SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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アナザーロード7 夢ドロボウ

 西暦2024年3月7日、浮遊城第57層。

 

 ほんの1ヶ月前、あたしは小規模ギルド《シルバーフラグス》のリーダーとほぼ1年ぶりに再会し、彼が失ったという仲間の敵討ちを引き受けた。

 ただし、実際にシルバーフラグスを襲った犯罪者をみんな殺してしまったわけではない。

 唯一の生存者となったであるロキヤさんの要求通り、犯人達を投獄することで成就とした。当時の現行といくつかの余罪、さらには計画的に犯行に及んでいたことから彼らの刑は重く、1ヶ月たった現在も留置所で他の囚人と暮らしている。

 模範囚とまでいかなくとも、自分の行いを悪と認めて反省している者が半数。もう半分は残念ながらまだ自分の処遇に納得がいっていないようだった。彼らは自分達こそ被害者だと訴え、処遇の再考、または早急な解放を望んでいる。その行いがより自身の身柄を長く拘束する行為だと気づけない事実は、外で眺める者達の心を酷く痛めた。

 あたしを含め、犯罪者を永遠に閉じ込めようなどと望んでいるわけではないからだ。悔い改め、人のためになる行動に邁進(まいしん)するのであれば、彼らを自由にし共に歩む道は用意されているはずである。

 

「(どうにもならないと思うと、ちょっと悔しいな……)」

 

 それを全うする義務はない。仕事を任された覚えもない。

 しかし、あたしは長らくソロとして生きてきた中で数えきれないほど人を励まし、元気づけ、そして立ち直らせてきた。今ではその活動に誇りを持ち始めていたのだ。中途半端にだけはしたくない。

 なんてことを考えていると、ギルドリーダーの彼が注意を促してきた。

 

「ヒスイ~、ぼーっとすんなよー」

「あ、ええごめんなさい。なんの話だったかしら?」

「ったく、んじゃもっかい言うけど……ええ~まあ、大半は俺の雑なやり方のせいなんだけど……ギルドに金がないのよ! 1ヶ月間の貯金でようやく50万コルぐらいは貯まったとは言え、この調子じゃ49層主街区(ミュージェン)にあるギルドホームが先に取られちまう!」

「やーだーアタシあそこがいい~」

 

 そうだ、活動拠点を作ろうかという話だったか。

 ちなみに先ほど駄々をこねたのはアリーシャ。とは言え、ミュージェンにあるギルドホームは開放的で緑豊かな地が広く、《転移門》に近い立地条件から、個人的にも譲りたくない。

 これは大きいメリットである。基本たくさん寝るタイプのあたしは朝に弱い。加えてギルドが忙しくなる時期は早朝から招集がかかるので、少しでも起床時間を伸ばすという意味では無視できない魅力がある。

 もっとも、物件価格だけを見るのなら、その1つ上の層の50層主街区である《アルゲード》にした方がいい。宿屋が不気味なほど安い設定になっているからである。

 しかし反面、アルゲードはこの上なく混雑しているエリアだ。街全体がよく言えば猥雑(わいざつ)な喧騒、悪く言えばうるさくて品のないBGMに包まれている。

 店と店との距離が短く、道行く道もそのほとんどが非常に通り辛い。道路補整もろくにされておらず、建築物の建てられ方がバブル期の混沌を(てい)しているせいか、全体地図はまるで迷宮のような形をしていて外観も悪い。

 さすがに年頃の乙女にそんなスラム環境での寝泊まりはハードルが高い。というわけで、あたしとアリーシャは、まさにそのアルゲードを拠点にしようとしていた男性陣をなんとか説き伏せて今の話にこぎ着けている。

 

「しかも目標額はあと190万だ。そこで、俺らはしばらくケンヤクした生活をしたいと思う。残り140万を50日でそろえるノルマ表は作っておいたから、あとはメンバーが協力的になってくれるだけで……」

