SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第77話 頂上決戦トーナメント(前編)

 西暦2024年3月9日、浮遊城第55層(最前線57層)。

 

「はぁ……」

 

 俺はいま、とても黄昏(たそがれ)ている。

 公園のベンチの上、午後の4時。仮想太陽はその半分が地平線に沈みつつある。この場にいるのは俺とアリーシャだけで、他のレジクレメンバーはダイゼンと打合せしている。

 ダイゼンとの会話。遡ること46時間前、血盟騎士団(KoB)本部にある一室の休憩所はこの話題で賑わっていた。

 文句なし待ったなしのサシ対戦。無差別級初撃決着デュエル。第1回『アインクラッドで1番強い奴は誰だ!?』トーナメント、エキシビションマッチの開催が決定してしまったのだ。

 反論する俺と、楽しそうだから決行しよう! という他の3人。一方通行な問答ののち、その日はもう遅いということでKoBのギルド本部をあとにした。

 その後、時間を無駄にしたくないとダイゼンが既成事実を作り上げ、しかも当然かの如く前金として1万コルを要求された。しかし、ざっくばらんに計算した見込み利益の期待値は、損害額と同じ40万を軽く越える。俺はたいした理論武装もできず、求された通りの金額を手渡した。

 ちなみに、ヒスイの「あたしのためにジェイドが優勝して!」などという大胆な宣告はかなりマズかった。アスナに至ってはだいぶストレートに交際関係を聞いてきたので、今後の動向にはさらに注意しなければならない。

 注意するべきは、主に隠そうとしないヒスイの動向だが。

 そしてヒスイによる『ほっぺにチュー券』をかけたトーナメントを、KoB主催で開催されると宣伝されてからほんの数時間後、なんと募集開始1時間で参加者が2桁を突破したのだ。

 いったいいつ、どんな経緯で聞き付け、これほど早く応募しに来たのだろうか。主催側として喜んでしかるべき俺も、思わず「攻略はどうした。ヒマなのかあんたら!」と口汚く罵ったものだ。しかも参加費は8千コルと強気の価格設定だ。少しは躊躇しないものなのか。

 とにかく、ダイゼンによる魔法じみた宣伝の結果、それはねずみ算のように瞬く間に蒼窮の浮遊城に広がった。

 もちろん、すべてがうまくいっているわけではない。

 原因は優勝賞品の異質さである。

 初めは彼女がパワハラorセクハラじみた圧力を受けているだの、KoBに弱味を握られているだの、その他多くの推測が飛び交って(ちまた)を騒がせた。その飛び火はレジクレにも直撃して、野次馬根性丸出しのプレイヤーを相手にしたものだ。

 しかし当の本人が元気そうにピンピンしていることと、単なる金目的である結論で落ち着くと、当初ヒスイへの心配から身を引いていた者まで遠慮なく参加を申し出た。

 1日目にして規定の64人に到達し、予定よりも早く参加者募集は締め切りとした。

 

「たった1日で64人も集まっちまった。……つか、お祭り騒ぎしたいだけだろコイツら」

「たぶんそうじゃない? ま、アタシはあの子が乗り気でちょっと怖いぐらいよ、まったく……」

「そういうアリーシャも参加してるんだけどな……」

「そ、それはジェイドがチューしちゃうかもしれないから!」

「心配するとこそこぉ!?」

 

 アリーシャはむしろ堂々といった感じで言い切ったが、これは金を稼ぎつつヒスイの貞操を守ってウハウハしようという作戦のはずだ。だのに、この女は俺の味方に付くどころか、俺以外の誰かを勝たせようとしている気がする。

 ……いや、これも違うのかもしれない。

 俺は疑いの目で、彼女の顔をまじまじと見てみた。「言い過ぎた」と言わんばかりに目を伏せるが、やはりなにかがあると見ていい。

 俺がこのトーナメントに出場して優勝商品であるヒスイによる『ほっぺにチュー券』をかっさらうと言った瞬間、彼女だけは「ジェイドに渡すぐらいならアタシがもらうわよ!」とも言った。

