SAOエクストラストーリー   作:ZHE

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第78話 頂上決戦トーナメント(後編)

 西暦2024年3月10日、浮遊城第55層(最前線57層)。

 

「では準々決勝を始めます……ファイ!」

「うっしゃあ、やったるぜ! かかってこいジェイド!」

「そぉい!」

「ぬをォっ!?」

 

 デュエル開始と同時に俺はホルダーに取り付けておいた大量のピックの内1本を投げた。それらは尻餅をついたアギンの頭上を通過。際どいところで命中ならず。しかし、俺のあまりにも(こす)い一撃目に、彼は色んな意味で驚いていた。

 そしてジャックナイフでも取り出すように立ち上がると、早速文句を言う。

 

「ちょ、正々堂々やろうってのにいきなり飛び道具使う奴がいるか! 剣を抜け、剣を! そのデケェのはなんのためにあるんだよ!」

「知らん。勝ちゃいーんだ」

「く、こんのやろっ……あァそうかよ、そっちがその気ならこっちも遠慮はしねぇ!」

 

 アギンが腰に帯刀していた曲刀(シミター)を抜刀する。長く苦楽を共にした仲と言えど、男が剣を構えた以上奴も本気だ。そして歴とした古参の攻略組である。正攻法・正面戦闘では、こちらも被害を覚悟しなければならない。

 アギンがシミターを構え、俺は背中の《ガイアパージ》に手をかけた。

 緊張が高まる。先に動いたのは俺だった。

 

「せいっ! せいっ!」

「え……うわ!? ちょ、何本持ってんだよ! 貫通継続ダメージだけでおれに勝つ気か!?」

「うんそうだよ」

「きったねェええええええッ!?」

 

 アギンはとうとう絶叫する。俺はそれをそこはかとなくスルーして、本日だけ両足に取り付けたパンパンに膨れ上がっているホルダーから、同じく《投剣》スキルを持つジェミルやカズより拝借したダガーなども投げてみる。

 やはりダガーのヒット時はピックよりもダメージが大きい。《投剣》のソードスキルを使えばもっと効率よくダメージが通るのだが、今は物量で押しきる戦法がベストなので単発威力の低下は仕方あるまい。

 俺は猛烈な批判を審判からすらも浴びるなかで、涼しい顔をして手を動かし続けた。アギンが俺を追いかけ、逃げる俺はアギンの「痛っ! いてっ!」という悲鳴を聞きながら、無感情かつ無表情に飛び道具を投げまくる。

 しかも外れた武器は観客の方へ飛んでいくため、コードの庇護(ひご)により直前で弾かれるとはいえ、これで批判を浴びないはずもなかった。

 そして本格的に戦闘が始まる頃には、アギンは2割ほどHPを減らしていた。

 

「う~ん100本は投げたかな」

「てかジェイドてめェ! わざと場外に出てただろ! なんのためにリングが用意されてると思ってんだ!!」

「え、5カウント以内に復帰すればルール違反じゃなくね?」

「うぅわ、お前それでも剣士かよ!?」

 

 頭にダガーが突き刺さったギャグマンガのような格好で凄まれても、俺の心は微動だにしない。

 それに、《両手用大剣》装備は元より対人戦には向かないのだ。有利な武器カテゴリを選択している時点で、これぐらいのハンデはあってもいいはずである。

 それから激昂したアギンは俺を叩きのめす勢いでシミターを振り回し続けた。準々決勝から試合時間は3分に延長されていたが、すでに2分を回っていたので慌てたのだろう。

 しかし、そこはさすが振りの早いシミターによる攻撃だ。なんとかリーチの差と武器の比重を活かして応戦してみるものの、アギンの体力を20パーセント減らしている間に俺は30パーセントも減らされてしまっていた。やはり武器による優劣は覆らないか。

 強攻撃ヒットが出ないまま制限時間の9割が過ぎる。

 時間一杯まで逃げ切れればギリギリ勝利だ。だがここで後手に回れば確実にやられる。

 

「ゼィ……ゼィ……あんだけ投げまくったのによくやるぜ……こうなったら……ッ」

 

 俺は伸脚の姿勢を下半身で作りながら《ガイアパージ》を真上に投げた。

 アギンの注意がほんの1秒ほど上に向く。

 その直後、後ろに構えた右足が発光。《体術》専用ソードスキル、中級単発突進攻撃《凱膝華(ガイシッカ)》が放たれた。

 彼はギリギリ俺の意図に気づいたが、完全回避には至っていない。

 突進系、突撃系ソードスキルによる間合いの消滅。コンマ数秒の世界で5メートルを縮め、俺のいわゆる『膝蹴り』技は見事にヒットした。

 だがこれも古い技だ。無防備な顔に命中したというのに、ほとんど体力を削れなかった。

 

「野郎ッ、時間稼ぎか!」

「(やられる……ッ!!)」

 

 メインアームを投げ捨てているので、俺はこれ以上のダメージを期待せずタックル体制に入った。

 そして相手が反撃の一歩を踏み出すのと同時に、俺も両足に力を入れる。

 ザシュッ!! と、相手のシミターが肩口に浅く突き刺さる。俺は構わず全身で体当たりを敢行し、お互いはもつれ合いながらリングの上をごろごろと転がった。

 回転が止まる。上に跨がっていたのはアギンだった。

 彼がシミターを逆手に構え、俺をめがけて降り下ろす。

 雄叫びを上げ、腹の底から空気を抜いて限界まで体を回転させた。

 どうにかしてクリティカルヒットを避け、追撃を躱したことでガンッ!! と剣が地面に突き刺さる。

 俺はその隙を見逃さず、刺さったシミターの『柄』の部分をがっしりと握った。

 またしても泥沼の攻防戦が広がる。このシミターを手にした方が勝つからだ。

 果たして俺は、体勢の悪さからあえなく手を離してしまう。

 アギンが勝利を確信した顔で俺の方を向いた。

 その時……、

 

「ハァ……この勝負、もらったぜジェイド……ッ」

「タイムアウト! 試合終了! 体力残量により勝者ジェイド!」

「えぇええええええええっ!?」

 

 またもギャグマンガの一コマのように、顎を広げて両目を突き出して驚いていた。

 アギンはまだ実力を出しきっていないし、制限時間など設けられていなければ今の試合は確実に俺が負けていたのだ。しかもその体力残量とやらは超僅差。立場が逆なら俺とて悔しくもなる。

 だが、事前にルールによる穴をついた作戦を立てた俺の完全なる勝利だ。

 俺は大の字になって勝利を噛み締めた。観客の中にはヒステリックな声をあげて悪罵を浴びせる者もいたが、勝利した以上どれだけ罵られても構いはしない。

 

「ハァ……ハァ……あっぶねぇ。ギリギリかぁ……まだ……ハァ……4回戦だぞ……」

 

 そこへすかさずアギンが割り込む。

 