「お金ってある時に使っちゃうからねぇ」

「僕もどちらかというと浪費家かな。なんと言っても稼ぎが少ないし!」

「そこ、いばるな!」

 

 ホーム確保に意欲的でない2名は気楽なものだったが、コル貯めの計画表にざっと目を通しても内容に抜かりなかった。

 無論、ギルマスなら彼でなくとも計画ぐらい立てるだろう。しかしあの場当たり的な行動ばかりしてきた故障車のような人が、わずか3ヶ月間で組織をうまくまとめ運営しているのである。発言したのがジェイドだからこそ、この手際の良さに驚きだった。

 

「(いつこんなことを……夜に外出して、情報屋にでも聞いて回ったのかな?)」

 

 例えばその情報屋、あるいは鍛冶屋など、高額装備にかける大金をそのまま生活金に回せてしまうクラスのプレイヤーは話が変わってくるが、あたし達は歴とした攻略組。多くの同業者と熾烈(しれつ)な競争をしている立場で、浪費の制限には限度がある。

 後はいかに稼ぐか。

 SAOには経験値獲得量の少ないモンスターであっても、中には高額のコルをドロップする(たぐ)いのものが数多く棲息している。

 大量のモンスターを高効率で狩り続けることができるエリアを、ゲーム用語では《レベリングスポット》または《ファーミングスポット》という。

 最近まで有名だったのは46層フィールドの《アリ谷》などが挙げられる。最近まで、と言うのは、時間あたりの獲得経験値および獲得通貨が一定値を越えると、独立修正システムである世界の調節機(カーディナル)がその効率を下方修正してしまうからである。

 もっとも独立システムのおかげで、この世界は日夜手動によるメンテナンスを免れている。上層更新やニュークエストのアップロードなど、《カーディナル》の介入なしではSAOの住人などすぐに干からびてしまうだろう。

 ジェイドはその境界線に着目した。《カーディナル・システム》が修正する直前まで居座り、現状知られているファーミングスポットを転々とすることで効率の永続性を計れるだろうというものだった。

 これだけの仕事となると、少なくとも一朝一夕で終わる量ではない。

 

「(ふふっ……ちょっと嫉妬しちゃうよ、まったく)」

 

 彼がリーダーとは言え、かつてあたしは方針やルールに何度も口を挟んだことがある。こと攻略において、あたしなしではままならないだろうと思っていたのに、いつの間にかこちらが置いて行かれた気分になる。

 全員が計画表に目を通したころに、彼は仕切り直して宣言した。

 

「つーわけで、さっそく今日の攻略組からのお手伝い要請はパス! コルのドロップ率が高いモンスターと殺り合うから、55層主街区(グランザム)に移動だ。他に質問はあるか? ……じゃあこれで定期ミーティングは終了。ついでに出発!」

『はーい!』

 

 たどたどしかったギルド運用は日を追う毎に手慣れている。助言や意見が連発した当初から見れば偉大な進歩だ。

 どこかトゲのあった性格も丸く収まり、ましてリーダーとしての努力を怠ったことは1度としてない。51層主街区(トロイア)であたし達を失望させないと誓って以来、彼の成長は目まぐるしいものだった。今ではあたしが彼からから学ぶことの方が多いぐらいである。

 ――この人をずっと支えよう。

 あたしは素直な気持ちでそう思うのだった。

 

 

 

 けれど、出発早々に問題が起きてしまった。

 まるで待ち伏せでもしていたかのように、《転移門》付近で女性プレイヤーから声をかけられたのだ。

 しかもこれまた残念なことに、その女の子はあたしの古くからの友人で、《フレンド登録》も済ませてある仲である。さらっと無視するようなことはできない。フレンドリストからあたしの居場所は特定できるので、おそらくその機能を使って本当に待ち伏せていたのだろう。

 その友達の正体は、ピンクの髪をしたリズベットだった。

 友人なのになぜ残念なのか、その理由もはっきりしている。なぜなら彼女の形相が、明らかに面倒事を持ってきた人間のそれだったからだ。

 

