SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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1人称ゆえの弊害ですが前話同時刻のジェイド視点です。


第74話 反撃の狼煙

 西暦2024年3月7日、浮遊城第57層。

 

「あの……みんな、行っちゃいましたよ? あたし達は行かないんですか?」

 

 隣にちょこん、と立つ小柄なシリカにそう催促され、俺はようやく意識を目の前の《転移門》に移した。

 主外区付近に必ず取り付けられている《レイヤー・ポータル》が、白く変色した超大型の《回廊結晶(コリドークリスタル)》に似ているのに対し、《転移門》の見た目は《転移結晶(テレポートクリスタル)》を巨大化したそれに等しい。透き通るような蒼が綺麗な、据え置き型の結晶型移動手段。

 しかし、美しい結晶に反射して映る俺の顔は険しい表情をしていた。初めから目付きが悪いといった意味ではなく、眉間にしわを寄せた怖い顔だ。

 俺はつい先ほどカズと話していたことを思い出していた。

 

「俺の判断がカンペキか。買いかぶりすぎだぜ、カズ……」

「え……?」

「いや……そうだな。やることやんねぇと……なあシリカ、前に会った時は色々忠告したけど、あれからどうよ? ちゃんと人は疑ってるか?」

 

 突然の質問に、シリカはあごに指を当てて困った顔をする。

 しかし少しだけ考えたあとすぐに答えた。

 

「ちゃんと疑う、っていうのもオカシな話ですけど。……どうでしょう。あたしもよく変な目で見られるので、そういう人とは普通に距離取ってますけどね」

「お~いいことだ。立派なレディなら二面性ぐらいないとな」

「そ、それがほめ言葉じゃないこともわかりますよ!」

「いやいやホメ言葉だよ」

 

 などとほんのり言葉の掛け合いをしてから、俺は今1度《転移門》の前に立った。

 しかしここからの行動は俺の独断先行だ。俺だけが裏で手を回し、勝手にメンバーの安全を確証できればそれでいい。求めるのはたったそれだけだ。

 

「シリカ、寄り道するから手を繋いでくれ。……転移、ラミレンス!」

「えっ!? それ56層の……あ~、あの……ここにあたしのホームタウンはありませんよ?」

 

 シリカの驚くような声を置き去りに、青白いエフェクトが周りから消えると、俺は前方5メートルほどの位置でだべっているジェミル達が目に入った。まだ出発前のようである。

 56層主街区の外れにある農村、《パニの村》に再び立ち寄ってマネーレンダーから借りた40万コルを返す役割はこの3人だ。

 俺は時間を無駄にしないようすぐに3人に話しかけようとした。だがその前にアリーシャが目ざとくこちらに気付いた。

 

「あれ、ジェイドじゃない。どうしたのよ、さっきシリカちゃんと8層に行くって。……あ、もしかしてお別れのキッス? いやん!」

「ンなわけあるか。リズに用が……あるんだけど……」

 

 言いかけてアリーシャがこれ見よがしにしょぼんとする。本気で萎えられると俺は弱い。最近彼女によるスキンシップが過激になりつつあるのだが、よもやこの女は俺に気があるのではないかと勘ぐってしまいそうだ。

 ――気のせい、だよな?

 ともあれアリーシャをなだめた俺は、少しばかり強引にリズと2人きりになった。話さねばならないことは明白だが、なんと言っても第一声が難しい。

 

「聞きそびれたことがある。素直に答えてほしい。リズはさ、俺はなんでリズとシーザーをさっき《結婚》状態にさせ直したと思う?」

「え? ……あたしとシーザーさんが夫婦でプレイヤーホームを買えば安くなるからでしょう? その時間短縮にもなるし」

「ならシーザーが帰ってきてからでもできる。時間なんて大して変わらないさ」

「ん~と、じゃあ面倒を最後まで見てくれるから、かな? あんたって見かけによらず面倒見がいいって言うか」

「見かけによらず、ってのがすこぶる余計だけどそれも違う。単刀直入に言うと……疑ってんだよ、まだ。だからリズには『ズル』の共犯者になってほしいワケ」

「ズルの共犯者……?」

「ああ。シーザーのステータスをここで確認してほしい。夫婦ならできるだろ?」

 

