幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第十一話 次なる町へ

 ――前進です。物語は、前進することから始まります!

 キヴォアカに閉じ込められた私に、王女はそう言った。私を元気づけるかのように、私の手を掴んで、力強く、言った。

 私の聴覚に致命的なエラーが発生していない限り、私は確かに、そう聞いた。

 だけど。

「…………」

 私は今、見たことの無い天井を眺めている。

 体は布団に包まれていて、そして。

「~~~~~~♪」

 体の左側からは、王女の体温を感じている。腕と、そして足を私に絡ませている王女の拘束は、逃れようとすれば逃れることはできる。けれど、離してくださいと王女に言ったところで、まだです。もう少しです。と言ったきり、そのままだ。

「………………」

 『前進』という言葉の意味を、王女は辞書を引いて見てみるべきだと思った。

 

 

 時は、ほんの十分ほど前。

 決意を秘めたような表情で、『前進です』と言った王女は、それから何かを思いついたかのように、胸の前で手をぽん、と合わせて、王女は言った。

 ――ケイ、アリスにいい考えがあります。

 そして私の手を掴んで、町の中を歩き始めた。向かった先は、宿屋。

 疲れたと駄々をこねる――本人はそうは言っていないと主張する――モモイに連れられて、何回か泊まったことがあるここは、ゲーム内通貨で休憩ができる場所だ。データ上でHPやMPを全回復させることができる上、実際にベッドに横になることで、データによらない肉体的疲労や精神的疲労も回復させることができる。

 ここに来る場合、やることは一つしかない。けれどこの状況で本当にそれをするのか、という疑問も同時に付きまとっていて、情報収集でもするのか、とか、ここで購入できるアイテムがあるのかもしれない、とか、様々な思考を働かせていて。

「宿の使用、二人分、お願いします!」

 王女は店主に向けて、普段通りの注文をした。

 

 

 ――そして、今に至る。

 宿にある大きめのベッドは、王女と私が並んで寝転んでも十分に広い。

 それなのに王女は、私の方に近づいて来て――そればかりか、密着し、腕と足を絡ませて、私を抱きしめるような態勢になる。

 ――こんな時だからこそ、一度休憩しましょう。

 王女の囁くような声が、すぐ近くから聞こえた。宿の一室は静かで、音らしい音は聞こえない。だから王女の声は、まっすぐに私の耳に届いてきて、心臓が高鳴るのが分かる。

「…………前進、するのではなかったのですか」

 王女に手を引かれ、宿屋の前に立った瞬間から言おうと考えていた言葉は、思っていた以上に詰問するような声になってしまった。本心であれど、王女に向けてそのような物言いはあまりにも失礼すぎた――と反省していると、王女の方から、ふん、と鼻息が聞こえてきた。

「例えばですよ、ケイ」

 説明するような声が聞こえて、顔を左に傾ける。それだけで、王女の顔が目の前に大きく映った。やっと顔が見れたと言わんばかりに笑みの形を見せた王女は、指を一本立てて見せ、私に向けて片目を瞑った。――少なくとも、先ほどの私の発言が王女の不興(ふきょう)を買うようなことはなかったようで、王女に悟られぬよう小さく息を吐く。

「ケイが高いところの物を取るために、高く飛ぼうとします。そのためにはどうしますか?」

「高く…………? …………足に力を入れ、しゃがむ、でしょうか」

「はい、その通りです! 高く飛ぶためには、その前の行動が必要です。大ダメージ技を撃つために、1ターン目に予備動作が入るようなものです」

 我が意を得たりと、王女が表情を明るくする。王女の質問にそんな意図があるのだとすれば、今、私の体に感じているものは、つまりは。

「…………それが、これだと?」

「はい。休息を取ることで、私たちは前進の力を得られます!」

 ……分かるような、分からないような。うまく王女に丸め込まれたようにも思えるその論は、けれど、必ずしも間違っている、とも言えないと思う。

 ――もしかしたら。私がこの世界から今すぐにでも脱出しようとしてるのを、王女が『ケイ、焦りすぎです』と咎めてくれたのかもしれない。王女曰く、お姉ちゃんのように。

「~~~~♪」

 ――とは、言っても。

 先ほどから変わらず、私の細い体を抱き寄せて、機嫌が良さそうに声を漏らす王女を感じていると、そのようには見えない。

 だけれどもし、これが王女が敢えてやっていることなのだとすれば、それに抗うのはあまりにも失礼だ。王女が、私を思いやってくださっているのだとすれば。余りに悲しいすれ違いだから。

