SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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リコレクションロード3 脇役根性

 西暦2024年3月7日、浮遊城第57層。

 

 「ルガトリオ君」と。可愛らしい声で呼ばれてから、ルガトリオは現実に意識を戻した。話しかけられるまで呆けていたことにすら気づかなかったあたり、大きな動揺が見て取れる。

 

「えあ……はいっ?」

「えっと……プロポーズメッセージは届いてるわよね? それに了承ボタンを押してくれれば、すぐに《結婚》状態になると思うんだけど」

「あ、はい。すすすぐにやります……えっと、これで……いいんでしょうか……」

「うん、これでよし。あ~そんなに固まらなくてもスキルやステータスを覗いたりなんてしないわよ。アイテムを盗むのも論外だし」

 

 リズベットは念を押した。しかしルガトリオが固まっている理由は別にあり、むしろスキルやステータスが覗かれるという、基本的な危機感すら眼中になかった。

 もっとも、リスクが怖くて人助けなんてできない。「結婚しておけ」というジェイドの命令は、それが合理的であるがゆえだ。しかし、これが高校生にとってどれほど未知の体験であるかは、わざわざ特筆するまでもない。いささか結婚動機にロマンチックさが欠けるが、そんな些事(さじ)より事実だけが問題だった。

 

「え……えぇええっと……そして……僕らはなにをすればいいんでしょう……?」

「声が裏返ってるよ。……そうだねぇ、でもヒスイ達が帰ってくるまではここで待機じゃない? 《夫婦割引》が適用されると言っても、ホームは高額だから。お金借りないとどうしようもないし」

「あ、あぁあ……そ、そうですね……」

 

 ピンクの髪の毛に、ウェイトレスような姿。勝気な性格。それらは決してルガトリオの好みではなかった。しかし今だけ限定で妻になっているため、緊張するなは無理な話。

 それにしても、リズベットはリラックスしている。この程度のことはなんともないのだろうか。だとしたら、いくら無神経なルガトリオでもかなりショックを受ける。

 しかし……、

 

「(……いや、そうじゃないのか……)」

 

 ふと思い直す。彼女にとって自分のプレイヤーホームを買うということは、きっとふざけられない重みがあるのだ。

 ネーム欄を見るに、その付近にギルドアイコンが浮かんでいない。と言うことは、彼女は事実上ソロプレイヤーである。

 まだ殺伐とした情勢。1人で戦い抜くというのは、口で言うほど簡単ではない。最初期のジェイドやヒスイ、そして今なおソロプレイヤーを貫くキリトなどには、その支えとなるドス黒いまでの執念があった。独りであることを通そうとする、常人からは理解され難い支柱が。

 ジェイドの場合は、それこそルガトリオの存在だ。あの日の1層で、すべてが始まった瞬間から見捨てた。そして自分だけが助かるために、他のなにを投げ打っても良かったのだろう。だから心の清算をするために、ルガトリオ達のことを命懸けで救った。

 ヒスイも現実世界の人絡みだと聞く。

 詳しくは本人が伏せているので聞かされていないが、ジェイドの誘いに乗ったということは、彼女にもようやく変化が訪れた証拠なのだろう。

 キリトについては、どうも昔のギルドメンバーを全員失ったことが原因と聞く。わざわざミドルゾーンのギルドにレベルを偽って入ったうえに……いや、それゆえに。前線の人間しか知り得ない情報、危険な《アラートトラップ》の情報を共有しなかった。

 クリスマスの夜、彼がなぜ《蘇生アイテム》にあれほど執着を見せていたのか。それを、今では哀れみと共に納得するしかない。

 

「(それなら、この女性(ひと)にはなにがあるんだろう……?)」

 

 家族関連だろうか。それとも友人か、恋人か。

 いずれにせよ、その悲しみの深さと途方もない孤独感は、幸運にも1層で縮こまっていた時、ロムライルから「仲間に入らないか」と誘われたルガトリオにとっては到底推し量れるものではない。

 彼女の心の支え、その第1歩として欲するものを手に入れようと必死になることはいいことだ。

 と、そこで……、

 

「あ、これアシュレイさんがデザインしてる特注のキーホルダーよね? うわ、すっごい……キレイだけど、高かったんじゃない?」

 

 ルガトリオの悩みなどつゆ知らず、アリーシャが目を輝かせながらリズベットに話しかけていた。

 内心ヒヤヒヤする。かつての《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の幹部として、『アリーシャ』の名前が有志新聞に大きく載ったことがあるからだ。