 ここでリズはあからさまに嫌な顔をした。彼女にとってシーザーはホームを買うのに必要だった本来のコルを大幅に減らし、あまつさえ自分の長年の願いを叶えてくれそうだった協力者だ。

 結果は失敗に終わったものの、もしシーザーがいなければ希望すら持つことはできなかった。彼には感謝するべき立場にある。

 それを、言うに事欠いて恩を仇で返すようなことをしろと正面切って頼んでいるのだ。

 こういった信頼関係前提の契約で、それを裏切り相手のスキルやステータスを閲覧するのは、明確なノーマナー行為である。オレンジ化しないだけだ。

 しかし、俺とて引き下がるわけにはいかない。

 

「言いたいことはわかる。けど、さっき40層の《トシフック村》にルガを行かせようとしたけど、結局は追加でヒスイも同行させた。たかだか40層のフィールドだぜ? ようは万が一だよ。俺なりにギルドのメンバーを大切にしている。……けど、だからこそあいまいにしたくない。今はリズが頼りなんだ」

「……そこまで、言うなら。でもウソだったら承知しないよ。それに今言ったこと、ヒスイの前でも言える?」

「言える」

「…………」

 

 リズはそこまで聞いてようやく意を決したのか、俺を睨み付けたまま指を振ってウィンドウを開いた。それからいくつかタブをクリックする音が鳴ってからまた話し出す。

 

「ほら彼のステータス欄、開いたわよ。……まったく、これっきりにしてほしいわ」

「マジでサンキュー。そこに《テイミング》スキルがあるか見てくれ。あったらその熟練度まで教えてほしい」

「えぇっと……あ、完全習得(コンプリート)してるわ。よくシーザーさんがテイミング持ってるって知ってたわね」

「ん、まあ……嫌な仮説が当たっただけだ。リズ、おとなしく《圏内》にいるんだぞ。……シリカ! 少し時間がかかっちまった、急ごう!」

「あ、はーい!」

 

 ジェミル達と談笑していたロリッ娘を呼ぶと、俺は急いで(きびす)を返した。

 

「ちょ、ちょっとジェイドっ!?」

「いいなリズ、俺の言う通りにしろよ!」

 

 それだけを残し、俺はシリカの手をまたしても強引に引っ張る。

 そのまま《転移門》の有効範囲内へ移動。驚いた顔をするシリカをあえて無視し、慌ただしいまま8層主街区(フリーベン)の名を口にするのだった。

 

 

 

「えぇとっ……これはっ……どういうっ……」

「あんまりしゃべると舌をかむぞ? すまんなシリカ、急かしちまって! でも『だっこかおんぶ』を決めたのはシリカだぜ!」

「決めましたけど! お姫様だっこの方がいいって言いましたけど! でもホントに、それをこの場でやるとは思いませんよぉ!」

「重ねてすまん、急いでるんだ! 次の道は左右どっち!!」

「あ。そこを左です! ……じゃなくて!」

 

 俺は《フリーベン》を疾走していた。より正確に表現するなら、小柄な女性プレイヤーを体の前でだっこしながら精神衛生上あまりよろしくない形相をして街を駆け抜けていた。

 時おり道行くプレイヤーが興味津々に俺達2人に目線を向けるが、俺はひたすら無心を努めて走っており、目的地はシリカの暫定ホームである。『シリカを家まで送る』からいささか脱線しつつあるが、当然そこには理由があった。

 そしておそらくファンクラブの一員だろうプレイヤーの中には、「シリカちゃんに気安く触るな!」などといった辛辣(しんらつ)な言葉を投げる者もいたが、今が緊急であることからそげとなくスルーした。シリカの熱狂信者すら()けるほど俺は焦っている。

 すると、ものの数分足らずで俺達2人はホームに到着してしまった。

 

