黄昏の姫と緑の勇者:転生者チート編   作:nocomimi

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もはやオープンワールド?僕は雪山の廃墟に寄り道し「半分」だけ攻略する

僕は、本格的にダンジョンを攻略し始める前に、ある「寄り道」をする計画を立てていた。

 

本来ならその場所に行くためには、いくつものダンジョンを攻略したうえで、さらにアッシュとかいうクッソ生意気な女から絵を貰ったり、ゾーラの王子から耳飾りをもらったり、ニオイマスという(駄洒落か?)魚を釣ったりしなければならない。

 

だがある技を発動すれば、今の段階でその場所に行けるのだ。

 

次に探索する場所を自由に選択できるという点で、僕の冒険の様相は転生を繰り返す前の初期の頃から比べると大幅に変わった。(ある世界ではこのような冒険の仕方を「オープンワールド」とも言うらしい。)

 

それもこれも、初期の段階で不正に聖剣を手に入れられたおかげだ。それにより、狼と人間の状態を自由に行き来でき、ワープも行えるということの便益は図り知れない。

 

ともあれ、僕は、視界の左下に意識を集中すると、地図を思い浮かべながら同時にミドナに話しかけた。

 

タイミングが難しい技だ。ミドナを呼び出しながら地図の中の、ゾーラの里の広間の泉の上に描かれた青い円に意識を向け、ワープしたいと念じた。

 

すると、ミドナが現れ、「どうした、リンク?」と返事をした。

 

成功だ。

 

僕は何でもないと合図すると、道の終端から身軽に飛び降りた。

 

本来なら、目の前の雪山に登るに際して、事前に上述の手順を行っていないと、途中の吹雪に巻き込まれて気絶させられてしまう。

 

だが、数知れない転生を繰り返した僕は、さきほどの簡単な手順によってその吹雪を突破できることを学んでいたのだ。

 

僕は山に向かって走り始める。前方の湖の水面を見ると、左手のほうから断続的に五メートル四方ほどの平らな氷が向こう岸に続いている。水面の近くに走り寄ると、助走をつけて手近の氷に飛び乗った。氷はじゅうぶんに厚く、どうやら割れる心配はなさそうだ。僕は次の氷に向けて進み、間隙をジャンプして移った。

 

氷を五つ、六つほど越えると対岸に到着した。僕は快速に走って平原を横切り、雪山の斜面を目指した。

 

速度を上げて平原を走ると前方が次第に傾斜になってくる。

 

雪雲の下に入ったのか雪片が風に乗って舞い降りてくる。半透明の狼の幽霊たちが積もった雪のそこここから這い出してきた。

 

幽霊狼どもが追いかけて並走くる。一匹が吠え声を上げるとともに襲いかかってきた。だが僕は進路を巧みに左右に動かしながら敵の攻撃を避けひたすらに走った。

 

斜面が次第に急勾配になり岩肌が剥き出しになった崖が近づいてくる。だが、同時に降雪も激しくなってきていた。

 

左手には丸い岩が顔を出している。岩と崖の間を前進する。目を上げると岩崖の隙間に左脇からアプローチするなだらかな雪の傾斜があった。

 

僕は斜面を登り始めた。前方の雪面にまたぞろ幽霊狼たちが這い出してくる。だが構わずに敵の攻撃を躱しながら登攀し続けた。

 

斜面はやがて両側を岩に挟まれた小道になった。しばらく進むと、不思議なことに視界を覆い尽くすほどの重たい吹雪が弱まってきている気がした。

 

小道を抜けると再び雪原に出た。左右にゴロゴロとした岩が雪から顔を出している。

 

やがて巨大な岩壁に行き当たった。しかし、左右を見回すと、雪の小道がそれぞれ岸壁沿いに走っており、右手の道は登り勾配になっている。降雪はさきほどとはうって変わって穏やかになっていて、道の行く先を見通すことができた。

 

僕は右手の道に入ると勾配を駆け登った。道は途中で鋭く左に分岐している。方向を変えて分岐にはいると、分岐路は次第に高度を上げ、やがて人の身長ほどもある段差が粗っぽく刻み込まれた岩壁に出た。

 

僕は段差に飛びつくと、前足を引っ掻けてどうにか這い登った。その上にあったもうひとつの段差をよじ登ると、新たな雪道に出た。

 

