SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第75話 衝突

 西暦2024年3月7日、浮遊城第40層(最前線57層)。

 

 一瞬……ほんの一瞬だけ、静寂が降りた。

 しかし漂う空気には嘲笑(ちょうしょう)も混じり、連中はすぐに返しの言葉を寄越した。

 

「威勢がいいのは変わらずだ。アリーシャも久しいな。会いたかったぜ」

 

 それは優しく諭すような声色だった。

 あれだけ好き放題使い回して捨てたくせに、白々しい奴だ。

 

「……構うな。2人のマヒを回復してやれ」

「うん。リカバリー!」

 

 俺は安い挑発を無視し、取り出しておいた2つの《回復結晶(ヒーリング・クリスタル)》を腰に取り付けた革製のポーチに仕舞った。続いてアリーシャに《解毒結晶(リカバリング・クリスタル)》を使ってヒスイとカズの《麻痺(パラライズ)》を回復させる。

 2人の《パラライズ》アイコンが消えると、ようやく《抵抗の紋章(レジスト・クレスト)》のメンバーが本調子で一列に並ぶ。大事に至らなかったことが唯一の救いか。

 ここでシーザーが割って入ってきた。

 

「これはこれは、勢ぞろいで。もう堂々と聞きますが、なぜぼくがラフコフと手を組んでいると?」

「…………」

「そう睨まないでくださいよ、純粋に驚いているんです。ミンストレル先輩から聞いた通りだ。稀に予想外の洞察力を見せる。……バレるような要素はなかったはずですが」

「……よくしゃべるな、シーザー。ミンスと言ったか……おしゃべりもそっくりだ」

 

 俺は一泊だけ置いて、大木(たいぼく)の上から見下ろす4人の犯罪者達(オレンジカラー)に注意しながらシーザーに種明かしをした。

 

「判明したのは運任せだ、勝手に想像しろ。けどよ、あんた結構ボロ出てたぜ」

「ほう……?」

「初対面で有名人より先に俺に反応したな。《ダスクワイバーン》を隠さなかったこともアホだ。……だから、信じきれなかった」

 

 もっとも、よもやラフコフが絡んでいるとは思えなかったが、おかげで黒いワイバーンがシーザーの《使い魔》だったと仮説を立てることができた。

 もう1つある。1ヶ月前、ロザリアがレッド連中とパイプを持ってしまったせいで、ラフコフにとあるアイテムを高値で売れる(・・・・・・)などと口ずさんでしまったがために。

 

「おかげで察したよ。あんたが《プネウマ》を欲しがってたんだな」

「……なるほど、確かにミスだ。その読解力……なかなかどうして、見かけによらないものだ」

「それ余計だっつの」

 

 ため息をつくシーザーも、どうやら自分が疑われた理由を理解したようだ。

 上に立つラフコフの連中には余裕が垣間見える。作戦通り、順調にターゲットを(ほふ)るのも、予想外のアクシデントも。、彼らには余興であって、娯楽でしかないのだろう。変化のない屠殺(とさつ)は飽きるからだ。

 いずれにせよ、気狂い共の心境予想は不可能。

 ここで、オレンジ基調の髪に左前面部のみ青の蛍光色で差し色をしたプレイヤーが、奇声をあげながら俺とシーザーの会話を絶ちきった。

 

「余裕ぶっこいてんなよォ、てめェら! ぬるま湯のエセ攻略組じゃあ、束になっても敵わねぇお方だぜぇ!? 勇敢さ余ってポックリ死んじまっても知らねぇぞ~?」

「泳がせ方もうまくなったな。……おいボルド、それとオルダート。お前らの作った状況だ。ここは1つ、こいつらと殺り合え」

「ちょ、えぇ!? そりゃねぇぜボス! 俺のレベルじゃまだ……ここでヤるのは早すぎますよ!」

 

 ボルドなる男は自分が矢面に立たされると思っていなかったのか、尻ぬぐいを命じられた瞬間に一気に委縮していた。

 対するシーザーの答えは単調だ。

 

