【注意】
この作品は映画・新時代の扉を見に行って脳を焼かれた人間の書いた作品です。
その為、意図的に入れた部分他、作者自身気が付かないネタバレが行われている可能性があります。
観終えた人、ネタバレとか別に興味ないっスって人以外は読まないでください。クレームは一切受け付けません。


尚内容は映画とゲームのアグネスタキオンの話をなんとなく混ぜて作った別次元の話になります。

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 前書きにも書きましたが、本作品は映画・新時代の扉のネタバレを含む作品になります。
観終えた人、ネタバレとか興味ないっスって人以外は読まないでください。クレームは一切受け付けません。

ではどうぞ。


限界へ。

 

 何とも言い難い危険そうな薬品や実験器具類が所狭しと並べられている一室。

そこはトレセン学園と呼ばれる、ウマ娘のために作られた学園の一角だ。

本来はトレーナー室としてあてがわれているここを、まるで自室のように扱うのは一応はこの部屋の関係者でもあるウマ娘。

トレーナー用の質の高い回転式移動型ソファに座る、白衣姿に気だるさと眠気が混合したような半開きよりも少し開いた程度の目をした彼女はアグネスタキオン。

他のウマ娘はおろか自分自身ですら研究の材料として見ている、変わり者の多いトレセン学園の中でも特に際立っている少女の一人だ。

しかしてその実力は超一流。

三戦無敗で挑んだ皐月賞では共にレース場を駆けた後続の目にその背を鮮烈なまでに焼き付ける圧倒的で手の届かない勝ちを見せるほどの実力を有している。

そんな彼女は現在は療養を余儀なくされ、基礎トレーニング程度のメニューをこなしながら残りの時間を自身の研究に注いでいた。

ウマ娘の持つ果てすら超え得る[可能性]について。

 

[確定させたプランに於ける優位性について。

研究対象 アグネスタキオン。

参考資料 代替品に成り得たウマ娘及びトレーナーが及ぼした影響。]

 

デスクトップPCに題名を打ち込んだタキオンは、マウスの傍に置いてある薄茶色の液体が入っている試験管を手にすると一息に煽る。

 

 「おっと、トレーナーくんに見られたらまた叱られてしまうねぇ」

 

小さく笑みを漏らしながら試験管を試験管立てに戻したタキオンは口内に残る紅茶の匂い……それも特別甘ったるい香りを鼻腔で堪能しながら再びキーボードに向かう。

 

[全てのウマ娘の持つ可能性。それは即ち、その身体に在る。

人と変わらぬ構造でありながら人とは異なる力を持つウマ娘の身体は文字通り特別。

人とウマ娘を比べた場合、性別問わず人はまずウマ娘には勝てない。筋力面や体力面は勿論、どういったわけか顔立ちすら軍配が上がる。(補足・顔立ちつまりは美形か否かについては未だ断言はできない。TVに映る一般ウマ娘や学園にいるウマ娘で醜悪な顔を見た事は無いが、国や地域等に於ける情報がまだ充分ではないためだ。)

では何ならばウマ娘は人に負け得るのだろうか。

答えは頭脳と精神力。

ウマ娘はレースに出る都合上、トレーナーが居なければならない。そのトレーナーとの相性は無論あるだろうがそれを抜きにしても彼らの存在は侮り難い

勝つための理論・怪我をしないための理論・怪我をした際の手当等々、生中ではない知識とそれを実行・実現させる精神力が要求され、新人・玄人問わず【持っている事が前提】とされる職業だ。

とは言え、中にはウマ娘がトレーナーに指示或いは命令をしている組も少なくない。が、それでもトレーナーというのは最後の心の砦足り得るらしく、普段は無下にしていてもどうしようもなくなった時には頼りにしているらしい。(参照・ナリタタイシン、ゴールドシチー他多数)]

 

 「ふっふっふ、中々歪んだ愛情だねぇ。彼女達のトレーナーには心底同情するよ」

 

タイピングの手を止めてにやりと笑ったタキオンは試験管を手に取って口元に運んで傾ける。

しかし、垂直まで立てても中身が降りてこず。

 

 「む…、しまった。飲み切っていたね。…………めんどくさいなぁ」

 

紅茶が入っていないと分かっていながら二、三度揺らしてからの中身を眺めながらため息を溢す。

その後、試験管立てに戻すと新しく紅茶を入れようとはせず、トレーナー室の扉を唇を尖らせながら数秒見つめた。

 

