西暦2024年3月7日、浮遊城第56層(最前線57層)。
《軍》の人間、厳密にはクロムのおっさんへ犯罪者ボルドを引き渡し、その際にロザリアに対してもあらかたの経緯を説明しておいた。
ロザリアの顔を見たボルドは酷く動揺していた。その手でギルドを叩き潰し、ロザリアを《黒鉄宮》送りにしたことから、自分がいかになにも知らされないままPoHの言いなりになっていたかを自覚したのだろう。
ボルドは深く頭を下げて謝罪していた。俺が見たのはそこまでだ。あとは彼ら自身の問題である。
俺は《軍》の連中に礼を言ってから、すぐに《黒鉄宮》をあとにした。
レジクレが次に向かったのは、シリカが住んでいる
そしてホームタウンに立ち寄って彼女を呼び戻してから、
目的は注意喚起以外にも、ビーストテイマーの彼女がいた方が説明しやすかったからである。
「……というわけだ。悪かったなリズ、あれだけ協力させといて1コルも取り返せなかった。……正直、俺の見通しも甘かったよ」
「そ、そんな……謝らないでよ。あたしは助けてもらってるだけなんだし。それにあんた頑張ったじゃない。気付かなかったら大変なことになってたし……」
「危なくなったから挽回した」というのは、戦場ではなかなか通用しないものだが、確かに過ぎたことで落ち込んでも仕方がない。
ルガと
「ま、次こそは危険ナシで行くさ。……ああそれと、俺はこれから
「ジェイドぉ、ボクとアリーシャさんはルガとリズベットさんと一緒にいていぃ? 今度こそなにも起こらないようにさぁ」
「ああ、そうだな。じゃあみんなはリズと一緒にホームを購入しといてくれ。俺とヒスイはシリカを連れて55層経由して戻ってるよ。……んじゃ一旦解散」
『はーい』
返事をすると一員はそれぞれ自分の役割をこなすために散り散りとなる。
視線が外れたことでふう、と肩の力を抜く。
ひとまずは1件片付いた。
しかし実に長かった。16時5分にラフコフとの戦いが終わり、ボルドと《黒鉄宮》での手続きに30分。《フリーベン》と《ラミレンス》を往復し、シリカとリズに合流してから彼女らへの説明に30分。
すでに時刻は17時10分を過ぎ、3月の夜はすぐそこまで迫っている。
俺は表通りを歩きながらウィンドウの時間を見てぼやいた。
「ちょっと遅くなっちまったな。どうするよ、やっぱ先にシリカだけでも帰しておくか?」
「あ、あたしも時間は大丈夫なんですけど……その、
「あ~そりゃそうか、面識ないしな。んじゃあ名残惜しいけど、《転移門》に着いたらそこで別れよう」
「ピナも眠そうだしね。先に送ろっか」
『キュルキュル……』
ピナがそう返事をしたところで俺達の方針は固まった。
しかし、55層はさすが《
その威圧感に急かされるように自然と3人は歩調を早める。
「それにしてもジェイドさん。《貸金屋》の上に《ダスクワイバーン》がいたからって、よくシーザーさんがビーストテイマーと気づきましたね」
突然シリカがそんなことを聞いてきた。彼女の幼い顔を見ると、意外にも本気の探究心を感じ取った。
俺はその意を
「まあな。俺やヒスイがシリカと会って、そのままロザリアに自白させた日があったろ。覚えてるか?」
「はい……」
「ええ、もちろん」
「そん時から引っかかってたんだよ。シリカがピナを生き返らせると言った時、あいつは『《思い出の丘》に行くのか』と聞いてきた。……けどコレ、おかしいよな? 35層で狩りをしている人間が、47層フィールドの情報を手に入れているんだ。んで、実際ロザリアのレベルは高かったと」
「へぇ、細かいことを覚えてるんですね!」
「…………」
暗にバカにされた気もするが、きっと彼女は純粋な感想を述べただけなのだろう。
なので、バカにされたカウンターは加算しないこととする。