雪道を右手に進んだ。降雪はもはや疎らだ。雪雲を抜けたのだ。雪道はしばらく行くとまた鋭く左に分岐して登っていく。分岐路を進んでいくと、やがて雪は完全に止み、空に太陽の光が見えた。 

 

先を急いで雪道を走った。そこでまた分岐があった。左手に目を向けると針葉樹の高木が散在する雪原が広がっている。だが山の上方まで登れそうな箇所は見当たらない。

 

右手と見当をつけて道を進んだ。すると道はほどなく左手に分岐した。路は目の前の崖に沿って丸く右にカーブし、それからゆるやかな上り坂になっていた。

 

坂を登りきると、そこは高さ五メートルほどの段差に行き当たっていた。

 

段差は岩肌が見えないほど分厚い雪に包まれている。僕は目の前の壁に体当たりしてみた。

 

たちまち段差の上から雪が小さな雪崩となって落ちてきた。僕は後ろに飛び退いて呑み込まれるのを回避した。

 

雪が崩れたおかげで段差と見えた地形には登り口があることがわかった。崩れた雪がなだらかな傾斜となって上に続いている。

 

蝙蝠が二羽上空を飛び回っている。その身体の周囲は強い冷気を思わせる白い霧で覆われていた。だがそいつらを無視して傾斜を登ると、僕は雪の峠道を右手に向かって走った。

 

しばらく進んだところで僕は風の音が狼の遠吠えに似たメロディを奏でているのを聞いた。

 

右手前方に崖側に大きく突き出た張り出しがあり、その上に石碑があった。石碑の中央に穴が空いており、そこを通る風がまるで狼の遠吠えのような音を立てるのだ。

 

僕は、普段はこの石碑を完全無視することにしているのだが、今は例外だ。

 

さっき行ったような技でこの世界の仕組みを悪用すると、時々時間が凍りついてしまったり、先に進むことも後戻りすることもできなくなってしまうことがある。

 

雪山の麓で行った技についても同様だ。今ここで吼えておかないと、それ以上冒険を進められなくなる怪現象を引き起こすということを僕は経験上知っていた。

 

僕は石碑に近づくとそのメロディを真似て遠吠えをした。眼下には今までに踏破してきた広大な山の斜面と、そこにかかる雪雲が形づくる雲海が見える。

 

ひとしきり吠えると、僕はその場を離れて、山側にある崖の麓に向かった。感覚を集中すると崖の麓に雪の面の脆い箇所がある。

 

僕がそこを掘っていくと雪が落ちて穴がぽっかりと空いた。穴に身体を突っ込み掘り進めていくと、やがて僕は自分が薄暗い空間に顔を出したことに気づいた。

 

崖の中には洞窟があったのだ。

 

洞窟の中を見回してみた。前方左右の壁は白く凍りついているが、そのほかの部分は自然岩を削りだして作ったと見える岩壁が前方に続き、少し行くと左にカーブしている。カーブまで進むと、その先は高さ五メートルほどの梯子になっていた。

 

僕はミドナに唸りかけて人間に戻してもらうと、梯子を登った。

 

梯子の上に出ると、通路は奥に続いており、数段の段差を経て突き当たり、その右手奥の壁は上までびっしりと蔦が生えている。また、粗い作りの木箱がそこいら中に放置され、さらには頭蓋骨までがいくつか転がっていた。

 

通路の作りはまるで軍事トンネルのように素っ気ない。薄暗い中を歩いていると頭上から羽音が聞こえた。見ると二匹ほど蝙蝠が飛んでいる。

 

僕は剣を抜くと、そいつらを引き付けて二匹とも叩き落した。

 

段差を乗り越え、突き当たりに達すると上を見上げた。高さ十メートルほどの壁の先に続く通路の天井が僅かに見えた。壁には梯子は見当たらなかったが、びっしりと生えた蔦を登っていけば、その上に続いているであろう通路に到達できそうだ。

 

僕は蔦にしがみついてよじ登った。天辺まで登り、その上にあった通路の床に這い上がると、天井に取り付いていた蝙蝠が一匹僕を付け狙い始めた。

 

そいつも剣で叩き落しさらに前進する。通路はすぐに扉に行き当たっていた。馴染みのある、転がすタイプの円い扉だ。

 

扉を開けて外に出る。

 