「ったく、穴だらけの戦法を思い付くもんだ。これ途中でどれか1つでも失敗したらあっという間に逆転だぜ?」

「……ハハ、確かに。あと決闘らしくなくて悪いな。なりふり構ってるほど余裕ねェわ」

「わかってるよ、人の女には手を出さんさ。それに、この世界じゃ現実と見た目変わらないんだろう? あの歳の娘に手を出したらおれ犯罪だっての」

 

 人の女に手は出さない、とアギンは言った。

 やはり現実世界での職種がその目を養ったのか、見抜かれた俺にも気恥ずかしさはなかったが、それでなお壁として立ちはだかろうとする辺りが彼らしい。

 

「ハァ……へへっ、まったく……なら加減してくれってんだ……人が悪いぜ」

「人がいいんだよ。本気でやったから価値があるんだろ? ほら、寝てると次の試合のジャマだ。手貸してやるから……お、見ろよ。クラスAはKoBのサブリーダーさんがメッタ刺しにしてるぜ」

 

 手を借りて立ち上がりながら隣のリングを見ると、彼の言う通りアスナの優勢だった。と言うより、対戦相手は攻撃を躊躇(ためら)っていた。斬る相手が美人な女性だからだろうか。ともかく、クラスAの準々決勝はほぼ決まりだろう。

 俺は入れ替わりでリングに立つクラインを見上げた。彼も、次の試合相手となる俺を少しだけ一瞥(いちべつ)する。

 その瞬間、ゾクッ、と背中を悪寒が走った。

 凄まじい闘志だ。人間の戦いはマシーンのそれとは違い、高い闘志はそのまま戦力にもなる。今の彼ならヒースクリフの鉄壁もどうにかしてしまうのではなかろうか。

 俺はこの試合を本気で視察するつもりで眺めた。

 試合はあと30秒で始まる。

 

「(さて、見せてくれよクライン……)」

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 腰溜めに構えるクラインと、下段で構える対戦相手。スタンダードな展開でもあるが、お互いが同時にソードスキルを発動する状態だ。

 クラインがわずかに早い。隙を生むソードスキルを初っぱなから発動したということは、あれらは中途半端な汎用技ではない。超多連撃技か、単発の突撃系ソードスキルだろう。前者は勝つにせよ負けるにせよ決着が早く着きやすく、後者は技がヒットしなくても距離ができることで失敗のリスクが比較的少ない。

 ほぼ同時に加速が始まる。

 クラインが先に振り抜く。《決闘(デュエル)》状態に突入した直後の、ほんの数フレーム。対する刺突剣(エストック)使いのプレイヤーはクラインによる予想以上の加速度に対応しきれないでいた。

 一瞬の攻防。

 耳鳴りが襲ってくるほどの高音が響き、瞬きの間に距離を縮め、またすぐに距離を空けた。そこで彼らに技後硬直(ポストモーション)を課せられる。

 どちらの技もお互いにクリティカルヒットしていたが、勝敗は誰の目にも明らかだった。

 これは《初撃決着モード》。先に有効打となる初撃を命中させたプレイヤーが勝利となる。

 そして試合終了のブザーが鳴った。

 ウィナーウィンドウのネーム欄にはクラインの文字がある。審判が高らかに勝者を宣言すると、静まり返った観客席から歓声が響いた。

 勝負は数秒ほどで終わってしまったが、今の試合がいかにハイレベルな攻防だったか、前線に生きるプレイヤーには理解できているからだ。俺もそのエキサイティングな戦闘に鳥肌が立っていた。

 

「(おいおい、もれなく絶好調じゃん。あれに勝てってのか……?)」

 

 ベスト8からは攻略組による攻略組だけのトーナメントと言っていい。勝ち抜いたクラインも、エルバートも、アスナも、もはや誰と当たっても勝算など薄い。お調子者のクラインであれば武器種による不利を踏まえても多少望みはあるかと皮算用していたが、その認識すら甘かった。

 誰の実力にも大差はない。

 

「(《暗黒剣》を使うか? ……いや、それは……)」

 

 《暗黒剣》。斬り口が重なるか、場合によっては1度の斬撃で部位欠損(レギオン・ディレクト)を狙え、ディレクトが起きればまず間違いなく勝てる。そもそも《暗黒剣》を使えば、それだけで動揺という名の隙を誘うことができる。

 だが、これはもうしばらく秘密にしておきたい。キバオウとの約束というのはもうほとんど意識の外で、俺はこの力に多少なりとも醜い独占欲を抱いていたのだ。少なくとも、こんなしょうもないプレイヤー同士の戦いで見せびらかすのはいただけない、と思うほどには。

 まったく、我ながらずるい男だ。あれだけ身勝手にヒースクリフに食って掛かっておいて、今度は俺自身が無意味に奥の手を晒すことを忌避(きひ)しているのだから。

 しかもここ1ヶ月間でいくらか見せてきた、すなわち口封じができた今まで――逃げたシーザーが吹聴するかは知らないが――と今回とではケースが違う。

 《暗黒剣》なしで戦う。これは決定事項だ。

 そんなことを考えていると、人垣をかき分けてお使い係が帰ってきた。

 

「ハァ……ハァ……あ、ジェイド。はいこれ、街に売ってたピックを買ってきたよ。さっきジェミルとアリーシャさんが試合中に飛んでいった飛び道具をなるべく回収してたみたいだから、それも持っていくよね?」

「……ああ、けど軽くて本数を稼げるピックだけでいく。同じ策は通じないだろうからな。あとはいかにして俺のペースに持ち込めるか……」

 

 相手がどれだけ強くても、戦う前から諦めたことはない。ブザーが鳴って敗けが確定するまで、きっと俺は足掻(あが)くだろう。

 俺なりの勝ちコースを頭に浮かべ、次なる戦いに挑む準備をした。

 そしてついにその時が来る。

 ベスト4の選手が全員リングへ上がる。この試合までは同時進行で、3位決定戦と決勝戦のみが1つずつ消化する取り決めになっている。

 見ると、客層はほとんどクラスAに流れていた。やはりKoBの右腕とDDAの右腕を務める実質サブリーダー同士の戦いだからだろう。事実上の決勝戦という見解も強いようで、人気があるのは仕方がない。

 俺は外界のノイズをシャットアウトし、目の前の猛獣に意識を集めた。

 

「クライン……レジクレのことをうらやましがってたけど、ヒスイやアリーシャといるのにはきちんと理由がある。だからこの戦いもマジで行くぜ?」

「……へっ……」

 

 俺の挑発を受け、クラインは初めて真顔を解除すると微笑を浮かべた。

 

「苦節25年……人生の春を味わうことのなかったオレは今日、この3月をもって春を迎える。たとえジェイドでも倒して進む。それは変わらんのだよ」

「いやその根性はマジで感心するけど、勝利イコール恋が結ぶとかいう考えはかなりデンジャラスだぞ」

「いやいや誘導しようったってそうはいかん。チューはオレがもらう!」

「いやいやいやヒスイのチューは渡さん!!」

「いやいやいやいや!」

「いいから早よ始めんかい!」

 