「次は翌日のことだ。ロザリアと
「あ、そう言えば『プネウマは今が旬』、みたいなことを言ってましたね」
「そう、それそれ。けどこれもおかしいんだよ。なにせ《プネウマの花》は季節や時期によって値段が変動するタイプのアイテムじゃない。……そういや、シリカはビーストテイマーがどうやって《プネウマの花》を仕入れてるか知ってるか?」
「え、ビーストテイマーはみんな手に入れてるんですか? んーと……ん~と……」
シリカは人差し指を顎に当て、地面を見ながらうんうんと
虚空を見つめたり、頭を働かせようとこめかみをグリグリする姿からは、一種のあざとさすら漂ってくる。決してロリコンやそれに準ずる特殊な性的指向を持ち合わせてはいないが、見ているとどうしても頬がほころんでしまう。
もっとも、この感想を口に出そうものなら、またぞろヒスイに斬られてしまうだろう。見かけによらず、彼女もあれで独占欲の強い女なのである。それが苦しくもあり嬉しくもあり……。
さておき、それから優に10秒ほど
「あう、わかりません」
「へっへーん、そうだろ。いいか、プネウマの出現方法は《なつき度》の高い使い魔を亡くしたビーストテイマーが、ドロップした《モンスターの心》を持って《思い出の丘》の前に立つことだ」
「はい、そこまではわかります」
「あとは流通だけど、主には
「えっ!? そんな……ビーストテイマーが、自分の使い魔を……?」
「かわいそーだけど仕方ない。量産しないと、テイマーは使い魔が死ぬ度に《思い出の丘》に来なくちゃいけなくなる。シリカみたいに、47層に行けないレベルの奴はその時点でアウトだぜ? 俺やヒスイがいたからよかったものの、ハナからレアで高額だから易々と買えないしな」
「確かに……そうですけど……」
シリカにとってはまだ不満があるようだ。
あれほど可愛がっていたピナと《プネウマの花》を回収しにいくビーストテイマーとを比べれば、それが酷く残酷に見えるのは無理もない。
だがプネウマは流通している。これは事実だ。
ただし極端に供給が少ないからか、売り出す相手はかなり厳選している。《なつき度》上昇率と、同族モンスターのテイムのし易さが《テイミング》スキルの熟練度に左右される、ということはシリカも重々承知のことだろう。
プネウマがやたら高い原因は、これ1つをゲットするのに、どうしても時間がかかるからである。
結果的に、売る側も怪しいプレイヤーに渡って悪用されたくないので、大量のコルか同等品の物々交換によってのみ取引が成立する。もしテイマーでない者がプネウマを欲するなら、それこそ法外なコルを積み込むしかない。遊びで買える金額ではないだろう。
「だからこそ、ラフコフの手下だったロザリアには、マジでプネウマを高額で叩き売れる相手がいたってことになるんだよ」
「え? でも花を流通させてる人を調べれば、わざわざそんなことしなくても……」
「売る人は選ぶ。……ましてやオレンジ共がプネウマを狙ってたとしても、交渉に応じないだろうさ。ラフコフはあの時からシーザーを抱え込む気満々だったんだろうな」
「そういうことだったのね、ジェイド」
長らく黙り混んでいたヒスイは、合点がいったように会話に介入する。
俺とシリカが歩きながらヒスイに注目した。
「麻痺にやられている時、話を聞いていて思ったのよ。……シーザーは転移してすぐに《ゼフィの心》を回収した。使い魔を囮にできたのも、復活させる手立てがあったからなのね 。シーザーと繋がっていたラフコフ……さらにそれと繋がっていた《タイタンズ・ハンド》……」
「終わってみると、ホントせまい業界だよ」
「むつかしい話ですね……」
そうこうしている内に、今度こそ別れの時が近づいてきた。
