SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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大変遅れて申し訳ありません。
お気に入り数が850を越えました。よもや立て続けにこの通知をするとは思わなかったので、作者としましてはより強く嬉しさが混み上がっているところです。


第71話 竜使いとの旅(前編)

 西暦2024年2月13日、浮遊城第35層(最前線55層)。

 

 小規模ギルド《シルバー・フラグス》を壊滅させたオレンジプレイヤー9人の捕獲。それが再稼働を果たした《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》が請け負う任務の最終目標だった。

 そのために今、俺とヒスイは有力情報を求めて35層主街区《ミーシェ》へと降り立っている。

 しかし簡単にオレンジを一括(ひとくく)りにしたところで、その総数は約300を越える。問題はその特定法。

 ちなみにこの捜査だが、レジクレを名乗ってはいるものの、実行は俺達2人だけで行う。メンバーに遠慮したのではない。むしろ彼らへの事情報告はとうに済んでいる。

 これはケジメの問題だ。互いに恩のある俺たちだからこそ、わずかでも恩返ししたいのである。

 

「ロザリアさんが活動しているっていうのはここね。見つかるかしら……?」

「さぁな。ただ今日中には難しいかもよ。冬の日没が早いと言っても、すでに夕日も沈みかけてるし。……けど、やるなら急ごう」

 

 聞き込みは手分けして行われた。難しい段取りはない。単に街を暫定的に2分割し、左右に別れて道行くプレイヤーに話しかけるだけだ。赤髪の女性が参加するパーティを知らないか、と。

 少なくともこれまでの調べで35層にいることは判明しているので、層の移り変わりさえなければ俺とヒスイはいつでも簡単に連絡がとれる。

 そしてわずか20分後にヒスイから連絡が来た。

 どうやらロザリアを含む一行は本日午前9時頃にサブダンジョンの代名詞、《迷いの森》へと向かったらしい。

 

「(なんだ、迷宮区までは行かないのか……)」

 

 《インスタント・メッセージ》を見ながら、伝えられた事実についそう呟く。

 どうやら最も捜索難易度の高い地には足を踏み入れていないらしい。

 だが納得もしている。

 というのも、中層を延々と彷徨(うろつ)いて上層に上がろうとしないプレイヤーが何を思って攻略に励むのか、その心理を察すればロザリア達が迷宮区内にいることはまずあるまい。

 彼らにとって重要なのはレアアイテムでもボス討伐の称号でもない。

 大きくは2つ。日々の攻略に必要な通貨(コル)を貯蓄することと、中層に留まるだけの最低限の経験値の獲得だ。強いて生理的な面以外で必要性を挙げるとすると退屈しのぎだろうか。

 人に娯楽は必要だし、ましてここにいるのは抽選で運良くソフト発売前にプレイできた《βテスター》とは違う。歴としたゲームマニアだ。

 

「(……っと、これでよし。んじゃ早速行くとするか)」

 

 俺はメッセージで、このまま別行動でロザリアを探そうとヒスイに提案した。ソロ狩りでも安全な下層で2人が固まるのは効率が悪い。

 次の対策は《迷いの森》についてだが、実はこのステージ、《転移結晶》による脱出ができない仕様になっている。どうやらスクランブルがかかっているようで、結晶を使うとランダムで別の《迷いの森》内のエリアに飛ばされてしまうのだ。

 特徴はまだある。1分という時間が経過すると、これまたランダムにエリア間の連結先が変化するのだ。

 しかも碁盤状に分割されたエリアの総数は数十に昇り、ゆえに東西南北いずれかの方角に突き進めば脱出できる、などと言った簡単な話にはならない。だが踏破が常に運任せかということはなく、主街区の道具屋に売っている『連結先を逐一更新する、専用の特殊マップ』を購入する必要があるだけだ。

 高価ではあるが、この際ケチケチして時間を弄する方が金の無駄というもの。時は金なり。と言うわけで、俺は主街区の中心地に佇む道具屋を訪れていた。

 

「すみません、地図アイテム欲しいんすけど……」

『あいよ、毎度あり』

 

 NPCとの簡単でラフな会話。たったこれだけでもこのソフトの性能が計り知れる。

 若干の感慨に耽ってから、俺はそそくさと《迷いの森》に向かった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

「きゃあっ!」

 

