階段を登ると、その先は直径二十メートルほどの円形の部屋だった。
正面には明らかに色の違う壁がある。仕掛け壁と思われた。また、右手の壁に空いた出入り口の先には、大きな蟻地獄状の穴の開いた砂地がある。それを挟んで向こう側の岸にはに石の床があり、その上に黒い石のような材質でできた巨大な箱が置いてある。左手には短い廊下の突き当たりに扉があった。
壁にかけられた燭台の火に照らされた部屋の床の上にはいくつか頭蓋骨が転がっている。そのうちの一つから蝙蝠の翼が生えて飛び始めた。しかも炎を上げている。
僕はそいつを無視すると、右手の出入り口に近づき部屋の床の切れた場所に立って砂地の広さを目測した。いま立っている床より一メートルほど低く、奥行十メートルほどで、真ん中に蟻地獄状の穴がある。左右の壁際には一本づつ柱が立っているが、ほとんど人が渡れるようなスペースはない。
しかし狼ならば別だ。僕はやや左に針路を向けると、左側の壁際目掛けて砂地に飛び出した。左側の柱の裏に回り込むと、ジャンプアタックの要領で自分の身体を無理やりねじ込んで通り抜けた。
そのまま注意深く、なおかつ素早く向こう岸に向かった。蟻地獄状の穴に落ちそうになるところを足を掻いて抵抗しながら、その縁を回り込んで対岸の床の下まで辿り着いた。
石の床までの段差は一メートルくらいだ。僕は前足を石の床にかけると這い登った。成功だ。
僕は、石床の上に置いてあった黒い大きな箱の向こう側に回り込んだ。ミドナが僕を人間に戻してくれたので、僕は手を箱の蓋にかけて開けてみた。中にはこれまた巨大な黒い鍵が入っている。
これは重要な鍵だ。僕はそれをポーチに仕舞うと、渡ってきた砂地とは反対側の東側すぐにある扉に向かった。
扉を開けて向こう側に出る。
さて、僕はこれからこのダンジョンを「逆走」しなければならない。僕はまたミドナに頼んで狼に変身した。
目の前は、床が数メートル前方で途切れて、その下は十メートルほどの段差になっている。また、今立っている場所と同じ高さでレールが二本真っすぐ前方に伸びていて、その上に棘のついた巨大独楽のような装置が回転しながら行き来していた。
僕は前進して下の床に飛び降りた。そこは横幅十五メートルほどの奥行の長いスペースだった。
床に転がっていた骸骨が早速カラカラと音を立てて集まり始めた。骸骨戦士どもだろう。
僕はそれを無視して前進し、上方のレールを支えていた支柱の右脇を通り抜けると、右側の壁、すなわち南の方角に開いた幅五メートルほどの隙間から顔を出した。
その先も東西に横長の広い空間で、あちこちにレールが渡されている。南側には空間を仕切る壁が建っているが、それは東の端で切れていて向こう側に行けるようになっているようだ。床の高さは今いる場所よりやはり五メートルほど低い。
僕は左の方角に向くとそこから飛び出した。下の床に降りると、レールの支柱やらなにやらを脇に見ながら南東の方角に走る。
足元はすぐに砂地になったが、狼の状態なら、素早く動けば沈まずに移動できる。南側にある壁が東の端で切れる場所を目指した。そうして壁の後ろに回り込むと、そこには石床が残っていて、一息つくことができた。
今いる壁のすぐ南側には、東西に走る低い掩壁があった。砂地でも移動できるが安全のため僕はそこによじ登り西の方に向かった。壁は途中で切れたがすぐ再開している。
そうして部屋の西の端に近づくと、やがてまた砂地になったが、距離はそれほどでもない。僕は砂地を渡り、西側の壁についた扉から伸びているスロープまで辿り着くと、そこを登った。ミドナに扉を開けさせて向こう側に出る。
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僕は狭いバルコニーに出た。その先の空間は、東西に細長い砂地だった。左側が高い壁で、右手には鉄の柵が連なって建っている。
