SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第72話 竜使いとの旅(後編)

 西暦2024年2月13日、浮遊城第35層(最前線55層)。

 

「あの……この部屋ツインですよね?」

「ああ。こっちがツインで、ヒスイとシリカはこの部屋で寝泊まり。シリカを1人にしないようにって。……俺は隣のシングル予約してあるから心配すんなよ」

 

 俺達3人は《風見鶏亭(かざみどりてい)》という名の宿、その1階にある食事処で夕飯を済ませた。ついでに層の移動が面倒であることから、お互いホームタウンではなくそのまま2階の宿泊施設を利用することにしている。

 1階フロントにいたNPCに宿の代金を手渡すと、俺達は年季の入った(すす)けたアナログキーを預かる。『フロント』といっても居酒屋のバーのような雰囲気であった。鍵の古臭い形状から、心の片隅では部屋の取り方を間違えたかとビクビクしていたが、部屋自体はまともなようだ。

 建物が木造建築であることから予想はしていたが、ハイテクな家具などは設けられていない。なかなかにシックな部屋で、家具や寝具の色彩対比が味わい深い。

 

「でもいいんですか? せっかく2人でいるのに……その、一緒に寝たりとか……」

「コラコラコラコラませたことを言うんじゃないよキミ。そそそんなハレンチなことをどこで覚えたんだキミ」

「え……あの……?」

「いいのシリカちゃん。1人のヘタレが必死になってるだけだから。あたしもこの積極性の無さに悩まされているのよ。そっとしておいてあげて」

「大変なんですね……」

「頼む、そのあわれむような視線をなんとかしてくれ」

 

 ともかく、話が進む気配がしなかったので、俺はふてぶてとしながら常時携帯している地図アイテムを取り出した。

 3Dマップとして有名な《ミラージュ・スフィア》。35層主街区(ミーシェ)の道具屋で手に入る特定箇所限定のものではなく、1度通過した場所を立体的に知ることのできる攻略必須アイテムである。

 47層の全体像を把握していなかったシリカは、ミラージュスフィアの発する穏やかな光と幻想的な映像、また『華の街』として名を馳せる《フローリア》の全貌に感嘆とした声をあげた。反応が直接的で微笑ましい。

 ちなみにティーテーブル備え付けのイスも足してもらってるので、これなら3人で落ち着ける。

 

「さてさて、早速ルート決めなんだけど、ここが主街区の《フローリア》でこっちが《思い出の丘》。ヒスイ、作戦通りでいくならこの直線道一択だ。ただしこれは覚悟(・・)があるならの話。……できるか?」

「ええ、あたしもこの際、腹をくくるわ。打ち合わせ通りいきましょう」

「よし。じゃあシリカもここを見ておいてくれ。道は案内するけど、万が一はぐれてもいけないしな」

「はい。あたし47層なんて初めてなので、貴重な情報はありがたいです!」

 

 ずずいっ、と身を乗り出して一生懸命に地図の道筋を覚えようとするシリカ。

 こうしてみるとヒスイと夫婦になったのにも関わらず、多忙な日々が続いたせいで、新婚のようなラブラブ生活ができなくて嘆いてしまう。ハネムーンすらまだだ。

 しかし、らしいことをしてやれなかった俺からしたら、シリカとこうして話している風景は家族の団欒(だんらん)に見えなくもない。だとすれば少しシリカの歳が(かさ)みすぎている気はするが、いつかは俺もヒスイとゆっくり……、

 なんてことを考えていたら、《索敵》スキルが近くの廊下に留まったまま移動しないプレイヤーを察知した。

 

「(いるな~、扉の向こうに誰か。いや、誰かっつー段階でもないか……)……この橋を渡ったらすぐに丘が見える。そう西からだ。案外近道だから、結果的に見れば一石二鳥だな」

 

 俺はシリカの言う『貴重な情報』とやらが漏れている事実にあえて目をつぶった。

 わざわざ言わなくてもいいことを、こうして声に出すことこそ必要な下準備だからだ。

 

「はい、覚えるのもそんなに難しそうじゃないですね」

「まぁな。単なる確認作業だ」

 

 無論、確認ではない。俺達の攻略ルートを知らせてやっているわけだ。しかし、あまりヒントを与えすぎても逆に怪しまれる。それにどうやら目的は達したようで、扉の向こうから人の気配が消えた。

 ヒスイも時同じくして確信し、肩の力を抜いて発言した。

 

「たぶん《聞き耳(ストレイニング)》スキルね。ジェイド気付いてた?」

「そりゃあな」

「え……? えぇっと……?」

「シリカは気にすんな。んじゃ、ミーティングはこんなもんでいいだろ。あとコレ」

 

 俺はそう答えながら、ギルドメンバーであるジェミルの防具のお古をオブジェクト化し、テーブルに無造作に並べた。

 ジェミルに事情を説明し、ギルド用共通タブに格納してもらったものである。

 

「一応シリカのステータス的にベストなのを選んだつもりだけど、装備できなかったらまた教えてくれ。替えも用意してある」

「ありがとうございます、ジェイドさん。明日もよろしくお願いします」

 

 この締めの言葉を境に一時的に解散し、俺も自分の部屋に移動する。そして武装解除しながら今日起こったあややこれやを思い出していた。

 泣き崩れたシルフラのリーダーと再開し、仲間の仇討ちを頼まれる。そして依頼執行の途中に《竜使い》の二つ名を持った少女と出会い、彼女を通して犯罪者の手がかりと遭遇。さらに犯人捕獲の第一段階として利用できた。どれもこれも今日1日の話だ。

 話はとんとん拍子に進んでいる。舞台は整った。あとは全力を尽くすだけ。

 

「(明日で全部片を付けてやる……)」

 

 そう決心し、俺は残る防具を取り払ってからベッドに横たわるのだった。

 

 

 