 という鋭い悲鳴を、俺はまず耳にした。

 道具屋で地図を貰い受け、ゲートを潜ってフィールドへ。それからしばらくして《迷いの森》に到着し、意気揚々とエリア内に侵入した瞬間のことだ。

 問題は声が複数聞こえない点である。パーティではなく、1人で行動している可能性が高くなるからだ。

 日が落ちたからといって、よもや街から見てこんな目と鼻の先で少女に狼藉(ろうぜき)をはたらく無法者がいるとは思えないし、思いたくもない。

 ならば考えられることは1つ。マージンの取り方を間違えた情報弱者がモンスターとエンカウントし、危険に晒されているというと。

 

「おいおいマジかよ……」

 

 ソロでレベリングに明け暮れていたころなら気にも止めずにスルーするが、今回は無視せず音源へ疾駆した。

 距離は近い。しかし曲がりくねった森の小道や巨木の根っこを躱しながらだとどうしても時間がかかる。

 俺は直接距離を縮めるのではなく、まず充分な視界を確保した。映るのは茶髪を赤いリボンで結んだツインテールの少女の姿。ファッションから年齢を推し量ることはできないが、声質と身長から12、3才だろうか。

 ――若すぎる。

 そう思うのと同時、俺がアクティブ状態にしておいた完全習得(コンプリート)済みの《索敵(サーチング)》スキルが、3体のモンスター反応をキャッチしていた。

 ここ最近筋力値に片寄り気味だったステータスビルド――早く《ガイアパージ》を装備したかったのだ――に少しだけ舌打ちして、俺は足のショルダーから投擲用ピックを1本引き抜いた。

 赤く発光。《投剣》専用ソードスキル、初級直進投擲技《シングルシュート》だ。

 投擲の天才肌であるジェミルほどの腕は持ち合わせていなかったが、標的の大きさと視界の確保が効いて見事モンスターの顔面に命中。行動遅延(ディレイ)を発生させた。

 ここで抜刀し、足の伸脚をバネに跳躍。ノックバックから解放されたモンスター、《ドランク・エイプ》の正面に堂々と立ち塞がり、愛刀を真横に薙いだ。

 胴体切断。標的を右前方の2体目に変更。

 短く息を吸って体を折り畳む。

 全力疾走と時同じくして袈裟懸け斬り。ポリゴンデータの爆散を利用して3体目に接近し、縦一文字に振り下ろすと戦闘はあっけなく終了した。

 

「あ……ぁう……ぁ……」

「…………」

 

 短剣使い。絵に描いたような適正レベルの汎用防具を着た少女は、力なくぺたんと座り込み、時間をかけて状況を理解しているようだった。

 そして間を空けて紡がれた言葉は……、

 

「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ……ピナ……」

 

 少しだけ考えて発言の意味をおおかた理解する。予想通り何者かが死んでしまっていたようだ。よもやこのツインテールの少女がソロ専とは考えていなかったが、やはり仲間とフィールドに足を踏み入れたのだろう。

 しかし彼女は「ピナ」と言った。友人の名前にしては違和感がある。

 そこで俺は彼女の近くに青く光る羽根が落ちていることに気づいた。

 プレイヤーはゲームオーバーの際に装備中の武器をドロップするが、この小さな羽根が仲間の武器ということはあるまい。だとしたら珍しい戦闘スタイル、この世界でいう《ビーストテイマー》であると結論付けられる。

 

「ピナ……使い魔か? 死んだんなら……悪い。来るのが遅かった」

 

 俺は少女を刺激しないようにゆっくりと詫びた。

 多少敏捷値が高い程度で間に合えたはずもない時間であったが、ここで正論を言って彼女を余計に傷付けることもないだろう。

 少女は必死に泣くのを堪えて「いいえ……」と前置き、切れ切れに続けた。

 

「あたしが……バカだったんです……。ありがとうございます……助けてくれて……」

 

 否定のセリフがピナという存在の否定ではなく、道理の通らない俺の謝罪を否定するものだったということは、『ピナ』というのはどうやら本当に使い魔だったらしい。

 使い魔。《ビーストテイマー》と呼ばれるプレイヤーが使役できるモンスター。

 攻略組にはごく少ない存在である。正確な数字はわからないが数人しかいないと言ってもいい。現在600人近くもいる攻略組に対して、この数字がいかに低いかは一目でわかるだろう。しかし事情を知る者であれば、納得のいく理由がそこにはある。

