SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第73話 とんとん拍子

 西暦2024年3月7日、浮遊城第56層(最前線57層)。

 

 俺達は現在の最前線57層からわずか1層下にある56層の主街区(ラミレンス)に来ていた。

 なかでも《パニの村》とその貸金屋は、そこからフィールドを挟んだ南の外れにある。

 店内には初めましての人間が1人。名はシーザー・オルダート。兜はないが、和装の甲冑に合わせて草摺(くさずり)脛当(すねあて)をシリーズで統一している。おまけに、帯刀武器まで《カタナ》カテゴリときた。大河ドラマの若手男優然とした、パッと見るだけでもイケメンの優男だ。

 

「それ、コスプレ?」

 

 一応聞いてみる。

 

「いえ。日本刀が好きなんです。となれば、必然的に西洋甲冑は似合わなくて」

「あ〜なるほどな」

 

 さすがにこれには同意できる。が、刀を引っ提げて金のやり取りをするものだから、その勘定奉行っぷりには笑いが込み上げる。

 そんな彼は、一時的にリズと結婚し、物件を買い叩くことによって発生する『60万コル』という莫大な利益から経営を立てる、『委託結婚』を受け持つギルドのメンバーらしい。

 しかしその実態は、あっけないほどバックがおろそかだった。

 なんと、ギルドとは名ばかりで個人経営をしているも同然だったのだ。ギルド最低人数を満たすためのメンバーは文字通り数あわせ程度らしい。

 そうなると余計に怪しい。

 というわけで、シーザー本人とばったり会ってしまった俺は、とりあえず彼らの実績の少なさを念頭に置きつつ、今までの出来事を詳細に話した。

 

「……ってわけだ」

「なるほど。なし崩し的に、今はあなた達がリズベットさんの手助けをしていると。……これを言うとなんですが難儀な性格ですね。損をするタイプですよ」

 

 向き合って座るシーザーは、整った眉をハの字に寄せ怪訝(けげん)そうに言った。

 見た目から真面目な雰囲気が漂っているが、どうやら人は見かけによらないらしい。ただ話しているだけだというのに、その優しい物腰からまったく隙が(うかが)えなかったからだ。

 もちろん内心では納得もある。

 実力のほどは推測するしかないが、最前線の1歩手前にあたる56層のフィールドを横断して《パニの村》にいるのだ。剣の腕はともかく、少なくともレベルは攻略組水準に並んでいるはずである。

 ましてや金関連の話はおそらく彼の独壇場で、俺達を……というより、部外者を警戒するのも無理はない。

 第三者がこれを見たとしたら、きっとシーザーへの責任追求に見えるだろう。彼もリズの損失に今さらイチャモンをつけられたらたまったものではないはずだ。

 

「言うな、わかってる。でもほら、友達助けるのに理由を求め出すと、まるでその付き合いが利害関係になっちゃう〜、みたいな?」

「ジェイドさっきと言ってること違う」

「なっはは……だからまあ、せめてやれることをやってから文句の1つでもついてやろうってコトよ」

「ジェイドさんは……立派ですね。ぼくが疑われるのもわかります。……不甲斐ない話ですが、当時お金を預かっていたのはぼくですからね。仲介プレイヤーと話をつけたリズベットさんも事務的な処理はあったようですが、コルの引き渡しはぼくの仕事でした。それを……数分NPCから野外設備の説明を受けている間に、侵入したヤカラに気づきもしないなんて……」

 

 シーザーはようやく警戒を解いて沈痛な趣でそう言った。

 一時的でも、人の金を管理しなければいけなかった立場にあったのだ。それをみすみす100万もの大金を盗まれてしまった。そこに責任を感じ、リズに『失敗補償』として5万コルを手渡したのも納得がいく。

 しかし、まるで納得のできない事項がそこにはゴロゴロしていた。

 まずここがゲームの世界であるということだ。

 ごく普通に泥棒が押し入ってきて何事もなく金を盗んでいったような事態になっているが、一口に言ってもゲーム内でそれを実行するのは非常に難しい。

 なぜなら、《圏内》での強盗は本来『できないこと』として《アンチクリミナルコード》によってチェックされているからだ。

 誰にも悟られずシステム上不可能な盗みをする手段がある。この犯罪手段を暴かなければ、今後この手の被害が拡大する可能性もある。なので、イマイチ乗り気にはなれないとはいえ、やはり誰かが手を打つ必要がある。

