【1年】第18話:
「魔法はこんな所でいいだろうが、あとは名前と顔出しはどうするんだい?」
「どちらもまだ決めていないのよ」
カトレア・エバンズとして、出して困るような名前と顔はしていない。ホグワーツ1年の内から優秀であることは多くの人に知られている。
ただ、まだ11歳であることや、マグル生まれであることが不利に働くこともあるだろう。親切を装った詐欺まがいの大人や、たかが子供と下に見てくる世間。ならば顔出しせず、名前もペンネームにするべきか。特別カトレア・エバンズとして売り出したいという訳でもない。
「ふむ、ならば僕にひとつ案がある。ただ、僕の一存で決められることでもないからまた後日でもいいかい?」
「もちろんよ。選択肢は多ければ多いほどいいもの」
カトレアはヴェノラと杖を振り、杖先に人差し指の第2関節程の大きさの小さな女の子を生み出す。小さな女の子は尖った耳をして、白い布をまとった、大きな金色の羽を持っていた。女の子は羽ばたき、キラキラと光る粉を振りまきながら頭上を回って消えた。
「どう?精霊ってこんな感じ?」
「小さな精霊はもっと小さいよ。造形も分からないほどだ」
光る綿毛のようなものだ。何を司るでもない数多の精霊は人の形をとることもなく、それこそ赤子のように快不快で生きている。
「精霊ノ王や四大精霊などの大いなる力を持つ精霊は人の形を持つこともある」
彼らはフォーリーのために人の形を取ることもあるが、その人生の多くは彼らの好きな形を取る。時に元素そのものであり、時に生物の何かであり、時に人間の作り出した物である。彼らは何にも縛られない。彼らは大いなる力の根源であり、力そのものだ。
「だがキラキラ光ってるのは似てるな。小さな精霊は基本的に光っている」
その理由はアシェルにも分からない。彼らは大いなる存在とは違い、意思疎通の手段をほとんど持たない。好きな物に集い、嫌なことがあればサッと散っていく。ある意味大いなる存在よりもよく分からない存在だ。
「貴方のお父様に精霊に好かれていると言われたことがあるわ」
「ああ、たしかに君の周囲には多くの精霊が集まっている」
カトレアの周りは心地いいのだろう。カトレアは暖かくて穏やかな魔力を潤沢に持つ。アシェルは精霊ではないため詳しいことは分からないが、きっとふかふかの揺り籠のようなものなのだ。ゆらりと寝転がっているだけで心地よい。
基本的に集まっているのは小さな精霊たちだが、時折名を持つ精霊も寄っている。シルフも悪戯をしたと聞くし、魔力だけでなくカトレアという存在そのものを好ましく思われているのだろう。
とはいえ、時折見えていないとわかっていても邪魔になりそうなほど集まっている時がある。
「そういえば、時折ものすごく集まっている時があるんだ。見えていないのはわかっているんだが、邪魔じゃないのかい?」
「あら、随分おかしなことを言っている自覚はあるのかしら。見えていないのだから邪魔も何も無いわよ」
アシェルがこういう冗談を言うのも珍しい。こういうも何もそもそも普段冗談を言うタイプではないのだが、ごく稀にすっ飛んだおかしなことを言うのだ。
「邪魔に思っているのは貴方ではなくて?」
わざとらしく口角を上げ、姿勢を前に倒して覗き込むようにアシェルの顔を窺う。彼は思ってもみなかったという顔をして、呆けてカトレアを見つめ返した。
精霊の見えないカトレアと、精霊の見えるアシェル。邪魔に思うのはアシェルであるのが当然だ。
魔力や精霊が集っていることでそこにいるのがカトレアなのだとわかりはするが、顔も見えないどころかグリフィンドールの差し色の赤ですら見えない時がある程だ。
「たしかに、そうかもな」
これまで、生まれてから1度たりとも精霊を邪魔だと認識したことはなかった。彼らは自然そのものであり、彼らを見る魔眼はフォーリーになくてはならないものだ。
他の者が見えないものを見、他の者が喋らないものと喋り、他の者が避けない場所を避ける。フォーリーは他の者とは違う。これまで気にしてもこなかったフォーリーの異質さを、カトレアと出会ってから浮き彫りになっているようだ。