 

「回復……できないのか? たぶん地図アイテム無しに来たんだろ。1回迷うとここは難関ダンジョンだ。これからは気を付けろよ……ほら」

「あ、ありがとうございます……」

 

 注意域(イエローゾーン)にある体力をいっこうに回復させようとしないことから、俺は少女が《回復ポーション》を使いきったのだと判断し、代わりに自分のそれを手渡してやる。

 《回復ポーション Lv7》。俺にとって最低値を叩き出す回復量も、この層を主戦場とするプレイヤーには少々過ぎた回復性能を誇る。彼女のHPバー先端部分はみるみる右へ移動し、あっという間に全回復した。

 しかし少女はまだ泣いている。失ったものを想い涙を流す。その弱々しい背中に、非情にもポーションの代金など要求できようはずはなかった。

 

「ふぅっ……う……この羽根、ピナ、の……っ」

「連絡はこれでよしっと……おい、いい加減泣きやめよ。どれ、そのハネ見せてみろ。……へぇ、やっぱ《ピナの心》か。じゃあマジで泣くのは早い。ピナとやらは生き返らせれるぞ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 俺がヒスイへの連絡を終えて、彼女の大切な存在を甦らせられると伝えたら、少女は勢いよく食いついてきた。そしてその姿は、どこかロムライルの死を回避しようとしていた己のそれと重なって見えた。

 ふと仕舞っていた記憶を掘り起こしてしまった俺は、最後まで面倒を見切れるわけでもないのに、少女の情に流されてしまった。

 

「(その表情(カオ)に免じてタダで教えてやるか……)……ああ、言い方変えるわ。できなくはない。……だいぶ面倒なんだよ。ところで、《飼い慣らし(テイミング)》スキルの熟練度は?」

「あたしのは650です。でもピナはピナ……他の《フェザーリドラ》じゃ嫌なんです」

「テイムのし直しはしたくないと。まあ、《なつき度》もリセットされちまうからな。今後死んだ時《心》がドロップしなくなるし、こりゃ仕方ないか」

「そういう問題ではありません。あの子は唯一の親友なんです……」

「……すまん、デリカシーなかった。つか、フェザーリドラとはまたレアなモンスターをテイムしたもんだ」

 

 俺は半ば感嘆の色を交えて少女に驚く。

 《フェザーリドラ》は8層で初めて出現した、低エンカウント率のレアモンスターである。

 大きめのトカゲに全長とほぼ同じ大きさの羽根を持ち、ペールブルーで包まれたふわふわの羽毛を全身に生やしたらフェザーリドラの完成。見た目も愛らしく、1度だけ遭遇したことのある俺も、なぜコレが好戦的(アクティブ)モンスターなのかと困惑したものだ。

 ――ま、βテスト当時はレアモンとも知らずにぶった斬ったが。

 

「でも知りませんでした。あの《なつき度》って、命令の自由度以外に、生き返らせる時にも参照するんですね」

「まーな。最近まで知られてなかったことだし、あんたが知らなくても当然だよ」

 

 情報を得ることが一種の快楽となりつつある俺には、テイミングについても一通りの知識がある。

 まずはなぜビーストテイマーの数が不足しているのか、その説明から入ろう。

 彼らは例外なく《テイミング》スキルを獲得している。逆に言えば、運よくテイムしたプレイヤーのスキルスロットに空きがあった場合にのみ、エクストラスキル《テイミング》が与えられるのだ。

 最初のテイムは困難を極める。通常のアクティブモンスターがプレイヤーに危害を加えない友好的な態度、つまり非好戦的(ノンアクティブ)で近づいてくる、という稀なイベントを待たなければならないからだ。

 次にそのモンスターが好物とする餌を与えてやり、飼い慣らしが成功すると晴れて使い魔の誕生である。

 ただでさえスキルの獲得が遅く、リアルラックに訴えかける一連の『テイミング作業』が、攻略組を目指す者にとってどれほど時間的足枷かは想像に難くないはず。俺が『前線のビーストテイマーは少ない』と断定している理由の1つがこれだ。