 だから私は。王女が満足するまで、ただ天井の木目を見つめることしか、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿を出るなり、王女は『さぁ、行きましょう! 別の町なら何かヒントがあるかもしれません!』と言うや否や、私の手を引き、町の外へと向かった。そして王女と私とで二人パーティを組んで進むこと、体感で数時間。道中のエネミーに苦戦することもなく、次の町が見えてきた。

 ――途端。

「あ、ケイ! 向こうに町があります! 行きましょう!」

「え」

 私の手から王女の手の感覚が無くなったかと思うのとほぼ同時、王女が町へ向けて一目散に走り出し始めた。王女を捕まえようとする私の手は空を切り、その間にも王女は軽快な足取りで町へと向かっていく。

「――――王女、走らないでください! 町は何があるか分かりません! その途中だって――――」

「だいじょーぶです!」

 王女は私の言葉を最後まで聞かずに、走りながら叫ぶ。

「ケイがいてくれますからー!」

 そう言いながら、王女は駆ける。速度を緩める気配もなく、『何かあればケイがなんとかしてくれます!』とでも言うかのように、光の剣も構えず、無警戒で。

「~~~~~~っ! まったく、困った自称お姉ちゃんですね!」

 王女を無防備に先行させるわけにも行かず、かと言って悠長に歩いている時間もなく――結局、私も走ることになった。それまでの旅路の疲れなんて無かったかのように、王女は速度を保ったまま、町の入り口である木製のゲートの前へとたどり着く。そして走る私に向けて、勢いよく手を振る。『こっちですよ、ケイ!』だなんて、そんな声をかけてくる。

 ――王女、私の方を見ないで町の中の方を見ていてください。町の中が先ほどと同じ平和なものであるとは限りません。ゲートを潜ったが最後、敵の根城だったということもありえるのですよ。

 おそらく、この世界に来て一番の速度で駆けているという自覚がある。のほほんとした王女の表情には緊張感も切迫感も無く、ただ遊びに来ているような、そんなもので。

 ――王女、貴女は無事に帰らなければならないという、メインクエストであり最重要クエストがあることを分かっていないのでしょうか。先鋒を務めるなら私が適任なのに。何かあれば私を置いて逃げればいいのに。王女、貴女という人は、まったく。まったく!

 ただ速度重視で走るという行為も、その結果、息を切らせるという感覚も、初めてのものだった。王女の元にたどり着くころには、息も上がり、体温の上昇及び発汗をしてしまっていた。

「はっ…………はっ…………」

「ケイ、町です! どこかに座って休憩しましょう!」

 たどり着いたはいいものの、息が切れ、顔を上げることができない。王女の声も、膝に手を当てたまま耳に入れるだけで。王女がどんな表情をしているのかは、分からない。

 分かることと言えば、王女が私を案じてくれているのだろうと察することができるくらい。

 ――貴女が走り出さなければ、私も息を切らせることもなかったのですが。

 そう言いかけるものの、王女が私の頭を労うように撫でるものだから――なんとも、その言葉が私の声帯から発せられることは無かった。

 王女の手の感覚が頭から消えるまでに息を整え終え、顔を上げる。王女の顔の後ろに、町の出入り口を表すゲートがそびえていた。

 関門と呼ぶにはあまりにみすぼらしい、丸太のみでできた、質素なそれの頭上中央部に、金属製の銘板が打ち付けられていた。

 ……ただし、見えるのは金属製の板、というだけで。おそらく町の名前が表示されるであろうそこには、何も書かれていなかった。……作り込みの途中なのだろうか、と思う。

 ヒマリと通信が繋がっていたのなら、この部分の作り込みが甘いですよ、と言えるのだけれど。【ヒマリ? ゲート部分の町の名前が未記載です】……やはり返答はない。

「…………王女?」

 ヒマリへの通信を終え、先ほどまで王女が居た場所に視線を移すと――居たはずの王女が忽然と消えていた。辺りを見回す。いない。

 王女? どこに? 王女を襲う物音などは聞こえなかったはずなのに――。

「ケイー!」

 ふと、王女の大きな声がした。見ると王女が私に向けて大きく手を振っているのが見えた。場所は。……商店の前?