「ヒスイ! あたし達、友達よねっ?」

「……友達かどうか確認してくる友達は友達じゃないかも……」

「あぁんひどい! お願いよ、他に頼れる人がいないの! 今こそアンタの協力が必要なの!」

「…………」

 

 「ちょっと話がしたいの」からすでに1分。あたし以外の4人を待たせてしまっている現状が息苦しかったが、ここまで食い下がるということは相当重大な問題があるのだろう。

 しかし長くなりそうと判断したのか、ギルドを代表して――珍しく呆れた顔をしながら――ジェイドが近づいてきた。

 

「あ~この子、ヒスイの知り合い?」

「ええそれ傷つく!? 19層や27層じゃあ一緒にパーティも組んだのに!」

「ジェイド……髪がピンクに変わってるとか、ウェイトレス姿になってるとかあるけど……さすがにそれは失礼でしょう。この子はあのリズベット。ほら覚えてない? 鉱石探ししたじゃない」

 

 それを聞いたジェイドは少々顔をしかめた。数ヶ月前の記憶と照らし合わせているようだ。

 

「リズ~!? おいおいリズなら覚えてるけどさ、どうしんだこのキバツな髪は。失恋でもしたのか?」

「デリカシーないわね~、ホントあの頃から変わってないんだから。……いい? 失恋じゃないわ。鍛冶屋も商売なの。こっちの方が前より業績上がったから仕方なくこのままにしたの!」

「へぇすごいね! バイバイまたね!」

「あっ、ちょ、ごめんなさい! 悪かったってば、調子に乗って。……で、でも相談したくて……どうしても助けてほしいの。忙しいのは承知してるけど、少し聞いてくれない? ねぇ、ヒスイも〜!」

「お金のことじゃなければ……」

「…………」

 

 お金のことのようだ。顔に書いてあって助かる。

 などと様子を見ていると、なんとリズの顔が(またた)く間に悲しそうに……否、悔しそうに歪んでいった。そして、目の端から水滴が溢れる。いつも元気な彼女が涙を浮かべるなんて、大変珍しいことだった。

 

「く……ぅ……うぅ……」

「え、リズ……? ちょ、泣くことないじゃない。あぁもう、わかったから……」

「ち、ちがうの。違うのよ……泣くつもりはなかったの。でも悔しくて……あのね……あたし、お金騙し盗られたの……。実際は騙されたわけじゃないけど……たくさん盗られちゃったのよ。一生懸命集めたのに……全部……」

「コルを……騙し盗られた?」

 

 それを聞いたあたしはすっとんきょうな声をあげていた。

 無理を通して我慢していたのか、1度破れた目頭の防波堤はリズの涙をしばらく塞き止めることはなかった。

 あたしは困り果てた顔のジェイドと目を合わせた。

 ――どうしよう?

 ――ほっとくわけにはいかんだろ……。

 そんなやりとりをアイコンタクトだけで済ませる。

 

「あのちょっといいですかぁ? あ、ボクはジェミルって言います。今の聞こえちゃってぇ……ん~えっとぉ、リズベットさん? 言葉を返すようですがぁ、他人の所有物を盗むのって、コード適用下だと無理な気がぁ。その時は《圏外》に?」

「いいえ、主街区にいたわ。わからないの。あたしもまさかと思ったわ。……簡単に下調べもして、利益があると見込んだ取引で。その……夫婦で購入することで、プレイヤーホームを格安に買い叩く方法を……」

「ふ、夫婦っ!? 誰かと《結婚》したんですか!?」

 

 ルガ君も参入。

 転移門の前なので、ちょっとした目立つ人だかりになってしまった。

 

「ビジネスとして、その……一時的にね。専門のプレイヤーと取引したのよ」

「そ、そんな方法があったんですね……」

「無縁だからねぇ。……お、驚きだねぇ……」

「てか、1人でホームって……そんな金よく集められたな。俺らなんてこれからギルドで集めようってハナシしてたとこだぞ」

 