 だが幸いなことに、一部の例外を除いて基本的に敵モンスターはテイムされた使い魔を襲わない傾向にある。主を守るために自ら盾になる、あるいは主がわざと盾にするような場合はその限りではないが、今回少女の使い魔が命を落としたのは、むしろかなりの不運だと言える。

 しかし、これが前線にビーストテイマーがいない2つ目の理由にもなっていた。

 使い魔は攻撃されれば死ぬ。これは不動の摂理だ。

 彼らは激しく落胆したという。よもや手塩にかけた相棒が、これほど(もろ)いとは思わなかったそうだ。

 47層で使い魔用の《蘇生アイテム》が判明するまでは、死んだらテイムをし直すしか復帰の方法はなかった。にも関わらず、テイムする都度《なつき度》は初期値に戻されてしまう。《テイミング》スキルの熟練度の上昇で飼い慣らすこと自体がし易くなっているとは言え、さすがに時間の浪費が割に合っていない。

 47層での使い魔用蘇生アイテムの登場は、プレイヤーにとってあまりにも遅すぎたのだ。

 こうして攻略組は、不確定な戦力を排除してしまった。今いる前線のビーストテイマーも、結局は準攻略組などからの成り上がりや新参者ばかりで、ゲーム開始時からの古参は残念ながらこの世にはいない。

 

「(むしろこんなガキんちょがよくテイムできたもんだ……)」

「それで、その蘇生アイテムなんですけど……」

「ああ、その話は帰ってからにしよう。どのみちあんた1人じゃ無理だろうし。……あ、そういや名前は? 俺はレジストクレスト所属のジェイド」

「あたしはシリカって言います。ギルドやパーティは時期によって変えています」

「へぇ、そこはちゃっかりしてるんだな」

「……あの……シリカって名前、聞いたことありませんか?」

「うん、ないけど?」

 

 なぜ俺が知っていると思ったのだろうか。俺と過去に会っていて俺だけが忘れているのだけだろうか。……なくはない。だが、だとしたらもう少し気まずそうな顔をするはずである。今の『プライドを傷つけられた時のような顔』は何だろうか。

 それとも自分の知名度に相当な自信があったのか。もしそうだとしたら、彼女にも何か特技があるのだろう。確かめようがないがシリカの使い魔と一発芸でも……、

 

「いや、待てよ。確かフェザーリドラ……って言ったら《竜使い》の!」

「はい! あたしが竜使いのシリカです。……何だか嬉しいですね」

 

 どうやら自分の知名度に関する俺の推測は当たっていたらしい。使い魔のことで暗い表情しかしていなかったシリカが、ここにきて満面の笑みを浮かべている。

 道理で態度が釈然としていなかったわけだ。彼女もこの話題が真っ先に来るものだと信じていたのだろう。

 しかしその自信は過信も生む。実力以上の能力を錯覚してしまうのだ。

 例えば、今日のように。

 

「俺はその《竜使い》って奴はフィールドに出ないものだと勝手に思ってたよ。ああ、悪い意味じゃないけどさ」

「……いえ、いいんです。……あたし舞い上がってました。ただのマスコットとしての人気を、自分の力とカン違いしていたんです……」

 

 一旦明るさを見せたシリカであったが、その浮かれが危機を招いたのだと思い出して自虐的に呟いた。

 だがここで女神のように明るい声が響いた。マイエンジェル、という意味ではなく。

 

「あ、いたいたー! ジェイドぉ! 大丈夫ー!?」

「えっ! ヒスイお姉さん!? どうしてここに!?」

「えぇえええ!? お、お姉さんって……ヒスイに妹が!?」

 

 連絡しておいたヒスイが到着するなり、シリカの突拍子もない反応にかなり驚いてしまった。

 まさか妹がいたとは。失礼だがまったく似ていない。そもそも髪の色が違う。それに隠していたのかは知らないが、俺になら教えてくれてもよかっただろうに。

 

「ハァ……違うわよ……ハァ……急いできたけど、助けた女の子ってシリカちゃんだったのね。あたし達はずいぶん昔から知り合っていたの。この子がまだ使い魔にも会っていなかった頃よ。《体術》スキルの入手にてこずってたみたいだったから、ちょこっとコツを教えてあげてね。それ以来、仲良くなって定期的に会ったりもしてるし」