 本日は2月14日。カラッ、と乾燥した快晴の早朝だ。

 朝の冷え込みこそ回避しようがなかったが、太陽は仮想のものであることを忘れさせるほど燦々(さんさん)と照りつけ、ボリュームゾーンのプレイヤーを優しく包んでいる。

 『華の街』として有名な《フローリア》と、その名に恥じない花の咲き乱れるフィールドを巡るには、わりと絶好日和と言えた。

 朝食を取り終えた俺達3人は、早速47層を訪れている。

 

「き、きれい……!」

「だろ? 香りはキツいけどいいところさ。俺とヒスイも昔はここで走り回ったもんだよ」

「いえ、確かに走り回ったけど、あれ美化できるような内容じゃなかったでしょ……」

 

 顔を隠すために再びフードを深く被ったヒスイがそう言った。

 しかし黒歴史である本質を隠して字面だけ追えばどうってことはない。あの恥ずかしい記憶は俺とヒスイ、また一部の攻略組の中にしかないのだ。

 

「その辺の花に意識をフォーカスして見るともっとよく鮮明に見えるぞ。……すげぇもんだろ、名前とかは知らんけどな!」

「ホントですね。いま気づいたんですけど、似た色でもこんなに種類があるんですか」

「ほどほどにね。心惜しいけど、ここには遊びに来たんじゃないわ。シリカちゃん、一刻も早くピナを生き返らせてあげましょう?」

「はい! じゃあフィールドに行きましょう!」

 

 一行はフィールドに出て進行を開始。

 戦闘面で余裕のある俺達は雑談をしながらまったりと歩き続けた。

 そのまま数分もしてからだろう。俺達はフィールドに生える植物に擬態したモンスターとエンカウントした。

 この手のモンスターにありがちなことは、擬態中はシステムから花や草木などと同様に『オブジェクト』認定を受けるのだ。

 つまり、擬態を解いてモンスター扱いになるまで《索敵》スキルに反応しないということである。モンスターではなくオブジェクトなのだから。

 もっとも、擬態解除中に戦闘態勢を整えることぐらいはできる。なので不意打ちから一気に危機に陥ることはないが、やむを得ず戦わざるを得ないこともザラだ。

 しかしこの場合、モンスターは設置型のトラップの部類に入るため、ジェミルの持つ《罠探査(インクイリィ)》スキルなどにはむしろ反応したりもする。

 《索敵》も便利だが万能ではない。これこそがソードアートの面白いところで、スキルの選択には無限の分岐と余地があるのだ。

 攻略開始直後こそ実用的なスキル以外が(ないがし)ろにされてきたが、こうして余剰レベルの確保ができた今はスキルの選択で個性が出る。その積み重ねがロールプレイング性を際立てる醍醐味にもなっているのだから奥が深い。

 

「おおっと、こいつぁ《ティタニアル・メイド》じぁねーか。思い出深いモンスターに会えたもんだぜ」

「ちょ、ちょっとジェイドさん! 呑気なこと言ってていいんですか!? き、来ますよ……ほら、すぐ!」

「まあ落ち着けって。ほらよ!」

 

 ターゲティングは俺だったが、軽いステップだけでツタの叩きつけを回避してしまう。速度はあれど技にホーミング性がない証拠だった。

 そして甘やかすのが嫌いな俺は、ついシリカにも発破(はっぱ)をかけた。

 

「今のシリカのレベルと、充実した装備。……うん。サシなら負けるこたぁねーな! 危なくなったら速攻で助けてやるから1回やってみ。バトルは慣れだよ慣れ」

「わ、わかりました。じゃあやってみます」

 

 しかしそれが間違いだった。

 

「いや、でも……シリカちゃんってスカート履いてるじゃない? これ任せたら……その、見えるんじゃ……?」

「見えるってなにが……ッ!!」

 

 言いかけて瞬時に理解する。いや、理解すると言うより思い出した。

 特定の技を受けると、このモンスターは足に(つる)を巻いてプレイヤーを宙吊りにするのだ。宙吊りにするということは、例のあれが見えると言うことにもなる。

 植物系モンスターが相手なら珍しいことではない。プレイヤーからバランスを奪うということは、それすなわちソードスキルを奪うも同義。戦闘において普通に要注意だ。

 ではなぜ俺が失念していたかというと、それは俺にとって『攻略における注意すべき攻撃』以外の意味を含まないからだ。すなわち、『パンツが見えるから注意せよ』などといった意味を持たない。

 おまけに俺は男だ。宙吊り攻撃を受けた時に自分のパンツが見られる心配をしたことは、残念ながら人生で1度もない。

 甘かった。配慮が足りなかった。こいつの相手をシリカにやらせると……、

 

「きゃあっ、助けてぇえええ!」

 

 こういうことになる。

 

「ひゃあ! 見えちゃう! 見えちゃうよぉ!」

 

 両足をがっちり固定されたシリカは、敵にもてあそばれつつも懸命に叫んだ。しかしいかんせん、適当に振り回している彼女のダガーではリーチに劣り、モンスターにまったく命中していなかったのだ。絡まった(つる)をほどけずにいるシリカの股からは白い下着がはっきりと見えている。パンチラですらない、もはやパンモロだ。

 以前にはアルゴが同じ目にあっていたが、それは思い出さないのが吉だろう。

 

「おおうっ……早速くらってんな! もうちょい踏ん張れよ! ……だあもう、じっとしてろ! いま助けてやるから!」

「ダメです! こっちを見ないで助けてください! 目をつぶって倒してください!」

「アルゴみたいなこと言うなよ!? ったく、おいヒスイ! ちょいと手伝って……あれ、どした? なんか鬼の形相になってんだけど」

「ジェイド、アルゴみたいなって、どういう。……え、ナニ? アルゴとも一緒にやったの? 経験済みって言うことよねコレ。あれれ……ふゥん、じゃあわかってて(・・・・・)シリカちゃんにやらせたんだ……」

「…………」

 

 冷や汗が滝のように流れた。

 どうやら、洞察力の高いヒスイの前では失言だったらしい。冷静に分析している暇はないが、モンスターを挟み撃ちにするつもりが、モンスターと挟み撃ちにされている。俺も数々の修羅場を潜り抜けたと自負しているが、これほど生命の根元から恐怖する機会は少なかった。