「疲れた時にはアイスです! ということで、ケイの分も買ってきました!」

 王女が駆けてきて――しかも両手にアイスを両手に持ったまま――私に近づいて来る。

 王女は、ゲームの中によく出てくる、手にアイスを持って走ると転ぶような人ではないと分かってはいるものの、その状況が、私がゲームの中で知るものと一緒で、少しだけハラハラした。王女は転ぶことなく無事に私の元へとたどり着き、そして私にアイスを手渡してくる。

「せっかくなので、アリスのとお揃いにしました!」

 そう笑顔で言って、王女が手渡した三段のアイスは。

「上から、ドクペ、バニラ、ストロベリーです!」

「………………、ありが、とう、ございます……」

「えへへへ、どういたしまして。さぁ、ケイ、座って食べましょう!」

 私の礼の言葉に、王女は照れくさそうにはにかむけれど、私の表情の細かいニュアンスまでは伝わらなかったようだ。ドクペ味――王女とモモイが好きだと言ってよく食べる味は、……私にとっては、そのおいしさがよく分からないもので。

 ベンチに座る。王女が一番上に乗ったドクペ味に囓りつき、おいしそうに息を漏らすのを見る。

「…………」

 私の視線を感じたからか、王女は私の方を――どちらかと言えば、アイスの方を――見る。いつ私がアイスを食べるのだろうと、にこにことしたその目は語っている。

 王女が買ってくださったアイスを、その人が目の前にいる状態で、私が食べないわけには、どうしてもいかなくて。

 一口、囓る。口の中に、甘いでもなく、苦いでもなく、酸っぱくもなく――表現のしようのない、独特の風味が広がっていく。

「…………、お、おいしい、です、ね」

「はいっ!」

 一言食べてそう口から絞り出すと、王女は花が咲いたように笑う。間近で見る王女の笑顔が眩しく見えた。

「ドクペ味はおいしいだけでなく、体力を回復させる効果がある、とモモイも言っていました!」

 ――騙されていますよ、王女。

 と喉元まで出たけれど、意志を持って飲み込んだ。ドクペ味は体力を回復させるどころか、体力を減らしかねない。

「王女。これを食べたら、行きますよ。時間をかけるわけにはいきません」

「急ぐ旅ということは分かります。ですが、ケイは大丈夫ですか? ケイが疲れているのなら、また宿屋で一休みするのも必要です」

「…………いいえ、やめておきます。私は大丈夫ですので」

 王女と同じベッドで寝た記憶が頭を過ぎり、急に体が熱くなる気がした。

 王女に抱き枕のようにされて、恐れ多いというか心苦しいというか、恥ずかしいというか照れくさいというか。――とにかくあのような思いは一度きりにして欲しい。そうでもなければ――心臓がまた、大変なことになってしまうだろうから。

 溶けてしまう前にアイスを食べ、私に膝枕をしようとする王女に丁重にお断りをし、立ち上がって足早に町の出口へと向かう。

「町の出口は……東側ですね。ケイ、行きましょう」

「この町も、西から入って東から出る形なのですね」

「キャラクターもUIも、分かりやすいことはいいことだと、ミドリとユズが言っていました!」

 そして再び、王女と町の外へ。出現するエネミーに変化は無く、敵を倒しながら王女と共に進むこと、三時間ほど――とは言っても時計部分の表示は壊れているため、体感での時間、だけれど――視界の先に、再び町が現れた。

 先ほどと似たような町の作りで、ベースとなる町は同じなのだな、と思った。

 入り口にはゲートが有り、しかも銘板が変わらず未記載で、商店や宿屋の配置も、王女とアイスを食べたベンチも、まるっきり同じ場所にある。商店を見ると、案の定と言うか、アイスのフレーバーの中にドクペ味も含まれていた。

 町のレイアウトの流用はよくあるらしい――けれど、流石に流用にも程があるのでは、と思う。

「王女、この町は先ほど立ち寄った場所と内容は同じようです。速やかに補給をして抜けましょう」

「ケイもこの町の構造に気づきましたか。流石はケイです。アリスの自慢の妹です」

「ですから私は……。いいえ、いいです。王女、HPポーションとMPポーションの補充は万全ですか?」

「さっき使った分、MPポーションを五本だけ買って行きましょう。ケイはいろんなところに気がつきます。素晴らしいです。ゲーム開発部のデバッガーとして力を発揮してほしいです!」

「……その時は、まぁ、考えます」

「はい!」

 王女と再び東門から出て、歩き出す。

 出現するエネミーは、ウルフ、スネイル、時々キングスネイル。代わり映えの無い相手であれば、対処法は分かっている。HPを削られることなく、王女と私は戦いを続け――そして、次の町へ。