 ジェイドの質問にはあたしが代わりに答えた。

 

「ああそれね、ジェイド。実は生産職にいる人っはコルを貯めやすいのよ。オーダーメイドの武器って、注文すると最低でも10万が相場でしょう? そういう発注を受けて依頼をこなすだけで莫大な利益が上がるの。それに攻略組が経験値とレア装備に執着している間、鍛冶屋や情報屋だって遊んでいるわけじゃないわ。他にきちんと稼いでるものがある」

「経験値やアイテムの代わりにかせぐもの……それが金、ってわけか。なるほどなぁ」

 

 もっとも、お金に強欲なのは攻略組も同じと言える。そこは変わらない。ただ生産職につくプレイヤーは強さの絶対値に制限が設けられる分、他の面で効率が跳ね上がるのだ。

 それにしても、夫婦で物件を求めることによって安く購入する手段はあたしもどこかで聞いた――以前、《結婚》しているあたしも興味があって調べた――ことがある。しかし、それを請け負うプレイヤーがいるとは聞いたことがない。

 そもそもホームが高額とは言え、夫婦による物件割引に採用される割引率は10パーセントから20パーセントほどにしか満たない。仮に最大の20パーセントだとして、レジクレの購入予定である《ミュージャン》の物件価格、つまり『190万コル』から計算すると利益は38万コル。これが依頼されたプレイヤーの報酬となるわけだ。

 けれど、これは組織的でないと成立しない。

 なぜなら対象者の選別や相手の望む性別――すなわちSAOには男性が多いことから、女性の用意もしなくてはならないからである。

 そう、他人がこの話に乗る可能性は元よりかなり低く、必然的に継続的な利益は見込めない。

 それがなぜかは説明するまでもないだろう。

 SAOの絶対的ルール、デスゲーム。この性質がアインクラッドで顔を利かせる限り、あたし達のサバイバルは妥協を許さない争奪戦となる。

 《結婚》システムはステータスやスキルの全閲覧権、またアイテム欄(ストレージ)の共有など多くの生命線をさらけ出す行為である。これでは互いの首にナイフを突きつけあって商談しているようなものだ。

 リズはなぜこの危険な道を選んだのか。これは最も注意すべきことなのに。

 

「それでリズ、言いたくはないけど……その、一時的に結婚したっていう相手がお金を盗んだ可能性はないの? たぶん彼が1番盗みやすいんじゃないかしら?」

「……委託結婚を引き受けた人の名前は『シーザー・オルダート』よ。あたしも彼を真っ先に疑ったの。でもね……共通化された相手のストレージを見れば一目瞭然だったわ。ストレージはずっと空っぽだった……彼はお金を盗める状態じゃなかったのよ。2人でホーム購入中だったから持ち逃げもできないし、これだけは絶対に言えるわ。あたしを含めてね」

「そこんとこはお互い様つーことか。そのイタク結婚、だったか? ってのをしてくれた奴は今どうしてんの?」

「支払ったのはあたしだけで、彼は特に損をしたわけじゃないからね。事務処理だけして帰っていったわ。……ただ気の毒だったと言って、5万コルだけ手渡して……」

「ヘンに律儀な奴だな。けどそいつの線は薄まっちまったか……」

 

 レジクレの全員がう~ん、と唸る。

 また難解なトラブルだ。

 

「ところでストレージ内って、お金以外のは盗まれてないわけ?」

 

 ここでアリーシャが発言。5人が彼女に注目した。

 

「ええ、結婚する前は当然アイテムを全部宿に置いてきたわ。それもシーザーさんと事前に打ち合わせた上で合意したの。……これだと話がぶつ切りになっちゃうわね。順を追って説明するわ」

 

 いつも元気でニコニコしているリズも、今日に限っては自嘲(じちょう)した声で言った。

 それから彼女のとった行動にどんなドラマが隠されていたのか、すべてが赤裸々に語られた。

 