 審判から催促があった時点で、俺とクラインはしぶしぶ試合の準備をした。

 クラインはリミッターを解除した状態での本気モードだが、俺もやるからには勝ちにいく。勝利への道を脳内でリハーサルすると、俺はピックが装備されたホルダーに手を伸ばした。

 それはクラインにも見えているだろう。ここからは読み合いだ。勝負の行方、少なくとも先行アドバンテージと道中の優劣は序盤で決まる。

 試合開始まであと10秒。

 集中力がピークまで達した時、ブザーが鳴った。

 

「ッ……!!」

 

 ピックを1本引き抜いて下から(すく)い上げるように振り抜いた。

 迫るクラインは姿勢を低くして初弾を回避。俺はそれに合わせて後退する。

 続いて2本目を取り出した。

 それを見てクラインの目付きが変わる。先ほどと同じ戦法を取ると判断したのか、一気に距離を詰めてきた。俺はピックを握りしめたまま四つん這いになって横振りを躱す。初撃回避。これで俺は1撃でKO負けにはならなくなった。

 しかし油断しないように体全体をバネにして脱出。再び距離ができた。

 彼我の空間は4メートル。投げつけたピックはまたしても避けられる。

 クラインは《カタナ》カテゴリの業物を肩に掛けてソードスキルを立ち上げた。

 全身に緊張が走る。

 俺が冷静に90度右に跳ぶと、縦振りの単発ソードスキルはゴウッ!! と、際どいところで空振りされた。

 

「ハッ……あっぶねェ……ッ」

「次は逃がさん!」

 

 瞬きする時間もない。

 転がりながら起き上がった俺の目の前にはすでにクラインがいた。

 硬直が解けた瞬間にはダッシュしていたのだろう。左の腰に回されたカタナは日の光を反射しながら俺に迫った。

 攻撃が右の腰に直撃したが、1度両腕の籠手で威力を相殺しているので強ヒット判定にはならなかった。よって俺は、あえてその刀を右手で押さえつけ、逆に俺の体から抜けないようにしたのだ。

 そして……俺に勝機が訪れる。

 

「く、うォおおおッ!!」

「なにッ!?」

 

 俺は左の太ももに取り付けられていたホルダーからほぼすべてのピックをごっそりと抜いた。

 それをゼロ距離にいるクラインに向ける。

 システムが作動。《投剣》専用ソードスキル、初級基本下手(したて)投げ《アンダーシュート》が発動の準備段階に入った。

 そう、ピック1本の値段すらバカにならないというのに、よもや手に一杯掴みながら《投剣》スキルを発動する本物の馬鹿は普通いない。しかしここにはいた。

 無尽蔵に投げ飛ばす弾道をすべて制御することはできない。本来これは宴会芸だが、超至近距離なら話は変わってくる。だからこそチャンスを(うかが)っていたのだ。

 スキルが炸裂。左手に握る十本ものピックが一斉にクラインの胴体にゴバァアアアッ!! と突き刺さった。

 

「ぐあああっ!?」

 

 ここでさしものクラインも驚きの声をあげながらバックステップを踏む。よもや剣術を駆使した作戦ではなく、ここまで邪道な戦い方をしてくるとは思っていなかったようだ。

 そしてようやく俺も抜刀。下がるクラインに肉薄して《ガイアパージ》を全力で振った。

 

「おるあァあああ!!」

「ごァああああああッ!?」

 

 横薙ぎが弱ヒット。立て続けに斜め逆袈裟懸け斬りもヒット。クラインのHPは一連の攻撃で2割以上減った。

 俺も2割ほど減っているが、これで体力残量を逆転したうえに、大量のピックによる貫通(ピアース)継続ダメージが数秒ごとに与えられる。どちらが不利かは一目瞭然だ。

 クラインは焦りながら針ネズミのように刺さったピックを抜き取っている。たまにそれを投げつけてきたが、俺はそれを無視して攻撃を続けた。

 場当たりじみた稚拙な作戦で、絶好調だった男の動きに陰りが差した。対人戦はこれだからわからないのだ。

 クラインの刀が俺の足を浅く抉り、俺の両手剣が胴を掠る。

 両者のHPバーはまったくの同速度でジリジリと削られていった。

 俺の大剣から送られる運動エネルギーを利用し、防御体勢から弾かれたクラインが転がりながら距離を空ける。俺はそれを追って追撃の突きを放った。

 しかし身を捻って回避。その行動を回転斬りへと転化してきた。

 体全体を大剣の影に滑り込ませると、サーベル同士が火花を散らしたが、しかし防ぎきれなかったのかダメージが(かさ)む。

 1歩リードを許してしまった俺は慌てずバック転で下がり、それに呼応してクラインが前の試合で使用した単発突撃系の上位スキルを構えた。

 

「(このタイミングでッ!?)」

 

 予想外。ここが正念場だ。

 俺は取り付けられた正真正銘最後のピックを抜くと、不安定な姿勢からそれを投げた。

 奇跡が起こる。アバターの目玉に直撃した飛び道具により、クラインのソードスキルの構えがキャンセルされたのだ。

 おかげでスマートな着地にはならなかったが、すぐさま起き上がって俺もソードスキルを立ち上げた。

 クラインもピックを抜き取ると、片目をつぶったまま自慢のソードスキルを再発動する。

 俺の方がコンマ半秒ほど早く立ち上げていたにも関わらず、両者がソードスキルを解放したタイミングは恐ろしいほど一致していた。

 声にならない咆哮。獣のような、ある意味無秩序な力の爆発。

 《曲刀》派生系ソードスキル、上位単発特攻斬撃《テンプテーション・クレイター》と《ガイアパージ》専用ペキュリアーズスキル、超級単発重反動斬《ライノセラス》がそれぞれ色彩を増しながら激突。

 ゴッガァアアアアアアアアッ!! と、指向性地雷でも踏んだような爆音が巻き上がったその時、クラインの体は空中にあった。

 収束した音が拡散するという矛盾めいたイメージだろうか 。あまりに大きな音が鳴ったからか、クラスAを観戦していたプレイヤーまで音源である俺達を注視していた。

 2秒後にくるくると舞っていたクラインが着弾。信じられないほど暴力的な過負荷を真正面から受けたクラインは、その圧力を受けきれずに虚空へ投げ出されていたのだ。

 試合終了。

 見方によってはオーバーキルにも近い形で俺はクラインに勝利した。

 ウィナーウィンドウの表示と、審判によるたどたどしい勝者宣言。途端、静まり返っていた会場には割れんばかりの拍手と歓声が降り注いだ。

 今回ばかりは俺にも罵倒は来ていない。自他共に認めるほど、今の試合が刺激的だったからだろう。なかには「最後のなんだったんだ!?」「なにってペキュリアーズスキルだろ!」「突撃系同士で、片方だけ吹っ飛ぶなんて聞いたことないぞ!」などと言った憶測まで聞こえる。そう言えば、この技を衆目に披露する機会もなかったか。