 「…ま、幾らなんでもそう都合よくはいかないか」

 

諦観した面持ちに変わった彼女はため息一つ溢して俯くと、気持ちの切り替えを仕切れないままキーボードに指を乗せた。

 

 [このようにトレーナーとウマ娘の関係性は言葉ほど割り切った関係ではなく、精神的な部分でかなり密接に繋がっている。

話では、少なくない数のウマ娘が卒業後にトレーナーと結婚している。]

 

 「ま、実物を見た事は無いがね。大方、そういった噂を流してあわよくばを狙うロマンティクスウマ娘の妄言だろう。なんとも浅はかだねぇ。力に訴えれば一人と言わず何人とでも関係を結べるだろうに」

 

 [故に、トレーナーに夢を与えられないと落胆したウマ娘や、逆に己自身に愛想が尽きてしまったトレーナーは多くの場合一部の関係者にのみ事実を語り、後は黙して学園を去る事がある。

学園に於ける暗部、と言うには少々世知辛い内容だが、この事から分かるのは【可能性は等しくとも開花の機会は平等ではない】事だ。

クラシック三冠を筆頭に格式あるレースだけをやり玉に挙げたとしよう。それらに勝つには才能や努力だけでなくその時代を共に走る好敵手の存在が大きい。

良き好敵手であれば互いを高め合い、冠を分け、時代を象徴する花形として語り継がれていく事は疑いようもない事実だ(参照・黄金世代、永世三強、BNW等他多数)。

が、仮に並び立つ者が居なかった場合。圧倒的なまでの強さを有する彼女達は孤高に語り継がれる事になる。当人たちにとっては好敵手と呼べる相手が居たとしても、だ。(参照・シンボリルドルフ、テイエムオペラオー他)

一方で圧倒的強さが無くともファンに愛されるウマ娘は多い。理由はそれぞれあるだろうが、最も大きいのはやはり【走る姿】だろうか。話しでは『勇気がもらえる』『元気がもらえる』といった精神的面が主である。(参照・ハルウララ、ツインターボ等他多数)。

そして、ファンがいるのであれば我々ウマ娘の多くは走り続ける事が出来る。

『自分は孤独ではない』と気付かせてくれるのがレース後のウイニングライブの最たる理由だろう。

以上の事からも分かるように、本来ウマ娘の可能性を阻むものは何も無く、機会は皆に等しい。しかし、そこに不平等を産むとすれば、それは挑む事を諦め、己の可能性を自ら閉じる行為を選択せざるを得なかった者だろう。]

 

そこまで打ち込みタキオンの指は不意に止まる。

……そして数秒程硬直していると、回転式移動型ソファの背もたれに全ての体重を預けた。

 

 「ふふ、[プランB]か。懐かしいねぇ…。今思えば穴だらけの計画だ」

 

ギシと軋んだソファに座ったまま足先で地面を蹴り、コーヒーカップさながらくるくると回転するタキオン。

遠心力に揺られ、どことなく心地よさを感じている彼女の表情は微笑みを湛えている。

 

 「いや、違うか。穴だらけだったとしてもそうするしかなかった。ただそれだけの事さ」

 

十度近く回転した後、足先で緩やかに回転を諫めたタキオンはにわかに沸き上がる吐き気に「そう言えば徹夜だったねぇ」と呟きつつ再び物思いに耽る。

 

 ーー己の脚がもたなかった時、代替品と成り得るウマ娘を用いて実験を行い、私以外の誰かにウマ娘の可能性の持つ限界の先を見てもらう。か。

 

 「ふっふっふ、あっはっは!確かに、私以外の誰が辿り着いても良いと思っていたさ。無論私である事が最も望ましかったのは間違いない。真実を直に感じられるのは達せた者だけなのだからね。だが。私の実験によって私以外の誰かが達せるのなら。ならば他の多くのウマ娘達もまた達する事が出来るはずだ。そういった視点から見ればプランBはかなり良い考えだったと言える。なにせ、不平等を平等に変え得る一番の手段に成り得るのだからね!」

 

デスクトップPCの置いてあるトレーナー用のデスクの脚を蹴り、回転式移動型ソファについている車輪を使って座したまま移動を行うタキオン。

その移動は部屋中央の供用テーブル付近まで行くと手前で止まる。

 