「………………王女」

「なんですか、ケイ」

「また、同じような町、ですね」

「はい。お店の位置も、マップの形も同じです。これはヒマリ先輩にユーザーからの意見を送らなければいけません」

 王女が憤慨している。ゲーム的表現をするのであれば、頭から煙のようなアイコンがぽんぽんと出てきているのだと思う。

 流石に同じ形状の町が三回も続けば、憤慨もするだろう。

 旅をするRPGというものは、強くなって次の町に行ったときにどんな出会いがあるのか、どんな町があるのか、どんな新しい物に出会えるのか――そんなわくわくを楽しむものだ、と王女も、モモイも、ミドリも、ユズも、みんなが言っていた。

 それが、この町は同じような町が続いている。

「――――――」

 ふと、私の頭にひらめきが浮かんだ。何かがきっかけ、という訳ではないけれど、王女を通して、王女がゲームをプレイする様子や、鑑賞する映像媒体を見てきた中で、同じようなものを、見たような気がして。

「王女。申し訳ありません、これから私がすることについて、目を瞑ってもらってもいいですか?」

「? はい。ケイが必要と思うのなら、どうぞ」

 そう私の目を見て言ったあと、王女はきゅっと目を瞑った。明らかに顔に力を入れているのが見えて、思わず吹き出しそうになった。

「いいえ、目を瞑ってというのは比喩です。私がすることをお目こぼし頂きたい、ということです。目を開けていただいても構いません」

「…………、ケイ。お姉ちゃんをからかうものじゃありませんよ」

 目を開いて、ふくれっ面になる王女。思わず吹き出すと、王女の手が私の胸を叩いてきた。拳は握られているものの、痛くはない。ただただ、その様子が、微笑ましい。

「王女、おやめください」

「ケイ、モモイをからかうユウカみたいな顔をしてます。ケイはいじわるです」

「いえ、決してそのような意図はありません」

 それはほんの数回で止み、王女は不満だと言う代わりに頬を膨らませる。子どものような行動をする王女は可愛らしいな、と思った。

 ――これを口にしたらまた叩かれそうだから、止めておくことにする。

「――――、光の剣、起動」

 咳払いをして、光の剣に意識を向ける。励起(れいき)モードにし、発射可能状態へ。

 町中でもエネミーは発生するからか、町中でも町の外と同じように武器の使用が可能だった。――これについても、通信が繋がったらヒマリに言わなければならない。設定がどうかは分からないけれど、PK(プレイヤーキル)にも繋がりかねないから。

「――発射」

 トリガーを瞬間的に引き、光の球を一発だけ発射。

 倒すべきエネミーもいないため、ホーミングせずにまっすぐに飛んでいった光の弾は、ゲートの隣にある木製の塀らしきものに命中。大きな音と共に穴が空いた。

「ケイ、塀を壊してもアイテムは出ませんよ。それとも、オブジェクトを破壊しての経験値稼ぎですか?」

 不思議そうに首を傾げる王女。お目こぼしをお願いしていたからか、私の行動に怒ることはなく、あくまでもその行動の無意味さを姉のように告げるだけだった。

「……いえ、そのどちらでもありません。王女、確認したいことがあります。ひとまず補給をし、休憩をし、この町を出ましょう」

「? はい。それではケイがこのパーティのリーダーですね!」

「ほんの、一時だけで結構です」

「パンパカパーン! ケイがパーティのリーダーになりました!」

「…………それは恥ずかしいので、やめてください」

 店でMPポーションを購入し――店員の声も姿も、先ほどとまったく一緒だった――。休憩としてアイスを食べ――当然ながらドクペ味もあった――。そして、今までと同じように、東のゲートを潜り、町を出る。

 王女と共に敵を殲滅しながら歩くこと、数時間。

「ケイ、町です!」

「はい、町ですね」

 見慣れたゲートが見えた。いつものように駆け出す王女。私は王女の行く先よりも、別の方に目が行って――。

「………………やはり」

 そして、一つの確信を得た。

「ケーイー! こっちですよー!」

 王女はそれまでと変わらず、ゲートの前で私を待ってくれる。

 王女の元にたどり着いた私は、歩きながら深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。この先に言うべき言葉を、頭の中で考えながら。

「王女、見てください」

 王女を呼び、そして、ゲートの隣の穴が空いた塀を指差す。

 数時間前に空けたばかりの穴を、王女に見せながら、言う。

「この町は、以前見た町を流用しているわけではありません。このマップ自体が、同じ場所を、ループしています」

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