 さて、俺が生き残るにはこの妻を穏便になだめる必要がある。

 俺はシリカの悲鳴をBGMに、ひとまずはヒスイを説得する作業に入った。

 

「待て。おいおい落ち着いてくれヒスイ。やましい気持ちはなかったんだ。よく考えてほしい、シリカはまだ小さな子供で、ストライクゾーンじゃない。それに俺は純粋に、あいつの場数を増やしてやろうと……そう、善意から言ったんだよ」

「ひゃっ!? ちょ、どこ触って、ひやぁああ!?」

 

 シリカの艶やかな悲鳴により、また一段と空気の温度が下がった。

 極寒までもう少し。うむ、手短に済ませなければ俺の命が危うい。

 

「……こ、こここれも経験かと思ってな。……だってそうだろう? シリカもいずれ47層に到達する。知っての通り、ここでものを言うのは経験の差だ。事前に戦闘しておくことは絶対に役に後で立つはずで」

「や、そこはダメ! ぬるぬる嫌ぁ、入ってきちゃダメぇぇ!!」

 

 もはや言うことはあるまい。シリカよ、願わくば少し黙っていてほしかったぞ。

 

「……言いたいことはそれだけかしら? なら……蒸発しろ、この変態ぃっ!!」

 

 真っ青に輝くヒスイの愛剣から上位クラスの片手剣用単発ソードスキルが発動された。

 そしてその刃は、俺もろとも敵モンスターを完膚無きまでに切り刻むのであった。

 

 

 

 アクシデントがあってからさらに30分ほどが経過。俺達3人は《思い出の丘》直前地点まで来ていた。あれから少々ギスギスしてしまったものの、ペースとしては上々だ。

 問題があるとすればヒスイ。まだ先ほどのことをこじらせていて大層ご機嫌斜めである。ずいぶん緊迫したシビアな作戦中だと言うのに、いささかシリアス成分に欠けるのは気のせいだろうか。それともこれが俺のプレイヤーとしての性か。

 

「あの、ヒスイお姉さんオレンジになっちゃってますけど……本当に大丈夫なんですか?」

「安心しろシリカ。オレンジ化ってのは回数を重ねるごとにグリーンに戻るのが難しくなる。が! ヒスイは初めてなんだ。つまり戻るのも容易いってこった。そう、オレンジになることは作戦だったんだよ! あのアクシデントもすべては想定内だったのさ。どうだ、安心したか?」

「とても不安になりました。ヒスイお姉さん、大丈夫でしょうか?」

「え、ええ。まぁ……ちょっと予定と違うけどだいたい順調よ。ちょっと違うだけだから」

「…………」

 

 まずい。シリカの人を見る目がどんどん変わっているように見える。まるで飼い主に捨てられた(あわ)れな子猫を見ているかのごとく。

 これ以上失態を晒すと大人としての威厳がなくなってしまうので、どうにか言い訳をした方がいいだろう。俺が口を開くと墓穴を掘るような気がしてならないが。

 

「っと、言ってる間にもう到着したな」

「えっ、ど、どこですかっ!?」

「ほら、奥に見えるのが《思い出の丘》だ。使い魔の《心》を持った主人があの丘の頂上に立つと、《プネウマの花》が咲くんだってさ」

「よかった……これで……ピナにまた会える!」

 

 シリカはようやく壮麗な活気を取り戻し、トテトテと走っていった。

 すると一面の美しい花が彼女の気持ちを遠慮しているかのように、不思議な空間の中心で鮮やかな花が咲き始めた。割れる葉から太い茎が、そしてその先につぼみが実り、完成された一輪の花はその根本から手折(たお)れる。

 光の欠片(かけら)が彩りを足す中で、《プネウマの花》は誕生した。

 

「これがプネウマ。ピナ、また一緒に旅をしよう……」

「よかったなシリカ。でも感動の対面には早い。この層はまだピナにも危険だ。一旦フローリアに戻ってから復活させてやろうぜ。……あとヒスイ、オレンジになった甲斐はあったぞ。こっからは別行動にしよう」

「ええ。また後で合流しましょう。……けど、あたしにできるかしら……」

「なにビビってんのさ。今まで通りでいいんだよ。怒ってんならぶつけてやれ。……それに、いざとなったら俺もいるしな。ちゃんとフォローするよ」

「ありがとうジェイド。でもシリカちゃんを危険な目に遭わせないようにね」

 

 ヒスイは言うだけ言って後ろを向いた。

 その背中はすでに、俺が長らく憧れた強くて凛々しいいつものヒスイのものだった。

 

「え、ヒスイお姉さんはどこかに行っちゃうんですか? まだ帰りの道が……」

「ごめんねシリカちゃん、利用するようなことして。あたしはこれから仕事があるの……でも、今はただ信じて、ジェイドと主街区に向かってほしいの」

「ヒスイお姉さん……」

 

 シリカも思っているだろう。攻略組の目的は、迷宮区を攻略し、その奥にいるフロアボスを討伐することにある。ではなぜ、俺やヒスイのようなプレイヤーがこんな低層にいたのか。仮に用事ができたとして、使い魔の蘇生より優先されることなのか、と。

 だがシリカは、わずかに考えただけで答えた。

 

「……いいえ、やっぱり聞くのはやめます。あたしは2人を信じてます」

「サンキュ、シリカ。んじゃ帰るとするか。ヒスイは好きなタイミングで合流してくれ」

「ええ、じゃあまた。……シリカちゃん、少しでも危なくなったらクリスタルで逃げるのよ? あたしとの約束だから」

「はい!」

 

 一瞬だけ笑顔を見せると、すぐにヒスイはフードを被ったまま姿をくらました。

 俺とシリカは2人で帰路に着く。

 帰りは特に強いモンスターにも出会すことはなく、恐怖心に打ち勝ちつつあるシリカは、俺のフォローなしで十分モンスターと渡り合っていた。先ほどファンファーレが鳴っていたことから、どうやら2度目のレベルアップもしたようだ。