こは雪に包まれた広大な尾根だった。澄み渡った空に高く登った太陽に照らされて、途方もなく背の高い周囲の山岳群が銀色に光輝いている。

 

だが、前方には白蝙蝠どもが十匹近く群れて、尾根の中ほどの上空にたむろしている。

 

僕はダッシュして蝙蝠どもに近づくと剣を抜いて振り回し出来るだけ多くの数を叩き落した。

 

だが途端に上空から不気味な音が聞こえてきたかと思うと、僕の周囲百メートルほどを包囲するように魔法結界の柱が次々と落下してきた。

 

上空を見ると、いつのまにか空中にできた黒い渦の中心からおぞましい形をした黒い塊が落ちてくる。

 

一体。二体。三体。結界の内側にドサリと落ちると、そいつらは身体を起こした。影の使者たちだ。

 

僕はとりあえず、何も考えず剣を振り回した。白蝙蝠たちの攻撃を喰らうと短時間だが体が麻痺するのだ。それもウザいので、まずは蝙蝠たちを片端から叩き落した。

 

蝙蝠どもがあらかたいなくなると、僕はまず影の使者のうちの一匹をジャンプ斬りで斬り捨て、残り二匹の間に入ると回転斬りを繰り出した。

 

黒鬼どもが倒れ、その死骸が崩壊し上空の黒い渦に吸い込まれていく。

 

剣を納めると、前方にある登り坂の上に巨大な動物の後ろ姿があるのが見えた。岩を思わせるような筋骨たくましい巨大な背中が白い毛に覆われている。また、その臀部にはふさふさとした尻尾がついていた。

 

獣人だ。

 

獣人は坂の上の高木の脇でこちらに背を向けたまま座って微動だにしない。片手にはこれまたひときわ巨大なニオイマスを提げていた。魚は時折ピクピク動いている。

 

僕は斜面を登って獣人の隣に立つと声をかけた。

 

獣人は首を回してこちらを向き、黒い大きな目で僕を見た。

 

「んんんん?おんやま、ニンゲンの子供でねか!珍しいのお」

 

獣人は僕に向き直ると顔を覗き込むように背をかがめた。

 

「なしてこんな田舎さ来たのけ?流行りの自分探しちう奴かいの?」

 

獣人は言った。 

 

「いいえ、違います。実は鏡を探してるんです」

 

僕が説明すると、獣人は思い出したように言った。

 

「鏡といやオラこないだ何かの欠片を拾っただ。キラキラ光っとったからあれかもしれんのう。んならおめ、オラん家に来て見てみい。美味い魚もとれたしのう。飯くらい食わしちゃる」

 

獣人はありがたくもそう申し出てくれた。彼は近くにあった大木をぶん殴ると、凍り付いた大きな葉っぱを地面に落とした。

 

獣人は真似してついて来いと合図すると葉っぱに乗って北に向かう斜面を滑り降り始めた。

 

僕はすぐさま自分も大木に体当たりして葉っぱを一枚落とすと、斜面に降りてその上に乗った。

 

斜面を滑り降り始めると冷たい風が頬を撫でる。みるみるスピードが上がってくる。

 

すぐ目の前に獣人が飛び越えていった間隙がある。僕は膝をかがめると軽くジャンプした。軽々と間隙を飛び越えた僕はその先の斜面に着地した。

 

下り斜面の左右には雪化粧した巨大な自然岩がいくつも並んでいる。岩たちの間を挟まれた斜面は左右にくねりながら下っていた。

 

道はいつしか積み重ねられた雪に挟まれ狭くなっていった。もしかしたら獣人が定期的に雪をかいているのかも知れない。やがて眼下に小さな吊り橋が見え始めた。目を凝らすと、橋の上空に蝙蝠たちが群れをなしている。

 

僕は橋目掛けて自分の方向を調整し身体を傾けて一気に速度を上げた。橋に突っ込んでいくとあっという間そこを走り抜けた。

 

その先は両側を岩壁に挟まれた広い斜面だった。だが二百メートルほど下ると唐突に斜面は切れており、僕は空中に飛び出すことになった。

 

目の下には雪を被った針葉樹が立ち並んでいる。僕の葉は針葉樹の上に積もった雪の上をバウンドすると、無事に地面に降り立った。勢いが減じないまま滑っていくと、すぐに針葉樹の林を抜けて開けた斜面に出た。ところどころに尖った氷の柱が立っている。

