「ケイが戻ってきたときのために、アリスは勇者としての経験値をたくさん積んで、レベルを上げておかなくてはいけません! 途中で仲間になるキャラクターのレベルより高くなっていることで、レベリングのキャリーがやりやすくなりますから!」――と。
またあるときは、衣装を変えて――王女が言うにはジョブチェンジをして――仕事の準備をしながら、愛おしげに。
「メイドとして経験値を積んでいる間、ケイが寂しくないように、アリスはモップにケイを付けておきます! これでケイがいつ起きても大丈夫です!」――と。
そしてあるときは、机の上に載せた、私――だと思われているロボットの形をしたキーホルダー――を弄びながら。
「ケイ。アリスはいつでも、ケイが起きるのを待ってます」――と。
王女は、あの時からずっと、私を肌身離さず持ち歩く。
私が中に存在する、ということになっているにしては、やけに乱暴に扱うけれど――。それはもう、気にしないことにした。
そしてことあるごとに、王女は、私に話しかける。
待っています、と。
楽しみにしています、と。
アリスはそのために準備をしています、と。
――嗚呼、王女。
――私は貴女に、それを伝える術はありません。
――けれど王女。私は、貴女を、ずっと、視ています。
――貴女の頑張りも。貴女の苦悩も。貴女の努力も。
――貴女の視界を通じて。ずっと、貴女を、見守っています。
――もし、私の願いが叶うのならば。
――いつか、王女。貴女の隣で、貴女を守らせてください。
~side アリス~
「フルダイブ型の、ネットゲーム、ですか?」
「はい。正式名称は、キヴォトス=アカデミーオンラインという名のゲームです。とある人物が用いた技術を元にして、平和利用する方法を考えていまして。せっかくですし、アリスに試してもらいたいと思うのですが。……いかがでしょうか?」
ヒマリ先輩は、修理してくれたケイをアリスに渡してくれた後、そう提案してきました。
「まだ試作段階ではありますので、βテスト、と捉えていただければ。……とは言っても、超天才美少女ハッカーの私が作ったものですから、試作とは言えどほぼ完成状態と思ってもらって大丈夫です」
「えっと……、モモイや、ミドリや、ユズには、話はしていないのですか?」
アリスは問います。そういった新しいゲームの反応を見るのなら、モモイやミドリのような、これまでやってきたゲームの経験を活かせる人か、ユズのような、ゲームが上手な人の方が適任ではないか、と。
「いいえ、アリスにお願いしています。私の所に来てくれる可愛い子には、ご褒美をあげたくなるんですよね。……老婆心、と言うのでしょうか。まだ高校生ですけれど」
ヒマリ先輩はそう言って、アリスに向けて片目を閉じて見せました。ヒマリ先輩には、何度も
ヒマリ先輩には、ご迷惑ばかりおかけしていると、そう思うときもあります。けれどヒマリ先輩は、アリスが来る度に優しげな顔をして、『ようこそいらっしゃいました。アリス……いえ、勇者よ。今宵は何をお望みでしょう?』だなんて、そんな言葉をかけてくれます。
そんなヒマリ先輩に、可愛い子、だと言われて。……アリスの心臓がやけに早く動くのが分かります。
――そんな重大なクエスト、アリスが受けていいんでしょうか……?
