2層解放の号外に、そんな興の冷める情報を載せて気分の良くなる人間もいないだろう。

 だから、これだけは確かだ。

 彼らは……、

 

 

 

 

「おっ、ようネズハ! 今日時間あるか!?」

 

 街でクエスト進行作業の手伝いをするネズハを見つけた。

 

「あ、ジェイド! また面白い話を聞いたんだ!」

 

 ネズハは手を休めて俺に応えた。

 またいつでも話せる。

 彼らはまだ、生きている。

 


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