 リズベットが彼女の名前を聞いた瞬間、その目に嫌悪にも似た鋭い感情が滲んだことをルガトリオは見逃さなかった。あれから4ヶ月という期間が過ぎたが、やはりまだ人々の記憶から消えるには短い。

 しかし、それでもリズベットはアリーシャと普通に話している。彼女の苦節に対して親身に語りかけたことで、わずかな警戒心を解いたのかもしれない。

 

「こういうのってどうしても値は張るものよ。けどあたし、このウェイトレス姿が板についちゃってるのよね~。あんまり装飾品をいじる必要がないの。1個あればそれでいいって感じ。店番する時はいつも同じ格好だし」

「なるほど~」

 

 どうやら女性陣で本格的にガールズトークを始めてしまったようだ。お題はネックレスや指輪などの装飾品。だが残念なことに、ルガトリオやジェミルはその弾み続ける話についていけない。

 先ほどデザインした人物を言い当てていたが、意匠だけで作成者を当てるのはもはやエスパーだ。もし自分が知りたければ、《鑑定(ジャッジ)》スキル保持者にコルを払って教えてもらうしかない。

 この手の会話に交ざれないから、いつまでも彼女がいないのだろうか。

 なんて己の思考に若干焦りを感じつつ、彼女達をしばらく見守るのだった。

 

 

 

 ジェイドの一行を待つこと数十分。雑談をするにも話題がなくなりそうになった絶妙なタイミングで、ジェイドとヒスイが57層主街区(マーテン)へと帰還を果たした。

 彼らの表情を見るに、どうやら成果はあったようだ。

 と、それよりも目を引くものがあった。人物がいた、といった方が正しいだろうか。明らかに《攻略組》ではないビーストテイマーが、小さな青色の子竜を引き連れて歩いているのだ。

 ただでさえ希少価値の高い女性で、しかもその少女は驚くほど小柄である。ルガトリオにとってはSAOに来て初めて割合の逆転した男女比である。

 

「(ジェイドはいったいどこで女性をはべらせてくるのかな……)」

 

 なんて冗談はさておき、少女の顔に見覚えがない。しかしどうやら、ジェイド達と今日が初対面ではなく、すでに面識があったようだ。

 

「え……えっと、シリカです。よろしくお願いします」

 

 ルガトリオ達に会うなり、彼女はそう名乗った。やはり前線では耳にしない名前。ジェイド達はいつ知り合ったのだろうか。

 ともかく、一通り自己紹介をし合ったルガトリオら一向は、あいさつ代わりとして少々言葉の掛け合い――いじりとも言う――をしてから喫茶店に入ることにした。

 カラン、カラン、と鈴を鳴らしながら7人ものプレイヤーが店のドアをくぐる。

 個性豊かな面子である。愛くるしいビーストテイマーのシリカに、ピンク髪ウェイトレスの鍛冶屋リズベット、さらに漆黒の装備を着るヒスイに、金髪で混血のようなスタイルのアリーシャ。ジェミルが飛び道具の達人で、ジェイドは《暗黒剣》の使い手である。ルガトリオが1番影の薄い存在だ。

 ここに自分の存在価値はあるのだろうか。自分である必要はあるのか。他の誰かでも成立するような……、

 

「んで《鍵開け(ピッキング)》スキルに注目したわけだ。施錠に関しちゃあ、ここまでうってつけのスキルもないだろうしな。ルガ……なにか思い当たることはないか? なければ熟練度をコンプリートするまで待つけど」

「えっ? 《ピッキング》スキル……?」

 

 リズベットからお金を奪い取った犯人が誰なのか、その議論をしている最中に話が振られた。ルガトリオは集中していなかったが、手口の話をしていたとすぐにわかった。

 

「そそ。ルガしか持ってないからな。いやぁ、持つべきは仲間だぜ。そうじゃなきゃ、またぞろネズミペイントのカネ亡者にコルを取られてただろうし」

「あ、うん……僕がいたから、か……」

 