 ここからは直線。道に迷う心配もなくなり、モンスターを恐れることもない。俺は自然と足が軽くなったシリカと手を繋ぎ、小川に掛けられた橋に差し掛かった。

 しかしシリカと手を繋いだのも、まさか彼女不在のアバンチュールなどと浮気心が芽生えたのではない。

 彼女を制止させるためだ。正確に表現するなら、口で合図することなく橋を渡りきらせないためだった。

 俺が小さな手を引いて彼女を立ち止まらせると、彼女は振り向いて不思議そうに首をかしげる。それを無視して、用意しておいた言葉を投げ掛けた。

 

「その程度のハイディングで隠れたつもりか? 出て来いよロザリア」

「え……? あっ!」

 

 俺が数秒間立ち止まっていると、木陰から赤い髪を持つ女性が《隠蔽(ハイディング)》スキルを解きながら姿を表した。その態度に悪びれた様子はない。

 髪、顔、主武装、防具からなにまで、シリカにとっても馴染んだ特徴だろう。この数日間行動を共にしていたのだから、今さら見紛(みまご)うはずもない。

 シリカは驚いた顔をしたが、すぐに悟ったようだ。つまり、自分自身がオレンジ集団のターゲットになっていることを。

 

「ロザリアさんが……なんで……」

「へぇ~、見えてたの。少なくともレベルは同列ってぐらいかしら? ……連れの女が見当たらないわね。ケンカでもしたの?」

「さァな。なんにせよ、あんたには関係ないことだ」

「……やーねぇ、ヤクザみたいな顔しないでよ。アタシは嬉しいのよ。あんたが骨のない口だけ剣士じゃなくてね。だってそうでしょう? そのカオを見るに、やっぱり首尾よく《プネウマの花》を取ってきてくれたみたいじゃない」

「くれたつっても、あんたのためじゃない。それに、相応しい女にもうプレゼントしちまった」

「フフッ、素敵な回答よ。でもプネウマって今が旬だから、アタシすっごく欲しかったのよねぇソレ。譲ってくれない?」

「今が『プネウマの旬』だァ? ワケのわからんことを。……とにかくあんたら(・・・・)の分はない。まだ隠れてる奴いるだろ、全員ツラ見せろよ」

「……チッ」

 

 ロザリアは小さく舌打ちをしてからスッ、と片手を挙げた。

 途端に道の両脇に生えた木の後ろからゾロゾロとプレイヤーが姿を見せた。その数は9。しかも内8人のプレイヤーアイコンが禍々しいオレンジ色だった。残る1人の男は確かにグリーンだったが、よもやロザリア自身が《聞き耳》を使っていたことはあるまい。その男こそ、昨日扉の向こうで《聞き耳》を使っていた犯人だろう。

 そしてシルフラを襲った賊の数も9。これでピースが繋がった。

 

「俺も嬉しいよロザリア。シリカから名前を聞いて知ったんじゃない。ハナっからあんたに会いたかったのさ。……しかもギルドアイコンに見覚えがある。最近じゃあすっかり過激派、《タイタンズ・ハンド》ってやつだろう、それ。有志新聞で『10人ギルド』と聞いてたけど、実際は2人もグリーンがいたんだな」

「え、どういうことですか……?」

 

 シリカは怖くなったのか、俺の袖を強く握りしめて後ろに隠れながら俺に聞いた。

 俺は勾配(こうばい )の高い位置から10人を油断なく見下ろし、再び口を開く。

 

「この世界のシステム上、オレンジだけじゃ成り立たない犯罪はよくある。獲物をみつくろって誘導する……その役目はむしろ、グリーンだからこそできるんだ。ロザリアは女で、しかも装備や容姿が目立つ。印象に残りやすくしてるんだろうな。んで、昨日《聞き耳》を立てていた奴、それが後ろにいるクソ地味な男だ」

「昨日の宿の話、聞かれていたんですね……」

「ふふ……アッハッハッハ。すごいすごぉい、やるじゃないモヤシ君? けど所詮はカッコ付けたがり屋ね。それがわかっているなら《プネウマの花》を諦めればよかったのに。イイトコ見せようとするからお子サマだって言ってんのよ!」

 

 ジャランッ! と、一斉に凶器が引き抜かれる音がした。男たちが抜刀したのだ。

 脅しではない。現にシルフラのメンバーは壊滅寸前まで殺されている。

 だが、彼らにとって唯一の誤算はそのリーダーを殺しきれなかったことだ。だからこそ、こんな無名の、どこにでもいる《攻略組》を招き込んでしまったのだから。

 奴らは自らの過信によって自滅する。

 

「《暗黒剣》、解放(リリース)

 

 俺は短く呟いた。誰にも聞こえないように、小さく。

 俺の《クレイモア・ゴスペル》が黒い(もや)を纏う。これにより、俺の大剣は欠損(ディレクト)を発生させやすい状態となり、同時に《暗黒剣》の専用ソードスキルが発動可能(アクティベート)状態になった。《暗黒剣》以外の技は使えなくなるが、どのみちこの戦闘にスキルは不要。不都合はない。

 筋力値の強化により、最近は軽く感じるようにもなった愛刀が背中から引き抜かれた。

 

「お前達、やっちまいなァ!」

『うぉおおおおおおおおおおおおッ!!』

「シリカ、離れてろ!」

 

 俺は腰を低くしてダッシュすると、ロザリアおよびグリーンの男を除く8人の男達の中央へ突入した。

 肩と脇にそれぞれ2箇所ずつの斬撃をもらう。

 俺は怯まずに大剣を下段で横に薙いだ。

 よもや挟撃(きょうげき)によるソードスキルが直撃したにもかかわらず、行動遅延(ディレイ)すら起こらないとは思わなかったのだろう。

 勢い任せの斬り払いがが命中。ガガガッ!! とけたたましい金属音が鳴り、フォワード3人の足が切断した。

 