そう、口にする前に、ヒマリ先輩が口を開きます。
「ええ、いいですよ。他の誰でもない、勇者であるアリスにお願いしているわけですから」
「――――――!」
まるで、私の頭の中を読まれてしまったようでした。ヒマリ先輩は口元に手を当てて、そしてくすくすと笑います。
「ええ、アリスのその表情が見たかったのです。アリスが試したいのであれば、今すぐにも試せますが、いかがでしょう?」
「はいっ! アリス、やってみたいです!」
「ふふ、分かりました。では、そちらのベッドの上に準備しますので、光の剣はあちらに置いてください」
「ヒマリ先輩。……その、ケイと一緒でもいい、ですか?」
光の剣を壁に立て掛けた後、アリスは問います。
アリスはいつもケイと一緒です。いつもはポケットの中で、メイドにジョブチェンジをすればモップの先で、アリスを見てくれています。
コントローラーを手にするゲームや、ゲームセンターで
「ええ、もちろんです。CTやMRIではありませんから、体に何を付けていても稼働に支障はありません。アリスが安心できるのなら、ケイを胸の上で握っていても大丈夫です」
「ありがとうございます、ヒマリ先輩!」
ケイと一緒なら、きっと大丈夫だと思いました。
「ああ、それとも……。天才美少女ハッカーの私が、アリスの手を握ってあげましょうか?」
「…………え」
「ふふ、冗談です。その役目はモモイたちのものですから。さ、こちらですよ。エイミ、手伝ってあげてください」
ヒマリ先輩の言葉は、時々、本気なのか冗談なのかが分からなくなります。意地悪なクエストを発注するNPCのようです。
「こっちだよ、アリス」
エイミに導かれるまま、アリスは医務室にあるようなベッドに仰向けに寝転がります。そして、バイクに乗る人が被るものよりも大きなヘルメットを被せられて、周りの音がよく聞こえなくなりました。
胸の上で、ケイをきゅっと握ります。それだけで、アリスは安心できる気がしました。
「これから、ゲームの中にログインします。目を瞑って、ゆっくりと深呼吸してください。大丈夫です、痛みなどは生じません」
ヒマリ先輩の言葉が、くぐもって聞こえてきます。真っ暗な、無音の世界の中で聞こえるヒマリ先輩の声は、さながら光の道しるべのようで――。モモイがやっていたゲームの主人公が、闇に満ちた世界に落とされた時のシーンが頭に浮かびました。
そう、あの時も、ヒロインの声が、主人、公の、なま…………え、を………………。
………………
…………
……
◇◇◇
「………………、ス」
誰かの声が聞こえた気がして、アリスは目を開きます。
さっきまで居たはずの特異現象捜査部の部室内ではなく、アリスは見覚えのない場所に立っていました。正面には、木でできた建物がいくつか見えます。足元は土で、気がつけばアリスは外に立っていました。
空は眩しいほどの透きとおった青空。大きく息をすると、土の匂いを感じました。グラウンドでモモイたちと転げ回ったときのような、そんな匂いで――。
【アリス、聞こえますか。ミレニアムの超天才病弱美少女ハッカーのヒマリです】
「――ひゃっ!?」
耳元から、いや、頭の中から、声がしました。
耳に手を当てても、何かが装備されているわけではありません。耳、というよりも、むしろ頭の中から声が聞こえてくるような、不思議な感じがありました。
【私の声が聞こえるようですね。感度良好なようでなによりです。アリス、体に異常はありませんか? 気持ちが悪かったり、頭痛がしたりはしていませんか?】
ヒマリ先輩に言われて、目を瞑って深呼吸します。――バイタルチェック。クリア。
「バイタルチェック。異常無しです。アリスは絶好調です!」
【はい。それでは無事ログインできましたね。この世界は、とある――】
ヒマリ先輩の話を耳に――アリスの耳にイヤホンもなければ、ヘッドホンもありません。なら、この場合は頭に、でしょうか?――入れながら、ふと、辺りを見回そうとして――――
「――――――ぴゃっ!?」
口から勝手に、声が出ました。
【どうしましたかアリス、エネミーでも現れましたか? 町中はエネミーは出ない設定にしているはずですが】
ヒマリ先輩の言葉は、途中から聞いていませんでした。聞く余裕もありませんでした。
「…………え、」
だって。――――だって。
「………………ケ、イ…………?」
アリスの隣には、アリスと同じ姿をして。アリスと同じ顔をして。
ただ、目の色だけが、アリスと違って赤色の。
――――ケイが、立っていたのですから。