扉の向こうは野外だった。
空は黒雲が立ち込めて暗く、風が荒れ狂っている。遠くの山々もシルエットしか見えなかった。雨は止んだようだったが、雷が時折鳴っていた。
先に進む。三十メートルほど南に伸びた通路を歩くと、その後は左右両方にある北向きの階段を登っていくようになっていた。
階段を登っていくと、二つの階段が一つに合流し、その終端は見上げるばかりの塔構造だった。二つの小さな尖塔に挟まれた中心に途方もなく巨大な尖塔が聳え立っている。
階段を登り切ると、高さ十メートル以上はありそうなアーチ型の入り口をくぐった。内部の床は百メートル四方をゆうに超えており、市松模様の床材が張られている。天井は極端に高く、立派な柱がいくつも立ち並ぶ。
入り口から奥に踏み込むとともに、僕は心に「スキップ」を念じた。
------------‐-----------------------‐-----------------------------‐----------------
すると、次の瞬間、場面が変わった。あのお姫さんが僕の数メートル上方に空中浮遊している。体中に奇怪な文様が浮かび上がり、目は黄色く空虚だ。手には細い長剣を持っている。
お姫さんは剣を片手で高く掲げた。その先端にみるみるうちに黄色い雷の塊が集まり、膨らんでいく。
だが僕は、剣を抜くと素早くお姫さんの下に駆け寄った。姫が「セイッ」とオッサン丸出しの掛け声で剣を振り、魔法弾を僕に撃ちおろしてくると同時に僕は回転斬りを繰り出した。
途端に魔法弾の電撃が姫を包んだ。小さな稲妻がその身体の表面を走り回り、憑依された姫は空中で身体をのけ反らせ、オッサンの声で苦しみの呻きを漏らした。
姫は憑依されているので仕方ないのだ。僕は空中数メートル上方を浮遊する姫を追いかけ、できるだけ下のポジションをとることを心掛けた。
(スカートの中を覗きたいからではない。魔法弾を弾き返すのには、真下で回転斬りを放つのが一番効果的だからだ。)
しばらくすると立ち直った姫は、剣を掲げると、身体を倒して槍のように一直線にこちらに飛んできた。僕は横っ飛びに転がって避けた。
今度はゼルダ姫が剣を掲げ呪文を唱える。僕の足元に巨大な三角形の光が浮かび上がる。僕は全力でダッシュし前転した。一瞬後に今までいた床から黄色い光が刺すように飛び散った。
すると、次に姫はまた剣を掲げて先端に魔法弾を溜め始めた。
チャンスだ。僕はダッシュして彼我の距離を縮め、姫の真下に入った。
姫が魔法弾を撃ちおろすとともに回転斬りを放つ。またも魔法弾が直撃し、姫はもだえ苦しんだ。(断っておくが、もちろんオッサンの声で、である。読者諸君の想像に水を差すようで悪いが....)