「へぇ~、そりゃ知らんかったよ。俺はてっきり薄情な姉だったんかと……」

「そんなわけないでしょ!」

「いえ、あの……ちょっと待ってください! ヒスイお姉さんはあたしが唯一知ってる攻略組の人ですよっ? しかもあの《反射剣》で、その……とにかく凄い有名人なんです! なのにジェイドさんが……何でそんなに親しげに……」

「…………」

 

 ――まあ聞きたくもなるよな。ズバッと聞いてきたなこいつ。

 などと他人事のようなことを考えつつも、内心俺は回答に困っていた。

 俺はヒスイと恋仲にある。しかしなるべくこれは知られたくない。多くの人間から祝福されないだろうと確信しているからだ。

 だが何を隠そう、俺とヒスイは同じギルドの――ネーム付近にアイコンが浮かぶので隠しようはないが――所属者だ。それを話題に論点をずらし、徐々に関係を曖昧にしていけば誤魔化せないことはあるまい。相手はまだ子供なのだ。

 

「あたしね、この人と付き合ってるのよ」

「えぇええっ!?」

「おいィいいッ!?」

 

 脳内作戦は粉々に粉砕。しかも主犯は身内から出てきた。

 

「それなるべく内緒ってなったじゃねぇか! どうしてくれるんだよ、そんなストレートに言われたら……」

「もう、今はいいじゃない。前線じゃあるまいし。ここは中層よ? あたしに尾行もないはずだし、それにシリカちゃんは言いふらしたりなんかしないわ。そんな子じゃないもんね?」

「あわ、あわわわわ……」

 

 当のシリカ嬢はご乱心のようだった。口は開きっぱなしで頬は真っ赤。この場合、刺激が強すぎたというよりは有名人の熱愛スキャンダルを目撃してしまったようなニュアンスが強いだろう。

 それとも尊敬する人物の堕落した姿を見たような感じ、という線も捨てきれない。

 

「……あ~、えっとねシリカちゃん、この人とは昔から色々とあったのよ。心配しないで、決してお金で買われたとかじゃないから」

「なあヒスイ、心配して。俺は10倍失礼なこと言われたぞ」

「まあ立ち話も疲れるから、まずは街に戻りましょう。すっかり夜も遅いし」

「そうすっかね。シリカも問題ないよな?」

「えっ……あ、はい。あの……自慢するようなことしてすいません。ジェイドさんの方がよっぽど凄い人だったんですね……」

「いやそういうのないからな」

 

 しみじみと言われると返答に詰まる。

 俺はため息を飲み込んでそう思うのだった。

 

 

 

 とりあえず一悶着あったものの、それからしばらくして俺達3人は主街区へ戻っていた。

 時刻は8時を過ぎている。今から飯屋を探すにしても夕飯にありつくには少々遅い時間帯だろう。さっさとレストランか宿屋でも決めて、温かいスープを胃に流し込んでやりたいものである。

 

「ところでシリカちゃん、あたしとジェイドは依頼があって来ていたけど、シリカちゃんはなんで《迷いの森》なんかにソロで行ったの? 危なかったらしいじゃない」

「えっと……最初は1人じゃなかったんです。エリア内でケンカして……そのまま別行動しちゃったんです。あたしがバカでした。つい売り言葉に買い言葉で……今度からは気を付けます」

「そうだったの、それでピナを。……よし、あたしが一緒に付いていってあげる。47層ぐらいならなんとかなるし、うちのギルドにも短剣使いがいるから。その人のお下がりを借りれば数層分のパワーアップもできるし」

「ちょい待てヒスイ。気持ちはわかるけど、俺らの目的を忘れるなよ。ピナとやらの件も悲しいけどあっち(・・・)も重要だろ? 手を貸すのは、まず本来の要件を終わらせてからだ」

「そんなこと言って、3日過ぎたらどうするの! ピナのいないシリカちゃんの悲しみはあなたもよく知っているでしょう。ちょっとヒドすぎじゃないっ?」

「じゃあシルフラのことはアト回しか!? ここで中途半端にしたら、いま苦しんでるロキヤがむくわれねェんだぞ!」

 

 だんだんとヒートアップしていく俺とヒスイの剣幕にシリカも怯えてしまっていた。

 主街区(ミーシェ)に戻る道中、47層の南に位置するフィールド《思い出の丘》で《プネウマの花》という、つまり使い魔ピナを蘇生させるアイテムが手に入るのだとシリカには教えてある。