 曰く、始まりは鍛冶屋一筋として生活してきたリズが、自分の住まい兼経営所を手に入れたいという願いが生まれたことからだった。

 彼女は手始めに48層主街区(リンダース)を訪れ、なんと一発で水車のついた古風なプレイヤーホームを発見し、立地条件や充実した設備から一目で購入を決定した。

 ただし、売値は驚愕の300万。もはや驚額(・・)といえるその値段に一時は愕然としたものの、初めて湧き出た猛烈なやる気と購買欲に逆らうことをしなかった。

 曰く、今年の1月から行動を開始。原始的欲求を満たす行為に、リズは生きる意味を抱いたように本気で打ち込めた。強力な意思はやがて現実味を帯びた。接客、運営、仕事が、すべて明るい未来をリズに見せるようになる。

 そうしてゲーム内で最も充実した2ヶ月を過ごしたリズは、貸金業者(マネーレンダー)から借金などをしたものの、たった60日強で目標額の一歩手前、255万コルを手に入れた。

 曰く、順風満帆だった計画が一夜にしてとん挫した。それはライバル職の、なおかつ同じホームを狙うプレイヤーの貯金額がほぼ300万に達しつつある、という苦しい現実だった。これをとある情報筋から入手する。

 やりきれない思いはリズの枕を一晩濡らし続けた。1年以上地獄を見せられた1人の高校生が願う、このちっぽけな願望すら叶わないのか、と。

 しかし諦めかけたその時、天の思し召しか、はたまた巧妙に張り巡らされた罠なのか。リズは『委託結婚』による抜け道を聞かされることになる。

 夫婦購入による割引サービスは最大の20パーセントで金額は60万。今の貯蓄量で十分に購入できる額だった。リズは藁にもすがる思いで、しかし冷静に判断した上で改めてその話に乗った。

 曰く、数日前、『シーザー・オルダート』と名乗る男性と取引を開始。口約束ではあるが、スキルやステータスを覗かない言質をとり、アイテムをお互いが盗めないように各々の宿に格納し、ものの数十秒でプロポーズ、受諾のやり取りをして結婚。降って湧いたような都合のいい購入手段に、その時ばかりは心踊った。

 割引システムの不正利用を避けるために、ホームの購入にあたっては夫婦それぞれに役割が与えられる。リズは不動産仲介プレイヤーのところへ赴いて、購入後の手続きの確認や離婚時によるホーム存続などの条件指定――これをリズがやらなければ最悪離婚後にホームを奪われる可能性がある――の取り決めを。

 夫役はNPCによるホーム設備や、家具の細かい利用方法の説明を受けていた。ちなみに説明を受け終えた後、コルを引き渡すことで取引が完了する手はずになっている。

 曰く、シーザーさんの野外設備の説明中に事件が起きた。

 購入予定のホーム外にいたほんの数分で100万コルの金袋、SAOの金貨1枚に対する最高額は1000コルなので、つまり1000枚の金貨が収納された袋1つが購入予定のホームから忽然(こつぜん)と消えた。事件発覚の瞬間にシーザーさんはリズに連絡。お互いにストレージを確認し合ったが、そのどこにも100万コルという大金を詰めた袋は見当たらなかった。

 

 《犯罪防止規定(アンチクリミナルコード)》によって保護されているはずの敷地内から、プレイヤーの所有物が消失した。

 これが事件の全貌であり、そしてつい前日に起こったことでもある。

 

「(ゲームだからこそ、単純なドロボウは成立しないわ。……いったいどうやって……)」

「そんなことがあったのか。……まあ、確かに……300万のホームで20パーなら相当な額だ。目もくらむだろうけど……でも、わりきれる額じゃねーよな」

「そう、だよね……だって僕らが高額な剣を買うのと……動機は全然変わらないし。むしろ納得が行くって言うか」

 