「いえ、ボルドさん。我々のヘマです。ツベコベ言わず戦いましょう。ですがPoH、仮にも契約中でしょう。ここで知らんぷりは大人げないのでは?」

「交渉できる立場か、クソガキ」

「ここは共闘しましょうよ。なに、簡単です。メンバーを抑えてほしいだけです。そうですね。2分……いや、1分ください。ジェイドさんはぼくが殺しますので」

「ッ……!!」

 

 ヒスイが、カズが……俺すらも恐怖で固まった。

 シーザーの目付きは完全に悪人のそれになっている。俺がヒスイと共にシーザーと初めて遭遇した時には欠片と感じなかった濃厚な殺意。こんなものを内に秘めておきながら、メンバーと普通に話していたのだ。

 俺が感じた恐怖は、オレンジ共の発するこの死の臭い、ではない(・・・・)

 圧倒的な殺意の隠蔽力。それが果てしなく恐ろしいのだ。

 彼は脇に漆黒の逆鱗を持った《ダスクワイバーン》を携える。そこで自身も鍔を灰色に彩った、艶のある《カタナ》カテゴリの(やいば)を鞘から引き抜いた。

 そうして剣を持つと彼らは絵になる。礼儀正しく、良くも悪くも勤勉なシーザーが、あろうことか裏切り者であるミンストレルを崇めているのだから皮肉だ。

 

「いいだろうオルダート。投資の分は回収させてもらう。だが、次のミスは許されない。負けたら無条件で俺にくだれ」

「……先輩やタイゾウさんも、そうやって死んだんでしたっけ。……いいでしょう。おめおめと生き残ったら、生涯ラフコフに服従すると誓います」

「その言葉を忘れるなよ」

「契約不履行は最大のタブーですよ。約束しましょう」

 

 どうやら話がついたようで、PoHを始めとする幹部連中が大きな枝から飛び降りてザッ! ザッ! と地に降り立った。

 舞い上がった砂煙が風に吹かれると、そこにはそれぞれのスタイルの、そして自慢の装備を惜しみ無く披露していた。すべての武器が最前線で通用する。

 足止めに徹するとは言っていたが、どこまで本気か定かではない。猛獣というのは、例え厳しく(しつけ)ていても時として主にすら牙を剥くからだ。

 

「……ヒスイ、3人の指揮を執って、少しでいいから時間をかせげ。俺がシーザーとボルドの相手をする」

「そんな……相手の作戦に付き合うって言うの?」

「よく考えろ、これはチャンスだ。総当たりより、俺が単独で勝ちゃ5対3に持ち込める。さしもの幹部も、攻略組5人相手にバカ正直にはならんだろう」

「勝てる見込みは……ある……?」

「勝てなきゃ全員死ぬまでだ。来るぞ、集中しろッ!!」

 

 戦闘開始、直後に俺を2人がマークした。シーザーとボルドだ。

 俺達5人も2分割される。ギルドメンバーの中には俺を1人にすることに反対する意見もあったが、ヒスイが一括して黙らせている。

 そこまで見てから、俺は張り付く2人のプレイヤーに意識を戻した。

 シーザーは《カタナ》。ボルドが《曲刀(シミター)》使いと言ったところか。

 

「ち、面倒なことに……こうなりゃブッ殺してやるよォ!」

「意外に素直ですね。2対1ですが、ここで卑怯とかはやめてくださいよ?」

「ハッ、半人前2人ならいいハンデだ! 《暗黒剣》、解放(リリース)!!」

 

 俺の《ガイアパージ》が真っ黒な(もや)を纏った。

 これで俺の剣は部位 欠損(レギオン・ディレクト)を発生させやすい状態となる。それはモンスターだろうとプレイヤーだろうと、さらに武器や防具とて例外ではない。

 そして聞き慣れないスキルの名が出たからか、シーザーとボルドの顔に初めて警戒が生まれた。

 おまけに50層(ハーフ)ボスのLAアイテム。片刃の剣を両側に取り付けたような、規格外の大剣《ガイアパージ》だ。警戒は必然。

 しかしそこは大見得を切った手前、シーザーは挨拶代わりに広範囲へ影響を及ぼす、隙の少ないカタナの三連撃を放ってきた。

 だが、ボルドの行動が阻害されている。連携は考えていないようだ。

 

「(ナメやがって……)……手始めだッ!!」

「な、に……!?」

 