 とそこで、ヒスイがマネーレンダーと話をつけて戻ってきた。

 

「ジェイド、コル受け取りの交渉は終わったわ。はいこれ40万」

「サンキュー。にしても金貨4袋分か……これ貯めるのだって、レジクレが5人で頑張っても1週間はかかるぞ。やっぱリズの金は取り戻してやりてぇな……あ、シーザーにちょいと聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「守秘義務に反しない範囲で、なんなりと」

 

 ヒスイからコルを受け取ってを振り向くと、実に涼しげに彼は言った。

 しかしその声色(こわいろ)から、どこか攻撃的な意識を向けられたような気がする。助力する、と言っておきながらも、やはり『答えられない範囲』があるのだろうか。

 俺が眉をひそめたのを感じ取ったのか、シーザーがめざとく口を開いた。

 

「いえ、気を悪くしたなら申し訳ない。ただぼくもビジネス(・・・・)を数多く手掛けてきましたからね。正直、リズベットさんがこの『金の貸し借り』作業を別の誰かにやらせていることが気にくわないのです」

「ほう、そりゃなんで?」

「鍛冶屋がレベルアップとの両立をすることが難しいことはぼくも理解しているつもりですが、本来これは自分でやるべきだ。ぼくはそれらを人任せにしないことを誇りに思っていますし、少なくとも過去にぼくが損害を出した時は、自分の足で各所を走り回りましたよ」

「リズにはまだ56層フィールドは早い。力が足りなくて《パニの村》まで来れないんじゃ仕方ないさ。それに、『借金の重ねがけ』はできないからな」

「解決策は前線以外にもありますよ」

「まぁな……って、あいつのことはいいんだよ。それより結婚している状態でホームを買う手順とか、システムの穴を突けるような手段に心当たりがないかとか、そこを聞きたい」

「ぼくも判明し次第犯人を捉えるつもりでした。なにせ出るはずの利益がでなかったので。……しかし、残念ながら犯行のギミックを明かすような手がかりはありません。そもそも犯人はどうやってぼくらのホームに入ったのでしょうか」

「それなんだけどちょっといいかしら?」

 

 ここでヒスイが発言。俺とシーザーの会話に割って入る。

 

「ホーム……っていうか、売られてる物件って例外なく『訪問・観賞権』があるじゃない? ほら、あたしやジェイドもどこをギルドホームにするかよく検証し合ったでしょ? 厳密には、お金をNPCに渡す前だった48層主街区(リンダース)のホームって、その権利が全プレイヤーに生きてたんじゃないかしら?」

「なるほど、目からウロコだ。おっしゃる通り『いつどの段階で誰の所有物になるか』という点は未検証な部分も……手がかりが掴めるかもしれませんね」

 

 どこか希望を掴んだような声色でシーザーがメインメニュー・ウィンドウを開くと、なんの迷いもなく分厚い書籍をオブジェクタイズした。どうやらホーム購入時の細かい手順が記載された手引書のようで、彼はまたスラスラとページをめくっていく。

 

「生意気カモですが、これでもプロ意識はあるんで、結構読み込んだつもりだったんですけどね。なかなか全部は覚えきれなくて……あ、ありましたよ。購入決定から実際にコルが取引相手に渡るまでの詳細です。え~と、こうありますね、『原則として購入決定の意を示すことでNPCのカーソルにはイベントフラグが立つ。フラグが消えないうちは主街区から出られず、購入予定の物件も仮所有物として扱われ、その人物にいっさいの訪問、閲覧、家具の試用権限が一時的に譲渡される』……だそうです」

「なるほど意味ワカラン。つまり……?」

「つまり、ハズレみたいですね。……購入手続きのフラグは間違いなく立っていたはずです。説明欄にある『仮所有物』という状態ですが、これも間違いないでしょう。ホームの開錠が可能だったプレイヤーは、《夫婦割引》が適用されたぼくとリズベットさんしかいなかった。……ということは、《カーディナル》とやらの胡散臭いシステムが正しく作動している限り、どんなプレイヤーもあの敷地に侵入できないはず、ということです。もちろんぼくは野外設備の説明をされている最中だったので、室内からドアを開けてはいませんし」

「うわ、細かいな~……けどこれもダメだったか」

 

 また1つ、有力な情報と手がかりが霧散していく。まるで雲を掴むような議論である。

 ここからは時間をかけて実験するしかない。『言うは(やす)し、行うは(かた)し』というやつだ。

 正攻法でいくならアイテムかスキルだろう。しかし、前者の場合は(たち)が悪い。それほど危険でレアなアイテムであるのなら、犯人はわざわざ公開しないはずだからだ。公開されていないアイテムの性能を知る由はない。