「うぅ……あたしの初めてのだっこが全然ムードのないものに……こんなクツジョクはありません。ヒスイお姉さんに言いつけますよ……?」

「それはワリとヤバいな……って言ってる場合じゃねぇぞ! さっそく『使い魔の上手な飼い方』を見せてくれ」

「あ、さっき言ってた本ですか? それはいいんですけど、なんとなくジェイドさんがビーストテイマーを目指してるから頼んでいるわけじゃない気がするんですよね……」

 

 大当たり。

 シリカはぶつぶつと、そしてしぶしぶといった感じで本棚から1冊の本を取り出した。

 表紙は著者の気に入ったイラストを貼り付けられる仕様なのか、どう考えても本の出版者による使い魔への愛情で溢れていて、もはやこれを作ったプレイヤーが動物保護団体かなにかに見えてくる。いや、差別意識はないのだが。

 

「んじゃちょいと借りて……えっと……これか! 操作方法とか使役可能範囲……うお、すごいな。使い魔ってのはジェスチャーだけで命令することもできるのか?」

「ええ、できますよ。むずかしいので慣れが必要ですけど。ちなみにあたしは口で命令してます。ん~……あとは『自動設定』ですかね。体力ゲージが半分以下になったら回復ブレス、とかです」

「ふぅん……よし、これだ。『命令の種類と実践』っと……へぇ~、最大使役範囲って、この人が試した限りだと100メートルもあるのか」

「あ、あたしもそれを読んだ時はおどろきましたよ。あたしの熟練度と《フェザーリドラ》という種族だと、どんなにガンバっても50メートルも遠くに飛ばせませんから。試そうとも思えない遠さです」

 

 それについては至って同感だった。元より俺に使い魔など存在しないが、意思を持って動ける相棒が100メートル圏内で戦力になるというのだから驚きだ。上空に飛べるエリアなら《索敵(サーチング)》スキルの代わりにすらなるだろう。

 そのままペラペラとページをめくり、ぎっしり埋まった活字を読み込む。

 あまりにも有益な情報だが、著者は種それぞれの行動範囲を10以上のモンスターで試しているというのだから、まだ見ぬこの生粋のビーストテイマーには関心を通り越して若干引くものがある。

 

「ビーストテイマーも極めると便利なもんだな。んで、使い魔別の最大積載表は……お、これか。えっと1枚1000コルで1000枚分の金貨の袋だから、だいたいの重さは……ジャストか。マジかよおい。イヤな流れだな……」

「あのージェイドさん? そのドラゴンはそもそもテイミングされているところを滅多に見ませんし、どれだけのアイテムを運べるかなんて、攻略にはあまり関係ありませんよ?」

「いや、わかってる。わかってるんだ。……助かったよシリカ、埋め合わせはする。俺はこれから前線に戻るから、本はまた今度ゆっくり読む。すまんな!」

「あ、ちょっとジェイドさん!?」

 

 俺は再三に渡ってシリカに謝罪を告げると、脇目も振らずに駆け出した。

 嫌な予感がする。その可能性は粘着性の高いガムのようにへばりついてくる。俺の頭が構成した奇怪な物語だというのに、それが酷く恐ろしいものに思えた。

 仲間を疑い、最悪の可能性を意識し、ネガティブに、悪い方向に、思考だけが意思を無視してずんずん進む。冗談のように悪寒が走る。

 

「ハァ……ハァ……白なら白でいい……ハァ……なにも起きなきゃ、笑い事ですむ……!!」

 

 俺は走った。がむしゃらに足を動かした。

 シリカを抱えながら道を問いただし、一定おきに足を休めながらホームへ向かっていた時より遥かに早い。俺はたった1分と少しの時間で8層主街区(フリーベン)の《転移門》に着くと、そのまま結晶に両手をついて思考する。

 

「(ハァ……クソッ、確認できることはなんだ。考えろ……頭使え……ハァ……確かめられること……そうだ、ヒースクリフ! あのクソ野郎なら、細かいルール知ってるかもしれないッ……)……転移、グランザム!!」

 

 発音すると、すぐさま視界が白のベールに包まれた。

 浮遊感すら感じない時間感覚を狂わすエレベーター。その現象を経て、俺は『鉄の都』と名高い無機質な街にいた。鋼鉄でできた煙突と尖塔、黒光りする大型建築物。質良くレパートリーにも文句のないその奥にヒースクリフが所属し、そして統括する血盟騎士団(KoB)の本部がある。