 「が、それではダメなんだ。私の本能が許してはくれなかった。あの日、レース場で走っていたポケット君を見て思った。その背を見て思ってしまった。……待ってくれ、と」

 

ソファに背を預けて限界まで倒したタキオンは天井を見上げながら胸中を言葉にする。

その日感じ、今も感じ続けている己の真実を。

 

 「代替品など無かったんだ。私か、それ以外か。あるのはそれだけだった。他には何もない。研究ですら、その領域には足を踏み入れられない。本能という抗えない事実は、私の持つ強靭な理性すら食い破って溢れ出た。それを、それがそうなるはずだと教えてくれたのは……」

 

独り言葉を紡ぎ、誘われるように視線を扉に向ける。

するとどうか。

示し合わせたように扉が開き、外からは微弱に緑黄色を放つ一人の成人が現れた。

両手にはパンパンに詰まった買い物袋を持っている。

 

 「ただいまー……」

 

 「……それを教えてくれたのが、こんな非常識な奴だったとはねぇ」

 

 「……何の話か分からないけど、光ってても関係なく買い物に行かせたのはタキオンだからね?」

 

消えかけの線香花火のような儚さで発光しているその人物はアグネスタキオンのトレーナー兼モルモット兼助手。

学園内ではアストンマーチャンやゴールドシップのトレーナーに次ぐ知名度を誇る有名トレーナーだ。…主に苦労人或いは異常者としてなので近づく者はそれほどいないが。

 

 「丁度いい。君に少し聞きたい事があったんだ。それでこのレポートは恐らく完成する。少しいいかい?」

 

 「勿論いいけど、とりあえず買ってきたモノを冷蔵庫に入れてもいいかな?」

 

 「勿論だとも。向こう一週間のお弁当なんだからね。少しでも鮮度を落としたまえ?その時はこの赤紫色に光る劇薬をだね……」

 

 「タキオンが劇薬指定……?法に触れないよね、それ」

 

 「失敬だね。流石に触れないさ!……まぁ、場合によっては、だけども」

 

 「じゃあ直ぐに締まってこないとだね。少し待ってて」

 

他者が見れば異常としか思えない会話を日常の一環として行ったトレーナーは歩みを普通にして台所へと向かう。

少しして冷蔵庫の扉の開く音がすると、ビニール袋や梱包する袋の擦れ合う音をさせながら買ってきた物を締まい始めた。

 

 「そう、君なんだ。君のせいで私の生涯の計画は大きく狂った。責任は必ず取ってもらう。順当に結婚なんて出来ると思うなよ?君は私が達するその日まで私の隣だ」

 

台所に消えたトレーナーの影に語り掛けるように、タキオンは微かに狂気を孕んだ笑みを浮かべる。

その目は瞳孔が僅かに開き、瞼は一般的な位置まで上がっており、まるで別ウマ娘のようだ。

 

 「大丈夫だよ。自分はタキオンのトレーナーだからね。職務放棄なんてしないよ」

 

 「おや、ここからでも聞こえているのかい?ならこのまま質問と行こうか」

 

トレーナーの返事によって表情が戻り、普段の調子で話し始めたタキオンは返事が聞こえると同時に問いを口にする。

それらはみな仮定の話ではあったが、聞いていたトレーナーは全ての問いに於いて、ある種のデジャブを感じた。

言うなれば夢で見たかのような。或いは本当に体験していたかもしれないような、そんな感覚を。

 

 「まずこれらは全て過程の話だがね。もし、私と君が出会わなかったとしたら。私はどうなっていたと思う?」

 

 「う~ん……。研究をしているのは確定としても、レースの方は…どうだろうね?」

 

 「と、言うと?」

 

 「初めて君と遭った時、君は研究にのみ関心を持っている風だった。だから選抜レースにも出る気が無かったんだろうし。けど、最後通告があるまで出て行かなかった君は学園にいる事で得られるメリット…つまりはレースや在籍するウマ娘全てに於いて並みじゃない価値を見いだしていたんだと思う」

 

 「うん、概ねその考え方で当たっているよ」

 

 「だとしたら、君は必ずトレーナーを見つけたと思うよ。悲しい事にそれが毎回自分である保証は無いけどね」

 

 「それは全てのパターンを踏まえた上での答えかい?」

 

 「そうだね。全て踏まえた上でだ。多分君はこの学園から去る事は無い。そして去らないのならトレーナーは必ず付く。だからレースにも出ていたと思うよ」

 