精霊を多少邪魔に思った所で、それを見るための魔眼をいらないなどと思う訳もなく、それに気づかせてきたカトレアと距離を取ろうなどとも思わない。これはそれほど極端な話ではない。アシェルにはアシェルの思考があり、カトレアにはカトレアの思考がある。精霊達にも精霊達の思考があるのだ。ただ、これまでにない思考をもたらしてくれたカトレアの存在が、有難くて、憎らしい。
アシェルは空になったカップに紅茶を継ぎ足す。紅茶は淹れられてから時間が経っているが、細く白い湯気を立ててカップに収まった。
「そういえば、もうすぐイースターだな」
「ええ」
カップを傾けるアシェルを、カトレアはそっと横目で見ていた。精霊のことについて、言い出したのはアシェルとはいえ、あまり良くないことを言ってしまった。見えていないカトレアが邪魔だと言うのと、見えているアシェルが邪魔だと言うのは大きく意味が異なる。
逃げるように話題を変えたアシェルに何も思わないでもないが、ここで問い詰めるのもまた違うだろう。彼から何か言ってくるのを待つべきか。
「ホグワーツのイースターはどんな感じなのかしらね」
イースターはクリスマスに次ぐ大事な行事だ。キリストの復活と春の訪れを祝う。実家ではラム肉のローストの馳走を食べて、妹たちとエッグハントをしていた。家族でお祈りをして、キャラキャラ笑いながらうさぎのように飛び跳ねる妹達を捕まえる。妹たちはキャーと叫んで笑って、逃げる素振りも見せずに抱きついてくる。イベントごとの時だけでは無いが、イベントは特別だった。
前世無宗教を謳う日本人の生まれとしてはこういった宗教色の強いイベントは違和感を感じないでもないが、そこは日本人。ハロウィンもクリスマスも正月も節分もバレンタインもごちゃまぜで、自分たちなりに楽しめる人種だ。
「クリスマスからして、イースターも盛大に祝うんだろうな」
数ヶ月前のクリスマスを思い出す。カトレアたちはみなクリスマスは帰省したためイヴのパーティにしか参加していないが、そのパーティですらも盛大なものだった。大きなもみの木が大広間に飾られて、たくさんのオーナメントとてっぺんには輝く星。机に乗せられたご馳走に、枕元に積まれたたくさんのプレゼント。ダンブルドアは赤いサンタ帽を被り、長い髭も相まってサンタクロースのようだった。クリスマス休暇には家に帰りたいが、一度ばかりは本当のホグワーツのクリスマスパーティにも参加してみたい。
「チャールズから聞いたんだけれど、イースター休暇は特別たくさん課題が出るそうよ。なんでも休暇なのに休暇じゃないらしいわ」
「それは困ったな」
アシェルはちっとも困ってなさそうな顔で揶揄うようにカトレアを見た。
「君の悪巧みの時間があまり取れないじゃないか」
「あら、私が課題ごときに時間を取られると思って?」
カトレアも応えるようにわざと右の口角を吊り上げ、悪戯っ子のように笑った。
「貴方が良ければ、ここで課題をやりましょう」
図書館でやってもいいが、図書館は邪魔が入る可能性が高いし、皆課題にてんてこ舞いで席が取れないかもしれない。この部屋ならば邪魔も入らず、お菓子や飲み物を飲みながら教え合うことができる。
「彼女らも誘うんだろう?」
「そうね、貴方がいてくれた方が安心で、きっと楽しいわ」
苦手科目の多いオリビアはきっと課題に苦戦するだろう。教えるのは当然カトレアとアシェルになるが、1人よりも2人の方が安心できる。
「まったく、楽しいのは君だけだろう」
オリビアはアシェルのことをよく思っている訳でもなく、大抵の場合は喧嘩腰だ。アシェル自身、その喧嘩を買う訳では無いが、あまりに執拗いと辟易するのもまた事実。ソフィアは喧嘩腰ではないが、オリビアとはまた別の意味でやりづらい。どうして彼女はああも怯えるのだ。
「あら、来てくれないの?」
「行くよ。行くけどね、どうして君は毎回僕を誘うんだ」
オリビアもソフィアも苦手教科があれど、カトレアひとりで面倒を見きれない訳でもない。
「ひとりよりもふたりでしょう?それに、オリビアは負けず嫌いなのよ。貴方が教えればきっとすぐできるようになるわ」
「君ってやつは!なんて食えない人間だ!」
