柵を無理やり通り抜け、なぜか監禁された子供を助け、そして狼になる
夕暮れどき、僕はトアル村の自宅で目を覚ました。
だが僕の頭脳には過去百回近く繰り返した同じ冒険の記憶があった。
そう、僕は転生者なのだ。
これから先に何が起こり何が待ち構えているか、僕は克明に覚えている。
それだけではない。僕はこの世界の秘密さえも知っている。
魔法や魔術ではない。僕は転生と冒険を繰り返すうち、「この世界の仕組み」に触れたのだ。
そして、それを思いのままに操る術を手に入れた。
以下はそんな僕の冒険の記録である。
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僕の冒険はいつものように夕暮れ時のトアル村から始まった。
「おおい、リンク!」
山羊飼いのファドが呼んでいる。山羊どもが言うことを聞いてくれず、困っているのだ。
(こいつは超がつくほどの無能だ。いつも山羊を小屋まで追い立てるのが自分ではできなくて、僕に手伝いを頼んでばかりいる。ときには山羊を逃がしてしまうことさえある。)
僕はすぐに一階に降りて扉を開けて外に出た。だが僕は彼を無視して、すぐに家の前の小道を北上した。道をひた走るとやがてトアルの泉の近くに差し掛かる。本来なら僕は泉でエポナを世話しているイリアのところに行かねばならない。
だが僕はそうしなかった。代りに、道端に落ちていた一抱えもある大きな岩を持ち上げると、それを運んでトアル村北端の吊り橋の手前にかかっている柵の前に行った。
柵の右半分の前に岩を置くと、僕はややその左に位置取りし、斜め左を向いた。そして横っ飛びする。
僕の身体は柵の中にめり込んだ。
柵の中に嵌ったのではない。柵の中にいるのに、普通に立っているのだ。しかも低速ではあるが左右に移動もできる。
これを最初に発見した時は僕は心底驚いた。これが物理法則を無視したこの世界の仕組みだということに気づくには、何度か転生と冒険を繰り返す必要があった。だがこの現象の発見こそが今の僕を僕たらしめているのだ。
僕はそこで何度も前転を繰り返した。とうとう硬いものに当たる感触と柵の金具が弾けるような音がして、僕は柵の向こう側の吊り橋の上に転がり落ちた。本来なら抜けられない柵を抜けたのだ。
そこから僕は迷わず橋から谷底へ飛び出した。
そう、君の読み間違いではない。
僕は谷底に向かって飛び出した。
そして自分の身体が落下し始める前に意識を集中した。集中して全てを「リセット」することを念じた。
身体が落下を始めた感覚とともに僕の視界は真っ暗となった。何も聞こえず、また見えなくなった。
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ところがどうだろう。数秒間すると、僕は呻き声を上げながら上体を起こして立ち上がった。
僕の服装は全く違うものに変わっていた。
緑のチュニックとその下には鎖帷子、長ズボンにロングブーツ。さらには冒険用のポーチを腰に巻いている。緑の帽子も被っていた。
そして背中にはトアルの剣と金属製の盾。どれも村では滅多なことでは手に入らないような代物だ。
これは一体どういうことなのだろう?そして周囲は同じ夕刻ではあったが全く様相が違う。
これは同じ現象を何度も経験した後で知ったのだが、僕はオルディン大橋の上で意識を取り戻したのだ。
身体中が痛む。あんな高所から落下したんだから当然だ。(むしろ生きているほうが不思議だ。)
しかしいずれにせよ、僕は普通に村で暮らしていたのでは絶対に手に入らないような装備の数々を手に入れた。
これからどうする?その答えも、百回以上転生と冒険を繰り返してきた僕にはわかっていた。
僕は地面に寝転がると目を閉じた。このまま一休みといくのだ。
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これまでの行動を思い返し(「セーブ」とも言うらしい)ていると、すぐに眠りは訪れた。(ある世界では「セーブリセット」とも言うらしい。)
そして目を覚ますと、僕はいつの間にかフィローネの森に立っていた。
昼の日なかなのだろうか、周囲が明るい。
有難いことに、手に入れた僕の装備はそのままだ。何一つ冒険らしい冒険をやっていないのに、歴戦の勇者のような恰好をした僕は、まず近くに生えていた馬笛草を手に取った。
草を吹き鳴らすと、すぐにエポナがやってきた。本来なら吊り橋の前の柵はかかったままだ。エポナも柵にめり込んで抜けてきたのかは知らない。だがこれがこの世界の仕組みなのだ。
僕はエポナに跨ると、広場を横切って北側の柵を乗り越え、フィローネの泉を右手に見ながら洞窟を抜け、突き当たりにまた小さな洞窟があるところを左に出て油売りの小屋までエポナを走らせた。