 何気ない言葉がこれほど嬉しいとは思わなかった。

 タイミング的に響いたのだろう。どこか嬉しくなりながらも、しかし残念な知らせをしなければならない。

 秘密裏に《ピッキング》スキルを完全習得(コンプリート)していたこと。そして、スキルでは他人のホームへ侵入することはできないと。

 プレイヤーが正式な手続きを経て購入したホームはもちろんのこと、購入直前、つまり《仮所有物》であるホームも例外ではなかった。そもそも理論的、常識的に考えて《ピッキング》スキルで人の家に入れるゲームデザインにはしないだろう。ルガトリオの性格上、大それたことはできないが、誰かしら悪事を企むプレイヤーが紛れただけでその街は犯罪の温床となる。

 ルガトリオは正直に話した。それは存在価値を自ら捨てているようで、とても気が進むものではなかった。

 しかし、ここで以外な角度から救済措置が入る。

 

「こんなところに……ハァ……いましたか。いや~……ハァ……探しましたよ」

 

 突然店内へ乱入してきた藍色のキレイな髪をした男性プレイヤーは、ルガトリオ達のテーブル近くまで寄るなりそんなことを言った。

 腰に下げる日本刀がやたらと似合う男性だったが、見たところ面識はない人物である。

 けれど、挨拶をしたジェイドは彼を『シーザー』と呼んだ。

 と言うことは、リズベットさんがホーム購入の際に夫婦割引を試みた婚約相手のことだ。

 対抗意識があったわけではないが、ルガトリオは値踏みするように彼を見た。そして劣等感に苛まれることになる。相手の整った顔、物腰だけでも余裕のある気品を感じたからだ。

 と、そんな折りに彼は衝撃的なことを打ち明けた。

 

「1通のメッセージが届いたんです。《インスタント・メッセージ》でした。差出人のネームはぼくの記憶にありません。内容は……まずは謝罪から入っています。ですが本題はそこではなく……ぼくらから奪い取った100万コルを、その……至急お返ししたいというものでして……」

『えぇええええっ!?』

 

 全員が若干困惑ぎみに声を張り上げる。その声に驚いて反応した別のテーブルの2人組はNPCではないのだろう。

 それより、犯人がメッセージを送ってきたことに驚いていた。これだけ周到に下準備しておいて、今さら自ら謝りに来るとは信じ難い。

 そこへヒスイが代表して口を開いた。

 

「開口一番アレだけど……それ、本当に犯人からのメッセージですか?」

「ええ、おそらく。ぼくも疑いましたが、本人でなければ知り得ない情報もあります。なのでこれは自首……なんでしょうね。……とにかく読みます。『新婚夫婦から多額のコルを盗みとったことを、まずは謝罪します。私の名前はボルドと申します。許されないことと知りながら、私は素性不明の男にそそのかされ、悪事に手を染めました。軽率な行動を深く反省しております。《空き巣狙い》をしてから、私も色々調べました。すると、あなた方は離婚していると聞きました。初めて自分のしたことの重大さに気づいたんです。見て見ぬふりはもうできません。つきましては、手元にある100万コルをお返ししたい。本日の16時、40層主街区の外れにある《トシフック村》へ来てください。《圏外村》ですが、プレイヤーの所有物を奪うことで犯罪者となった私は、47層主街区(リンダース)を1歩出た瞬間、オレンジカーソルとなってしまったのです。目印として村の最北端にある《傾斜の時計塔》の真下にいます』……ああこれ、40層の観光スポットにあるやつですね」

「なっが! まだ続くん!? 寝そうなんだけど」

「ちょっとジェイドは黙ってて!」

「……あい……」

 

 ヒスイが不良をなだめると、シーザーはクスリと笑ってから再び手紙に目を落とした。

 

「続けます。……『そして本日、運良くシーザー・オルダートさんが56層の《圏外村》にいると聞きました。この《インスタント・メッセージ》を送る決意をした理由です。最後のチャンスだと思ったからです。幸い、《転移結晶(テレポート・クリスタル)》は最低限確保してあります。これが届いているかを私は確認できませんが、40層にて待ち続けます。取ったお金には手をつけていません。それでは』……以上です」

「思ったよりいい人っぽくてよかった。……っていうのはフラグかな」

「それに越したことはないけど、やっぱ疑ってなんぼだろうな。人の金盗むクズぐらいには思っとこう。まあどっちにしても、確かめるなら40層に向かうしかないか……」

 

 ルガトリオの発言にジェイドが同意する。

 無論、全員が警戒しているだろう。トラブルやアクシデントを前提に考えることは、攻略組なら誰でも日常的にしていることだ。相手の人間性で変わる習慣ではない。

 ここでシーザーが可視化してくれた文面を改めて閲覧し、いくつか疑問点を出しあった。

 