 「良いね、良い断言だ。私自身はそこまでは思わないし、実際何人も蹴っていたわけだが、私の次に私を知る君の発言だ。それを主軸にして話を続けようじゃないか」

 

顎に手を当てながら満足げに笑ったタキオンは、台所から現れたトレーナーから缶の紅茶を受け取る。

仄かに冷たいそれを開けると唇まで運び、傾けた。

 

 「うん、やっぱりこれは悪くない。君が淹れてくれるまでの繋ぎとしては申し分ない味だ」

 

 「お湯はさっき沸かしたからすぐだと思うよ。角砂糖もしこたま買っといたから好きなだけ……はアレだけど、多めには入れられるよ」

 

 「おお!気が利くじゃないか!ならばそれを楽しみにしつつ質問の続きと行こうか!」

 

トレーナーは共通テーブルを挟んでいる長椅子型ソファの、タキオンに近い方の端に腰かけながら頷く。

 

 「どこまで言ったかな……ああそうそう、仮に別のトレーナーが付いた場合だったか。その場合、私はプランAとプランB、一体どちらを選択していたと思う?」

 

タキオンの問いを耳にした途端、トレーナーの表情が一瞬険しくなる。

が、それを見てもタキオンは撤回する事は無く、返答を待った。

 

 「……そうだね。口にするのも嫌だけど、多分大きく三パターンに分けられると思う」

 

 「ほう?択は二つしかないのにかい?」

 

 「うん。AとBのパターン、そしてどちらも選んでもらえずに君がトレーナーを見限るパターン。多分この三つが基本になる」

 

 「ほうほう。私が一度は選んだトレーナーを見限ると。その根拠は?」

 

 「研究を……可能性を潰す一番の悪手だからかな。君は例え親だったとしても、それをしたら一瞬で見限ると思うよ」

 

 「うんうん。良い着眼点だ。では次に、大きく分けてと言ったが、より細分化した場合はどうなるかな?」

 

 「まず見限るパターン。これは細分化のしようがないから一つとして、Aの成功と失敗、Bの成功と失敗、それとは別に、AからBへ、またはBからAへのプラン移行かな。可能性を求める君が、一度選んだプランに満足してこだわるとは思えない。ダメだと思ったら、変えられると思ったら、その瞬間から移行する方法を考えて、そのための実験も行うんじゃないかな」

 

 「まぁそうだろうねぇ。私の思考レベルそのものが変っている世界線でもない限りは君の細分化が正しいだろうね。では次に、仮にプランBを選択した世界線があった場合、私はどんな風になっていると思う?なぁに、仮定の話さ。そんなに怖い顔をしないでおくれよ」

 

「……答えないと、ダメ?」

 

タキオンの愉快そうな表情とは裏腹にトレーナーの面持ちは酷く暗い。

いや、寧ろ怒っているとも取れる表情に変わっている。

その理由は非常に単純だった。

以前タキオンからブランBを何とかして取り下げさせたのがトレーナーであり、当時の苦労はクラシック三冠を取る為の計画を実行した場合よりも遥かに上だったからだ。

そして何より、トレーナー自身が絶対に視たくない結末でもあった。

その為トレーナーはタキオンの言葉を全て無視し、半ば強引に己の夢や目的を彼女に語った。

トレーナーの狂気とも言える熱意に耳を奪われ、一瞬とは言えあろう事か理性をないがしろにしてしまった彼女は説得に応じ、クラシック級期間を研究に全て当てる代わりにレース続行の案を呑んだ。

故に、二人の間でプランBの話は禁句のように扱われていた。

が、それを理解している上でタキオンは譲らなかった。

 

 「ダメだね。レースにたらればは禁句だが、研究にたらればは必須だからね。君が私の考えとは違う答えを示してくれるかもしれないなら、聞く価値はあるさ。勿論、君がこの問いに答える価値もね」

 

 「……なら」

 

ため息を一つ、大きく吐き出したトレーナーは微弱になっていた光を完全に途絶えさせて口を開く。

 

 「多分君はプランBに執着したと思う。プランAの一切をバッサリ切り捨てて」

 

 「ふむ。理由は?」

 

 「不可能だと断じたのなら、それを追うのは無意味だと考えるのが君だから」

 

 「ふふふ、ここまで理解されていると少し気持ちが悪いな。正解だよ、トレーナーくん。私は恐らくプランBに囚われ、狂気を好んでこの足を使用していただろう。あくまで私の目的は可能性の先、限界の果てを知る事にある。私である必要はないのさ」