 先ほどの発言と併せ、導き出される結論とは……、

 

「アリーシャって……ひょっとして……」

「や、ち、違うから! 別に2人が親密になっちゃうのが面白くないとか、そーいうのを言ってるんじゃないから!」

「じゃあやっぱアレか……ちょっとレズ入ってる?」

「どうしてそうなんのォっ!!」

 

 ドゴォッ!! と、腹を殴られた。たれ目の金髪カール女に何度も殴られた18歳はそうはいまい。貴重な経験である。

 3秒ぐらい息が止まった。

 さて、彼女はそのまま機嫌を損ねて部屋から出てしまったのでご機嫌とり的後始末も大変だが、別件の厄介事が増えている。

 まず現在時刻におけるトーナメントの参加者リストに、少なくない量の招かねざる客がいることである。

 《黒の剣士》として名を馳せるキリト……は、問題ない。むしろ彼はわざわざ招聘(しょうへい)した人物だ。

 嫌がるそぶりは見せつつも、やはり彼も押せ押せには弱いらしい。俺と当たった時点で勝ちを譲ってもらうよう示し会わせておいたのだ。タダとはいかなかったので前金を渡してある。

 ところで、俺はキリトの捜索に少々時間をとられていたりする。その原因は、彼がやけに中途半端な層で黙々とスキルの練習をしていたからだ。人目につかないところを選んだということは、隠し玉の修練かもしれない。

 ともあれ、これで俺はキリトと当たった時点で次の試合に望めることになる。できればトーナメント終盤戦でカチ合いたいものだ。

 次は《SAL(ソル)》のリーダーことアギンの参加。

 彼らは少々予想外だった。腐っても古き戦友。よもや頭を下げれば頼みぐらいは聞いてくれると期待したが、いざアギンに会うと彼は「ほっぺにチュー券を取りに行こう!」なんて抜かしやがった。

 おそらく本気ではない。悪ノリであり、悪ふざけだ。含みを持ったニヤけ顔で、ギルメンのフリデリックに呆れられていた彼は、明確な『敵』として立ちはだかった。客観的に大人げない年配者だったが、敵対するとなると普通に厄介すぎる。

 そして最後はギルド《風林火山》が代表、クラインの参加だろうか。

 彼についてはもはや要注意人物と言っていい。

 昔のよしみで彼のギルドホームを訪れた際……あれは参加者募集の初日の夜のことだ。時間帯的にも彼らにはすぐ会えて、早速件の頼み事を切り出そうとした。しかしクラインはどこかでその情報を仕入れたらしく、話す前から知っているようだった。

 そこからは簡単である。

 「オレは……ガチで勝ちにいく……」とだけ言われたのを今でも覚えている。

 人は悟りを開くと、どこか豹変してしまうらしい。悪い意味で格好よかった。

 その目に宿るのは冷徹にして、すべてを灰塵(かいじん)と化す業火の戦意。狂信的盲執、強者の威嚇。赫焉(かくえん)の闘志と勝利への固執。自信に満ちた、ある種の勇者然とした佇まいからは、近づき難いオーラまで漂ってきた。

 俺はそっと扉を閉じて、それ以上頼むのをやめた。

 こうなったら仕方がない。解き放たれた猛獣はトーナメント本選で排除するとしよう。

 

「(ファッキンすぎるだろ、クソが……八百長にしてやろうと思ったのに!!)」

 

 やけに敵が多いのも人徳の成せる業か。

 しかし、愛する女の唇を守るために真っ先に八百長を企て始めるセコい男には、これが分相応なのかもしれない。

 それはそうと、参加者欄の最終列に刻まれた名前は多くの参加者の度肝を抜いていた。

 エントリーナンバー64。つまり最後のプレイヤーはなんと『アスナ』である。そう、《閃光》や《攻略の鬼》として知れ渡る、そして超絶美少女フェンサーとして人気を博するKoBがサブリーダーの彼女が、この滅茶苦茶くだらないトーナメントに参加を表明したのだ。