「がァ!? なっ……おれの足が!?」

「こんな簡単にディレクトが!?」

 

 驚く連中を無視。俺は《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルを有効状態にしてあったので、受けたダメージは瞬時に回復。

 しかし、相手も次の攻撃に移っていた。敵の海賊刀(カトラス)重槍(ビッグランス)が俺の首と土手っ腹に命中。ズンッ!! という重たい衝撃に一瞬だけ(ひる)んでしまう。

 アイコンタクトだけにしては無駄のない連続攻撃。そのやり手具合に、敵ながら称賛を送りたいぐらいだった。

 だがソードスキルがクリティカルヒットをしてなお、俺のHPは減少しない。正しくは減少速度が回復速度を下回っているのだ。

 

「シッ!!」

 

 俺は捻転力を殺さずに半回転し、敵のコンビネーションを無視して強引に払った。

 またしても3人の足がそれぞれ股の付け根、膝、足首という順番で斜めに切断。

 残る2人は挟み撃ちを敢行。前方に展開した男は目潰し攻撃を、後方に展開した男はなるべく急所設定にされた心臓を狙って連続攻撃をしてきた。

 これも直撃。動きに無駄がなく、相当訓練されている。

 それでもなお、俺はその連携を無に帰すステータスを持っていた。

 男の顔面を潰さんばかりの力で掴む。続いて左手だけで男を宙に浮かせてから、今度は後ろのプレイヤーの足を狙った。

 敵のソードスキルを相殺。むしろ衝撃を跳ね除け、後ろの男の足が飛ぶ。そのまま刃の速度方向を逆転させ、掴んでいた男の両足首も空中で吹き飛ばした。

 戦闘は、たったの十数秒ですべてが終わっていた。

 

「ぐぁあああ!」

「こんなの勝てるはずがない! なんだ、この壊れスキルは!?」

「レベル制なんだから、差があったらこんなもんだろ」

「そんな……バカなこと……ッ」

 

 単なるレベル差では説明がつかない現象に、奴らも困惑している様子だった。

 ソードスキルの1つでも使えば性能の一端ぐらいは掴めたのかもしれないが、連中に詳細を教えてやる理由はあるまい。

 

「あ〜ちなみに、逃げようとした奴から首を跳ねる。死にたい人間から動いていいぜ。てか死ねカス」

「くっ、役立たずの男どもが……転移、フロー……っ!?」

 

 ガギンッ! という乾いた音が響いた。ちょうどロザリアが逃げ出そうとした瞬間だ。

 ロザリアの手のひらにあった脱出用のクリスタルが、不意打ちによってあらぬ方向へ飛んでいった。しかも喉の近くには片手剣が突きつけられ、身動きが取れない。

 ついでに彼女の隣に立つグリーンの男の首にも、麻痺毒の塗られた短剣が突き付けられる。

 

「バカな、伏兵……? そんな反応はどこにも……」

「これが最前線の《ハイディング》よ。ロザリアさん」

 

 一瞬にして犯罪者の後ろをとった人物、ヒスイは表情を変えずにそう言い放った。

 

「あ、あんたはっ《反射剣》!? どうしてここに……なるほどねぇ、そういうこと。そこの剣士サンも攻略組だったってわけね。けど、それなら余計にわからないわ。多忙なあんた達の介入になんの意味があるの!」

「……心当たりがあるんじゃないかしら? あなたが壊したギルド、《シルバー・フラグス》のリーダーに頼まれたのよ。苦楽を共にした仲間を殺された……その仇を、打ち取ってほしいってね!」

 

 一瞬の静寂。

 ヒスイはまず、短剣を突きつけていた男の視界から外れるように、ロザリアとゆっくり後ろに移動した。彼女の注意がどこに向いているのかグリーンの男からでは見えなくなり、余計な反撃の隙を与えないで済む。これでロザリアとの会話に集中できる。

 次に顔をロザリアに近づけ、鋭い目付きで彼女を睨んだ。

 だが当の本人が言葉を聞くと、楽しそうに鼻で笑っていた。

 

「はっ! 殺した、ねぇ!? そうは言うけど坊や達、証拠はあるのかい証拠は!? アタシはね、ゲームを楽しんでいるだけさ! ゲームオーバーになったからって、人殺し扱いするのやめてほしいわぁ~? そういう善人ぶった人間が大嫌いなのよ!」

「黙りなさい! ここはもう現実でしょう! ゲームならアリなんて、そんなヘリクツを!」

「ぐ……ッ!! く……ふ、フフフフ……いいわね、なにも知らないガキはお気楽で。それにやめてよねぇ。息がかかってくすぐったいわ~」

 

 それを聞いたヒスイは、自分の剣の切っ先をさらに喉に食い込ませた。

 ロザリアは攻撃されないと踏んでいるのか、一瞬だけ顔をひきつらせはしたものの挑発をやめる気はないようだった。

 

「アハハッ、人を斬る覚悟もないクセに! だいたい、グリーンのあんたがアタシを斬ったら、今度はあんたがオレンジに、な……ッ!?」

 

 しかし、そこでロザリアは気づいてしまった。いま自分の発している脅しが、もはやなんの効力も持たないことに。

 自分を狙うプレイヤーが、すでに犯罪色に染まっていることに。

 

「そうさ、ヒスイは見ての通り、すでにオレンジだ。なぜかわかるか?」

「わから……ないわよ……」

「プレイヤーを隔てるのは2種類。グリーンか、オレンジかだ。……つまり、あんたを殺そう(・・・)殺すまい(・・・・)が、もうヒスイに変化はない。さっきテメェが言ったよな? 殺した証拠は残らない。不退の覚悟だ。今のヒスイに、人が斬れないと本気で思ってンのかァ!?」

「ひィ……!!」

 

 ロザリアの顔色が青く染まる。初めて本物の恐怖を感じ、動揺した。

 それを確認してから、俺は腰のアイテムポーチからクリスタルを取り出す。

 