百メートルほど続く砂地の突き当りにはやや低くなった石造りの広場が見える。砂地の途中右側に蟻地獄状の穴があったが、そこに落ちさえしなければ進めそうだ。
僕はバルコニーについた欄干の崩れた場所から飛び出すと下の砂地に降り素早く移動していった。
遠くから見えたとおり、砂地はやがて三十メートル四方ほどの広間に行き当たっていた。広間の床は二メートルほど低く、その周囲は壁に囲まれている。ただ、南側だけは人の身長ほどの段差を越えた先に通路が見えた。
広場に降りてみると、そこらじゅうに骸骨が散らばっている。広間の中ほどまで入っていくと、西側の奥に狭い窪んだスペースが少しの砂地の先にあり、そこにも骸骨があった。その壁には黒い鉄でできた尖った杭が無造作に壁に立てかけられている。
ここに転がっている骸骨どもが、魔力のかかった骸骨戦士たちであることを僕は経験で知っていた。
僕は素早く前転しながら広間の西側にある窪んだスペースに向かった。砂地を渡り、骸骨と鉄杭が無造作に置かれたその場所に辿り着くと、早速カラカラと骨が転がる音がした。
その狭いスペースの中で、骨が次々と集まり、円盾と剣を携えた骸骨戦士が一体立ち上がろうとしている。
僕は素早く振り返ると、クローショットを取り出して手に嵌め、右手の壁に向けた。
そして思い切り上を狙ってクローショットを撃った。だが、それはどこにも引っ掛からず壁に当たって戻ってくるだけだ。
そうこうするうちに砂地の先の広場でも、落ちていた骨が集まって二体の骸骨戦士を形作りつつあった。
僕はひたすら右の壁の上方に向けてクローショットを何度も撃った。すぐ足元の骨から生じた骸骨戦士に加え、さらに砂地を渡ってきた二体の骸骨戦士が武器を構えて迫ってくる。
だが、焦るな、と自分に言い聞かせ、僕はひたすら同じ動作を繰り返した。
するとある瞬間、クローショットが何かに引っ掛かり、身体が引き寄せられた。
次の瞬間驚くべきことが起きた。僕の身体が壁を透過し、向こう側にあった廊下の壁にしつらえられた灯篭に引き寄せられたのだ。
そこは狭い廊下だった。僕は東側の壁にしつらえられた灯篭に張り付いていた。鉤爪を開いて下の床に飛び降りる。
北側を向くと、先ほどまでいた広間の窪んだスペースを挟んで向こう側に通路が続いている。
眼下のスペースには骸骨戦士が三体蠢いていたが、もはや彼らに用はない。
僕は助走をつけて跳躍すると、向こう岸の縁にしがみついた。這い上がって前進すると、右手に短い階段がある。階段を登ると、小さな広場の北側の突き当りに扉があった。
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扉を押し上げて向こう側に出た。ほとんど明りのない、円形の広い部屋だ。
だが、背後でガシャンという音がした。扉に格子が降りたのだ。
僕は部屋の中を見回した。直径百メートルほどはありそうだ。ちょうど入り口から見て反対側にも通路があるようだが、今は柵で塞がれている。
(だが、その柵の上の壁には隙間があった。僕はそのことをよく記憶に焼き付けておいた。)
よくよく見ると、部屋の中心には黒く輝く金属製の刀が突き立てられている。近づいてみると、剣の長さは人間の身長を遥かに超える。
しかも剣の柄からロープが四方八方に伸びて床に繋がれている。ロープには各所に札が貼られていた。
僕は剣を抜くと、手近のロープに近づいてジャンプ斬りを放った。
ロープが切れると同時に僕は「スキップ」を心で念じた。次の瞬間、目の前に白い光の塊が浮いているのが見えた。
僕はミドナに頼んで狼に変身した。感覚を集中して見てみると、その白い光の塊は今までに見たどいつよりもはるかに背が高い幽霊だった。
いや、その体高は三メートル以上もあり、形も人間とはいえない異形のものだった。
幽霊が刀を振り上げる。僕は攻撃を引き付けるようにタイミングを待つと、いきなり横っ飛びした。