 ――いや~、まいったまいった。

 他とはレベルを画する予想外度数である。原因は俺にあるような気もするが、とにかく数時間前にその場で話した俺とアスナの会話を再現してみよう。

 

『わーすごい。結構順調に集まったじゃない? よかったわ、成功しそうで。これなら40万なんてあっという間に返せちゃうね』

『わーすごい……じぇねーよ、まったく。俺の場合優勝してなんぼだからな。じゃないとヒスイがどこの馬の骨とも知らない男と……うぅ、それだけは……』

『でも困ってるあなたを見て楽しんでたみたいだけど?』

『ま、まぁあいつもたまにメーター振り切るんだよ。けど、ギルドのみんなは協力してくれるってさ。あとキリトも。数でゴリ押せば怖いものなんて……』

『ち、ちょっと待ちなさい! キリト君が参加するの!? ヒスイとち、チューするために!? キリト君が!?』

『え、あ……まぁ、そうだけど。けどあいつも俺と当たったらその時点で……』

『うそ……そんな、なにかの間違い……でも、いえ、悠長なことは言ってられない! 勝って止めればいいんだわ。そうよ、わたしがキリト君に勝てばいいんだ……!!』

『もしもーし……?』

 

 以上、終わり。

 彼女はダッシュで参加を表明し、ギリギリでその名前を一覧に載せましたとさ。ちなみにダイゼンは喜んでいた。

 どうもアスナにとって、キリトの参加は一大事らしい。現在、彼女は「ヒスイに優勝してくれと頼まれた」という参加動機で通している。もっともな感じが非常に怖いが、もしそれが本当なら俺と当たったら勝ちを譲ってほしいものである。おそらくヒスイは俺の優勝を誰よりも願っているはずだからだ。……はずだからだ。

 それとも、俺の優勝を疑ったゆえの保険だろうか。俗に言う『友チュー』だ。これなら彼女らも、そして野次馬共もあまり気にしないだろう。しかし、だとしたらショックである。自信がなくなってしまった。

 

「(いやいや、俺が信じないでどうするよ!? ぜってぇ勝ってやる!)」

 

 俺は1人、変人のようにいきなり立ち上がって拳を握りしめた。

 加えるなら、リズからも謝罪が来た。自分のために借金して、その責任を他人が取るのだから、よほど図太い神経でなければ罪悪感は湧くだろう。だがヒスイはギルド全員を巻き込んだミスだから償いは当然、と言って聞かなかった。

 どうやらリズに直接貸した45万はともかく、自分が借りた《貸金屋(マネーレンダー)》からの40万はなんとしてでもヒスイ自身が身を呈して取り返したいらしい。

 リズは憮然としながらも再びヒスイにお礼を言って、熱烈なハグをして去っていった。なぜ抱きついたのかは不明だ。そう言えば過去にヒスイは「女の子からもモテるのよね~」などと言っていたが、今回のケースとは関係ないことを祈ろう。

 ちなみに、その後はアルゴも訪れた。

 よもや彼女に後ろめたい思いはないと思っていたが、本当に謝罪の(たぐい)ではなかった。なんと、この面白そうなイベントをふんだんに使って荒い稼ぎ方をしているらしい。心底幸せそうに「ぼろ儲けだヨ! ありがとナ!」と言ってきた。

 疲れていた俺は、尻を蹴って追い返すのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 翌日、早朝10時。『鉄の都』たる55層主街区《グランザム》で、かねてより開催を予告していた『アインクラッドで1番強い奴は誰だ!?』トーナメントが盛大に幕を開けた。