 厄介な線は置いておいて後者、つまりスキルはどうだろうか。

 そこまで私考した時点でヒスイがまたしても口を開く。そしてその疑問は俺が抱いたものと寸分違わず同じものだった。

 

「未知のスキル、って可能性はないかしら。と言うよりそうであってほしいわね。さすがに全アイテムを把握しきることなんて不可能だし、スキルなら知り合いの知り合いぐらい辿れば全部聞き出せると思うわ」

「それは俺も思ったんだけどさ、ネックなのはステバレを強制するところだよな。誰だって秘密にしたいだろうし……ここでも金積む?」

「う~ん……あ、待って! そうよ《鍵開け(ピッキング)》スキルはどうっ? 確かルガ君が持ってたよね! まだ熟練度がギリギリ最大値に到達していないけど、もし完全習得(コンプリート)しているプレイヤーがいたらどうかしら? 派生機能(モディファイ)にホームの解錠とかあれば……」

「その可能性もなくはないですね。ぼくの知り合いに《ピッキング》を持っている方はいませんが、その程度のことなら調べるのにも時間はかからないでしょう。きっと誰かがすでに疑問に思ったことでしょうから」

「んじゃあ俺とヒスイは帰ってルガに聞くか。情報サンキューな、シーザー。またどっかであったらメシでも食いに行こうぜ」

「喜んで。ただぼくとしては、今度はビジネスのお話を期待しますが」

「ハハッ、職業病じゃねーのソレ」

 

 それだけ言って俺達とシーザーは別れた。

 事件解決へ大きく1歩踏み出したのは事実だ。あまり時間をかけてのんびりと探偵ごっこする気はないので、できればこれが正解であってくれと願うばかりである。

 と、店を出たところでモンスターの気配を感じた。

 整備されていない歩道を踏みしめながら振り向くと、件の《貸金屋》の屋根上に黒い翼の生えたドラゴンが佇んでいた。全長は1メートル半で羽の幅は約2メートル。短い尻尾と首回りの逆立った刺々しい鱗が特徴のダークグレーのモンスター。

 見覚えがある。空を飛ぶモンスターが多い30層フィールドでは頻繁に見かける飛行タイプのMoBだ。特定のテリトリーを持たないことも知識にはあるが、まさか圏内にも入ってくるとは。ちなみに倒した際にドロップする肉は焼いて食べるとそれなりに旨い。

 

「ここ村の中だってのに……って、ああそうか。パニの村は《圏外村》だから普通に入れるか。つか、あのモンスターが徘徊型ってことは知ってるけど、よもやこんなとこにも来るとはな」

「30層クラスのモンスターが56層にいることの方が不思議よ。よくある、レベルを底上げして再登場させたクチかな? ……あ、そう言えばここの村ってアスナが、NPCを囮にして徘徊型の強力なフィールドボスを安全に倒そうとしてたわよね。『NPCが囮の役割を果たせる』と判断したのも、モンスターが村に侵入できることが実証されてたからだし」

「あ~、そういやそうだったっけ」

 

 俺も言われて思い出す。

 『フィールドボスを圏内におびき寄せて、回復ポーション補給しながら倒そうぜ大作戦』。

 実際はこんなふざけた作戦名ではなかったが、それ自体はアスナが立案し、ひと悶着あった末にご破算となった戦法である。

 その原因は意外なことにキリトにある。

 普段目立ちたがらないあの黒装束が、この時に限って「NPCを殺してしまうような作戦には乗れない」などと反論したのだ。

 ことあるごとに視線を集める2人だったが、意見の食い違いはデュエルで決めよう、という流れになり、アスナを打ち負かしたキリトの意見が反映された。結果的にボスは倒せたものの、おかげで苦戦したことを今でも覚えている。

 

「(ああ……だから決闘は大っ嫌いなんだよなァ)」

 

 レベル制で成り立つソードアートにおいて、固定アバターはない。それゆえ、残念ながら決闘することに公平性はない。

 あるのは高いレベルを確保したレア武器の所有者が、自分の意見を強引に押し通す手段的な意味合いだけ。

 当時、正しい主張はアスナの方だった。NPCは実際に生きているわけではない。例えあれら(・・・)が100体消滅しようと、プレイヤーの生存率がたった1パーセントしか上がらない作戦だろうと、やはりそれを尊重すべきだったはずだ。

