○
「…え!? 私も転属…ですか?」
査問会より二日後、フレイ・アルスターは自分にも下されたその命令に困惑していた。
「…バジルール少佐は新型艦転属、両津中尉とフラガ中佐は士官学校教官にー…」
だが、その命令は他にも何名かに下されており、全員が困惑していた。
「…BETAもザフトも激しくなってんのに教官やれだなんてねぇ…」
「あなたが教鞭を取れば
「アークエンジェルはジャブロー防衛宇宙艦隊所属で、今晩中に宇宙へ上がれと無茶なー…」
彼らの全員が上層部から出された指示に困惑を示していた。
ザフトもだがBETAによる侵攻も激しさを増している状況で、それに有効なMS運用を身に付けた者達を後方へ送るというのは不可解であった。
戦火に巻き込まれた都合で軍に志願兵として入った子供達も、何故かフレイ一人だけに転属命令が出されて、除隊を求めた者達にはいまだ返事を貰えずに艦内待機を命じられている状況にあった。
「…両さん、何か怪しくないですか? まるでー…これ以上誰にも会わせたくない、喋らせたくない人に対する眼差しを偉い人たちが何度も向けて来てたしー…」
この状況に、子供の高い感受性と、幼少から父の都合で様々な国の色々な種族や要人と会ったり、話をしたことがあるため人の反応に聡いフレイは嫌な予感を覚える。
「…そうだなー…。あのバスク・オムのおっさん…南部少佐の時からだが…今はあの時以上に胡散臭い…」
話を持ち掛けられた両津も、オーブで降りた王留美の言葉と様子が妙に引っかかり、内心で密かに動き出すことを決めた。
○
「…………」
アークエンジェルの方で両津とフレイが何かを取り決めていた頃、ガルマ・ザビはプラント本国と他の基地を行き来する平面宇宙の補給艦隊の一隻に物憂げな顔で乗っていた。
今現在、彼はこれまでの功績とそれらから割り出された特性に基づき、本国で開発が終わりつつある新型MSのパイロットの一人に選ばれたため、戻っている最中であったのだ。
先のシュリーヴィジャヤ星系での混乱した怪獣群からの撤退、オーブ近隣星系でのラグナイト危険鉱石層噴火状大爆発からの退避で、彼は当時撃墜されかかった司令官モラシムの救助と、旗艦護衛及び退避に大きく貢献したためとされている。
一方のアスランはストライクとバルバトスの撃破の功績で、同じく新MSのパイロットに選ばれつつも別の補給艦隊に乗って帰国中である。
だが、今の状況に、ガルマは瘡蓋に覆われた傷が未だに疼いてまた血を噴出してきそうな感覚を何度も覚える。
(…いや、アスランの方はもっと重いか…)
だが、曲がりなりにも味方を救うのに必死であった自分と違い、敵に属していたと言え幼少からの友を殺したアスランの今の心情の方に憂慮を覚える。
あの大噴火状大爆発に襲われた味方を必死に救助していた後、自分も火山弾状高エネルギーラグナイト隕石に直撃され、半死半生の状態で漂流していた所を、ガルマは当時の宙域を航行していたプラントでも著名なある宗教家が乗船していた民間船に救助された。
その時に出会った同年代のある少女の優しさが寧ろ胸を苦しめ、同じく乗船していた幼子からの罵りが寧ろ安堵感を覚えさせられた。
寧ろ、幼馴染を殺したアスランが見たこともない兵士からも“味方を大勢殺してきた厄介な敵MSを倒してくれた英雄”として感謝されて賞賛されている光景に、むしろ居た堪れなくなった。
『…悲しみを忘れることも許されないなら、この世界は初めから悲しみが存在しない世界になっているはず、悲しみを一時でも忘れることが出来なければ…世界は人にとって無慈悲過ぎます…』
(…任務に専念すれば、彼女が…イセリナが言ったとおりに一時でも忘れられるだろうかー…?)
別の自分がそれは欺瞞だと罵っている姿を自認しながら、今の自分の立場からそうするのが最良だと言い聞かせているのも受け止めつつ前を無理でも見ようとしたその時、周囲がやや騒めいていることに気付いた。
「…ん? 何だーあれ?」
「どこの機体だ?」
「例のガンダムのようなー…?」
(…え? あれは…?)