その後、憑依された姫は床に光る三角形を出現させ、あるいは身体を槍のように飛ばして突進してきたが、全てが徒労に終わった。
僕は全てその手の内を読みつくしていて、三角形が現れれば猛ダッシュで逃げ、突きを放ってくれば盾を掲げるか避けるかしてしまったからだ。
姫が三度の魔法弾を放つべく剣を掲げた。魔法弾がその先端で膨らむ。
僕は姫の真下に移動した。(繰り返すが不純な動機はない。)そして姫が魔法弾を放った瞬間回転斬りを繰り出した。
回転斬りが、放たれた魔法弾をそのまま上方に打ち返した。反射された魔法弾が空中の姫を直撃し、稲妻が全身を包み込む。魔王に憑依されたゼルダ姫は苦痛の呻きを上げて剣を取り落とした。剣が床に落ちてけたたましい音を立てると同時に、数秒間の責め苦からようやく解放されたゼルダ姫は床に落下して倒れたあと、よろよろと立ち上がった。
そこで僕はまた「スキップ」を念じた。
----------------------------------------------------------------
すると、いきなり巨大な豚が目の前に現れて吠えた。赤い髪が沢山生えているから、あの「ガ」のつくオッサンの変身した姿であることは見て取れた。
とにかくデカい。ブルブリンたちの乗る巨大猪よりも十倍くらいは大きい。しかも、前肢と後ろ脚が長く筋肉質で、胸部も発達していた。
豚...いや猪の化け物は部屋が揺れるような吠え声を上げて後ろ足で立つと、再び四つ足で僕に向き直り、前足で床を掻いて突進の準備をした。
僕は横に転がって魔獣の突進を避けた。振り返ると、化け物は広間の隅まで走るとその身体が吸い込まれるようにして消えた。魔法だ。
だが魔獣が横を通り過ぎたとき、その額に宝玉がつけられているのを僕は見逃さなかった。宝玉は魔力の印だ。
僕はミドナに合図して鎖と鉄球を出させた。周囲を警戒していると、赤紫色の渦巻きのようなものが、二十メートルほど先の空間に浮かんでは消えていくのが見えた。
豚...いや猪の化け物は姿を消して死角から攻撃するつもりなのかも知れないが、その渦巻のどれかから出てくることが見え見えなので、対策は難しくないことを僕は転生の経験を通じて知っていた。
赤紫の渦巻きが浮かんでは消える。消えると数メートル横に新たなものが現れる。だが、やがてひとつの渦巻きが空中に残り、青色に変色してきた。
その刹那、渦巻きの中から魔獣の頭が現れた。たちまち全身が出てくると、化け物はこちらに突進してきた。僕は相手を引き付けると敵の額の宝玉を狙って鉄球を放った。
鉄球が魔獣の額にモロに直撃する。化け物は気絶して横倒しになりながらも、その勢いが止まらず床を滑ってこちらに迫ってきた。僕は鉄球を回収するのが間に合わず、魔獣の身体に跳ね飛ばされた。
頭を振って立ち上がると、僕はすぐに倒れた魔獣の腹のほうに走った。ダメージは喰らったがまだ動ける。敵の腹側に回り込むと、魔獣の胸から腹にかけて白い傷が走っている。魔獣に変身しても、以前賢者たちに刺された箇所は傷として残っているのだ。
躊躇わず僕は渾身の突きを放った。剣の刃が魔獣の分厚い皮膚に食い込む。さらに何度も剣を振るって古傷に塩を塗りたくるつもりで斬りつけた。
だがその痛みで目が覚めたのか、魔獣は轟くような吠え声を上げて体を起こした。僕が飛びのくと、敵は地響きを上げて広間の隅に向かって走っていった。立ち並ぶ壮麗な柱に魔獣の身体がぶち当たり、次々に崩れていく。やがて魔獣は宙に吸い込まれ姿を消した。
だが手応えはあった。僕は引き続き敵を警戒して周囲を見回した。だがそのとき足元に影が映った。
上だ。僕が跳躍して身を投げ出すと、上方から魔獣が現れ、一瞬前まで僕がいた床の上に激しい音を立てて落下した。地響きで部屋全体が震える。
僕は跳ね起きた。魔獣がこちらに向き直り、吼え声を上げて突進してくる。僕は再び身を投げ出し、魔獣の突進を避け床に転がった。すぐ横を魔獣が通り過ぎる。目で追っていると、魔獣は広間の端まで走りそこでまた宙に吸い込まれた。