小屋はいかにもみすぼらしく、ほとんどあばら屋と言っていいほどのお粗末な出来だったが、その前には焚火があり煙が上っている。焚火の後ろに油売りの男が座っている。
「あれ?おたくトアルの人っすよね?」
近付くと男は言った。浅黒い肌に縮れた髪の若い男だ。
「兄さん、昼だからってカンテラも持たないでここを歩き回るのは危ないっすよ。なんたってフィローネは暗い場所がたくさんありますからね。そこでお勧めなのがこれっす」
男は足元に置いてあったカンテラを持ち上げた。
「これがあれば暗い道も安心ってやつでね。よかったら兄さんに差し上げますよ」
こいつがカンテラをくれるのはもちろん親切心ではない。その後油を売りつけるためだ。
「オレ実はここで油屋をやってましてね」
ほれ来た。男は上機嫌に言った。
「兄さんもじゃんじゃんカンテラ使って、それでオレから油を買ってほしいんですよ。だからこれはほんのお近づきの品ってことでね。ほら、これめっちゃ便利でワンタッチで火つくんですよ。ほら、そこの焚火に火をつけてみて?」
だが、僕は彼を無視し、礼もそこそこにエポナの向きを変えて走らせ小さな洞窟の前で降りた。
入り口に生えていたデクババを剣で片付けると、洞窟の中に進んでいった。すぐに木の枝が落ちているのが見つかった。その途端頭の中で声がした。
「タロのものだ...!」
タロはまだ村にいるはずだ。というより、今日は起きてから一度も会っていない。それなのになぜそんな声が頭のなかで?それはこの世界の仕組みなのだ。
ともかく僕は先に進んだ。
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洞窟の中には蝙蝠やら巨大鼠やらがいるし、デクババもところどころ生えている。だが、本物の鉄の剣を持っている僕の前ではそんな連中は相手にはならない。滅多斬りで片付けた。
洞窟を塞ぐ蜘蛛の糸をカンテラの火で焼き払い向こうに抜けると、そこはうっそうと高木が茂る薄暗い盆地だった。
僕はダッシュすると、ひたすらに前転を繰り返して北西に向かった。前転をしたほうが早く進める。これがこの世界の仕組みだからだ。
左手壁際にボコブリンが一匹いたが無視する。盆地の北西の隅にあった洞窟に飛び込むと、その奥に向かった。蝙蝠とボコブリンが一匹づついる。剣を振り回してそいつらを片付けると、突き当たり金属の小さな箱を開けた。中には鍵がある。もっともそんなことは最初から知っていたが。
次に僕は前転を繰り返しながら洞窟を出て、盆地の北東にある門に向かった。近づいていくと門の前にいたボコブリン二匹が見咎めてこちらに走り寄ってきたが、これも無視して門に向かって錠を開き、その先にいたボコブリンもまた無視してひたすらに前転して進む。
その先の広場も突っ切り、とうとう高い木の前の参道に出た。木の根を利用して造った参道を登っていくと、大木の根元の広場にはタロと猿が檻に閉じ込められているのが見える。
タロはなぜこんなところに?それは分からない。いずれにせよ、それがこの世界の仕組みなのだ。
僕は広場に向かってダッシュした。すると広場に陣取っていたボコブリンが二匹駆け寄ってくる。回転斬りであっさりと片付けると、檻を叩き壊した。
猿もタロも助け出されて喜んでいた。
だがその帰り道が問題だ。
僕はこんな超がつくクッソガキと会話を楽しむような暇人ではない。早く冒険を進めたい。だが、結局あの小さな洞窟を抜けた場所までタロに付き合わされた。
タロが「今日の事は誰にも言うな」とクソ身勝手で一方的なことを言って立ち去ると、師匠のモイが現れた。
既に百回以上も転生して冒険を繰り返してきた僕はモイから学ぶことなんてもう何もない。だが、師匠との会話もどうにか耐えないとならなかった。せいぜい数秒間なのだが。
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それが終わると、やっと解放されて自宅で眠りについた。翌朝は快晴だ。
まずは朝一番で無能親父ファドの手伝いをする羽目になった。二十頭はいる山羊を手早く小屋に追い込む。
その後ボウの家の前まで行くと、今度は「馬が怪我した」とかなんとか言ってイリアがヒステリーを起こしたあげく、馬を連れて泉に行ってしまった。
全くうんざりするが、この出来事は回避できないことは分かっていた。僕はイリアを追って、前転を繰り返しながらトアルの泉に走った。
といっても、あのヒステリー女は正規の入り口からは入れてくれないことはもうわかっていた。入口の手前にある壁の穴から入ることになっているのだ。僕は身体をかがめ穴に潜り込むと、途中で左に曲がってとうとう泉に辿り着いた。
そこから先のことは全て省略する。ある方法を使うと、長ったらしい会話やら何やらを「スキップ」できるのだ。(その方法は読者の皆さんそれぞれで探してみてほしい。)
次に目を覚ました僕は、なぜか地下牢の中にいて、狼の姿になっていた。
(つづく)