「《傾斜の時計塔》かぁ、懐かしいなぁ。あと、手紙の人は離婚した理由を勘違いしてるねぇ。そこまでは知らなかったのかなぁ」

「たぶんね。『夫婦割引』なんてドマイナーだし、あたしもこんな方法でコルを浮かそうなんて……シーザーさんに提案されるまで、考えもしなかったから……」

「それもそうよね~。っていうか、アタシには《空き巣狙い》の方法を教えたっていうこの素性不明の男の方が気になる」

「でも危ない橋を渡れとかそういう話じゃなくて安心したわ。ボルドさんも、きっと魔が差したのよ。返してくれるなら信じましょう? よく言うじゃない、信じないで後悔するより信じて後悔しろって。ジェイドもそう思うでしょ?」

「ん〜、いやまったく。知らん奴は信じない」

「ひど!」

「まあでも、動かんことには始まらないか。んじゃあ代表で誰か様子見てきて、カネ確保したら俺にメッセージな。《パニの村》で借りた40万はムダ足ってことになりそうだけど、文句を言ってもしょうがない……」

 

 ジェイドがテキパキと指示を出す。今の彼の判断に対し、メンバーが文句を言うことは少なくなった。それだけ、ギルドマスターとして成長してきた証だろう。

 そこへシーザーさんが意見を述べた。

 

「ぼくも同行させてください。不手際を誰かに尻拭いさせるのは性に合わないので。なんであればぼく1人でも行ってきますが」

「じゃ、頼んだ」

「ハイ、では……って、ホントにぼく1人で!?」

「アッハハハ、冗談だって。うちのギルドも依頼を受けてんだ。ここまで来て丸投げはねェわな。じゃあシーザーにはルガと……そうだな、ヒスイが付いていってやれ」

 

 ほんの少しだけ考えてからジェイドはルガトリオとヒスイを指名した。

 もちろん、これは予想の範囲内だ。彼らはリスクを承知でリズベットを助けたいと言い放った。一連の事件の解決となる節目に、張本人が不在というのは道理にそぐわないだろう。

 同じことを思ったのか、シーザーと40層の圏外村である《トシフック村》に行くことに対して、ヒスイも特に難色を示すことはしなかった。

 

「できればリズも連れてってやりたいけど、実力的にまだキツいだろうし、とりあえず待機な。その間にジェミルとアリーシャは《貸金屋》に向かっといてくれ。100万が返ってきたら、借りた40万はもういらなくなるからさ」

「ジェイドはどこかへ行ってるの?」

「まあ、早めにシリカを送ってやろうかなと。面識あるのは俺かヒスイだけだから。……あとさっき、物を借りる約束もしたからついでにな。別に俺いなくてもいいだろ? シーザーが主街区に戻れば、改めてリズと2人で買いにいけばいいし」

「まあ、確かに。でも借りるってなにを?」

「あ、『使い魔の上手な飼い方』ですよね? さっき話してたんです。ほんとに読んでくれるなんて。ビーストテイマーが増えるかもしれないかと思うとワクワクします!」

「あ、ああ。なんか期待され過ぎるとしんどいけど」

 

 こうして一行はまだ半分以上あった飲み物を一気飲みして――ちなみにロシアンルーレットのようにハズレがあった。明らかに味覚エンジンに悪意がある。なぜ開発スタッフはそんな設定をしたのだろうか――から、班ごとに別れてそれぞれの目的地に移動しようとしていた。

 と言っても、まずは動く前に準備だ。

 先にルガトリオとリズベットの《結婚》を解除し、続いてリズベットとシーザーがその場でまた《結婚》。時短目的だろう。

 しかし、これらを先に済ませた以上、きちんとホームを買うまで面倒を見ようとしているのだ。隠しているつもりでもジェイドは優しい。

 それから《転移門》までは道中を共にすることになった。

 ジェイドはシリカと一緒に彼女のホームタウンがある8層主街区(フリーベン)へ向かうし、リズベットは《パニの村》がある56層主街区へ向かう。ルガトリオ達『手紙の主と面会』班も指定された《トシフック村》がある40層に移動しなくてはならない。

 そして、8人で57層主街区(マーテン)のメインストリートを歩いているときだった。

 

「な〜ルガ、1つ聞きたいことがあるんだけどさ……」

 