 現在より12層も上のフロアで、しかも難易度が高めに設定してある道を進むのは、シリカ1人の実力では到底不可能。俺が教えたのも「無謀でもいいから挑戦しろ」と言いたかったのではなく、誰か別の人に依頼しろという意味だった。

 しかしヒスイは、突き放されたシリカに見ていられなくなったのか「助けてやる」と申し出たのだ。まだシルフラの依頼の最中だというのに。

 

「気の毒とは思うさ。けど、使い魔は最悪蘇生が間に合わなくてもテイムのし直しが利く。3日以内に犯人を突き止めて、全部終わってからにしようぜ。でないとロキヤにも合わせる顔がない……」

 

 まくし立てようとした矢先だった。

 

「あら、シリカじゃない」

 

 唐突に棘のある声が真後ろからかけられた。

 振り向くと、そこにあったのは長柄槍(ポールランス)を主武装に選択した赤毛の女性の姿が。髪を派手にカールさせていて身長も平均女性よりは高めだろう。

 いくら中層でも名前と容姿は世界に広く割れているため、ヒスイはとっさに『自分から目を合わせない限り顔を隠すことができる』という特殊効果を内蔵したフードを被っていたが、俺はすぐに女性を直視してしまい、息が止まるほどの衝撃を受けた。

 目の前にいる女性。わざわざ自分から俺達の方に出向いてきた女性こそ、俺とヒスイが半日探し回っていた女性の特徴と一致しているのだ。

 

「へぇ〜、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

 赤髪の女性、おそらくロザリアというネームを持つだろう人物は嫌味ったらしく続けた。アイテム分配は終わったなどと言ってシリカを執拗に言葉で責めている。

 俺は彼女の正体に気付いたヒスイに改めに視線を送った。

 ――どうする?

 目線だけで問いかける。だがヒスイは再びロザリアと思しき人物を睨み付けた。

 俺も目線の先をヒスイから赤毛の女性に変更し、状況を理解するために脳をフル回転させる。

 

「(なんでヒスイは話しかけない……いや、顔と名前が割れているか。ムダに警戒心を生むだけだ。探りをいれるなら俺からの方がいいか……?)」

 

 事実無根の根も葉もない疑いだったとしたら、この疑惑は彼女にとって迷惑千万だ。

 だが実際の人物像はどうだろうか。《迷いの森》で別行動となったシリカに対し、生きていることを喜ぼうともしていない。しかも言うに事欠いて、アイテムの分配は終わったなどと言っている。それが最初にかける言葉だろうか。それが、同じパーティにいた仲間が無事生還を果たした後にかける言葉だろうか。ケンカでも言っていいことと悪いことがある。

 まさか、シリカの死を望んでいたとでも?

 それはまったくもって犯罪者の思考回路である。それとも彼女は本当に犯罪者で、シリカをMPKができる状態へ誘い込んだのか……、

 

「(ダメだ、それこそ決めつけ。真人間であって欲しいんじゃないのかよッ)」

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

「ッ……!!」

 

 俺の葛藤とは裏腹に、とうとう赤毛の女性が決定打を投げかけた。

 直接目撃していなくても、この女性なら知っているはずだ。使い魔はストレージに格納することも、どこかの施設に育てることを委託することもできない。最高レベルの熟練度を保有しているならともかく、今のシリカにはピナを一定距離から離して命令することすらできないはずだ。

 あえて聞いた。わざと問い正した。

 シリカの傷を、心の傷を抉り取ったのだ。

 

「死にました……。でも! ピナは絶対に生き返らせます!」

 

 とうとうシリカは大声でそう怒鳴った。

 女性は思わぬ反論に目を見開いたが、すぐに細めて挑戦的な聞き方をする。

 

「へぇ、てことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

「(なにっ!?)」

「それは……」

 

 言いよどむシリカを尻目に、今度は俺が目を見開く番だった。

 なぜこの女が《プネウマの花》のことを知っているのか。

 俺のように47層を通過した攻略組、すなわち金と情報購買力に余裕のあるプレイヤーだけが、《思い出の丘》とそこにまつわる《プネウマの花》の実態を知り得るのだ。ましてや自分がビーストテイマーでもないのに、ここよりはるか上層の情報をこの女性が知っているのは道理にそぐわない。