 俺はまたしても猛烈な勢いで進んでプレイヤーやらNPCやらを退けると、息も切れ切れに本部の大きな入り口(ゲート)前に立つ門番2人に詰めかけた。

 

「頼む、今すぐ団長に会わせてくれ!」

「なんだねきみは。いきなり来て」

「理由はあとで説明するから!!」

「そんな理屈が通るかいな。きちんとした手続きもなしに……コラ、お前なにを!? おい、きみも見ていないでこいつを取り押さえろ!」

「は、はい!」

「く、離せよこの……ッ」

 

 俺は衛兵2人が両脇から押さえつけようとするなか、どうにか本部内に侵入できないか模索していた。入ってしまえばこちらのものだ。混乱に乗じてヒースクリフを見つけ出し、事情を説明して協力してもらえればいい。端から時間を取らせるつもりもない。

 だがさすが本部の番をさせられているだけはある。彼らの筋力値は、少なくとも俺が適当に足掻いただけでは振りほどけそうにない。

 怒鳴り合いは次第に殴り合いに変わり、ヒートアップした俺は強行突破を図ったが、死角からメンバーの1人に足払いをされて頭から押さえ付けられた。

 そこへ奇跡的にも真後ろから救済者が現れる。

 

「こらこら、帰ってくるなり本部の前で揉め事かね」

「あ、団長! こいつ、あの時団長に斬りかかった男です! また侵入しに来たみたいです!」

「ヒースクリフ、違うんだ! 話を聞いてほしい。ちょっと知識を借りに来ただけだ! 頼むよ、話だけでも聞いてくれ!」

「まったく、きみはいつも騒がしいな。……もういいよ、彼を離してやりなさい。おそらく攻撃の意思はない」

「ですが、団長……」

「私も今から30分ほど時間も空いているしな。……だがジェイド君、できればこれからはアポをとって訪れてほしいものだ。毎回これでは私が疲れてしまう」

 

 ヒースクリフが元犯罪者風情のプレイヤーに対し、あまりにもあっけらかんと答えたからか、危機感の薄れた門番途も呆けたように動きを止める。

 

「……そうだな、それは気を付けるよ。ほらっ、団長サマがもういいって言ってるだろ、どけよッ!」

 

 とんでもない無礼な言葉づかいで怒鳴り、俺は上から押さえつけていた団員をどかした。

 そして改めてヒースクリフに向き直る。

 

「……で、突然で悪いけどヒースクリフ、アインクラッドのルールについてだ。いくつか質問がある」

「待ち給え。礼節のない者にはなにも教えられない」

「ぐっ……お、教えてくださいお願いします!」

「よかろう」

 

 あまりのあっけなさに転びそうになる。

 腰を直角に曲げて頼んだ俺がバカに見えるぐらい軽い返事だ。

 

「軽いなオイ! ……コホン、まずえっと……そうだ、《圏内》で犯罪フラグだけ立てた場合は、《圏内》を出た瞬間オレンジカラーになるのか?」

「うん? それはどういう状況だね?」

「《圏内》で盗みをはたらいた奴がいたんだよ。んで、そいつはフィールドに出たらオレンジになったって言っててさ」

「いや、それはあり得ない。正確には《アンチクリミナルコード》有効圏内において、すべての犯罪行為は行えない。逆に言えば、《圏内》ではいかなる行為にもフラグは立たず、正当化されるということになる。盗みを行える状態、プレイヤーにダメージを与えられる状態、その他の行為が《圏内》でできるとしたら、それはシステムが正式に認めた正攻法にすぎない。……もっとも、私が預かり知らぬ方法がないとも言えんが」

 