 ジェイドがこっそりとルガトリオに耳打ちしたのだ。

 シーザーはリズベットさんと商業の話をしている。そこへ時々アリーシャも混じっていて、ジェミルとヒスイはシリカ、並びにその使い魔とじゃれていた。後方の2人に気付く者はいなかった。

 

「あのメッセージ文、ほかに気になるところはなかったか?」

「え……ずいぶん前の話に戻るね。それはどういう意味……?」

 

 その言葉のイントネーションに緊張感のある空気を感じ、ルガトリオは不安になってジェイドを見上げた。

 彼には……その目の奥には、同じように不安があった。

 彼にも確信がないときはある。自分の判断、行動に悩み、そして怯えている。答え合わせなんてできない。だからこそ、そこには強い不安が生まれるのだ。

 問われる責任の先も結局はジェイド。しかしリーダーだからこそ、その際限のない葛藤は必要なことでもあり、上に立つ者の気質はその先にある。

 ルガトリオはそれを察し、できる限り彼の目線に立って意見を述べた。

 

「心配してるの? 大丈夫だよ。ジェイドはロムがいなくなってからよく考えて動くようになってるし。……まあ、あの人ほど博愛主義者ではないみたいだけどね」

「わ、悪かったな……」

「ホメてるんだって。ぶっちゃけ反省点だったし。……厳しい時もあるけど、僕はそれが嬉しいよ。だって、なんだか昔を思い出さない? 中学生の頃ころ、きみはよく僕らをまとめあげて強引にその日の遊びを決めたこともあったよね」

「ハハ、中ぼうの頃ってのはちょいと黒歴史だけどな。やっぱカズがいてよかった」

「ふふふ、懐かしいよ」

「とにかくサンキュ、改めてやること決まった。ヒスイが疑わないようにって言ってんのに悪いんだけどさ、やっぱ俺の信じることを全部しようと思う。誰も失望させないって51層主街区(トロイア)で誓ってるしな」

「ん? まあ……僕らはジェイドを信じてるからね。自信を持ってよ」

 

 この会話を境に、《転移門》が備え付けられている広場に到着した。そして各々の目的地を声高らかに宣言する。

 40層主街区名を口にすると、ルガトリオの体は真っ白な閃光に包まれた。

 

 

 

 

「ヒスイさんとこうやって2人で行動する機会ってあまりなかったよね」

「そうねぇ。ジェイドも気を使ってくれてるのか、別々になる時はあたしはアリーシャと、って場合が多かったし。それにしても《トシフック村》はやたらと遠いわね」

「あの、一応ぼくもいるんですが……」

 

 ルガトリオ達調査班の3人は、40層にある《トシフック村》を目指していた。《パニの村》が56層主街区に程近い地域にあるのに対し、確かに《トシフック村》は遠かった。

 しかし、特に強力なモンスターが出現するわけでもなく、適正より30レベルほどのマージンを取っていることもあって、ほとんど敵を傷害とも感じず快調に進んでいた。

 もっとも、荒れ果てた広野が主戦場である関係上、いざ戦闘が始まると平面フィールドよりは手こずる。天候パラメータの機嫌がいいことが救いである。

 

「(それにしても、シーザーさんすごいな……)」

 

 モンスターのリポップの波が収まると、ルガトリオはパチンと刀を(さや)にしまうシーザーをつい目で追ってしまった。

 戦闘技術は相当なものだ。使用するソードスキルは最前線クラスで、それを駆使する手順とタイミングは攻略組でも高い水準にあると見ていい。なにより、ビジネス関連で顔の利く彼が、戦闘分野でも引けを取らないことに驚きである。

 そうこう考えているうちに、一行は無事《トシフック村》に到着した。

 

「街を出てから30分もたっちゃったね。えっとここから確か……」

「《傾斜の時計塔》は北ですよ、ルガトリオさん。イタリアの有名な『ピサの斜塔』をモチーフにした時計塔で、斜めに傾いたまま建てられているんです。時計もズレていて、記憶に間違いがなければ分針が5分遅れているんです」

「へぇ~。ここが前線だったのって去年の秋だよね? よく覚えてるね」

「観光名所でもあったので。念のため、この辺りのことはおさらいしておきました。……と、それよりこの調子で行くと、予定より早く着いてしまいますね」

「早く着く分にはいいじゃない。5分前行動は基本よ?」

「ええ……その、通りですね。……では、早速ボルドさんに会って、彼が本当に反省しているなら犯罪の手口とやらを聞きましょう。ぼくらのこの行為は攻略全体に対してもプラスになるはずです。手口は拡散させておきますので」