ちょっとした人垣の向こうに《転移門》が見える。
「お、そろそろお別れだな。ホームまで迎えにいってやれないのはカンベンな」
「はい、《圏内》ならあたし1人でも大丈夫です。ヒスイお姉さんもありがとうございました」
「あたしなんて、なにもしてないわよ。それに、また巻き込んじゃったね」
「今日はあたしが会いたくて来たんです。それに……事件の話も、あたしとはどこか違う世界のできごとに聞こえます。実際に見てもいませんし」
「見ないに越したことはないって。……さてヒスイ、いい加減を仕事を終わらせよう。じゃあなシリカ、また会おうぜ。……転移、グランザム!」
《転移門》の目の前に到着すると、俺はヒスイと手を繋いで転移エフェクトに包まれた。
ヒスイは先ほどの会話から終始落ち込んだ表情をしている。シリカと別れる時も、いつもの彼女なら次に会う日を思い浮かべるような顔をするはずである。それが、シリカに手を振るヒスイからは元気が感じられなかった。
まあ、おおよその予想はつく。彼女なりの責任感の現れなのだろう。
俺は感情を逆撫でない程度のフレンドリーさを作って切り出した。
「ヒ~スイ。そんな落ち込むなって、みんな無事だったんだ」
「……さっきジェイドが言ってた、危なくなってからじゃ遅いって。……事実その通りだわ。なにがリズを助けてあげたいよ……なにが、力を合わせれば……結果、ギルド全員を危険に巻き込んだわ。あたしが発端のようなものよ。……しばらく問題がなかったせいで浮かれていたのね。正直、ここまで自己嫌悪になったの初めてかも……」
「(確かに長いグチは珍しいな……)」
この分だと、先月のロザリアの件を話したのは逆効果だったかもしれない。
しかし俺は、ヒスイの正義感に振り回されたという意味で……つまり、彼女を責めたくて長く口上を垂れていたのではない。彼女はいつも俺のサポートをしてくれている。迷惑なんて思ったことはないし、頼られるのははっきり言って嬉しいぐらいである。
きっとこの正義感の塊は、それを言葉にしてほしいだけなのだろう。
「まー、ぶっちゃけるとさ。ヒスイの力になれたならオーライだ。ヒスイ以外はダメだけどな!」
「……ジェイド……」
少しだけ格好つけてから、俺達は鋼鉄でできた無機質な街並みを静かに見渡しつつKoBの本部がある主街区の中心部へ向けて歩を進めた。
その間、幾度か弱音を吐いたものの歩調自体はしっかりとしていた。どうやら俺の慰めが多少なりとも功を成したようだ。
「ふふっ。そろそろ、あなたへの貸しが尽きちゃいそうかも」
「おいおい貸し借りだったらむしろヘコむぜ」
「ねえ、ジェイドってよく学歴にコンプレックス持ってるみたいなこと言ってたけど、実は頭いいんじゃない?」
「ほらあれだ、ゲームのことになると脳が活性化される的なやつ。俺マジで史実とか英単語とか覚えるのムリだけど、ゲームの専門用語100個覚えろとかなら1日でできそうだわ」
「あはは、いかにもって感じ。でもちょっと納得できちゃう自分がいるのよね……」
「だろ? わかるだろ?」
少し興奮ぎみに聞いてしまったが、中学生の時に同じ話をした際に、学校できちんと勉強している人間から白い目を向けられたことを思い出してしまった。
しかしヒスイは俺の励ましを深読みしたのか、突然トーンを下げて切り出してきた。
「そうやって励ましてくれるのはとっても嬉しいんだけど……やっぱりあたしは償いたいよ。なにかできることはないかな? なんでもするよ?」
「『なんでもする』はあんま言わないほうがいいぞ。……てか、そう言われてもな……ああほら、KoBの本部だ。先にこっちの話をつけよう」
この分だと、カズも裏で相当な責任を感じているのかもしれない。ギルド内の心のコントロールとやらが1番難しい課題だと、リーダーになってからここ最近如実に実感している。
