幻夢の世界で会いましょう   作:みょん!

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第十二話 あまねく光を統べし剣

 私の言葉に、王女は驚く様子は無く、取り乱す様子も無く、反論もせず、静かに、私の話を聞いていた。

「なるほど。ケイは相変わらず、洞察力がすごいです。アリスも見習わなければなりません」

 その言葉を最後に、王女は顎に手を当て、考えるような仕草を見せる。

 それがどれくらい経っただろうか、王女は不意に顔を上げ、空を見上げた。

 まっすぐな目は、何を見ているのか、何を考えているのかは、分からない。ただ、王女は空を見上げ続ける。

 ログアウトできなくなってから変わらず同じ色の、黄昏色の空を。

「――――起動」

 王女がおもむろに、光の剣を構えて。そして励起(れいき)ボタンを押して、光の剣を発射可能状態にした。

 ――王女、一体何をするのだろう。

 私と同じことをするのだろうか、と思っていると。王女が私の方を見、口を開く。

「前に、モモイとミドリと一緒にプレイしたゲームでは、主人公たちが世界に閉じ込められたとき、仮想の空を打ち破って魔王の城へと向かっていきました」

 王女が経験したゲームの話だ。

 それは、異世界へと呼び出された三人の少女が、冒険を繰り広げる物語。

 物語の後半、ロボットに乗った三人は空を飛び、そして空に映った自分たちを見て、『この先に、敵がいる!』と叫んだ。

 そのシーンは、王女の視界を通して観測したのを覚えている。その後に待ち受けていた物語も、覚えている――。

 そこでふと、と思い立つ。

 王女が言ったこと。そして王女の手元で起動している光の剣。

「…………王女、まさ」

 ――か、と言おうと隣を見ると、光の剣は普段よりもはるかに仰角を付けた状態で構えられていて――。

「――――光よ!」

 王女は、上空へと向けて、光の剣を発射した。

 光の剣から、光の柱が空へと伸びていく。本来であれば倒すべき敵に命中すればそれで砲撃を止めるため、王女自身に反動が来ることは少ない。けれど今の王女は、それまでとは異なり、砲を撃ち続けている。発射している反動で、王女の足元に足跡ができ、そしてその足は少しずつ、下がっていっていた。

「…………まったく、やるなら事前に言ってください。私が驚きます」

 王女の表情は普段と変わらない――ように見えるだけだ。一発撃つだけでMPが相当量失われる光の剣の砲撃は、撃ち続けることで刻一刻とMPが失われ続けているはずだ。更には反動を抑え込むだけでも、かなりの力と精神力が必要になる。

 だから私は、王女の背中に手を当てて、足に全力で力を入れる。王女が少しでも楽できるように、支える。それが今の、私の役割だから。

「ケイ」

 絞り出すような、王女の声が聞こえる。

「――――ありがとうございます」

 激しい発射音の中でも、王女の声はまっすぐに私に届いた。

「……どう、いたしまして」

 王女の体に触れて改めて分かる。これだけの長大な砲撃を放つ王女の体が、どれだけ細く、か弱いかということに。少しでも力を抜けば、自分の力に飲み込まれてしまうのではないかと思えるくらいに、(はかな)く、弱々しいことに。

 そんなことはないと思ってはいるけれど、それでも私の手には変に力が入ってしまう。この手で支える王女を失いたくはないから。

「――――っ! ケイ! 見てください!」

 王女の声が聞こえたのは、その時だった。

 王女の両手は光の剣に添えられているから、手を離す訳にはいかない。私も同様だ。だから王女の視線の方向を見ると――

 王女の光の剣から発射された光とは、別の位置に、北の方角に、もう一本、別の光が延びているのが見えた。

「あれです、ケイ! あそこが隠された裏道です!」

 王女はそう叫びながら、主砲のトリガーを離す。上空に伸びていた光が、少しずつ細くなって、そして最後はぷつん、と途切れる。

「…………はっ……は、……。あそこ、に。もう一発、撃ち込み、ましょう。……きっと、道が、拓、け……ます、から…………」

「王女。無理をなさらないでください」

 危うく膝を付きかける王女を、支える。ほぼ持ち上げるような形になった王女の体は、吐き出した光の柱に反して、あまりにも軽く思えた。

「平気です。だってアリスは、ケイの、お姉ちゃん、……ですから」

 額から汗を流して、王女は私に向けて、笑いかける。話の前後に脈絡はなく、ただの王女の強がりということだけは明確に分かった。

「王女は、MPポーションを飲んで息を整えていてください。私がやります」

 言っても聞かないだろうから、メニューを開き、アイテム欄からMPポーションを二本選び、手に持つ。そして王女の胸に押しつけた。

「――光の剣、起動」

 王女が言わんとすることは分かった。光が二本に見えた――それはつまり、光が鏡のように反射して見えたところが、壁になっているということ。ループしている町は東西方向だから、南北方向に何かがあると読んだのだろう。それが的中したということ。

 王女は、ゲームは積み重ね、と言った。王女が先ほどプレイしたと言ったゲームの他でも、きっと似たような対処法をした経験があるのだろうと思う。経験を積み重ね、進んでいくのがゲームだと、王女は、身を持って、私に示してくれている。

 ――ゲームは、良いものです。アリスに、日々成長と経験をくれます!