「そりゃあ、このままだと商売上がったりだもんねぇ~」

 

 そんなことを言いながらも、そもそも南北に延びていない《トシフック村》の最北端は近い位置にあった。

 背の高い森林をバックに、クラシックな時計塔が視界に入る。やがてルガトリオ達3人は《傾斜の時計塔》の真下に着いたが、ざっと見渡す限り、まだ人の気配はない。ボルドという人物より早く着いたようだ。

 

「あ〜そう言えば、この木々で《圏外村》かフィールドかを区切っていたね。こういうの珍しいわよねぇ。……あれ……あたしの《策敵》に反応が?」

「《サーチング》スキルに? 森の奥かな。ヒスイさん、反応の場所は?」

「ちょっと待って……あ、上よ!」

「くッ……あ、あそこじゃないでしょうか! あっちです、ほら! 飛行型MoBが!」

 

 シーザーは慌てたような声で、ヒスイの言葉を上書きするよう指をさした。

 しかし別々の方向だったが、確かに彼の示すそこにはモンスターの影があった。

 

「遠いですがルガトリオさん、投擲系の武器はありますかっ!?」

「えっと、あるけど……でもあれ《ダスクワイバーン》だよね。なんでこんな層に……?」

 

 大木の隙間から突然飛来したモンスターに注意を向けながら、ルガトリオは並列して考えた。

 《ダスクワイバーン》といえば、黒い翼と全身を覆う、黒い逆鱗が特徴の飛行タイプモンスターだ。しかしその生息域は、30層の広い範囲と、強いて言うなら33層の迷宮区直前にしかない。

 それがなぜ、今ここで。しかも攻撃型(アクティブ)状態になっていない。非常に珍しいケースではあるが、あのダスクワイバーンは低確率イベントで発生する非攻撃型(ノンアクティブ)状態ということになる。

 そこでシーザーは、ルガトリオを指差した。目線はダスクワイバーンのまま。

 それは一体、誰に向けた(・・・・・)ジェスチャーなのだろうか。

 

「(あれ、ダスクワイバーンが呼応して……)……うわっ! ちょっ、こっち来たぁ!?」

「危ない!」

 

 ドンッ、と胸板を押されて、ルガトリオは後方へ飛ばされた。

 直後、ヒスイが代わりにダスクワイバーンの《フレイム》ブレスをシールドで防ぐ。

 そこへ相次いで襲撃者が現れた。

 それも、すぐ隣からだ。

 ジャリン! と、シーザーさんが腰に下げた《カタナ》カテゴリの武器を引き抜いている。

 剣が発光する。すぐにソードスキルが発動され、単発技のそれはザンッ!! と防具を引き裂くような音と共にヒスイの背中に直撃した。

 短い悲鳴。

 スキル自体は《麻痺》属性追加のポピュラーなものだったが、防御姿勢を取っていない背中から直撃したからだろう。耐性値を越えた攻撃で、あっという間に《麻痺(パラライズ)》のバッドステータス状態になった。

 言い逃れのしようがない。シーザーは犯罪者(オレンジ)へと変貌(へんぼう)した。

 ルガトリオは、混乱より先に体が動いた。

 

「ヒスイさっ……ぐ……ッ!?」

 

 否、助けに入ろうとした直前、足がガクガクと震え自由が利かなかった。

 ――いったいなぜ? どこから?

 そう思うより早く、ルガトリオは答えを悟った。刃物が首へ命中したのを感じていたからだ。

 麻痺したまま倒れる。目線だけで現状を確認すると、ネーム欄の横にはヒスイ同様《パラライズ》のアイコンが点滅していた。弱点部位への不意打ちだ。

 ここで、シーザーがあっけらかんと口を開いた。

 

「ふう、危なかった。やはり《サーチング》スキルは我々の敵ですね」

「な……にを……っ」

 

 それは、捕食者が獲物を弄ぶ姿に似ていた。シーザーはたった今、狡猾(こうかつ)で残忍なオレンジとなったのだ。

 そこに新たな乱入者の声が響いた。

 

「ヒャハッ、ヒャハハハハハ! あっぶね〜あぶねぇ、相変わらずカンだけはいい女だぜ。ハイドを見破るとはなァ!!」

「オルダートが、機転を利かせた。あやうく、面倒事だ」

 