 俺はそれを聞いてさらなる強烈な危機感に(さいな)まれた。

 先ほどカズに「メッセージ文の中で気になったところはないか」と聞いた。それはヒマ潰しのために聞いたのではなく、俺自身が疑問に思ったからだ。

 シーザーにメッセージを送ったという『ボルド』とやらの名前は、可視化させた《インスタント・メッセージ》で間違いなく確認している。

 ではこの人物が言う『犯罪をはたらいたあと、《圏内》を出たらオレンジカラーになった』という言葉には矛盾が発生している。《圏内》では犯罪フラグを立てられないはずだからだ。

 経験したことがなかったので、最初は俺も文面を疑わなかった。よもやこんなことを確かめるために面倒なカルマ回復クエストをこなす時間は惜しかったし、そもそも人のアイテムを盗むなんて、進んでしたい行為ではない。

 しかし、ここに来て辻褄(つじつま)の合わないことが起こってしまった。

 本来起こるはずのないことのへの焦燥感がつのり、背中を嫌な汗が流れた。俺はそれでも訪ね続ける。

 俺が間違っていてほしいと願い、仲間の潔白を証明するために。

 

「そのルール……自信はあるのか? 試したわけでもあるまいし……」

「そこいらのプレイヤーより私の知識に確実性があるのは、すでに《黒鉄宮》で話したはずだが?」

「そう……だよな。確かに。ハハ……牢での会話はあんまり思い出したくは……いや、そうだよ、《黒鉄宮》だ! まだ確かめることがある!」

「今度はなにかね」

「また機会があったら説明する! とにかく今日は助かった! 礼はいつか必ず!」

 

 切羽詰まる俺に、目を細めるヒースクリフと唖然(あぜん)とする彼の団員達。

 そんな彼らを置き去りに再びダッシュした。慌ただしいうえに礼儀知らずだとは自覚するものの、今回ばかりは多目に見てほしい。こうした1分1秒すら無駄にしたくない。

 礼も謝罪も後でできる。しかし今しかできないことがある。

 

「(ハァ……時間は……よし、まだ約束の時間まで10分以上はある……)……転移、はじまりの街!!」

 

 再び転移の光。《転移門》の利用回数は今日1日でとんでもない数になっている。そもそも、攻略組はそこまで下層と上層を行ったり来たりはしないものだ。武器や食材の買い出し、ギルドホーム閲覧、フロアボス討伐による最前線の移動、往復しても日に2〜3回程度だろう。

 それが今日はどうだろう。コルを借りるために56層の《貸金屋》まで行って、最前線の57層主街区(マーテン)に戻ってきたと思ったらトンボ帰りでリズがいる56層主街区(ラミレンス)へ。そこからシリカのホームタウンがある8層主街区(フリーベン)へ移動したのち、KoBの本部がある鉄の都55層主街区(グランザム)を迂回して、今度はここ。《はじまりの街》に足を踏み入れている。

 長い攻略過程を思い返してみても、これは記録的な使用回数である。

 

「ハァ……ハァ……なんで俺の予想はいつも……いつも悪い方ばかり……ハァ……くそッ」

 

 俺は理路整然と立ち並ぶ家屋の屋根上を、土足でジャンプしながら走り続けていた。

 無論、これもあまり誉められたことではない。エチケットがどうこう以前に、人のホームを踏み台にするのは、された側も気分はよくないだろう。

 だが前述の通り、なりふりを構っている場合ではない。

 

「ハァ……着いた! ハァ……おい、クロムのおっさん!」

「おおジェイドじゃないか。なんだい今日は、屋根から現れおって。面会の予約でもしに来たんか?」

 

 クロムのおっさんは呑気に手を振って俺を迎えていた。

 しかし残念なことに丁寧に挨拶をしている暇はない。

 

「ハァ……いや、予約とかじゃねぇ。今すぐ囚人に会いたい。ゼィ……先月、俺とヒスイが連れてきた赤髪の女がいただろ」

「赤髪……ロザリアって子かい?」

「そうそいつ、ロザリア。今すぐ会わせてくれ」

「これはまた無茶を言いよる。お前さんだけ特別扱いすると、他のプレイヤーに示しが……」

「聞いてくれ! ある意味チャンス(・・・・)なんだ。ウラをかけばクソオレンジ共をまた連れてきてやる。……確かめたいことがあるんだ。てか、もしかしたら仲間を危険にさせてるかもしれない。確信がほしい。ムリ言ってんのはわかってるけどッ! あんたの権限でどうにか会わせてくれ!」