 男性陣が全面的に同情した。

 剣か、家かの違いでしかないのだから。それに目標を決めることによって、その人がどれほど生き生きと生活するのか、それはつい数十分前の自分達がよく実感している。

 あたしとて例外ではない。考えるほどリズが不憫(ふびん)でならない。

 しかし、今の彼女に必要なのは同情でも慰めでもない。それは問題の早急な解決方法であるはずだ。

 

「リズ……ベットさんだったっけ? アタシも自慢できるようなことしてこなかったけどさ……その悔しい気持ちは伝わるわ。どうにかできないかしらね……」

「ありがとう。あたしのことはリズでいいわ。気遣いは嬉しいんだけど……あたしのコレが、ただの駄々っ子だってのはちゃんとわかってるのよ。……ただ、ちょっと悔しくて……あまりにも悔しくて……少しでいいから相談できる人がいないかって……」

「じゃああたし達を頼って正解ね」

 

 あたしはまた泣き出しそうになったリズの言葉を遮り、あえて強く言い放った。

 

「ようはリンダースにあるプレイヤーホームを、誰よりも早く買って手に入れればいいわけでしょ?」

「でしょって……簡単に言うけどなヒスイ、誰が払うんだよ。言っとくけどウチのギルドじゃ財産はたいたってまかなえないぜ? それとも、その300万近く貯まってる奴を説得しに行くか? ま、今さら『買うのやめて』はないからな。競争するしかないぞ」

「いいえ、まだ手はあるわ。そもそもリズは競争相手より先んじて買う手だてがあったんだもの。なら、そこに戻ればいいのよ! つまり、あたし達が犯人を見つけて取っ捕まえればいい!」

「アタシさぁ……ヒスイならそれ絶対言うと思ったんだけど……」

 

 アリーシャが半ば呆れたようにげんなりと言う。ジェイドも似たり寄ったりな表情だった。

 しかし、この理屈が支離滅裂なのは百も承知である。誰より自分が理解している。けれど、あたしとてソロ時代、鍛冶屋のリズには何度も助けてもらった身だ。今できることを全力でして、今できる可能性を全部試したい。たったそれだけの話である。

 あたしは脳内でジェイドの反論を予測し、その受け答えを分岐ごとにシミュレートする。

 果たしてジェイドは意見が纏まりきる前に痛いところを突いてきた。

 

「事件を解決する……か、そりゃあいい。やれるもんならな。けど解決までのメドは? 段取りはともかく、それにかかる大まかな日数は?」

「それ、は……」

「ホラきた、何もかも不明だろう。じゃあ真っ先にすべきはホームの確保。やれることは1つ……システム上『借金の重ねがけ』ができないリズに代わって、俺らレジクレが《マネーレンダー》から借金をすればいい。無事ホームを手にいれた後は、リズもゆっくり貸した金を返してくれればいいし、犯人探しだって時間をかけていいことになる」

 

 口をへの字に曲げて言うこの態度からして、彼はまったく乗り気ではないのだろう。本当に人の生き死にが関わらないと本気にならない人である。

 と言う予想は、すぐに命中した。

 

「……けどなヒスイ、俺らは探偵じゃないんだ。時間だけロスして、もし逃げられた場合、俺はレジクレのリーダーとしてメンバーにどう責任をとったらいい? それがわからんワケじゃないだろ」

「それは……もちろん、考えてるわ。確証はない、わね……でも今までだって確証はなかった。シリカちゃんを助けたこともある。そうでしょう? いつだって知恵を絞って……ねえ、リスク回避ばっかりだと友達を助けることもできなくなる。それって息苦しくないかしら……?」

「キベンってやつだな。ヒスイがそんなんじゃダメだろ。今回の件はおとなしく……」

「あーそのっ、アタシも! ……さっきはあんなこと言ったけど、この人助けてあげたいわ。ジェイド、あのね……アタシも助けられたから。責任者の立場もあるんでしょうけど、やっぱりあんたの優しさとか。がむしゃらな人助けみたいなの見せてあげたいし」

 