 声は2つ。しかし、気配はもっと多い。

 すぐに3人目が姿を表す。そのポンチョ姿の男は、ニヤリと笑ってから口を開いた。

 

「But、オルダートが早すぎんだよ。ハッハッハ」

 

 彼ら3人は、大木から生える太い枝の上にいた。

 目の位置だけが繰り抜かれた頭陀袋(ずたぶくろ)を被る毒ダガー使い。

 髑髏(どくろ)を模したマスクを装着する赤眼の刺突剣(エストック)使い。

 そして、長身で襤褸(ぼろ)切れのようなものを纏って肉切り包丁を携える黒ポンチョの男。

 全員に見覚えがある。全員に恨みがある。ルガトリオ達に近づき、アラートトラップの罠にかけたPoHやジョニーだけでなく、ザザについても悪名高い異常者だ。

 アイコンは例外なくオレンジカラーである。危険人物達が、遥か高みから地に這う2人を睥睨(へいげい)していた。

 

「そんな……笑う棺桶(ラフィン・コフィン)がなんで、ここで出てくるッ」

「クックッ。いい質問だが、答える気はねェよ。……ところでオルダート、『メインターゲット』を連れてくるって話じゃなかったか。どうも俺の目には映らないようだが」

「細かいですね、PoH。話の流れからメインターゲット達(ジェイドとアリーシャ)は諦めました。それにほら、サブの《反射剣》ならいる。大物でしょう? おまけも付いていることだし、これで幹部昇進じゃないですか? もっとも、ぼくはまだラフコフに正式参加していないですが」

「ふん、雑な仕事を……まあいい。いずれ始末するつもりだったんだ。改めてショウタイムといくか」

「く……あッ!」

 

 ルガトリオはどうにかしてポーチに忍ばせておいた《解毒結晶》を手に掴んだが、それをシーザーに蹴り飛ばされる。ヒスイも同様に対処され、もやは焼け石に水だった。

 冷や汗が滝のように流れる。

 対抗手段がない。

 最悪の展開だ。ラフコフが我が物顔で出てきたと言うことは、ボルドも巻き込まれている可能性が高い。どうやって情報が漏れたのかは定かではないが、臆病なプレイヤーがレッド連中に抵抗できたとは到底思えない。

 時間稼ぎをしなくてはならない。情報も抜き取らなければならない。

 寝ているばかりでは、いられない。

 

「PoH……僕は17層で仲間に入れて欲しいと言っていた、当時のきみは嫌いじゃなかったんだけどね……」

「そいつは光栄だな。俺はお前を見ると反吐が出る」

「なんで、こんなこと……それにボルドさんはどうした!? ここに来るはずだったんだ。……もし、手を出していたら……許さないぞ!」

「無茶振り来たァあ! ブハハハ、おほほいそりゃオレのことじゃねェかエェ!? なァ! オレがボルドだよガキぃ!」

「ッ……!?」

 

 木の影から新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。

 今度は見たことのない人物だ。オレンジ色の髪の毛を基調に左の前髪の一部が青の毒々しい蛍光色で象られている。腰に下げる武器は《曲刀(シミター)》だろうか。牙のような歯も特徴的で、強烈な攻撃性を放つ猫背の男だった。

 4人目のオレンジプレイヤーに「なぜそこに」と問う前に、男がまたしても楽しそうに遮った。

 

「ニブちんだなァ、オレぁ端ッからボスと関わってたんだよォブハハハハ! オメーらの能天気さには呆れるぜ!」

「ボルド、その辺にしとけ。ガキの目的は時間稼ぎと情報だ。いちいち付き合うな」

「あ、そうなんすか。了解っすボス」

 

 短絡思考が滲み出るボルドを制止させて、今度こそPoHが投げナイフを取り出した。

 おそらく、前回のように《跳弾(ジャンプバレット)》を使った回りくどい戦闘妨害ではない。ナイフを直撃させたうえで、HPを削り取る気なのだろう。

 

「ルガ君……せめてあなただけでも……」

「そんな、ヒスイさんこそっ」

「逃げられませんよ、お二方。温厚なぼくでもね、あなた方を見ているとイライラするんですよ。傷の舐め合いに剣士の真似事。まったく、ジェイドさんの方がまだマシだ」

 