「……だがな……しかし……いや、わあったわい。そこまで言うなら。けど今回限りだぞ。おい、いま面会室は空いているな?」

「空いていますがクロム少佐、勝手なことをされたら困りますよ……」

「なぁに責任者はわしだ。お前さんは上司に強制されたとでも言っとけ。……これジェイド、お前さん急ぐんならさっさと付いてこんかい」

「あ、ああ。サンキューな……」

 

 早口でメチャクチャな説明になってしまったはずだが、どうやらクロムのおっさんはたったあれだけの問答であらかたのことを悟ったらしい。

 やはり彼は察しがいい。最低階級は知らないが、こうしてメンバーに優劣を付けだした最近の《軍》にとって、『少佐』という称号は決して低くはないだろう。

 おっさんが《黒鉄宮》の責任者であったことは、幸運以外の何者でもない。

 

「細かい手続きは知っとるはずじゃ。わしはロザリアを連れてくる。面会室で待っとれ、場所はわかるな?」

「ああ、できれば急いでくれ」

 

 それには答えずにクロムのおっさんは角を曲がった。

 俺も面会室を目指す。数日世話になったので、牢獄内の地図は叩き込んである。

 大股で歩いていたからか30歩で到着。扉を開けると、何度か目にした白い部屋が広がっていた。大きなガラスと一対の椅子。これらすべては持ち出しも破壊もできず、耐久値(デュラビリティ)もいっさい減少しない。何から何まで《アンチクリミナルコード》によって保護された非破壊オブジェクトだ。

 それからすぐに扉が開き、クロムのおっさんに続いてすぐに赤髪のロザリアが入室してきた。そして彼女の髪は寝癖が激しかった。

 

「んもぉ、なんなのよぉ……」

「寝てたのか。完全に昼夜逆転してんな。……って、それよりもロザリア、時間がないんだ。取引しよう。聞きたいことがある。答えてくれたら、ここから出られるように掛け合ってやるよ。質問は単純、オレンジ共の名前についてだ。心当たりがあったら……」

「ちょっとちょっと、早口すぎるって。ナニ慌ててんのさ」

「言ったろう、時間がないんだ。……答えてくれたら、ここから出られるように交渉するから……!!」

「…………」

 

 ロザリアはようやく目が覚めたのか、俺の顔をまじまじと見たあとにそっぽを向いた。

 拒絶されたニュアンスは感じない。むしろ相手にしてほしいようにも見えた。

 

「あんたんとこ、確か元犯罪者がいなかったかしら。その人に聞けばいいじゃない……」

「それはもう5ヶ月も前の話だ。ブランクが長すぎるし敵もバカじゃない。やるとしたら、そいつが名前見ただけでピンと来ないように新人を使っている可能性が高い」

「そういうとこよく考えるものね。……で? アタシはなにを答えればいいの?」

「……ワリーな。久々に会ってこんな……」

「……ふふふ、なんて顔してんのさ。アタシはあんたに救われたの。こんな交渉みたいにしなくても、普通に聞けば答えるっての、まったく……」

「ロザリア……。ありがとな。じゃあ改めて……シーザー、またはボルドって名前に聞き覚えはないか? 引っ掛かることがあったらなんでもいい」

「や、ちょいと待ちな。今……『ボルド』だって!? アタシに彼氏がいたって話覚えてる? まさにそいつのことよ。教えてないのになんで名前まで知ってるのさ」

「ッ……!!」

 

 俺は今度こそ決定的な衝撃を受けた。

 脳内に激痛が走る。直接鋭利な刃物で切り裂かれたかのようなショックだ。

 思考の停止と再加速が繰り返される。

 状況を整理する必要がある。

 俺が56層の《貸金屋》を出てすぐ、そこには《ダスクワイバーン》がいた。30層周辺で初登場したはずなのに出現ゾーンが違うこと、さらに非攻撃型(ノンアクティブ)であることから、飼い慣らし(テイミング)済みであるとも考えた。