 辺り一面から拍手が巻き起こる。

 一面という表現を使ったのは、すでに観客の数が300を越えているからだ。

 四方200メートルほども開けている主街区の一角で、エキシビションマッチの開会式は開かれている。

 確かにこの人数を内包しきるキャパシティを備えるのだろうが、実際に観戦者がここまで多いとは思わなかった。試合前でこれ(・・)なのだから、30分後の1回戦時点ではさらなる増加が見込めるだろう。ダイゼンは視聴料として500コルを巻き上げているはずだから、これだけで15万の儲けが期待できる。

 ここでダイゼンの声が聞こえてきた。

 

「あ、あ~……んん、え~お集まりの皆様こんな朝早くからお越しいただきありがとうございます。では宣伝用の広告にも掲載されていたことですが、簡単なルール説明をしようと思います。声は大きくしていますが、遠くにおる方は声の届く範囲まで近づいてください。……では。基本的に武器以外では、攻撃力の設定されていないアイテムやフィギュアを使うのはなしでいきたいと思います。飛び道具はアリですが〜、《煙玉》や《閃光弾》はなしにしてください。観客が見えませんので!」

 

 ここでプレイヤーの中でどっ、と笑いが起こる。

 話し方も相まって、ダイゼンがMCを兼任したのは正解だったのかもしれない。

 

「まぁ他にもHP回復系アイテムや《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルも禁止です。時間短縮の処置ですのでご勘弁を。デュエル形式は《初撃決着モード》。長期戦を避けるよう、試合の制限時間は2分。ベスト8からは3分とします。リングは設けてあるのでその範囲内で戦ってもらいますが、あくまで決闘の演出です。万が一場外になっても、5カウント以内に復帰すれば敗北にはなりませんのでご安心を。待機される選手は試合の邪魔にならないよう……」

 

 ここからは広告やチラシに記載した内容の復唱だった。ダイゼンは『音声拡張』系アイテムを使い、遠くのプレイヤーにも声が行き届くよう配慮している。事前に準備したということは、これだけの人数が集まることを彼は前もって予想していたようだ。

 ダイゼンが演説をする壇上の左右には、プレイヤーが実際にデュエルをする試合会場が設けられている。ボクシングで用いられるリングに近いだろうか。つまり、トーナメントは2分割されて2試合が同時進行となる。《グランザム》にあつらえ向きな会場があったとは言え、彼の手際のよさに感心する。

 そこで、相も変わらず全身黒装備のキリトが人混みを掻き分けて俺の方に近づいてきた。毎度こういったダークカラーの装備はどうやって探しているのだろうか。

 

「こういう人混みでも《追跡》は便利だな」

「よ、キリト。てか目で探せ、目で。……汚い戦法ってなァ理解してる。でも、なるべく倒しまくってくれよ」

「そう期待するなって。それに、対戦くじには細工できないんだろ? ならジェイドがいきなり連合のエルバートと当たる可能性だってあるわけだ」

「エルバート……って言ったらリンドの右腕じゃねぇか!? そんな奴まで参加してんのか。こりゃ全員分把握しといた方がいいな」

「お、早速1回戦が発表されるみたいだ。聞いとこうぜ」

 

 いつの間にやら盛り上がりもヒートアップしていたようで、ランダムに選考されたプレイヤーの名前がクラスAとクラスBに分けられ、1人ずつ読み上げられていった。

 クラスA、すなわち俺達選手側から見て左のリングで戦う選手の名前に聞き覚えはなかった。人混みの中から「リーダー頑張れー!」だの、「ギルドの名前を売ってこい!」だの聞こえることから、彼らもどこかのギルドに所属しているのだろう。

 と、そこへ信じられないことにクラスBの1人の名前が……、

 

「クラスB第1回戦、選手名は『ジェイド』ーッ!!」

「うげ、初戦かよ」

 

 俺の名が呼ばれていた。

 仕方がないのでプレイヤーを掻き分けて右側のリングへ歩く。そこへ間髪入れずにダイゼンが2人目の名前も読み上げられていった。

 