それはそうと、ヒースクリフは俺に情報を提供してくれた段階で「30分だけ時間が空いている」と言っていた。現在はあれから1時間半ほども経過しているので、なんのアポも取っていない現状を鑑みるに、首尾よく彼と話をつけられないかもしれない。
だとしたら面倒ではあるが日を改めるしかないか。
だが思案に暮れていると、ちょうど到着する頃になってデジャヴのようにまたしても本部への帰還者一行が現れた。しかも先頭を歩くレイピア使いは俺もよく知っている。
「あ……あれ、アスナじゃない! アスナ~!」
「スゲーな。タイミングが良いやら悪いやら……」
「ヒスイ、久しぶりじゃない! 珍しいわね、セットでジェイド君を連れているなんて」
「俺のあつかいって!?」
「ウチになにか用があったの? わたしでよければ窓口になるわ。あ、あなた達はお客さんが来たからわたしが対応するって団長に伝えといて。うん、よろしく」
アスナが軽く命令するだけで、その後ろに従えていた何人かのKoBメンバーが小娘の命令に文句の1つもつかず、ガチャガチャと甲冑を鳴らして従っていった。
《攻略の鬼》として、そして《閃光》として名を馳せるトッププレイヤーは今日も絶好調のようである。男共を顎で使う仕草も実に手慣れたもので、彼女のイメージからはむしろ納得のいく貫禄だった。さすがは名高い大ギルドのサブリーダーだ。
強いて問題を挙げるとするなら、俺への横暴な態度だろうか。
「(まあ、ヒースクリフに免じて……)……んでアスナ、いま団長さんと会えないか? さっきちょいと世話になってな、礼ぐらい言っとこうかと」
「ん~確かこの時間は会議じゃなかったかしら。わたしが全力で頼めば来てくれるかもしれないけど、緊急じゃなさそうよね」
「無理しなくていいんだ、また日を改めるよ。今日は遅いしな。じゃあせめて次にヒースクリフの都合がよくなる日ぐらいは……」
締めようとしかけたが、隣の恋人に手で制されて言いよどむ。
「あ、そうよアスナ。短期間でお金を徴収する方法とか知らない? 今あたし達のギルド、お金に困ってて」
「徴収て……」
どうにも、まだ俺の
俺的には人命の懸からない損害はチャラにしたつもりだが、元より人一倍真面目な女だ。相応の失敗には思うところがあるのだろう。
俺は割って入ったヒスイをあえて止めず、成り行きを見守ってみることにした。
「お金、ねぇ……わたしは攻略していく内に自然と貯まるイメージだけどな~。サブリーダーやってるとギャラがいいからかしら。まだまだ死蔵されてるコルがあるけど」
「へえ~いいなぁ。そう言えばアスナって誰からお金もらってるの? 確かKoBにはお金を管理する特別な役職があったよね?」
俺もアスナの羽振りのよさを想像すると羨ましいが、気になったのは金を管理する役職が設けられているという点だ。
やはり規模が違うとこうした人事活用ができるのかと感心してしまう。
内心、ギルドに1人はそういった役職を担う人材が欲しいところ。人にはそれぞれ得手不得手というものが存在するし、レジクレが金を貯め損ねているのは、ひとえに俺の経理に対する苦手意識が影響しているからだ。
「うん、ダイゼンさんという人が担当してるわ。彼はメンバーが集めたお金を一括管理して、それを各ノルマや成績に会わせて分配したり、あとはイベントを行う時にその参加費や出費を計算したりしてるのよ。どうも電卓を叩くのが好きみたい」
「ほえ~、部活でいうところの会計みたいなもんか。アクションゲーでモノ好きなもんだ。やる奴はやりたがるんだよなぁ」
「そうそう、あたしの学校でも……って、そっちはいいか。ねえ、その人ならお金の効率的な貯め方とか知ってるんじゃないかしら? 今のレジクレ……いえ、あたしにできることならなんでもするつもりよ」