 

体重移動して右手の方角に寄った。右手の崖の近くに経路を取りながら進んでいくと、目の前に一メートル少しの低い段差が近づいてくる。

 

膝の力でジャンプし段差の上に飛び乗ると、そのまま右手に崖を見ながら滑り続けた。

 

やがて雪の道が細い橋のような地形に変わった。転落しないよう注意深くコース取りをしながら滑っていく。

 

途中、間隙を乗り越えると、細い橋のような地形がさらに左にカーブしていく。

 

もう一つ間隙を乗り越えると、大きな岩壁を右手にした雪道に出た。さっきよりは余程安全だ。

 

遠くに巨大な建造物がちらりと見えた。

 

前方左手に出てきた巨大な岩にまた隠されてしまったが、間違いない。

 

立派な大屋根の上に尖塔が立っている石造りの館だ。

 

雪道は左右にくねりながらも最終的にはその館に繋がっていることが見てとれた。

 

さらに滑り降りると左手の崖の手間に金属の柵がかけられていて、人の生活の気配が感じられた。左手の巨大な岩の脇を通り抜けると、もう館は目の前だ。

 

館の前には先ほどのみすぼらしい吊り橋と違う立派な欄干のかかった橋がしつらえられていた。道なりに滑り降りて橋に入ると、橋の中途から雪は消えていた。乗っていた葉は橋の石畳に擦れて摩擦音を立て始めた。

 

僕は葉から飛び降りた。目を上げると、橋の終端は幅五十メートルほどの石敷きの広場になっており、そこから館の扉に至る登り階段が伸びている。周辺は綺麗に雪が取り除けられていた。獣人の仕事だろうか。だが館の建物には窓らしい窓がないのがやや奇異な印象を与えた。

 

「あいつ獣人のくせに大層な家に住んでるんだな」

 

ミドナが呟いた。僕は広場を横切り、階段を登ると立派な両開きの扉を開けた。内部に入ると、足元の床から赤い絨毯が広がり、左右にはいかつい鉄製の鎧が飾ってある。そこは古びていながらも念入りな装飾が施された柱廊だった。

 

だが歩を進め玄関の間に入ると、建物の酷い荒廃ぶりが目に入ってきた。

 

縦横四十メートルほどの広大な玄関の間の中央部分は、絨毯が剥がれ床板もところどころ欠落しており、そこは硬い氷が剥き出しになっている。また、天井に大穴が開いているうえ、左右にしつらえられた階段もあちこちが崩壊し、床にはその残骸が乱雑に散らばっている。

 

極めつけは、玄関の間の中空にいつか見た幽霊のカンテラが漂っていた。

 

だが僕はそれらを無視し玄関の間を足早に横切ると、突き当たりの扉を開けた。

 

扉の向こうは、打って変わってよく整備された居間だ。床の絨毯も綺麗なままだ。扉から見て突き当たりにある暖炉には薪がくべられ、その周辺には椅子や小机、ソファが転がっている。

 

「どなた?」

 

女の声がする。

 

暖炉の前に白い毛に覆われた体高二メートルほどの生き物が座っている。近づいて目を凝らすと、その顔の辺りには毛は生えておらず、浅黒い顔は女の柔和な顔立ちだった。女獣人だ。

 

「すみません、ちょっと体調が悪いものですから。近くに来てくださる?」

 

僕が近づくと女獣人は言った。

 

「あら、主人が言ったとおりだわ。可愛いお客様ね」

 

僕は女獣人のおしゃべりを辛抱強く聞き流すと、この館の見取り図を受け取った。

 

「熱でぼうっとしててあまり思い出せないんですけど、確かこの部屋に置いてあったと思うわ」

 

女獣人が一階左手奥の部屋を指さし、あちらの部屋から行ける、と言って、西側の扉に顔を向けた。

 

僕は歩いて居間を横切り扉を開けた。

 

扉の向こうは台所のようだ。粗い石敷きの床で二十メートル四方はありそうだ。

 

部屋の中央にある大きな竈の前にはあの獣人が座っていた。竈には巨大な鍋がかけられており、そこから盛大に湯気が立っている。

 

「おう、おめ来たか!」

 

獣人が大きな声を上げた。

 

「オラの嫁さん、顔色さ悪かったろ?鏡ぃ拾ってから元気なくってのお」

 