「対する相手は~……選手名『キリト』ーッ!!」

『えぇええええええッ!?』

 

 ほんの数メートル離れた位置で、俺とキリトが悲鳴にも近い驚きの声をあげた。

 マズい。作戦がパァだ。

 これでは高い金を払って八百長を画策した意味がない。初戦は突破するだろうが、それこそミドルゾーンのプレイヤーと当たっても結果は同じである。

 それともこれは、真面目に参加した人に対してズルで勝ち上がろうとした俺への天罰だろうか。

 トーナメントは1度取り決められたら覆せない。どう足掻いてもこのまま行くしかない。

 

「ではBクラス1回戦……ファイ!!」

 

 KoBの審判と思しき人物が、俺とキリトの可視化されたデュエルウィンドウのカウントダウンに合わせて試合開始の合図を宣言する。

 もちろん、言われなくてもデュエルは勝手に始まるのでこれは必要ないのだが、観客がいることを考えて演出性を重視しているのだろう。集中力は削がれるが仕方あるまい。

 実際その試合はあっという間にケリが付いた。

 やる気のない無気力状態のキリトを、俺が怪しまれない程度に加減して攻撃するだけだから当然か。しかし明らかに本気を出していないことは伝わったらしく、観客からはブーイングが巻き起こった。主になんのために出場したのか不明なキリトに対してだが。

 

「すまんキリト、損な役割だよな……」

「気にしないさ。クリスマス前からここまで、いい評判なんてこれっぽっちも聞かないしさ。……それよりジェイド、あとは自力でどうにかするしかないんだぜ? 頑張れよ」

「おう、こっからは俺らレジクレだけで何とかするよ。……あれ?」

 

 話している途中で俺は、クラスA側のリングに上がる人物がカズであることと、その対戦相手が強豪プレイヤーで優勝候補の1人でもあるエルバートに気づいた。

 DDAのエルバート。シルバーに変更された髪を左側だけ大胆にピンで上げてバックへ流し、一房垂れる前髪を女々しく揺らすキザな野郎だ。しかしデカい態度を取るだけあって、彼の()る片手直剣捌きは見事なものである。お調子者のような容姿に反して生粋の努力家で、かつ堅実な戦法が評価されているのか、仲間内からは異様に人望も厚い。

 だがその事実を知るカズの顔からは、完全に生気が引きつつあった。

 

「(おいおいマジかよ、1発目からエルバートとか。……つかヤベーぞこれ、用意した手札がじゃんじゃん消えていく……!?)」

 

 言っている内にカズはエルバートに競り負けして1本とられてしまっていた。これでサクラ(・・・)の参加者3人のうち、2人がいなくなったことになる。

 幸いと言うべきか、クラスBで呼ばれていた2回戦目のプレイヤー、つまり次の俺の対戦相手となる人物は、記憶が正しければどちらも中層ギルドの一員だった。次の試合はもらったものだろう。

 それから次々と選手の名前が読み上げられていき、プレイヤー同士の戦いはどんどん白熱していった。アリーシャはクラスBの3戦目、アギンも同じく中盤、終盤ではジェミルの名前がそれぞれ挙がっている。

 そしてクラスBの1回戦最終試合はクラインだった。と言うことは、彼が勝てば同じく1回戦を突破したジェミルと当たることになる。

 クラスAの終盤戦ではようやくアスナの名前が挙がっていたが、彼女の戦意はすでに削がれていた。

 そもそも参加動機が曖昧なのだが、やる気をなくし始めたということは、どうしてもヒスイのチューが欲しいわけではないと判明したわけだ。地味に収穫である。

 現にアスナの参加を知らなかった客からは、その意外な名前が出た瞬間に黄色い歓声が上がった。《攻略の鬼》の出場はやはり話題性が高い。

 そこへカズがショボショボと俺の方へ歩いてきた。

 