「……ロザリア、ここまでだ。これ、わかるだろ? 《回廊 結晶(コリドー・クリスタル)》だよ。(コル)をむしられたロキヤが、それでも金目の私物を全部売り払って買ったんだ。出口は《黒鉄宮》の牢屋に設定してある。全員これで牢屋に飛んでもらうぞ。……コリドー、オープン!」

 

 ストレージから取り出したばかりの濃紺色の大型クリスタルが弾けた。

 真っ白なサークルが浮かぶ。このサークルを越えた先には孤独な生活が待っているだろう。だが、その自業自得の結末に同情の余地はない。俺自身がそうだったように。

 望みがあるとすれば、そこでの暮らし方だ。せめて改心して欲しいと俺は願っている。

 

「歩けねぇんなら、俺が放り込んでやろうか?」

「わ、わかった。自分で歩く」

「くそッたれ、覚えていやがれ……」

 

 ある者は憎らしげに悪態をつき、ある者は()う這うの体で逃げ、ある者は無表情のままに足を動かした。これが末路だと、犯罪者の終着点なのだと理解しているかのように。

 そしてその認識は正しい。悪事は最後に跳ね返ってくるのだ。勝った方が正義なんて理屈はバカげている。

 俺は歩こうとしないグリーンの男にも催促を入れた。

 

「テメェも入れよ。……言っとくけど、俺もいざとなったら殺す気で来てる。ヒスイにゆずってるだけさ。気が短いんだ、あまりキレさせんな」

「わ、わざわざ繰り返さなくてもわかってる。クソッたれ……」

 

 9人目がゲートを潜った。

 残るはロザリアのみ。表示されるギルドアイコンから特定されるのを恐れたのか、ロザリアだけ《タイタンズ・ハンド》に加盟はしていないようだが、実質的なリーダーは彼女だ。

 しかしロザリアは白いサークルの前で足を止め、俺達の方へ振り返った。警戒するヒスイとシリカを制し、俺はロザリアに発言の許可を下す。

 

「まだなにかあるのか?」

「アタシの敗けだよ。もう無駄な抵抗はしない。……あんた達に話したいことがあるの。どの面下げてって思うわよね……でも、アタシはやりたくてやったんじゃないんだ……お願いよ、信じてちょうだい!」

「ロザリアさん、あたしは今とても怒っているの。手元が狂わない内に従って」

「ほ、ホントなんだよ! 正直に話す! アタシが知ってること、なぜこんなことをしているのか……ウソじゃない! 洗いざらい話すから……ッ」

「その言葉を! ……待っていたよ、ロザリア。正直に、全部話すんだな? ヒスイ、彼女から剣をどけてやれ。話し合いに応じる。……コリドー、クローズ!」

「ちょ、ジェイド!?」

 

 閉じられたコリドーのゲートを見て、ヒスイは信じられないとばかりに声を荒らげた。

 ここでの話し合いがなんの解決を生むのかと、そう問いたいのだろう。割り込んだシリカにも同じ表情が見て取れた。

 

「ジェイドさん……あたしが巻き込まれた事情はだいたい呑み込めました。ですが、ここで……まさか、ロザリアさんを放してあげるんですか!?」

「違うよシリカ。あとごめんな、怖い思いさせて」

 

 俺はこれから主街区付近に設置された《レイヤー・ポータル》まで移動すること、1層の《黒鉄宮》まできちんと連れていくこと、また俺とヒスイがいてロザリア1人を取り逃がすことはない、といった前置きをすると、改めて全員に振り向いた。

 

「2人には黙ってたけど、ロザリアがシルフラを襲った主犯だと確信した時点で、どうしても気になってたんだ。自白しない限り聞く気はなかったけど、案の定コイツは口を割った」

「どういう……ことなの……?」

「それは今から聞けるんじゃないか。なあ、ロザリア?」

「……ええ。9人の部下を……失った。今のアタシに後ろ楯はない。逃げおおせても、ボスに殺されるだけよ。だから牢に入る前に言ってやりたかったの」

「ッ……!?」

 

 この告白にはヒスイとシリカも驚いた。ロザリアは『ボス』という表現を使った。これが意味することは、俺達が勝手に決めつけていたリーダー的存在の誤認。彼女は真の黒幕ではない。

 根本的には、事件はまだ終わっていない。

 

「予想はつくさ。わざと目立つ女を立てて、地味野郎が街に潜入。誘導や追跡をしたのちに、孤立したエモノを大部隊で襲撃。やり口が似すぎて(・・・・)笑えてくるよ。ロザリア、あんたはただの雇われ兵だ。末端の使いっ走り。そうだろ?」

「ええ。そしてアタシを下僕扱いする連中、その正体は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》」

「だろうな」

 

 ヒスイとシリカは今度こそ息を呑んだ。

 俺はヒスイと《結婚》した後に聞かされたのだが、彼女もずっと昔にPoHやジョニーと一戦交えたことがあるらしい。彼女もそこで行動を共にしていたプレイヤーを殺され、苦汁を舐めさせられている。

 俺だってそうだ。

 今のロザリアとグリーンだった男は、それぞれアリーシャとミンストレルを思い起こさせる。苦い経験則。できればこうした形で思い出したくはなかった。

 しかし因縁深いものである。ロザリアは本隊にも入れてもらえない手下なのかもしれないが、こうしてシリカを狙う途中で俺達と鉢合わせしているのだから。

 ある程度予想できたうえで、ロザリアは続けた。

 

「《タイタンズ・ハンド》が最近になって力をつけた理由は、ラフコフとパイプができたからよ……」

 

 うつむいたまま、滔々(とうとう)と語る。

 汚い手法だが、連中には豊富な財力がある。強盗ギルドから殺人ギルドにシフトしたのも元を辿れば経緯は同じ。先ほどロザリアの仲間と戦った時、息の合ったレベルの高い対人戦術(・・・・)は連中からノウハウを教わったからである。

 ここまでは予想通りだ。しかし……、

 