さっきまでいた床に刀が激突し火花を散らす。僕は幽霊に向かって飛び掛かり、前足でしがみつきながら激しく牙を立てた。数回連続で顎の一撃を喰らわせると、幽霊が身体を激しく捩って僕を振り払った。着地しながら見上げると、幽霊の姿が感覚を研ぎ澄まさずとも次第に見えるようになってきた。完全に実体化したのだ。
敵は恐ろしく背が高く、祭司のような黒い寛衣をまとっていた。その両手は尖った長い爪を持つ骨で、その頭は巨大な水牛の骸骨だ。そいつは恐ろしい金切り声を上げながら立ち上がり、僕をねめつけた。
僕はミドナに頼んですぐに人間に戻してもらった。手にクローショットを嵌める。
だが敵はふわりと浮上するとこちらから距離をとるように後退し、左右にゆっくりと飛行し始めた。
僕はクローショットを構えながら相手を追いかけると、敵が動きを止めて刀を振り上げた瞬間を狙って放った。
幽霊は刀を振り上げて魔法弾を撃とうとしていたようだが、丁度そこに飛び出した鉤爪が直撃したので動きを止めた。
怒ったようだ。僕はクローショットを仕舞うと、さっき目に入った部屋の北側の扉に走り寄った。
肩越しに背後を振り返ると、幽霊は急に速度を上げて飛び始め、攪乱するように部屋の中をぐるぐる回り始めたようだ。
僕は部屋の北側まで行き着くと、扉の横の壁に置いてあった壺を剣で破壊した。扉から真っすぐ横に伸びていた壁がちょうどそこで円形にカーブし始める場所だ。
僕はそこに立つと、百八十度方向を変え部屋の内側のほうを向いた。ちょうど幽霊も飛ぶのをやめて僕に近づいてきたところだ。
だが、幽霊は前傾姿勢のまま空中に静止し、攻撃もしてこなければ動こうともしていない。やや奇妙に感じたが、僕は剣を抜いて一歩前に出た。
同時に幽霊がそれに反応した。巨大な刀を振り上げてくる。だが僕はその前にすかさず剣を払って一撃を喰らわせた。幽霊祭司は衝撃を受けたのか、力が抜けたようにがっくりと膝をついた。(だらしない奴だ。)
僕は急いでミドナに頼んで狼に変身させてもらうと、幽霊のちょうど南東あたりに位置を取って彼女に合図し結界を出させた。
広がった結界が敵を包み、赤い稲妻がその身体を覆う。
だがまだだ。
幽霊祭司は立ち直ったのか、刀を拾い上げてもう一度フワリと浮き上がった。
まだだ。もう少しだ。
僕はわずかに位置を南側に調整し、幽霊祭司が横に移動を始めた瞬間に力を解放した。
僕の身体は、結界の中にロックオンされた幽霊祭司に狙いを付けた状態で、ミドナの魔法の力を借りて大きく跳躍した。そして敵の横をかすめて通り過ぎると、北側の扉の上の壁にあった隙間の上に見事着地した。
成功だ。とても難しい技だ。
僕はそこから前方にダッシュした。壁を飛び降りてその先の部屋に降りると、下りの階段があり、そこからまたすぐに登りの階段となっていた。
登り切った突き当たりに木製の大きな箱が置いてある。
僕は箱に近づいた。ミドナが何も指示せずとも僕を人間に戻してくれた。
手を伸ばして蓋を開けると、中身は直径一メートルほどの円形の機械装置だった。金属製で、大きな独楽に歯車をつけたような形だ。上面には足を乗せるための板が二枚つけられている。
スピナーだ。
これさえ手に入れば、あの陰気な幽霊祭司に用はない。
僕は今度は今までの行動を思い返し(「セーブ」とも言うらしい)、ごろりと寝転がって目を閉じた(「セーブリセット」とも言うらしい)。
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目を覚ますと、僕はこの処刑場の入り口、厳密に言うと猪に乗ってやってきた外階段を登った先にある出入口に入ってすぐの場所に立っていた。
僕は階段を下り切ると、ミドナに頼んで狼に変身させてもらった。狼姿で目の前の砂地を渡り、蟻地獄状の穴の縁をかすめて通過すると、正面の入り口から伸びた石床の残骸に辿り着いた。
そこから前方の階段を駆け上がり、突き当りの扉をミドナに開けさせて進んだ。