 

 「だと思う。君はそういうウマ娘だからね」

 

 「うんうん、ここまで意見が合致しているとすればこの仮定はもうこれで答えだろう。では次に、だ」

 

そこまで口にしたタキオンは言葉を紡ぐのをやめ、思考する。

見守るトレーナーから疑問や不安の視線をはっきりと感じるまで考えが止まらなかった彼女は、しかし一度頭を振ると言葉にした。

 

 「仮に、仮にだ。この私の脚がやはりもたず、プランBに移行せねばならないとなった時、君はどうする?」

 

タキオンの問い。

それはトレーナーが彼女から必死になって削ぎ落とした、あってはならない計画を再び立てねばらなかったとしたら、というものだった。

 

 「…よく、考えてからの質問、なんだよね?」

 

 「無論さ。私が記者会見を開こうとした時の君はとてもじゃないがモルモットのそれではなかったからね。力で負けるわけは無かったが、あの瞬間のせいで私はプランをAのみにした。だから、これは真剣だよ」

 

 「なら、いいんだ。あんな風に君を壁に押さえつけるのは、立場としても人としてももう嫌だからね」

 

 「ははは、同感だ。あの体験は中々得難い反面時折思い出すくらいには驚いた。一種のトラウマというやつかな?ま、そのおかげで今があるんだから悪いばかりではないが」

 

タキオンは笑い、トレーナは少し俯き、少しの時間が流れる。

秒針が振れた回数は数度。しかし二人の感じた時間は分を超える刻。

そんな止まった時を動かしたのは問いを投げ掛けられたトレーナーであり、その顔は至って真剣でかつ穏やかさに満ちている。

 

 「そうだね…。うん、自分の脚をあげるかな。確かあったよね、そういう術例」

 

嘘などではない。

そう、はっきりと断言できるほどにトレーナーの瞳は、声は、心拍は、安定していた。

だからこそタキオンは衝撃に心臓を叩かれ、目を見開いた。

 

 「……へぇ。そうかい。うん、確かにあったはずだね。人の脚をウマ娘の脚に移植するっていう狂気の術例が」

 

 「話だと、脚に栄養が行き過ぎて腐っちゃった、とか、適合するとウマ娘のそれに準ずるモノになる、とか、走力は人並みだけど普通に歩ける、とかだっけ」

 

 「あぁ、そうとも。と言っても、どれも怪談の一つとして語られているから信憑性は低いがね。が、私も考えたことがなかったわけじゃない。しかし、ウマ娘同士の移植すら聞いたことが無いのに人とウマ娘とは…中々どうして出し難い。君も相当極まっているね」

 

話を続ければ続けるほどトレーナーの決意の高さを感じてしまうタキオンの瞳には先程纏わり付いていた狂気が再び浮き上がってくる。

それにつられているのか彼女の瞼は明確に開かれ、両の口端は切れ長に吊り上がっていく。

 

 「どういたしまして。タキオンといると覚悟の違いに驚かされてばかりだからね。なら、自分は自分にできる事全部をやらないと。君に相応しくなれない」

 

 「その結果が自己犠牲とはまぁなんというか極端な人間だね、君は」

 

 「でも見たいんだ。君が求める可能性の先、限界の果て、誰も知るはずのない光の彼方を。そのために自分の足が使われるなら、きっと悪い事じゃない。むしろ光栄かもしれないね」

 

 「ふっふっふ、自己犠牲の次は賛美か。実に良いね、流石は私のトレーナーだ。そう来なくては」

 

 「喜んでもらえたなら良かったかな。…あ、言っておくけど腕はあげないからね?トレーニングメニューを作ったりするのが大変になるだろうから」

 

 「何を言っているんだい君は。そもそもその腕は私にご飯を作ったりお茶を淹れたりするためにあるんだろう?そんな物貰いでもしたらそれこそ損失さ」

 

 「ははは、確かにそうかもね」

 

タキオンの言葉に笑みを浮かべたトレーナーは、台所の方から届いた汽笛のような音に眉根を動かす。

 

 「行ってくるといい。私の質問は終わった。レポートも完成しそうだ。助かったよ」

 

 「それなら良かった」

 