 

「ハァ……マジか……最後……ハァ……あんな隠し玉があったとは……」

「へへ……ゼィ……決勝まで取っときたかったけど……つい見せちまった……」

「最後の一瞬……急いでスキルを再発させるんじゃなくて、躱してから攻撃すりゃよかったのか。ちくしょう、作戦負けしたのが悔しいぜ……っていうか、ちくしょー!! ちくしょうちくしょう! オレだっていい思いしたい! ジェイドばっかずりー!!」

「……ま、まぁ言ってもしょうがねぇよ。グッドゲームだクライン。ダダっ子さえなけりゃあな……」

 

 いい試合だったというのは本音だ。実際勝者と敗者なる壁は存在するものの、俺とクラインとの実力差は無いに等しい。あったとしたら、それは少しばかりの武器の性能差だろうか。現にクラインの言う通り、すでにスキルの立ち上げ中だった俺からすると、回避後に側面から仕掛けられていれば対処のしようがなかった。

 つまり、重量級装備を相手に真正面からの力技で突っ込むというのは、この試合に限らず愚策であったというだけのことである。

 俺は息を整えてから座り込むクラインに手を差しのべる。そこでまた拍手が起こった。駄々をこねようが激戦を見せてもらったというニュアンスが大きい。

 そして別の場所で一際大きく拍手が鳴った。

 またしても大歓声だ。どうやらちょうどクラスAの準決勝も片がついたようである。銀髪ナルシストのエルバートが四つん這いになって項垂(うなだ)れていることから、大ギルドサブリーダー同士の戦いを制したのはアスナだったようだ。もっとも、残りのHPが半分以下(イエローゾーン)スレスレであることから、辛勝だったことが見て取れる。

 しかし理由はなんであれ勝利は勝利。決勝戦のくじはここで確定した。

 

「ほらよ、ピックは返すぜ。……今度の相手はアスナか。たぶん下手なことすると瞬殺されるだろうし……勝てる見込みはあるのか? っていうか負けろ」

「……さ〜てな。んまぁやれることはやるさ」

 

 アスナのトーナメントへの参加動機、それを知る俺からすると複雑な気持ちである。

 ヒスイによる保険、という言葉をそのまま捉えるのなら、決勝を俺に譲ってしかるべきである。それに以前の会話では、キリトの勝利を妨害しようとしているようにも聞こえた。言うまでもなく、初戦で俺に道を譲ったキリトは早い段階でトーナメントから退場している。

 しかしどう言うことか、アスナの体から沸き上がる戦士としての気迫は健在だった。

 俺はリングから降りても観衆に褒め称えられていたが、そのプレイヤーたちを押し退け、同じくリングから降りた彼女の元へ歩いて行った。

 目の前で立ち止まると、彼女は汗を拭きながらこちらを向く。

 ファイナリストが並んだことで、自然と周りの連中も押し黙った。何百人といる観衆が見守る中、アスナは涼しい顔で切り出す。

 

「あらジェイド君、決勝で会うことになっちゃったわね。……どうする? あなたがどうしてもって言うなら……」

「いや、いい(・・)。ここまで来たんだ、全力でやろうぜ!」

「……ふふん、あなたがそのつもりなら。わたしも手を抜いたりはしないわ!」

「へへっ、望むところだ!」

 

 ここで周りが楽しそうに騒ぎだした。熱い戦いを所望の戦士にとっては、俺やアスナの挑発的な問答が大変お気に召したらしい。他人事と思って大いに(はや)し立てている。

 トトカルチョも順調にレートを上げているようで、その額はそこいらの攻略組にもおいそれと払えないほどにまで膨れ上がっていた。

 「さぁ、賭けた賭けタ! オレっちが親ダ! 安心して賭けロ!」などと言う聞き慣れた情報屋の声がしていることから、彼女もこのイベントを機に存分と儲けようとしているのだろう。様子を見るに、未だにアスナの優勝と言う意見は根強いようだ。もっとも控除率高めのギャンブルに手を出す野次に同情する気は起きないので、俺は全力で取りに行く。

 そしてようやく気づく。アスナもこの戦いが楽しくなってきていたのだ。ならばあの剥き出しの闘志にも納得がいく。

 俺はふと、決勝戦と同時進行しないと予告されていた3位決定戦のリングを見た。

 対戦カードは《風林火山》リーダーのクラインと《聖龍連合》サブリーダーのエルバート。どちらも実力としては攻略組切ってのお墨付きだ。勝つのがいずれにせよ見ものにはなるだろう。

 それに賞品が与えられるのは3位までである。彼らもそこはそこでちゃっかりしているはずなので、3位決定戦であろうと本気を出すには違いない。

 

「(頑張れよクライン……さて)」

 

 俺は人混みに紛れながら、壇上に座らされているヒスイの方を見た。

 ひま潰しなのか、愛想よくプレイヤーに手を振ってにこやかにしている。時よりファンクラブの一員が寄り添ってレジクレを脱退するよう強く要請していたが、KoBのメンバーが弾き返していた。

 そこでヒスイが俺に気づいて目を合わせてくる。

 その目は複数の意味を含んでいるように見える。余計なことをしなければ俺が順当に優勝していたのに、というものと、やっぱりズルなしで勝って欲しいからいいや、という信頼の微笑み。

 俺は目をつぶると、デコの辺りを2回拳でつついて今一度集中力を高める。

 再び両目を開いた時は、ヒスイのことは頭から飛んでいた。脳裏に浮かぶのは勝利への戦術。俺は壁際まで歩くとそのまま塀に背を預ける。ひんやりとした壁の温度が背中に伝わると、余興を楽しむプレイヤーの声すら遠退いて聞こえた。

 どれだけそうしていただろうか。

 何度聞いたかもわからないブザー音と拍手。審判による勝者の宣言がエルバートであることと、熱狂的な声が轟いてきた。クラインは残念ながら表彰ならずとなったわけだ。

 俺はもたれていた壁から背を離して全体重を自分の足に戻すと、そこからは前を向いて歩いた。選手入場の宣言前なので気は早いが、決勝戦のカードが誰かは今さらなこと。

 いつの間にか客の数が増えていて、優に500は突破しているようだった。しかし不思議と緊張で体が硬直することはなかった。

 俺がリングに到達すると、そこではすでにアスナが待ち受けていた。栗色の綺麗な髪と、端整な小顔が異性を惑わすような魅力を放つ。同時に、その華奢な体躯からは想像もできない速度で剣技を繰り出すタチの悪い小悪魔だ。

 

「KoBとしては、自分達で商品出しておいてわたしが回収することになっちゃうから、あまり勝ちたくはないけど……手を抜いたら怒られちゃうかしら?」

 

 憎たらしいほどキュートな顔で挑発してきたが、それを聞いた俺は鼻で笑ってから答えた。

 