獣人は続けた。

 

「今嫁さんのためにスープさぁ作っとるだよ。ゾーラの里の魚は栄養タップリだからのお。それ飲めばきっと元気さぁ戻るだよ。おめも腹減ったら飲んでええぞ!」

 

僕は有りがたく頂くことにした。台に登ると、ポーチからガラス瓶を出してスープを掬い、蓋をして仕舞った。

 

作りかけではあるが、少しは体力回復の役に立つ。

 

次に台所の北側の扉を出た。向こう側の部屋は物置のようだ。縦十五メートル横十メートルほどで、中央付近の床板があらかた欠落し、つるつるした氷が剥き出しになっている。

 

部屋の中を見回した。見取り図によれば右手の扉を通ることになっているが、金網がかかっていて開けられなくなっている。

 

だが、部屋の中央あたりの、おおむね縦長の長方形に床材が剥がれた箇所に二つほど四角い大きなスイッチがある。ゴロン鉱山で見たのと同じような装置だ。一つは部屋の中央あたりにあるが、その周囲は分厚い氷で完全に固まってしまっている。もう一つのスイッチは長方形の手前の辺の中央からさらに手前側に床板一枚が剥がれた箇所にあって、こちらは凍りついていない。

 

床材が剥がれ氷になっている場所には、立方体の巨大な黒い衣装ケースが三つ置いてある。

 

これは、スイッチに黒い箱を乗せるパズルなのだ。

 

僕は箱の位置関係を確かめた。一つは右の奥の隅にあるが、見たところすっかり凍りついていて床にくっついてしまっているようだ。もう一つは左手の奥の隅に、最後の一つは手前側の右手の隅にあった。ちょうどその箱の向かい側の隅は床板が一枚残っており、そこの東側に箱をひとつ配置すれば、かなりスイッチの位置から近くなるので、他の箱をスイッチの上に置くのが容易になるだろう。

 

僕は手近にある衣装ケースをまず西側に向けて押してみた。箱は氷の上を滑ってその向かい側で止まった。次の箱をスイッチの上に置く布石としてちょうど狙った位置だ。

 

次に左手奥の隅にあった箱に歩み寄った。氷の上がツルツルして歩きづらいのを何とか渡ると、箱を南側に押しやった。その箱が端まで滑って止まるのを見届けると、また傍らに行って今度は東側に押した。

 

箱が東側の辺で止まると、それを南側に押し、隅で止まったところを西側に押しやった。

 

その箱は最初の箱の隣まで来て止まった。あと少しだ。氷の上を歩くと、その箱を南側に向けて押した。果たして箱は滑ってスイッチの上に乗り、作動音がすると扉の金網が引き上げられた。

 

成功だ。僕は扉に歩み寄ってそれを開け、向こう側に出た。

 

次の部屋は、壁も床も石が剥き出しで南北に縦長の牢屋のような部屋だった。東側には鉄格子つきの小さな窓、北側の壁にはかつて扉がついていたものと思われる間隙があったが、今は分厚い氷で完全に塞がれている。

 

窓の下付近を見ると、壁と床の石材が崩れて外の雪が吹き込んでいる箇所がある。狼に変身すれば雪を掘って進めるのだ。

 

ミドナに頼んで狼に変えてもらうと、早速床の穴に溜まった雪を掘って潜り始めた。するとすぐに向こう側に抜けることができた。

 

壁の向こうは中庭だった。縦五十メートル、横十五メートルほどで、雪が降り積もり、東側の壁は二ヶ所ほど崩壊しているが、その部分は氷で塞がれている。

 

ふと物音がして中庭の奥を見ると、幽霊狼が二匹ほど雪から這い出してきた。僕はミドナに合図して結界を出すと、一匹が襲い掛かってきたときに素早く力を解放して一撃で屠った。僕はもう一匹が怖気ついたのかウロウロしている間に中庭の北側に進み、感覚を集中しながら雪の上を嗅ぎまわると、雪面が脆くなっている箇所を見つけた。

 

そこを前足で掘ると金属の小さな箱が出てきた。蓋を開けると中には小さな金属の鍵が入っている。

 

鍵をミドナに預けると、僕は踵を返して出てきた穴より少し北側の左にある窓枠に駆け寄った。

 