 そしてリズに聞いたところ、シーザーは《テイミング》スキルを完全習得(コンプリート)しているらしい。場所とタイミング的に彼の使い魔だろう予測できる。しかもテイムされたモンスターは、わざわざ設定を変更しない限り《索敵》スキルに引っ掛からない。シリカのピナも同様だ。

 このことから、ある仮説が立てられる。

 つまり、ホームに押し入った強盗とはシーザーによる自作自演であり、実際は彼自身が自らの使い魔によってホームから大量のコルを遠くに持ち運んだという説だ。これなら共通化されたストレージを相方に覗かれても問題はない。

 実演はシリカの協力があれば可能だろうが、するまでもない。『使い魔の上手な飼い方』にはそれと同じことができる、だから使い魔による盗みに注意しろ。などと、ページの端の方に小さく記載されていたからだ。シーザーが本当に《テイミング》スキルをコンプリートしていたのなら可能である。

 次はボルドの存在。

 この男に至っては胡散臭さが満載だった。

 まず彼の気持ちの変わりようである。

 層の移動に《転移結晶(テレポート・クリスタル)》を使用したということは、主街区の付近に必ず設置されている《レイヤー・ポータル》を使い、『複数プレイヤーによる層の移動』ができなかったということになる。となれば必然的に、ボルドは友人がいないのか、最低でもソロで行動していたはずだ。

 であるのなら、彼を諭す仲間も、逆に穏便であったとしても、悪事をそそのかし助長させる仲間もいないはずである。

 極めつけはシーザーへのメッセージ。

 これは怪しさの方が際立っていた。店を開き、鍛冶屋として名前を売り出しているリズを差し置いて、なぜかシーザーの居場所を先に特定した。加えて、わざわざ層を移動して《インスタント・メッセージ》を送ったという。

 いくらなんでもこじつけだ。彼ら夫婦のことを調べたのなら、普通はリズの場所を突き止めて、ホームを欲しがっていた彼女にこそメッセージを送信するはずである。

 続くヒースクリフとロザリアの証言。ピースは繋がった。ただのオレンジではなく、あのラフコフに狙われている実感がやってくる。

 俺は気がつくと、椅子を倒して立ち上がっていた。

 ロザリアとクロムのおっさんが怪訝な顔を向ける。

 手が震えていた。やるべきこと、やるべきこと……そればかりが反芻(はんすう)される。

 

「どう……したの。顔色悪いわよ……?」

「(ボルドは……たまたまシーザーに声をかけた? ……いや、バカか。んなわけねェだろ。だとしたら、誘われたッ……罠か! トシフック村は《圏外村》だ。やろうと思えば待ち伏せも……)……くそったれがァッ!!」

「おいジェイドや!?」

 

 俺は机を力一杯殴っていた。その騒音に驚き、クロムのおっさんもドアを開ける。

 脳内での対抗策の構築が間に合わない。否、成されていない。

 してやられた。気づくのが遅すぎた。

 勘の鋭いヒスイを同行させたが、今回ばかりは相手が悪すぎる。俺以外全員のギルドメンバーを行かせても危険すぎる連中だ。

 人間不振になりそうだった。この3ヶ月間、平和な日が続いていたからかもしれない。されど、罠にかかったからと諦めるつもりはない。

 次の瞬間には、俺はジェミルとアリーシャに向けてメッセージを飛ばしていた。

 先ほどまで感じていた痛みが、アドレナリンによって刺激閾すら下回る。

 俺の全身が叫んでいた。『やらせてたまるか』と。

 

「『クリスタル使ってでもトシフック村へ飛べ。今すぐに』と、これでいい。あとは現場で同時進行だ……なんとしてでも……間に合わせてやるッ」

「ね、ねぇジェイド。それって転移クリスタルよね? アタシはもういいのかい?」

「ああ、助かったよ。クロムのおっさん、ロザリア……俺にとっちゃ恩人だ。埋め合わせはいつかさせてもらうよ、また会おうぜ……転移、トシフック!!」

 