「ごめんよジェイド。僕全然力になれなかった……」

「いいって。元より俺の都合だし、相手も悪かったしな。エルバートは強えよ。あとはこっちでなんとかするさ」

「うん。それにやっぱりジェイドが勝たないとね。なんと言っても王子様のキスなんだから!」

「やかましい」

 

 そう言って額にチャップしておく。そんなことをしていると、次の対戦者として名前を呼ばれたのでリングに上がった。

 対戦は順調に終わり、魔剣《ガイアパージ》を装備した俺は、その性能差とレベル差によって理不尽な勝利をあげる。相手はファンクラブの一員だったのか、開始と共にヒスイと同じギルドに所属していることを散々叩いてきたが、これは無差別級のトーナメントである。リングにちなんでボクシングで例えるなら、フェザー級とヘビー級の選手が戦うようなものだ。

 しかしここで誤算だったのは、アリーシャが2回戦を難なく突破してしまったことだろう。そしてその燃え上がる闘志の先が俺に向いているようで、もっぱら昨日の失言のことをまだ根に持っているようだ。

 しかもまだ2回戦だというのに、ジェミルまでクラインの餌食となっているのが確認できた。これにより、用意したズルをほとんど無駄に消費したことになる。

 ――これマジヤバい。

 

「(おいおいおい、クラインのアレはなんだ? ジェミルと実力差なんてなかったはずだぞ。レベルや装備というよりは、気迫で通してるような……)」

 

 考えているうちにそばかすっ子のサポーターが帰還。

 得意分野の関係上、こうした1on1では圧倒的に不利だが、負けず嫌いのゲーマーらしくかなり悔しがっていた。

 

「うぅ……クラインさんに完敗したぁ。なんでかなぁ、いつもより断然強かったよぉ」

「おうジェミルおつかれ。たぶんあれは規格外だから気にするな。愛のパワーってやつだよ」

「愛のパワー……?」

 

 眉間にシワを寄せて首を傾げる彼。あまり世間一般的に使われる愛のパワーではなかろうが、当たらずも遠からずだろう。

 とにもかくにも3回戦。俺はリングに上がるとアリーシャと対峙していた。

 ゴールドに近い、そそるような淡い茶髪が毛先だけウェーブを描き、恵まれた体格を十分に自覚した挑戦的な甲冑がかすかな金属音を鳴らす。それだけで野郎どもから歓声が上がる。半年という期間でアリーシャへの犯罪者レッテルは剥がれかけており、単純に容姿に対する賞賛である。

 しかし戦意だけがひしひしと伝わる視線を寄越すだけで、彼女はなにも言ってこなかった。こうして無言の彼女を改めて見ると、モデルがコスプレでもしているのかと錯覚してしまう。

 むしろ観客からの野次の方が気になり、「レジクレ全員参加とかナメてんのか!」や、「ギルドの責任をヒスイさんに押し付けるな!」や、「アリーシャたん、好き!!」や、「つかジェイドくたばれェ!!」など。そのテンションはむしろ他の選手よりも高かった。

 俺に暴言を吐いた奴を表に出してその喧嘩を買いたいところだが、今はアリーシャに集中しなければならない。気を抜いたら殺られるのはこちらだ。

 とは言えこれも無駄な対戦くじ。最後の交渉でもしてみるとしよう。

 

「な、なぁアリーシャ……その、あと30秒で試合、始まっちまうよな……」

「…………」

「ああ~、昨日はさ……なんだ。同性愛者って言ったの、悪かったよ。だから……」

「……絶対倒す……ッ!!」

「(うわぁ……)」

 

 頬を赤く染め闘志に燃える彼女を見るに、どうやら俺の交渉は逆効果だったようだ。昔から作戦が裏目に出るということはままあったが、こうも空振りしたのは最近なかったはずである。

 時間はない。もはや全力でのバトルは避けられまい。

 そしてとうとうカウントダウンが終わる。

 