次の部屋も、すでに仕掛けを解いてあるから問題はない。進んでいくとガサゴソと小型骸骨どもが這い出して来る音が聞こえたが、僕は真っすぐ走って前進し奥の扉をミドナに開けさせて向こう側に出た。
燭台の立った部屋に出た。三本だけ明りのついた燭台の間にある正面の階段を駆け登り先に進む。
そうして、黒い鍵を不正に手に入れた場所の一つ前の部屋に出た。
この部屋には、正面の仕掛け壁を開ける装置がある。床の中央に空いた奇妙な丸い穴がそれだ。
また、その周囲の床材の崩れた場所の下には巨大な歯車がいくつも覗いている。
丸い穴を確かめると、直径一メートルほどで、内側に向けて鉄製の歯車の歯のようなものがついていた。
僕はミドナに頼んでスピナーを出してもらうと、その穴に嵌めた。スピナーの歯車と穴の内側の歯車がぴったり合致した。
スピナーの上に乗ってステップを踏み、回転を開始した。
穴に仕掛けられた歯車が回転すると同時に、床板の欠けた場所の下に見える種々の装置も回転を始めたのがわかった。やがて重々しい作動音がして、正面にある仕掛け壁がゆっくりと横に動き始めた。
やがて仕掛け壁が開き、その向こうにある部屋が見えた。壁が完全に開いて固定されると、僕はスピナーを降りてそれを穴から外した。
向こう側の部屋は、直径百メートル以上の円筒状で天井は恐ろしく高い。床は砂地だらけで中央に太い柱がある。柱の上には大きな台座がある。
また、円筒状の壁の内側には幅の広い螺旋階段がついているが、その階段はところどころが欠けていたため、歩いて上まで登るのは不可能に見えた。だが幸いなことに階段に沿ってスピナーのレールが敷かれている。
僕はスピナーを起動させてステップを踏み、回転させながら部屋の中の砂地に進んでいった。砂地を横切ると、螺旋階段の始点にあるレールに近づく。スピナーがレールに嵌るとスピナーが一気に加速して高速移動を始めた。
僕たちはみるみるうちに螺旋階段に沿って上昇していった。やがて部屋中央の円柱の上にある台座と同じ高さにまで達すると、台座の上の様子が見えてきた。直径二十メートルほどの円形の三方に張り出しがついたような形だ。
上方を見ると、螺旋階段はしばらく上昇した後に高い柵のかかった見晴台の上で止まっている。
僕は再び台座の上に目をやった。台座の中央部分に、先ほどスピナーで操作したのと同じような穴が開いている。鍵を握るのはあの穴だ。
僕はスピナーの上で高速で移動しつつ、台座の上から張り出している場所が眼下に廻ってくるのを見計らうと、ステップを押してレールから飛び出した。
スピナーは足元に残った螺旋階段の上でワンバウンドすると、中央の柱の上の台座の張り出しに着地した。
僕は台座の中央まで移動すると、スピナーに乗ったまま床に開いた丸い穴に当てはめた。
ぴったりだ。僕はスピナーの回転を加速させた。スピナーの歯車が穴に仕掛けられた歯車を起動する。巨大な装置が動き始める作動音がしたかと思うと、仕掛け穴の左右についた小さな穴に炎が点された。
すると、軽い地響きがして、部屋の床の砂地から何かがせり上がってきた。
スピナーを操作しながら下を見やると、今僕らがいる台座を囲むような形で螺旋状のレールが上昇してくる。何度もスピナーのステップを踏むと、レールははるか上に至るまで上昇していった。
やがて再び地響きがした。巨大な仕掛けは停止したらしい。スピナーから降りて改めて状況を調べると、レールは僕らが上に立っている台座の足元から始まり、台座をかすめるように伸びていき、数十メートルほど上にある天井近くに開いた大きな通路にまで至っているようだ。
僕はスピナーを穴から外すと改めて起動し、その上に乗って新たに出現したレールに向かって移動した。レールにスピナーの歯車が嵌り、たちまち高速でレール沿いに上昇し始めた。ほどなくレールの終端が見えてきた。壁に開いた巨大な回廊だ。突き当りには大きな扉がある。