 体を包み込むライトエフェクト。俺の名を呼ぶ2人の声が途中で途切れた。光が増す。それが晴れた時、そこには2人のプレイヤーがいた。

 荒れた地を踏んで2人が近づく。

 

「あ、ジェイド! もう〜どうしたんだよぉ。もうすぐ《貸金屋》に着きそうだったのにぃ〜」

「……ジェミル、アリーシャ、黙って聞いてくれ。ジェミルは《ギルド用共通タブ》から《威嚇用破裂弾》を数発取り出しておけ。《約定のスクロール》の設定をいじっておいたから取り出せるはずだ」

「う、うん。わかったぁ……」

「アリーシャは《解毒結晶》を2つ用意しとけ。いざという時はそれを使え。俺は《回復結晶》を持っておく。それと今からラフコフと……いや、PoHと戦えるか?」

「え……っ!?」

「ちょっとジェイド、それって!?」

 

 ごく当然のように2人は手を止めた。アリーシャについてはひどく怯えてしまっている。無理もない。あれはトラウマでしかない最悪の経験だ。

 だと言うのに、俺はその張本人と再び相まみえることを強要している。

 しかし、それを理解したうえで、なお問う。

 

「敵はラフコフで間違いない。アイコンはなかったけど、シーザーも似たようなモンだろう。今回はヒスイとルガが相手だから、幹部の奴らが出てくる可能性は高い。それでも剣を握れるか? できないなら、ここに残れ」

「そういうこと。……アタシは、もう……今までのアタシじゃない! 親友のピンチに、じっとしてられるわけないわ!」

「……よく言った。けど、あと少しで4時になっちまう。ジェミル、《傾斜の時計塔》まで案内してくれ。場所を覚えてないんだ……」

「うん、任せて。事情はだいたい飲み込めたよ。サポートし合ってこそのチームだ。……それにあの日、きみに託すと決めたから。……急ごう、こっちだよ!」

 

 ジェミルが3時方向に走り出した。

 俺とアリーシャもそれに習う。これから向かう先は熾烈な戦場だ。3人の目からは、敵を射抜くように闘志が放たれていた。

 木々を、家々を、宿屋、食事処、その他木材や藁でできた安い建築物を横切って走った。

 目印となる時計塔のてっぺんが顔を覗かせる。と同時に《策敵》スキルに反応があった。しかも数は7。ボルドが1人で待つと手紙で言ったのも、これでデタラメだと証明できた。

 すると、俺達の行く手に横一列に並造された家屋(かおく)が邪魔をしていた。俺達一行は何1つ声の掛け合いもせずに同じ行動をとる。置物や段差を使って屋根へ跳び移ると、そこで改めて話し声が聞こえた。

 そして声の主はこう言い放った。

 

「きみらのような人をなんて言うか知ってる!? ……ただの、小悪党だよ!!」

 

 聞こえる声に、自然と笑みがこぼれた。

 見えてくるのは幾度か見かけた犯罪者の3人。いずれも網膜に焼き付けてある顔だ。

 俺は走りながらジェミルにアイコンタクトを送ると、ジェミルはそのまま両手に持つ小型アイテム《威嚇用破裂弾》を全弾放射(フルバースト)した。

 バン! バン! というサウンドエフェクトがこだまする。近くで平然と悪びれもなく立っていたシーザーと、もう1人の派手な髪色の男がステップを踏んで距離をとった。

 俺達3人は足場にしていた屋根から飛び降りると、破裂弾から発生した煙の前に着地した。

 まずは謝罪しなくてはならない。リーダー失格の判断力がこの危機を招いたのだから。

 

「遅れてワリぃルガ。それと……よく言った」

 

 後ろでカズが反応した。どうやらヒスイを含めて無事だったようだ。

 ここから先、言うべきことは簡単だ。お膳立ては仲間がしてくれている。

 

「よう、気張れよ小悪党。一瞬で消されねェようになッ!!」

 

 PoH、ジョニー、ザザを前に、俺は《ガイアパージ》を引き抜いてそう叫んだ。

 ともすれば最も到死率の高くなるだろう戦いが、今始まる。

 

 

 

 

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