「……じゃあ聞くぞ。なんであんなゲスに従う?」

「……アタシの彼氏が人質になってるのよ。……いいえ、人質とは言えないわね。アタシのカレは、望んでPoHに魂を売ったの。あの男に魅了され、殺人の味を知り、《タイタンズ・ハンド》での悪行を越えた境地に陶酔した。アタシより、PoHを選んだ……」

 

 ロザリアは虚ろな目でそう独白した。

 彼らに逃げ道はなかったのかもしれない。ただでさえ犯罪ギルドであった《タイタンズ・バンド》には、心を許せる味方も相談する相手もいない。極論、強盗をするのと殺人をするのは一般的に見分けがつかないからだ。プレイヤーは『グリーン』と『オレンジ』でしか区別されない。今のヒスイがそうであるように。

 PoHがその気になれば、メンバーから1人か2人ぐらい引く抜くことなど造作もない。あの悪魔に目をつけられたことが災厄だったのだ。奴の最大の武器は、その人身掌握力にあるのだから。

 

「PoHに洗脳される奴はたくさんいる。……けど、まさかあのクソ野郎と張り合ったのか? 自分にも殺人はできる。だから、いつか寄りが戻せるとでも?」

「微妙に違うわ。確かにアタシは、この手を血で染めたけど……それは振り向いてほしかったからじゃない。カレに死んでほしくなかったから……」

 

 言葉を繋げたつもりだったが、しかし俺の予想は外れた。

 代わりに彼女が答える。

 

「アタシは真っ先にボスに脅されたの。あいつを信じきってるカレと引き換えにね。……要求は金。金を持つギルドを潰して、奪って、それを貢げと」

「ああ。クソ野郎の言いそうなことだ」

「……当然、誰かに言いふらしでもしたらカレは即死刑。自分の心棒者だってのに、簡単に殺すと言ったわ。だからアタシは死に物狂いで貢いだの。犬のように……ッ」

「そんな……」

 

 ヒスイ達が(おぞ)ましいカースト制度に絶句しているが、俺は今の告発から別の疑問を持った。

 

「今さら金を要求するのか? ラフコフが金に困ってるって話は聞かないけど」

「甘いわ。あいつらはね……ラフコフは現状に決して満足しないの。金があるなら、それを倍に。人を殺せるなら、より楽しく。そう考える奴らなのよ。しかも殺しがあちこちで発生すれば、マークされる危険性も各地に分散できる……なら、手下を使い捨てに、活動金を調達しようってハラよ。現にアタシはボスの拠点を知らない。捕まって脅されても、アタシからボスの情報は漏れない……」

 

 それは悲痛な叫びだった。確かに殺害現場が増えるほど、ラフコフ正規メンバーの特定には足枷になる。加えて金も集まるならデメリットはない。

 そして人は、人を殺すと後戻りできなくなるという。自発的に行ったのならなおさらだ。

 ロザリアとそのギルドはもう、とうの昔に壊れていたのだ。

 

「逆らうことは……できなかったの。ねぇ剣士さん、あなたなんで《タイタンズ・ハンド》が『10人ギルド』だと思ったの?」

「そりゃ……あんたらが、10人ギルドだからだろ。有志新聞にもそう載ってた……」

「その理屈がおかしいことは気づいているでしょう? 強盗の実行班が8人しかいないのに10人という事実で広まっているんだもの。アタシらの手口を知りもせず、でも正確な人数を言い当てている……奇妙な話よね。けどそこにはちゃんとタネがあるわ。見せしめに殺されたメンバーが1人いるのよ。そして……」

「ロザリアさんの彼氏がいたから、ね。それで実行班はちょうど10人……」

「その通りよ《反射剣》……いえ、ヒスイさん」

 

 なるほど。有志新聞に実行班の人数が載ったあと、本当に10人になってしまったというわけだ。

 ということはつまり、ロザリアが彼氏1人のために部下全員に対して示しのつかない行動を取れていたのは、そこに強い結束力があったからではない。恐怖による支配体制ができていたからだ。《タイタンズ・ハンド》はロザリア、ひいてはメンバー全員がPoHに脅されていたと言える。

 そして皮肉なことに、PoHに近づき《タイタンズ・ハンド》を脱却したロザリアの彼氏とやらが1番PoHのことを理解していない。

 

「部下は《特殊圏内》……つまり牢屋に入れられた。これで見せしめは起きないわ。カレが失態の代償にならないという保証はないけれど……たぶん、出所した時の釣り餌にすると思う。情報も統制するはずよ。……だから今のアタシにできる唯一の抵抗は、これをあなた達に教えること……」

「いや、十分だよ。けどなロザリア、人の生き死にがかかった時は……その時だけはミスっちゃいけなかったんだ。アンタは……」

「じゃあどうすればッ! 部下だって人よ……あの時のアタシに、なにができたと……ッ」

「できたさ! ……できたんだよ。アンタが恐怖に負けず、部下を連れて、前線に行って攻略組に土下座でもするんだ! もしかしたら、この裏切りでラフコフの壊滅まで持っていけたかもしれないだろ!!」

「そんなことしたら……たとえ、誰かが助けてくれても! オレンジのアタシ達は人生破滅よ! 潰し合えばよかったっての!?」

「はァ!? 甘えんなカスがっ!! ノーリスクで許されると思ってンのか? 殺された人間は何人いる!? アンタらはクソみたいな連中だ。……それでもっ……カレシを守りたいなら、他のなんだって捨てて生き恥サラせよッ!!!!」

「そ、れは……ッ」

 

 俺はロザリアの胸ぐらを掴んだまま、血でも吐くように言い放つ。

 ロザリアは被害者面をしていた自分の醜い感情に気付き、それこそがなんの反省もしていない証拠なのだと突きつけられて黙り込んだ。

 

「俺はな、道を間違えたことを未来エイゴウいびるつもりはねェよ。けどさ……恥ずかしい思いも、信用を失うのも、それこそ牢にブチ込まれんのも……たかが(・・・)その程度のことじゃねぇか。結局アンタの甘さがこの利益のない争いを生んだんだ」

「アタシの……甘さが……? だって……アタシだってこんなことぉ……」

 