ちょっと体力がやばい。僕は今までの冒険でハート型の器を一切無視してきたのであまり体力がないのだ。
僕は壁際の柱に挟まれた部屋の隅に駆け寄って、そこにあった壺を破壊した。すると内部から光るものがふわりと浮上してきた。
妖精である。僕が妖精に触れると、それは僕の周囲をくるくる回り始めた。たちまち疲れと負傷の痛みが消え、体力が戻ってくるのを感じた。
(一説によるとこの妖精は僕を癒すとそのあと死んでしまうらしい。可哀そうだが仕方がない。)
部屋の中央に現れた魔獣が突進して来る。僕はミドナに言って鎖と鉄球を出させた。
鎖を振り回し鉄球を投げつけると、過たず魔獣の額に当たった。
魔獣は気絶し横倒しになりながらこちらに滑ってきた。だが、魔獣は柱に邪魔されて止まり、僕は前回のように撥ね飛ばされずに済んだ。
僕は敵の腹側に駆け寄って剣を抜くと、魔獣の古傷に何度も叩きつけた。
痛みで意識を取り戻した魔獣が跳ね起きて逃げる。
僕はミドナに頼んで狼姿に変えてもらい次の攻撃に備えた。
ひとたび姿を消した魔獣だったが、すぐに出てくるはずだ。そう思っているとまた、赤紫の渦巻きが前方の空間に浮かんでは消える。だが赤紫のうちは関係ないのだ。
少し待つと、ようやくひとつの渦巻きが空中に残り、青色に変色した。
そして渦巻きの中から魔獣の頭が現れた。僕は正面に構えると、奴を引きつけた上でミドナに「つかめ」と念を送った。
(不思議なことに、魔獣を掴むのはミドナ自身なのに僕が念を送らないと彼女はそうしてくれないのだ。)
僕の背に乗ったミドナの髪の毛が膨らむと手の形に変形する。全速力での魔獣の体当たりをその手が受け止めた。
ミドナが唸り声を上げる。その頭の髪の毛でできた巨大な手が魔獣の頭と押し相撲を演じた。魔獣も唸り声を上げて押してくるが、ミドナも負けじと押し返す。
(僕も念を送って応援した。)
双方渾身の力を込めた押し引きの末、ミドナが叫びながら投げを打った。魔獣がとうとう地響きを立てて横倒しになった。
僕は全速力で倒れた敵の腹側に走ると飛び掛かった。先だって剣の刃で切り開かれた傷跡に渾身の力で噛みつく。牙を相手の肉に食い込ませると狂ったように首を振り、また噛み付いた。たちまち傷口が広がり、血が飛び散った。五、六回ほど噛み付き、傷口が大きく開くと、魔獣が苦痛の吼え声を上げて体を起こした。
僕は既に脇に飛びのき、相手の次の出方を警戒して注意深く構えていた。魔獣はもう一声吠えると走り始めた。広間を横切ると、そこで魔獣はまた宙に吸い込まれた。
僕は用心深く構えていた。
やがて前方に赤紫の渦巻が浮かび始めた。やはり前から来る。渦巻が浮かんでは消えるのを繰り返したあと、ひとつの渦巻が前方に残り、青色になった。
僕が身構えると同時に青い渦巻が膨らんで魔獣の頭が突き出てくる。魔獣は吼え声を上げながらこちらに突進してきた。魔獣の頭とミドナの髪の毛が変形した手がぶつかる。ミドナの手が巨大な化け物の頭を押さえつけ、押し返した。
ミドナが呻き声を上げ魔獣を投げようとする。魔獣も必死だ。僕も全身全霊で「念」を送った。
数秒の押し引きの末、魔獣の身体ががぐらりと傾き、そして横倒しになった。
地響きも収まらぬうちに僕は敵の腹側に走り寄った。ミドナに頷くとたちま黒い結界が彼女を中心に広がる。瞬く間に結界が化け物の胸の傷を覆うとともに、その身体の上を赤い稲妻が走った。
力を解放し矢のように飛んだ僕は敵の胸に大きな傷を負わせた手応えを感じた。肉が裂けて血が飛び散る。
着地すると同時に、猪の化け物は苦し気な吠え声を上げてのけ反り、地響きを立てて床に倒れた。その巨体から黄緑色の気体が立ちのぼってくる。
辺りは異様な臭気に包まれた。黄色い気体が豚...いや猪から出てきているのがいかにも塩梅が悪い。
腹でも壊したか?