 ガギィイイイイッ、という耳をつんざく大音響が鳴った。

 俺とシーザーが弾き飛ばされる。正確にはシーザーのソードスキルと俺の通常攻撃が相殺されて、両者がその運動エネルギーを全身で受け止めた音だ。

 ここで驚いたのは彼らである。奴は攻撃力と速度を補正する剣技を放っていたのに対し、俺はただ単純に剣を振っただけなのだから。

 意に反して痛み分けとなった。この原因は一概に武器の性能差だけではない。

 

「まったく、冗談のように重いですね」

「やるなら本気で来いよ」

「オレを無視してんじゃねェぞゴルァ!!」

 

 頭の悪そうな気合いと、見た目に反して繰り出された鋭い突きを、どうにか地面を転がることで(かわ)した。

 だがこれでシーザー達が直線上に並ぶ。

 縦に並んでは無意味。数の優位性を活かすために、後ろのシーザーが俺から見て左側に迂回した。

 させじと俺も肉薄する。

 

「ッ、んのヤろ! 失せろ、外道がッ!!」

「ヘァハハァ! 当たっかよォ!」

 

 左にずれた俺の斬り上げをボルドは体全体を(ひね)ることで回避。そのまま腰だめに新たなソードスキルの予備動作(プレモーション)を作成していた。

 見たことがある。SALというギルドのリーダー、同じく《シミター》使いであるアギンもよく愛用する単発突進タイプの技だ。

 しかしこれは予想通りでもある。わざと(・・・)攻撃ポイントをずらした甲斐があった。

 シーザーは左側に迂回している。そしてボルドは右側に移動した。つまり俺は、擬似的に挟み撃ちをされる状態を作り出したのだ。

 俺はあえてその中心に飛び込むと、ボルドのスキルは俺をホーミングした。

 単発突進技が炸裂。と同時に、俺は空中へジャンプする。

 寸でのところで俺の足元を通過するボルド。その先にはシーザーがいた。

 

「ちょ、どけッ」

「っ!? ぐァああ!?」

 

 剣を振り抜く前に技をキャンセルしたボルドだったが、慣性の法則まではキャンセルできず、連中は派手に激突する。

 俺はその真後ろに立つと、《暗黒剣》専用ソードスキル、下段単発超振動斬り《ミゼリコルド》を発動した。

 たとえ技をキャンセルをさせようと、ソードスキルのあとは技後硬直(ポストモーション)が必ず課せられる。それがボルドの動きを阻害した。

 俺は遠慮という概念を消し去って全力で大剣を振った。

 ボルドの両足に命中する。しかし浅すぎた。

 ついたのはわずかな創痕のみ。システムが彼の防御力と俺の《暗黒剣》の切断性能を加味してダメージ値を送った。

 結果、ボルドの両足の金属甲冑が粉々に砕ける。が、足の欠損(ディレクト)は発生しなかった。

 分不相応なほど高級な防具に守られているだけでなく、《タイタンズ・ハンド》を抜けたボルドは間違いなく急成長を遂げている。

 

「くそッ、切れないか!」

「くッ!? やってくれたなァ!!」

 

 俺は際どいところで真下からの攻撃を見切って距離をとった。

 今のでボルドを戦闘不能にできなかったのは痛い。対複数戦は想像を上回る厄介なハンデだったからだ。同じ手は通用しないだろう。

 シーザーも体勢を立て直している。左腕を軽く上げていることから、今度のアタック時には、確実に彼の使い魔であるダスクワイバーンがコンビネーションを組んでくるはずだ。

 戦況は不利の一途を辿っている。早くこの2人を倒して、ヒスイの援護に行かなければならないというのに。

 俺は一瞬の判断でポーチに忍ばせてあった《煙玉》を取り出した。

 シーザーが先に気づく。視界がなくなった場合、彼ら2人にとって敵と味方の判別ができなくなくなるのに対し、俺はすべてのユニットが攻撃対象だ。

 しかし気づいた時にはもう遅い。俺はその小型アイテムを足元に叩きつけた。たちまち濃灰色の煙が辺りに充満し、俺を含む使い魔までを包み込む。

 俺が狙うのはボルドだ。

 

「ボルドさん、下がってください! ぼくが食い止めます!」

「(ちっ、バレてるか……ッ)」

 