「『なんでもする』はあんまり言わないほうがいいわよ。あと、レジクレはなにがあったの? その感じだとだいぶ損害を出したみたいね」
「ああ、実は……」
俺はまたアスナに対して何度目かもわからない説明をする。アスナについてはリズが《結婚》を利用した詐欺の段階から知らなかったので、説明を終えるのにかなりの時間を要してしまった。
しかし女性として《結婚》システムを悪用した強盗紛いの騙し方に腹を立てたのか、これらの話は俺が予想していたより遥かに有効的に彼女を燃え上がらせた。
「リズを騙してそんなことを……許せないわ。もう、それならそうと早く言ってよね。わたしも全力で手助けしてたのに。てっきりお金を貸してほしいとか、そういう面倒な話かと思っちゃったじゃない」
「んで実際どうよ? ヒスイはこう言ってるけど、1人に押し付けるつもりはない。レジクレ全員でできることを試したいんだ」
「わかったわ。もうすぐ18時よね……なら、ダイゼンさんも攻略会議室から出て来るはずだから、部屋の前で待ってましょう。そこからはわたしも頼んでみるわ」
「ありがとうアスナ~」
「もう、ヒスイったら……」
抱きついて頬ずりをするヒスイを見ると、普段そこまで甘えてこない俺自身への立場に少なからず危機感が募る。
いや、ヒスイがアスナに取られるなどという心配はしていないが、自身の甲斐性のなさは見直さねばならないだろう。未だに踏み込んだ事情すら作れないのはいかんともしがたい。本当に、なぜ彼女のような美人でなんでもこなすタイプの勝ち組が、こんなダメ人間のそばにいてくれるのか、たまに不安になるのである。
「(いかんいかん、ポジティブに……)」
それから俺達は、鉄壁城を思わせる巨大なギルドホームに案内された。
中にお邪魔すると、立派な作りに素直に見入ってしまう。鋼鉄で造られた塔の1階は大きな吹き抜けのロビー。下には長く鮮やかな赤い絨毯が敷かれ、壁には
途中何人かすれ違ったギルドメンバーに会釈しておいたが、やはり過去に何度か
「(なにをとっても規格外って、それはそれで考えものだよな……)」
文句を言っても仕方がないのでアスナに続いて長い階段を上ると、いくつもの扉を越えてからナチュラルカラーの扉の前まで来た。
レイアウトやデザインも隣の扉と一線を画している。どうやらここがゴールのようだ。
それから数分、18時を回る少し前に会議室の扉が開かれた。中からはいかにも重役についていそうな風格のプレイヤーが出てくる。ヒースクリフはまだなにか話しているようだ。
そこで、よく言えば
「あ、あの人がダイゼンさんよ。じゃあ事情を伝えてくるからちょっと待ってて」
アスナはそう言うと彼の元へ駆け寄って今までのことを話していた。
そこで俺はふと疑問に思ったことを口にする。
「つか、会議って言うと重役は参加するだろうに。アスナは参加しないのな」
「あの子がいないと前線の士気が下がるから」
「あ~、すこぶる納得」
「それにケースバイケースだと思うよ。会議中だろうと攻略は進んでいくんだし、前線では誰かがメンバーをまとめないと」
「それもそうか。……お、話ついたみたいだな」
「いや~お待たせしてすみません、ダイゼンという者です。この度はどうも」
そう言って近づいてきたのは柔和な笑顔を見せる件のダイゼン。
経理担当から助言が頂けるなら光栄である。俺達4人は雑談を交えながら――もっぱら前線の情報交換だが――先ほどとは別の会議室に招かれた。
「まぁうちもトップだなんだと言われますけど、なんやかんやで人も足りん、金も足りん、武器も足りんな状況ですわ。規模を維持するのも大変でっ……と、立ち話もなんですわな。まずは座ってください。……さて、ざっくり言うと、借金を引き受けてギルドの資金が空っぽになってしまったと?」