まあいい。ここで僕はまた「スキップ」を念じた。
----------------------------------------------------------------
すると、いつの間にか僕は人間の姿に戻って、エポナに跨り、ハイラル城下町の西の平原にいた。後ろにはお姫様も乗っている。
「ガ●●の動きは 私の放つ光の矢で封じ込めます! 貴方はガ●●を捕らえて矢が届く距離を保ってください」
お姫さまは弓を手に僕に指示した。
前方には、あの「ガ」のつくオッサンが黒い馬に乗って僕らを待っている。
オッサンとの騎馬戦の始まりだ。僕は馬でオッサンの後ろを取り、一定の距離を保ってお姫さんの矢が当たりやすいようにしてやらねばならない。
(そうでないとお姫さんは矢を外すからだ。まあ戦闘のプロではないので仕方ない。)
二騎は互いに向かい合った。そしてどちらからともなく手綱を鳴らすと馬の脇腹を蹴って加速の合図を出した。みるみるうちに彼我の距離が縮む。すれ違いざま魔王が長剣を振るった。
僕は手綱を操作してエポナのコースをわずかに右に横に逸らした。敵の剣先が数センチのところで顔をかすめる。だがその直後、前方に白い幻影のような騎兵たちの姿が浮かび上がってきた。
僕は手綱を操って大きくエポナを右にカーブさせた。幽霊のような騎兵たちが横一列で突進してくる。紙一重で、一番左にいた幽霊騎士が振り回してきた剣を躱した。肩越しに振り返ると幽霊騎士たちは数十メートル走ったあと掻き消すようにいなくなった。
さてとこちらの番だ。僕はエポナを二度加速した。「ガ」のつくオッサンは方向転換してこちらの後ろにつこうとしている。
オッサンの馬の鼻息の音が右後ろから迫ってきた。
だがそうはさせない。僕は慌てず、加速せずに左にコースを変えた。「ガ」のつくオッサンの馬が逸って前に出てくる。
僕が後ろを取ると、魔王は慌てて馬を加速させつつ右にターンした。
僕は追いかけるとさらに馬を加速させた。同時にお姫さまが弓に矢をつがえる。
魔王も馬を加速させ逃げようとしたがその前にお姫さまが矢を放った。飛んでいった矢が魔王の背中に命中した。
不思議なことが起こった。矢が刺さる代わりに、魔王の全身を小さな稲妻のようなものが覆った。魔王は首をのけ反らせ苦しみの呻きを上げている。
僕はここを先途とエポナを加速させた。距離がぐんぐん縮んでいく。姫の矢が命中したことで、魔王は少しの間動くことも剣を振るうこともできず、黒馬の上に乗っているのがやっとのようだ。僕はエポナを魔王の横につけると渾身の力で突きをぶち込んだ。
「ガ」のつくオッサンの胴巻きの隙間に聖剣の刃が食い込む。魔王は苦痛の呻きを上げると目を覚ましたように顔を上げた。
だが僕は意図的にエポナの速度を落とした。ここで追い抜いたら、今度はこちらが後ろを取られてしまう。僕はそうならないよう細心の注意を払った。
再び僕を後ろとした追いかけっこが始まった。
「ガ」のつくオッサンは馬を左に大きくカーブさせた。だが僕は喰いついた。こういうときは反射的に慌てて加速しないことが大事だ。
撒かれそうになるところを食らいつき、再び距離を詰めていく。魔王はまた左にカーブした。僕は馬の加速力を使い果たさないよう小出しにしながら、注目を切らさず魔王を追いかける。
やや距離は遠かったが、お姫さんが弓に矢をつがえた。油断しているのか魔王は馬を左右に動かすのを止めた。そして魔王が僕を攪乱するべく幽霊騎士の素となる白い光の塊を放り上げようとしたとき、お姫さんが矢を放った。
矢は過たず飛んで行き魔王の背中に当たった。