「クソ、しゃーねぇ! 悪く思うなよアリーシャ!」

「アタシを本気で斬るって言うの!?」

「うっ……だってこれ試合だし……」

「スキありィ!!」

「うォああああああッ!? 」

 

 ブオン! と、片手剣が前髪を掠めて振り抜かれた。

 心臓が跳ねる。危なかった。掛け値なしで一瞬にして敗北するところだった。ほんの少し彼女の作戦に気づき遅れたら、俺はこの上ない屈辱を味わっただろう。

 俺も剣を構えてスイッチを切り替える。

 やはり彼女もSAOの前線で逞しく生きる女戦士。可愛らしいたれ目と、およそ戦場に似つかわしくない豊満な局所は緊張感を削ぐが、その奥に秘める炎は決して他の攻略組に劣るものではなかった。

 

「いや、でも今のは汚ぇぞアリーシャ!!」

「チッ……」

 

 一応叫んでみたが、とうとう舌打ちが返ってた。

 これは四の五の言っている場合ではない。勝つためなら手段を選ばず、だ。

 

「アリーシャ……下の奴がメモクリでパンツ撮ってるけど」

「え、うそっ!?」

「スキありィいいいい!!」

 

 ズパン! という小気味良い音がすると、ウィナーメッセージと共にブザーが鳴った。

 アリーシャのHPは10パーセントほどしか減っていないが、システムが試合終了の判断を下したのは、初撃を命中させたからだろう。こいつはラッキーだ。

 しかし、周りのプレイヤーからはまたしてもブーイングの嵐が起こった。

 

「ずるいずるいずるい! 今のナシよ! あぁん悔しい~!」

「フッハッハッ、なんとでも言え! 言い訳はあとで聞いてやるよ!」

 

 俺は逃げるようにリングをあとにする。中央の壇上にこれ見よがしに座らされたヒスイが深い溜め息をついたような気がしなくもないが、あえて見て見ぬふりをしよう。

 とうの昔に気づいていたことだが、ヒスイとアリーシャを抱え込むギルドリーダーの俺は目の敵にされ易い。現に俺が勝った時はもちろん――不意打ちだし――選手入場の時点でバッシングを受けていた。どうやら目の前でヒスイが俺にチューをすることを頑として止めたいのだろう。

 だがキリトではないが、俺とて元から評判は悪い。ここで人様の目線を気にしてヘタに手を抜いたりしようものなら、それだけで俺は損をするのだ。周りからどう罵られようと、絶対に勝ちを拾いにいかねばならない。

 

「(さ~てとりあえずこれで3勝、と。でもこれから3回も勝たんといかんのか。……これ人数集めすぎたんじゃねぇのか……?)」

 

 と言っても、大規模にしなければKoBとしても宣伝にならないし、人数が集まらなければ儲けもでない。端から3日で40万コル稼ぐというのは一筋縄ではいかない。

 そこでふとクラスAの戦いが目に入った。エルバートが3回戦を突破するのは予想済み。今はアスナが戦っている。相手は……これも聖龍連合のメンバーだろうか。エンブレムは連合のものだ。想像以上の参加率だが、中々どうして彼らもこうした娯楽は(たしな)むらしい。

 そして同時に決着も付いた。勝者は際どいところでアスナ。やはり対人戦ともなれば、いくら実力が高くても時の運と一瞬の判断で勝敗は別れるからだろう。気を抜いているのなら、俺がヒースクリフに完勝する可能性も決してゼロではないのだ。

 

「アスナ相手に案外といい試合だったな。……なんか燃えてきたぜ」

 

 ヒスイのチューや優勝商品がどうこうと考えているプレイヤーもまだいるだろうが、それよりも試合の行方に熱気が傾きつつある。

 これもまたゲーマーの(サガ)だろう。俺が預かり知らないだけで、客の中では非公式の賭けもされているはずだ。

 クラスA、Bともに3回戦が終わった時点で昼休憩となった。俺は弁当を支給されているヒスイを除くレジクレのメンバーと箸を合わせ、おもいっきりピクニック気分である。本日はジェミルとヒスイが共同で作成した弁当で、黒い箱がバスケットから出された時点でほどよい香りが漂ってくるが、作った本人が食べられないというのも皮肉なものだ。