「俺が怒るとしたら、それはアスナがすでに勝った気でいることだな。……ナメんなよ、トップ入りはあんたより早ェんだよ」

 

 俺は指を振ってウィンドウを立ち上げると、アスナに対して決闘を申し込んだ。

 彼女がそれを承諾する。デュエルウィンドウが両者の中央で展開されて、そのまま60秒のカウントダウンを開始した。

 両者共にまだ抜刀はしない。気が研ぎ澄まされる感覚が広がり、鋭い目をさらに細めた。

 初動の読み合いと間合いの取り合いが始まる。この待機時間すら勝負だ。

 カウントが10を切って1桁に入る。

 ここでアスナが抜刀した。抜き取った音だけで上質なレイピアだとわかる。

 

「(開始直後に仕掛けるのか!?)」

 

 昔からこういった心理的駆け引きには自信があったが、この予想外の行動に動揺した。彼女の性格上、序盤は慎重に来ると踏んでいたからだ。

 だが、直後に彼女の握り(グリップ)が甘いことに気づく。突進姿勢はブラフだ。

 俺はジャンプ回避の準備を中止し、俺は足のホルダーを剥ぎ取る勢いですべてのピックを無理矢理引き抜いた。

 今度は読まれたアスナが驚く。カウントダウン終了。

 賭けに勝ったのは俺だった。

 

「フ……ッ!!」

「えっ!?」

 

 《投剣》スキルがすべてのピックを赤色に染め、アシストが作動。十数本の大きめの針が流星群のように敵めがけて飛来した。

 出遅れたアスナは無理に距離を縮めず、溢れる敏捷力を活かして冷静に真横へ跳ぶ。しかし拡散した数の暴力が功を成し、右手と右足に1本ずつピックが命中した。

 アスナの位置は俺から見て右。人体はその構造上、利き手の方角へ逃げられると追撃しにくくなる。見事な判断力だが、完璧過ぎるがゆえに読めていた。

 《アンダーシュート》発動直後、意図的に構えた《体術》スキル《ガイシッカ》の予備動作(プレモーション)が完了。右脚が臙脂(えんじ)色を纏い、自然界の法則を無視した加速が前方に生まれた。

 アスナが腕をクロスすると、その交点にゴガッ!! と、俺の膝が直撃。

 後方に吹き飛ばされるアスナと、微弱ながらも装甲の薄さから発生するダメージ。左手を地に付いて立ち上がろうとする頃には、俺は彼女の目の前に固形物を投げていた。

 その正体は《威嚇用破裂弾》。ごくわずかにしか攻撃力が設定されていないが、逆に言えば微ダメが発生するアイテム。《煙玉》や《閃光弾》と違ってルール上問題のない、それでいて反騎士道精神まっしぐらの戦法だ。現にこの戦法をとったプレイヤーは1人もいなかった。

 破裂弾が爆発。アスナは軽い悲鳴と共に目を覆う。目に見えない程度のダメージも入っているはずである。

 《体術》スキルによる技後硬直(ポストモーション)が終わり、次なる技《両手用大剣》専用ソードスキル、上級単発上段ダッシュ技《アバランシュ》を発動。

 煙を払って視界を回復したアスナはすぐさま斜め前方にジャンプし、一泊遅れて距離を一気に詰めた俺のスキルが通過。アスナの左足に軽くヒットした感触が剣を通して伝わった。

 開戦からここまで数秒間、一方的なラッシュだけが行われたことになる。

 身軽な防具が災いし、浅い攻撃から2割のHPを失ったアスナも、足に刺さって貫通継続ダメージを与えるピックを引っこ抜きながら改めて立ち上がった。

 

「ハァ……ハァ……やるわね……」

「ハァ……強がるなよ……ハァ……劣勢だぜ……?」

「ここからよ!!」

 

 一層殺気を際だてたアスナがレイピアを突きの構えで俺に向ける。

 同時に加速し、気づいたら彼女は俺の足元にいた。

 条件反射。思いっきり首を横に振る。頬をレイピアが掠めて鋭い痛みが来た、と感覚を受け取った時には腕が引かれ、そこから再加速されたレイピアが『点』となって顔面に迫っていた。

 溜めなしの攻撃(ノーワインドアップ)が閃く。

 首に直撃。2撃目でなければこれだけで試合終了だ。抜き取られて鮮血のようなポリゴンデータを浴びる彼女の名剣は、次々と薙ぎ払われて俺の胴体を浅く削った。

 敗北の2文字が脳裏をよぎる。

 俺は恐怖に駆られるように喉を震わせ、叫びながらがむしゃらに大剣を振るった。しかし彼女はすでにそこにはいなかった。

 そして少し離れた位置に彼女が着地。そのままソードスキルを溜めた彼女に対し、俺はとっさに《ガイアパージ》をフルスイングで投げつけた。

 

「なっ!?」

 

 さすがにこれには驚いたようで、彼女は慌てて回避した。

 俺は即座にメニューウィンドウを立ち上げ、あらゆる武器スキルで習得可能な《派生機能(モディファイ)》である《クイックチェンジ》を使用した。

 クルクルと回転する巨大な大剣は、観客に激突する寸前で消滅し、俺の手元に一瞬で復帰。続けて全速力で突進すると、目を引きつらせるアスナに対し、やっとこさ鍔競り合いに持ち込めた。

 

「ハァ……ハァ……今のは、ずるくない……?」

「ハァ……へへっ……ハァ……んな単語は辞書にねェな……」

 

 大抵の単語は俺の辞書にないが。

 ジリジリとリング際へ追い詰めようとしたがすぐにバチンッ!! と解除され、読まれていたのか俺のパワー比べに持ち込む作戦はあえなく失敗。さらに距離を作ったアスナを冷静に見ると、俺のHPと拮抗していた。

 信じられない。開戦直後に手に入れた、20パーセントほどの体力ゲージと精神的余裕はあっという間に帳消しにされた。

 速すぎて光の筋しか捉えられない。これが《閃光》の世界だというのか。

 

「ハァ……ハッ……ったく、冗談じゃ……ハァ……ねぇぞこれ……」

「ふ~……言ったでしょう。わたしは正攻法でも勝てる」

 

 凛々しく背筋を伸ばしレイピアをぴたりと向けるその姿に、俺は威圧された。自分よりいくばか背の低い少女に気合いの面で圧倒されたのだ。

 アスナの騎士道極まる演武は、巨大なタペストリーがかかった中世貴族の居館(パラス)で披露しても遜色(そんしょく)ないだろう。対して、俺が1年半をかけて編み出した戦闘スタイルは、なんとも醜い平民の悪あがきのような戦法だ。

 その事実に気づいてしまうと、俺は苛立つように吐き捨てる。

 

「ちっ、悪いなァ! あいにく、泥臭くても勝ちにこだわる! 変える気はないぜ!!」

「……そうね、人それぞれ。でも、勝てないと悟りつつ抵抗する敵をこてんぱんにするのも……ゾクゾクするし!!」

「怖ェええええッ!?」

 