アシェルは芝居がかった様子で天井を仰いだ。
生まれてこの方、こんなふうに大袈裟に生きてきたことはなかった。周囲の人間はアシェルを孤高の王であることを望んだから。ホグワーツに入って、カトレアと出会って、初めて涙が出るほど笑い、こうして大袈裟なリアクションをした。自分が自分でないような感覚もするが、こういったことも悪くないと思えた。
「イースターが終わったら学年末の試験もあるから、ふたりには頑張ってもらわないと」
「まあ、教員も試験に出すような問題を課題にするだろうからね」
でなければわざわざ課題に出す意味が無い。馬鹿な人間はそんなことも考えつかずにどうにか課題を終わらせることにしか注視しない。課題の意図をきちんと理解して、勉学に励んた者は試験でも優秀な成績を収められる。
「だが、彼女らの成績は彼女らのものだろう。君がどうしそこまで面倒を見る必要がある」
「魔法は上手に使えて損は無いし、知識は裏切らないわ」
オリビアとソフィアの成績が悪かろうと正直カトレアに損はない。アシェルの言う通り彼女らの成績は彼女らのもので、彼女らの将来は彼女らのものだ。だが、カトレアの隣にいるのならば馬鹿でいてもらっては困る。どうせ課題は出さなければいけないのだから、ついでで賢くなれる。彼女たちだって馬鹿だと罵られるよりも賢いと褒められた方が気分がいいだろう。
「ふぅん、まあ、なんでもいいさ」
どこか含みのある笑みを浮かべたカトレアに、アシェルは意図的に視線を逸らした。盲目でいるつもりはないが、彼女が言うことも間違ってはいない。彼女が良くて、彼女たちが良ければ、他人であるアシェルが特筆して言うべきことはないのだ。
「僕は父上にフクロウを飛ばすから失礼するよ。君もあまり長居しすぎないように」
⚡︎ ⚡︎ ⚡︎
というのが数ヶ月前。6月も半ば、カトレア達1年生にとって初めての学年末試験が迫っていた。不真面目な生徒はこれまでの遅れを取り戻そうと焦り、真面目な生徒はより良い点数を取ろうと奮起していた。1年生から7年生まで多くの生徒が図書館や教師の元へ訪れ、勉強に励む。真面目不真面目に関わらず、カトレア達も同様だった。
グリフィンドール寮の一室に自然と数名の1年生が集まっている。皆一様に教科書とノートを開き、ある者は杖を片手に唸っている。
「少しお呼ばれしているから抜けるわね。分からない部分はできるだけ自力で解いて、どこがどう分からなかったのかは後で教えて」
カトレアは壁にかかった時計が18時の5分前を指しているのを確認し、教科書をまとめて立ち上がった。カトレアの正面に座っていたソフィアは顔を上げ、焦げ茶色のタレ目の瞳を瞬かせた。
「告白?」
「おそらくね」
カトレアはなんでもない顔をしてちょっぴり肩を竦めた。今日の朝食時のフクロウ便で妹達からの手紙とともに届けられた手紙を思い出す。18時に中庭の1番大きな楡の木の前に来てくれと、真っ白な羊皮紙ではない紙にボールペンで書かれた手紙。文化の違いと言うべきか、魔法界では主立って羊皮紙を使用する。自身のノートを取る際はノートと万年筆だが、提出用紙は羊皮紙が指定されている。ちなみにマグル生まれの1年生が真っ先に躓くのは魔法以前に羊皮紙に羽根ペンで文字を書かねばならないことである。
「中庭の1番大きな楡の木って、告白スポットじゃん。周りから見えにくいし、いい感じのベンチもあるし…」
「あら、もしかしたら決闘かもしれないじゃない」
目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。ソフィアの目は告白以外にありえないだろうと告げていた。
「確かに告白の方が回数が多いわ。けれど、決闘とはいかないまでもケチをつけられたことは何度かあるわ」
ホグワーツ内でも名高い告白スポットが故に、ここに呼び出された=告白だと油断を誘えるのだろう。純血のお嬢様方があのように顔を真っ赤にして手を振り上げる様は実に見物だった。その後の背後にアシェルがいた事で真っ青になった顔も芸術的であったと言えよう。
「そろそろ行かないと。すぐに戻ってくるわ」