 幸い戦死者は出なかったが、結果オーライでは済まされないだろう。もしそのせいでプレイヤーが欠けていたら、あの男はどう責任を取るつもりだったのか。

 目の前で人が死ぬ現象を目撃しすぎたせいで、俺は深い傷跡を負っている。それは今に至ってなお治ることはない。

 キリトもその傷を持っているはずだ。自覚がないにせよ、彼もそう遠くない未来で苦悶するだろう。時にはプレイヤーとNPCを『区別』せざるを得ないのだと。今後もこの意見を通そうとするなら、『ひと悶着』では済まされない対立があるのだと。

 

「あー思い出したら腹立ってきた」

「そう言わないの。誰が正しいかなんてわからないものよ……って言うか、あのダスクワイバーン動かないね。あたし達には気づいてるはずだけど攻撃の意思はないのかな?」

「いや、よく見ろヒスイ。アイコンが緑だろ? ありゃ非攻撃型(ノンアクティブ)だ。今ならエサやれば飼い慣らし(テイミング)できるかもな。試してみるか?」

「あたしじゃあんな大きなドラゴン飼えないわよ。エサ代もかかるし熟練度を上げる時間もないし。そもそも、ダスクワイバーンの好きなエサ知ってるの?」

「モチ知らん」

 

 滅多に見ない現象に少々の足止めをくらってから、俺達は迫り来るモンスターを速攻で蹴散らしながら主街区へ到着して《転移門》を使った。自慢ではないが、俺達の連係プレーは以前からは想像できないほど完成されている。

 ほぼ最前線だというのに、これほど快調にフィールドを駆け抜ける2人組がいるだろうか。いるかもしれないが俺は見ていない。

 ――これも愛の成せる業か。

 などと脳内で惚気をだしていると、なんと《転移門》にて最前線層まで移動したところで、有効範囲外へ出てすぐのところに《竜使い》と名高いビーストテイマー、ツインテールのシリカを発見した。

 せわしなくキョロキョロとしているが誰かをお探しだろうか。

 

「あれっ、シリカちゃんじゃない! どうしたの、こんなところで!」

「あ! ヒスイお姉さん!」

 

 見知らぬ土地で不安だったのか、彼女もこちらに気付くと満面の笑みを浮かべてヒスイに抱き着いていた。その近くには当然、彼女の使い魔である《フェザーリドラ》のピナが滞空している。

 これは意外な人物が登場したものだ。大人なので澄ました顔作りつつ、俺は半ば以上驚きしながらシリカに話しかけた。

 

「よおシリカ、おひさ。でもここは最前線の街だぜ? どうしてこんなとこに?」

「えっと、今日パーティを組もうって誘ってくれた人達が急な用事で一緒に行けなくなっちゃって……それで、午前中はずっとヒマだったんです。なのでもしかしたら前線(ここ)に来ればヒスイお姉さんに会えるかもしれないと思って……」

「えーそれスゴいうれしい! じゃあ何かお話しする?」

「はい! 攻略組の人の話なんてそう聞けないですし!」

「え、俺は? ねぇ俺は……?」

「そうねぇ、何から話そうかしら」

 

 すげなく無視されてしまった。相も変わらずSAO在住の女性は俺に手厳しいらしい。

 と思った矢先、シリカがくるりと反転して悪さをする小悪魔のような顔をして口を開いた。

 

「えへへ、ウソですよジェイドさん。ジェイドさんにも会いたかったです」

 

 なんて言ってきた。

 直視して言われると恥ずかしいものがある。しかし俺には恥ずかしさより嬉しさが押し寄せ、そしてその複雑な心境が暴走した状態で表に現れてしまった。

 

「くぅ〜っ、俺をからかうたァいい度胸だ! コウカイするがいい!」

「えっ、わひゃ! あはははははっ」

 

 俺は逃げようとするシリカを圧倒的ステータス差で無力化し、ホールドしてから脇へのくすぐり攻撃を実行した。

 効き目は抜群で、3D界ならではのイタズラ――セクハラともいう――行為にシリカは涙を浮かべながら悶絶していた。少女特有のぷにぷにの肌も指に吸い付いて気持ちいい。

 

「ちょ、やめぇえっやめてくださいってばぁ」

「フハハハさあ苦しめシリガブごァぁああああッ!?」

 