レールが切れたところで僕は飛び降り、回廊の床に降り立った。自動停止したスピナーをミドナが仕舞う。突き当りの扉には太い鎖がかけられ、大きな錠前で閉じられていた。
僕は先ほど(不正に)手に入れた鍵を取り出すと錠前に差し込んだ。果たして寸分たがわず合致した。ひねると錠前が外れて鎖が落ちる。僕は扉を押し上げると、向こう側に出た。
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その部屋は巨大だった。薄暗い中目を凝らしてみると、直径は百五十メートルはあるとわかった。円形で、壁は堅牢そうな石造りだ。壁際の足元ぐるりを幅五メートルほどの通路が囲んでおり、その内側は中心に向かって窪んだ広大な砂地になっている。
砂地の中を覗き込んだ。目の前に崩れ果て黒く変色した石の斜面が砂地の中央まで続いている。
そこには恐ろしく巨大な動物の骨があった。
頭蓋骨の部分だけで小さな家くらいの大きさはありそうだ。頭からは左右二本づつの角が生えており、太い背骨が後頭部から伸びている。肩甲骨と肋骨、さらには上腕と前腕、および頭と同じくらい巨大な手の骨も左右揃って残されていた。
僕はすぐさまミドナに合図してスピナーを出させると、それに乗って黒い石の斜面を降りていった。
そして巨大な動物の骸骨の前に着いた途端「スキップ」を念じた。
本来なら、ここであのザントとかいう気障男が気障に現れて気障なしぐさでこの巨大骸骨を蘇らせるはずんだ。だが僕はそれらの情景を既に何度も見たことがあった。
次の瞬間、巨大獣の骨が生命を取り戻したかのように両手をつき、身体を起こそうとしている。地獄の底から響くような恐ろしい唸り声が聞こえた。
同時に、僕はいつの間にか砂地の上の通路に戻されていた。
「ミドナ、スピナーを!」
僕はミドナに合図した。スピナーが足元に現れた。僕はそれに飛び乗るとステップを踏み回転させながら目の前の斜面を真っすぐに下っていった。
巨大骸骨化け物の懐へ僕のスピナーが飛び込む。高速回転するスピナーの歯車が窪んだ砂地の中央からニョキっと突き出た化け物の背骨の付け根に直撃した。
骨が砕ける音がして、化け物は苦しそうに両腕を振り回しながら身悶えした。
僕はスピナーが衝突した反動で窪んだ砂地の坂を登り始めていた。
立ち直った巨大獣は身体を反らせると、両手を砂地に叩きつけ、僕に向かって凄まじい吼え声を上げた。そりゃ腹も立つだろう。僕が降りてきた黒い石の斜面が崩壊し砂に吸い込まれていく。
いっぽう、僕がスピナーに乗って斜面を登り切ると、その歯車が闘技場の通路の砂地側に設置されていたレールに嵌った。僕は高速でレールの上を移動し始めた。
円形の砂地を取り囲むレールを走って四分の一周ほど行ったところで、僕はスピナーを飛び出させた。
狙い通りだ。スピナーはこちらを向こうといていた化け物のサイドを回り込んで接近していった。
砂地のそこここから、兜を被り、円盾を持った骸骨の兵士たちが出てきた。だが、そいつらに邪魔される前にスピナーに乗った僕は巨大骸骨化け物の懐に飛び込んで、その背骨に手痛い一撃を与えた。
骨が砕ける音がして、またも化け物は苦しそうに身悶えした。
僕は反動で再び通路沿いのレールに戻った。
さっきから何一つ良いところのない巨大骸骨化け物は、首を反らせると口から紫の毒霧を勢いよく吐き出し始めた。
だが、僕は円形の闘技場の周囲を高速移動しているから、残念ながら毒霧の狙いは逸れて遠く背後を煙らせただけだった。
僕は再びレールから飛び出した。あまり長い間レールにいると、棘付きの回転独楽装置が後ろから追いつてきてダメージを喰らわされることを知っていたからだ。
飛び出してはみたが、巨大骸骨化け物の周囲には今や多数の骸骨兵士たちが佇んでいるのはわかっていた。最初の二度と違い容易に攻撃は当たらなくなっている。