僕は立て続けにエポナに加速の合図を出すと、一気に距離を詰めていった。まだ敵は麻痺したままだ。エポナを駆って横につけると思い切り剣を横に払い、「ガ」のつくオッサンの胴巻きの隙間を狙った。刃が食い込み、血が飛び散る。だがまだだ。僕は意識を取り戻した魔王の反撃を警戒してやや距離をとるとわざと加速を控えた。
魔王が再び手綱を取って黒馬を操り、右にカーブを切った。僕も後方をとると追随した。一度取ったこの位置は渡さない。
僕は蛭のようにしつこく魔王の後ろに喰らいついた。距離はまだ射程内だ。お姫さまが矢をつがえる。彼女が矢を放つと、それは真っすぐ飛び敵の背に命中した。
僕は立て続けに加速の合図を送ってエポナを駆り立てると、オッサンの左側につけた。右手の剣を左腕の外側に引き付け、裂帛の気合とともに回転斬りを放った。刃が魔王の胸のあたりに直撃し、胴巻きを叩き割って肉を切り裂いた。
魔王は馬の制御を失った。呻き声を上げながらも、その身体は姫さまの矢で麻痺させられたままだ。彼が手綱を手放すと、その馬はしばらくの間は勝手に走っていたが、やがてドウと音を立て草地に横倒しになった。魔王もまた落馬し、馬の傍らに転がった。
(実のところ、数え切れないほどの転生を繰り返した経験から、騎馬戦で魔王がとる作戦には限られたパターンしかないことを僕は知っていた。そして今回は読み通り、彼はその一番多いパターンを使ったのに対し僕の対策が当たったわけである。)
エポナを減速させて止めると、僕は下馬して魔王に近づいた。予想通り、魔王は体を起こしてゆっくりと立ち上がりつつあるところだった。
僕は盾を背中から下ろして剣を構えた。
空に稲光が光り、数秒すると雷鳴が轟いた。雲行きが急に怪しくなってきたようだ。
いよいよタイマンだ。
-----------------------------------------------------------------
「ガ」のつくオッサンは片手に鞘に納めた長剣を持ち真っすぐ立っていた。
考えてみると、状況説明を何もかもをも「スキップ」してきた僕にとっては、このオッサンの姿をマジマジと見るのは今回の転生では初めてである。
両者が相対していると、やがて魔王は含み笑いを漏らした。それはすぐに大きくなり、洪笑に変わった。
「見事な剣だ」
魔王は笑うのを止めてそう言うと、自分の長剣を前に掲げた。
「我が望みがわかるか?」
魔王は剣を鞘走らせ、下段に構えた。
「この忌まわしき剣をもって全ての光を葬り去ること」
「ガ」のつくオッサンが堂々たる威厳を漂わせながらゆっくり歩み寄って来る。
途端に魔法結界が突然僕ら二人の周囲に浮かび上がった。姫を乗せたままのエポナが激しく嘶き、後ろ足で立った。姫は素早くエポナの手綱を掴むと馬を鎮めた。
僕は「ガ」のつくオッサンに突進し、フェイントで横斬りを放った。魔王は剣を縦にかざしそれを防御する。
だが僕はそれ以上の攻撃は仕掛けず、一メートルくらいの距離を置いてその周囲を素早く走り回った。
オッサンは僕を追尾しようとして回転している。だがついていけていないようだ。
それは当然だ。(少なくともこの転生した世界の中では)十六歳の僕と、だいぶお年を召したオッサンとでは反射神経も動体視力も比べものにならない。これはどんな世界でも同様だ。
オッサンは、それでも脇を駆け抜ける僕に対して「セイッ」と前蹴りを発した。
だが全くもって外れている。
僕はその瞬間、背後の死角からいきなりジャンプ斬りを浴びせかけた。着地するやいなや回転斬りを叩きつける。
オッサンはかなり堪えたらしく、ぐらついて後ろに数歩下がり、片膝をついたが、すぐ立ち上がった。
僕はまたオッサンの周囲をぐるぐる回りながら機を伺った。