 シリカのために親切にも調査しておいた……はずはないだろう。

 残る可能性は、この赤毛の女性の攻略適正層はすでに35層よりはるかに高いということだ。

 

「できっ……できます! あたし1人でも手に入れて見せます!」

 

 シリカは果敢にも言い返した。俺はいてもたってもいられなくなる。

 何か言い返さなくてはならない。それとも問答無用で力ずくでも取り押さえるか……いや、それこそ論外だろう。『犯罪者9人の捕獲』という題目をクリアできなくなる。

 この女をロザリア本人だと決めつけた上で、さらに警戒させることなく監視下に置く方法とは。

 ……簡単だ。俺がバカに(・・・)なればいい。

 

「シリカの言う通りさ、赤毛のネーチャン。《プネウマの花》って言っても、あの程度のフィールドなら俺が付いてきゃ楽勝。サクッとクリアして花束にでもしてやるよ」

「へぇ~?」

 

 彼女は値踏みするように、今度はねっとりとした視線を俺へと向けた。

 

「見ない顔だね、アンタ。けどわっかりやすいわ。どーせ、そこのちっちゃい子に甘ぁ〜くたらしこまれたんでしょ? ハッ、笑っちゃうわねぇ!」

「可愛い子相手にムキになって何が悪い? ……とにかく、俺は行くって言ったら行くぞ!」

 

 それだけを言って俺はヒスイとシリカの手を引いた。

 1分以上は歩いて、女が見えなくなるところまで来てから俺はヒスイに合図した。

 客引き(・・・)は十分だろう。上手く能無しを演じられたかは定かではないが、無視できない手応えはあった。あとは投げた餌に引っ掛かるかどうかだ。

 

「やるわねジェイド。けどごめんね、また損な役割押し付けちゃって」

 

 ヒスイがフードを外しながら控えめに詫びをいれる。

 

「慣れっこだよ。むしろ迷ったせいでタイミング遅かったしな。……それに、こいつの頑張り見せられちゃ、俺も反撃したくなった。……シリカ、事情は順を追って説明するけど、最初にこれだけ聞かせてくれ。あの女、名前はロザリアだな?」

「え、はい……でもどうして知ってるんですか?」

「ビンゴか。ロキヤに言いたくもねぇコトが増えちまったよ……」

 

 ロザリアがシルフラ壊滅事件にとって白なのか黒なのか。それがわからないからこそ、俺達は白である裏付けをしようとしていたというのに。

 よもやこの行動の先に、犯人の証拠を示唆する未来が待ち構えていたとは。

 

「ええ、彼女よ。仲間を失って数日後……また仲間を失いそうになってるのに、あんな態度はとれないわ。シルフラの前では猫の皮でも被ってたんでしょうね」

「え~と……?」

 

 いい加減話についてこられなくなったシリカは首をかしげる。

 

「俺達がもともと《迷いの森》にいた理由だ。ま、ようは俺とヒスイが全力でピナを生き返らせる手伝いをする、ってなったんだよ」

「ほ、ホントですか!? あたし、お金とかあんまりないですけど……」

「いいのよシリカちゃん、お手柄だったんだから。……そうだ、せっかくだから今日の晩御飯はあたしから奢らせてよ」

「そんな、ヒスイお姉さんまで……。何から何まで、本当にありがとうございます!」

 

 大人からの、謂れのない嫌がらせ。それに対し逃げ場のない彼女は不幸だ。まだ学生服に袖を通したことすらあるかわからないのに。

 なればこそ、この小さな戦士のために、せめて俺のできることをしてやらねばならない。

 

「……あ、でもジェイド! シリカちゃんが可愛いのは認めるけど、だからって必要以上にスキンシップするのはダメよ? 気を引こうとするのもダメ!」

「さっきのは言葉のあやだ。俺にはヒスイだけいれば十分だよ」

「そ……それなら、よろしい……」

「えぇっと……色んな意味でごちそうさまです」

 

 シリカがそう纏めたところで俺達は本日の宿を決定した。

 気を引き締め直す。本番は始まってすらいないからだ。俺とヒスイが賭けに勝ったとしても、それは犯罪者の尻尾を記録的な早さで掴んだことにしかならない。

 ある種の決意のようなものを秘め、俺達はその宿屋に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 


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