僕は骸骨兵士を二、三匹跳ね飛ばすと体重移動してレールに戻った。だが巨大獣を見やると、脊柱がいくつも砕かれたせいで明らかに体長が短くなってきている。
僕は背後を見た。棘付き独楽も近づいてきている。巨大獣骸骨はいったん毒霧を吐くのをやめて走り続ける僕を追尾しようと身体の向きを変えていたが、やがて苛立ったように肩を怒らせて毒霧を吐く準備を始めた。出鱈目にでも吐き散らしてこちらを捉えるつもりのようだ。
チャンスだ。僕は自分が敵の背後に位置するまで待つとレールを飛び出した。だが真っすぐには敵に向かわず、斜めに砂地を下っていった。骸骨兵士たちの隊列が何層にもわたって立ちはだかるのを、体重移動して左右に蛇行しながら抜けていく。
僕はやがて巨大獣の側面に近づいた。巨大獣の背骨は近い。僕は怪物の肘の骨の内側を通り抜けると、自分の外側にいた骸骨兵士にわざとスピナーをぶつけ、急激に砂地の中心へ体重を移動した。背骨の真ん前に立っていた三体ほどの骸骨たちをかすめると、巨大獣のひび割れた脊柱にスピナーの歯車が衝突した。
骨が砕ける音がした。支えを失った巨大獣は恐ろしい唸り声を上げ、身体を反らしもがくように両手を振り回し始めた。
僕はスピナーを走らせ砂地をレールのほうに登っていった。背後を振り返ると、怪物は支えを失った身体を保つことができなくなったのか、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
地響きがしたかと思うと、砂地の砂がみるみるうちにどこかに吸い込まれていく。やがて、闘技場の中心に底が見え始めた。白い石の床だ。
僕はスピナーから降りた。闘技場の中心百メートルほどに石の床が丸く現れ、その脇に巨大獣の頭蓋骨が転がっている。その周囲にはまだ砂が残っていた。
闘技場中央部の石床に近づいていくと、その中心にまた直径一メートルほどの穴がある。近づいてみると、穴に歯車が仕込まれている。
僕はまたミドナにスピナーを出してもらった。スピナーを穴に嵌めてステップを踏む。何度も踏んで回転を加速すると、やがて大きな装置が回転するような作動音とともに地響きが起き始めた。
ひたすらにスピナーのステップを踏む。しばらくすると、振動とともに石の床がせり上がり始めた。
いま立っている場所は直径百メートルあまりの円柱形の石舞台だったのだ。石舞台は三十メートルほどせり上がると、重々しい音を立てて止まった。
周囲を見回すと石舞台と闘技場周辺の通路から続く床との間に百メートルほどの間隙ができている。
その時、僕は気配を感じて振り向いた。
死んだはずの巨大獣の頭蓋骨が動いている。それは中空に浮き上がってこちらをねめつけていた。その眼窩に赤い光が戻っている。
僕は剣を抜いて盾を構えたが、巨大頭蓋骨は突進してきて僕を突き飛ばした。
僕はぶざまにも、石舞台から突き落とされ落下していった。だが幸い石舞台の下は柔らかい砂地だ。不格好に砂地に叩きつけられたがどうか怪我は免れた。
悔しいが、これだけはどれほど転生を繰り返しても避けられない。
僕はすぐに立ち上がると、石舞台を左回りで回り込む形で走り始めた。石舞台の向こうに、さっきの巨大頭蓋骨が浮いているのがチラリと見える。
僕はそいつに向かって全力で前転を繰り返しダッシュした。するとそいつもこちらを迎え撃とうと近づいてきた。口の中に燃え盛る魔法弾を溜めている。
僕は敵が攻撃を放ってきた瞬間に前転し、辛うじて魔法弾の下をかいくぐった。
「ミドナ!スピナーを!」
途端にスピナーが足元に現れる。僕はスピナーを起動した。回転する歯車が、左側にある石舞台の壁にしつらえられたレールに嵌り、僕はその上を高速移動し始めた。
スピナーの速度が速く、僕は浮遊する巨大頭蓋骨を追い越してすり抜ける形になった。その瞬間僕はスピナーを飛び出させ、回転歯車を相手にモロにぶち当てた。
化け物が呻き声を上げてバランスを崩して落下していく。スピナーに乗ったまま僕も落下した。