 (うつむ)くロザリアの肩が上下に小刻みに揺れた。

 1度は敵と定めて剣を抜いた相手の前で涙を流す。ロザリアは人として、ようやくすべてをさらけ出した。そのまま溜まりに溜まった悲しみを吐露する。

 何度も、何度も。

 殺したことを謝った。殺そうとしたことを謝った。反省した先に新たな価値が生まれるのだと信じて。

 たくさんの涙を流して、深々と(こうべ)を垂れた。悲しい事件だ。ロキヤ達も、ロザリア達も、誰も報われない。

 哀れな被害者が数多く溢れるこの世界にとって、神の救済はあまりにも少ない。

 

「ロザリア……ラフコフは俺の手で片をつける。カレシさんが帰ってきたら、そん時は迎え入れてやれ。そいつを変えてやれるのはアンタ1人だけだ。……さて、これから牢屋につれて行く。どう過ごすかはあんた次第だ。ここで泣いたのがウソじゃないなら、せいぜい1からやり直せ」

「……ええ。世話……かけたわね。あんたに会えてよかった。出所したらシルフラのリーダーに会いに行くよ。謝って……許されるかはともかく。……ははっ、ジェイドとか言ったか。あんまり格好いいことされるとホレちまいそうになるわ」

「ロザリアさん、ジェイドに気を寄せようとしたら今度はあたしが黙っちゃいないわよ? これでもこいつ、あたしの自慢の夫なんだから」

「ええっ!?」

 

 この声はロザリアのものではない。久々に驚きの声をあげたシリカのものだ。固唾を呑んで状況を見守っていたようだが、我慢できずに吹き出してしまったのだろう。

 言われてみれば、シリカには付き合っているとしか伝えていなかった。

 

「って、だからそれ言うなってば!」

「えへへぇ……なんか、その……嬉しくってつい」

「可愛い顔して隠す気ないと宣言された!?」

「……あんた達にはいつも驚かされるよ。っていうか、ひどい惚気(のろけ)よねそれ」

「ヒスイお姉さん……大人です……」

 

 よくもまあ、こうコミカルになれると感心する。

 なんにせよロザリアにもう心配はいらないようだ。彼女の心はすでに生まれ変わっている。

 

「……さ、戻ろう。俺達の日常に」

「ええ。サボった分、頑張らないとね」

 

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

「抜け駆けは許さないんだから!」

「だからあたしの男だって言ってるでしょ!」

「おいおい落ち着け2人とも」

「「ジェイドは黙ってて!」」

「あ〜い……」

 

 ロザリアを《黒鉄宮》へと送り、ほんの半刻足らずでヒスイのカルマ回復クエストをこなした俺達は、晴れて日常へと戻っていた。

 そして今、一夜を越えてアリーシャ達と合流した俺はアリーシャとヒスイの喧嘩の理由を知らされた。

 なに、難しいことではない。今日が何の日かを考えてもらえればいい。

 2月14日。なんと、バレンタインデーだ。

 これには驚きである。あまりにも……あまりにも無縁なリア充イベントを前に、俺の残念な脳ミソはそのイベントを綺麗に消し飛ばしていたからだ。

 

「ジェイドも大変だねぇ。タイトなスケジュールだったみたいだけどぉ、結局帰ってきても忙しいんだからさぁ」

「言うなジェミル。俺も反応し辛えんだから……」

「ヒスイさんは本気で好きなんだろうけど、アリーシャさんは照れながらも僕らにだってチョコくれたんだよ? 義理だと思うんだけどな~」

「ああ、ルガも貰ってたのか。ヒスイってああ見えて独占欲強かったりしてな。……と、ところでさ……アリーシャって《料理(クッキング)》スキル持ってなかったよな? その、味とか大丈夫か……?」

「うわ、失礼だね。でもそれは大丈夫みたいだよ。ここより6層下の49層主街区(ミュージェン)のメインストリートにね、《クッキング》スキルの熟練度を500に固定したままチョコレートを作るクエストがあるんだよ。NPC経営の簡単な料理教室みたいなものかな。素材と型もコルの上積みで上等なものが用意できてるみたいだから、味は保証されてるんだってさ」

「へぇ~……あ、思い出した。アルゴが同じこと言ってたわ。てか、よく知ってんなそんなこと。調べたのか?」

「うん。味が心配でね」

「おいコラ。ルガも失礼ぶっこいでんじゃねーか」

「アハハハ。まあ、去年と違って落ち着いたから、女性プレイヤーが入れ食い状態でね。アルゴさんもボロ儲けなんだって」

 

 まったく、アルゴも取れるところで金を取る。もちろんその姿勢に文句をつけるつもりはないが、彼女も立派な女性プレイヤーだ。裏方ばかりで暗躍するのではなく、彼女自身にも甘酸っぱい青春があってもいいのではなかろうか。

 こんなことを本人に言ったら蹴り飛ばされるだろうが。

 

「(まあなんにせよ、これでいつも通りに……)……お、おいちょっと待て。ヒスイたち、それ作るのって、ギルドの金で……? ……言いにくいんだけど……いくらした?」

「ん~2万ぐらいだったかな?」

「アタシも」

「…………」

 

 その夜、俺は2人の作ったチョコレートをありがたく頂戴した。それはとても初々しく、そしてとても濃厚で(とろ)けるほどに甘かった。

 しかし信じられないことに、俺は目を覆いたくなるような光景を見てしまった。なんだかんだと言い合いつつも、ヒスイとアリーシャが仲直りして互いに自作したチョコレートを交換し合っているところを。

 そして「必要経費だから!」などとのたまいつつ、アスナを筆頭に親密な女性プレイヤー全員分に用意された大量の『友チョコ』を!

 

「う、うまい……うまいけど……いくら使ったんだマジで」

 

 ――ギルドが金欠って忘れてね?

  1人堪能するその甘さの奥に、少しだけしょっぱさが混ざっていたことは、ついぞ誰にも明かすことはないのだった。

 

 

 

 

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