 言ったそばから獰猛(どうもう)な眼力を放つアスナが、またしても全力で迫ってきた。

 冗談はともかく、冗談のように速い攻撃は目が慣れ始めたと言っても(かわ)し、受け流すのが精一杯だ。

 彼女のレイピア(さば)きは神業の域に達している。思考して動くというより反射で避けているからか、背中の冷や汗の方がむしろ気になる。

 

「ちょっとヤボだった? 動揺してるわ!」

「ぐ、くっそ……ッ! マジで速ぇ……!!」

 

 速く、そしてなにより美しかった。

 空いている手で殴ってきたり、使っていない足で蹴ってきたり、剣身部分以外のところで突いたり叩いたり、そういったいわゆる『邪道』を一切してこない。常にブレード部分のみが俺の身を削る。

 正真正銘の剣士。俺は籠手(アーム)を、(ガード)を、柄頭(ポメル)を、足の裏を、あらゆる場所を使って剣を避けている。観客から見れば、俺は悪党のしたっぱで、アスナはそれを滅する勇者にも見えるだろう。

 本当に……この目で見ても信じられない。こんな女がいるのかと。美人で少女で礼儀正しく、カリスマ性を備えたうえに頭も良く、さらに剣の腕も達人級とは恐れ入る。湯水のように溢れる才能は俺とは正反対だ。

 だが……、

 

「(けどッ、なおさら負けらンねェだろっ!!)」

 

 俺とてただの悪役としてこのリングに上がり、抵抗もなく彼女に倒されに来たのではない。才能を持たないなりの工夫がある。

 俺はひたすらに剣を受けた。一振り毎に敗北へ近づいている。たまに徹底された防御体制すら貫通してくるが、それでも反撃しない。

 客観的には反撃の糸口も掴めないまま、体力の15パーセントが消え去った。

 

「そっこォ!!」

「ぐ、あぁぁっ!?」

 

 アスナが側面に回り込んで俺の防戦を崩そうとしてくる。しかし俺は、させずと立ち位置を変えてどうにか元の状態に戻す。

 半無限連続攻撃が再開され、その剣が脇を掠った。

 跳び足る火花とサウンドエフェクト。防御力はアスナより優れているはずだが、ピンポイントの攻撃力は時には攻撃特化型(ダメージディーラー)すら凌ぐ爆発力がある。削られた体力は少なくない。

 彼女は下に潜り込んで死角からのラッシュを試みた。俺はそれに合わせて強烈なバックステップを踏む。そのソードスキルは寸でのところですべてが空振りとなった。……いや、(かわ)し切ったと思っただけで、実際には食らっていた。またしても俺のゲージが減っている。

 吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転がりながらも俺は態勢を立て直し立ち上がった。

 

「(まだだ……まだ、耐えろ……ッ)」

 

 負けコースに入っている。それでも攻撃はしなかった。

 何度目かもわからない攻防戦。逃げては追い付かれ、追い付かれては防御して、また離れようとする。アスナはもはや作業のようにレイピアを振る。うんざりした顔からは疲労が見えた。

 俺はまだ逃げて時間稼ぎをする。

 もちろん、作戦があるがゆえに。

 彼女の残量は8割弱。開始直後からほとんど減っていない。

 しかし弱点はもう1つの『体力』である。彼女は薄い防具ありきで成り立つ高い水準のスピードを維持している。体力ゲージとは別の意味で体力の消耗が激しいのだ。

 彼女は有利な状況を延々と維持しなければならない。対する俺は、一瞬だけクロスカウンターを決める時間があればいい。

 果たしてその瞬間はゲージ半分以下寸前、つまり俺が負ける寸前に訪れた。待ちに待った『その瞬間』が訪れた要因は多々あるだろう。俺を翻弄するに足る速度維持による疲れ、慢性的で変化がなく見据(みす)えてしまった戦いの行方、揺るぎない優位性。

 そう、アスナの攻撃が初めて緩んだのだ。勝利を確信するあまり油断した!

 

「(ラストチャンスだッ!!)」

 

 俺はいきなり速く動きだして、紳士的とは言えないキックをアスナの腹にお見舞いした。

 彼女は少しだけ(うめ)いてから、隙を見せたことを恥じている。

 だが、もう遅い。

 《ガイアパージ》がレッドブラックに光る。《両手用大剣》専用ソードスキル、上級毒属五連重斬撃《ペンタグラム・スコーピオン》の発動が間に合った。

 俺は最後の力を振り絞って両腕の筋肉を酷使する。1撃目、右下から左上にかけての攻撃はしゃがむことで凌がれる。2撃目、左側を垂直に斬る攻撃は防がれたが、超過ダメージが少しだけ発生。しかし防御が完全に崩れ、3撃目の下段水平攻撃が見事に入った。4撃目、右側垂直斬り上げも防御を貫通して命中。大剣の重斬撃だからこそレイピアでは防ぎきれない。

 アスナのHPは5割強。俺は全霊を込めた渾身のストロングをアシストに託した。

 そこで気づく。4撃目を放たれた時点で、アスナがすでに防御だけの行動をしていなかったことに。

 《閃光》のレイピアが一閃される。

 ゼロ距離での血肉の削り合い。そして、衝撃。

 ドガァアアアアアアッ!! と、でたらめな爆音が反響した。

 攻撃で吹き飛ばされたのはアスナの方だった。……ただし、俺の脇腹にレイピアを突き刺した後で。

 ズタズタに引き裂かれ、吹き飛ばされてフィールドでバウンドしながら転がるアスナ。大技を決め、大剣を降り下ろした状態でスキル後の膠着(こうちゃく)を課せられる俺。

 短い静寂。

 戦いの幕を下ろすブザー音が聞こえた。

 このワンシーンだけを切り取れば俺が対戦相手を斬り伏せたようにも見えるが、両者の中間位置に現れたウィナーメッセージウィンドウにはアスナの名が挙がっていた。

 最後、彼女はスキルがヒットする前に捨て身で自分の相棒を突きだしたのだ。

 3撃以上のヒットで100パーセント《ポイズン》のバッドステータスを与える特殊能力も、両手用武器による多連撃という高火力も、デュエルが終わった後では反映されない。

 俺はHPが半分を下回った後に決定的な一撃を叩き込んだことになる。

 なんのことはない。俺の、完敗だった。

 

「し、勝者……《閃光》!! アスナァあああッ!!」

 

 うおぉおおおおおおおお!! と、興奮した声での勝者宣告をかき消す勢いで、本日最大級の大歓声がグランザムの街に響いた。

 アスナの勝利を単純に確信していた者、野良賭けでレートを上げて負けてもらっては困る者、悪役が倒されたことを喜ぶ者、かませ役が予想外にも善戦したことで興奮した者、その他あらゆる面で熱戦となった試合に激励と称賛を贈る者。