怪物の頭は地響きを立てて砂地に激突した。僕はスピナーから降りて砂地に降り立つと、剣を抜いて化け物に走り寄った。
巨大獣の頭はこちらに頭頂部を向けて転がっている。僕は裂帛の気合いを発してジャンプ斬りを放ち、敵の頭に刺さった黒い剣の付け根あたりに思い切り叩きつけた。次いで着地と同時に回転斬りを食らわせ、さらに左右袈裟斬りと突きを連続して繰り出す。
斬撃が当たる度に、黒い剣の刺さった場所を中心に赤い光が筋のように走って頭蓋骨の表面を巡っていく。化け物も苦痛を感じているのか唸り声を上げた。
僕は再度ジャンプ斬り、回転斬り、左右袈裟斬りから突きを繰り出す。化け物の頭蓋骨がガタガタと揺れた。しかしまだ死んでいない。
さらに、気合とともに激しい突きを放った。黒い剣の付け根に何度も何度も剣を突き立てる。
すると、化け物の頭は突然フワリと浮上した。逃げるように上方に飛び去ろうとする。
僕は深追いはせず、また石舞台の足元の壁に走り寄り、さっきと同様左回りで回り込む形で走り始めた。巨大頭蓋骨は石舞台の向こうで浮きながらこちらをチラ見している。
僕はまた全力で前転を繰り返しダッシュした。向こうも近づいてくると、口の中に燃え盛る魔法弾を溜めて放ってきた。僕は前転して魔法弾の下をかいくぐるとミドナに合図してスピナーを出させた。
スピナーを起動すると歯車が石舞台の壁にしつらえられたレールに嵌る。
高速移動し始めた僕は、またも浮遊する巨大頭蓋骨を追い越した。間髪を入れず僕はスピナーを飛び出させた。
スピナーが化け物に直撃する。頭蓋骨お化けが落下していくと、僕もスピナーに乗ったまま追いかけるように砂地に降りた。
僕は着地と同時に弾かれたようにダッシュしながら剣を抜いた。頭蓋骨お化けはだらしなく横たわっている。僕はここを先途と敵に殺到した。気合とともにジャンプ斬り、着地しざま回転斬りを放つ。
巨大獣の頭頂部に刺さった剣の付け根がグラグラと揺れた。苦し気な唸り声が聞こえる。僕は一気呵成に攻めた。さらに左右袈裟斬り、横斬りを叩きつけ、渾身の力を込めて深い突きを放つ。
そしてさらに追い打ちをかけようとした瞬間、化け物はやにわに浮上し、出鱈目な方向に飛び始めた。そして一旦天井高くまで舞い上がり、それから一気に力を失って落下していった。
化け物は石舞台の円柱の壁や向かい側の通路側の壁に衝突しながら落ちていった。まるで巨大な岩が転げ落ちるような音がした。
化け物は見えない円柱の裏手まで転がっていって、そこの砂地に落ち動きを止めた。だが数瞬もしないうちに爆発音がした。
やれやれ、やっと終わった。
どうしたわけか、僕は気が付くと石舞台の上に立っていた。カッコつけたように剣を血払いして鞘に納める。(この動作、やりたいと思っていなくてもやってしまうことがあるのだ)
巨大頭蓋骨の頭頂部に刺さっていた黒い剣が飛んで来ると目の前に突き刺さった。次の瞬間爆発音とともにそれが消滅し、残された煙の中からハート型のガラスの器が飛び出てきた。
すると、入ってきた入口と反対側の出口に向けて石舞台から橋のような通路が伸び始めた。出口にかかっていた格子も音を立てて引き上げられていく。
(ハート型の器も、転生と冒険を重ねる前は大変ありがたがって回収したものだ。だが今の僕には何の感慨も湧かなかった。)
僕はミドナにスピナーを出させると、それに乗って滑るように橋の上を進み、僕は出口を抜けた。
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僕らはやがてバルコニーらしき場所に出た。目の前に石造りの大きな柵がある。柵の向こうは砂漠の夜景だ。
左手は行き止まりだが、右手には断続的な階段を通じて先に行く道があるようだ。僕は階段を駆け上っていった。途中で二か所ほど階段が欠けている場所があったが、どうにか跳躍して向こう岸に飛びつき、階段の終端まで登り詰めた。そこから右側にあった壁の切れた場所に入ると、右手に向かって回廊が続いている。回廊はやや左にカーブしていた。