 シーザーは自分達がなんのアドバンテージを持っているかを心得ていた。

 だがそこは思慮の浅いボルドが足を引っ張る。

 

「はァ!? ギルメンでもないのに指図すんな!! ……オラ、出てこいよ雑魚! かかってこいやァ!!」

「この、おサルさんがっ! 使えない男だ!!」

「(見つけたッ!!)」

 

 俺はシーザーがコントロールできない味方に毒づくなかで、音源を元にボルドの影を捉えた。

 全力でそれに突撃する。

 激突した俺達2人はそのまま数メートルも移動して《煙玉》の有効範囲外へ出た。

 

「いってェ……なァ!」

「ぐぅっ!」

 

 ゼロ距離で腹にシミターを受ける。それは俺の体の半ばまで貫いた。

 だがここまで計算通り。俺は馬乗りになったまま左手でシミターの剣身を掴み、片膝を立てて後ろを向く。そこには当然ボルドの両足がある。

 俺は声にならない絶叫をあげ、無理矢理片手でガイアパージに初速を与えた。

 片手では持ち上げるだけの筋力値がないからか、ガイアパージが地面をガリガリと削りながらボルドの両足を通過した。

 肉と骨がねじ切れる音。《暗黒剣》によって強化された切断能力は、とうとうその本領を発揮する。本来なら平均4、5回ほど同じ場所が斬られた時に発生する部位欠損(レギオン・ディレクト)が、たった2回の弱ヒット判定の斬撃を受けただけで発生した。

 ボルドの目が見開かれる。

 ここに来てようやく《暗黒剣》の危険性を、遅効性の猛毒を見たかのように。

 

「うァアアア!? オレの足がァ!?」

「黙ってろクソカスッ!!」

「ゴあああっ!?」

 

 俺は刺さったシミターを腹から引き抜きながらボルドを蹴り飛ばした。

 その直後にシーザーが《煙玉》から出てくるが、その整った顔は歪んでいた。実力だけでなく戦術で出し抜かれたことが、彼には我慢ならないのだろう。

 ようやく1対1だ。だがここまで1分以上かけてしまった。急がなければならない。

 

「気にくわないです。……が、かの先輩が破れたというのもうなずける。認めますよ。ラフコフに相応しい敵だ」

「いい気味だ。ちゃっちゃとやろうぜ、あとがつかえてンだ」

「ふ……ふくくく……実に面白い。彼を殺した罪……あなたの心臓で精算するとしましょう!」

「このキチガイがッ!!」

 

 再び両者はお互いの相棒を斜めに振り抜いた。

 激しい金属音。それに伴う火花と全体重をかけた鍔競り合い。

 と、その視界の隅で黒い影が横切った。

 ビーストテイマーが使役するモンスター、使い魔の《ダスクワイバーン》だ。

 俺はとっさに鍔競り合いを解除し、転がるようにして真横へ飛んだ。すぐ後ろで《フレイム》ブレスが炎熱を振り撒いている。間一髪だ。

 《ダスクワイバーン》という種族にとって、大きな長所はこの《フレイム》属性のブレスと力強さにある。

 リズとのプレイヤーホーム買い取りの際に、シーザーの使い魔は大量のコルを持ち出している。そしてSAOでの硬貨は現実のそれより大きく作られて――ストレージに収納できることから、財布の大きさを考慮する必要がない――いるのだ。

 金貨も材料は金属。それが1000枚も溜まるとかなりの質量になるはずである。しかしこの使い魔はそれを持ち運び、遠くで長期間保管することができた。それだけのパワーがあるということだ。

 

「ハァ……ハァ……厄介な奴がラフコフに入ったもんだぜ……」

「厄介で済ませるとは! いい度胸です!」

「ぐっ、クソ……!!」

 

 ブレス、突撃技、視界撹乱、連続斬り。単純な繰り返しであってもその相互連携のレベルの高さから突破口が見つからない。シンプルゆえに誤魔化せない。完全に相手のペースだ。

 奇跡的な体裁きでどうにか被ダメージを抑えているが、ボルドに刺された傷を含めて体力総量は6割を下回った。長くは持たない。どころか、俺はこれからギルドの援護に行かなければならない。