 王女が満面の笑みで――これは王女を通して聞いた言葉だから、表情は想像だけれど――言った言葉が、私の胸にすとんと落ちてくる。

 楽しむだけではなく、経験もくれる、ゲームという存在は、王女に多大な功績を残してくれたのだと思う。――そして、それは、観測していた私にも、同様に。

励起(れいき)モード確認。――発射」

 王女が見つけてくれた道を、今度は私が、切り拓く番だ。

 トリガーを引き絞る。五発の光の球が、上空へと――先ほど光の筋が見えた場所へとまっすぐに突き進む。

 ドンッ、と、黄昏色の空の、何もないはずの所で着弾した。

 五発とも同じ場所で着弾し――けれど、その壁は、びくともしない。

「もう、一度」

 トリガーを引き絞る。弾を吐き出し終えた後、クールタイムの後、もう一度。

 合計十発の弾が同じ場所へと向かう。注意深く見ると、下の方から私の弾が反射して映って見えた。着弾。

 先ほどよりも大きな音が立った。

 けれど、先ほどとなんら変わらない空が見えるだけだった。

「……まだまだ」

 二回で駄目なら三回。三回で通じないなら四回。五回。六回。十回。十五回。三十回。五十回。――壁は壊れない。ならば、壁が壊れるまで、何度でも。

 光の剣の射出は、MPを消費する。ゲーム上で数値でしか出てこないMPという概念は、この世界では体に満ちる気力と言い換えられる。撃てば撃つほど、体の中の何かが吸い出されていく感覚がある。次第に、体に脱力感を覚え始める。吐き気まで覚え始める。だがそれがなんだ。王女は、それ以上のことをした。道を、私に示してくれた。だったら次は、私の番。

 唾を飲み込んで、こみ上げてくる物を追い出す。目の前が眩みかけるのを、舌を噛んで視界を取り戻す。足元がふらつきかけるのには、直接叩いて黙らせる。

 王女が疲れているのなら、私が支えなければ。王女が足りない部分は、私が補わなければ。それが、私の役割。私が、王女のために、できることで――――

 ふと、肩に手が載せられる感覚があった。それと同時に、背後へ引っ張られる感覚。

「ケイ、ありがとうございます。おかげでクールタイムを貰えました。アリスはHPもMPも全快です!」

 上下逆さまに見た王女は、むん、と胸の前で握り拳を作る。先ほどの疲労困憊の様子とはほど遠いように見えた。けれど、王女は見た目以上に無理をされる方だから、見た目に騙されてはいけない、と思う。

 だって――ほんの少し前までは、私が体を支え、その後は光の剣で自分を支えなければいけないほどだったのだから。

 王女のお気持ちは嬉しい。けれど、私の体が動く限りは、まだ私が続けなければいけない。王女にはできるだけ消耗させたくはない。だって、王女は、王女こそが、元の世界に帰るべき存在なのだから。

「王女はもう少し休んでいてください。まだ、私はできますから」

 後頭部に王女の胸が当たっている感覚があった。体に力を入れて元の射撃体勢に戻ろうとすると、王女が私の前に手を回してくる。立ち上がれない。何をするのですか、と王女の方を見ると、目を瞑って、顔を左右に振った。

「ケイはアリスに似てわがままです。アリスは、大丈夫ったら大丈夫です」

 ――わがままを、言ったつもりは、ないのですが。

「ケイが、アリスを心配する気持ちは分かります。でも、アリスだって、ケイが心配です。おんなじです」

 ――だったら私の気持ちも察してくださいよ、王女。

 言葉にすると余計にこじれそうだから、目で訴える。王女は、私の胸の前から手をどけて、私をまっすぐに立たせたかと思うと。今度は自らの光の剣へと手を伸ばす。

「ケイ。ゲームは適材適所です。水属性の相手に火属性の攻撃をしても効果はいまひとつです。ですが、水属性の相手に草属性の攻撃をすれば、効果はばつぐんです。ここは、アリスに任せてください」