しばらく進むと、回廊の左手の壁が突然切れた。どうやら屋上の野外空間に出たようだ。さきほどの闘技場と同じような大きさの砂地の広場が円形の石壁で囲まれている。砂地の中央には、蛇の絡みついた女神の巨大な立像が立てられている。
広場を囲む壁に沿って高い円柱が六本立っており、その天辺にはハイラル王家の紋章のプレートが据えられていた。また、円柱からは極めて太い鎖が一本づつ伸びており、その鎖の先端が女神像の足元の地中に埋まっている。
僕らが女神像に近づいた途端、上空から巨大な管楽器が鳴るような不気味な音が響いた。
上を見上げると、百メートルほど上の空中に黒い渦巻が出現している。渦巻はみるみるうちに広がると、その中心から黒い気味の悪い形の塊が押し出されるように次々と出てきた。
一体、二体、三体、四体、そして五体。
黒い塊は地響きを立てて砂地に落ちた。だが、一体また一体と両手をついて身体を起こす。あの背の高い黒い鬼、影の使者たちだ。さらに鈍い落下音がして、広間の周囲と女神像のぐるりに魔法結界の柱が次々と刺さった。
黒鬼たちは立ち上がると、こちらの姿を求めて左右を見回していたが、やがてこちらを見つけると二匹が先陣を切って近づいてきた。
僕は盾を背中から下ろして構え、剣を抜いた。二匹をギリギリまで引き付けると、裂帛の気合とともに回転斬りを放った。両方ともが腹を真一文字に斬られドウと音を立てて倒れる。
目を上げると、もう二匹が第二陣として数十メートルほどの距離に控えている。だが残りの一匹が見当たらない。
僕は武器を持ったまま走った。孤立した一匹は仲間を蘇らせるための保険なのだ。こちらの動きに気づいた二匹の組みが後を追ってくる。だが僕は構わず走り続けて女神像の裏手まで回り込んだ。
果たして残り一匹の鬼は女神像の裏手、ちょうど広場の向こう側にいた。
そいつにダッシュで走り寄っていくと、その鬼は足音に気づいてこちらを向いた。だがぼくは問答無用でジャンプ斬りを浴びた。頭部に痛撃を受けた鬼は急激に力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
素早く後ろを振り向くと、生き残りの二匹がこちらに近づいてきている。
僕はそいつらに走り寄り、二匹の中間に位置を確保した。一匹が手を振り上げてくる。盾を上げ、攻撃を防ぐと、両方を十分引き寄せてからやおら回転斬りを放った。
二匹はあっさりと倒れた。鬼たちの身体がみるみるうちに崩れていき、やがてその残骸が上空の渦に吸い込まれる。それと同時に魔法結界の柱も消滅していった。
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ふう。
この砂漠の処刑場での一連の作業もやっと終わった。
もう次の目的地に行く時間だ。僕はミドナに話しかけ、カカリコ村までワープさせてくれるよう頼んだ。
「リンク、陰りの鏡は目の前なんだ。早く行こう!」
ミドナはそう言い、僕の頼みに応じてくれなかった。
ッつたく...目の前のことに夢中になると他が目に入らなくなるのがコイツの悪い癖だ。大体においては優秀だし、ちょっとは可愛いところもあるんだがな。
僕は構わず、心の中で地図を思い浮かべ、オルディン地方に強く意識を集中し、再びカカリコ村までワープしたい旨、彼女に念を送った。
すると、ミドナはあっさりと承諾した。さっきのは一体何だったんだ?
ともあれ、僕は狼に姿を変えられ、空中に吸い込まれていった。
数秒すると、僕はカカリコ村の泉の前に降り立っていた。
さあ、これから次の目的地へ行く下準備をしなければ。
次はどこへ行くって?
それは天空だ。
天空だ。君の読み間違いではない。
僕は途中の手順全てをスッ飛ばして、天空都市に向かう算段を心の中で固めていた。
(つづく)