いつもの事と言えば、いつもの事だ。プラチナブロンドを翻して部屋から出ていったカトレアの背を見送り、ソフィアは羽根ペンの羽根で鼻先を擽った。彼女に告白が絶えないのも、時折告白に交じって呪いや告白ではないお呼び出しがかかるのも。カトレアにとっても、傍にいるソフィア達にとっても慣れた事だ。大切な親友が傷付けられるかもしれないという事になど、慣れたくはなかった。
「こんばんは、Mr.ドイル」
中庭の1番大きな楡の木の下、真鍮でつくられたベンチの真横に、ヒューバート・ドイルは直立不動でいた。黒縁のメガネ、履き潰したスニーカー、左腕には腕時計。実にマグル生まれらしい様相だ。黄色のローブを着たヒューバートはカトレアを見るなり顔を真っ赤に染める。きっと正面から照らす夕日のせいだけでは決してないだろう。
「あ、あの、その…テスト勉強で忙しい時に呼び出したりしてごめん…」
「構わないわ。私の勉強は凡そ終わっているから、友人達の面倒を見ているだけですもの」
ヒューバートは実にハップルパフらしい生徒と言えるだろう。合同授業で見てきた限り、成績は可もなく不可もなくといったところだが、真面目で堅実。性格は人が困っているのを見ると放っておけないタイプで、落とした本や羊皮紙を一緒に拾ってあげているのをよく見かける。他人からの評価は優しくて良い人に偏るだろう。
「そ、その、今日君を呼び出した理由なんだけど、良ければ僕と一緒に勉強をしてくれませんか!!」
ガバ、と直立不動だった体を直角に曲げ、右手をピンと伸ばす。まるでプロポーズだ。ザアッと西風が強く吹き、髪とローブが何者かに引っ張られたかのように靡く。地平線の果てに夕日がとっぷりと沈み、辺りは静寂に呑まれる。
カトレアは少しばかり驚いていた。ソフィアが言っていた通り、カトレアも手紙の差出人を見た時から告白だと思っていた。しかし、成程。ヒューバート・ドイルは頭が悪い訳では無い。素直に告白をすれば、カトレアはにべもなく
「一緒に勉強をするというのは問題ないわ」
「ほ、本当かい!?」
ガバリと姿勢を戻したヒューバートの鳶色の瞳にはうっすらと涙が滲み、まさか了承を得られるとは微塵も思っていなかったようで口はパカりと間抜けに開いていた。
「ただ正直こちらも寮生の面倒を見るので手一杯なのよ」
これは、本当の本当である。オリビアを筆頭として、グリフィンドール1年生の勉強の面倒を見ているのはカトレアだ。空き部屋に集まって勉強するのはとてもいいアイディアだ。ただ、その勉強の教師役がカトレア1人でなければ。勿論カトレア以外にも頭のいい子はいるし、得意科目がある子もいる。しかし、それと人に教えるのが得意かというのは話が別なのだ。
「だから、もし一緒に勉強できるとしてもグリフィンドールの寮生たちと一緒か、新学期が始まってからになってしまうの」
「そっか、そうだよね…」
カトレアは人気者だ。自分自身のことも完璧に熟し、大切な友人たちとの時間も取っていたら、その他の有象無象にかまけている暇などない。特にクリスマス休暇明けからは忙しそうにしているし、毎日のように図書館で見かけていた姿も中々見なくなった。それに、カトレアが了承したからと言って、彼女の友人_特にオリビア_が彼との逢瀬を許すかと言えばNOである。
「なら、文通とか…」
思わず口から飛び出た言葉に、ヒューバートは自分で言ったというのに背後にきゅうりを置かれた猫のように飛び上がった。
「ご、ご、ご、ごめん!!!」
先程まで真っ赤だった顔は、今や打って変わって真っ青になっている。カトレアの時間は貴重だ。生活の大部分は学業と友人に占められているのは他寮であるヒューバートにもわかる。そこにヒューバートに返信を書く時間が無いこともわかっている。自分は当然この美しく完璧な人の一番には、少なくとも今はなれないこともわかっている。
「文通は…ごめんなさい、申し訳ないけれど返信を書く時間が取れないわ」
ヒューバートが理解している通り、カトレアにとっての優先順位は、1に家族の手紙への返信、2に学業、3に友人たちとの時間である。そして、カトレアは彼と文通をするほど深く付き合っていくつもりもない。いくら彼がおもしれー男であろうとも、周囲が付き合っているだとかいい雰囲気だと誤解するのは勘弁だ。