生き残りの幽霊狼が襲って来ないうちに素早く窓枠によじ登り、ミドナに頼んで人間に戻してもらうと、僕は爆弾袋から爆弾を一つ取り出した。

 

これから行う技は、やや自分の身体にダメージを喰らう技だが、真正面からこの館を攻略するよりよほど早い。

 

僕は中庭に背を向けやや左に向いて立った。目の前には、先ほど雪に穴を掘った部屋と、今いる窓枠の内部の部屋を隔てる壁だ。天井が一部崩れているので、高くジャンプすればその壁の上に乗れるはずだ。

 

もちろん、普通に床から飛んだのでは無理だ。だが、爆弾の爆風の力を使えば可能だ。

 

僕は覚悟を決め、爆弾の導火線に点火して頭上に掲げた。秒数を見計らうと、走って窓枠から飛び出した。途端に爆弾が爆発し、僕は吹き飛ばされた。一瞬気を失ったが、気が付くと僕は南側の部屋との間を隔てる、中央に氷の張った壁の上に寝転がっていた。

 

成功だ。

 

身体が痛むが、まだ動ける。僕は立ち上がると、慎重に東の方に身体の方向を向けた。(ここで焦ると氷で足が滑って下に落ちてしまい、元の木阿弥だ。)

 

東の方向は、崩れた壁がやや登り坂の恰好で中庭に面した東側の壁の残骸の上に続いている。僕は剣を抜いて二度ジャンプ斬りをした。

 

そうして東側の壁の残骸の上に飛び乗ると、今度は南に方向を変えた。左の眼下には中庭が見える。壁の残骸はまた昇り勾配の形で伸びていた。そこを伝っていくと、僕は先ほど穴を掘った部屋の上部まで行き着いた。そこは崩落を免れたしっかりとした石の床だった。

 

ここまで来れば一安心だ。僕は西側の壁際に進むとそこにあった扉を開けて内部に入った。

 

すると、一階の部屋を見渡す室内バルコニーに出た。バルコニーの隅には巨大な樽が置いてあり、手すりの先には先ほど衣装ケースのパズルを解いて通過した部屋が見える。

 

背後で音がして、入ってきた扉が金網で塞がれたのがわかった。

 

(そう、実はこの扉は一階の衣装ケースを動かしてもう一つの床スイッチを押しっぱなしにしないと通れないよう金網がかかっていたのである。だが、なぜだか知らないが逆側からは普通に入れるのだ。)

 

左手、南側の壁にも扉がある。そこを開けて向こうに出てみた。

 

その部屋は床一面が凍り付いたガランとした部屋だった。部屋の中央あたりには、一抱えもある氷の塊がいくつも落ちている。よく見ると小さな赤い目がいくつもついており、明らかに普通ではない。魔物だ。

 

僕は床が滑る中を素早く前転して移動し、左前方つまり、東側にあった扉に駆け寄った。扉には錠前がかかっていたが、僕は先ほど手に入れた鍵をミドナに出してもらい、それを差し込んで素早く開錠し、扉を開けて先に進んだ。

 

その先の部屋はもっとヤバそうな部屋だった。高さ五メートルはあろうかという巨大な氷塊が二体もいる。赤い目がそこらじゅうについているから、明らかに危険な魔物だ。一体は左手の壁際中ほどに、もう一体は右手の奥にいる。

 

だが、左側の化け物の立っている場所の裏側に扉があることを僕は知っていた。

 

僕は、まず部屋の中ほどまで前転しながら進んで行った。化け物どもがそれに反応し、バックリと口を開けて冷気を吐き出し始めた。こちらを凍らせる気だ。

 

僕は途端に踵を返してもと来た方向に取って返すと、今度はU字型を描くようにして目標の扉の前に立っている化け物に壁際から近づいていった。

 

化け物は、一旦冷気を吐くのを止めた。その間に僕は化け物の目の前に立った。そして化け物がもう一度口を開けて冷気を吐く。

 

冷気をもろに喰らった僕は途端に凍り付いたように動けなくなった。

 

だがこれも想定内だ。数秒経つと僕は両手足を大きく伸ばして冷気による凍結を打ち破った。

 

そして僕は化け物の左脇を難なく通り抜け、その裏にあった扉に手をかけて開け、外に出た。

 

(実は、凍結のダメージを喰らった後数秒間は、免疫がつくのかわからないが同じ攻撃を受けても平気な時間帯があるのだ。)