「ああ、そうなる。……いや間違えた。その通りです」
「はっはっは、若い者が無理をするものじゃないよ」
ダイゼンは人懐っこく笑うと、ものを頼む態度に対し俺を叱ったヒースクリフと対照的なことを言い出した。
げにメンドくさきはジャパニーズビジネスマナーである。
「あたしの責任です。できれば1人で損失分を取り返したいんですが……」
「おいヒスイ、勝手に責任を負わんでも……」
「ままま、話は大体わかりました。うちもこんな役職に就いてる身でしてね、金の足らん状況なんて日常茶飯事ですわ。して、うちにも日夜考えとるイベントはあります。ただ少し……提案し辛いというか……ま、一応言います。率直に言えば、攻略組全体を巻き込んで、街の広場などでプレイヤー同士の大規模なトーナメントを組むんです。それから参加者には景品などを用意して、メディアすら活用したドンチャン騒ぎにする。そうなれば、うちらKoBの株も上がってプレイヤーにも刺激的な1日を提供できる……一石二鳥と思いません?」
そう言ってダイゼンは身を乗り出して尋ねてきた。
いい案かはやってみないとわからないが、試す価値はあるだろう。少なくとも現状、現実味のある解答だ。それに楽しそうである。
元より攻略組というのは、称賛されることがとてもとても大好きなコアゲーマー。こうした機会に自分の実力を試し、自ら鍛え上げたステータスやレアな剣、または習得者の少ないスキルや自慢の装備も披露できる。
そこで上位入賞などすればたいしたものだ。KoBや
理にかなっているとは言え、参加者確保にはもう1つなにかないものか。
「ん~トーナメントつっても、金集めってことは当然有料だろ? 戦いたきゃフィールドに出ればいいだけだし、そんなに参加者は集まるのかな……」
「甘いですよジェイドさん。簡単なことです。客寄せ用の優勝商品があればいいだけなんです。集団戦にしてしまうと運の要素が強くなってきますが、1on1のトーナメント形式なら、腕に覚えのあるトップ勢にはあつらえ向きの腕試しになります。さらに物欲まで満たされる一大イベントとして告知すれば、そりゃあ食いつくプレイヤーは多く見込めますよ」
「レアアイテムとか、KoBへのギルド参加権とか?」
「それもアリです。ですが、いま攻略組に不足しているものはなんだと思います? なに、難しい問題ではありません。攻略組をよく観察していれば自ずと察せます」
「そらいくらでもあるけど……いや、スキルやステータスはもちろん、経験値も手渡せるもんじゃないし」
ここでダイゼンは自信満々に言った。
しかしそれは、到底受け入れ難いものだった。
「違いますよジェイドさん。ほぼ全員が男である攻略組にとってコルや経験値より勝る即物的なもの……それははっきり言って女性です。女の子です」
「いやちょっと待てちょっと待て。ヒスイやアリーシャを商品にするってのか? 悪いけどそいつはパスだぜ。言えたギリじゃねェけど、こいつらと一緒にいられることは数少ない誇りだ。1人も欠けないのは大前提であって……」
「渡せというのでありません。攻略組にとっても、嫌々グループに付いてこられちゃ日々の攻略に障ります。つまり、その日その時において彼らの欲を満たすことさえできれば、その参加券を求めて財布のヒモを緩める人が出てくると、こう言っているのです」
「な、なるほど……でも具体的にどうするよ……?」
「う~ん……」
こればかりは俺とダイゼンだけでなくヒスイやアスナも頭を抱えた。
やれることと言っても、所詮は子供である俺達にとってやれることそのものが少ない。場がシラけてしまえば地雷になる可能性もある。非常に難しいところだ。