 あたしに加勢するように割り込んだアリーシャは、それでも強い意思を秘めたように言いきった。

 

「忘れたのか……俺が必死になんのは、ピンポイントなの。クエストを失敗したならまた挑戦すればいい。金を失ったならまた貯めればいい。いつもそうだったろ? 小さいリスクの積み重ねが大事を生むんだってのに……」

「でもジェイド……やっぱりリズさんが可哀想だよ。僕らもヒスイさんやアリーシャさんに賛成する。これも何かの縁だしさ、助けてあげようよ?」

「…………」

 

 とうとうルガ君まで、彼にとって見ず知らずの少女であるリズに手を貸したいと言い始めた。これにはかのジェイドも困り顔になる。

 ジェイドの言っていることは立場上正しい。しかし彼とて良心や後ろめたさというものを持ち、そして感じているのだろう。その目にはありありと見て取れる迷いがあった。男が女性の涙に弱いのは、やはり古今東西どこも同じなのかもしれない。

 少しの逡巡(しゅんじゅん)を経て……、

 

「わぁーったよ。ったく、俺が悪者みたいな空気になってんじゃねぇか。リズ、まずは足りないコルの量を教えてくれ。利率の低い貸金屋に心当たりがある」

「利率の低い……?」

「ああ、長期間借りても利子をあまり要求してこないとこだよ。うちのギルドも今後の生活金とか考えると5万は残しておきたい。つまり借金なしで貸せるのは今んとこ45万。それを踏まえていくらいる?」

「えっと……盗られたのが100で45貸してくれるなら差し引き55よね。あたしも生活があるから20パーセントの割引があっても……足りないのは、ざっと40万ね」

「よんっ……わ、わかった。こっちで工面しておこう。じゃあルガ、俺とヒスイで金の確保に行っとくからその間にリズと《結婚》しとけよ」

『えぇぇええええええっ!?』

 

 見事なまでき綺麗なハモりを奏でる2人。

 特に予備知識なし、経験なし、しかも不意打ちに近かったルガ君は耳まで真っ赤になっている。やはりこの手の奥ゆかしさはゲーマーらしいと言える。

 

「ったりめぇだろ。気前よく助けたいって言ったんだ。ヒスイ達は女だからどのみち結婚できないし、それに『割引』してくれるっていう、その60万は引いておかないと現実的じゃない。……つーか、まんざらでもない顔してるし?」

「もーバカ! そんな顔してないからバカ!」

「バカって言われた回数そろそろカウントしようかな……」

 

 そんな冗談を言い合うジェイド達。ちなみにルガ君については、「式をあげるわけじゃない」、「数秒ですむから緊張しなくていい」などとリズから助言も受けていた。

 あたしはそれらを見る度に、そして穏やかな笑顔に包まれる度に、いい友人に出会えたと見えない誰かに感謝するのだった。

 

 

 

 あたしとジェイドは4人と別行動になって1層下、つまり56層主街区(ラミレンス)近辺にあるしがない農村《パニの村》を訪れていた。

 56層と言えば、《聖龍連合(DDA)》のギルド本部が設立されている層で有名になったエリアである。

 56層に印象に残る施設やクエストははないが、こうしてトップギルドの一角が本部を据えることでずいぶん評価は変動する。

 そしてDDAの本部が56層に建つことは、半ば予想されたことでもあった。

 例えば39層で初めて血盟騎士団(KoB)がギルドホームを構えた時、なんと40層にDDAがギルドホームを置くと言い出した過去がある。

 そして55層にはKoBのギルド本部が建っている。今回56層にDDAが本部を置くかもしれないと言うのはそういうことだ。

 結局のところ、それは攻略組全員のエゴなのだろう。全世界のリソースや圧倒的恩恵の独占ができると言うことは、ビギナー相手に優越感を抱けることと同義である。そしてそれを幼稚、矮小な感情と罵ることができないのもまた、攻略組の持つ言い訳しようのない性なのかもしれない。