 いくら鍛えぬいたレジクレの仲間4人でも、ラフコフの幹部3人相手では厳しいだろう。

 

「(く……くそ、賭けだ!)」

「なにっ!?」

 

 俺はシーザーが上級多連撃ソードスキルを発動しようとするのと同時に、全身をバネにして彼の前方上空へ飛び上がった。

 筋力値補正の暴力的な加速を得て、俺はシーザーの使い魔、すなわちダスクワイバーンの首もとに飛び付いた。ついでにフリーになった左腕でガッチリと自分の座標を固定する。

 ダスクワイバーンが悲鳴をあげた。振りほどこうと必死にもがく。

 俺のように筋力値の高いプレイヤーはこうしたジャンプ力も増す。シーザーはその事を失念していたのか、予想外の展開に技をキャンセルしてしまった。

 

「ゼフィ! くそ、離れろっ!!」

「ぜァああああッ!!」

 

 バギィイイイッ、となにかが弾かれる音がした。

 《暗黒剣》解放状態のガイアパージがシーザーの防具を浅く削り、彼の刀を弾き飛ばした音だ。

 体勢の悪かった俺は適当に腕を振り回しただけだった。剣が弾き飛んだのは狙ったわけではなく、単純に運が良かっただけである。

 しかし武器をなくしたシーザーは、それでもダスクワイバーンにしがみつく俺を強引に剥がそうとしてくる。隙のない連携から一転、これでは隙だらけだった。

 勝負とは、往々にして一瞬の迷いから決する。

 

「う、らァあアアっ!」

「ぐあぁあああ!?」

 

 真横に一閃したガイアパージをモロに受け、シーザーは半回転してから腹這いに倒れた。

 彼はそれでも咳ごみながら立ち向かってくる。俺はダスクワイバーンから一旦離れたあとに、またしても使い魔を狙って攻撃した。

 近距離ゆえにクリティカルで命中。ダスクワイバーンのHPがガクッ、と減った。

 彼からはさらなる焦りが見られた。そして、焦りは短絡的な行動につながる。

 武器を持たない突進に対し、俺は容赦なく追加の1撃を叩き込んだ。

 ザシュッ!! という、肉の切れるような斬撃が響くと、シーザーの命も残りわずかとなる。勝敗は、ものの10秒の間に決した。

 

「ヘッドぉ、あのバカ共やられてますぜ! マジ使えねぇっすねェ」

「ここで続けて、勝つのも、アホらしい」

「……お前ら、撤退だ。ジョニーは《煙玉》うっとけ。撒いたら転移だ。帰ってこないななければ2人は切り捨てる」

「了解っす、よ!!」

 

 ボフッ、とまたしてももう1つの戦場で広範囲に煙が撒かれた。

 幹部連中の会話はギリギリ聞き取れたが、どうやら本当に撤退するようだ。

 タイミングがよすぎるし、思いきりもいい。おそらく俺とシーザー達の戦いを監視しながらレジクレの4人と戦っていたのだろう。

 その戦闘技術は毎度驚かされるが、集中力を欠いていたお陰でレジクレの4人がまともに戦えていたのだから、結果的に戦力分散の選択は正しかったようだ。

 俺はオレンジ共の跡を追わないよう仲間に叫ぶと、また1度シーザー達を視野に捉えた。

 

「くそ、ぼくが……こんな単純な動揺で……ッ」

「逃がすかァ!」

「くはッ!?」

 

 結晶アイテムで逃げようとするシーザーを俺は斬り伏せた。

 テレポート準備期間のライトエフェクトが霧散する。同時に、今の攻撃でシーザーの体力ゲージが危険域(レッドゾーン)に突入した。

 時同じくして10メートルほど先でも音が鳴った。これも転移が中断された音だ。よく見ると、ジェミルが飛び道具を投げてボルドの行動を阻害しているようだった。かなり距離はあったが、さすがはギルド1の名狙撃手である。

 

「ボルドさん……逃げられると思わないで……」

「くそ、ちくしょう! こんなところで終わってたまるか!」

「ジェミル、ナイス攻撃だったぞ! ヒスイ、ボルドを押さえろ! 俺はシーザーを!」

「わかったわ!」

 