 様々な形で膨れ上がった感情の(うず)が『大声を出す』という行為で発散されていく。

 俺はというと、負けたショックにうちひしがれると言うより、放心状態になっていた。勝てた実感が湧かないとはよく言われるが、俺の場合は逆に負けた実感が湧かない。

 確かに俺は体力残量51パーセントでソードスキルを使用し始めた。そこから反撃を受けたのだから、ルール上の敗北は明白である。だがHPの全損が勝敗を分かつデュエル方式であれば、俺は圧倒的に優位に立てた。

 もっとも、この仮定はまったく無意味だ。アギンやクラインも、そうしたルール上の盲点を突かれて負けたようなものなのだから。

 俺は潔く敗けを認めた。

 腹から抜き取ったレイピアを手渡すと、我慢できずに口を開く。

 

「やられたよ。さすがとしか言えねぇ」

「いえ、あなたこそ。あの状況で逆転狙うなんて驚いたわ。わたしなら諦めてたと思うし」

「あと、蹴って悪かったな」

「ううん。試合だもん」

「へへっ……つか連撃技の間に反撃とか、普通ムリだろ。立派なシステム外スキルだよ、それ」

「できれば避けたい戦法だけれどね」

 

 無論だろう。なにせ、先ほどの戦法はメインアームを手放す行為でもあるのだから。

 それにしても、負けたというのに清々しい。これなら優勝しなくても……いや、待てよ。これはこれで大変レアな状況なのではなかろうか。アスナが勝ったと言うことはつまり……、

 

「では優勝したアスナさん、壇上へ上がってください! ご来場の皆さんは盛大な拍手を!」

 

  アスナが照れながら脚光を浴びるなか、その周辺……否、見渡す限りのプレイヤーが男女を問わず拍手喝采で彼女を迎えていた。

 優勝商品としてトロフィー型オブジェクトとフィールドボスのドロップアイテムの授与が、なぜかヒスイの手によって成される。それからダイゼンが口頭で、『ある権利』がアスナに渡ったことを今1度宣言した。すなわち、目玉商品であるヒスイからの『ほっぺにチュー券』だ。

 『音声拡張』系アイテムで声を響かせているので、途中からなんのイベントかわからずに観戦してきたプレイヤーも、この一見バカ騒ぎなイベントがなぜここまで客を呼び寄せるのかはっきりしたようだった。

 アスナは言った。「わたしはアイテムだけあればいいので……」と。

 ダイゼンは言った。「いやいやそんなこと言わずに……」と。

 ダイゼンとしては、商品を提示して参加費と(うた)って金をむしり取っておいて、まさかの自分らのギルドメンバーがそのアイテムを回収してしまっている立場だ。ここらで一発、参加者の煮え切らないストレスを発散させてやらなければならないのだろう。

 そのための手段は簡単だ、最後までエンターテイメント性を貫けばいい。

 ダイゼンはとうとうアスナに対して頭を下げていた。男連中からもかなり必死にキスを助長させる声が聞こえる。

 困ったように頭をかく彼女は照れながらもとうとう折れたのか、その権利をここで執行することにしたようだ。

 壇上のヒスイが楽しそうに横に立つ。そして観衆が野獣のような眼で見守る――凝視するとも言う――なかで、ヒスイがアスナの頬にいたずらをするようにチュッ、とキスをした。

 またまた聞き飽き始めた歓声。しかも明らかにベクトルが違う。クリスタルによるスクリーンショットの濁流(だくりゅう)のようなシャッター音も追加しておこう。ノリでただ叫んでいるだけの奴もいる。

 世にも珍しい女性オンリーのギルドも近くで見ていたのか、「きゃー! アスナ様ー! ヒスイ様ー!」といった声も聞こえてきた。振り向いて見ると彼女達の目がハートになっている。

 一部の人間にとっては、このイベントがなによりの商品だったのかもしれない。気持ちはわかるので軽蔑はしないでおくが、できれば近寄りたくはない存在だ。

 そこで大音量を遮るよう耳を塞ぎながらカズが近づいてきた。

 

「相変わらずあの2人は凄い人気だね。あと百合だね」

「ルガやめてくれ、聞かれるとカン違い起こるだろ」

 

 2024年現在、これくらいのネットスラングなら、もはや常識的に使われている。ただスラングを会話に出すと異常、という暗黙の了解も残念ながら(?)健在だ。我がギルドから特殊趣味を持った、あるいはそう誤解されるようなメンバーを出したくはない。

 それからしばらくしてイベントは終了。客があらかた解散してからは、俺はダイゼン達と協力して後片付けをした。

 ちなみにトーナメントで晴れて準優勝を果たした俺だったが、ありがたくいただいた賞品はインテリアがほとんどで、攻略で使える消耗品は《リップル・アロマ》という気の抜けるような名前の小さな紫色の香水だけだった。ただしその効果はもっと拍子抜けするもので、アイテム説明欄には『このアイテムを体に振りかけると、どんな毒や麻痺も一瞬で治るぞ!』と書かれていただけだった。

 ――エクスクラメーションつけりゃいいってもんじゃねぇぞコラ。

 確かに解毒効果は無視できない。それは数あるバッドステータスのなかでも《(ポイズン)》と《麻痺毒(パラライズ)》には使用頻度を考慮してか、珍しくレベルが設定されているからだ。例えばレベル1のウィーク毒やレベル2のライト毒から、現在ではレベル5のリーサル毒まで。麻痺にも同じくレベル5まで毒の『濃度』がある。

 その『濃度』を無視した回復は汎用性こそ高そうだが、それは《解毒結晶(リカバリングクリスタル)》が登場するまでのお話。攻略組なら誰でも知っている通り、クリスタルによる解毒も『濃度』を問わない。おおむねこのアイテムははるか下層、それこそ結晶系が登場するより前のボスドロップだろう。

 そして大事に保管するあまり、より便利で軽いクリスタルが登場してしまった。すなわち、ようは要らなくなったから丁度いい賞品にしてしまおう、という魂胆だったのだ。

 しかも「脚本家が舞台側から商品回収してどうするんだ!」というお叱りの元、他にも用意されていたらしいお宝アイテムはなかったことにされた。ショックである。

 だがお待ちかねである儲けの分配タイムが続いたことで、俺はどうにか爆発寸前の自我を取り戻した。

 

「いや~助かりますわホンマに。来週もやりません?」

「やらねーよ。てか本来の準優勝アイテムよこせよ。……んで? 結局いくらぐらいもうかったんだ」

「客からも観戦料を1人500コル取りましたからね~。しかも思ったより集まって500人も見に来てくれています。選手の参加費と合わせて我々が3割の取り分ですから……レジクレはざっと53万5750コルの儲けですね」

『53万んん!?』

 