 共犯者シーザー・オルダートはしゃがんで顔を覗き込むと、倒れる2人を見下して言った。

 言われっぱなしがシャクに触ったルガトリオは、仮初の笑顔を見せながらキツく(にら)み返す。

 

「そういうキミこそ……PoHのワンちゃんか……!」

「利害関係ですよ、ぼくらは。組織の財布を任され、見返りに娯楽やアイテムを受け取る。現状を見てください……ふくく、ぼくの手でこれが成し遂げられるとはね。この短期間で評価はうなぎのぼりだ」

「くッ……」

 

 ルガトリオは悔しかった。彼らに、ではない。言い返せないでいる自身に対してだ。

 保身の結果。強い口調、攻撃的な言葉が寿命を減らすと理解しているからこそ、ルガトリオの反論は弱々しい。

 これだけ騙され、欺かれたのに、死ぬのが怖くて震えながら質問するしかない。シーザーの言う通り。弱者の群れと罵られても当然だ。自身がそれを認めている。

 ルガトリオは同じように倒れるヒスイを見た。

 しかし……、

 

「(あ、れ……?)」

 

 同じ絶望を感じている思い込んでいたが、彼女のそれは違った。

 あれは信頼、だろうか。この危機的状況下においてなにを頼っているのだろう。

 システムのバグ? 犯罪者の改心?

 それも違う。両目に宿る炎は、とても命運を天に委ねたような安いものではない。そう、ルガトリオもよく知っているものだ。

 仲間を信じている。たったそれだけのことだ。

 ルガトリオは再度、猛烈な羞恥心に苛まれた。

 なにが「もっと自信を持て」だ。本人がその下地にならず、よくもそんなことが言えたものだ。

 やめよう、無駄な演技や強がりを。下手(したて)に出て犯罪者のご機嫌を伺うのもやめよう。あとは、この感情をぶちまけるだけである。

 

「きみらのことはよくわかった。……こんなに単純だったなんてね!」

「あん? ンだこいつ。ビビッて壊れたか?」

「ボルドッ、あんたも同罪さ! こうして他人を貶めることでしか自分を主張できない! ようはコンプレックスだろう!? そうやってこじれた人間が、悪者ごっこをして満足しようとする。きみらのような人をなんて言うか知ってる!?」

「な……にを、言って……」

「ただの、小悪党だよ!!」

 

 それを聞いたボルドの目付きが変わった。彼だけが大木から飛び降り、ズカズカと前に出る。

 それから彼は暴力的に吐き捨てた。

 

「イキってンなよ、クソガキィ! 大口叩くだけか、えェ!? それともオトモダチでも期待してんのか!? 都合よく来るわけが……ッ」

「おい、ボルド! それとオルダート……お前らの失態だ。Shit、尻尾掴ませやがって」

「え、はい? なんスかいきなり……?」

 

 そこで、ずっと黙っていたPoHが発言した。

 彼はルガトリオ達ではなく、困惑するボルドでもなく、もっと遠くを見ている。木の上から見えるものがあるのだろうか。

 それにPoHだけではない。ジョニーやザザもまったく同じ方向を見ていた。

 

「数は3か。もっと多いと、踏んでいたが」

「ハァ? ちょ、ザザ先輩もなに言ってんすか」

「バーカ、ボルド。てめぇら2人はミスったんだよ」

「なにを……なッ!?」

 

 そこへ突然、バン! バン! と連続して大きな破裂音が鳴り響いた。同時にシーザーとボルドが軽いステップを踏んで距離を空ける。

 この音は脅しに使われるアイテムである《威嚇用破裂弾》だ。基本的な攻撃力はごく僅かしか設定されておらず、文字通り威嚇に使う他にはモンスターの憎悪値(ヘイト)を溜めるために使用される。

 真っ白な粉末が少しだけ視界を隠すと、その前方に3つの人影が勢いよく降り立った。

 全員が武装している。そして怒りと闘争心を燃え上がらせていた。

 まさかと思った。いまだ現実味がない。

 だが紛れもなく事実だ。そのシルエットはルガトリオもよく知るものだった。

 

「遅れてワリぃルガ。それと……よく言った」

 

 その声で確信した。この救済者が誰なのかを。

 

「よう、気張れよ小悪党。一瞬で消されねェようになッ!!」

 

 ルガトリオにとって、子供の頃からヒーローだった人間が助けに来てくれた。

 反撃が、ここから始まる。

 

 

 

 

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