タキオンからの了承を得たトレーナーはにこやかな笑みを浮かべて立ち上がるとそのまま台所の方へと消える。

後姿を見送ったタキオンは足先で床を蹴って回転式移動型ソファをデスクまで移動させると、PCのUSBポートに何かを差し込みながら止まっていたレポートの続きを打ち込み始めた。

 

 [これらの事柄より考えられるのはアグネスタキオンの立てたプランBという計画は合理性を有する一方で可能性を無為にする諸刃の計画であったと言える。

プランAを絶対とした今では可能性の話でしかないが、仮にプランBを実行していた場合、私は多くの者の羨望を皐月賞で奪い取った一方で全てを誰かに託すという矛盾のある行為を行っていた事は疑いようのない事実だ。

しかし、これではウマ娘の本能に泥を掛ける事になる。ウマ娘の可能性の先を求める者が、だ。

それでは筋が通らない。やはり、可能性を見せた者が達せねばならないだろう。

故に。計画を変え、それを絶対とした事に悔いはないと言える。

最早プランBでは満足できなくなってしまったのだから今更辞められるはずが無い。

その責任の全ては、間違いなく我がトレーナーにある(参照・ボイスレコーダーデータ)。

いずれ達するその時、トレーナーは思い知るだろう。

アグネスタキオンというウマ娘が如何に突出した研究対象であったのかという事を。]

 

一息に書き終え、保存の後に全体重を背もたれに預けたタキオンはトレーナーが戻ってくる前にレポートを閉じる。

そうして素早くUSBに移し、PC上のレポートデータを消すと、USBを安全に抜いてから白衣のポケットにしまった。

 

 「さてトレーナー君!今日は砂糖をニ十個ほど入れてくれ!いや、やっぱり三十個だ!研究がひと段落して非常に気分が良いのでね!」

 

 「さ、三十個はちょっとどうかなぁ……」

 

 「なんだとぅ!君は私の助手なんだから口ごたえせずに言う事を聞いていればいいんだ!ほら!はーやーくー!」

 

 「はぁ……。二十五個ね。それ以上は身体に障るからダメ」

 

 「むぅ……。まぁいいだろう。足りない分の不満は夕飯の期待に上乗せする事で勘弁してあげようじゃないか」

 

嬉々とした表情で台所にいるトレーナーに要望を伝えるタキオンは、同時に内心で一つの事を思い浮かべていた。

それは今となっては別段特別でも何でもない事のはずだったのだが、レポートを書き終えた事で再認識し、やはり本当は特別な事だったのだと思い直したからだ。

即ち。

 

 ーーああ、楽しみだねぇ。カフェにポケットくんにダンツくん、それに他の多くのウマ娘達と再びレース場で相見えるその日が。ああ、本当に。

 

再三に渡ってタキオンの顔に浮かび上がった狂気。

見る者が見れば多くを考え不安を抱いてしまうその表情を、が、彼女自身は歯牙にもかけず、トレーナーは最早驚きもしない。

何故なら、これこそがレースに臨む彼女の本質であると互いが理解しているからだ。

……そして。

 

 「はい、特製の紅茶だよ」

 

 「おお!い~い香りだ!」

 

匂いだけで胸やけを起こしかねない甘い紅茶を受け取る眠たげな面持ちの彼女もまた、本質だ。

思考に明け暮れ、可能性の全てを解き明かすため昼夜問わず没頭する研究者としての彼女の。

 

 「じゃ、お茶ついでにレースの計画でも話そうか。研究は大丈夫そう?」

 

 「勿論。さ、存分に話したまえ。私は今猛烈にレースの話がしたいからね!」

 

 

 

end.

 





 映画、マジで良かったですね。
ワヲはとにかく、『……待ってくれ』のシーンが大好きです。その次がポッケの雄叫びで、次にtriggerウマ娘・テイエムオペラオーの拳を掲げる一連のシーン。ダンツとポッケの競い合うシーンも捨てがたい。
どれも余計な効果音を一切使わず、最も重要な音(声)だけで全てを表現しているのが最高でした。毎年映画作れサイゲ。金は出してるだろ。次はキングだ、キングヘイローだ。やれ。ワヲも手伝うからお願いします。

ではまた、ウマで脳を焼かれた書くかもしれません。
取り合えず新時代の扉は全特典を一種は手に入れてこようと思います。

それではまた別の作品で。


……ところで、これは呪いなのですが。
『……待ってくれ』の時に頭の中で『どうかいかないで!』がチラチラ聞こえて来たのはワヲだけじゃないですよね?

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