 もっとも、ヒスイもアスナと楽しそうに昼食をとっているので心配はいらないようだが。

 

「たまにはこーいうのもいいねぇ。ボクは2回戦で負けちゃったけど、ジェイドはこれで4回戦目だしぃ」

「ま、俺がアリーシャと当たった時点でメンバーが4回戦に出れるのは決まってたしな。アリーシャも剣の振りとか、センスよくなったんじゃないか?」

「当然よ! アタシだって強くなってるんだから。……あとさっきはごめんね。あ、でもジェイドも悪いんだからね? お弁当が美味しいから許してあげるだけなんだから!」

「……あ~うん。了解」

 

 もぐもぐと口を動かすアリーシャに対し、俺はやや納得のいかない風に納得の意を伝えた。

 ちなみに休憩時間は1時間。前線に生きる者達にとってこの時間は長すぎるものであったが、まだ生き残っている8人のプレイヤーは次の対戦相手とその戦闘スタイル、または勝ち筋の確立など時間を有意義に使っている。

 ベスト8に残ったはいいが、俺としてはベスト8も準優勝も同じだ。優勝して恋人であるヒスイからチューを……いや、さすがに大衆の面前は非常に恥ずかしいためパスするにしても、少なくとも他の誰かにそれをされるのを阻止しなければならない。

 そして午後13時00分、休憩時間が終わる合図が出された。

 8人の選手は壇上前に呼ばれ、俺もその号令に従う。ここがこれからの待機場となるようだ。いい晒し者であるが、そこへ隣に並ぶアギンがヒソヒソと話しかけてきた。

 

「ようジェイド。なんだかんだ、おれらガチでやりあうことなかったよな? せっかくのチャンスだ、お互い悔いは残らないようにしようぜ」

「とか言いつつ、ずいぶん念入りに俺のこと調べてたじゃねぇか。勝算ありきだろ?」

 

 しぶしぶ答えてやると、彼はとても楽しそうに答えた。

 

「なっはっは。ていうか背中の《ガイアパージ》はおれも知ってるぜ。ハーフのボスドロップで《魔剣》……警戒すんのは当然だろう? 昔からシミュレーション系は好きだったんだ。そんで、迫り来る壁をばっさばっさと斬り捨てて、最後はヒスイさんとぶちゅ~っと一発……」

「言わせねぇよ!!」

「んだよ、夜な夜な2人でよろしくやってるんだろ? 今日ぐらいいーじゃねえか」

「逆に聞くぞ。アギンは銀行に1000万の貯金があったとする。100万までなら取られてもいいか?」

「いいわけない」

「そういうこった。てか、よろしくやってねーよ」

 

 俺とヒスイは恋仲にある。これは確かだ。

 しかし踏み込んだ愛情表現はキスまで。ヒスイも少なからず俺の非積極性に腹を立てたからこそ、このような意地悪をしているのだろう。これについては反省しなくてはならない。

 なれど、それはアギンに勝ちを譲る理由にはならない。

 

「では選手の方はデュエルの申請を……」

「なぁジェイド、今日はこんなトーナメントだけどさ、おれはお前のこと色んな意味で認めてるんだ。今回ばかりは女のこと忘れて全力でやろうぜ?」

 

 向かい合った状態で、わざとらしく格好つけて腰のスカーフを(ひるがえ)らせつつ、高身長赤メッシュの残念イケメンさんは低いトーンのままそう切り出した。

 俺も彼の目を見てはっきりと言い返す。

 

「……ハッ、言われなくとも!」

 

 トーナメントマッチ準々決勝が始まる。

 本格的な戦いは、むしろこれからだった。

 

 

 

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