「――私は役立たず、と、そういうことですか」

 王女が仰ることは、つまりは、そういうことで。

「いいえ、違います。ケイが活躍するところは、別の所にある、ということです。そのままでは、ケイが消耗してしまいます。ここはアリスの高火力で一気に突破するのが、一番の近道で、ケイとアリスのパーティにとって、一番嬉しい方法です」

「………………、分かり、ました」

 私を決して否定せず、そして傷付けないような言い方。そこまで言われてなお自分の行動を貫けるほど、私はわがままにはなれなかった。

 私が王女を大事に思うのと同じくらい、逆もそうなのだと言われてしまえば、強情になることがかえって、王女に対して失礼に当たってしまう。

 だから今は、攻撃の役割は、王女にお任せするしか無いのだと、自分に言い聞かせる。

「ですが、今度は最初から支えさせてもらいますよ。反動がお辛いでしょうから」

「はい。ケイが支えてくれれば、アリスは百人力です!」

 王女はそう言って、光の剣を構える。「――起動」励起モードへと切り替え、王女の光の剣がうなりを上げる。

 私は王女の後ろ側に回り、腰に手を回すと、王女がくすぐったそうに身をよじる。けれどそれ以上のことはなくて、前から「お願いしますね、ケイ」と声がかかる。「もちろんです」と返す。

 ぐっと足を伸ばし、王女が反動に負けないように、王女を支えられるように、全身に力を入れる。

「光の剣、励起完了。発射準備完了。……行きますよ、ケイ」

「はい。私が王女を、お支えします」

 一時だけ振り返った王女の笑みは、安心感に満ちているような、そんな表情だった。

「――――――光よ――――!」

 先ほどよりも太い光の柱が、まっすぐに、先ほど私が狙った場所へと伸びていって――。

 王女の砲撃が、空の何もない所に着弾。

「く、ぅぅぅ――――――!」

 光の柱が着弾して、一秒後、着弾した場所を中心に、空に(ひび)が入っていく。

 ミシミシと、ビキビキと、割れる音がする。

「まだ、まだ――――――!」

 王女の咆哮と共に、光の剣がより大きな稼働音を響かせる。光の柱がより、太く、眩しくなって――光が瞬いたかと思うと、空に入ったヒビが、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。

 それと同時に、王女の発射した光は細くなっていき、支えていた王女の体から、力が抜けたのが分かった。

 ガクリと王女の膝が折れる。腰に手を回していたおかげで、王女が膝を突くことはなかった。

「王女。……大丈夫ですか、王女!」

「え、へへ、へ……」

 王女の体をほぼ持ち上げるような体勢になって、初めて分かる。王女の体が、どれだけ細くて、軽いかと言うことに。あの大火力を、この細い体が出しているのかと思うと、末恐ろしさすら感じる。

 同時に、守りたいと思う。――今度こそ、と。

「ケイが、支えて、くれてるのが、分かってたので……、ちょっと、頑張っちゃい、ました」

 にへら、と笑みを見せる王女は。どこか誇らしげに、私の顔を見上げる。

「お姉ちゃんは、妹の前では、頑張るもの、ですから」

 力無く笑みを見せる王女の頭には、どちらのお姉ちゃんが浮かんでいるのだろう。モモイなのか、はたまた、ユウカなのか。

「――――、見てください、ケイ。壁が崩れます」

 そう言っているうちにも、空に入った罅が広がり、王女が空けた穴からぱらぱらと破片が落ちていく。その向こうには、黄昏色の空ではなく――紅い空が、見えた。

 マップを見る。それまでなかったはずの空白の場所に、新たなフィールドが生まれていた。

 位置関係は、町から出て東にマップ二つ分、北にマップ一つ分。そこが、壁があった場所だ。

「さぁ、行きましょう、ケイ」

 明らかに消耗している王女は、それでも前進をしようとする。

「いいえ、休憩してからです、王女」

 無理しがちな王女だから。気がつけば勝手に走り出してしまう王女だから。私が、しっかりと支えて差し上げなければ、と思う。

「…………ケイは過保護ですね」

「王女に言われたくはありませんよ。……立てますか。宿屋で休みましょう」

「ケイ、連れてってください。……なんて、言ってみひゃっ!?」

 ユウカへの企みを考えるモモイのような顔をして、私に言うものだから。全てを言い終える前に、王女の体を持ち上げる。

「舌を噛まないようにしてくださいね」

 許可も得ず王女の体を持ち上げるなどということは不敬だとは思いつつも、王女が言い出したことですからね、と頭の中で大義名分を打ち出す。

 私は王女の軽い体を抱えて、町の宿屋へと歩いて行った。

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