 力の誇示を悪とするなら、我執(がしゅう)を振りかざさないと言うのなら、リソースと情報を平等に分配すればいい。下層にいる人達に、中層にいる人達に、そして準攻略組の人達に。

 しかしそれはできない。《攻略組》と呼ばれること自体、すでに快楽となりつつあるあたし達にとって、今さら善人面をする資格もないのである。

 あたしですら獲得した武器も、経験も、お金も、情報も、むやみに公開したくはない。『常に最強でありたい』というDDAの糾弾など、いったい誰ができるというのか。

 

「ついたぜヒスイ。……ヒスイ? どうしたよ怖い顔して」

「い、いえ……何でもないわ。ああ、ここが村の貸金屋ね? でも隠すつもりのような場所に建っている気がするんだけど」

「製作段階で穴場に設定したんだろうな。俺がここを見つけたのは単純に運が良かっただけだ。最近いろんなところ走り回って……ああいや、何でもない。……そうそう、ここのおっさんがまた無欲な奴でさ、貸してくれる額に上限はあるけど、期限超えてしばらく借りっぱでも文句は言われないんだ」

「『文句言われないんだ』って……借りたの?」

「……さ、さぁ〜て、んじゃさっさと済ませて早いとこホームを買っちゃいますかね〜」

 

 泳ぎ目で言葉を流すと、押し扉を開いてカランカラン、と吊るされていたいくつかの木筒が心地いい音色を響かせた。

 奥の書斎(しょさい)らしき仕事部屋を除けば、生活感のあふれるこじんまりとした建物で、外見のフォレストハウスっぷりを裏切らない自然素材のオンパレードだった。『あぃらっしゃい。ゆっくりしてきな』とだけ挨拶をしたことから、きっと白髪の老人の彼が店主のNPCなのだろう。

 しかし……、

 

「(あら……もう1人いる?)」

「おや、人が来るとは珍しい。ここも穴場なんですが」

 

 いくつかの小物を物色していた、藍色の髪の人物がこちらへ振り向いた。

 比べるまでもなく物腰や声が相当若い。弟子というにも発言内容に違和感があるので、察するに彼はNPCではないだろう。

 あたしとジェイドの会話が途切れたのも、こうして先客がいたことに若干驚いたからに他ならない。

 男性もコルを借りようとしていたのだろうか。見た目は勤勉で真面目そうな雰囲気ではあったが、彼もお金を借りざるを得ない状況になったのかもしれない。

 ――あたし達も人のこと言えないけど。

 

「こんにちは。驚きましたよ、あまり人は来ないはずっ……て、え……あなたはジェイドさん、ですよね……?」

「ん、まぁな。俺らどっかで会ったか?」

「いえ、その……そう! 《反射剣》のヒスイさんといるということは、かの有名な《レジスト・クレスト》のリーダーってことになるじゃないですか! 握手してもらってもいいですか!」

「ああ、そっち経由ね……」

 

 ジェイドは露骨に悲しそうな顔をしながら、差し出された右手に応えていた。個人的な知名度ではなく、高い『女性率』を誇るレジクレを元に素性が知られていることからショックを受けたのだろう。体験談として言わせてもらえば、有名になりすぎるのも考えものなのだが。

 それにしてもこの男、先ほどから少し妙だ。

 見た目や服装の話ではない。顔のパーツごとに見るとパッとしない感じはあるが、全体としては整っていて背も比較的高いし普通に格好いい。この優男が笑いかけるだけで鼓動が早まる女性も一定数いるだろう。一目見て表現するなら長身痩躯だと言える。

 と、それよりも。顔よりもだ。

 やたらとソワソワしていること男性は、思いもしないことを言い放った。

 

「あ、ぼくはシーザーっていいます。シーザー・オルダート。どうぞよろしく」

「シーザー、ってえぇええっ!?」

「うそ……」

 

 世の中狭いものである。

 こうしてあたし達は、事件の重要参考人と電撃的な早さで邂逅(かいこう)するのだった。

 


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