 だが油断した直後、飛来物が俺の顎に直撃した。《庇護コード》による紫色のライトエフェクトが発生する中、ノックバックを相殺しきれないほどの速度と、固く握られた拳のような何かに裏拳的な何かをくらって俺はブッ飛んだ。

 まるでギャグマンガのように、2メートルほど顔面で地面をこすり上げる。

 俺は四つん這いで(うめ)きながら我が最愛の人物の方へ向いた。

 

「て、手加減してもいいぞヒスイ……」

「ねえ、冗談もその辺にしないと……2度と……剣を握れない体にするよ……」

「(こぇええええ、でもグーパンする前に忠告してほしかったぁああ……)……了解です」

 

 俺は真顔でそう答えた。

 助けを請うシリカを背中に隠すヒスイが、俺には鬼人か何かに見えた。

 そうして微笑ましい恐妻家庭っぷりを見せつけ、さらにヒスイからお慈悲をいただいてからは、俺達はシリカと近況を交換し合うことにした。

 ちょうど《テイミング》スキルの話をしていたところだったので自然にその話を混ぜつつ、シリカのマスコットとしての地位がさらに堅いものになりつつあることも判明する。

 言い方は悪いが、半分調子に乗り出していたシリカも、あの事件以来仲間への発言には気を付けているらしい。

 いずれにせよ、彼女もまた1歩健全な方の大人の階段を上ったというわけだ。

 

「そうなんですか、ギルドホームを……やっぱりたくさんお金がいるんですね。ホームを購入したらあたしにも見せてくれませんか?」

「うっ……ま、まぁもうちょい先の話になるけどな。それでよければ……」

「やったぁ。楽しみにしていますね!」

 

 弾んだ会話から余計なことを口走ったもので、今ではシリカの人を疑おうとしない目が憎い。彼女のそばでピナも嬉しそうにキュルキュルと鳴いていたが、この空飛ぶトカゲもどきに言語力はあるのだろうか。

 そこで俺はふと引っかかった。

 ヒスイの言う使い魔の飼い方ではないが、普段のシリカはピナをどういう風に育てているのだろうか。今のところ衛生面を理由に使い魔が飲食店に入れなかったことはないが、食事はともかく入浴時、就寝時なども行動を共にしているのだろうか。

 俺がそれを実際に聞いてみると……、

 

「はい、大体一緒にいますよ。水属性の攻撃をするからかはわかりませんが、ピナは水浴びも大好きで……ああでも、あたしのスキル熟練度だとピナを遠くに1人で行かせることはできないんです。前に上層の人が出版した『使い魔の上手な飼い方』という本を読んだんですけど、ヒスイお姉さんが使い魔を持つというのであれば貸しましょうか?」

「い、いえいいのよあたしのことは。今は現実的じゃないし、どうせ飼うならダスクワイバーンより可愛い子がいいし……」

「じゃテイミングしやすくて可愛い子をあたしが調べておきます!」

「いやシリカちゃん、それテイマー仲間が増えるの嬉しいだけでしょ!」

 

 女性陣2人による微笑ましいコントを永遠に見ていたい気分だったが、俺は頃合いを見て話をたたむことにした。

 ただし、わずかに湧いた疑問だけは晴らしておきたい。

 

「なーシリカ、今の熟練度じゃピナを遠くに……ってのも無理なんだっけ?」

「遠くというのがどこまでかにもよりますけど……でも、敵との距離が10メートルぐらいなら攻撃してくれますよ。おかげで《索敵》スキルの代わりになってくれています」

「へぇスゲーじゃん。じゃあ熟練度をコンプすると、もっと何でもできるのかな? アイテム拾ってくれたりとか」

「えぇっと……さすがにそれは1つ1つ試していくしかありませんね。少なくともコンプリートした人は結構フクザツな操作ができるみたいです。……あ、『使い魔の上手な飼い方』にも書いてあったと思います。貸しましょうか?」

「マジか。んじゃどっかで読もうかな」

「ジェイド、そんなにペットが欲しかったなんて……」

「ちげーよ。ちょ、なに『不良の意外な一面を目撃!』みたいな顔してんだよっ!」

 

 そんなこんなで誤解を解きつつ、俺達はようやく目的地に到着した。

 リズ達とも無事合流できたところで、56層でシーザーと会ったこと、またそこで話したことを伝えようとするも、その前に我がギルドメンバー達が見慣れない客に釘付けになってしまった。