 俺は手がかりの確保を命じた。

 シーザーに向き直る。地面に尻餅するシーザーの目にはまだ闘志が宿っていた。

 

「お別れです。……ゼフィ!」

『クギィイ!』

「ッ……!?」

 

 俺は反射的にシーザーに追撃を行おうとした。しかし、そこへダスクワイバーンが割り込み、俺の剣は使い魔にクリティカルヒットしたのだ。

 

「また会いましょう……転移!」

「させっか……なにッ!?」

 

 ここで時計塔の鐘が高らかに鳴った。時針の針が数字と垂直になったことを知らせたのだ。

 ゴーン、ゴーン、と。その近辺にいる俺達にはそれ以外の音が遮断された。

 俺は忘れていたが、《圏外村》に分類される《トシフック村》にとって、この大型オブジェクトである《傾斜の時計塔》周辺は観光スポットだ。傾いたまま立てられたこの時計塔は、分針が5分程度遅れている。つまり、本来の時間である16時5分に相当するタイミングで鐘の音が鳴るのだ。

 シーザーの発音する街の名前が聞き取れない。ダスクワイバーンがポリゴンデータとして爆散したせいで口元も一瞬だけ隠されてしまっていた。

 次にシーザーの姿が目に入った時には、彼はすでにテレポートのエフェクトに包まれていた。

 その姿はやがて、エフェクトと同時に消滅する。

 しばらくしてエリア全域に響いた低い音程の鐘の音が鳴り止む。そこには最初と同じ、穏やかな静寂があるだけだった。

 

「くそ……ここまできて、逃がしたか……」

「でもジェイド、使い魔は倒したんだよね? なら実質的に……」

「いや、ほら見ろよ」

 

 俺の指が指す先で羽根型のアイテムが消えていった。

 推測するしかないが、今消えたのは《ゼフィの心》としてドロップしたアイテムだろう。

 長距離に置いてしまった自分のアイテムを手元に引き戻す方法には、《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》というコマンドが挙げられる。文字通りプレイヤーの所持アイテムをすべて周辺地面にばらまく操作だ。

 これはビックリするほど使い勝手が悪い。コマンドそのものがメインメニューから遠い場所に隠されていることもあるが、物体化したくないアイテムまでまとめて出てきてしまうので、あとで回収するのが大変なのだ。

 しかし、今のシーザーのストレージにはアイテムがほとんどない。俺がリズともう1度《結婚》システムを使わせるに当たって、両者のストレージをほぼ空っぽにしておいたのだから当然だ。これは盗みやトラブルが起きないための最低限の処置でもある。

 そしてアイテムの所有者属性というのは、地面にドロップしてから300秒後にしか解除されない。奴は最低限の自衛アイテムであるテレポート、ヒーリング、リカバリーの結晶をそれぞれ1つずつ所持していた。ドロップした《ゼフィの心》はあくまでシーザーの所有物であり、彼の足元には1枚の羽根と2つの結晶アイテムだけが落ちているはずだ。

 

「やっぱり回収されたか。落とした刀も消えたみたいだし、《クイックチェンジ》に登録してあったんだな。逃走1つとっても周到なもんだ」

「仕方ないわジェイド。それより、捕まえたボルドさんから情報を聞き出しましょう」

 

 ヒスイの提案で、まずはシーザーのことを忘れる。次いで乱れたオレンジ髪のボルドに向き直った。

 仲間が両手をロープで縛っている最中、俺は《暗黒剣》を停止させた。それからボルドの目の前でしゃがみこんでゆっくりと語りかけた。

 

「ボルド。1つ聞きたい」

「なにもしゃべらねーぞ、俺は」

「あんたが足を斬られたとき、なんですぐ逃げなかったんだ? 逃走する《圏外村》ぐらい、事前に決めてあるだろう」

「……けっ、無視か。……逃げたら殺されるからだよ! ラフコフで頭張る男がどういう人間か……あんたらは知らねぇんだ。幹部より先に逃げようものなら、こんな安い命はすぐにパァだ。けど言うこと聞いてりゃ、ちゃんと必要とされる!」

「必要、ね。そりゃ気の毒だ。けど同情はできない。……あんたのことはそれなりに知ってるよ。2ヶ月ぐらい前まで……《タイタンズ・ハンド》にいたろ」

「なっ、なんでそれを!?」

 

