居酒屋での一幕。ハッピーエンダーとの出会い(実話

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幸福論主義者

 

「なんでわかってくれないのよ!!」

 

終電間際の居酒屋に絶叫がこだまする。

 

議論は同じレベルでないと成立しない、とはよく言ったものだ。

言葉を荒げてするこれは議論などではなく、説明とか説得とかその類の行為であった。

 

絶叫の主たる飛沫は、苛立たし気に日本酒を呷る。

空になったお猪口に手酌すると、減っているであろう相手のお猪口にも酌をした。

 

『酒宴は進む。されど議論は留まる』

 

そんな名言を残せそうな気分である。

 

同じ日本語を喋っているはずなのに、意思の疎通ができないのだ。

戦後の秩序を決めるウィーン会議だってもうちょっとまともな議論が出来ていただろう。

 

飛沫のそれは思いもよらぬ反応だったようで、月見肉団子(以後つきみー)を名乗る作家が「だってそうじゃないですか」とキョトンとしている。

その無垢な仕草はその辺のゆるキャラにも負けてはいない。

だけど!! だからといって、首を縦に振るわけにはいかない。

この人の言っていることは、到底理解しがたい。否、理解してはいけない。

かなり危険な思想と言い換えてもいい。

その思想を認めることは、これまで生きてきた価値観を、そして人間としての尊厳を壊されるようなものだから、飛沫にはどうしても首を縦に振ることができなかったのだ。

 

「あれは誰も幸せにはならなかったじゃないか!!」

 

飛沫が声を荒げて、再び酒を呷る。

その場に居合わせた三人目――永遠続く同じ話題に辟易したともにぃが、すかさずお酌をして、追加の酒を注文する。

 

 

これは『ヒヨリミ』という文芸サークルの飲み会、その一場面である。

かれこれ数時間に渡る議論の中心は、古の文学作品『竹取物語』についてであった。

 

「輝夜姫は愛する人たちから離されて、翁は娘を奪われて、帝は最愛の人を失った」

 

飛沫がその日何度目かになるかもわからない物語のあらすじを述べる。

このエンディングを形容する言葉はいくつもあるとはいえ、つきみーの言い様はない。

なにより、千年以上も昔にこの物語を紡ぎあげた作者だって、予想だにしていない到達点のはずだ。

 

同じくその日、幾度目かの言葉をつきみーが述べる。

 

「でも、フリダシに戻っただけじゃないですか。誰もが物語のスタート地点より悪い場所には追いやられていないでしょう?」

 

にへらぁ、と笑って、つきみーがお猪口片手に管を巻く。

 

「だからハッピーって!?」

 

「そうですよ。プラマイゼロなんだから、ハッピーじゃないですか」

 

あははー、と声を上げながら酒を呷っている。この酔っ払いが!!

飛沫も負けじと酒を飲む。

 

「物語の過程でプラスであったところから落ちたんだから、体感的にはマイナスなエンディングでしょ」

 

飛沫が食い下がる。

 

「彼女はもともと月で暮らしていたんだし、そこに戻っただけです。

これって物語の始まりと何も変わらないじゃないですか。翁も帝も、輝夜姫のいない生活に戻るだけです。つまりハッピー」

 

「じゃあこの物語になんの意味もないなあ!!」

 

「意味もないこともプラマイゼロでハッピーじゃないですか」

 

うがががが。

そんな道理を認めてしまったら、この世の全ての物語はハッピーエンドになってしまう。

それってつまり、人は限りなく無から近いところから産まれているので。人が生まれて無に帰ることそのものが、どんな悲しい道を歩いたとてハッピーエンドとなってしまうではないか。

物語に対する冒とくである、と飛沫は喚いた。

 

 

幸福論者(ハッピーエンダー)

 

人魚姫、マッチ売りの少女、幸福な王子様に至るまで、数々の悲しい物語について、それがいかに悲劇かを語り聞かせる。

半ば呆れながら、半ば怒声を含ませながら解説する飛沫の表情はもはや懇願に近い。

どうか、この悲劇という概念が通じてくれ、と。

 

けれど「それのどこがバッドエンドなんですか?」という顔をして、団子さんは「ハッピーハッピー」と壊れたレイディオウのように繰り返し謳っている。

太陽の黒点の如く白熱していく飛沫をよそに、ともにぃは全てを諦めたような顔をして酒を啜っている。

 

「得たものを失っただけだからハッピーハッピー。

死んだところで、無から無に還っただけだからハッピーハッピー!!」

 

さっきからハッピーしか言ってないぞ、この酔っ払いは。

 

「認められるかぁ!!!!」

 

飲み会の議題はどこまで行っても平行線のまま、終電の時間が三人を引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










「これもまたハッピーエンドですね」

「そんなわけあるか!!」



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