「ううん、いいんだ。じゃあ…じゃあっていうのも変だけど、これから見かけたら挨拶をしてもいいかい?」
もしや、このヒューバート・ドイルという男はカトレアが自身への挨拶すら許さない人間だと思っているのだろうか。むしろこれまであれ程視線を送ってきていたというのに、関係性はどうであれ様々な人に挨拶をされているカトレアを知らないとでもいうのか。
「もちろん、挨拶は大歓迎よ」
そうして1年生自習室に帰ってきたカトレアは、ソフィアに呪文学を教えながら騒がしくなってきた室内にチラリと視線をむけた。
「なんだか騒がしいわね」
ソフィアはコソッとカトレアを伺う。告白されたのも、当然
しかし、それはそれとしてカトレアがすっごく魅力的なのはソフィア達が一番よくわかっているけど、大切な親友を自分達から奪おうとするのは許せないのだ。
カトレアはソフィアの視線に気付いていないのか、気付いていてスルーしているのか、ソフィアのノートを反対側から覗き込んだ。少し身を乗り出しているからか、プラチナブロンドがカーテンのように壁をつくり、あちら側からカトレアの顔は見えないだろう。カトレアは彼女たちから反対のカーテンを掬い取って耳にかける。
「いいの?あれ」
たとえ詳しい内容は聞こえていなくとも、多少なりとも揉めているのはわかる。揉めているのは、オリビアとグレンダ・フォークナーである。彼女達はこれはまた相性が悪く、ことある事に揉めている。真面目とは言いがたく事なかれ主義のオリビアと、繊細でなんでも完璧に成さなければ気が済まないグレンダ。グレンダは親の仇でも見るようにオリビアを見、オリビアは生ゴミに集る蛆虫でも見るようにグレンダを見ている。彼女達の喧嘩は、決して手が出ることは無い。ただひたすらに相手が傷付く言葉で刺していくだけ。
「収めどころが分からないのでしょうね」
グレンダは聖28一族には数えられないものの純血の血を引いており、高名な魔女である祖母に厳しく育てられていると聞いたことがある。カトレアとアシェルがいなければ、学年で最も優秀なのは彼女だったはずだ。彼女は焦っているのだろう。フォーリー家の次期当主ならいざ知らず、マグル生まれのカトレアに成績で負ける訳にはいかない。カトレアの背にしがみついてでも付いて行き、最終的にはその背を蹴飛ばして前に踊り出なければならないのだ。
これまでもオリビアとグレンダの諍いは何度かあった。その度に仲介してきたのはカトレアに他ならない。しかし、いつまでもそれではいけないだろう。毎度毎度カトレアがすぐそばにいるわけではない。スリザリンとグリフィンドールの諍いでもなく、性格の合わない同じ寮の同級生なのだ。
「落とし所はいつも同じ。いつも間に入っているのだからもう入らないわ」
片やカトレアを慕い、片や目の敵にしている。カトレアをきっかけにする諍いだが、カトレアに責任がある訳では無い。いつまでもカトレアが世話を焼くと思ったら大間違いだ。もう知り合って1年も経つ。互いに相手に向けた矛先の仕舞い方を知らないだけなのだから。困ったように此方の様子を伺われても仕方がない。来年には後輩もできる。特にオリビアはクィディッチチームに入ることが確定しているのだから先輩になる自覚を持って欲しい。
「ほらココ、間違ってるわ」
つい、と白く細長い指がソフィアの羊皮紙の上を泳いだ。頬杖をつき、反対側からソフィアの羊皮紙を眺める伏し目がちな目がゾッとするほど美しい。いつかの朝を思い出す。あれからもう1年も経つというのに、今でも時折彼女をビスクドールの様だと思う時がある。長い睫毛の奥に垣間見える知的な深緑がチラリとソフィアを見る。
「ソフィア?」
「あ、うん…!」
ソフィアはバッと顔を伏せ、羊皮紙に向かう。真っ赤に染まった顔を隠そうとしたのだ。オレンジブラウンの髪の合間から見える真っ赤な耳にカトレアはクスリと笑う。相変わらず小動物のようで可愛らしい。
「ほら、集中なさい」
ささくれのひとつも無い、整えられた桜色の爪がソフィアの羊皮紙をコツンと叩く。ソフィアは慌てて羽根ペンを手に取り、インク瓶に浸した。