遠方で且つ高速で進んでいたがゆえに詳細は見えなかったが、自分も乗っていたガンダムに酷似したその青色を基調とする人型の、まるで子供の頃に初めてロボットや宇宙船を見た時のような鮮やかな高揚を抱かせる存在で、ガルマは思わず舷窓に顔を寄せてしまう。
「…何だ? あの機体は?」
「発せられている信号の種類からしてー…我が軍や連合のものとは違うようですがー…」
「反応は帝国のものと酷似している部分もありますがー、違うものも見られ―…」
「最近は向こうも短期間ゲート操作技術の研究も進んでいますから、それも兼ねた試験航行でしょうか…?」
その背中側の小さな羽状のパーツから噴き出た青い粒子が翼のように見えるMSは、それを目にしたザフト側の多くの意識を引き付けたが、視認できる範囲でも遠方を進むのがわかる存在であることと、それの姿は小さくなっていったことや別件ですぐに消えることになる。
「提督、もうそろそろ例の指示書を開きましょう」
「ん? あれを開くのは次の星系に到着して本国行きの部隊と別れてからの話だろう?」
「この距離ではもう構わないでしょう」
それよりもこの艦隊の指揮官たちにとって不満だったのは、本国から来た情報局員のその慇懃無礼とした振る舞いであった。
「…どうぞ」
「このご時世に封印処置付きの紙のものとは…一体何が書いてあるんだ…………!?」
その不満を表情に浮かばせつつも今は任務の方が優先と補給艦隊の司令官が開封されたその書類を読み始めるが、その顔は数秒と経たぬ内に驚愕へと変わった。
「…ん? 何かあの星…予定地の星と違ってないか?」
「確か当初の予定地だと…カサンドロスのはずだがー…」
一方、同時刻のザフト軍の各前線では事前に聞かされていた予定とは大幅に異なる動きが生じており、それに多くの将兵は戸惑いを見せていた。
「…議長閣下“オペレーション・スピットブレイク”に参加する全戦力の配置は完了いたしました…」
それに混じる艦隊の一つの旗艦として進んでいる、ザフト軌道母艦ゴンドワナ級の一隻カエトゥールの総司令室で、プラント最高評議会国防委員長ギレン・ザビは本国との時差は数十秒程度の超長距離秘密通信を開いていた。
『…この戦いで真の
そして、通信越しに現在のプラント最高評議会議長パトリック・ザラの命令が此度の作戦に参加する各艦隊へ、数十秒程度の時差がありつつもほぼ同時で伝えられていく。
『…オペレーション・スピットブレイク開始せよ!!』
その命令はプラント本国と各艦隊それぞれの通信機と通信手たちが一つの巨大なうねりのように繋げ、伝えられていく命令に基づいて開封された指示書は現場を騒然とさせていく。
「…はぁ!? 何だこりゃあぁ!?」
「え…ちょ…スエズを映していた画像が次々と変わっていくんだけど…!?」
「エリオハプト…サマリアじゃなかったのか!?」
現場の将兵達は開封された指示書に従って迅速に動き出すが、明らかに動揺と驚愕は隠しきれない。
「…へえ、この作戦…ギレン・ザビ国防委員長か。今回もさすがだな…」
「…え? イ、イザーク君?」
その中でいち早く冷静さを取り戻した者達は、今回の作戦の狙いとその効果をすぐに悟ってほくそ笑む。
「…銀連の意識と戦力がスエズに集まっている内に、その指揮を執る銀連軍中枢を一気に潰すつもりか…」
冷静さを取り戻しつつも、イザークと異なりエグザベは上層部の作戦の大胆さに恐ろしさを覚える。
「…こいつでナチュラルも今回の戦争も終わりだな…」
少なくとも、今この時点では彼らの意識の多くはあるザフト兵が漏らしたその言葉へ集束していっていた。
○大星洋大星域 大星洋連邦左下端部 銀河中心領域付近 パナマ星系 惑星ジャブロー 地下要塞最深部○
「…予定通り完成だな」
「…ええ、後はこちらが起動キーで封印を解除するだけです…」
同じ頃、そのザフトと争い合う銀連軍の総司令部の地下深部では、バスク・オムとウィリアム・サザーランドは、そこに横たわる巨大な一つ目を瞼で閉ざした白く滑らかな凹凸が少ない素肌に包まれ、拘束具と封印処置を施された不気味な巨人を見下ろしていた。
「…奴らを作り出した遺物が奴らを葬るために我々に使われる。当然の帰結だな…」
「全てがあるべき形へ戻るために進んでいますよ順調に…」
「塵となって消えるべき残骸から生まれた化け物が塵に帰るだけですよ…。万物の霊長は人間であるべきです…」
嘲笑を浮かべ合っている面々だが、自分たち以外にその現場を見下ろしている存在が物陰にいる事には気付いてはいなかった。
「…“水害とは常に堤を越えて起きる”とジラルハネイの諺にあるが…」
その物陰に潜んでいるハニア・アジア系の顔立ちをした青年は、表情からは感情が読み取れないが瞳に呆れと侮蔑の光を滲ませた後、スッと影へ溶けて消えるように姿を消した。
○
「…何だかなぁ、ここパナマからスエズに向かっていった戦力…あまりに多くないかぁ?」
「どうやらなぁ、今もまた出ているらしいぞ」
「いくら何でもここを空け過ぎじゃないかぁ?」
翌日、そのジャブローの宇宙を護る宇宙艦隊は、通常時と比べて大幅に減っていた自分達の姿に違和感を通り越して不安も覚えるようになっていた。
「それも仕方ないだろ。スエズの方はプラントへ反転攻勢掛けるために残されたリーチと繋げる最後の拠点だからな」
「まあ、あそこを落されたら色々危ないからな。特に今の大統領とかがなー」
「落選して今度こそ失業かー?」
「いやいや、スポンサー達に“不幸な事故”に遭わされるとかー…!?」
だが、兵士達がそれもネタにして皮肉交じりのジョークを叩き合っていたその時、レーダーに異変が起きた。
「…ん? な、何だぁ? ユアノン数値に異常が見えるが…?」
「…え!? ちょっと待て! この数値って…確か
それに兵士達が嫌な予感や既視感を覚えたその時、パナマに残る防衛艦隊の射程範囲外にて稲妻を迸らせる白く巨大な球体が生じた。
「…あ、あれはー…!?」
その姿に宇宙艦隊の将兵達が嫌な懐かしさを強めていったその時、そこから現れた
「…ザ、ザクだぁ!!」
「ザクの大軍だぁ!!」
「ザフトの艦隊だぞぉ!!」
それは今や彼らにとってBETAに次ぐ脅威となっているザフトの大軍が、遠方から短期間限定ながら発生させられたゲートを通過点として出現してくる光景であった。
即ちそれは、ザフトが第四次大戦を終わらせるべく発動した“オペレーション・スピットブレイク”が、スエズではなくここパナマを目指していることが明らかとなった瞬間であった。
次回、ガンダムSEEDでも有数の裏切りパートが中心となる予定です。