「ヒスイにできること、と言えば……握手会とかかしら?」
「んなもん参加賞にしろとか言ってくるぜ、あいつら。なら着てた防具渡すとかでいいんじゃね?」
「なんかキモい……」
「モチ渡す時はパチモンでさ」
「ん~、インパクトとしては弱いですね。お金が目的であることを忘れてはいけません。防具の詐欺なんてファンクラブのプレイヤーもダマせないでしょう」
「ちぇっ、いい案だと思ったのに」
「攻略組の皆さんの肥えた視線の中から、夢中にさせなければなりません。と言うことはイベントの目玉はこれまでにないもので、かつ斬新に衝撃的に……」
だがここで、マイフェイバリットレディがとんでもないことを言い出した。
「ほっぺにチュウーとか?」
「そう、ほっぺにチューぐらいないと……ってえぇえっ!?」
「えぇえええええッ!?」
「ちょい待ちんさいヒスイ! お、俺はそんなの認めないぞ!」
信じられない自己犠牲性に、俺に至っては大慌てである。ダイゼンを含むアスナすらもヒスイ自身によるこの提案に驚いていた。
確かに子供ながらに考えた、最大公約数的妥協点なのかもしれない。
しかしほっぺにチューはないのではないだろうか。ここは外国ではないのだ。あいさつでも相手の体に触れることすら滅多にない。こんな野郎だらけの環境で決行したら戦争である。いや、自分の女の唇が戦争を引き起こすほどの魅力に満ちていると言いたいのではなく、男として死してなお死守するべき最終絶対防衛ラインだと言いたいのだ。
と言うより、ヒスイ自らが提案している。
本人にとってはどうでもいいことなのだろうか。
「そ、それでええんなら、ウチが何とかして何とかしますんで解決したようなものですが……ホンマにええんです?」
「いやいいわけないだろ! ヒスイはその、俺にとって……なんつーか、えっと……」
「わたしもどうかと思っちゃったけど、本人が言うなら、まあ。……他に代案があればいいんだけど、あいにく稼ぐことだけを考えるなら、夢物語でもないし」
「いや、でも……これには深い事情があってだな……ヒスイは俺の……」
「ジェイド君はヒスイのチューを阻止したい理由があるの? あっ、好きなんだ!」
「イメージ崩れるからアスナはチューって言葉使うな!」
――あと好きだよ! うっさいな!!
俺は言いつつヒスイの方をチラ見してみたが、本人はニコニコ顔でがぜんやる気のようである。そして、ついに後押しするようなことを言ってきた。
「うん、なんか可愛いジェイドも見れたしこのまま頑張るわ! あたし、ほっぺくらいなら平気だし、迷惑かけた分を帳消しにできるのならお安いご用!」
「帳消しどころか増えてんの!」
「まあまあジェイドさん。……ほなら、提案感謝です。うちのネームバリューと宣伝力があれば、イベクエ並みかそれ以上を集められますわ」
「じゃあ決定ね。告知も済めば登録は簡単だし、参加者応募は明日か明後日にでも締め切って3日後ぐらいに本番開催でいいかしら?」
「ちょ、なに勝手に話を……ヒスイはいいのか!?」
俺は少なからず本気で心配になって本心を尋ねてみる。
彼女は一瞬だけ、今さら
蠱惑的な表情を浮かべ、彼女は迷いを振り切り、イタズラ好きな子供のように次のことを口にした。
「いいもなにも、あたしが提案して40万を借金した。しかも、かけた迷惑はお金だけじゃない。でも、これならケジメもつくし、損害も取り戻せる。……あとは我慢するだけよ。そ、れ、に。この作戦でなにも失わない方法があるって知ってた?」
「えっ……ど、どうやんだよ……?」
「ジェイドがあたしのために優勝しちゃえばいいんだよ!」
それを聞いた時、俺は忍び寄る頭痛に眉間を押さえ天を仰ぐのだった。