 その金額に俺を含むレジクレの全員が驚いた。繰り返すようだが、武器のオーダーメイドでも相場は10万前後だ。

 50万と言えば、直近の30日間で嫌になるほど切り詰めながら貯めた金額とほぼ同等のものだ。それが3日で集まるとは、にわかには信じられない。

 先に手渡しておいた広告料と、キリトへの八百長依頼料。さらに試合中に購入したピックの計数万コルを差し引いても、予想以上の儲け方である。

 

「まあ、これはウチらが用意した契約書にサインいただいた内容での儲け分配ですからね。さんざんあった野良賭けの儲けはウチらのものってことになりますな」

 

 ダイゼンはしたり顔で言う。

 

「うげっ、アルゴの奴、珍しいことに手をつけてると思ったらKoBの依頼かよ」

「宣伝費にちょ~っと色をつけたら気前よう引き受けてくれましたわ。ま、これも経験の賜物です」

「その根性にはかなわねぇよ。ったく……」

 

 それでもダイゼンから宣言通りの金貨を受け取って実感した。

 俺達はわずか数日で莫大な資金を手に入れたのだ。ほとんど損害金を取り返せたようなものである。

 それから俺達はダイゼンとアスナに礼を言って別れた。

 その日ばかりは、イベント大成功の打ち上げとして5人でパーティも開いた。最終的にレジクレから優勝者はでなかったが、俺が準優勝をしたことから掲げたコップには嬉しさが滲んでいる。大きな円形の卓上に並べられた肉類はおいそれと買える粗悪品ではなく、久々のご馳走に皆が取り合うように手を伸ばしたものだ。

 そして、思う。

 この数日も、振り返ると悪くなかったのではないかと。

 オレンジ共から受けた被害は金銭面に留まり、人的被害は無視できる程度。それに一矢報いた。

 リズはかねてより目標にしていたホームを購入して《リズベット店》として鍛冶屋を切り開いていくらしい。サボった攻略も今日で挽回し、横槍が入ったとは思えないほど順調に終えた。

 

「(くは……どっと疲れる1日だったわ……)」

 

 それからさらに数時間が経過した。

 時は深夜。俺は打ち上げパーティが終わって各々(おのおの)が部屋で寝静まり返った後も、1人だけ抜け出してその施設の屋上で寝転がっていた。全員が寝ても自分だけ起きている、という時間はここ3ヶ月でだいぶ増えたような気もする。睡眠時間は減る一方だ。

 俺はギルドのリーダーとして、ソロ時代には決して味わえなかっただろう激務に追われている。責任ある立場として苦労も絶えず、正直言えば負担だけ増えた気がしてとても辛い。

 しかし、この環境にしかない達成感がある。

 俺は現状に感謝しているぐらいだった。

 

「(悪くないもんだ……)」

 

 寝転がって天上を仰ぐと光が散りばめられていた。

 微妙な肌寒さが気になるが、今日は特別星が綺麗だ。名前こそ知らないものの星の楽しみ方は人それぞれだろう。俺は幼い頃、夜に自転車に乗りながら、真上を向いて星を見続けるのが好きだった。真っ暗な空間に人工物ではない明かりだけが飛び込み、自分の息と車輪の回転だけが音を支配する幻想的な数秒間に病み付きになったのだ。

 とは言え、危ない運転だったため、繰り返す度に姉ちゃんにこっぴどく叱られたが。

 なんて昔のことを思い出しつつ、しばらく1人で寝転がりながら空を楽しんでいると、頭上から声をかけられた。

 

「ジェイド、ここにいたの」

「おおヒスイか。なんだ、まだ起きてたのか」

「うん。なんだか体が火照って。昼間のキスを思い出したのかな~?」

「やめてってば、女に女を取られたとなりゃトラウマだぞ……」

「ふふっ、冗談よ。ジェイド格好よかったもん。あたしはそれで満足かな」

「…………」

 

 俺が上体だけ起こすと、ヒスイが俺の左隣に腰かけてきた。その仕草が妙に不自然だったことが気がかりだが、俺はあえて気付かないふりをする。

 お互いに座りながら一緒に星を見上げ、優に1分もしてからヒスイが静かに喋りだした。

 

「……懐かしいわね。あの時もこうして2人で星を見てたっけ」

「深夜に2人でいるのもあの日以来だな。レジクレが今の形になったのは3ヶ月ちょい前だし、タイミングも色々悪かったから……」

「うん……タイミング、悪かったよね。でも、今は悪くないわよ……」

「え……?」

 

 俺は驚いてヒスイの方を向いた。彼女は頬を真っ赤に染め上げて、それでも(かたく)なに俺と顔を合わせないようにしているようだった。

 今はタイミングが悪くない。つまりはそういう(・・・・)ことなのだろう。

 トーナメント優勝商品の内容を提示した時、彼女は非常にリスキーなことをした。アイコンタクトで語っていたあれは、積極的になれない俺への最大限の踏み込みだったのだ。

 まったく呆れた女である。素直になれないからと、あそこまで天の邪鬼なことをするだろうか。

 

「(ったく、ミステリアスもほどほどにしてほしいもんだ……)」

 

 ヒスイは他の誰かではなく、俺に壇上へ登ってほしかったのだろう。もしかすると、俺が決勝戦で勝っていたら、あの場でとんでもない行動に出ていたかもしれない。

 心臓が高鳴る。それは早鐘のように心音を打った。しかも、なんとヒスイが右手の指を俺の左手に絡めてきた。そのすべすべの指先が手の甲をなぞる度に、雰囲気は登り詰めていく。

 顔が熱い。俺も真っ赤だろう。

 ヒスイがようやく俺の方を向いた。その目は緊張からか、少し潤んでいた。

 ようやく、俺も人に依存するようになったのかもしれない。愛しい存在を、大切に扱う宝物のように触れた。

 頬に触れただけでヒスイの体が一瞬痙攣(けいれん)する。ゆっくり右手を頬から下に降ろし、滑らかな(あご)に指を添えて少しだけ力を入れると、彼女の顔が正面を向く。

 顔を近づけ、ピンク色の健康的な唇が迫る。ヒスイは我慢できなくなったのか目をつぶってしまった。

 俺もそれに(なら)い、目の前が真っ暗になる。

 漆黒の世界で俺は唇に柔らかい感触を得た。

 深く、溶け合うようなキス。

 彼女の唇をもっと感じるために、さらに強く引き寄せる。彼女はされるがままとなって体を預け、それがまた一段といとおしく感じる。

 彼女が扇情的に身を(よじ)ると、華奢な腰は絡み付くようにうねり、耳朶(じだ)を打つ布の擦りきれる音すら(なまめ)かしく響いた。

 微かに口元から漏れるくぐもった声。その両手が背中に回り、俺達の距離はもっと近づいた。

 長く、とても長く、そして濃密な接吻だった。

 満点の星空の下、俺とヒスイはようやく胸に秘める気持ちを伝えあったのだ。

 

「(ヒスイ……愛してる……)」

 

 俺達はその日、何度も何度もお互いに唇を重ね、溢れる愛を確かめ合うのだった。

 

 

 

 

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