 

ともあれ、ダメージが溜まってきていたが、もう少し頑張らないといけない。僕はガラス瓶を取り出すとさっき獣人からおすそ分けしてもらったスープを飲み干した。

 

瓶を仕舞うと改めて周囲を見回した。今僕は、中庭を見下ろす高台に立っていた。左手には、先ほど侵入した中庭があり、中央を隔てる壁の右手には同じような中庭がもう一つある。

 

僕は右手の中庭に飛び降りると、ミドナに頼んで狼に変身した。

 

中庭の北の終端、左の端には、さっき見たのと同じような巨大な氷塊の化け物が立っている。

 

だが、まさしくそいつの立っている場所の裏側に、僕が目標とする場所の入り口がある。

 

僕は意を決すると、まず中庭の北の方角に向けて走った。化け物が反応して口を開けた。

 

僕は少し右に方向をとると、化け物が立っている場所のすぐ右側に残っていた壁の残骸の陰に身を寄せた。

 

化け物が一しきり冷気を吐き出したあと、一旦口を閉じた。僕は素早く物陰から飛び出し、今度は化け物の左の脇に回り込んだ。

 

化け物も反応する。だが僕は自ら化け物に突っ込んだ。化け物の体表の冷気にやられた僕は途端に体が凍り付き動かなくなった。

 

だが、これも想定済みだ。僕は二、三秒の間凍結状態を耐えた。そして身体を大きく動かしてそれを打ち破ると、化け物の脇を通り抜けて素早くミドナに合図し、人間に戻った。扉を開けて向こう側に出る。

 

扉の内部は薄暗く南北に縦長の部屋だった。床は石が剥き出しで、左右には鉄格子が迫るように設置されている。

 

しかも、その部屋には訪れる者を威圧するかのようにあの巨大な鎧が飾られていた。通路のど真ん中を塞ぐように、一つ、二つ、三つ。天井も一面が金網で、殺風景なことこの上ない。

 

僕は巨大鎧の脇を通り過ぎて、北の突き当たりの扉に向かった。そして扉の前に立ったその瞬間、物凄い金属音がした。

 

僕は心の中で「スキップ」を念じた。

 

次に気が付くと、鎧を着た巨大な魔物とも人間ともつかない奴が、先端に鉄球のついた長い鎖を振り回していた。その鉄球に当たって、背後にあった鎧がバラバラに崩壊したところだった。

 

こいつは面倒な敵だが、こいつの持っている鎖と鉄球は何としてでも頂かないとならない。

 

僕は剣を抜いてそいつに近づくと、鉄球の回転周期を見極めて素早くそいつの脇を向こう側に通り抜けた。

 

敵も素早くこちらに向き直る。だが僕は踵を返すと再び前転でダッシュし、もう一度そいつの脇を通り過ぎた。

 

その途端にそいつが鉄球を投げつけた。だが狙いが逸れて明後日の方向に飛んでいく。

 

僕はそいつの背後に回り込むと、ジャンプ斬りを叩きつけ、着地するが早いが回転斬りを食らわせた。さらに突きを一発放ったところでそいつは立ち直り、また鉄球を引き寄せて振り回し始めた。

 

だが僕はそいつの背後に蛭のように張り付いて離れなかった。さらに二、三発ほど斬撃を食らわせると、そいつはさすがのタフさも続かず、崩れ落ちた。

 

やれやれ、何とかうまくいった。本来ならこいつはクローショットという道具を手に入れてから戦うべき相手なのだが、それ無しでも倒せないことはないと僕は知っていた。

 

僕は床に転がった鎖と鉄球を拾い上げると、今までの行動を思い返し(「セーブ」とも言う)、床に寝転がって目を閉じた(「セーブリセット」とも言う)。

 

もうこのダンジョンに用はない。

 

まあ、本来なら、獣人が調理しているスープの原料を集めてきたり、陰りの鏡の破片に魅入られていた女獣人と戦って正気に戻したりしなければならないのだが、それらの過程を飛ばしてもこの冒険を完遂できると僕は既に知ってしまったのだ。

 

さあ、ここからが本番だ。僕は、この冒険において攻略が必須となっている残りのダンジョン群を最短で攻略していく手だてを頭の中で組み立て始めていた。

 

(つづく)

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