 この事実にはボルドだけでなくレジクレメンバーも驚いていた。ものの1秒足らずで理解した顔を見せたのは、回転の速いヒスイぐらいだった。

 とはいえ、遅かれ早かれ消去法でボルドの正体は割れただろう。

 12人ギルドだった《タイタンズ・ハンド》。

 実質的に組織を仕切っていたロザリアと、恐怖体制の礎として見せしめに殺されたメンバーが1人。攻撃役が8人と《圏内》での誘導役が1人。そして、残るプレイヤーはロザリアの元彼氏。ラフコフに移籍した最も危険な男、それがこのボルドだったのだから。

 

「その身勝手な行動で《タイタンズ・ハンド》は死んだようなモンだ。殺人なんかに手を染めやがって……ッ」

「は、ハハハ……そうか、ロザリアのバカが吐きやがったのか。……ちくしょう、じゃあオレのギルドもやられてたってか? クソったれが……」

「言っておくと、あんたはPoHにすら信頼されていない。奴は《タイタンズ・ハンド》という組織を戦力に数えているだけで、あんた個人に価値はないと思っている」

「は……? な、なに言ってんだよ。……んなことあるか、なにも知らねぇくせに!」

「テメェよりは詳しいさ。じゃあロザリアはなぜ無条件でPoHに従っていたと思う?」

「それは……」

 

 ボルドは座り込みながら口ごもった。

 どうやら剣を突きつけられ脅迫されるとしたら、少なくともラフコフやシーザーのことを聞かれると思っていたようだ。それがいざ蓋を開けてみると、《タイタンズ・ハンド》についての質問ときている。混乱するのも無理はない。

 

「し、知るかよ。おおかた、レッドのやり方が楽しくなってきたか……それか、オレと指向を合わせようとしたかだな」

「いいや、まるで違う。彼女はこう言っていたぞ。殺しのノルマを達成しつつ金を貢がなければボルドが殺される、とな」

「そんな……そんな馬鹿な!? ンなことするはずが!」

「これが現実だ。ロザリアなりにあんたのことを想っていたんだ。失いたくなかった。……だから、殺人ギルドとしての注目をラフコフの代わりに引き受けた。だってのに、肝心のあんたはPoHの犬だ」

「くッ……」

「なにが『必要』だよ。裏ではロザリアが彼氏をエサに脅されてる一方で、呑気にラフコフで飼い慣らされていただけさ。あんたにロザリアの屈辱がわかるか?」

「それ、は……その……」

 

 口をパクパクと動かすボルドからは、もはやなんの生気も感じられなかった。

 目の焦点が合わなくなる。目の前が真っ暗になる人間というのは、今の彼を言うのだろう。しばらくしてその場で額を地面に打ち付け、音もなく崩れ落ちた。

 下っぱのボルドを捕まえたところで、有益な情報が割り出せないことは初めから察しがついていた。あとは彼自身のことだ。せめてロザリアのように改心の道へ行くことを願うばかりである。

 

「……もう帰ろう。ルガとジェミルは俺と交代しながら、ボルドをこの層の《レイヤー・ポータル》まで連れてくぞ。ヒスイとアリーシャは接近してきたモンスターをけちらしてくれ。策敵もヒスイに任せる」

「了解ぃ」

「わかったわ……」

「あとルガ達は悪かったな、危険な目に……けど、根本的にはまだ解決してないんだ。気を抜かずにいこう」

 

 こうして俺達は主街区へと歩いていった。

 これからまた大仕事だ。まずは当人のリズにこれらの事情と出来事を報告しなければならない。彼女の(コル)がまったく取り返せなかっただけでなく、今後取り返せる可能性はまずないだろうことも含めて。話す前から気が重い。

 それからシリカを初めとした各方面の恩人への礼。なかには全貌が掴めないまま未だに放置状態にしている人もいるので、早急に対処しなければならない。

 プレイヤーホームの確保と、それらすべての雑務を考えると、とても今日1日で終わるものではない。

 

「(しゃーねぇ、本腰入れてもうひと仕事するか……)」

 

 俺は疲れた体に鞭打って、歩きながら小さくぼやくのだった。

 

 

 

 

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