オッサンがまた明後日の方向に「セイッ」と蹴りを放つ。
僕はまたもオッサンの背中にジャンプ斬りを浴びせかけた。着地しざま回転斬りを放った。
斬撃を喰らった魔王はタジタジとよろめいた。だがまだ辛うじて立っている。
僕は引き続きオッサンの周囲をぐるぐると回った。幻惑されたのか、魔王がまた明後日の方向に前蹴りを繰り出す。
僕はそこですかさずジャンプ斬りを浴びせかけた。着地し素早く回転斬りを叩きつける。
もはや魔王は立っていられなくなったようだ。数歩よろめくと後ろに倒れた。
僕は素早く近づくと、剣を逆手に持って跳躍した。魔王の上に飛び掛かり、剣をその胸に突き立て上から覆い被さって全体重を掛けた。
僕の剣が、鍔まで埋まらんばかりに魔王の胸に突き刺さった。切っ先が魔王の身体を貫き地面にまで刺さった。魔王は驚愕の表情で口を大きく開けて呻いた。
その呻き声は、断末魔や苦痛の呻きというより、怒り、苛立ちや屈辱の呻きだった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥」
身体を貫いた刀傷によるものか、それとも聖剣により魔力を打ち消されたからなのかは明らかではなかった。だが魔王はいずれにせよ長い呻き声を口から漏らしつつも、その身体を激しく痙攣させていた。地面に釘付けにされ動くことができないようだ。
--------------------------------------------------------------
これで終わった。冒険の目的が完遂されたのだ。
まるで一方的なオヤジ狩りのようで後味は悪かったが....。
ふと見ると、お姫さんはドン引きした顔をしていた。その引き攣った表情はこう物語っていた。
「こいつ...こんな弱かったの?マジで?し.........信じらんない!」
そしてこうも言っているように見えた。
「私ってばどうしてこんな奴に降参して国を明け渡しちゃったのよ?カンッゼンにバカ姫決定の黒歴史じゃん!どうしてくれんのよ!」
僕が立ち上がると、魔王も剣が胸に刺さったままでようようのこと立ち上がった。だがもう戦う力はないようだ。
「これで‥‥全てが終わった‥‥などと‥‥思うなよ‥‥‥」
魔王は口から込み上げる血に噎せ返りながら呟いた。もはや呼吸をするのも苦しそうだった。
「これが‥‥‥光と闇の‥‥血塗られた歴史の‥‥‥始まりだ‥‥と‥‥思え‥‥‥」
やがて「ガ」のつくオッサンは白目を剥き、こと切れた。
負けるために生まれてきた男。返す返すも、可哀そうではある。哀愁が漂っている。
僕は、実のところこのオッサンが嫌いではないのだ。
いや、むしろ好きとさえ言える。
僕は、このようなオッサンに親近感を感じる。
なぜならば、僕のような転生者でもない限り、人生はこれ敗北の連続だからだ。
思い返せば、初めての冒険では僕はどれほど早い段階で死んだことだろう。
(ああ、忘れもしない。狼に変身させられ意識を取り戻したあと、地下下水施設から脱出する途中で水の中を泳いでいるところを蛸の化け物にあえなく殺されたのだ。反撃することもできず、惨めで虚しい4に方だった。)
そして、その後の十回以上の転生でも、やはり僕は冒険を完遂することなく死んだ。
死なずに冒険を完遂する経験とノウハウを身に着けられたのは、それ以降の話なのだ。
だから、僕はこの、「敗北」という概念そのものを体現したような魔王のオッサンに対して、同情の念さえ覚える。
だが、一方で、彼と戦わないわけにはいかなかった。そうせざるを得なかったのだ。
それがこの世界の仕組みなのだから......................。
(つづく)