 ビーストテイマーは最前線では絶滅危惧種だ。滅多にお目にかかれるものではない。そのうえ使い魔を使役するシリカは、見た目のほどは小学生レベルの女の子である。自然とテンションが上がってしまうのも無理はなかった。

 アリーシャとカズとジェミルがシリカの元へ駆け寄っては口々に称賛を飛ばす。

 

「なにこの子超可愛いー! ってかちっちゃーい!」

「ホントだね~。僕も初めて見たよこんな子は」

「珍しいよねぇ。今日はなんだか幸先のいい1日になりそうだよぉ」

「えへへぇ……それほどでも……」

『ペットがね!』

「あたしのことじゃないんですかっ!」

 

 ――楽しんで……いるのだろう。

 この3人ってこんなに面白い奴らだったっけ、などと思いながらも俺はその光景を見るのがどこか楽しかった。

 しばらくして落ち着いた7人と1匹は改めて集合して、まずは適当な喫茶店に入った。そのままコーヒーの1つもメニューにない摩訶不思議な店の中で、俺を中心に今までの経緯を伝える作業に入る。

 途中いくつか頷きや相づちを貰いながらも、やはり感じるのは手応えのなさだ。どの連中の顔からも確信に満ちたトリックのネタ披露をできるようなものはない。皆が皆、リズが巻き込まれた犯罪の決定的な手口が掴めないでいたのだ。

 特に謎だらけなのは、仮にもプレイヤーホームとして契約が成立する直前だった施設へ難なく侵入された事実だった。

 

「なるほど、そこまではわかったんだね。けどジェイド……水を指すようで言いにくいんだけど、つい最近僕の《ピッキング》スキルの熟練度はコンプリートしてたんだよ」

「えっ、コンプしてたの!? だったら話は早い。これなら情報を買いに行く手間は省けたな!」

「うん、それはいいんだけど……コンプリートしようが《ピッキング》スキルにそんな機能はないんだよ。他人のホームには手が出せないんだ」

「あっ……そう、なのか。……ま、そうだわな……」

 

 またしても徒労に終わった無力感が襲う。

 話を聞くと、カズが《ピッキング》スキルをコンプリートしたのはつい先日のことらしい。

 報告しなかったことについては特に責めるつもりはない。元より好きなタイミングで教えてくれればそれでよかったのだ。だが今となっては、《ピッキング》スキルがトリック解明の鍵にならなかったことが悔しい。

 

「ってことはまた白紙だねぇ。《超能力》スキルとかないものかなぁ……いっそのことお金の方からホームを飛び出したんじゃないかって考えちゃうよねぇ」

「そう言うなジェミル。ホーキしたくなる気持ちもわかるけど……」

 

 再びどよよ~ん、とする一同。

 シリカの「お金の話は難しいです」的な無垢な顔だけが今は(いや)しか。

 しかしアイデアが詰まって沈黙が降りかかった瞬間、今度は店の入り口からガタンッ、と大きな音が聞こえてきた。

 ついでに再会を喜ぶ声も。

 声の主はなんと、つい2時間ほど前に会ったばかりのシーザー・オルダートその人だった。しかも音質が明るい。明らかに朗報を持ってきた声だ。

 一瞬で思考が加速する。シーザーがここに来たということは事件関連だろうし、期待も高まる。

 

「こんなところに……ハァ……いましたか。いや~……ハァ……探しましたよ」

「よ、シーザーじゃねぇか。あーほら、こいつがさっき言ってた奴だ。……それにしても、こんなに早く一緒にメシが食えるとはな。まあここはメシ屋じゃねーけど」

 

 息が荒いが、俺の後を追えたということは、《索敵》の派生機能(モディファイ)にある《追跡》でも使ったのだろう。 

 

「どうも、はじめましての方ははじめまして。シーザー・オルダートです。リズベットさんとホームを買おうと……って、ここは聞いていますか。先ほどジェイドさん達とその事について情報交換もしましたが……」

 

 そうして続けられた言葉に、全員が度肝を抜かれることになった。

 

「ついさっき1通のメッセージが届いたんです。《インスタント・メッセージ》でした。差出人のネームはぼくの記憶にありません。内容は……まずは謝罪から入っています。ですが本題はそこではなく……ぼくらから奪い取った100万コルを、その……至急お返ししたいというものでして……」

『えぇええええっ!?』

 

 一同が信じられないといった声をあげる。

 この事件……なんだかあっさり片付いてしまいそうであった。

 

 

 

 


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